「一体どういうことだ!!」
男の怒声が響き渡る。
あまりの迫力に、怒りを向けられたであろう人物は、すっかり萎縮している。
「し、しかし、そう神託を授かりまして…私では、どうすることも…」
「畜生が!!神々は一体何を考えておられるんだ!!」
ドン!、と男は机を叩く。振動でグラスは地に落ちた。中身は無論、言うに及ばず。
この男の名は、アガメムノン。ミュケナイの王にして、ギリシャ軍総大将である豪傑。彼が先ほどから怒りを向けているのは、ギリシャ軍に随行している神官の一人である。
では、何故彼が怒っているのか───。
「何故アキレウスを下げねばならんのだ!!」
アキレウスを戦わせるな、という、神託を受けた為だ。そうしなければ、ギリシャ軍を災いが襲う、とも。
「アキレウスの有用性は、神々も承知しているだろうに!ヤツがいれば、我々は無駄な労力を消費することなく、この戦争に勝てると言っても過言ではないのだぞ!!」
これまで、ギリシャ軍は常勝であった。人的被害をほぼ出さずに。
音に聞く兜輝くヘクトールは、まだ前線に出てきていないとはいえ、ギリシャ側がほとんど損害を受けていないのは、ひとえにアキレウスの活躍に依るものだった。
アキレウスが出撃するだけで敵方は総崩れになる。寝返ってきた者たちも少なくない。
しかしここにきて、理由も無くアキレウスを下げろという神の気紛れ。元より短気なアガメムノンは、神の理不尽に怒りを隠せない。
「オレは私室に戻る!!後は貴様らでどうにかしろ!!!」
会議場より出ていくアガメムノンだが、怒りは未だに収まっておらず、怒声が響いている。
「……はぁ、アガメムノン様の短気にも困ったものですな。」
「仕方ありますまい。あの方は王族。思い通りにならぬ事態など、経験がないのでしょう。」
「しかし、アキレウス殿の退陣は実に頭の痛い問題です。彼一人のお陰で、どれだけの者たちが救われているか…」
後に残された軍師、並びに将たちも、神々の神託に頭を悩ませていた。
戦場で活躍しているのは、決してアキレウスばかりではない。しかし、アキレウスのお陰で、軍全体の士気が向上しているのだ。
アキレウスが出陣している。この事実が、兵たちの支えとなり、実力以上の力を発揮出来ていた。
「しかし、これからはアキレウス殿に頼れない…もっとも、今までが頼りすぎだったのだが。」
「然り。たった一人に支えられた軍など、あまりに脆い。良い機会なのかもしれませんな。」
確かにアキレウスに頼れば、後1年と経たない内にこの戦争は終結するだろう。しかしこのまま、たった一人に頼って得た勝利では、とても誇って帰る気にはなれない。
実を言うと、体が疼いて仕様がなかった。
軍師・将、という立場に身を置いていても、彼らは皆ギリシャ男児。根本的に
栄誉ある戦いを。血沸き肉踊る戦いを。
自らの手で武功を立てたいと奮い立つのは、
当然の帰結であった。
「ようやく我らも、マトモな戦働きが出来るというもの。」
「うむ。アキレウス殿は働き過ぎなのだ。ちょっとした休暇だと思い、休んでいただきましょう。穴は我らで埋めれば良い。」
しかし、将たちの熱気の中にあって、まるで温度を感じさせない男が、一人いた。
「…………………」
全身を鋼鉄の鎧で覆い、一人思案に暮れている男。
彼の名は、オデュッセウス。
イタケーの王にして、策略高き智将。後に
彼は、今の状況を冷静に見ていた。
(……アガメムノンに同意する訳ではないが、このままでは不味いな。)
ギリシャ軍とトロイア軍の兵力差だけで見れば、ギリシャ側に軍配が上がるだろう。エーエティオーンを始め、ギリシャ側の軍門に下ってきた者たちも少なくない。
(しかし、我々は攻め入る側。長い遠征による疲労や、個々人の足取りの違い、兵力の増加に伴った兵站の確保…どうしたって、不足する点は出てくる。)
(それに伴い、アキレウスの後退による、全体の戦力の低下………オマケに、これから参戦してくるであろう、兜輝くヘクトール、か……)
彼は、これからの戦いこそ、アキレウスが出なくてはならない局面になっていくと確信していた。
もはやトロイアは目前。ならば、彼のヘクトールが出てこない筈がない。そして、もしもその武勇が、噂に違わぬものであったなら────。
「……………ダメで元々、だな。」
鋼鉄の男は決断する。最善の一手を。
「────と、言う訳なのだ。なんとか、コンタクトを取れないだろうか。」
「あぁ、なるほど……多分、いける、か?」
軍議が終わった後、オデュッセウスはすぐさま、アキレウスの元へと直行した。表向きは、戦線からの離脱指示のために。
しかし、オデュッセウスの思惑は、別のところにあった。
「
「私とて、かなりの博打であることは分かっている。しかし、これ以外に手は無い…いや、手の打ちようが無い。なら、多少の冒険は覚悟しなければな。」
「ハハッ、違いない。」
二人がまともに話すのは、今回が初めてのことだ。
しかしお互い、妙に
「ただなぁ……母上かぁ……」
「?……何か問題か?」
「問題っちゃ問題なんだが………いや、これは俺個人の問題だからな。母上にはしっかり話しとくよ。」
「…そうか?」
「おう。さっさとこんな戦争は終わらせないとな。」
「─────フッ、そうか。」
───Side Odysseus───
はっきり言って、今回の戦争に対するモチベーションは、最悪の一言だった。
元々、争いは好まないというのに無理矢理駆り出され、この戦争に参加してしまえば、愛する妻の元へ戻るのは遥か遠い話しになるという。やる気になれと言うのが無理な話。
事実、俺はこれまで、今回の戦争には積極的に参加してこなかったし、これからもすることは無いだろうと思った。
しかし、今回のことで、黙っている訳にはいかなくなった。
このままでは予言通り、ペーネロペーの元へと帰ることは難しくなるだろう。それだけは、断じて許容出来ない。
(故に、こうして彼に話を持ち掛けたが……)
当初俺は、アキレウスの噂を、そこまで信じてはいなかった。
あらゆる者に平等に接し、不当を許さず、弱き者の盾となる。そんな者が、本当にいるのかと。
こうして戦争に参加し、まずは強さを知った。
なるほど。戦場で活躍する様は、正しく一騎当千。仮想敵として考えてみた場合、間違いなく俺では勝てん。神々より戴いた武具を持ってしても、勝率は少なくとも4…いや、3割は下回るだろう。逃亡するか、潔く降参する方が妥当だ。
次に、人徳を知った。
エーエティオーンでの出来事は、記憶に新しい。
相手の降伏を受け入れ、それに対する反対が起こらない様に条件を掲示し、双方を納得させる知恵とカリスマ性。
敵味方どちらも慮るその在り方は、初めて見るものだった。
そして、こうして話し、その精神を知った。
(こんな戦争はさっさと終わらせよう、か………)
おそらく彼も、戦争というものが嫌いなのだろう。
もっとも、俺は妻に要らぬ手間を掛けさせてしまう、ということが主なのだが、彼は……おそらく、人が死ぬことに嫌悪を感じている。
顔も知らぬ誰かを、案じている。
実に、優しい男だ。
「貴殿は間違いなく、この戦争を終結させる鍵だ。故に俺も、本腰を入れるとする。」
「おう、そりゃ頼もしい!…しばらく、前線は任せたぜ。」
「あぁ。やってみせるさ。」
俺の予言を覆す。
そう予感させる男の為に。
そして何より、愛する妻の元へと帰る為に。
俺も、この戦争を終わらせよう。
「なぁ、オデュッセウス。」
「何だ?」
「
「フッ、当然だ。」
「────あぁ。それでこそだ。」
と言うわけで、流れに乗ったぜオデュッセウス!
その割に性格がビミョーにおかしい気がするけど、その辺は…ほら…二次創作だから…(震え声)
途中の被害予想が適当なのも、全部二次創作ってヤツの仕業なんだ!!(集中線)
さて、オデュッセウスさんがアキレウスさんに持ち掛けた話は一体何なのか?………まぁ、分かっちゃうと思うけど、その辺は知らないふりしといてくだちゃい;;
ちなみに、今回の話短けぇ!と感じたアナタ。実に良い感性してますねぇ!………え?いつもこんなもん?言うな!
ぶっちゃけ、後半の展開を今回の話に持ってくるのは詰め込みすぎだなーっと思ったので、次の話に回した結果こうなりました。
プロットとかフローチャートとか事前に考えたら、こういうのも無くなるかしら…ちょっと考えてみよう(実行するとは言ってない)
そういえば、次の話で一人称視点にするか三人称視点にするか迷ってるんですよね…気が向いたら、参考意見をお願いします。(*- -)(*_ _)ペコリ