「ありがとうございます!プロデューサー」
この言葉を聞くたびにいつもこちらこそだと言いたくなる。「ありがとう」という簡単な言葉さえこの子たちに届けるのは難しい。途方もなく難しい。神がいるかどうかについて人間は多くの言説を紡いできた。それは徒労と言えばそうかもしれない。しかし、ヒトの想像力とはそんなことを考えてしまうということだろう。その意味ではこの歴史はヒトのある種の本質をついているのではないだろうか。それでは、こんなことを考えてみたい。「アイドルにありがとうを伝えることは出来るのか」、と。
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「プロデューサーさん!ライブって素敵ですよね!」と話すのは春日未来。
「ああ、特に今回のライブは今までとは違う新しい試みをしてるからな。未来、期待してるぞ」
ライブはアイドル達の魅力が伝わる一番のイベントではないだろうか。アイドルの成長、賭ける想い、魅力的な歌やダンス、観客の熱気。その裏側で動く大勢の人々。様々な人がそれぞれの想いを胸に抱え行われる。その中でもステージ上のアイドルは驚くほど輝いている。今までと今と、そしてこれからのアイドルたちの魅力が瞬間に全て終結する。どれだけのキラメキがステージという場所に集まっているのだろうか。
こんな会話をしたのがこのライブが決まった時に未来と話した最初の会話だった。そういえば未来は春香のライブをシアターで見た時にアイドルになろうと決めたって言っていたな。ライブに対する情熱も特別なものがあるのだろう。今回のライブは今までとは違う未来を感じれるだろう。そんなことを直感的に思った。
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「はぁ...はぁ...」
レッスンルームのドアに手をかけると中からスポーツ後の特有の息遣いが聞こえる。扉を開けると未来がタオルで額に伝っている汗を拭いていた。シアター専属のトレーナーさんが「ちょうどいまレッスンを終えたところです。次の子の指導もあるのでお先に失礼します」といった。「今日もレッスンありがとうございます」そう言うと「いえいえ、未来ちゃんも頑張ってますから」と返してきた。未来にも「今日はお疲れ様。明日頑張ってね」というと「でへへ~。頑張ります!」と未来が返した。そして、部屋を出て行った。
「お疲れさま、未来。はい、飲み物」
今日のレッスンを終えて息が上がっている未来にレッスンルーム近くの販売機で買ったスポーツドリンクを渡す。
「ありがとうございます!プロデューサー!練習後の水分補給って生きてるぅぅぅぅ!!って感じしますよね!」
「そんなに喜んでもらえるとドリンクも飲まれがいがあるな。それで、今日の練習はどうだった?」
「はい!明日が本番なので今日は軽く全体の復讐をしました。明日が楽しみです!プロデューサーさんにも、そして来てくれる観客の皆にも楽しんでもらえるといいなぁ......」
明日がライブといういうことで気合が入ったレッスンになったとトレーナーさんも言っていた。未来には気合を入れすぎて明日のコンディションに響かないようにと言っておいたがそれがどのぐらい伝わったかは未知数だ。
「えぴそ~ど~てぃ~あら~♪」
着替えも終わり帰る支度をまとめていた未来。同時に明日のライブで初披露の曲を呟いていた。
「ふんふんふんふ~ん♪」
鼻歌も歌い始めた。いつも通りと言えばそうだが、今日は少し声が上ずっているようだ。楽しみと言っていたが同時に緊張も感じてしまうのだろう。
「そういえば、さっき静香が明日のライブ頑張って、と言っていたぞ」
未来を迎える前までは静香の新リリースのcdの宣伝ということで各地の店舗で営業をしていた。
「もぉ~静香ちゃん何で直接言ってくれないのかなぁ?」
「直接言うのは恥ずかしいんじゃないのかな。」
本人は伝えなくていいオーラを出しながら言っていたが長年プロデュースをしているとそれが裏返しだということが分かってくる。それとも単に俺が嫌われてるのか。
「後で静香ちゃんと電話しよ~」
「明日はライブなんだぞ、未来。電話はライブが終わった後にして今日はしっかり休んだ方がいい」
「そうですねー、じゃあ明後日電話します...」
直接会えない日はいつも電話をしているらしい(翼情報)未来にとってこの選択は大きな決断と言えるだろう。
シアターから出る前に未来は「今日はライブ前日の景気づけということで家族とご飯食べに行くんです。いつもと違ってここでお別れですね」と言った。
いつもは学校が終わった後にレッスンがある日は帰宅時間が遅くなってしまうため車で送っているのだが今日はその必要はないようだ。
「そうか、美味しいもの食べれるといいな」というと「はい!」という元気のいい返事が返ってきた。
シアターの外で待っていた未来の家族に明日のライブのことを交えつつ挨拶をした。そのあと、駐車場に向かいながら車のキーを取り出そうとする。すると「プロデューサーさん!明日は楽しみにしてくださいね!最高のありがとうを伝えますから!」と背中越しに聞こえた。そこには何か重要なことが隠されている気がした。
親御さんは「あらあら」といいつつ微笑んでいるような苦笑いのような、あるいはレッスン後の元気の良さに驚いているようでもあった。
その叫びに呼ばれキーを探る手を休め振り向いた。マジック・アワーも終わった時間帯。昼の世界と夜の世界の境界。世界の中に未来と俺しかいないと一瞬思ってしまう。未来の顔はどこか大人びているような気がした。いつも笑顔で「でへへ~」と笑っている未来は昼の世界にいると思っていた。夜になると未来はこんな表情をするのか。10年後の未来ならこんな表情を見せる時があるのだろうか。まだ知らない未来の表情に少しドキリとする。これまで、そしてこれからの未来......。明日のライブは最高のライブになりそうだ。
「ああ、楽しみにしてるぞ。こちらこそありがとう」
「何でプロデューサーさんがありがとうって言うんですか?」
未来がこちらを向いて叫んでいる。
「何でだろうな。ともかくありがとうって言っておきたかったんだ」
伝えたい言葉を伝えるとは魂の階級を上げることだ。言葉はどこまでも無力だ。それでいい。どこかで幽霊のように漂っている言葉は誰にも届かないかもしれない。でもそれを受け入れてなおも伝えたい言葉を紡いでいく。これほど残酷なことはない。シニシズムというヒトもいるかもしれない。実際そうなのだろう。それで満足する気はないが今はそれに満足をするしかない。神がいる/いないというのが重要なことではない。神がいるかもしれないということが重要なのだ。キャラクターが生きていると想像してしまうことに僕は感動する。
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「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
波紋のように広がる声は会場を揺らして地面が揺れていると感じるほどだ。ライブが始まる。アイドル達がステージに登場する瞬間。その瞬間を待ちわびていた数多くの人々がいる。僕もその一人だ。そう、ただその中の一人でしかない。
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ライブも一通り終わった。残るはアンコールだけとなりそれに合わせてステージ上の証明が落ちた。数分後アンコールライブが始まると思ったが違った。今日のライブのダイジェストが映された。
今日のライブは僕なり思うことが色々ある。色々と想像してしまった。そのうちの一つに、僕はこのダイジェストを見ている間にアイドル達のライブ前日譚を想像してしまったのだろう。違うセカイへ言葉は届くのだろうか。キャラクターたちにとってこの世界の言葉はどれほど意味のあるものだろうか。そもそもコトバ以外にヒトは様々な記号を作り出してきた。その中の一つの表現方法でしかない言葉を特権化する気はない。が、僕にはそんなフィクションが一番リアリティを感じてしまう。だからきっとこの想像を伝えたいと思ったときは言葉で物語ろうとするだろう。そんなことを考えていたらダイジェストが終わった。
そろそろ本当にアンコールライブが始まる。始まったらこんなことを考えている暇はない。ただ心地よい熱気に包まれてキャラクター/声優のキラメキを感じるだけだ。でも最後にこれだけは呟いておく必要があるだろう。伝わらなくてもいい。世界とセカイは果てしなく遠いからだ。でも伝わってほしい。セカイが世界に変わる瞬間が必ずあるからだ。
「ありがとう」