フレンドリィショップに就職した   作:ダリエ

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一話 

 そこは薄暗く、所狭しと棚が並び、全ての段にはびっしりとダンボール箱が隙間なく置かれていて窮屈だ。

 

「よっ」

「どっこいしょ」

 

 そこでは二人の人間が働いている。

 

 一人はお腹が出ている太った中年の男。人当たりの良さそうな丸っこい顔が特徴的で、見た目通りにのっそりと動いている。ポケモンに例えるとヤドンかカビゴンと言ったところか。胸には店長と書かれた名札が付いているのでなにかのお店の店長であることがわかる。

 

 もう一人は若い男で中年の男と同じ制服とエプロンを身につけている、よく鍛えた体には清潔な白いシャツを身につけ、太い腕が捲りあげた袖から見える。手にはしっかりと軍手をして店長とは逆にキビキビと軽快に作業をこなしていた。

 

「ボールの在庫は十分。スプレーは少し足りないから発注して……あとはくすりと状態なおし系だけどもう受注済みの配達分を差し引いて考えると……」

「そっちは在庫どんな感じだい?」

 

 太った店長が青年に尋ねる。

 

「ちょっと入れておいた方がいいかもしれないですね。くすり系は長持ちするんである程度は在庫あって損もないですし。こっちは届くのも少しかかりますから」

「じゃあそうしようか。そうだ。またピッピ人形仕入れて良いかな?」

 

 青年は店長の提案に苦笑しつつ答える。

 

「またですかー? 好きですね店長も。まあぬいぐるみなんでしっかりと棚を掃除しておけばそこまで問題ないですし、いいんじゃないですか?」

「やったー」

 

 若い店員は中年の店長と談笑する。無論二人の手は速度の差はあれどしっかりと動いている。二人とも真面目な人物であることは間違いないだろう。

 

「すいませーん! 店員さーん! いますかー?」

 

 表の店の方からの声が二人の居る場所へと届く。商売におけるもっとも大事な要因、お客さんが来たのだ。

 

「おっと! お客さんだ。こっちは僕がやっておくからレジ頼めるかい?」

「わかりました。行ってきます…………いらっしゃいませ! フレンドリィショップへようこそ! なにかお探し物ですか?」

 

 若い店員は作業を中断し、接客をするために軍手を外しながら在庫のある暗いバックヤードから軽快な店内BGMが流れる表の明るいカウンターへと向かう。そのお客さんはこのお店には初めてきた客だった。

 

 そう。彼女は赤地に白でモンスターボールを象ったデザインの帽子を被り、動きやすい恰好で整えた、ちょうど十歳になったばかりくらいの…………

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 ここはカントー地方のトキワシティ。

 そこに一軒建っているフレンドリィショップ。主にポケモン向けのグッズなどを取り扱っているお店。基本的には縮めてショップと呼ばれていて全国各地の主要な街に存在する身近な店だろう。

 

 ポケモン関係のアイテムを取り扱う我らがショップだが、普通に携行食品などの旅の必需品。それにメール用の便箋やポケモンを模した人形、店舗によっては各地の銘菓なども扱うこともある。お隣であるジョウトのいかりまんじゅうやホウエンのフエンせんべいなどがそうだ。人が食べてもポケモンが食べても美味しいが遠方なので仕入れが大変だったりするというのは店員だけが知っている。

 

 そんなショップに来て、少女は俺たち店員が頭を捻って考えた渾身の配置がなされた陳列棚たちにわき目も振らず一目散にカウンターへとやって来た。

 

 もうちょっと見てくれてもいいんだよお嬢さん?お兄さんたちは頑張ったんだよ?

 

「モンスターボールを五つください!」

 

 そして少女はカウンターの俺の気持ちを知る由も無いのでボールを求める。

 

 これだけのやり取りだが俺のショップ店員経験からするとすぐに答えが導き出せる。

 

「モンスターボールですね。そちらでしたら十個買うごとにこちらのプレミアボール一個お付けするキャンペーンがございますがいかがですか? プレミアボールはモンスターボールと同じ性能なのでそのまま一個分お得ですよ?」

「そうなんですか? う~ん、よしっ! やっぱり十個でお願いします! おいくらですか?」

 

 俺の営業スマイルとトークが決まる。こうかはばつぐんのようで、少女は可愛らしい財布の中身を一瞥、ほんの少しの逡巡の後に当初の倍の数のボールを買ってくれた。そしてこのキャンペーンを知らないということは俺の予想は間違いないだろう。

 

 赤と白のボールを十個と真っ白なボールを一つ用意して袋に包んでから少女に渡しながら、俺は尋ねる。

 

「お買い上げありがとうございます。ところでお客様はボールの扱い方はご存知ですか? 必要ならば私で良ければ説明させていただきますが?」 

「本当ですか! お願いします! 私、今日からマサラタウンを出て旅に出るんです! それで早速ポケモンの捕獲もやってみようと思って!」

 

 少女は興奮気味に、まぶしいばかりの笑顔で俺にそう言った。

 

 やはりだ。この時期になるとお隣の町マサラではポケモン研究家であるオーキド博士(当トキワ支店のお得意様である)が十歳になる子供たちにポケモンを渡し、図鑑を持たせて旅に出るのだ。

 

 この子もその一人ということだろう。新米トレーナーには先輩として優しく教える事にする。

 

 それとこの街のショップは隣のマサラとここトキワの二つを担当するわりにかなり暇なのだ。今はトキワジムも閉まっているからなおのことである。だからちょっとくらい勤務中に店を開けていても文句言われないのが利点と言える。

 

「店長ー。自分ちょっと出ますねー!」

「いつものだね。いってらっしゃい。ついでにお昼のお弁当買ってきてくれないかい」

「わかりました。いつもの特盛デラックスカビゴン幕の内とサイコソーダですか?」

「わかってるじゃないか。頼むよ」

 

 裏からのそりと店長が顔を出して留守番を買って出てくれた。ついでにお使いも頼まれたがいつものことなので俺は自分のボールをしっかりと確認してから財布と試供品のきずぐすりセットをいくつか取ってカウンターから出る。

 

「お待たせ。それじゃあ行こうかお嬢ちゃん。そうだ。お名前聞いてもいいかな?」

「はい! 私はアユミって言います! こっちは相棒のイーブイ!」

「ぶいっ!」

「よろしくお二人さん。俺はエイジュ。でも俺のことは店員さんで構わないよ。それじゃあ行こうか」

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 そうして新たな旅を始めることになった少女にポケモンの捕獲を教える俺はフレンドリィショップの店員のエイジュ。

 

 こんな風にNPCっぽいことをしているが元はゲームやアニメなどでポケモンとこの世界を知っていたいわゆる転生者だ。

 

 幼い日は毎日のようにテレビにかじりついて、いつかは自分もとポケモンバトルの観戦を熱心にしていたものだ。そんな憧れを募らせる日々を過ごしていたら俺はあっという間に十歳になり、この世界における義務教育も終了した。

 

 生来の知識もあって学校を好成績で卒業した俺は十歳の誕生日のお祝いに親からサファリパークに連れて行ってもらい、そこで手持ちとなるポケモンを初めてゲットした。それから少しの間、親の信頼を得るために実際にポケモンと過ごしてから、周囲には進学を期待されたもののそれを蹴って俺は多くの子供たちと同様に故郷を旅立った。

 

 その時、俺は内心でチャンピオンになることを夢見ていた。

 いや、夢どころかチャンピオンになることを信じて疑っていなかった。我ながらまるで現実を知らぬ子供みたいだが、俺のポケモンの知識は既にこの世界で最高。時系列的には十年は先の情報まであった。知ってるポケモンはオーキド博士の提唱したカントー151匹の数倍。そのポケモンの全てのタイプにほとんどの習得技を最初から知っている。足りない知識は今生で補えば良い。そう思っていたし、事実できていた。

 

 故郷を旅立ってからは俺はサファリで出会った三匹のポケモンと文字通り無双したのだ。

 最初に訪れたセキチクシティからジムに挑戦を始め。それからはクチバ、ヤマブキ、ハナダ、ニビ、トキワとジムを制覇して歴代記録でも最速を大幅に塗り替える速度で六つのバッジを手に入れた。

 

 しかし、いざ七つ目のグレンジムへと行こうとした時。第二の人生で最初にして最高のつまずきをしたのだ。

 

 俺は当時なみのりを覚えたポケモンを持っていなかったので定期船に乗ろうとした。

 ゲームと違い普通に定期船も出ていることは知っていたし、チケットも事前に取っていた。そして意気揚々とそれに乗った瞬間。俺は立ってはいられないほどの衝撃を受けた。

 それは船酔いだった。この世界の海はポケモンが大量にいるために基本荒い。俺はその揺れに耐えられなかったのだ。やむなく船医から下船するように言われ、結果船を降ろされた。

 

 そうしてグレン島へと行けずに、俺のポケモンリーグへの挑戦はそこで終わった。ポケモンでなみのりをしてもきっと酔うし、当時は空を飛べる手持ちもいなかった。そもそも行ったことない街には行けない。なんでこんなところだけゲーム準拠なんだと枕を濡らしたものだ。

 

 無念の中で俺は故郷のタマムシシティに戻り、しばらく諦観の元でグレて三日ほど近所の暴走族に自転車で混じってブイブイ言わせたりしていたがすぐに親にバレて怒られたのでベソかきながら俺は就職を決意。

 

 そして、この世界における職業的な安牌を考えた末に、フレンドリィショップに就職した。

 

 それから七年。俺は持ち前のポケモンの知識を活かし、アイテムを売った。実際にこうして店員の仕事に就いて思ったがこの仕事は天職だったように思う。知識は活きるし、道具の使い方はまだ見ぬ新製品も含めてだいたい把握済み、なによりショップに訪れてくる夢と希望に溢れたトレーナーとポケモンを見るのは楽しい。彼ら彼女らとおしゃべりもできる。

 

 バトルからは離れてしまったがこれはこれで良い人生だと俺は考えていた。まだ酒も飲めない年齢だが俺の人生はもうこれでいいという気さえ最近はしている。でもお賃金は上げてほしい。

 

「よし。着いたな。一応説明するとここはトキワの森。虫ポケモンが多く棲んでる場所だけど……本当にここで良いのかい? 女の子は虫ポケモンが苦手なイメージあったんだけど」

「はい! 私バタフリーが欲しいんです! 虫ポケモンだけど可愛いから!」

 

 あー蝶々だからね。確かに可愛い。

 

「なるほど。それならキャタピーを探そうか。トランセルだとたまに攻撃技を覚えてなかったりするからね。たいあたりといとをはくは意外に使い勝手の良い技だ。きっと君の旅路の助けになるだろう」

「わかりました店員さん! 行こうイーブイ!」

 

 少女はイーブイとともに草むらをかき分けて進む。まだまだ慣れてないのかおっかなびっくりと言った具合だがこれが初々しくて可愛い。

 

「キャタピー? どこー? ……わっ!」

 

 草むらをかき分けていくとポケモンが飛び出す。今回は黄色くて硬いあいつだった。

 

「おおっ、コクーンか。どくとむしの複合タイプのポケモンだ。イーブイとの相性は普通だね。試しに戦ってみたらどうだい? ポケモンの怪我は治してあげるから。それにジム戦前にイーブイを成長させた方がいいからね」

 

 ちなみに俺はキャタピーとビードルならビードル派だ。スピアーだけでもカッコいいのにメガスピアー?なんだそれは!たまんねえぜあの種族値!……まあ持ってないんだけどね。ウチの虫枠も毒枠も既に埋まっているし。

 

「あれがコクーン……! あっそうだ図鑑! 図鑑を出してっ……と。いけっイーブイ! たいあたりよ!」

「ぶいっ!」

「っ!」

「気を付けて、攻撃が来るぞ」

 

 イーブイのたいあたりに対抗してコクーンはどくばりをしてきた。どうやらこの個体は進化前の技も覚えているらしい。

 

 この世界のポケモンは覚えられる技が四つとは限らない。自力習得可能な技は訓練次第で忘れないし、技マシンの技や教え技、遺伝技もしかりだ。公式試合では一匹につき四つまでの制限はあるが野生ではその限りではない。まあコクーンはどう頑張っても四つの技しか使えないが。

 

 自分のポケモンは多くの技からどれを使うか、いつ使うか、試合中に使った技はなんだったか、そもそも自分のポケモンが扱える技は、などと言った知識や判断から、一流のトレーナーだと相手の覚える技も知らなければならない。ポケモンバトルは知識勝負の面も大いにある。

 

 だから俺は有利だと思っていたのだけど。船酔いなぁ……。グラードンでも捕まえてグレン島まで地面を作ってから移動するか?それともグレン島に空港建てるか?飛行機酔いはしないし。

 

 そんな益体のない考えをしているとイーブイがでんこうせっかでコクーンを倒した。戦いで少し消耗したイーブイを治療する。

 

「さあ、きずぐすりを……よし。じゃあ続けようか」

「はい、ありがとうございます! キャタピーどこだー?」

「ぶーい?」

「さてと……俺も探すの手伝うかね」

 

 その後、二人と一匹で草むらを捜索を続けるとやっと目当てのキャタピーが見つかった。

 

「やった! 早速ボールを……投げていいですよね? 店員さん?」

「ああ。まずはしっかりと当てることを意識してみてごらん」

「はい! 見ててくださいね! えいっ!」

 

 ピ ピ パーン!

 

「ああっ! ボールが壊れた! これ不良品じゃないですか!?」

 

 こら。失礼なことを言うもんじゃありません。

 

 キャタピーを捉えたボールは一度は中に収めて見せるも失敗して真っ二つに割れた。素人目に見ても壊れて見えるし、実際もう使えない。後で回収しておくか。この世界だと使用済みボールは回収してショップに届けてもらえばリサイクルできる。届けてくれたボールに応じて割引券を渡しているので是非ご利用してほしいと少女に教える。

 

「落ち着いて。ここからがレクチャーだ。ポケモンを捕まえるにはいきなりボールを投げるよりもバトルをして弱らせるのが近道なんだ。戦闘以外にもきのみとかで気を引いて捕まえる方法もあるけど……きのみ代も案外馬鹿にならないからね。だからイーブイでしばらくバトルをするんだ。お互いのポケモンのひんし状態には気をつけてね」

「そうなんですか? わかりました! よーし! 行ってイーブイ! でんこうせっか!」

 

 それから何度かイーブイはキャタピーに攻撃を加えた。見た感じはもう赤ゲージだろう。あのイーブイは相当優秀な個体のようだ。

 

「よし。ここでボールを」

「今度こそ! お願いっ!」

 

 少女はキャタピーの赤い角へボールを命中させる。ボールは弾かれて空中で開き、キャタピーをその中に収める。そうして地面へとぽとりと落下。それから揺れ始めた。

 

 ピ ピ ピ ポーン……!

 

 草むらの中で赤いボールが三回ほど揺れる。そして最後に音がなるとボールは静かになった。これがポケモンを捕獲した合図だ。

 

「やった? やった。やったー! ゲットだー! イーブイありがとー! 店員さんもありがとうございます!」

「ぶいっ!」

「初ゲットおめでとう。君と一緒に頑張ったポケモンの怪我を治してあげよう…………よしできた。これで二匹は元気いっぱいだ。新しいトレーナーの門出を祝って試供品のきずぐすりとダメになったボールの代わりに一つモンスターボールをあげよう。これからもフレンドリィショップをよろしくね」

 

 俺は彼女のポケモンゲットのレクチャーを終えて、試供品のきずぐすりを渡してから別れて俺はトキワで弁当を買って店へと戻った。

 ちなみに俺は普通の弁当にした。飲み物はパッケージにトロピウスとナッシーが描かれたプロテイン。

 

「ただいま戻りました。これ頼まれていたお弁当です。店長お先に昼休憩どうぞ」

「お疲れさま。そしてありがとう。あの子はどうだった?」

 

 店長は袋を漁りながらそう聞いてくる。

 

「無事にキャタピーを捕まえてトキワの森を進んで行きましたよ。あの子も大成するといいですね」

「そうだね。前に来てくれたオーキド博士のお孫さんとその幼馴染の男の子と女の子はすごかったらしいから、それに続いてくれると僕らも地元の店員として鼻が高いね」

 

 今までこの店には多くの少年少女が訪れた。

 中には当然グリーン、レッド、ブルー(彼ら)もいた。その噂は耳に届いている。

 

 きっと彼らは俺が行けなかった先に行けるだろう。羨ましくもあるがそれを後押しする立場も悪くないと思う。

 

「まあここはマサラじゃなくてトキワですけどね。彼らはみんなマサラ出身です」

「それは言わない約束だよエイジュ君」

「「ははははは」」

 

 フレンドリィショップトキワシティ支店は今日も平和である。

 

 

 

 

 


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