フレンドリィショップに就職した   作:ダリエ

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三話

 タマムシシティ近郊の空き地

 

「よし。お疲れカイリュー。ボールの中でゆっくり休むか? ……わかったよ。一緒に帰ろうか」

 

 そらをとぶで移動するために出していたカイリューをボールへと戻そうとしたが、この華やかな街並みをしっかりと覚えていたようで嫌がられてしまった。

 

 手紙を受け取ったその日。店長に早上がりを許されたので、俺は日暮れ頃にはマサラで借りている物件ではなく、そのまま地元であるタマムシの実家へと帰ってきた。ここは本社のあるヤマブキシティの隣なので、これなら万が一にも遅刻の心配はないだろう。

 

 目下の心配はもしかしたら明日付で転属になり、マサラの貸家を引き払う可能性を考えないといけないことだ。引っ越しの費用は出るのだろうかとか、グレンに飛ばされないかとか、今度のイシツブテ合戦のこととか色々考えてしまう。

 

 そして、カイリューを連れて街へと入り、少しだけ歩くと懐かしい我が家へと辿り着いた。

 タマムシは都会なので住宅はビルやマンションが多いが、我が家は父の努力によって、中心部から離れているとはいえそこそこの大きさの二階建て一軒家に住んでいる。昔はそこの庭でまだ小さかったポケモンたちと目いっぱい遊んだものだ。

 今は俺もポケモンも大きくなったのでちょっと無理だけど。

 

 玄関へと近づいて前に貰ったカロス土産のクレッフィのキーホルダーにつけっぱなしにしている実家のカギを使ってドアを開いた。

 

「ただいま~」

「あら!? どうしたのエイジュちゃん! 急に帰って来るなんて。まさかお仕事クビにでもなったんじゃ……!」

 

 俺の帰宅に反応して母さんが出てきたと思ったら、いきなり失礼なことを言ってきおった。母と息子といえど言って良い事と悪い事があるだろう。当然これは悪い事だ。縁起でもない。

 

「違う違う。ちょっと明日は朝から本社に行く用があったからさ。こっちから通勤しようと思ったんだよ。部屋そのままだろ?」

「なんだそうなの。じゃあお帰りなさい。お部屋も毎日きれいにしているわよ。あら、カイリューちゃんも元気そうね。ニドキングちゃんとストライクちゃんもいるんでしょう? お庭に出してあげなさい。お父さんはまだお仕事だからみんなでゆっくりしててね。お母さんは買い物に行ってくるわ。今夜はおごちそうにするからねー!」

 

 しかも、その勢いのままに財布とバッグを持ち出して出て行ってしまった。相変わらず元気な人だ。まあポケモン世界の例によって事実として母親としてはまだ若いのだが。

 

「はぁ~。なんか帰ってきたって感じがするな。とりあえず明日の準備をしておくか。お前たちは好きにしてていいぞー。あ、カイリューは二階に付いてくるなら浮いておいてくれよ。床が抜けちゃうから」

 

 そんな母を見ると何となく気が抜けた。

 

 ボールから残りの手持ちであるニドキングとストライクを出した。

 ストライクとニドキングは人間の方が重いくらいだけどカイリューは200㎏あるので室内飼育は気を付けないといけない。床が抜けちゃうのだ。

 なお、マサラの家は何故か素の状態で床板一畳の耐久重量が一トンになっていた。平屋とはいえ、すごいねマサラ。何を想定しているの?

 

 そんなことを考えていたら、みんなちゃんと言う事を聞いて三匹とも庭で自由に過ごしだした。

 

 べちょべちょ。

 

「おっと。ベトベトンもただいま。相変わらずお前は臭くないな。ヘドロだまりから釣り上げたのに」

「べ~」

 

 このベトベトンは俺が旅を諦めて荒れていたときに近所で釣り上げたベトベトンだ。これが思いの外いい子だったので、俺のポケモンというよりほとんど我が家のポケモンになったのだ。

 

 ゴミならほぼ全部食べるからとってもエコ。俺のポケモンなので一人暮らしに連れて行こうとしたが母さんに死守されたのは懐かしいものだ。

 

「外でみんな遊んでるからお前も行っておいで。留守番は俺がやるから」

「べ~」

 

 ベトベトンは喜びの声をあげてのそのそと這って庭へと出て行った。ウチのポケモンは仲良しで何よりである。

 

「さて……俺はどうすっかな」

 

 これはこの時間のことではない。今後の身の振り方のことだ。

 

(原作のロケット団イベントが始まる。ということはレッド。もしくはあのイーブイを連れた少女かピカチュウを連れた少年がロケット団を倒すんだろう。ここが初代なのかそのリメイクなのか、はたまた普通にピカブイなのか。もしくはポケスペなのか意外とアニメなのかはわからんが……ギエピーな世界だったらどうしよう……いや、ポケモンは喋らないからそっちは大丈夫か。よかった)

 

 まあ、この世界がどんな物だろうと本来なら俺はトキワに籠っておくつもりだった。が、何の因果かこの舞台引きずり出された形になったわけだ。もし運命なんてものがあるのなら参加しろと言っているのだろう。

 

(関わりが持てる以上は俺のタマムシ(故郷)でロケット団がデカい顔をされるってのは正直むかつく。それに万が一にシルフ乗っ取りが成功されたら俺は職を失う可能性もあるわけだ。それはいただけない)

 

 そういう風に考えると不安になってきた。まだまだ再就職は余裕の年齢だがここより安定した職場はそうはない。俺もシルフ防衛に加わるのを想定くらいはしておくべきか。

 

(いや。やはりとりあえずは静観。ひとまず明日の本社での具合を見てから対応を決めるか…………!?)

 

 俺は急いで部屋の窓を開ける。そして外を見まわす。

 

「誰かに見られていたような……」

 

 下の庭では俺のポケモンが集まってわちゃわちゃしている。空では夕焼け空をポケモンが飛んでいる。ここはタマムシでもそこそこの住宅街地域なので周りは全部一軒家だ。道路にも人影はない。俺の部屋から見える家も大きな和風の屋敷で不審な人物は見当たらない。

 

「まあ流石にロケット団じゃあないだろう。大方通りすがりのそらをとぶだろうな」

 

 俺はそう思いながらも実家で埃を被りかけている現役時代の荷物を押入れから引き出していた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 昨日の夜は楽しかった。あの後は特に視線を感じることも無く、父と仲睦まじく帰ってきた母はすぐに料理に取り掛かってごちそうを作ってくれた。

 

 久しぶりに母の料理を堪能できたし、いつも無口な父もどことなく楽しそうに見えた。ポケモンたちも機嫌が良さそうだったし。母はいつもニコニコしているのでよくわからん。なんならあの母はいつも上機嫌だ。

 

 そんな二人に見送られて、しっかりとジャケットを羽織ってシルフカンパニーのあるヤマブキへと向かったのが今朝。念のために熱いお茶を持っていったがいらなかったらしい。邪魔だったので途中で飲んだ。これで帰りがダメだったら俺は怒るぜ。

 

「ここがシルフ本社か……久々に来たな。だが俺も末端とはいえ社員だ。胸を張ろう」

 

 少々緊張しているが、俺は一階部分の受付へと向かう。どうされましたと訊ねる受付嬢に昨日届いた書類を見せると社長室に行くように言われたのでそれに従ってエレベーターに乗った。

 

「クソ……! 忘れてた! シルフカンパニーって迷宮じゃないか。ワープパネルってなんだよ!」

 

 迷いましたー。ざけんな。こんな違法建築に誰がした。ロケット団?建築家はロケット団なの?絶対許さんからな。

 

 俺は予定していた時刻に遅れて社長室に到着してしまった。とてもこわい。おそるおそる社長室の扉を開けた。

 

 ざっ。

 

 俺が扉を開けた音を聞きいれた部屋にいた全員がこちらを睨んだ。

 

「おい! 今は大事な会議中だぞ! 入って来るんじゃねえ!」

 

 中にいたガラの悪い研究員が怒鳴り散らす。ん?お前さてはロケット団だな?

 

「すいません。招集を受けたのですが設備に慣れておらずに遅れてしまいました」

「あん? 確かに一人足りなかったが……慣れていない? 確かに見ない顔だな? お前所属と名前は?」

 

 今度は偉そうなトレーナー風の男がそう聞いてきた。

 

「はい。フレンドリィショップのトキワ支店の従業員のエイジュです。本日はよろしくお願いします」

 

 俺がそう言ったら部屋に立っていた大半が大声で笑い出した。

 

「ははは!おいおい! フレンドリィショップだって!? 下っ端がこんなところに来るのか!」

「しかもトキワ! あんな辺鄙なところじゃあ大した実力もないんだろ? ジムリーダーもよわっちいのかほとんどいないしよ! 場違いなんだよお前!」

 

 俺は笑わいものになりながらもそれを見逃さなかった。

 

(今トキワを辺鄙って言った奴を睨んだのが数人いたな。ということはやっぱりもう()()()()()のか)

 

 トキワは昔からボスであるサカキの本拠地だ。それを知っているのは俺かロケット団だけだろう。つまりロケット団対策に集められた人員の中にロケット団がいる。これは不味い状況だ。

 

 あとフレンドリィショップを笑ったお前。顔覚えたからな。お前だけは敵でも味方でも報復するからな。絶対するからな。

 

「おほん! みな静粛に。彼も私が社員の中から厳選して呼んだ者の中の一人だ。さあキミもこちらに」

 

 部屋の奥のデスクに腰掛けていた初老の男が声を掛けた。彼こそがこのシルフカンパニーの社長その人なのだ。

 

「はい!失礼します」

(うおー社長だー! 生社長だー! キャーしゃっちょさーん! お賃金上げてー!)

 

 悲しいかな俺は一般社員。バンギラスやユキノオーの前のラス1ヌケニンくらいには無力なのだ。

 

 俺は既に一列に並んでいる彼らの端っこに加わる。

 

(研究員に……普通のトレーナーっぽい奴もいるな。しかしなんというか……)

 

 人相の悪い奴が多い。これはもしかしたらこの場にはロケット団とシルフ側から既に寝返った奴しかいないんじゃないかとさえ思うほどだ。少なく見積もっても半数以上は敵と考えていいだろう。

 

「さて。全員揃ったところで本題に入るとしよう。諸君らも知っての通りだ。昨今ではロケット団の台頭著しくわが社の店舗も数多くが被害にあっている。そこで社内の人員を使って対策グループを作ることを決定した。ここに集まってもらった君たちは私がその経歴から選び抜いた精鋭ということになる」

 

 社長がおっしゃった言葉に対して俺をチラチラ見てこいつも?と思っている雰囲気がまざまざと感じられる。

 確かに俺も随分情けない理由でリーグ挑戦諦めたからそっちはちょっと反論しづらいけどさー。

 

「うむ。まずはそっちの君から言ってもらおう」

 

 ちょうど俺の反対側から始まった。それぞれバッジをいくつ取ったとか、どこどこの大会でベスト何位だったとかを発表していく。

 

「俺はバッジ四個取ったぜ!」

「「「おおー!!」」」

(バッジ四個とか十歳児でも取れるんだよなぁ……)

 

 俺は内心そう思いつつも周りに合わせて拍手をした。自分に近づいてくる順番を見ながら考える。

 

(でもこいつら態度の割にバッジ4つが最高っぽいんだよなー。ここでバッジ七個持ってます! って言うのは絶対気持ちいいけどあとのこと考えたら我慢しておいた方がいいか。眼をつけられても困るし。適当にバッジの数鯖読んどこ)

 

 自分の番が来たので俺は適当に過少申告しておいた。

 

「自分はバッジ二つとスクールでのポケモン関連の成績トップでした」

「うむ……おおう?」

 

 社長は手元の資料と俺の言葉の差異に戸惑っているがなんとかウインクで意図を察してもらう。

 

「はっ! なんだ! こいつを馬鹿にしてたくせに大して実績変わらない奴もいるじゃねえか! 情けねえなぁ!」

「なんだと!? キサマッ!」

 

 あえてギリギリ底辺じゃないくらいの成績を言ったが、そしたら荒くれトレーナーどもはそれで煽りはじめて一触即発の雰囲気だがそれはなんとか周囲に抑えられる。

 

(これで自分らがアウトローだと気づかれないと本気で思ってるのかこいつら? 馬鹿なの? 死ぬの?)

 

 だいたいにして栄光のシルフカンパニー社員がそんな品のないことを口に出して言って良いと思っているのだろうか。そもそも社長に対する態度もなっていない。こいつらへすぐにでも社員としての薫陶を与えてやろうかとすら思いボールに手が向かう。

 

「おほん……! 静粛に! 少なくとも集められた諸君らの実力は納得してくれたと思う。それではこれより君たち防衛戦力を各地に配置をしようかと思うのだが……何か質問や意見はあるかね? 意見は最大限考慮しようと思うのだが」

 

 いくつか意見が飛び交う。俺は見に徹してそれを詳細に観察する。

 

(いや……本当にお粗末だ)

 

 いくつか本当に社のことを考えたであろう意見が出るが、それはすぐに対案が出て賛成票多数で潰される。笑えるのはよく考えるとその対案が見事にロケット団がシルフカンパニーを襲撃するのに都合のいい案であることだ。

 

 会議が紛糾する中で大体の顔を覚える。

 

(あいつとあいつ、それとあそこの団体は確実にロケット団。あの辺は……今はグレーだが状況次第でいつ鞍替えしてもおかしくないな。彼とあの人はシルフ側だろうけど既に遠くに配置が決定されている)

 

 できるだけ敵味方を見極めているが、なんというかどうにもシルフの旗色が悪い。これ本当に主人公一人でなんとかできるの?

 

「おい! せっかくだしお前の意見も聞いてやる。言ってみろ」

 

 荒くれ研究員の一人がずっと黙っていた俺に発言を許す。今後のイベントを考えるにここでやるべきは一つだろう。

 

「あーそれじゃあ自分は実家がタマムシなんでタマムシかヤマブキがいいですねー(棒)近いし」

 

 近いし。だけはマジだ。何より実家ならね。食費がね。掛からないんだよ。大事だね。

 

 俺はつまり今回のイベントの本格参戦を決意した。近場にいればなんとか間に合うだろう。

 

「ははは! 正直な奴め! いいだろう。それじゃあお前はタマムシでいいぞ! この機会にせいぜい都会を楽しんどきな!」

「うわぁやったぁありがとうございます(棒)」

 

 ガラの悪い男はそう言ってのんきな発言をした俺を敵にならないと思ってくれたのか、ショップ店員と書かれた紙をタマムシの場所に置いた。

 そうして俺は適当にアホの振りをしてあっさりとタマムシシティに残留が決まった。

 

 

 

 

「いや馬鹿でしょ」

 

 会議が終わり、その後「自分ちょっと今の貸家をどうするかについて社長にお聞きしたいんで~↑このあといいすっか~(笑)」とかチャラ男っぽく言って警戒されずに堂々と社長室に残って、こっそりと社長とロケット団の対策について密談をした俺は退社してから呟いた。

 

 これがサカキならばきっと部外者は近場から完全に排除していただろう。それをアジトのあるタマムシに配置とか馬鹿でしょ。そもそもなんで集められた人員の情報の裏取りとかしてないんだ。

 

 とにかくロケット団の計画は危うくなった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 俺は男友達とタマムシのお店に集まって騒いでいた。音頭の後でそのまま飲み物を飲み干す。

 

 俺は会議をしたその日、その足で友人の家へと赴き、「久しぶりに帰ってきたから遊ぼうぜ!」なんて誘いをして今に至る。

 

「それにしてもお前がフレンドリィショップに就職するなんてな……てっきりチャンピオンか四天王。ジムリーダーかと……」

「仕方ないよ。グレン島に行けないんじゃ」

 

 昔からの友人たちは俺に期待していてくれたので期待に答えられなくて申し訳なさが募る。泣けるぜ。

 

「クソぅ……誰だよあんな孤島にジム建てた奴……なんて姑息な嫌がらせするんだよぉ……! せめてそらをとぶでいかせてくれよぉ……! なんで一度行った場所じゃないといけないんだよ……! 俺はセキエイ高原にだって徒歩で行ったんだぞぉ……!」

 

 まあそっちは挑戦者用じゃなくて業者用の出入り口を使ったんだけど。

 

「ほらほらエイジュ。愚痴は聞いてやるから今日は飲みな」

「僕たち未成年だからノンアルだけどね」

 

 ぼくたち18さい!世間的には大人だが肉体的な成人はもうちょい先なのだ。お酒は二十歳から。

 

「かたじけねぇ……!」

 

 俺は居酒屋風なお店でドリンクを飲みながら数年ぶりX回目の男泣きの夜を過ごした。

 

 

 

 それから数日。

 

 俺は真新しい制服と制帽に身を包んで背筋を伸ばして挨拶をしていた。

 

「今日よりトキワシティからこちらへ異動になりましたエイジュと言います。どうぞよろしくお願いします!」

 

 この半生で培ってきた営業スマイルを決める。

 

 早速、俺は諸々の手続きを終えた今日からシルフ系列店のタマムシデパートで働くことになった。今回の一件が終わるまでは向こうの家の家賃は会社が全額持ってくれるらしい。だからしばらくはここでロケット団に目を光らせて過ごすことになるだろう。

 

 今、俺の前では人事担当者の人が説明をしてくれていた。

 

「よろしく。では悪いけど早速今日から働いてもらうよ。君はトキワ支店ではなにをやっていたのかな?」

「はい! むこうは社員が少なかったので大体の仕事は経験済みです。接客陳列配達事務と大体の業務はなんでもやれます!」

「ああ。そうなんだ。それは心強い。うちのデパートは配達の人手が足りなくてね。その上、君の代わりにトキワ支店に行った人が配達担当でね。中々屈強だったから穴を埋められるか不安だったんだが問題なさそうだね」

 

 どうやら社長に言った俺の代わりにマッチョを配置してというねがいごとは叶ったらしい。妻子持ちの癖に過ぎた願いを持ったその身を恨むがいい。

 

 俺はそんな思考をおくびにも見せないで答える。

 

「いえ。そういうことならお任せください。自分は地元がタマムシなのでこの街は庭みたいなものですから」

 

 これは事実だ。俺は生粋のタマムシっこ。近道裏道なんでもござれだ。

 

「それは助かる! でも今日は余裕があるからゆっくりで構わないよ。それと今後はセキチクやヤマブキ、もしかしたらハナダやシオン、クチバにも行ってもらうかもしれないが……やれるかい?」

「わかりました! 自分は一度カントーを旅していたのである程度の街は行ったことある分大丈夫かと……では配達行ってきます」

 

 俺は荷物を持ってからバイクに乗って大都会タマムシで風になった。街中では配達場所の距離も近い事もあって流石にカイリューは頼れない。

 ハクリューがカイリューに進化するまではむこうでもバイクで配達していたので免許は取っている。トキワの周辺の未舗装の悪路を進むことも多かったので技量も中々だ。

 

 お店やオフィス、時には個人のお宅へと伺って、俺は遂に最初の配達を完了してデパートへと颯爽と帰還した。

 

「おお! 流石に言うだけあって早いね! それじゃあ悪いけど次はお隣のヤマブキだ! 頼めるかな?」

 

 おかのした。俺は今度は熱いお茶を片手にヤマブキへと向かった。

 

 タマムシデパート。これはカントー民ならご存知だろう。タマムシシティにあるカントー最大の商業施設だ。品ぞろえもカントー最高。ポケモングッズに限らず日用品なども取り扱いがございます。当然シルフの系列店舗の中でもその売り上げは最高峰だ。

 そんなタマムシデパートには多くのお客様からの配達のお願いが殺到する。あんまりにも遠ければ運送会社に頼むが隣接しているセキチクとヤマブキ。そしてヤマブキに隣接する三つの街へは結構配達の機会があるそうだ。どこも俺には馴染みのある街なのでバッチ来いって感じである。

 

 俺は再びタマムシのようにヤマブキで風になり配達を済ませて行く。このままではいずれタマムシでの成績トップを取ってしまうだろう。ふふ。才能とは恐ろしい。

 

「すいませーん。タマムシデパートから配達に来ましたー。どなたかいらっしゃいますかー?」

 

 そして俺はヤマブキに数ある重要施設。そのうちの一つであるヤマブキジムへと来ていた。

 今のジムリーダーはナツメだが、俺が挑戦した時は今で言う『かくとうどうじょう』がヤマブキジムだった。まあ彼女とは年齢も同じくらいだろうし仕方ないか。

 

(ちょっと残念だったなー。ナツメともバトルしてみたかった)

 

「あら? そう思ってくれるなら嬉しいわね。私も昔から貴方のことは知っていたわ。なんならジム戦やるかしら?」

「うおっ!?」

 

 黒い髪を長く伸ばしたどこか不思議な雰囲気をした美女が俺の心の言葉に反応して語りかける。

 入口のワープパネルから出てきたのはまさかのナツメその人だった。てっきりジムトレーナーが出てくると思っていた俺は驚く。

 

「昔って……そのサイキックで? 三年前から?」

「やっぱり私のことも知ってくれているみたいね。そして違うわ。普通に本やテレビで見たの。同い年の貴方がジムを勝ち進んでいくのはとても痛快だったわ……私たちやその前後の世代ではとても有名よ。たったの一か月でカントーのバッジを六つも取ったのだから。あの時はテレビの取材なんかも来たでしょう?」

「ああ見てたのか……でもよしてくれ。もう昔の話だ。今はただの素敵なショップの店員さんさ。あ、これお届け物です。サインいいですか?」

 

 俺は照れ隠しに配達員のキャップを深く被って顔を隠しながら、注文の伝票を彼女へと渡す。

 

「私が貴方のサインを欲しいくらいだけど……はい。これでいいかしら?」

「はいどうも。サインの練習はしてないんだ。諦めてくれ。しかしコスメね。意外だな。まだ若くて美人なのに」

 

 伝票をポーチへと押し込みながら話題を変える為に軽口を叩く。

 彼女は後にポケウッドに進出する。それを考えるとまんざら分からないでもないが、彼女にはもっと俗世離れしたイメージがあった。

 

「あら、ありがとう。でも私も女ですもの。あなたが私にどんなイメージを持っているかわかるし、それが的はずれという訳でもない。けど、やっぱり興味が無い訳じゃないのよ? それに……下手に未来が分かるから手を抜いたら将来酷い目にあう事がわかっちゃってね……」

 

 彼女は両手で自身の体を抱きしめ顔を曇らせる。

 

「あー。なるほど。悩みのみらいよちもできる……というかしちゃうのか。大変だなエスパー少女」

「ええ。それと実はこうして人に任せずに直接会いに来たのは貴方のファンだからということもあるけど、なによりも貴方の未来がぼんやりとだけど予知できたからなの。これから貴方にはとある苦難とそして輝く道が待っているのが見えたわ」

 

 ナツメは目を閉じてそう言った。そして「心当たりは?」と手を差し出して問いかけてくる。

 

 とある苦難。こっちはロケット団との抗争だろう。やはり厳しい戦いになるのだろうか。しかし覚悟の上だ。

 しかし輝く道……抗争で活躍して裏切り者の分空いた席に座り幹部昇進役員就任いいかんじ~って奴か?能力に見合わない昇進はあんまり気が向かないのだが。

 

 まあ現状を考えるとこんな感じか。

 

「それを伝えるためにか。ありがとう。なるほど。心配はいらない。乗り越えて見せるさ」

「流石私が憧れたトレーナーね。頼もしいわ。でも気をつけて。その苦難は貴方の側に確実に潜んでいるわ。おそらく避けようがない。必然の苦難よ」

「覚悟の上だ。そいつらを振り払いに来たような物だからな。そっちも気をつけろよ。あいつらは俺が片付けるから。ああ、それとこれ美容関係のカタログ……当店のまたのご利用を心よりお待ちしております」

 

 俺はそう言って一礼し、ジムを出た。

 

 

 

 

 

 

「そいつら? 違うわ。貴方に立ちはだかる苦難は一人の人間がもたらす物よ。それも……」

 

 ナツメは目を閉じて意識を集中する。

 

(見える……) 

 

 黒いシルエットだがナツメには少しだけ既視感があった。和装の人物……それに周りには草木や花々のようなものが生えている。

 

「これは……女難?」

 

 ナツメは一人ぽつりとつぶやいた。


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