が膨らんでしまい……。シズが一切登場しないので、別の短編として投稿することにしました。
ジルクニフとお友達になりたいアインズ様が、案の定すれ違ってしまうお話です。
※(ほとんどジルクニフ視点)
今日はとても良い天気だ。外に散歩にでも行こうか。
そんなことを思いながら、今朝届いた報告書の1枚を眺める。
「例の聖王国の件か……。ロウネ、要約してくれるか」
「はい。聖王国にてアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下は、十数万の亜人を率いる魔皇ヤルダバオトを”単独”で撃破し、多数の亜人をその支配下に置いた。これはやはり間違いないそうです。そして最新の情報ですが、聖王国では魔導王陛下を崇拝する新興宗教が誕生したとのこと。規模は既に三万人を超え、急速に勢力を拡大させているそうです」
「わけがわからん……」
夢物語を当たり前のように実現する白磁の怪物。たかが人間であるジルクニフからすれば、文字通り人外の領域なのだろう。
もはや諦めもついた。適当に祝いの品──あの方にとってはがらくただろうが──でも送ればいいだろう。報告書を放り投げ、次の話に移る。
「で、今日のもてなしの準備は万全だろうな?」
「もちろんです。今回はあの方お気に入りの菓子職人の新作を用意しております。前回好評でした茶葉もございます」
「そうかそうか。ははは、楽しみだ」
ここしばらくジルクニフの調子はすこぶる良かった。
あの大虐殺の時から力を失っていた毛根は永い眠りから覚め、今は若々しく成長している。気つけのポーションも一応常備しているが、使うことなくそのままである。
秘書のロウネと他愛のない会話をしていると、ノックの音が鳴る。入室の許可を出し、入ってきたのは配下の一人。
「陛下、リユ──」
「よしすぐに入れてくれ」
現れたのは、勇ましくも美しい毛並みを持つ、モグラのような亜人。
「よく来た! 待っていたぞリユロよ」
「ああジルクニフ!またこうして招いてくれたことを感謝する!」
相容れないはずの人と亜人は、いつものように抱擁し、友を称える言葉を掛け合う。お互いにかけがえのない存在であり、こうして無事再会できたことが何よりも喜ばしい。
「さぁ、今回もリユロのために、色々と──」
「陛下! 陛下大変です!」
廊下にいた兵士が、ノックもなしに叫びながら入ってくる。
せっかく友との再会を祝していたのに、台無しではないか。という不快感が沸き上がってくるが、それは瞬時にせき止められた。
「や、奴が……来た、のか……?」
ジルクニフの顔がみるみるうちに青ざめる。
なぜ、このタイミングで?まさか、自分とリユロとの関係を?一体何の目的が?
様々な考えが脳裏をよぎるが、あの智謀の主に自分の知略が及ぶはずもない。すぐさま思考を切り替える。今やるべきことは、一つしかない。
「今すぐ四騎士をここに呼べ!」
「はっ!」
兵士と秘書官が飛び出していき、部屋には二人だけが残された。
「こんなことになってしまって、本当にすまない……。リユロ、君の身だけは絶対に守る。一握りの者しか知らない地下の隠し通路に案内するから、そこから逃げてくれ……」
「な、なにをいう! これは誰のせいでもない。頼むジルクニフ。一人で背負い込むな」
「大丈夫だ。犠牲になろうだなんて思っていない。今はただ、君の安全だけが一番なんだ。私を信用してくれないか?」
リユロの肩はわなわなと震え、眼からは大粒の涙がこぼれる。行き場のない両手の爪は、虚しく空を切っていた。
「……分かった。信じるよ、我が友よ。必ずまたこうして会うことを約束してくれ」
「ああ、もちろんだ! だから、君も無事でいてくれ」
二人は再び熱い抱擁を交わし、背を叩く。
そして帝国が誇る騎士達が駆け付けて来た。
「来たか──ニンブル! お前が指揮を執り、リユロを無事ここから送り届けろ。失敗は許されん。私の友人を、お前に託す」
「っ!お任せください! この命に代えましても、必ずや!」
騎士に先導され、リユロは部屋を後にした。一人になったジルクニフは、自分の机に足を運ぶ。
「ふっ。もうしばらく、使う機会はないと思っていたんだがな」
そういって、瓶の中身を一息に呷った。
これから転移で帝国に赴く予定のアインズは、せっかくの機会だということで、ジルクニフとの面会を思いつく。同じ支配者として、あわよくば友達になれないだろうか。そんな期待を抱きながら、帝城に配備しているエルダーリッチに<伝言>を送る。
『これはアインズ様! 如何なさいましたか?』
『ああ、このあと帝国に用があってな。三十分後に会いに行く、とジルクニフに伝えてくれないか』
『畏まりました。すぐに伝えてまいります』
『うむ。それと、もてなしは必要ないとも伝えておいてくれ。今回は簡単に済ませるつもりだからな』
『承知いたしました』
(聖王国での活動があって、しばらく会うことがなかったからな。半年ぶりか?)
友達感覚で「三十分後に会いに行く」と伝えたアインズだったが、それが大きな軋轢を生むことになるとは知る由もなかった。
ジルクニフは帝城に特別に設けられた魔導王のための貴賓室に向かいながら考える。
(奴はわざわざこちらに三十分の猶予を与えた。それは何故だ? まさか私に気を遣って……ありえない話だな。奴の配下の態度から考えれば明らかだ。あの異形の者共は、人間を道具としか見ていない)
アインズに対する警戒心から、常に最悪の状況を想定してしまう。随分前から自分の首を絞め続けているその悪い癖は、悲しいことに、今回も遺憾無く発揮された。
(私達の行動を観察するのが目的か? だとすれば、リユロを逃がす選択は本当に正しかったのだろうか。……それとも、ただの戯れなのか?こちらが慌てふためく様子を見て、影で笑っている……。可能性はあるが、あまり期待するべきではないな)
その後も思考を続けるが、納得のいく答えは出ない。当然である。アインズが提示した「三十分」は、たんなる”着替えの時間”だからだ。ジルクニフは、歯でも磨いて待っているだけで良かったのだ。
アインズを下手に出歩かせるわけにはいかない。そう考え貴賓室の前で待機して、二十分ほど経っただろうか。目の前の扉が開かれる。
「うわ! あ、いや……久しぶりだな、ジルクニフ殿」
ジルクニフはすぐさまその場に跪く。
「はっ! この度は魔導王陛下自ら──」
「ああ、待った待った。そんなに畏まる必要はない。できれば今までのように対等な会話をしたい。それにプライベートだしな」
(なぜだ?属国となった今、対等な関係など必要あるまい。しかしここで断ればどうなるか……。それに、会話次第では探りを入れる機会も生まれるかもしれない)
数舜悩み、覚悟を決める。
「……では、お言葉に甘えよう。こちらこそ、ゴウン殿」
「うんうん。ところで……ずっとここで待っていたのか?」
「いやいや、今来たところだよ」
ほっとしているような素振りを見せる魔導王。本当は分かっていたんじゃないか?相変わらず質の悪い……。
「では、今日はどういった用で?」
「うむ。フールーダ・パラダインに用があってな。ただ、ジルクニフ殿と話したいこともある。時間は空いてるかな?」
「……あぁ、大丈夫だとも。では中に入ろうか」
二人は魔導国から取り寄せた上質なソファに座ると、まるで互いに初動を伺っているような、ピリピリとした空間が生まれる。
まず先手を取ったのはアインズだ。
「以前試験的に送った数体のアンデッドがいただろう? 彼らに対する評価を聞きたいな」
「ああ。不眠不休で食料要らず、それに加えて命令に忠実。正しく運用できれば、その経済効果は計り知れない」
これは本音である。さすがのジルクニフも最初は忌避感を抱かざるを得なかったが、完全に支配できるとなれば話は別だ。あらゆる事業をローコストかつスピーディーにこなすことができる。これだけは、他国に自慢できるというものだ。
「ただ、命令に忠実というのもまた問題でね。悪用されないようにゴウン殿が命令を下してくれているのはもちろん分かっているんだが、それを国民に証明する手段がないんだ」
「なるほど。我が国は漆黒のモモンという存在がいたからこそ、アンデッドの普及が容易だった。帝国だとそれが課題になるか……」
「モンスターを使役するような高位の魔法に関する知識のある国民は少ない。だからまずは、うちの魔法省が率先して実績を作りつつ、大手の商会などに働きかけて宣伝してもらおうかと考えている」
ふむ、とアインズは顎に手を当て何か考えている。また悪巧みか?
それならば、と今度はジルクニフがカウンターを仕掛ける。
「魔法省といえば……さっきはフールーダに用があると言っていたが、どんな用事なのか聞いても?」
「あ、いや……。大した用事ではない。気にするな」
明らかな動揺だ。だからこそ怪しい。まずフールーダの引き抜きなら、今の奴の立場を考えれば造作もないことだ。また、魔法の知識でも奴の足元にも及ぶとは思えない。であれば、間違いなくこれはブラフ。ここでフールーダについて話を掘り下げても、得られるものは何もない。
大丈夫だ、自分の頭は冷静だ。それどころか、かつてないほど集中力が高まっている。
「話は変わるが……」
来るか!ジルクニフは心の中で身構える。
「
ガン!と頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。
リユロとの関係が漏れていることは予想していた。だがここまで直球に攻めてくるのは想定外だ。
「……紅茶を入れてくるよ」
ジルクニフはアインズを背に屈辱の表情を浮かべる。そして同時に、胸に決意がみなぎるのを感じる。
魔導王の持つ圧倒的な暴力、財力、そして知力。自分が奴に及ぶべくもない矮小な存在だということは重々承知している。しかしそれは言い訳にならない。私の大切な本当の友人を、失ってたまるものか。
再びソファに座り、ジルクニフは先の質問に答える。
「私は十代で皇帝に即位し、自分の兄弟を含むあらゆる者を排除してきた。やがてつけられた異名は鮮血帝。……友人なんて言葉とは、程遠い人生だった」
カップを手に持ち、一口だけ茶を啜る。鼻腔を通る茶葉の香りが、気休め程度だが彼の心を落ち着かせてくれる。
「だがゴウン殿。あなたと会って、私の人生は分岐した。もう、かつての鮮血帝ではない」
アインズの紅く灯る眼が、どこか悲痛な思いを抱いているように揺らめいた。
「今の私には、大切な友人さえいればどんなことでもやり遂げられるという自信がある。己の全てを投げうってでも」
「ジルクニフ殿……」
ジルクニフは、自分の覚悟をアインズに告げた。
きっと今後は今まで以上に忙しく、辛い日々が待ち受けていることだろう。だがそんなことはもはや些細なことだ。大切な友人に比べれ──
「なら、私がジルクニフ殿の
「えっ……」
突然の友達宣言に驚き、右手に持っていたカップを落としてしまう。そして理解し、頭を抱える。
「あれ、そんなにショックだった!?」
アインズの言葉はもう耳に届かない。
(なぜ! なぜそうなる!! 途中まで良い雰囲気だったじゃないか! どんな無茶を要求されても、必ずこなしてみせると言ったのに!!)
リユロとの関係が──
彼の毛根は、再び深い眠りについた。
じじいが甘い蜜を吸い、未来ある若者が辛酸を舐める。
「おお、かわいそうなジルや……。この本読むか?死者の魂凄いのなんの」