「リファナ、大丈夫か?」
「だ、だいじょ……ぶ、かな……」
「あ、あいかわら、ず……」
「んまぁ、乗り物で酔ってちゃネズミさんは務まらないし」
嵐の中で酔ったのかふらつく少女を気遣いながら、離れてもないところでされている説明を右から左へと聞き流す
此処はカルミラ島。正確にはその本島。カルミラ島と呼ばれるのは諸島なので沢山の島からなるが、その中でも特に大きく、一般的に観光地としてはこの島という場所だ。いや、他の島って魔物が居るくらいであんまり見所が無いしな、この島には色々と観光スポットがあるんだけどさ
例えば、今まさにはぁ面倒臭いなといった面持ちで尚文が説明を聞いている謎の像だとか、な
「お? 盾の勇者様はお目が高い。あれはこの島を開拓した伝説の先住民であるペックル、ウサウニー、リスーカ、イヌルトです」
と、案内を買って出たカルミラ諸島の貴族であるハーベンブルグ伯爵がおべっかを使っているのが耳に入る。因みに前から、釣り竿を持つペンギン、クワを持つウサギ、ノコギリを持ったリス、ロープを持った犬だ。オプションとして全員サンタっぽい帽子。まんま過ぎて名付け親のセンスを疑う
んまぁ、俺の名前のセンスもお世辞にも良いとは言えないんだが。……にしても、何時もならクソナイフが同類相憐れむとかからかってくるんだが、それが無いと少しだけ寂しいなおい
「あれはなんだ?」
と、尚文の奴がそんな謎生物像の横の碑文に目を止めた
おお、お目が高い。いや、気づかない奴が節穴なだけか
「四聖勇者が遺した碑文だそうです」
「そうなのですか!?リーシアさん、お願いします」
「はい、イツキ様!」
何か割と元気な弓の勇者カップルがそれに反応し、我先にと碑文に近づき……
あ、こけた。さては嵐で車イスの車輪をどっかにぶつけて歪めてたな?
「い、いてて……」
「イツキ様、大丈夫ですか?」
「え、ええ」
いや、夫婦漫才は良いから早く読んでくれないか?読めないはずだが
「……おや、日本語ではありませんね」
と、イツキが首を傾げる
ああ、そういう反応なのか……やっぱり原作樹とは少し違うんだな、と一人で納得。原作の三勇者は日本語ではないと分かるやニセモノだニセモノと騒いでいたのだが、騒がないようだ。……いや、錬も元康も此処には居ないからな、騒ぐ相手が居ないだけなのかもしれないが
「この世界の魔法文字で書かれているようですね」
魔法文字。面倒なものだ
決まった解答がない文字、それが魔法文字だ。読み解こうとする人間によって意味が変わるというか……正確には恐らくだが、無数の言葉が一つの地点に重なりあっているというのが答えなのだろう。例えて言うならば五十音すべてを同じ場所に重ね書きしたようなものからなる文って訳だ
本来そんなものぐっちゃぐちゃの塊でしかないのだが、その文章に込められた力に適性のある者はその中から特定の文字列を意味ある文章として浮かび上がらせられる。だからこそ、適性に応じて重なった中から拾える文字は違い、同じ場所から違う文章が浮かび上がる
例えば、幻を使う魔法書を適性の無い尚文が読んだ場合、でたらめな文字列しか浮かび上がらないので解読できない。訳すとおかしな言葉になる。だけどラフタリアやリファナはしっかり読み解いて、魔法として発言できるといった感じ
「ネズミさんは読めますか?」
「読めるけど俺が読んでも意味無いぞ?勿論リーシアやリファナが読んでもな」
「そうなんですか?」
「イツキ様、魔法文字は読む人によって意味が変わるんですよ」
と、こけた車イスを立て直しつつリーシアがアドバイスしているのをスルーして、碑文を読む
意味なんて無いってことを分からせる為に
「『これは世界を守るために新たな力を得たい勇者のための碑文だ
もう不要だろう冷やかしなら帰れ』」
「……は?」
「いや、俺が読んだ場合、こう書いてある」
おちょくってんのかてめぇ!対応勇者によって魔法が変わるというが、さてはこの文用意したのクソナイフだな?
「えっと……ふぇぇ!『勇者に目覚めることがあればまた来てね』って書いてありますぅっ!」
「わたしはちょっと意味のある文にならないかな……」
「ナオフミ様、勇者ってどうやったらなれるんでしょう……」
「フィトリアはねー!」
と、非勇者勢が口々に報告していく。あとフィトリア、お前は読んだことあるだろ座ってろ
「ん?レン、お前は……」
「魔法文字が、読めない……」
「……あ、ああ……」
うん。何となく分かってはいたんだが、何と返せというのだ
「今日から学ぶか?ちょうど弓の勇者も始めるようだし」
「い、いや……。あの二人の間はちょっと」
「そりゃそうか」
と、フィロリアルズを見る。ブラン?あいつ読む気すら無さげに優雅にくつろいでやがる。あんな性格だったのかお前
「くっ!真なる光はこの漆黒の翼を選ばぬというのか……」
「むぅ!」
どちらも読めないらしい。いや、お前ら産まれながらに読めたりするチートなのか?そうでないなら魔法文字を読めるはずないだろ
『力の根源たる……盾の勇者が命ずる。伝承を今一度読み解き、彼の者の全てを支えよ』
「ツヴァイト・オーラ……」
そんな中、尚文が解読に成功する
いや、知ってたとしか言いようがないのだが。魔法文字が読めれば樹にも出来る
「わ、ナオフミ様凄いです!」
と、目をキラキラさせるラフタリア
「ラフタリアちゃんと毎日魔法文字を読む練習していた成果ですねなおふみ様!」
……少し、むかついた
『力の根源たる中略!伝承の以下略!』
「ファスト・レイスフォーム!」
なので、心のままに別の碑文から読めていた魔法をぶっぱ。無意味?知らぬ存ぜぬその通りだ
「……ふぅ」
何やってんだろうな、俺。そもそもあの碑文ってルロロナ村飛び出してから半年の間に見つけた朽ち果てたものだしな。勇者の碑文なんかじゃない説が濃厚だ。そもそも当時の俺は勇者ではない(勇者であった時期があるとも言えないが)し、転生者向けに昔の転生者が書き残したものだったのだろう
「あはは……張り合わなくて良いから、マルスくん」
リファナの乾いた笑いが耳に痛い
「と、俺の碑文の魔法はこのレイスフォーム。体をプラズマに変換して一時的に実体を無くす魔法だな
幽霊みたいなもんになるので物理的な干渉がスキルでしか出来なくなるし魔法を維持しつつ別の魔法ってのも杖の勇者くらいしか出来ない芸当だしであんまり意味がない。潜入には便利なんだけどな、物理的な障害なら全部抜けられるから」
そう。奪った勇者武器でスキルを撃てるしそれならば物理的なダメージが通るのだ。暗殺向け過ぎてとても世界を守る勇者の魔法と言えないだろう。勇者を殺すための転生者魔法といった方がまだしっくりくる
「そ、そういえばそんな伝承が……あれ?あったかな……」
因みにリファナ、伝承には無いぞ多分
「ま、盾の勇者が全員オーラな訳でも無いだろうし、人によるってことで」
誤魔化してみよう
「そだねー」
って乗ってくるのかフィトリア。お前はそれが本当か否か分かってる側だろ?
「そうなの?」
「えっとね?
わかんない!」
「……分からないのに同意するな」
と、冷たい尚文
「何でだ?何回か四聖勇者を見てきただろう?」
「でもね
まほーもじが読めるくらいにぶんか?を習った勇者って少なかったよ?」
さてはドアホだろその四聖
「読めなかったアホをサンプルに入れるな」
「アホ……仮にも昔の勇者様のことを、容赦なくアホ……」
リファナが苦笑し
「アホでどうもすみませんねネズミさん」
樹には嫌みを言われ
「ナオフミ様はアホではないんですね!」
ラフタリアは何か違うこと言っていて
……レン?お前は勇者じゃないんだから変な表情すんなよな
おまけ、魔法解説
○○・レイスフォーム
ネズ公の使う魔法のひとつ。自分の肉体をプラズマへと変え、一時的に実体を無くす魔法。固体である肉体を気体どころではなくプラズマにまで変えている為殆どあらゆるものをすり抜ける。ただし実体を持たない為使用中は自身からも攻撃は基本的に不可能。と言いたいところではあるが、遠隔で使用可能な勇者のスキル(フロート系など)に限ればこの状態でも特に変化無く使用可能であるため、使用者が投擲具の勇者である場合はそこまでデメリットではない(投擲具のスキルは投擲の関係上ほぼ全てが遠隔使用可能である)
……万能という訳ではなく、あくまでもプラズマ化しているだけである為魔法はものによっては食らう。また、投擲具スキル『アストラルシフト』といった魂に対して強く作用するものに関しては特攻を食らうといった欠点も持つ
ネズ公は転生者魔法と言っていたが、れっきとした勇者側の力である。というか魔法という形でこの世界ナイズして性能を抑える形で使用可能にした『雷霆』の力の一端(自身を雷に変えて戦う力)である。そのため、この魔法はオーラ等の碑文の魔法と異なり雷霆の勇者の完全な専用魔法であり、他人が万一強引に使えたとして、プラズマから元に戻れずに死ぬだけである。また本来の雷霆と同じく自身を雷に変えている間全身を自分の体がミンチになったかのような痛みと常に世界が乱雑に回転しているかのような感覚のズレが襲うがそんなもの耐えれば良いよね?ということでネズ公は気にしていない