「……どうしろってんだよ、あんなもん……」
悠々と空にその体躯をくねらせる白蛇に向け、ぼやく
届かない……程ではない。一応は。その気になれば俺だって空は駆けられるし、攻撃だって可能だ。だが、それで?アレを殺せるかと言われると無理だなで終わってしまう。俺の手には女神の剣があり、その剣は光輝いている。アレをやはりというか神側のモノだと認めているのだろう。だが、それでも、一歩足りない。というか、武器がどれだけ強かろうが俺のパワーが足りてない。持ち主が弱すぎて話にならない
尚文達が原作でならば対峙した四霊……あれらに比べてもかなり強い方であろう。原作では麒麟戦は無く、麒麟のスペックは良く分からないが……少なくとも恐らく霊亀よりは数段強い。というか、元々本来霊亀、鳳凰、麒麟、応竜の四霊は世界を護るために人々の魂を、エネルギーを集めて結界を貼る存在だ。あの世界の勇者達という方向は違えど同じく世界を守ろうとする者……というか自分達の上に存在するあの世界の神とも言える四聖相手に本気で戦いとか無理極まるだろう。どこの世界に世界を護るために世界を護ろうとする自分達の神を全力で殺しに行く守護獣がいるというのだ
だが、こいつは……眼前のケツアルカトルは違う。奴の守るべきものは、救いたかった世界はすでに無い。神によって滅ぼされた。ならば使ってくるだろう。原作で尚文達が対峙した守護獣達が絶対に使えなかった……敵に対する撃滅モードとでも言うべき本気を。だからこそ、言える。眼前の神獣は間違いなく原作四霊より遥かに強い。本来の四霊並みのバケモノだ、と
冗談じゃない。あんなものと戦っていられるかよ
そう言えたらどんなに楽だろう。だが……そう言うわけにもいくまい。そもそも此処がどこなのか分からない。とりあえずわかることは……視界端には黄色い砂時計だけが存在し、それは妙にカウントが減っていっているということだけだ。9:23:51。と
……見てる俺の前で、カウントが変わる。9:23:48。すぐには次に変わらない。つまりこれは……元々が10日であり、3分ごとにカウントが変わっていく……いや待て減りが可笑しくないか?そう思って注視すると……しっかりと秒までが表記される。それは良いが……
やはり、か。体感1秒。その間にもカウントが3進んでいる。つまり、1秒で3秒減る訳だ。10日かと思ったが、これならば3日と8時間しかカウントがない。さて、そもそもこのカウントは何なのか、それも分からないが
……兎に角だ。焼きネズミも蒸しネズミも御免だし、此処で荒れ狂う神獣とやりあう愚など犯す必要はない。というかこんなときにこそ四霊ども封印されてないで何とかしろと言いたいのだが……
『キュリシャァァァァァッ!』
空から響く咆哮は遠退くことはなく
……ならばと飛び立とうとして、不意に気が付く
コール・フィトリアの存在に。そう、馬車の眷属器の力であいつはほいほいと俺に話しかけてこれるはずだ。なのに、いまだに声が無い
「まあ、何かあった……っていうには強いだろうし、なっ!」
地を蹴り、割と昔みたいに使えるようになった復讐の雷霆でもって……
灰の積もりだした地面の味を確認する
跳べなかったのだ。視界端に車輪はまだある。だが、回転が鈍い。フィトリアの手を借りて前みたいに使えるようになった雷が、また微妙な出力に戻っている
またかよ、って話だがどうなっているんだ?
「????????」
……地面を舐める俺に、近くに居たのだろうか、誰かが声をかけてくる
……が、何を言っているのか、俺にはてんで分からない。どこの言葉だ、これは?
……いや待て、分かるはずだ。勇者に異世界言語理解があるように、転生者にだってそれはある。耳を澄ませ、聞こえるだろう?
「……大丈夫か?」
男の声。ああ、理解できる。少しチャンネルを変えればな。いやだが、何故チャンネルを変えなきゃ聞こえないんだ?
「……ああ」
駆け寄り、手を差し伸べてきた誰かの手を借りて立ち上がる
なんというか……和服美男だなこいつ。どこか不思議な美形ってやつ。だが、時折透けて背後の火が見える。こんな奴等この世界に居たかな……何となく、挿し絵で見たグラスに似ているというか……
ってか、まさかな
「
聞いてみる
「獣人?」
向こうも、俺の頭のネズ耳を見て返してきた
「あはは……
少しだけ頭打って記憶が混乱しててさ
この世界の四聖勇者様って……」
「魔竜討伐のために呼ばれた風山絆様以外話を聞かない」
ビンゴ!風山絆。四聖武器のひとつ、狩猟具の勇者だ。当然ながら俺達の知る四聖……聖武器は剣槍弓盾の4つ。狩猟具などではない。つまり、今居る場所は……異世界。それも、俺がビンゴと言えるのはたった一つの世界だ
即ち……グラス達の世界。波により俺達の世界と融合しかけているもう一つの……波の向こうの世界だ。いや、どうしてそうなった
「絆様か
他の勇者が……」
そんな俺の前に、何かが降ってきた
頭を砕く軌道で
「ファスト・レイスフォーム!」
っあぶねぇなオイ!?とっさに実体無くさなかったら頭ザクロみたいになってたぞ
「………………」
「え?まさか……」
何かを避けるだけ避けて、長く体をプラズマ化してると乱視が酷くなるので魔法を解いた俺を見つめ、そう魂人の少年は呟く
「貴方も、勇者様?」
「は?」
何いってんだこいつ。今の俺はクソナイフ持ってないし、そもそも
と、落ちてきたものをマジマジと見つめる
ヤバい。凄く見覚えがあるものが俺の目の前でふよふよと浮いている
抜き身の一本の刀。とてもシンプルな造形で、けれども秘めた何かを思わせる光輝く一振り。二度と見ることはないと思っていたソレ……この世界の眷属器の一つ、刀が其所に在った
「何やってんだお前……」
思わず半眼でツッコむ。いや、お前どっかのレーゼの手を離れて飛んでっただろ、レーゼの手に渡る前の勇者は死んでたとして、そっから新勇者くらい探すか呼ぶかしてろよ本当に。だってのに今こんなところに居るとか俺の手元から逃げてって遊んでただけかお前?
それともあれか?この眼前の少年を勇者にでもしようと……
「刀の勇者様?」
「俺じゃない。お前じゃないのか?」
って何しやがる刀。俺の頭を峰で叩くな
……ん?とっととまた奪え?何?は?
不意に峰打ちと共に流れ込んでくるそんな意思表示に首を傾げ
「……いや、俺で良いのか。理解し難いが」
勇者武器を奪う力を伸ばす。持ち主の居ない浮いているその武器はさくっと制御下に入り……視界に刀のアイコンが浮かぶ
同時、アイコンとその横の黄色の砂時計のアイコンが結ばれ……カウントの減りが1秒1へと変化する。そして同時、クエストとかいう謎ポップアップがアイコン横に出現。何々……メインクエスト:神獣ケツアルカトルの撃退
って待て待て待て待て
何?ちょっと聞かせろよ刀!?お前に呼ばれたのか俺!?自分達の世界終わりかけ過ぎてて神獣倒せる勇者戦力足りないからって一時的にとはいえお前を扱った縁でも辿って召喚した……って感じか?
応、とばかりに手の中で震える勇者武器
「やはり、勇者様!」
「っざけんなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
拝啓、俺の女神リファナ大明神様
何か、原作では自分達の世界を護るために侵略しかけてきた側の勇者武器から神獣撃退を押し付けられました
やはりクソナイフの同族だろお前!?いや、同族なんだが