「絆さん」
水滴が教室の窓を叩く放課後。雨の日であるが故に手持ち無沙汰そうに外を眺めている友人に、僕はそう声をかけました。元々は今日の放課後から週末を使って釣りに行くという事でしたが、流石にこの大雨では釣りなど行けるはずもなく。最大の趣味を潰されて時間を得た友人に向けて、少しは慰めの意味も込めて
「……イツキ」
「絆さん、お時間ありますか?」
「あるけど。イツキはゲームは良いのか?」
少しだけ時間を置いて、その少年はそう返してきました
「ああ、ディメンションウェーブですか?あれの体験版はやり尽くしました。後は製品版の発売を待つだけです」
「相変わらず早いな」
「ゲームは、生まれもった異能力で差別がありませんからね」
現実はこの通り、異能力の強さで割と差が出てしまいますが
「それで、ですが……実は、見付けたんですよ!」
「なにを?」
首を傾げる彼に、僕は興奮ぎみにスマホを見せます
「……持ってるじゃん」
「?」
「いや、朝電話した時に繋がらなかったから何かあったのかーって」
「すみません、今日一日ずっとデータ通信を切っていたので」
「切るような事なの?」
「ええ、そうですよ
僕がうっかりネットに繋いでしまったら総てがおじゃんだったかもしれません」
その言葉に、眼前の中性的な少年は目の色を変えます
「ということは、まさか!?」
「ええ、そうです
人類史発展異能究明悠久工匠極東支部……極東ルクスが検閲しているあの動画データを拾ってくることに成功したんですよ」
「凄いなそれ」
「ええ、たまにネットの海に出てはきますが、検閲削除も激しい特殊な異能力についての動画検証……オフラインへの保存に持ち込めたのは幸いでした」
まあ、その結果昨日の夜以降そのデータを保存したスマホはネットから切り離さざるを得なかったのですが。異能力研究の世界的施設である彼等に動画データを見付けられてしまえば、僕達のランクだと動画を削除されてしまいますからね。そういった点では、異能力のランクが低いというのは辛いものです。S級……いえ、せめてA級の異能力さえあれば特例的に許されるはずなのに。異能力の弱い人間には強い異能力に関する動画を見る権限すら無いって事ですか、と言いたくもなります。機密にすべきという意見も理解は出来ますが……。特に未来を預言する異能力等であれば持ち主と悪用方法が出回った暁には大変ですし
「それで、どんなS級なんだ?」
「聞いて驚いて下さい。なんとSじゃありません」
「……A級?その中にも凄いのは居ると思うけど」
「逆です。超S。ドイツのルクス本部によって新しく……4番目にそう定義されたという伝説の異能力
未だ詳細データが全然出てこない事から都市伝説的に広まっているアレ、ですよ」
「ああ、運良く発現動画が残っててっていう?
アレ凄いよなー、どんなものなのか名称だけじゃ良く分からない上にブーストなのに超S扱いなんだろ?」
「絆さん……。そもそもこの国に居る超S級異能力、
「あ、そっか
それにしても、
「全くです。的中、命中、そういっとシンプルな名前とは違いますね」
「ん?キザな名前の異能力ほしかったの?」
「その名前でなくても良いですが。いえ、寧ろ能力だけは同じで名前はシンプルな方が……」
等と言いつつ、スマホを起動。しっかりとSIMカードは抜いていますのでネットに繋がることはありません。そのまま、動画アプリを開き、ダウンロードを終えた動画のオフライン再生を選びました
「お、始まった」
二人して、スマホの画面を覗きこみます
……ですが、あまりよく見えませんね。動画の部屋が薄暗いです。どこかの監視カメラの映像でしょうか
「……シャンデリアがあるよ」
「ええ、ありますね。どうせなら点けててくれれば良かったのに」
動画に映っているのは豪華な部屋でした。シャンデリアが天井から吊り下がり、床一面に敷かれたカーペットにも刺繍があります。置かれたのも横になって寝たら気持ち良さそうなサイズのソファーですし
「お金ってある場所にはあるものだね」
「新しい釣竿の為に貯めてるんでしたっけ」
「なかなか目標金額に行かなくて」
なんて会話していると、動画が明るくなります
どうやら、部屋の電気が付けられたようですね。シャンデリアが輝いています。ああいうのも、今の時代は電気式なんですね
『おい、気を付けろよ。隠しカメラはさっき切ったはずだが』
と、部屋の中に居た男のうち一人が横のもう一人の男に対してそう言っているのがきこえました
……あれ?ならば何故この動画が残っているのでしょうね
「雷霆っていう名前だし、超Sの人が動かしたのかな」
絆も同じ疑問を抱いたのでしょう、そんなことを聞いてきます
「どうなんでしょう。動画を見れば分かるかもしれません」
と、明るくなったところで、シャンデリアとは別に吊るされたものが漸く僕達にも理解できるようになります
「あ、あわわわ」
横で絆が口を押さえてるのが気配で分かりました。けれど、僕は画面から目を離せませんでした
高めの天井から吊り下がっているのは太い縄。端はしっかりと円になるように結ばれ、一人の少年の首にかけられています。ぱっと見自殺……
なのですが、違和感があります。首の縄が固結びなのです。普通、自殺する場合は椅子の上などに乗ったあと結び目を広げた輪の中に首を通して、椅子を蹴って宙に吊られることで体重で首を締めるものだと思います。ですが……
「最初から首を締めて縄を結んでますね、あれ」
「そ、そうなの?」
「可笑しいですね。最初から首を締めて縄を縛れたなら、その後わざわざ吊っても意味無いでしょうに」
手元のハンカチで軽く首を絞め、すぐにほどけるように端を結んでみます
「ほら、この時点で絞まってるのにわざわざ吊らなくても良いじゃないですか。それに、こうして結んでしまったらこれ以上絞まりません」
「って危ないって」
慌てて、絆さんの細い指がハンカチにかかり、首から取り払われます
「……すみません、絆さん」
「いや、たまーに釣り人の中に、子供が釣糸で遊んでて首に絡まってーとか聞くから、つい」
「ええ、そうですね軽率でした」
一息おいて、また切り出します
「では、動画に戻りましょうか」
「そうしようか」