勇者武器を握り込み、静かに眼前の神獣を見据える
咆哮で満足したのか、或いは傷を癒すために力を溜めていたのか、向こうからのアプローチは無い
不可思議な違和感。奴の牙を吸った結果の刀が、微かに共鳴するように震えている。それが俺の手元に戻ってくる現象を起こした、それは確かだ。分からなくもない。だが……何故だ?正直な話女神乃剣は火力こそ高いが、形状が変化しない欠点がある。どれだけ強力でも、あくまでも人間の持つ剣サイズなのだ。ゲームでは山のような巨体の蛇龍を片手剣てひたすら斬ってたら殺せるが、現実はそうではないだろう。恐らくどれだけ斬りつけても傷は付けられても致命傷にはならない。体内に飛び込んで心臓を傷付け……でもどうだろう。神たるラフタリアはケートスを骸と呼んでいた。既に死んだ守護の獣だと。ならばこいつも下手したら心臓動いてない形骸なのではなかろうか。だとすれば、神獣として成立しないぐらいにバラバラにするか、或いは骸を動かしているナニカを破壊しなければならない。それだけの大規模火力を、俺は出せなかった
だが、今は違う。巨獣に見合う刃渡りの刀に姿を変えさせた勇者武器でスキルを放てば、刃が通ればその首を切り落とすくらいの規模の事は出来る。まあ上手く行くかは兎も角として、傷を俺の眼前で治さなければ共鳴して刀が飛んでくることも無かっただろう。唯一の負け筋を向こうが勝手に作ってくれた訳だ
ってか、咆哮した時点でぽこぽこ湧いてきた炎蛇に襲わせれば良かったのにそれもしなかった。俺を排除するにしても殺すにしても、それが楽だろうに
今も眼前の巨体は此方を睨みこそすれども襲ってこない。産み出した炎もそのまま。レンなりタクトなりに向かわせれば……いやまあタクトは生きたきゃ自分で何とかしろと見捨てるとして、レンに向かってくるそいつらを対処しないってことは出来ないのだが、それをしない
何かをただ待っているようにも見えて
「……そういう、事かよ」
ただ、静かに睨み返す。車輪が回り、微かに眼が赤くなったそれで、不可思議に青くも見えるその瞳を見返す
やることは決まった
「……レン、話が変わった」
鞘に刀を納めて帯刀、半分くらい瓦礫に埋まったままの同行者の元へ戻り、背に掴まるように指示
「どうしたんだいきなり」
「だから、作戦変更だ」
ついでに伸びてるタクトを回収。放置してて死んでくれても良い程度には義理はないんだが、死んだらそれで死にっぱなしってほどにタクトが殊勝な気もしない。せめて監視できる手元にまだ置いておこうってだけだ。時折まあさっきみたいに襲われそうだけどな、そこは躾れば良いや
そして、準備を終え、静かに力を溜めて待つ白蛇に向き直る。口の正面、ブレスとか吐かれたら直撃コースど真ん中。普段なら選ばないが、賭ける
これでアテが外れたら即死だが、信じてみようじゃないか、俺の推測を
「い、いや、危なすぎないか?」
「今からもっと危ないぞ?掴まってろよ?離したら消し飛ぶ」
視界端の車輪は更に回る。フィトリアへの負担はどんなものだろうか。分からないが全力で使えるだけ使う
「何を、するんだ?」
もっともな疑問だろう。だが愚問だ
「必殺技食らって受けきろうって……だけだ!」
柄に手をかけ、
だが、これは攻撃ではない。神獣の一撃への誘い。俺の推測が正しければ……
『キュゥゥゥゥ』
踏み込みに合わせ、白蛇が頭を引く。その頭の角が激しく輝き、口から青く輝く温度にまでなった炎が漏れはじめる。恐らくはブレスの前兆。本来避けるべきそれを俺は逆に誘い、そのままの軌道で突っ込む。魔法とか使えば多少の距離は飛び越えられるがそれもせず、避けようもなく……
『シュゥゥゥゥァァアァッ!』
そして、細長い蛇身を砲身に見立てたように頭からピンと伸びた白き神蛇から放たれるのは、青く輝くドラゴンブレス。それを俺は……正面から、受け止める!
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
あくまでも攻撃のフリであった刀は即座に前に構え
「サイクロンブレード!」
刀をぐるぐる回して盾にするスキルを使用、雷の障壁も貼って食らいに行く
……当然、そのまま空中に留まれる訳もなく、直撃こそしないものの一瞬にして俺の体は洞窟の焼けた岩肌まで押し込まれ、そのままめり込み……
「いっ!」
……あ、ミスった。俺とくっついていなければいけないし邪魔になりにくいしとレンにはおぶさってもらったが、ちょっと考えれば分かることじゃねぇか。押し込まれたら壁には背中から激突するって。すまんレン、お前のが痛いわこれ、耐えてくれ。本気で忘れてた
なんて脳内で謝罪する間にも障壁だけは保つが、咆哮だけで壁に叩きつけられるのにブレス直撃でそれで済むわけもなく。そのまま壁の中に押し込まれる。いしのなかにいる状態で、そのまま耐え……
不意に、背中が軽くなった
レンが擦りきれたとか……ではない。薄い胸は背中に当たっている。単純に、壁をくり貫ききっただけだ
そして……
「……いきなり何ですか」
「……到着、だな」
地面に倒れながら、怪訝そうな顔をするグラスに、俺はそう告げた
ああ、やはり……か
「……?」
首を傾げるレン
「ここ、は?」
花畑のなか、黒髪の少女は俺の背中で眼をぱちくちさせる。ま、次元が違うのでさっきレンと俺というスコップで掘った洞窟の壁穴は何処にもない
「目的地だ。次元をわたる獣の一撃を食らって次元を超えて吹っ飛ばされた訳だな。まさか上手く行くとは……」
節々の痛みを無視して、花畑に立ち上がる。空気も綺麗で、此処は生存に問題ない場だろう
そして、流石に疲れでブレる眼で、来た筈の方向を見る
ああ、これで確信した。俺の推測は正しかったのだろう。だから、あの白き神獣は他の4体が出払っていたらしく遭遇する事がなかったあの場所に突然戻ってきたし、わざわざ準備した俺の攻撃を待ってブレスで迎撃した
「……待っていろ、ケツアルカトル。恩も仇も10倍返し、必ず……お前を殺してやる」
その声は、平和な花畑の微かな風に乗って、消えていった
「神獣を殺す?普通の事では?」
そして、グラスに突っ込まれた
「……いや、殺さなきゃいけない理由が出来た、その決意だ
絶対に、恩を返さないとな」
「……怨?」
「そうそう、ネズミの怨返し……じゃねぇよレン。恩だ」