パチモノ勇者の成り上がり   作:雨在新人

142 / 149
サンとルナ

「ルナ、ルナ・カイザーフィールド!」

 グラスが吠える

 

 そのまま、扇を手の前で重ね

 「良いの?扇のお姉さん?」

 そして、静かに腕を下ろした

 

 「……君は」

 「君なんてよそよそしく無くて良いよ?

 ルナはルナ」

 「ル、ナ」

 妹と同じ名前だ

 妹と、同じ髪の色だ。そして、俺へ向けた悪意の欠片もない顔も

 

 だが

 「……カイザーフィールド」

 ならば、その手にあるものは、何だ

 ルナだというならば、有り得ない。あいつは、転生者として好き勝手やるような性格をしていない。それに、だ

 あんな輝く糸と針……どこからどう見ても勇者武器の一種なんて、その手に持っている筈はない

 

 なのに

 「だめだよ、おにーさん

 おにーさんの大事な人を、そんなに傷付けたら」

 敵意はなく。悪意もなく

 ただ、昔のように少女は笑う。その手の武器を、裁縫具を弄びながら

 

 「そいつ、は」

 「だめだよ、お兄様も

 おにーさんの大事なものなんだから、こんなに粗末にしたら」

 「ったく、勝手だろルナ」

 「っていうか、おにーさんにあげちゃった方が良いんじゃないかな?」

 気軽に裁縫具でマントを繕いながら、少女は事も無げに言う

 

 「敵に塩贈ってどうすんだルナ」

 「え?おにーさんはおにーさんだよ?」

 「敵だろうが、どう見ても!」

 「お兄様、おにーさんは、敵じゃないよ?」

 ……攻撃するべきだったのだろう

 隙だらけで

 

 それでも、グラスは動かず。だから仕方ないと言い訳して。俺もそのまま其処に突っ立っていた。攻撃すること無く

 「……瑠奈」

 「うん、おにーさん」

 やはり、昔の調子で

 敵意無く、白い少女は言葉を返してくる

 「そのマントは、何なんだ」

 「おにーさん、ジンバオリだよ」

 「陣羽織?」

 「……ううん。人と書いて人羽織(じんばおり)

 そう、絆がフォローする

 

 「うん、裁縫具の力なんだけど、すごいんだよ」

 ニコニコと、昔書いた絵を見せてきたときの顔で、少女は語る

 「着てるだけで、服に応じてすっごい強くなれるんだ

 それにね、ルナへの傷とか、全部代わりに受けてくれるんだ」

 「へ、へえー、便利だな」

 話を聞くために合わせる

 「便利なんてものではありません。服にされた本人の全てを、勝手に使えます」

 「魔法も、積み上げてきた技術も、特殊な能力も、全部」

 そんな勇者二人の言葉に、ルナってすごいよねーと、少女は無邪気に返す

 やはり、良く似ていて。けれどもルナと呼ばれたこいつは、瑠奈じゃない

 だってそうだろう?聞かなくても分かる。人と書いて人羽織。そして、それを治す裁縫具と、何故か複数の勇者武器を持つクソ親父

 そして、今までの言動。それだけで、正体は大体分かる

 

 「便利だな」

 「うん。だからお兄様、おにーさんに渡してあげよう?」

 「ったく、こいつが無いと靴使えないの分かってるのかよ」

 「ルナ、おにーさんになら靴を渡して良いよ?」

 「俺は駄目だって言ってる訳」

 

 そんな会話の中、構えるも攻撃しない勇者に言葉を振る

 「グラス、お前が攻撃しないのは……」

 「はい。人羽織のせいです」

 こくり、と頷く黒髪勇者

 

 「なあルナ、聞かせてくれ」

 それでも、俺は問う

 「そんな凄い人羽織、どうやって作るんだ?」

 「ルナがね、裁縫具で人を服に編むと出来るんだ」

 ……その返答は、予想したものそのもので

 「人を殺してか」

 「死んでないよ?死んじゃったら、服が無くなっちゃう」

 誉めて誉めてとばかりに、俺に近付いて

 ルナは瑠奈のように、屈託の無い笑顔でそう返す

 

 「つまり、そのマントは」

 「そう!こっちの世界にまで呼ばれて、靴の勇者だとか言ってこの俺に歯向かった讃の友人のクソ野郎、天笠零路って、訳だ!」

 「ルナ!お前は」

 「顔が怖いよ、おにーさん?」

 

 お前は、本当に

 目の前で、吼える俺の前で。ただ、瑠奈のように首を傾げる少女

 ああ、こいつはルナだ。瑠奈じゃない

 あいつは……。零路を知っているあいつは。正直母の事故、いや眼前のクソ親父による計画殺人が無ければ何時か付き合って、いつか結婚してたかもしれないくらいには親しかったあいつは

 自分が生きたまま零路を服に編んだなんて事を、悪意無い笑顔で言えるような図太い奴じゃない!

 

 「……戻せるんだよな、ルナ?」

 「え?ルナ、服は編めても服から人なんて編めないよ?どうしたのおにーさん?」

 返ってくる言葉は不可逆

 つまりそれは、服にされた人間は、二度と戻らないということであって

 

 「お前は人一人殺して、その全部を自分の都合良く使ったんだ」

 「おにーさん?ルナとおにーさんが安全に生きていく為には、それくらい必要だよ?」

 「ルナァッ!」

 

 刀を振るおうとする

 人羽織について、話は分かった。生きたまま服にされ、その肉体の全てを力に、そして盾にされた肉の服

 だが、死ねば終わりだ。不可逆的に服にされた彼等彼女等を殺し、その上でルナを斬れば殺せる。相手の残機が1増えてるだけのようなもの。二回殺せばそれで殺せる

 そして、眼前の少女は構えることすらしていない。俺から攻撃されるなんて、夢にも思っていないんだ

 だから、殺せる。故に、殺す

 

 そう、思ったのに

 

 「冷たいよ、おにーさん」

 首筋に刀を突き付けられて、それでもルナは微笑(わら)

 ……出来ない

 ルナは瑠奈じゃない。性格が違いすぎる

 そんなこと、分かっていて。それでも、刀を振れない。首に当ててすらなにもしてこない眼前の転生者ならば、軽く振るだけで首を落とせるのに、それが出来ない

 だって俺は、ネズミさんであり、それ以前に瑠奈の兄(みかどさん)なのだから

 

 奥歯を噛んで、苦々しく笑う

 「……だから、こいつは」

 「おにーさん」

 ゆっくりと、白い少女が語る

 「ひとつ、人世の生き血を啜り」

 その言葉は、時代劇のもの

 何か、妙に瑠奈が気に入っていた、侍の名乗り

 「二つ、不埒な悪行三昧」

 だから、つい言葉が口をついて出る

 「みっつ、醜い浮世のみんな」

 だが、少女の返しはどこかズレていて

 「退治てくれるよね、おにーさん?」

 その笑顔は、どこまでも眩しくて

 「だっておにーさんは、どんなときもルナの太陽だから」

 その言葉は、確かに俺と瑠奈しか知らないだろう言葉だった




スキル解説
人羽織
対応勇者武器:裁縫具 種別:通常スキル 対象:至近/一人 効果時間:永続
人をほどき、服へと変えるスキル。このスキルを受けた者は、生きたまま服へと変えられる
また、その服を着た者に、服にされた者の全能力を加え、服を着た者へのダメージを全て服が肩代わりする
服にされても相手は生きており、服の耐久性能はその人間の元々のレベルや耐久により変動する。魂が囚われている為、勇者を服に変えた場合などは、勇者武器はまだ当人が生きていると判定する為離れず、結果的に服側で正規判定を受け、元々の勇者が使えた範囲内で好きに武器を扱える。但し、あくまでも服が使っているだけなので、強化不可。意識はあれども、二度と服にされた人間は元に戻らず、結果的に成長することもない。よって、服の能力が強化されることはない

本来は勇者を守るために肉の盾とでもなろうと言う者の献身の為のスキルなのだが、実は同意がなくても使えてしまう。単純に、正規勇者がそんなスキル多用する訳もないので今までは悪用されなかったが…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。