パチモノ勇者の成り上がり   作:雨在新人

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七裂魔王事件 プロローグ

「……ここ、は」

 見上げた天井は見覚えがなく、体の節々が痛みをあげる

 「タクト様!」

 胸に飛び込んでくる青い髪のメイド……幼馴染のエリーの姿に、タクト=セブン=フォブレイは、漸く此処が元の世界であると言うことに気が付いた

 

 そうして、改めて見てみれば、此処はカルミラ諸島に存在する島の一つ。フォーブレイの王が買い上げて個人所有としていた別荘地に存在する大きな屋敷の一室。王を「勇者に逆らうのか?」と脅して譲って貰った、皆と楽しく過ごすための場所。カルミラ諸島を目指して船を走らせた当初の目的地であった

 本当は、教皇に請われて四聖勇者を倒し、4つの四聖武器を揃えて(教皇は槍だけはしっかりとした勇者様であり、神々として共に君臨する事を願いますと言っていたが、そんなのタクトにとっては知ったことではなかった。いや、寧ろ、軽薄で女の尻を追いかけている彼は第一目標であった)ゆっくりと祝勝会をあげる筈であった場所。しかしその願いは一匹のネズミ男によって潰え、レベル上げをやり直すために此処を目指していた。活性化を駆使し、一気にこの体のレベルを100越えに戻すべく、船を走らせ……

 

 そしてタクトは、異なる世界へと放り込まれたのだ

 だが、今、あの世界から戻ってこれた。また、エリーに会えた

 その事だけで、胸が一杯で。タクトはただ、幼馴染の体を抱き締め返す

 

 とまあ、こんな感じか。御苦労な事だな

 脳内アテレコを切り上げて、タクトと幼馴染とのイチャコラ劇場を見ていた俺は、一つ息を吐く

 「……何者だ!」

 「……俺に聞くのか」

 おっと、見つかったか。まあ良いかとばかり、隠していた姿を明かす

 

 「……ネズミ!」

 きっ!と此方を睨むタクト

 ……ん?でも、何だか敵意が薄いな。前は絶対殺す!とばかりの、怯えを含んだ殺意が耳にぴくりとしたんだが、今はそれがない

 形式的にキレてるだけっぽいというか……俺、何かタクトの態度が軟化するような事したか?

 

 あ、一回殺したな。それで二度と殺されたくないから下手(したで)に出ることにしたのか?

 わかんねぇなタクトの気持ちなんて

 

 「おっと。今お前を殺してもどうせ別の肉体で生き返るんだろタクト?

 だから、お前を殺す気とかねぇよ。あと、そこの青メイドもな」

 出来る限り気さくにそう声をかける。いやまあ、気さくってどうなんだろうなと自分でも思うが

 「……ヘリオス・V・C・レウス!」

 「おわっ!」

 だが、その青髪メイドは突然そんな言葉と共に発狂し、俺にむけて何かを振り掛けた!

 避けようとするも、何時もなら問題ない視覚障害が邪魔となり、青メイドの居る方向を見誤り、多少その謎の粉をひっかぶる

 何時もなら分裂して見えてても本体の方向とか分かるんだけどな。まさか4分裂した視界から方向を間違えるとは……

 疲れすぎたか、と何時ものように分割して狂った視界の中で呟く

 

 「……タクト様を殺そうとする神!」

 「……っと」

 ヤバいな。回避すらミスってんじゃねぇか。幾ら復讐の雷霆は自分を焼く雷鳴であるが故に常に自身の目にダメージ行ってて視界が90度歪んだり万華鏡のように分裂して見えたりピントがズレたり眼球裏返ったりが頻発するとはいえ、そんなもの生まれつきだから慣れたもの。何時もなら問題なくそんな視界の中でも普段通り生活出来る筈なんだが……

 

 「……レベル200越えの一撃です。やりましたよタクト様!」

 「エリー!離れるんだ!」

 「いや、別にだからさ、今の俺はお前等を殺しても仕方ない訳」

 右肩に突き刺されたナイフを引き抜いてぽいっと捨てつつ、そう語る

 ナイフ自体はそう良いものじゃないな。レベル100くらいの魔物の毒が塗りたくられた魔法銀製のナイフ。常時血管の中に雷撃通ってるが故に勝手に毒素は分解される。ダメージなんて無に等しい

 まあ、無視で良いだろう。普通の人間には毒だが、所詮は普通の人間用だ

 

 「元の世界に戻ったと思ったら、大嵐に取っ捕まってこの場に居た。いや正確には近くの海の上なんだが

 元の島に戻ってれば楽だったんだがな」

 言いつつ、この世界に戻った瞬間にその手の中にまだあった勇者武器……即ち刀を抜いて軽く振る

 「ポータルについては武器ではなく俺依存なんで問題なく機能する……と思ったんだが、嵐で邪魔されて飛べない

 そんなこんなで、しゃーなしに近くにあったこの島にお邪魔した」

 「帰れよお前!?」

 タクトのツッコミが頭に炸裂する。いや、なかなかの手練れだな、火力はともかくツッコミが冴えている

 「なんでよ、仲良くしようぜ、最強の勇者サマ?」

 「勇者武器をタクト様に返してお帰り下さい」

 いやー、なかなか酷い反応だな

 いや当然なんだがな

 

 因みに、今言ったことは本当だ。気が付くと嵐の最中に居て、外に向けて駆けようとすると妨害がキツかったので、近くの島に訪れた。するとそこは、タクト達の隠れ家だったので、ひょいと入り込んでみたらタクトがラブコメしてたのでアテレコしたという経緯だ

 金雷さえ使えば嵐を突き抜けることは造作もないんだが、使おうとした瞬間にコール・フィトリアで止められたので金雷は封印中

 ってか、実際に目線狂ってたりする訳だしな。ダメージ割と大きいのだろう

 

 「タクト様を殺させはしません、ヘリオス」

 にしても、なんでこの馬鹿メイドは俺をそう呼んでくるんだろうな?

 「俺はマルス。ルロロナ村のネズミさんだ

 だーれと勘違いしてるか知らないが、俺は単なるネズミさんであり御門讃。神様なんかじゃねぇよ」

 「何処を見ているのですか!」

 うわキレられた

 ……ああ、左上に見えてるのが本物だと思ってたけど、あらぬ方向見てたのか

 ……いやでも、向こうに気配は感じるし……

 「いや、俺と同じ……ネズミ野郎をな」

 あ、何かそこから落ちてきた

 ああ、天井裏に隠れてた影か。何時もご苦労様だな、今タクトを殺す気はないから天井に帰って良いぞ

 

 「タクトさま、お茶が……」

 と、トレーにいくつかのカップを乗せ、エリーではないメイドが部屋へと入ってくる

 

 「ああ、ありがとう」

 と、タクトの奴はあっさりカップを受けとる

 ん?何か見覚えが……

 って

 「なにやってるんだゼファー」

 「申し訳ないでちが、ボクはゼファーじゃないでちよ」

 俺に付いてきている悪魔のベール・ゼファー(命名俺)だった。なにやってんだあいつ

 

 ブーッ!と、タクトの奴が口をつけた茶を盛大に吹く

 「勿体ないだろ粗末にするなよ」

 「……ヘリオスの、仲間!」

 「なあ聞いてた?俺はヘリオス・V・C・レウスとかいう変なのと無関係だ!」

 ナイフを構える青っぽい髪のタクトのメイドに対して、思わず抜きかけた刀からそそくさと手を離して弁明

 キレまくったら逆に無関係のヘリオスと同一視されてしまう

 

 「……別に毒は入れるはずないでち」

 「まあ、だよな」

 大丈夫だろとばかり、タクトが放った茶をそのまま口を付けて飲む

 うん。普通のお茶だ。特に毒とか入ってないな 

 「いや何でマスターが飲んでるんでちかね……」

 「この館のお客様だからな」

 「呼んでねぇ!?」

 「ネズミさんは呼ばれなくても館に住み着くものだからな

 チーズさえあれば文句は言わないぜ?」

 別にチーズなんて好きじゃないが、おどけてそう言ってみせる

 

 「頼むから帰ってくれ……」

 げっそりとした顔で呟くタクト。いや、この顔見に来たんだから帰ってもなぁ……ってのはある

 

 「いや、何らかの力でこの島に拘束されてるしな

 調査させて貰うぞ

 んで、何かこの島に逸話とかあるのか?」

 「七裂魔王ってのが」

 「よし、じゃあそれだな」

 「頼むから消えてくれよぉぉぉぉぉっ!」

 館の天井に、タクトの悲痛な叫びが響き渡った

 

 まあ、帰る気無いんだが。騒いでると一回殺すぞタクト


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