パチモノ勇者の成り上がり   作:雨在新人

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初めての波

「……そういえば、サディナさんは?」

 

 ふと、ある意味この村の纏め役だった亜人の女性の事を聞いてみる

 怪しい奴が来たらさっと皆を護ろうと出てくると思うし、逆に怪しい者ではなく俺だと気が付いていたらそれはそれでお帰りーと出てくるはずだ

 それが姿を見せないというのが気になって

 

 「海だよ、マルスくん」

 「ああ、海か。なら来ないか」

 と、少し先に見える海岸線を見下ろして頷く

 あの人は鯱の亜人……何か特殊な種族だったような気がするけれども水棲系なのは間違いなかったはずだし水中に居るならば分からなくもない

 

 ……ポシェットの中でクソナイフが震えている事に気が付く

 何かを思い出せと言うのだろうか

 『称号解放 忘れん坊』

 五月蝿いぞ分かってるクソナイフ

 思い返す

 

 ラフタリアはメインヒロインだ。彼女は奴隷として盾の勇者である尚文と出会う。ならば、奴隷となるべき何かが起こったはずなのだ。村が無事ならばサディナさんが人さらいなど黙っていないだろう。セーアエット領のこの海沿いの地は盾のマークの旗に象徴されるように……盾の勇者は亜人の神とされるほどに亜人から信仰されている。リファナは何かとお伽噺の王子様を語るように夢見る少女の瞳で会ったこともない盾の勇者様を語る。そういえば尚文に恨みあったな、盾の勇者であるというその点だ。おのれ尚文ってか盾の勇者

 

 閑話休題、話がズレる

 この地は亜人が住んで良い土地だと認められているし、そもそも基本的にこの地以外では亜人に人権は無い為に亜人狩りが割と大手を振れるメルロマルクとはいえ、拐われた亜人側がそれを仕方ないと受け入れるかは別だ

 

 ……だから、多分村は滅びていたのだろう

 キールやサディナさんは本編にも村の生き残りとして出てきた覚えがある。リファナはそうではない

 

 思い出せ。何らかの理由でリファナが死に村が崩壊し、ラフタリアが心に消えない傷を負う

 何かが起こるはずなんだ

 

 「そういえばリファナ、好きな人とか出来たか?」

 「ずっと居るよ、盾の勇者様」

 ……おのれ尚文

 

 『称号解放 醜い鼠の子』

 アヒルじゃねぇのかクソナイフ。確かに俺は鼠だが

 ……だが、何か引っ掛かる。勇者関係で何か

 都合の良い所だけ忘れっぽいな。いや都合が悪いからか。リファナの死に繋がるだろうから思い出したくないのか

 いや思い出せよ俺このままだとリファナ死ぬぞ

 

 ……明滅うるせぇぞクソナイフ

 「勇者と言えば、投擲具の勇者様に近くで会ったよ」

 そして亜人をハーレムメンバーにとかぶつくさしてたので喧嘩売られたのを良いことにぶっ殺したよ……とは続けない

 「投擲具の勇者様?」

 首を傾げるリファナ。来てないのだろうか

 いや、あの男の挙げてる中にリファナらしき特徴(イタチ)があったしラフタリアも居た。多分会ってるか見られてるはずだ

 

 ……たまに名前挙げている犬亜人のキールも女なのだが挙げられてた中には無かった。本人は気にしてなさそうというか自分を女だと思ってなさそうだが不憫な奴である

 ……そう言えば俺もあいつ男だと思ってたな。盾の勇者の本編を思い出したせいでごっちゃになってるがそうだった覚えがある

 

 「投擲具の勇者様

 あまり話聞けなかったけど、リファナやラフタリアは会って何か聞いてないか?」

 「そんな人……」

 ラフタリアが首を傾げる

 

 ……これは勇者だと名のってないパターンか?

 「ラフタリア。若い男の人来なかったか?」

 「旅のユータって人が」

 ビンゴ。確か噂によると投擲具の七星勇者は召喚された異世界人だったし凄くそれっぽい

 ……それを殺すってやらかしてんなぁオイ。ハーレムだ何だも……俺と違って本当に世界を救う英雄になったとかそりゃ言いたくもなるかもしれない

 俺は御免だが。リファナ以外の女を侍らせて何が楽しいんだろうか。リファナとは……別にそこまで嫌われてない幼馴染ってレベルでしかないけれどもな悲しいことに。今までに幾つか小事件とかはあったが、ゲームや漫画のヒロインが主人公に惚れるような感じのは無かった。幽霊騒ぎとかその程度だ

 「どうだった?」

 「一晩泊めてって事で、空き屋を」

 ……この村に空き屋など

 

 俺の家かよ。死んだ両親の家だが

 「いや、そこは良い。空けてたのは確かだ」

 鍵?家の合鍵ならラフタリアの親父さんが持ってる。あの人サディナさんも認めるこの村の顔役みたいなものだからな

 

 「勇者ユータか……」

 勇者……波……

 

 そうか。波だ

 波とは俺を転生させた女神が起こす世界をくっ付けようとする事象。世界がくっつくことで女神が世界に降り立てるくらいに広がるという形

 ……いやそんな事は今は重要じゃないな。波とはそう、勇者がこうして視界の端の砂時計アイコンで……

 0:00

 

 瞬間、見上げた空は赤かった

 「……波」

 「……?」

 「マルスくん?」

 不安げに手を繋ぎ合わせるリファナとラフタリア。俺とは繋がないのが関係性だ。ラフタリアそこ代われるなら代わってくれ

 

 「波だよ、伝承の!

 リファナ、ラフタリア。家の地下へ!」

 魔物が押し寄せてもきっと地下ならば安全だ。魔物は何度か戦ったことはあるがそこまで知能は高くないはず。盾の勇者の本編でも割と簡単な作戦で押せるくらいには単純であった。まあ単純な脳ミソでもパワーがあれば強いのだが

 

 少女等が駆け出すのを見ながら、剣を抜く

 震えるな黙ってろクソナイフ。リファナの前で出せるわけがないだろう

 「マルスくん!?」

 「大丈夫リファナ、クラスアップの為にゼルトブル目指すから、その前にと思って一度帰ったんだ

 俺のレベルは40、安心しろって」

 ……最初の波、本編1月ほど前に起こったもの……と語られていただろうか。尚文が召喚される前のものなので当然ロクな描写はない。レベル40の俺がさくっと倒せるレベルの魔物が押し寄せるくらいなのか、それとももっと強いのか……それは分からない

 二つある切り札を片方でも使えばきっと楽勝なのだが、どちらも今は使えない。一つは条件を満たしてないしクソナイフはぼったくりだし

 ぼったくり止めてまともに強化出来れば多分勝てるのでとっととぼったくりを止めてほしいものだ。お前仮にも波に対抗する七星勇者の武器だろ波を前に意地張らず呉越同舟で良いだろうが

 

 リファナ等が家まで逃げ込めた事を確認して一安心。魔物もまだ来なかった

 割とギリギリの時間である。赤くなる空と共に割れた空間の亀裂から飛び出してきたアホみたいにデカイ蜂はもう割と近くまで来ている

 

 「せいやっ!」

 吐き気はあるが一閃

 ……硬い。斬れなくはないが鈍い

 一撃では無理で、背後から蜂の羽を切り落とす

 

 ……二撃か。割と強いな

 已に空には無数……とは言わないが数十匹の蜂の魔物

 「まあ、関係無いか!」

 

 

 それから、約30分

 「……サディナさん含めて誰も来ねぇ」

 ひたすらに一人魔物をばっさばっさと斬り殺すも、誰も来ない。いや、正確には数人来た。キール達だったのでレベル40の俺に任せろとリファナ達が隠れてる地下室に押し込んだ

 「レベル、上がらねぇな」

 レベルは40のまま。欠片も上がる気配を感じない

 クラスアップしなければ本来当たり前なのだが、勇者はクラスアップが無くレベルキャップが元々無い。勇者扱いならば上がっても当たり前なのだがやっぱりというかレベルキャップが外れたりという事は無かった

 

 「此方から打って出るか?」

 手にしたナイフに問い掛ける

 30分も使えばある程度コーティングされた剣だろうが当然ポキッと行く。いや行ったので仕方なくダマスカスナイフに変えた投擲具を引き抜いて振り回す

 当然だがトレジャーハントなんて撃ってる余裕はない。使えないスキルだ

 いやそもそもスキルは基本的に勇者武器のものだし使ったらバレるが

 「……いや、駄目だな」

 バレない程度に魔物の死骸を吸わせて投擲具を強化しながら戦っているからなんとかなっている感じ。俺が居なくなったら魔物達が村を荒らし回る。今は俺という更に優先する目標が居るから村を襲ってないだけ

 村を襲われるという事は、リファナが死にかねないということ。選べるかそんな手。次元の亀裂は遠く、リファナが襲われる前に未知数の亀裂のボス倒して帰ってくるとは言えない。だからといって、亀裂は何時までも放置して良い訳がない

 

 なあ、ぼったくりクソナイフ

 魔物を生きたまま三枚に卸して骨を吸わせつつ、頭のなかで語りかける

 ジリ貧なんだよ、良いから力を貸せよ投擲具。サディナさんが戻ってきたとしたらきっと何とかなる。騎士団が来てくれてもだ。けどそれは何時だ?そもそも亜人の村近くなんて場所に騎士団が来るのか?

 俺がやるんだ。俺しか居ないんだ

 このままだとリファナが死ぬんだよ、七星武器!

 

 瞬間

 『タイムセール オーバーカスタム費用が期間限定で最大80%off』

 「やってられるかこんなのぉぉっ!」

 叫びつつ、村から逃げる

 

 離れた所で、一呼吸。リファナ等の居る家はもう見えない

 逃げる?リファナとついでにラフタリアやキール達を見捨てる?

 はっ?ふざけるなそんなはずがあるか

 『力の根源たる鼠が命ずる。空を走る雷鳴の糸を繰り、彼の者の姿を変えよ』

 「ツヴァイト・ミラージュ!」

 埋めた勇者の皮を被る。まあ蜃気楼的にありもしない彼の姿を俺に被せているだけだが。亜人であると隠すために良く使った幻影魔法だ

 そうして、化け終えた俺は踵を返して村へと走り直す

 

 「あのなあ」

 オーバーカスタム!熟練度変換が解禁されました

 「80%offでも!」

 オーバーカスタム!アイテムエンチャントが解禁されました

 「元々タダであるべきで!」

 オーバーカスタム!覚醒!

 「結局、お前は!」

 オーバーカスタム!レアリティupが解禁されました!

 「ぼったくりクソナイフだろうが!」

 オーバーカスタム!スキル解放!

 

 「『投擲具の勇者、ユータ

 俺が来た以上、これで終わりだ!』」

 見付けていた中で最強の投擲具ードラゴントゥースダガー、恐らく名前通りユータがドラゴンの牙を予め吸わせていたから解放されていたのだろうダガーへと武器を変化させるや否や手持ちの金残り1/2も吸わせて盛大にオーバーカスタム。本来の12種強化からしてみれば半端な雑魚強化だが今出来る最大限の強化

 そして、強化により解放された目当てのスキルを裏声でもって使用する!

 

 「サイクロンストリーム!」


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