病みつきKAN-SEN   作:勠b

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「話がある時は、事前に連絡してとお願いしたはずだったけど」

 組織

 

 それは、1つの大きなコミュニティだ。

 その名前の下で様々な人が協力しながら事に挑むことになる。

 

 だが、名前だけでは人は集まらない。統率なんてとれやしない。

 その組織を統一させるような人が、上に立つ人がいて始めてそれは成り立つ。

 その下に人が集まってようやくコミュニティは形成される。

 

 その輪が広がれば広がる程に上の目は全体を見渡せなくなっていく。

 誰かがサボるとかじゃない。

 皆よく働いていることは、俺が一番知っている。

 知ってるつもりでいる。

 

 広がった輪の中にもまた輪があって、その中にも輪があって……

 そうやって様々な縁が円を作っていく。

 

 当然増えていく円は他の円と重なり合う。

 それは仕方のない事だと思う。

 100人いて100人皆と皆が友達になることなんて出来ないんだ。

 人間がそうなのだから、それを模した彼女達にそれを求めることは出来ないと思う。

 

 何も知らない人が知らない円に触れるのとは訳が違う。

 彼女達は、記憶というのがあるらしい。

 はっきりとしたものであるモノもいれば、曖昧なものもいる。

 

 それは彼女達がKAN-SENになる前の記憶だとここに来る前に聞かされた。

 

 それは、この母港のように皆が皆1つの輪の中で過ごすような穏やかな記憶とは程遠いもの。

 互いに互いを傷つけ合う争いの記憶。

 

 重桜にいるモノがユニオンを憎むように。

 鉄血にいるモノがロイヤルを毛嫌うように。

 

 始めから出来ていた、重ねられていた面。

 

 それに触れたモノが、大小問わず様々なトラブルを起こすことになる。

 

 言ってしまえば、俺の仕事の1つはそれの解決なんだろう。

 上に言われたわけではないけれど、ここに来てまだ日の浅い頃にはそう感じていた。

 

 大きな組織の中にある輪の1つ。

 その輪の上に立つ俺の仕事だ。

 

 何事もなく平穏な日常を維持しつつ、外敵を討ち戦果を上げる。

 その流れをスムーズにさせるのが俺の仕事。

 

 はたして俺は、それが出来ているのだろうか。

 

 自問自答にもならない。

 答えなんて、誰に言われなくてもわかっているのだから。

 

 暗くなる内心を隠すように口元に笑みを浮かべてみる。

 鏡を見なくてもわかる。いつも道理の軽い笑みがあっという間に浮かび上がった。

 

 自分の軽はずみな言葉が、態度がいつも事を大きくする。

 輪を乱す。

 統一させなければいけない立場の人間が、一番それが出来ていない。

 

 自分でもわかっている。

 わかっていて、どうしようもできない。

 

 どうすれば成長が出来るのか。

 自分の何がいけないのか。

 何処を直せばいいのか。

 

 成長の仕方も、治し方もわからない。

 何もわからない。

 

 俺はそんな気持ちを皆に見せるわけにはいかない。

 上に立つ人として、不安を下に見せてはいけない。

 それは、彼女が教えてくれた言葉の一つ。

 

 駄目な子供に駄目とはっきりと言ってくれる大人の言葉。

 

 ある意味では、この母港で一番信頼しているかもしれない。

 そんな艦船の言葉。

 

 そっとドアを数回ノックすると、すぐに「どうぞ」と返事が聞こえた。

 ドアノブを掴むと手が止まる。

 

 この感じは懐かしい。

 悪い事をした後に母親に謝りに行く行くような感覚。

 

 嫌だけど、不思議と嫌いにはなれない。

 それは、俺を叱ってくれる人なんてもう数えれる人なんて、彼女ぐらいしかいないからだろう。

 

 三笠さんもシリアスも天城も──他の艦船達も、やさしく注意こそするがしっかりと怒るということはしない。

 当然だ。三笠さんを除いて俺は彼女達の上司であり、指揮官なのだから。

 

 三笠さんは怒るというより諭すというやり方だった。

 きっと、家庭によってはそうやって子を育てるところもあるのだろうけど、薄っすらと残っている記憶では我が家はそんな感じではなかったな。

 

 やっぱり、彼女のようにしっかりと言ってくれる人の方が近かった気がする。

 もう、余り思い出せないけれども。

 

 扉の先にある重圧が重くなる感じが伝わる。

 わざわざ招いたにも関わらず一向に顔を見せない事に腹を立てられているかもしれない。

 

 怒られる前の感じは、本当に家族に接しているような感触に触れられて嬉しくなるけど、怒られること自体は好きじゃない。

 恐る恐るドアを開けつつ、顔を出して彼女の様子を伺ってみる。

 

 手にしていた書類から目線を離す彼女と視線が重なる。

 

 呆れた顔をしながら数秒立ち、溜め息と共に彼女は言う。

 

「話がある時は、事前に連絡してとお願いしたはずだったけど」

 

 彼女、ビスマルクは視線を書類に戻しつつそう俺に冷たく言った。

 

「ごめん」

「それに、指揮官の帰りはまだ後だと聞いていたわ。

 早めに帰ってきたのならきちんと皆に伝えないと」

「……ごめん」

「あと、あなたと一緒に行ったローンは何処かしら? 

 彼女を放って一人で帰ってきたわけじゃないでしょうね」

「……ごめんなさい」

 

 再び重い溜め息が部屋を満たす。

 少しでも空気を入れ替えようとドアを大きく開けてから部屋に入った。

 彼女も手にした書類を束の上に戻すと、今度は真剣な眼差しで俺を見る。

 そして──

 

「……えっ、何その手?」

「? なんだ、甘えたくて来たんじゃないのか?」

 

 此方に来いと示すように前に大きく開かれた両腕と、不思議そうに首を傾げる彼女。

 それをみて、あぁ、そんな話あったな、とつい先日の事なのに随分昔のように感じる出来事を思い返した。

 

「ほら」

「いや、ごめん。今日は少し真面目な話を」

「そうか、ほら」

「あの、だから」

「ほら」

 

 ……とりあえず、俺自身で先ずは治すべきところを見つけた。

 それは、強引な空気に逆らえない所なんだろう。

 

 お尻と背中に感じる柔らかい感触と、離さないと主張するように強く巻かれた腕の感覚。

 さらには、ほのかに感じる甘い匂いがまるで今の俺が餌に釣られた獲物のような気がしてならない。

 眼の前の誘惑と念押すように置かれた餌に逆らうすべを持たない子鹿だ。

 

「まぁ、色々と言いたいことはあるが今は気分がいい。

 とりあえず、指揮官の話を聞きましょうか」

 

 耳元で囁かれると吐息が触れてくすぐったくてこそばゆい。 

 軽く震えた俺の反応を見て楽しそうにクスクスと笑うのを見ると、本当に今が上機嫌なんだなと感じた。

 普段ならこんな冗談のやり合いのような事彼女は避ける。

 特に、今のように仕事中なら絶対に。

 

 顔は見えないが、見えないからこそ話しやすい事もある。

 空気の流れに逆らえない俺には、こうして少しでも風除けをしないと進むどころが立つことすらも出来ないのだから。

 本当に、立つのがやっとな子鹿のようだ。

 

「……MVPおめでとう」

 

 先ずは、と思い純粋な気持ちから言葉を並べる。

 

 全ての事を大きく歪ませる原因になった役を勝ち取ったビスマルク。

 きっと、今機嫌がいいのはこれが大きな割合を含めているのだろう。

 

「ありがとう。

 これも鉄血の皆が必死に頑張った故の結果だ。

 最近特別研究とやらで他陣営よりも出撃する機会が多かったから、細かな連携や実践での経験値も他陣営より一歩出し抜けたようだ」

 

 これまた珍しく柔らかい口調でかたるさまは、まさに勝利の美酒に酔っているという表現が正しいのかもしれない。

 そして、それを俺に直に伝えるようにとそっと頭を撫で始めた。

 

「ここでの演習で、鉄血として他陣営相手に成果を出せたのはこれで初めてだ。

 皆大いに喜んでいたよ。

 駆逐艦や潜水艦の子達なんかはそこで大はしゃぎだった。

 あなたにも見せてあげたかったよ」

 

「そっか」

 

 きっと、成果も大事だけど皆の喜ぶ顔が見れて上機嫌なんだろう。

 誰よりも鉄血の艦船を大切にしている彼女。

 大切なモノ達が喜ぶ顔を見れて満足したようだ。

 

「それに、MVPももらえたしな」

「…………そっか」

 

 言葉に詰まりかけたが相槌は打つ。

 今はまだ、急には話せない。

 

 彼女が、彼女達が今回の演習でどれだけ頑張ったのか。

 どれだけ喜んでいたのか聞いてからじゃないと。

 

 それらを聞いて、彼女の怒りを受けて始めて俺は、自分の馬鹿さ加減を知ることができる気がするから。

 

「普段の私なら、こんな名前に余り興味は持たないが……

 今回はプレゼントがあるそうだから、少し嬉しいわ。

 オイゲンなんて、私のほうが指揮官をもっと喜ばせられるから代わってって言われちゃって。

 でも、今回は駄目。

 指揮官を喜ばせられる艦船なんて既に決まっているって言っておいたわ」

 

「そっ──」

 

 相槌を打とうと思ったが、それよりも早く俺の口は閉じた。

 両頬を軽く抑えられ、無理矢理に上を向けられたからだ。

 勢いで軽く舌を噛みそうになった。

 

「ねぇ指揮官」

 

 柔らかい声ではあるが、逆さに見える彼女の真剣な顔つき。

 その真っ直ぐな瞳を見るのが怖い。

 

 俺が隠すように笑うように、彼女も俺に何かを隠していたのだろうか。

 俺が笑顔で隠すのが上手いように、彼女は顔で隠しきれないから見せないようにこんなふうに膝に載せたのだろうか。

 なんとなく、そんな気がした。

 

「あなたを一番喜ばせられる艦船は誰かしら?」

 

 喜ばせられる艦船……? 

 質問の意味がわからない。

 でも、曖昧な応えで返してはいけない気がする。

 

「傍にいて一番落ち着く、心地よさを感じる艦船よ。

 難しく考えないで。

 あなたの思ったように、思った通りに私に話して」

 

 落ち着く……。

 心地よさを感じる。

 頭の中で復唱しながら、考えようとしたけれど口は不思議と先走った。

 

「いないよ」

 

 言われたとおりに素直に返した、のだろうか。

 自分でもよくわからない。

 ただ、反射的に返してしまった。

 

「そんなの、いない」

 

 一瞬自分の事がわからなかった。

 でも、念を押すような言葉はビスマルクに向かって言ったわけじゃない。

 たぶん、自分に向かって言ったんだ。

 

「俺は、皆の事が大切だから特別な誰かなんていないよ」

 

 これは付け加えておく。

 自分の言葉で。考えて。

 

 少しだけ、本当に少しだけだけど嫌な感じが湧き上がる。

 嫌悪感、というやつだろう。

 全身に感じる柔らかな、暖かな感触が急に嫌になってきた。

 

「ビスマルク、悪いけど下ろしてよ」

「……あぁ、わかった」

 

 何も言わずに彼女は俺から手を離してくれる。

 そっと彼女のそばから離れて、前に立つ。

 

 長身のビスマルクとはいえ、座っていれば流石に俺の方が背は高い。

 視線的に見下ろすように彼女の全身が映る。

 俺の返答を聞いて考え込む彼女の姿が。

 

 それが、少しだけ気持ち悪い。

 人間の姿で人と同じように思考し、会話をし、コミュニティを作、啀み合い、親睦を深め合い、手を取り合って生きていく姿が。

 

 人と触れているように暖かさがあり、感情があり、思いがある姿が。

 

 艦船は特別な力を持っている。

 それだけで、人と何ら変わらない。

 

 それは、三笠さんが俺に伝えてくれていた。

 でも、その言葉は未だに飲み込めていない。

 

 ビスマルクや他の艦船達が嫌なんじゃない。

 

 怖いんだ。

 

 結局、わけのわからない力で、人類を攻撃してきた人外の技術を遣って生まれてきた彼女達が。

 

 少しだけ、怖いんだ。

 

「指揮官?」

「……あっ、なに?」

 

 震える手を隠すように後ろに回して、必死に笑顔を作る。

 最も、今更そんなことをしたところで遅いだろうけど。

 

「……そうね、ごめんなさい。

 いじわるな質問だったわ」

 

 ただ、幸いなのは彼女は俺の姿を見て違い解釈をしてくれたという事だろう。

 

「私の前だもの、そう言うしかないわよね。

 でも、正直に言ってほしかったわ。

 シリアスが一番だって」

 

「シリアス?」

 

「そうでしょう? 

 今日の今日までずっと傍に置いていたのだもの。

 特別な感情があったっておかしくないわ。

 少なくとも、私はそう感じたわ」

 

「そうかな? 

 そりゃ、ここでは一番付き合いが長いし、傍で見守ってくれてるけど……」

 

 ここは彼女の名前を素直に出しておくべきなんだろうか。

 

 艦船という存在に対する俺の価値観を忘れたら……無理矢理奥に押し込めたら、彼女の問にもっと何時もの俺として応えられたのかもしれない。

 きっと、何時もならシリアスの名前を出したし、肯定したのだろう。

 

 でも、今は少し無理だ。

 久々に三笠さんに会って、昔の事を思い出してしまったからか。

 それとも、シリアスの何時もとは違う姿を見せつけられて、封じる箱の蓋が外れかかっている。

 

 割り切った、と言えるほど大人じゃない。

 ただ、与えられた役をこなせるようにと気にしない事にした。

 そうするしかないと思った。

 

 彼女達は艦船。

 人ではないけど、人と変わらないんだと自分に言い聞かせてきた。

 だから、何時もならそれに、自分自身にかけた暗示に乗っ取って振る舞う。

 

 それでも最近は疲れてきたからか部屋に引きこもるようになったけど。

 

 ……シリアス。

 今は少しだけ、彼女が怖い。

 何を考えているのかわからない。

 

 シリアスが、じゃないか。

 艦船がだ。

 

 人と同じ様に見えても、その力は人をはるかに凌駕する。

 時が時なら化け物とレッテルを貼られていたかもしれない存在。

 いや、実際に貼られている。

 ただ、それは艦船ではなくその生みの親のような存在に対してだが。

 

 そんな艦船達と過ごすのが、俺の仕事だ。

 だから、だからこそ、本当ならば彼女達に不審に思われないように、不安定にさせないように綺麗な円からはみ出さないように、はみ出させないように仕切らなければならない。

 

 身の丈を大きく超えた仕事だ。

 

「うん、シリアスも大切だけどやっぱり一番だなんて言えないよ」

 

 たぶん、これでいい。

 これが一番不満が残らない。

 

 ロイヤルメイドをビスマルクの前で褒めるだなんて、後々しこりが残りそうだ。

 無難に終わらせよう。

 この会話ぐらいは、せめて。

 

「そう、残念ね。

 秘書官をあの娘にしようと思ったのだけれど」

 

「そうなん──えっ?」

 

 思ってもない言葉に驚く。

 俺の相槌がてきとうに打ってることがバレたかもしれないが、今はそんな事よりも大事な話が出てきた。

 

「……秘書官、やらないの?」

 

 ビスマルクは俺の反応を見て楽しそうに口元を歪ませる。

 その顔、さっき見た気がする。

 

「えぇ、そうよ。

 やりたいのはやまやまだけど、私は私で鉄血のリーダーとしての仕事があるわ。

 指揮官がどうしてもと言うなら私が秘書官になるけれど」

 

「……それは」

 

 それは、どう応えたらいいのだろうか。

 

 もしも、もしもシリアスが秘書官継続となったら。

 きっと彼女も落ち着くだろう。

 それに、いざという時ように天城に教えてもらった事を違う形で生かせばいい。

 それで、この話は丸く収まるんじゃないんだろうか。

 

 でも、ビスマルクにそういっていいんだろうか。

 さっき特別はいないなんて言った舌の根も乾かぬうちに。

 

「指揮官」

 

「……なに?」

 

「私は指揮官の為を思って言ってるのよ。

 このまま鉄血の子の誰かに譲ったらそこで争いが起きるでしょうし、もしその子が秘書官になってもあなたはきっと何も言わずに受け入れるでしょう。

 でも、そんな風に無理はさせたくないの。

 あの子達の喜ぶ顔はたくさん見れたわ。

 だから、今度はあなたの喜ぶ顔を私に見せて頂戴」

 

「……ビスマルク」

 

 口元の笑みがより強くなる。

 でも、そんな事に気づくことなく、それ以上に柔らかな笑みに俺は魅力を感じてしまった。

 

「ありがとう」

 

 だから、俺は感謝をした。

 申し訳なさと、自分の不甲斐なさを感じながら。

 

 だが、現実というのは甘くはない。

 

「ただ」

 

 物事にはいつだって

 

「これを得るきっかけは私だけじゃなくて鉄血皆の力で得たもの」

 

 等価交換という手段が用いられる

 

「なによりも私は嬉しい思いをまだしていないわ」

 

「嬉しい、思い?」

 

「ええ。

 この権利をシリアスに譲る代わりに、あなたにお願いがあるの」

 

 さっきまで下にいたビスマルクだが、立つとやっぱりそのモデルのような身長が目を引く。

 彼女の笑みに惹かれたまま、俺が視線を上げるとその対価は発表された。

 

「キスをして。あなたから、私に」

 

 その言葉に、俺は何も言えなかった。

 

「大丈夫よ。

 私達は艦船なんだから、あなたの所有物のようなもの。

 少なくとも、今の私の事はそう考えてちょうだい。

 主が物を大切にするのはあたりまえのことよ。

 放りっぱなし、投げっぱなしでは物の方から主を見限ってしまう。

 だから、そうなる前に私を愛してほしいの。

 キスだけでいい。

 それ以上はまだ望まないわ。

 艦船であり、女である私をあなたらしく愛してほしいの。

 今だけ、だから」

 

「だ、だめだよ!!」

 

「あら、なんでかしら? 

 艦船を愛しちゃいけないなんてルールが指揮官にはあるのかしら」 

 

「そんな、そんなの!! 想定してルールなんて作ってないよ!!」

 

「ならいいじゃない」

 

「だめ! だめだから!!」

 

 声を荒げて必死に抵抗してみるが、彼女は意外にも早くそっけなく返した。

 

「そう、なら指揮官の新しい秘書官はローンにしてもらうわ」

 

「ローンに!? なんで!!」

 

「今回の演習に参加出来なかった事悔しがってたし、彼女は他とは違う特別計画船だからここで秘書官として地位を与えても周りに説明がつくわ。

 指揮官の傍に置いて効率よくデータの収集をさせるため、とかね。

 彼女の事だから、きっとあなたの事を精一杯甘やかしてくれるでしょうね。

 秘書官には指揮官の部屋の鍵も渡されるらしいし、夜も一緒に過ごしてくれるんじゃないかしら」

 

 ローン……夜……

 それは、昨晩の事を思いっきりフラッシュバックされる。

 あんなのが毎日続くのは、流石に嫌だ!! 

 

 それに、彼女は怖い。

 というか、慣れない。

 

 執拗に甘やかしてくるかと思いきや、今度は攻め立ててくるあの姿は俺には荷が重すぎる。

 

「せめて、他の艦船に──」

 

「だめよ、シリアスかローンのどちらか。

 それ以外の艦船にしたいなら、私とキスをしたあとあなたが指名してちょうだい」

 

 …………だめだ、さすがに、こんなのに乗っかるのは。

 

「だめだよ、そんなの。

 せめて他のにして」

 

「条件を出すのは私よ。

 そして、私はこれ以外のことを求めてないわ」

 

「…………」

 

 何を言ってもビスマルクの意見は変わらないのだろう。

 笑みを崩さず、彼女の口調だけ徐々に強くなっていく。

 

「指揮官、私はあなたのモノなのよ。

 私だけは、あなたの忠実なるモノ。

 だから、愛情を注ぐのは主の義務であり責務よ」

 

「ビスマルクは物なんかじゃないよ。

 艦船だって──生きてるん……でしょ? 

 なら、物扱いなんてできないよ

 それに仮に物だとしても、ビスマルクは鉄血の物だからぞんざいに扱えないよ」

 

「ここで愛を示さない事こそがぞんざいな扱いよ。

 確かに、私達は各々の軍の所有物かもしれない。

 でも、造り手や所有者がそうだとしても、私達はそれを使う主を愛しているの。

 使用者であるあなたが、私達の所持者なのよ」

 

「ちがう、ちがうよ」

 

「何が違うのかしら?」

 

「キスなんて誇大表現だよ。

 もっと丁度いいのがあるはずだ」

 

「そうね、指揮官と私では産まれが違うから価値観が違うのかもしれないわね。

 キスだなんて、挨拶のようにする文化がある国だってあるわ。

 あなたがこの行為にそれだけ意識してくれるなら、私としては喜ばしい限りだけど。

 挨拶のようにするキスもあれば、愛を証明するためにキスをする時もある。

 私は、あなたに気持ちまで求めていない。

 ただ行為を求めているだけよ」

 

 反対する言葉はまだあるはずだ。

 それらが出てこないのは、彼女が俺に答えを示しているから。

 それを鵜呑みにしたほうが、きっとこのトラブルが円滑に終わると理解してしまってるから。

 

「指揮官、私達鉄血を愛して。

 この場だけでもいい。

 あなたが愛を示してくれたら、私達はなんだってするわ。

 これはその証明。

 あなたの我儘を、あなたの願いを聞き届ける代わり私が求める者。

 あなたに愛されてる、あなたを愛してるっていう実感が欲しいの。

 だから、お願い──

 私の願いを聞いて」

 

 願いを聞くだけ。

 それは、俺が何度もやってきた事。

 そして、それをして何度も痛い目を見てきた。

 

 どうしてこうなったのだろう。

 

 初めは、ベルファストの願いを聞いた。

 秘書官を変えてほしいという願いを

 

 次は、天城だ。

 秘書官を変えるなら、演習を絡めれば皆のモチベーションがあがると。

 

 ローンもそうだ。

 俺がいなくても変わらないのに、半ばむりやり本部に共に行くことになった。

 

 そのせいで、エンタープライズの演習を見届けてほしいという願いを叶えられなかった。

 今度、ちゃんと謝ろう。

 

 そして、シリアス

 彼女が秘書官でいたいなんて言わなければ、こんな事態にはならなかったんじゃないんだろうか。

 もし仮に、このネガがなくてビスマルクがローンを秘書官に指名していたら、幾らでも強気で返せたんだ。

 

 ──みんな、願い事を俺に言う。

 普通に口にするものもいれば、教授として遠回りに口にするもの、こうして脅迫のように押し通すもの。

 

 千差万別だ。

 本当に、人間みたいだな。

 

 笑みが溢れた。

 眼の前の事態から目を逸らすように視線を逃したら、不思議と溢れてしまった。

 

 軽く息を吐いて、もう一度向き直す。

 その顔を目で、ビスマルクも察したのだろう。

 膝を軽く曲げて、俺に合わせてくれる。

 

 ……こういうのって、男が合わせるものの気がするけど。

 

 まぁ、気にしてもしょうがない。

 

 突き出された赤い唇。

 普段そんなに気にしてないけど、こうして差し出されると、色っぽい赤色と、少し濡れて光を乱反射させているのが艶かしさを感じる。

 

 これに今から……。

 生唾を飲み込み、自分に言い聞かせる。

 

 いつも通りだ。

 俺は、いつも通りみんなの願いを聞いてるだけ。

 

 艦船達の、少しだけ人とは違うモノの願いを叶えるだけ。

 

 そこに特別な感情はない。

 意思も、意味も。

 

 自分を正当化出来ていない。

 自分自身を納得させることすらできてない。

 それなのに、彼女は俺に早くと視線で訴える。

 

 いつもこうだ。

 周りに巻き込まれ、理不尽に飲まれるようになし崩し的に事が進む。

 そこに俺の意思はない。

 

 だからこそ、それを直さなければいけない。

 

 本当はそれを学ぶために、見つめ直すためにここきたのに。

 自分がどうしようもない上司だと再確認して、どうやって直していくべきかアドバイスを貰おうと思っていたのに。

 

 蓋を開けたら、何一つ叶わなかった。

 

 いや、1つだけ叶ったのか。

 

 俺はやっぱり、指揮官なんて向いていない。

 人の上に立つなんて向いていないんだよな。

 

 そっと彼女が目を閉じたのは、俺が徐々に彼女の顔に唇を近づけたから。

 お互いの両頬が赤くなる。

 ビスマルクのこんな顔が見れるなんて、珍しいな。

 

 そんな風に俺は、問題から目を逸らしながらそっと彼女の唇にキスをした。

 

 

 

 

 

 

 ふふふふふっ

 あぁ、すまない。

 いや、嬉しかったんだよ。

 まさか、本当にしてくれるなんて……。

 

 大丈夫、わかってるわ。

 今回だけ、今だけよ。

 あなたに愛してもらったという感覚を今だけ味あわせて。

 

 ……そうね。やっぱり嬉しいわ。

 好きな人に愛して貰えるのは、やっぱり嬉しい。

 私だって女よ? 

 自分を満たしたい時ぐらいあるわ。

 

 ありがとう、指揮官。

 そんな、顔を真っ赤にしてまでキスをしてくれて。

 私も赤かった? 

 当然よ、私もファーストキスだったんだから。

 

 えぇ、キスを挨拶代わりにする文化もあるわ。

 鉄血にもあったのかしら? 

 

 鉄血にあるとは一言も言ってないわ。

 だから、そう怒らないで頂戴。

 

 そうね、でもこれで指揮官もわかったんじゃないかしら? 

 

「私は何時だって、あなたの事を愛してるわ。

 あなたが望むなら何だってしてあげられるし、何だって出来る。

 だから、望みがあるなら私に言って。

 その変わり──

 対価はちゃんと、払って頂戴ね」




長くなりましが、次回でようやく1章のエピローグです。
短ければ1話し、長くなりそうらしい2話使おうかと思っています。

少し早いですが、振り返りとしてユニオン陣営の艦船を全く登場させれなかったなと。
初期のプロットでは、そもそもとして各陣営2キャラ前後で考えていたのですが、予想以上に反響があったのと、書いてい楽しかったので個人的に好きな艦船を無理矢理入れたり、そのせいで話が大分プロットから逸れたりと自業自得な結果が待っていました。

次の章ではユニオン勢と重桜勢を中心に書いていけたらと思っていますので、もう少しだけお付き合いしてくれたら嬉しいです

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