病みつきKAN-SEN   作:勠b

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最後の1000文字程が何故か抜けていたので修正しました。以後ないように気をつけます。(06/10 23時)


「エンタープライズ、ただいま帰還した」

「エンタープライズ、ただいま帰還した」

 勢いよく扉を開けた主は凛とした顔立ちを誇らしげしにする。

「おかえり、エンタープライズ」

 ペンを止めて彼女の帰還を祝う。座っていたシリアスも一礼をしていた。

「報告したい事もある。少しいいか?」

「あぁ、シリアス。紅茶をお願い」

 その言葉に一礼を返して退室したシリアス。こういった来客対応も彼女の仕事になる。

 

 といっても、先ずは紅茶を淹れてくれる他のメイド隊を探す所からというのが残念な所だけど。流石に彼女の紅茶を他の子には出せない。出したらクレームがまた増えるから。

 嫌な事を思い出すと溜息が出てしまう。不思議そうにする彼女に不信感を与えないようにソファーに席を移す。

 とりあえず言及は避けれたのだろう。何も言わずに俺の横に座ってくれた。腕と腕が触れ合うような距離で座られた。

 距離が近すぎるのは彼女の悪い所なのかもしれない。だけど、距離感を上手く掴めてないように接するのは今の所俺ぐらいだし、彼女には良く働いてもらっている。そう思うと余り強くは言えない。

 結局今日も触れる部分を意識しないように冷静さを装って接することしか出来ないのだ。

「海域の見回りは特に問題なかった」

「それは良かった」

 

 問題ないと言う割にはその顔は何処か暗い。無理に急かさないように聞き役に徹する。

「鉄血とユニオンの合同での作戦だったんだがな……」

 そこまで言われて察しがつく。最近着任した彼女の事だろう。

「ローンの事?」

 すぐに顔を思い浮かべた彼女の名前を言うと頷きが返ってきた。

 ローンは他の艦船達とは色々と違う。だからか、周りと比べて少し浮いているようにも感じる。

「ここに来て日が浅いから、皆も慣れてないんだよ」

「わかっている。だが、私がわかっていても他の艦船達……特に小さい子達は怖がってしまってる」

「そっか……」

 エンタープライズが軽く頭を抱える。彼女が戦闘以外でそんな困った顔をするのは珍しい。余程思い事態と捉えた方がいいのだろう。

「今度ビスマルクとも相談しておくよ」

「助かるよ」

 

 鉄血のリーダーでもあるビスマルク。艦船達との揉め事や相談事はその所属してるリーダーを通さないと行けない。それが暗黙のルールとしてあった。

 重桜なら長門、ロイヤルならエリザベス。ユニオンはリーダーといった存在がいないけど、トラブルに関してはエンタープライズが相談に乗ってくれる事が多い。

 特に鉄血となると尚更。他の陣営よりも仲間意識が強く、まるで家族のような間柄の彼女達を相手にする以上良くも悪くもビスマルクの存在は大きい。

 他陣営とトラブルになる前に早めに対応しとかないと。

「すまない。暗い話ばかりをしにきたんじゃないんだ。吉報も用意してある」

 

 予定を脳内で確認しているとそんな横やりが入った。その顔は誇らしげな笑みを浮かべている。

 彼女が戦域に出た時はよくこうして直接報告に来てくれる。そしてその時の功績をよく誇らしげに語ってくれる。

 特に俺が事務仕事を中心にするようになってまともに外に出ることがなくなってからよく訪問してくれるようになった。俺はそんな彼女の話が好きだ。

 自分だけじゃない。艦隊皆の頑張りを話してくれる彼女の姿が好きだ。

 何時もよりも今回の功績を強く語りたがる姿に興味を引いた。目先の問題をもう少し先に追いやって視線で催促をする。

 俺の身長は平均よりも比較的小さい。(具体的な数字は伏せるけど)横を向いても彼女の肩と目線が合うため、見上げるように次の言葉を期待の眼差しで見つめる。

 微笑ましい姿に見えたのか、ふふふっと微笑みながら彼女は口を開く。

「今回はキューブが手に入ったぞ」

「本当にっ!?」

 

 思ってもない朗報に思わず立ち上がってしまう。急な反応で驚かれてしまった。

 無理もない。と言いたい。

 キューブは艦船達を建造する大元のような物。これがないと何も始まらない。

 しかし、製造方法や原料、成分といった基本的な所まで未知の素材であるソレはそう簡単には手に入らない。1つ手に入れるだけでも一苦労だ。

 それを1つでも手に入れてくれた。こんなにも嬉しい話はない。

 俺の大袈裟な反応を見て満足したのか嬉しそうに再度笑う彼女。そんな落ち着きある大人な姿を見せられて、少し恥ずかしくなりながら座り直す。なぜかさっきよりも触れ合う部分が多くなった気がする。いや、気の所為ではないか。ソファーの隅の隅へと限界までゆっくりすれる。バレないように。

 

「貴重なキューブだ。大切に使ってくれ」

「わかってるよ」

 限界まで行ったところで彼女に大きく詰め寄られた。

「さて、そんなにも喜んでもらえるような働きをしたんだ。褒美は何かないのか?」

「……あぁ」

 触れ合っていた腕と腕はもはや触れ合っているというより重なり合うという程に詰められた。手に関しては彼女の手が上から強く押し付けられた。

 

 逃さない

 

 そんな意図を少し感じた。

「私は戦場に身を置いている時が一番落ち着く。そこが居場所だから。

 でも、寂しさもある。

 そこにいる間はあなたに会えない。

 たまには共に前線に立たないのか? 

 指揮してくれる人がいるだけでも変わるもの。

 少なくとも私は変わる。

 その方が私はより頑張れる。

 私も、その方が嬉しい。

 昔のように、私の傍で戦場での活躍を見届けてほしい」

 

「……頑張るよ」

 事務仕事が忙しい。建前ではなく本当に。

 昔とは違って艦船が増えた今となっては諸々の管理含めてやる事が膨大に増えてきている。

 昔は指揮を取れていたが、今となってはそんな事滅多にない。エンタープライズを始めとした信頼できる艦船達に軍事は任せっきりになってしまっている。

 ……やっぱり、これも良くないよな。 

 

「指揮官が忙しいのは知ってるつもり。

 でも、だからといって寂しさは変わらない。

 演習にも実践にも来れず、ずっとここで書類と戦っている。

 ここがあなたの戦場。

 わかっていても、寂しいんだ。

 あなたは私の拠り所だから。

 少しでも長く、ずっと共にいたいんだ

 私からここに来るのもいいが、戦場に立つ事が多い私ではその機会も周りより少ない。

 悲しいよ、私は」

 腕だけじゃない。身体全体で詰めるように俺の前にその凛とした顔が向けられる。今にも押し倒されそうな程詰められると、彼女の顔が視界一杯に詰まっていく。

 

「……頑張るよ」

「それはいつも聞いている。

 疑っているわけじゃない。あなたの仕事が忙しいのはよく知っている。

 それでも、寂しさは変わらない

 何時も頑張っているあなたを困らせたいわけじゃない。

 ただ、私はこの寂しさから逃れる術を知らないんだ。

 戦場で生きていた私に、人肌寂しい時にどうすればいいのかなんて……無知な私には分からない

 だから、少しでもいい。

 私の傍にいてほしい」

 最後の言葉と共に肩を強く押し出される。

 片手は彼女に強くソファに押し付けられているし、元からの身体能力の問題もある。ただ、されるがままに与えられた力に沿うように身体が勝手に動いていった。ソファから大きくはみ出た背中は最後の防衛先である肘掛けを腰に当てて外に倒れ込むように落ちていく。

 それを止めたのは、やはり彼女の暖かい手。

 

 抱き寄せるように後ろに回されたその手は片手で俺の両肩を纏めて包みこんでくれた。このおかげで地面に倒れ込む事はなかった。

「すまない」

「俺こそ、ごめん。寂しい思いをさせて」

 本当にそう思う。

 エンタープライズがここまで強く願いを口にすることなんて滅多にない。特に私用では。

 それだけ寂しい思いをさせてしまっているのだろう。

 支えがないため、ぶらりと垂れ落ちる頭を動かして事務机を眺める。そこにある、大量の書類を。

 

 あれがなければとたまに思うことはある。

 なければ、もっと皆と接する時間が増える。

 でも、あれをしなければ困るのは皆だ。

 そう思って頑張っていた。

 でも、結果がこれか。漏れそうなため息を必死に抑える。

 エンタープライズも、ベルファストも……他の艦船達からの不満もよく聞く。

 自分の仕事を大変だと認めてほしいわけじゃない。少しでも接する時間を作りたいとはよく思う。

 ふと彼女の顔が浮かぶ。

 ベルファストなら、仕事の手伝いもそつなくこなしてくれるだろうか。

 

「何をされているのでしょうか?」

 彼女の顔を思い浮かべていると、そんな声が聞こえてきた。

 平坦な声からは少し戸惑いを感じる。

 

「お怪我はないですか、誇らしきご主人様」

 

 持ってきた紅茶の乗ったトレーを乱雑にテーブルに放ると小さな支えから俺を奪い、交代するように後ろから抱きついて支えてくれた。

 心配そうな瞳と目があった。 

「エンタープライズさん、余りご主人様を困らせないで下さい」

「困らせている自覚はある。

 それでも、私は飢えてしまってるんだ。

 彼の温もりに。

 あなたと違って私は常に彼の傍にはいれないから」

「私は誇らしきご主人様に選んでいただいている秘書艦です。

 秘書艦であり、メイドとしてご主人様のぬくもりを感じるために傍にいるわけでは……」

「なら、私と変わってくれないか」

 

 

 

 急な願いにシリアスは開きかけた口をそのままに固まる。

「いいじゃないか。

 シリアスも元は戦闘が得意なメイド隊と聞いた。

 同じく戦闘が得意な私と変わってもいいだろ

 私は彼のぬくもりを感じたいんだ。

 ずっと、どこでも、いつでも

 傍で感じていたいんだ」

 俺の胸を優しく撫でながら嬉しそうに微笑みつつ続ける。

「何も秘書艦はメイドだけに務まるものじゃないだろ? 

 シリアスが秘書艦として傍にいるのはメイドだからじゃない。

 ならば、何でだ?」

 

「それは……」

 口ごもりながら不安気に俺の顔を見つめるシリアス。

 それは…… 

 

「あなたが羨ましい」

 そう呟いてそっと俺から離れるように立ち上がある。

 悲しみに満ちた瞳は、どこか苛つきも感じ取れた。

 そんな瞳でシリアスを、彼女に抱きしめられるように支えられている俺を見つめる。

「もし私が初めに着任してたら、私は秘書艦としてずっと傍にいれたのに」

 自問自答のように小声で呟いたのが最後の言葉。

 それ以上は何も言わずに部屋を出ていってしまった。

 

 

 

 何も言えなかった。

 シリアスが秘書艦として傍にいる理由に、明確な回答がなかった。

 言われた通りだ。

 ただ、最初に着任したから。

 それだけ……かもしれない。

 

 ベルファストからは能力を指摘された。

 エンタープライズからは理由を。

 

 シリアスが秘書艦をしている事に不満を持っているのだろうか? 

 それは違う

 自分の問答に自分で答える。

 俺がこの部屋に籠もっているのが気にくわないんだ。

 もっと、他の艦船達と接する時間を作らなければならないのに……それが出来る程事務能力が高くない。

 だから、彼女を傷つける。俺を庇うように彼女が傷ついていく。

 本来出す主を無くした紅茶を悲しげに俯きながら見つめる彼女を。

 そんな彼女の対面で同じように紅茶を見つめる。

 乱雑にされた反動でトレーに溢れてしまった紅茶は、カップの半分程にしか中身がなかった。誰かはわからないが、折角淹れてくれたのに勿体ない事をしてしまった。申し訳ない

 

 

 

「誇らしきご主人様」

 目線だけ上げてシリアスを見つめる。

「私が常に傍にいれば、あのような思いをさせることを防げたものを……申し訳ございません」

「別にいいよ、エンタープライズだって疲れてたんだ。だから、ちょっと我儘になっただけ」

「あぁ、誇らしきご主人様」

 そっと頬が包まれる。逆らう事なく任せていると、顔が彼女に向けられるように上へと上がった。

 

「この無能な卑しいメイドにそのような優しい言葉を……

 心優しいご主人様のため、このシリアス。先々のような事を言われないようにより一層、メイドとして、秘書艦としての力を身に着けたいと思います。

 誇らしきご主人様の横に相応しくなるために」

 物寂し気な瞳に吸い込まれそうになる。徐々に、徐々に近づくその瞳に。それが視界から消えるとすぐに、急に顔を俺の肩へと押し当ててきた。寂しげに呟きながら。

「来客者の手前、あのような事を言いましたが……私は卑しいメイド。

 ご主人様のぬくもりを求めてしかたがありません。

 どうか、この卑しいメイドに暫し……貴方様の慈悲を与えて下さいませ

 シリアスだけの、誇らしきご主人様」

 何も言わすにされるがままに。彼女にその身を委ねながら、俺は考え込む。

 シリアスはずっと傍にいてくれた。

 ベルファストもエンタープライズも初期の方に着任してくれた艦船達。そんな彼女達からの不満。彼女達だからこその不満。

 ……俺は、どうすればいいのだろうか。

 目の前の支えを軽く撫でながら、俺は何も言えずに考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 今日も疲れた。気疲れた。

 倒れ込むように着替えもせずにベッドに倒れ込む。こういう時、自分よりも2周り程大きいと便利だ。包み込まれて癒やしてくれる……そんな気がする。

 さてとっと呟きながら胸ポケットに閉まっていたスケジュール帳を取り出す。

 エンタープライズの願いを全て叶えるのは難しい。それでも、少しだけでも叶えてあげたい。彼女が頑張っていることをよく知ってるいる身として強く思う。

 それにしても、ベルファストにエンタープライズもこんな事を言い始めるなんて……。

 仕方がないのだろう。初めの方から着任してくれた艦船達からしたら、今の俺が執務室に閉じこもっている姿は面白くない。昔のように皆の前に顔を出してほしいと願ってしまうのだろう。

 その願いを無下にしたくない。

 皆、頑張っていることを知っているから。

 

 予定がそれなりに埋まっている日程から目当てのモノを探すのに時間はかからない。演習予定と記載されている日付はそう遠くない。自分でも把握はしていたが、改めて視界に入れて確認して脳内のスケジュールと照らし合わした。演習の下に書かれた重桜、ユニオンという文字を見る。

 この日の俺の予定はわかる。事務仕事だ。情けないけど、きっとそれで手一杯だ。

 ……事務仕事、か。

 いや、だめだ。

 あの生真面目なエンタープライズが不満を口にしたんだ。皆不満を溜め込んでいるかもしれない。

 少しでも、皆と接する時間を作らなければ。それで皆の不満が少しでも和らぐなら。俺は、頑張れる。

 

 その日程のすぐ横にも目が入る。

 ロイヤル、鉄血

 その2つに目先に追いやっていた問題が視界から消えていた事を思い出す。先ずはビスマルクに会わないと……。

 ロイヤル……か。

 エンタープライズは言っていた。シリアスも戦闘を好む艦船だと。

 その通りだ。

 彼女もまた、戦闘で大きな戦果を上げれる力を持つ艦船。それを執務室に閉じ込めているのは……俺のせいだ。

 シリアスを傷つけている。俺のせいで。彼女の溢れた涙があたった頬をそっと撫でる。

 悲しげな瞳を思い出しながら。

 

 スケジュール帳を机に向けて放り投げる。放物線を描いたそれが叩きつけられたのを眺めていると、今日の紅茶を思い出した。

 人には向き不向きがある。

 それは、艦船にだって言える。

 戦闘を好むもの、事務仕事を好むもの、勉学を好むもの……。

 多種多様だ。

 彼女なら、どんな風に振り分けるのだろうか。

 決まっている。先ずは、秘書艦の座を自分に指名するのだろう。

 

 ……傍にいれば守れるのだろうか。

 守られっぱなしでいいのだろうか。

 今度の演習は色々と変更しよう。

 ビスマルクだけじゃない。皆に1度会いに行こう。

 大切な艦船を守るために、私情は捨てなければならない。

 そんな士官学校で学んだ基礎の基礎を思い返しながら俺は明日以降の予定を脳内で組み込んでいった。


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