続きは今月中には投稿しますので、もう少し長めのバレンタインにお付き合いください
「皆さんはご主人様を甘やかしすぎです。このままでは、ご主人様がダメ人間になるに違いありません」
彼女、シェフィールドは表立って感情を出すことはないが、それでも確かに怒りを込めた瞳をしながら部屋に入る。少し
何時もの気だるそうな瞳は、心なしか少し吊り上がっていた。
シリアスや指揮官はそんな違いに気付けるほどに過敏ではなかったが、それでも直感的に彼女が苛立っていることを理解はできた。
先輩メイドである彼女の登場にシリアスは姿勢を正す。
「どうしたの急に?」
珍しい彼女の視線に過ごしたじろぐ。
特別何かをしたわけでもないが、わざわざ会いに来た彼女の真意は少年にはわからない。
しかし、指差されたケーキの残骸を見て少しだけ納得をした。
もう時間は正午。食べ始めて大分立ったが、その山は未だに半分近く形を保っていた。
昼食を無視してこれ1つに挑んで入るが、半分から先が余りにも長かった。
開封してからそれなりに時間も立ったのもあり、独特の甘さはよりクドさを増してしまい胃に通ることを強く拒否してしまう。
ペースもかなり落ち、食べる事に拒否感を覚えながらも目の前に当事者のメイドがいるため、逃げる事が出来ず無理やり口にしていた所だった。
「そのような物をご主人様に送るなどありえません。
ただでさえ思考の甘いご主人様が更に甘くなってしまいます」
「……うん、これは流石に多すぎたと思う」
「思うのならば、受け取る時に断るべきです。
これではまるで、1人で考えることのできないガイチュ……無能なご主人様になってしまいます」
「……ごめん」
うなだれながらただ謝罪の言葉を呟く。
受け取る際に断ることができていれば、眼の前の甘い塊が鎮座することはなかった。
食べきれないことなど初めからわかってはいたが、どうしてもという願いと頑張ったという言葉だけで二つ返事で受け取ってしまったのが彼の運の尽きでもある。
「……シリアス、あなたはあなたで傍にいたのなら受取拒否を進言するべきでした」
「……申し訳ございません」
シリアスは事前に指揮官が喜ぶと聞き、先輩メイド達の言葉を疑う事なく信じていた。
ケーキを受け取った際の苦笑いにも気づかずに。
初めは勢いよく食べており、その姿を見て喜んでると微笑ましく見てはいたが、次第に落ちていくペースを見て少し疑問に、完全に止まった腕を見て初めてこの量は多すぎるのでは? と疑いを持った。
その頃には既に自分が何かを言う事など出来ず、オロオロとしながら見守ることしか出来なかったのだが。
「……はぁ
先程漸く冷蔵庫の中身の整理を終えました。
そのケーキも、皆様から頂いたチョコ達を仕舞うスペースも空けましたので一旦しまい、お召し上がりは後日にして下さい」
落ち込んでいる2人を見てこれ以上責める気もなくしたシェフィールド。
そんな彼女の言葉に指揮官の瞳は輝きを増した。
「ほんとに!? 今日はもう食べなくていいの!!」
せっかくのプレゼントに酷い言い草だが、彼の胃は限界を迎えていた。
更に押し込むことをしなくていいと思うと、喜ばずにはいられなかった。
「はい。
これ以上肥えてしまっては害虫から豚へと変わってしまいますので」
そんな反応に暴言で返すが、少年は何も気にせずケーキを箱へと戻していく。
ここで言葉を返して機嫌を損ねてこの話が無しになるような事はしたくない。
多少悪く言われようとも、何も言わずに素直に言う事を聞く方が助かる道だと判断した。
「……シリアス、これは貴方が責任を持ってしまってきなさい。
この件はご主人様だけではなく、秘書艦として付き添っていた貴方も同罪です。
後片付けは貴方がやりなさい」
「かしこまりました」
主人が開放され喜びを見せている中で水を差すわけにもいかない。
それに、ただ座っていた自分とは違い主人を助けるために動いていた先輩にも口答えをする権利などない。
そう思いつつ、何もしなかった自分に落ち込みつつも、これで挽回できるならと意気込む。
「いいですかシリアス。
これは後日ご主人様が口にしてしまいます。
ですので、形を崩さないように慎重に運んでくださいり
いつものようにドジを踏んで転ぶなんて……ないよう、気をつけてください。
足元に気をつけて、ゆっくり運ぶんですよ」
「は、はい!!」
自分への態度とは違い、優しく念を押す用に何度も伝えるシェフィールドとそれを受けて表情に緊張が走るシリアス。
まるで姉妹のようだと微笑ましく少年は眺める。
実の姉は、大量に置かれた箱の山を見て涙目になりながら折れた心を指揮官にぶちまけ、数十分の傾聴の末に貰った艦船達からのプレゼントの整理をする仕事をするということで落ち着いて帰っていったのだが。
「では、ご主人様。
シリアスは暫し席を外しますので」
「うん、気をつけてね」
そう言って漸く助言を終えたシリアスは恐る恐る一歩を踏み出しながら、他にした箱を宝物のように力強く、それでいて箱を崩さないように大切に持ちながら退室した。
「……はぁ、大丈夫でしょうか」
自分から振っておきながらそんな言葉を漏らすシェフィールド。
ここからロイヤル寮の冷蔵庫にはそれなりに距離がある。
ドジが多いシリアスでは、大切なものを運んでいる時に限りその道中で転んでしまう可能性はそれなりにある。
しかし、彼女が責任を持って片付けをしなければいけない。
それが、シェフィールドの考えた彼女への責任の取り方なのだから。
「とりあえず、これでシリアスへの仕置きはお終いです」
シリアスへの対処は終えた。
残りは、自分にも来るのかと思い当たる節しかない、必死に目は泳がせる少年だ。
「あー、そうなんだ」
話題を変えてみようかと当りを軽く見渡すも、変わったものといえば隅に置かれた箱の山だけ。
ケーキの件で怒られているのにお菓子の話を振ったところで誤魔化すどころか悪化させる恐れしかない。
「ご主人様。お隣失礼します」
一言声をかけてから隣に座るシェフィールド。
一見して分かる堅苦しい軍服を着た少年と、メイド服を着こなす無愛想な少女。
絵になると共に、主従関係を一目でわからさせられる様な二人だが、その力関係は真逆だ。
「ご主人様はもっと人の好意を否定するべきです」
「でも、せっかくのプレゼントだし……皆がくれものだしさ」
始まった説教に項垂れつつも、自分の主張だけは伝えていく。
「皆忙しい中作ってくれたんだし、ちゃんと受け取らないと」
「そのような甘い考えをしていると、いつか女性と大きな問題を起こします」
「……そこまで行かないようには気をつけるよ」
「気をつける、そう思っているだけでは治りません。
痛い目を見るか、治してくれる人が傍にいない限りは決して人の癖など治らないものです」
感情を読み取れない瞳が指揮官を責め立てていく。
「シリアスやベルファストだけではなく、他の艦船達もご主人様に甘すぎます。
もっとご主人様には、びしっと言えるような方が傍にいるべきかと」
「びしっとねぇ」
真っ先に思いついたのはビスマルクだが、彼女は彼女で忙しい身。
自分の隣に居て欲しいなどとてもじゃないが口には出来ない。
したところで、そんな風に自分に甘えてばかりではいつまで立っても成長しないとビシッと言われて終わりそうだ。
「ですので、ここは僭越ながらシェフィールドがご主人様の調教……もとい、教育を代行しようかと思います」
「調教?」
「教育……です」
言い直す前の物言いに食いつくも、何もなかったかのように振る舞われる。
何か言いたげに、それでも自分からは何も言わずに彼女の動きを見守る。
「では、今からご主人様の
そんな前振りと共に、シェフィールドはその席をソファーから少年の膝の上へと移す。
「なにやってるの!?」
「ですから、教育です」
少年の胸に後頭部を軽く乗せ、座り心地を楽しんでみる。
まぁまぁ、ですね。
そんな風に評価を決めるも、口元は少しだけにやけてしまう。
いけません、と少年に見られる前に口角を手で直しながら数口つけたまま置かれたケーキが乗る皿を手に取る。
「これは片付けないのでしょうか?」
「口付けちゃったし、これだけは食べようかなって思ったんだけど」
「そうですね。
一度口を付けた以上は責任を持って最後まで処理しなければ」
そのままスプーンを手にし、その半分が満たされる程度にケーキを乗せて上を向く。
すぐ目の前に顔を真っ赤に染める主人の顔が不満そうに遠目を眺めていた。
「ご主人様」
「なに?」
「いやならば、しっかりと嫌だと伝えなければわかりませんよ」
これが教育。
自分の気持ちをはっきりと口にさせるために、否定の言葉を伝えさせるための教育だ。
それを言われて、指揮官はその意図に気づく。
「……そっか、なら嫌だからどいてくれない?」
「ですが、これはご主人様へのお仕置き……ですから、今回は我慢して下さい」
「……嫌なら嫌って言うって話はどこへ行ったのかな?」
文句をぶつけるも、シェフィールドはわかっていた。
こんな事では眼の前の主人は怒らないと。
いや、何をしたら怒るのかすら彼女は把握できていない。
誰に聞いても、彼が怒ったという話は聞いたことがないのだ。
その境界線を探してみたいという好奇心もある。
線がわかれば、何処まで許しが貰えるか逆算して接することが出来るのだから。
しかし、最悪その線はわからないままでもいい。
少なくとも現状は他の艦船よりも度が過ぎた行為をしない自分の範疇ならば好きに出来るという事なのだから。
「はい、あーん」
「…………」
「あーん」
「……」
「ご主人様……シェフィールドもこう見えて恥じらいを持っています。
早くしていただかなければ羞恥心で悶てしまえそうです」
「なら、しなくていいんじゃない!?」
一向に口を開けようとしない間近にある主人の顔を見て、拗ねた素振りを見せる。
だが、指揮官からしてもこれは教育。
嫌だと伝える場だと思い込む様にして接することと決めた。
少なくとも、このまま素直に受け取ったら何を言われるかわかったものではないのだから。
「シェフィールドの言うとおりだよ。
俺は、もう少し自分の意見を持ったほうがいいんだって思ってる。
たぶん、そうじゃないといけないって。
だから、今回は練習させてもらうよ」
「……そうですか」
自分の教え通りに頑張っている。
それを見て嬉しい反面納得できない。
他の艦船達には喜んで尻尾を振るにも関わらず、自らには拒否を示す姿を。
まぁ、自分が言ってすぐというのもあるのだろうが。
嫌なら嫌と伝えてほしい。
この言葉も気持ちも行動もはっきりとした自分の願いだ。
この場だけ、というのは気がかりだがそれでもそう思う切っ掛けになれたというのならば喜ばしい。
だが、自分がやりたいこともある。
言動と行動が伴わないチグハグさに自分でも不思議に思う。
願いのままに言う自分と、気持ちのままに動く自分。
そんな差に戸惑いつつも、口は動いてしまう。
「ですが、それではご主人様への罰にはなりません。
シェフィールドとて、好きでこのような事をしてるわけではないのです。
早く終わらせなければ、何時までも害虫にくっつかれた後味の悪さで吐き気を覚えてしまいます」
「なら離れてよ……」
「それはだめです。
これは、害虫であるご主人様が人になるための訓練なのですから。
シェフィールドはその為には例えこの後すぐにシャワーを浴びる事になるのも覚悟の上です」
「なら早く離れてよ!!」
差し出されたスプーンを目にすると、これを口に入れるだけで終わるんだよな、と少年の思考が逃げてしまう。
それはいけない。
そんな考えがいけない、と首を振りつつその考えを取り除こうとする。
「ご主人様。
シェフィールドは普段の物言いのせいで感じられないでしょうが、ご主人様を慕う気持ちは本物。
そんな慕う方とこうして肌を重ねていること心臓が破裂してしまいそうです。
早く離れて一呼吸したい……ですが、ここでシェフィールドから離れてしまえばご主人様への仕置にならない。
その思いで葛藤しているのです。
そんなシェフィールドの気持ちに、ご主人様は応えて下さらないのてじょうか?
それに、これはシェフィールドからのバレンタインのプレゼントでもあります。
お仕置きであり、ご褒美なんです。
何時も頑張っているご主人様への感謝の気持ち……それをお仕置きと言って誤魔化している女性の態度を、無下にされるんですね」
結局彼女は何を求めているのか、指揮官はわかりはしない。
彼女自身が戸惑っているのだから。
どうせなら、やりたい事をしたあとに、嫌なら嫌と言うようにと伝えたほうがスムーズに進んだのだろう。
更には、普段から害虫扱いしてしまう自分の態度も悪いのかもしれない。
この時ばかりは、口が悪い自分を少し呪った。
少年も、彼女の教えをここで実践しても上手く行かず、それどころかその瞳の揺れが大きくなるだけ。
不安げに揺れてしまうだけ。
それを見ていると、振り払おうとした思考は逆にそれ一辺倒になるように固まってしまう。
プレゼント
そんな風に表現されては、他の艦船達から受け取っていて彼女だけ受け取らないのは失礼だという気持ち。
あーんで終わるのならば、ローンで既にやってしまっているという罪悪感。
結局、そんな気持ちに流されるように彼は大人しくなる。
「…………あーん」
何時ものように結局逃げて、言う通りに口を開く。
それを見て彼女は軽く微笑んだ。
本当に、駄目なご主人様
自分の気持ちに応えてくれて嬉しいようで、言ったどころで最後には負けてしまう負け癖になんやかんやで彼らしさを感じる。
恥ずかしくて目を閉じる彼にはそんな笑顔は見れないが。
「では、先ずは一口」
そう伝えてスプーンを手に取る。
すると、いたずら心のような物が生まれる。
教育と言う体で伝えた願いと、結局それを最後まで実行できなかった不甲斐ない主に対する一種の嫌がらせのようなことを。
あえてクリームを唇に付けるようにわざとらしく、たどたどしく口に運ぶ。
普段から世話をしているシリアスのおかげて、そういったフリは上手くできた。
目を手じている彼にはそんな演技はいらなかったが。
口に運ばれてすぐに、当たった所からクリームを取り除こうと手を伸ばしたが、その両手は止められる。
「申し訳ございませんご主人様。
シェフィールドが粗々を働いてしまいました。
メイドの粗相を改めるのはメイドの努め。
何より、ご主人様に汚れた物を触れさせるわけにはいけません」
普段よりも棒読みで語りつつ、背中に預けていた背を少し伸ばす。
それだけで、一瞬で二人の距離は縮まる。
嫌な予感を感じた少年は離れようと頭をどかそうとするが、すぐに小さな両腕が彼の額を固定する。
そのまま、逃げる事など許さないと伝えられるように、シェフィールドは彼の唇に自らの唇を合わせる。
彼の唇に付いた汚れを取ろうと、舌を出して隈なく舐め取るような熱いキスを
「んっ……っ!! んっ!!」
それはすぐに指揮官から剥がされて終わってしまうのだが。
「まだ掃除は終わっていません」
「……自分で取るからいいよ」
ティッシュを取り出して口元を軽くふく。
もうクリームの汚れはないが、自分のものでは無いであろう唾液がそこには付着していた。
少し見て、気持ち悪さと羞恥心で一杯になりゴミ箱に向かって思いっきり投げつけた。
「シェフィールド!!」
満足気な微笑みを崩さない彼女に戸惑いと困惑を入り交じった視線を向ける。
何をどう言うべきか考えるが、口を開こうとした矢先に柔らかな指先がそっと唇に触れた。
それだけで少しだけ自分がわかる。
わかった気がした。
彼に対して、嫌なら嫌と伝えてほしい。
自分以外の好意に。
自分だけは、許してほしい。
自分だけは『特別』でいたい。
自分の中にあったそんな甘えた現実に酔いしれながらも、当人には隠すように物言いをする。
こんな気持ちがバレてしまっては、どう思われてしまうかわからないのだから。
「ご主人様。
これが、はっきりと嫌と言えないと起きる人の末路です。
女性というのは、好きなもののためならば何だってしようとします。
多少強引にでも……。
好きであれば好きである程に。
時にはこやって強引に唇を奪う事も、その先をしようとするかもしれません。
ですから、好きでもない相手に好意を向けられても拒否をしなくてはいけないのです。
そうしなければ、シェフィールド以外の人に……更に酷い目に合わされるかもしれません。
シェフィールドが傍にいれば、そんな事は誰にもさせませんが、ご主人様の傍にいるのはよりにもよってあのシリアス……。
正直……とても心配です。
ですので、ご主人様には早く立派な人となってほしいんですよ。
その為ならば、シェフィールドは幾らだって汚されてもいい。
ご主人様になら、幾らだって
シェフィールドは、ご主人様の事を──」
「メイドの分際で、偉く盛ってるんですね」
最後の最後の言葉を待ってましたと言わんばかりに、楽しそうな邪魔する声が二人に届く。
声の主は、満面の笑みを浮かべたまま冷たい目で二人を見下していた。
「……ローン」
彼女、ローンは楽しそうな微笑みと共に不愉快な物を見るような目で静かに開けたドアをゆっくりと閉じた。