病みつきKAN-SEN   作:勠b

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「メイドの分際で、偉く盛ってるんですね」バレンタイン後編

「メイドの分際で、偉く盛ってるんですね」

 

 最後の最後の言葉を待ってましたと言わんばかりに、楽しそうな邪魔する声が二人に届く。

 声の主は、満面の笑みを浮かべたまま冷たい目で二人を見下していた。

 

「……ローン様」

「こんにちは指揮官。チョコの感想を聞きに来ましたよ〜」

 

 口元にだけ薄っすらと笑みを作りつつもその視線は変わらない。

 彼女、ローンは普段よりも笑みを強くする。

 

「なのに、私ったらいけない現場を見てしまいました。

 まさかメイドがご主人様にむりやりキスをするだなんて……」

 

「キスではありません。

 ご主人様の口元が汚れてしまっていたので仕方がなく口で掃除をしたまでです」

 

「あら、なら手ですればいいじゃないですか」

 

「あれは一部のメイド隊が朝から手作りしたもの。

 そこまで汚れてないのであれば、少しでも捨ててしまうのは彼女達の気持ちを傷つけてしまいますので、仕方なくシェフィールドが処分をしたまでです」

 

「手で掬って食べてはいいだけでは?」

 

「シェフィールドは見ての通り害虫と戯れており手が汚れています。

 ご主人様の手等、今更言う事などありませんが。

 それならば、まだ汚れていない口を使ったまでです」

 

「あらあら、ならその口ももう汚れてしまいましたね」

 

「はい、これはもう消えない汚れになりました。

 貴方が何を言おうが、何をしようがこの汚れた口はもう綺麗にできませんよ」

 

 2人の視線が激しさを増す。

 指揮官はただ、肩を震わせながらどうしようかと考える。

 そんな思考をさせる間もなく2回戦が始まった。

 

「ローン様はなんの御用でしょうか? 

 ここはご主人様の仕事部屋。

 余程の事がなければこの部屋に無闇に入られては困ります。

 ましてや、ノックもせずに入るなど」

 

「ノックはきちんとしましたよ? 

 ただ、返事を待っていたら指揮官の大声が聞こえたので何事かと思い覗いてみたんです。

 そしたらまぁ、メイドが欲情して主人を慰め物にしようとしてたなんて」

 

「欲情などしてはいません。

 ただ、これはご主人様の躾と仕置をしていただけです」

 

「躾と仕置なんて……

 可愛そうな指揮官。

 メイド風情に犬のような扱いをされるなんて。

 私なら、そんな事はしませんのに」

 

「犬のようなものです。

 すぐに粗々をして……様々な女に手を出すご主人様に対して、待ったを覚えさせている最中ですから。

 そんなにも女が欲しいというなら、他のメイド達を毒牙にかけられるぐらいなら……とシェフィールドが立候補したまでです」

 

「あらあら、でしたら私はどうですか? 

 こんなちんちくりんな口の悪いメイドと違って、私でしたら指揮官の事をいつでも慰めてあげますよ? 

 ぎゅ〜ってハグ、いつだってしてあげますよ?」

 

「貴方のようにすぐに指揮官を甘やかす人がいるから、シェフィールドがこのような役を買って出ていることを理解して下さい。

 皆がもっと大人しければ、こんな教育は不要でしたのに」

 

「甘やかしてはいけないんですか? 

 いつも頑張っている子にご褒美をあげるのは悪いことじゃないと思いますけど」

 

「頑張っているご褒美も、頑張らせるための仕置もシェフィールドが考えて判断します。

 他の方はそんな事に気しなくていいです。……業務に励むことがご主人様への一番の奉仕となる事でしょう」

 

「秘書艦が言うならともかく、なんであなたがそんな事を決めるんでしょうか?」

 

「簡単です。

 シリアスもベルファストも他の艦船達もご主人様を甘やかしすぎですから。

 ここは、シェフィールドが厳しく……時には優しく躾をしなければいけません。

 そうすることで、ご主人様は自らを律する力を得ていくことになります。

 他の艦船達の優しさに惑わされることなく自らの道を歩む事になると思いますので」

 

「……指揮官はそんな事望んでないと思いますよ? 

 優しい指揮官は、あなたのような独りよがりな艦船をさっさと取り除いて皆で仲良くこの母港で、過ごしたいと思っていると思いますけどね

 ねぇ、指揮官?」

 

「あ、あのっ」

 

 急な話の振りに少年はたじろんでしまう。

 二人の目線が、 早くしろと返事を急かす。

 そんな視線に負けるように思ったことをそのまま口にした。

 

「き、キスはやり過ぎだと思う……かな?」

「そうですよね、指揮官もそう思いますよね」

 

 指揮官の同意を得たことで、追い風が来たことを示すのようにローンは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「ご主人様と慕っている人に対して、自分の思い上がりで好き勝手に扱うなんて最悪ですよね?」

 

「そこまで言うつもりはないけど……」

 

「いえ、そこまで言っていいんですよ。

 はっきりと言わないと、伝わないじゃないですか。

 言わないと、膝の上にいる発情猫はずっと指揮官にベタベタと馴れ馴れしくくっついてきて暑苦しいですよ?」

 

「常にくっつく事などしません。

 必要がある時にするのみです」

 

「今がその必要な時だって言うのでしょうか? 

 私には、独りよがりによがっているだけにしか見えませんが」

 

「必要ですよ。

 これは、ご主人様への躾であり、お仕置きであり、シェフィールドの気持ちを届けるためでもあるのですから」

 

「気持ち? 

 私は貴方に欲情してますって伝えるために?」

 

「そんな卑猥な思いなんて全くありません」

 

 そんなローンの様子など全て無視して上を仰ぎ、主人の顔を見る。

 顔を青くしながら、おろおろとどうしようか困り果てている主の顔を。

 

「ご主人様は愛されているお方。

 きっと沢山のプレゼントを頂くでしょう……。そうじゃなくてもケーキを丸々1つ貰ってしまっては食べ物は避けるべき。

 形に残るものにしても、そんな物を何時までも置かれては邪魔になる日が来ます。

 ……ですから、形に残らないもので日頃の感謝を伝えたかったのです。

 何時もお慕いしているご主人様に、シェフィールドの気持ちが少しでも伝わればと」

 

「それでわざわざキスをしたって、そんなの言い訳にもなってませんよ? 

 感謝を伝えたいからって指揮官の気持ちを無視して勝手にやるなんて、最悪だと思います」 

 

「無視なんてしてません。

 きっと、ご主人様も喜ばれたはずです」

 

「あっ……あのっ」

 

 再び投げかけられた応えづらい問に完全に言葉を失う。

 肯定の気持ちはある。

 実際に、好きと言われて悪い気はしないのだから。

 否定の気持ちのほうが強い。

 ローンの言う通り、全てを無視して独りよがりに行動に移すのは褒められたものではないのだから。

 

 しかし、ここでそれを口にするわけにはいかない。

 シェフィールドの、艦船の傷つくようなことを目の前で口にすることは指揮官としてやってはいけないだろうと感じるから。

 口にしたら、きっとトラブルが更に膨れ上がるのだから。

 

「指揮官が何も言わないからって、そんな風に付け入るのは最低ですよ」

 

「そうですね、ご主人様は何も言わないお方。

 お優しい方なのです。

 だからこそ、シェフィールドが確りと管理をしなければいけません」

 

「「管理?」」

 

 ローンと共にその不吉な言葉に引っかかる。

 シェフィールドは胸に秘めた思いを口に綴る。

 自らが思う、理想の関係を。

 

「ご主人様はお一人で物事を決めるのにとても不向きな方。

 それでいて、情けなくて弱いまさしく害虫のような存在。

 ですから、シェフィールドが立派な人になるように明確に管理をします。

 他の艦船達のような優しく……無意味に甘やかすこともしません。

 口にする物も、運動量も、仕事量も、睡眠時間も、他の艦船とコミュニティーを図る時間も

 全てシェフィールドが管理します。

 こうして躾を終えるたびに、ご主人様は立派な人へとなっていく。

 そんなプランを用意してあります」

 

「そんなの、完全に指揮官を独占するようなものですよね?」

 

「はい。

 物資というのは必ず限りがあります。

 ご主人様という存在にも、出来ることにも限りがある。

 それをわからず、今日のように全ての艦船達の気持ちに応えようと奮闘するからこそこのような問題が起きるのです。

 ですから、シェフィールドがそれを全て管理すれば事は上手く収まります。

 本当に皆に平等になるように振り分けてしまえば、この限りある心の隙間に綺麗に皆様方収まるように、更にはご主人様の心に余裕を持たせるように分配するだけ」

 

「……それって、指揮官を独占するってことですか〜?」

 

 ローンが明らかに怒りを表す。

 笑顔でかくすことなどしなくなる程に、彼女はその苛立ちを表に出していく。

 

「まぁ、一度そうしなければいけないでしょうね」

「それは……あなたがすることなんですかー?」

「はい、シェフィールドが一番平等に分けることができ、適度にご主人様を管理することも可能でしょうから」

 

「……指揮官を独り占めだなんて……そんな最低なこと……許せるはずないわよねぇ!!」

 

 指揮官は皆のもの、そんな綺麗事をローンは言うつもりはない。

 むしろ、その逆。

 自分のモノだ。

 

 誰が決めたわけでもない。

 自分が生まれた時から漠然とあるその感覚は彼女の中の常識であった。

 鉄血陣営が持つ彼への愛情の重さ。

 その全てを混ぜて作られた彼女からの愛情もまた、シェフィールドと同じ独占欲として現れる。

 

「指揮官がそんな事望んでるはずない!! 

 それでも、そんな勝手な事を言って、勝手をするって言うならそんな傲慢な態度を見せれないようにしないとねっ!!」

 

「……まぁ、貴方に理解して頂こうなんて思っていません。

 シェフィールドが優先すべきはご主人様です。

 何を言われようが、どう思われようが関係ありません」

 

 急な変貌に戸惑いを強くする少年。

 対して、シェフィールドは興味なさげに見下げていた。

 

 自分の言ったことが全てだ。

 

 彼女にとって、優先すべきは主である指揮官であり、陛下であるクイーン・エリザベスである。

 その他のモノ……特に、その他の陣営に何を思われようが、どう言われようがさして関係ない。

 特に、指揮官のことをわかっていると言いたげな顔をするモノ等。

 

 そんなことはない。

 彼の事を一番わかっているのは自分達(メイド隊)であり、何よりも理解できているのは自分なのだから。

 

 そう思ってしまってるが故に、ローンの怒りの感情には呆れしか生まれなかった。

 

「では、ご主人様は何をお望みなんでしょうか?」

「そんなの決まってますよ」

 

 その問いに一呼吸入れる。

 語るのは、自分が望むこの母港の姿。

 

「指揮官には、皆に愛されてもらわないと。

 母港にいる皆に愛され、慕われないといけない。

 だって、その姿を間違で見るのが私の母港(ここ)での楽しみなんですから」

 

「そうですね、ご主人様には皆に慕われないといけません。

 ですが、必要以上に慕われすぎては困ります。

 物事には適度というのがありますから。

 ……それが測れない害虫を管理する人が必要では?」

 

「それがあなたなんですかぁ〜?」

「あなたではないと思いますが」

 

 互いに静かに見つめ合う。

 片方は睨みつけ、もう片方はそれを気にする様子なく。

 

「ご主人様には管理する人が必要です。

 ……シェフィールドは、躾は得意な方です。

 適任だと思いますけど」

 

「放生も時にはいいものですよ? 

 好きに育ち、好きに生き、好きに消える姿を見ているのが生きてる物を見る楽しみ方ですからっ」

 

「わかりませんね」

「あなたの考えもわかる気がしないわっ」

 

 一向に交わる気配のない議論。

 その終着を求めるように、同じタイミングで二人の視線は変わる。

 オロオロとし、困った顔をしながらも必死に二人の話を聞こうとする少年に。

 

「ご主人様はどうされたいですか? 

 ただ……これはご主人様がいい加減な態度と気持ちで艦船達に向き合っている結果です。

 シェフィールドがこのような事を起こさないよう、寸分違わず管理してさしあげれますが」

 

「そんなことないですよね〜? 

 指揮官は指揮官の好きなように振る舞い、愛され、溺れていくのが好きなですよね? 

 私、そんな風にちょっとおっちょこちょいな指揮官がだ〜い好きですよ」

 

 口元の微笑みに反して全く笑わない瞳を向けるローンと、変わらず感情を感じさせない表情と視線を向けるシェフィールド。

 2人に挟まれ、話を振られても何を言うべきかわからない。

 どちらか片方に賛同すれば、必ず角が立つから。

 

 言葉だけ聞き素直に言うのならば、ローンの方が魅力的に見えるが彼女の笑みに裏を感じて言い出せない。

 シェフィールドに管理というのは、明らかな地雷だろうと直感できた。

 

「あ、あの」

 

 困りきった声を出す。

 そして、彼女は何時もそんなタイミングで救いの手を差し伸べる。

 秘書艦として、死地に追い込まれた主を助けるために。

 

「ご主人様はご主人様の考えて動いております」

 

 扉前にいるローンに隠れているが、その凛とした声だけで指揮官は思わず安堵の息を漏らす。

 

「お帰り、シリアス」

「ただいま戻りました。誇らしきご主人様」

 

 ローンを避けて部屋に入り、シリアスは彼の横に立つ。

 膝の上にいる先輩の姿に一瞬首を傾げたが、今はそこに追求する時ではない。

 

「ご主人様はご主人様の考えを持って皆様と接しております。

 そこに誰かの管理等不要でしょう。

 好きにやっている、というのも違います。

 ご主人様は何時だって母港の事を、艦船達のことを考えてて動いてくださっています。

 シリアスは誇らしきご主人様の描く母港を見たいと思い、何時までも傍で見守り続けようと日々思っております。

 その道中で意見を思い、口にするのは母港のためになると思いますが、ご主人様の思想そのものを変えるような意見は相応しくないかと」

 

 当たり前のように隣に立つ姿に2人は一瞬冷たく睨む。

 

 同じメイドとはいえ、自分では当然のようにそのような振る舞いを出来る機会は少ない。

 それなのに、そのように振る舞う姿を

 羨ましさ等の綺麗な気持ちではなく単純に嫉妬による感情を隠すことなく、そのように当たり前を享受する姿を

 2人は一瞬睨んで隠す。

 

「……まぁ、シリアスさんがそう言うのであればそれが一番かもしれませんね」

 

 微笑みと共にローンは自分の意見を失くした。

 

「シリアスの意見は甘いです。

 ……ですが、ご主人様が本当にきちんと考えを持っているというのであれば、今日の所はこれ以上言うのは辞めておきましょう」

 

 ため息と共に、再び視線から感情を消してシェフィールドは頷いた。

 

 2人共本当にそう思っていることはない。

 ただ、ここでこれ以上強く当たる事は自分達にとって不利益なのだ。

 指揮官の話をしてる中で、彼のお気に入り(シリアス)に当たる事は自分を悪く印象づけるだろう、そう判断した。

 ここは引くべき時だろうと。

 

「……そうだ、忘れてました!!」

 

 話を強引に終わらせようとローンは軽く手を叩いて注目を集めてからポケットにあるそれを彼へと見せる。

 

「今日お渡しした時の反応が嬉しかったので、また作っちゃいました〜」

 

 そう言いつつ可愛らしくラッピングされた箱を再びローンは指揮官へと手渡した。

 手渡そうとした。

 彼は手を伸ばすがすぐに止められ、同時にシェフィールドがそれを手に取ってしまう。

 

「……これ、指揮官へのプレゼントなんですけど」

「はい、わかりました。

 これはまた然るべきタイミングでお渡ししておきます」

 

 当然のようにそう伝えてそれを指揮官へと渡すことなく自分の手に収める姿にローンの隠そうとした怒りが再び現れ始める。

 

「指揮官へのチョコ1つ渡すのにもあなたの許可がいるんですか〜?」

「そうですね、ご主人様の口に入る物は全て私達が一度見たものでなければ困ります。

 栄養バランスは人間であるご主人様にとって大切なことですから」

「自分達はあんな物渡しといて……人のものには口をだすんだっ!?」

「あれは他のメイドが勝手に……。

 それに、物としては口にして問題ないものですから大丈夫かと」

「あんな物食べさせるんなら、私のチョコぐらい食べても大丈夫なはずだよねぇ!!」

「そうですね、普通のチョコなら今更止めることはしなかったかもしれません」

「…………」

 

 その物言いに自らの手を隠すように背中へ回す。

 その反応と共にやってきた静寂に、少年は隠した指先を見た気持ちを伝えた。

 

 

「ローン、怪我増えてない?」

 

 朝見たときよりも絆創膏の位置が変わっていた気がした。

 それは貼り直しただけかもしれないが、明らかに彼女達の血に似たような液が滲んでいたのだ。

 一度見た時は、貼ってあるぐらいの感想しか出てこなかったのに。

 

「……あははっ、張り切りすぎてまたやっちゃいました」

 

 言い訳をするような苦笑いだが、シェフィールドはそんな事では逃さない。

 

「そうですか。

 料理で怪我をするのは慣れてないのならしょうがないでしょう。

 それが万が一入っていたとしても、仕方がない事でしょう。

 ですが……私達の身体に流れている物がご主人様の口に入っていいものなのかわかりません。

 仮に大丈夫だとしても、そんなものは出せません。

 ここは一度検品し、判断した上で後日提供させてもらいます」

 

「……そうですね、そこまで考えてなかったです。

 指揮官、申し訳ありません」

 

「えっ? いや、いいんだよ。

 また作ってくれてありがとう」

 

 軽く頭を下げられただけで彼はそんな風に許してしまう。

 それがまた、シェフィールドの頭を抱える原因となるが。

 

「そんな優しい言葉をすぐにかけてしまうから、このような物を貰うことになるんです」

「そうですよね、指揮官は普段からメイド達が作った美味しい物を食べるんですから、私のなんていらないですよね……」

「そ、そんなことないよ!! ローンからもらえで嬉しいよ」

 

 掛けられた追い打ちのような言葉にわざとらしく泣いてるような素振りを見せる。

 その反応に対する返事はわかりきっていた。

 思い通りの言葉に思わず笑みが溢れてしまう。

 

「そうですか、それはよかっです。

 でしたら、今度は普通の食事も振る舞いますねっ!! 

 ……そこにいる邪魔な害虫がいない時にでも」

 

 自らが害虫扱いされる事に苛立ちを感じるシェフィールド。

 その気持ちを乗せるように強めの言葉で返した。

 

「そうですか。

 でしたら気をつけてくださいねご主人様。

 以前本で見た話ですが、極稀にわざと自らの体液を入れた料理を振る舞う方もいるそうです。

 そんなものを食されては、害虫のように弱いその身体が壊れてしまうでしょうから」

「……そんなの、フィクションの話でしょう」

「チョコ作りにしては酷い怪我ですね。

 シリアスぐらいでなければ、そのような怪我はしないと思いますが」

 

 顔を背けそうになるのを抑えるが、自らから湧き出る冷や汗は止まらない。

 調子に乗り、2度目を作ってきた自分の傲慢に罰が来た事を痛感する。

 そんな彼女には彼女で、救いの手がやってくる。

 

「……まぁ、勘の悪い人には、手料理に何を入れたのかなんて言わなければ分からない話でしょうが」

 

 不自然な言葉の付け足し。

 シェフィールドの言葉に苦笑いを浮かべる少年はそんな事に気づかない。

 シリアスもまた、引き合いに出された所か怪我をすると断言された自分の不甲斐なさに落ち込む。

 

 ただ、視線を向けられたローンだけはわかった。

 自らが見た光景、それを黙れば見過ごしてくれると。

 そんな事を遠回しに言われた、と。

 勘の悪い指揮官には黙ってくれると。

 

「……そうですね、何も言わなければ愛情と思ってくれるかもしれません」

「あなたのこれは愛情が籠もっていると?」

「ふふふっ、勿論ですよ〜。

 私は、何を入れたのかなんて教えませんよ。

 皆に秘密にしておきます。

 だって、全部愛情で出来てるんですから」

 

 そんな冗談めいたやり取りだが、伝わったのだろう。

 釘を差すような視線を最後に、シェフィールドはその目を離す。

 

 これ以上いた所で、もう美味しい思いはできそうにありませんね。

 そんは事を思いつつ、彼女は一歩下がる。

 

「では、私はもう帰りますね」

「あっ、うん」

 

 そんな声に少年は笑みを送り、別れを伝える。

 

「他のチョコも食べたけど、どれも美味しかったよ。

 当たりが一番印象に残ったけど……他のは普通に美味かった。

 ありがとう」

 

「……そうですね、その感想を聞きたくて来たので、そう言ってくれて嬉しいですっ!!」

 

 最後にそれを言われただけでも喜びましょうか。

 そう思いつつ、2人の姿に目をやる。

 まだ落ち込んでいるメイドと、話は終わったと言わんばかりに主の上で寛ぎ、その背を押し付けるメイド。

 

 メイド達の愛を一身に受けながらも視線も、言葉も自らに向けられる。

 ほんの一瞬の出来事が、ローンにとってのここでの生きがいだ。

 他のモノに愛される人が、自分に靡くその姿が。

 もっと味わいたい、感じたいが今日はもう難しいだろう。

 

「では、失礼しました」

 

 礼をしつつ、彼女はゆっくりと退室していく。

 扉が締まり切るその瞬間まで、膝の上で勝ち誇るメイドを見ながら。

 

 ──あぁ、彼女を壊したらそこが私の席になるのかしら? 

 

 そんな言葉に思考が染まる。

 その嫉妬もまた、自らを興奮させてくれる。

 その満足感に満たされながら、扉は閉まっていった。

 

 

 

 

 

 

「……シェフィールドさん、何時までご主人様にくっついているのでしょうか?」

 

 それは、ローンが退室して直ぐにシリアスがようやくといった様子で言えた言葉だった。

 

「これはご主人様への罰です。

 まだまだ罰としては不十分ですが……」

 

 流石にそろそろ離れた方がいいですね。

 シリアスの不満気な顔と、彼女が来た事で味方が増え、彼の自信に繋がる事を恐れる。

 否定は何度もされた。

 だが、された所で気にしなかった。

 

 この人はわからないだけ。

 

 そう思う事で自身を納得させたから。

 しかし、他の女の言葉を真に受けて自分を否定するのは、嫌だ。

 誰かの言葉を自分よりも優先させられるのだけは、自分の気持ちを納得させられない。

 そして、その不満気な姿を見せることもその思いをぶつける事も許されない。

 メイドとして、主にそのような醜態を見せるわけにはいかないからだ。

 

「……まぁ、続きは後日としましょうか」

 

 そう言って彼から離れる。

 ようやく一段落ついたことに少年は安堵の息を漏らしつつ、シリアスを連れて箱の山へと向かうシェフィールドの後ろ姿を眺めていく。

 

 ローンの登場により有耶無耶にされたが、彼女にされた仕置を思い返し1人顔を赤くする。

 誰かに言う事も出来ない、言えるはずがない。

 そんな大きな悩みのタネを与えた彼女を。

 

「では、シリアスと共に残りのチョコをしまってまいります。

 ローン様のもですが……他の方の物も検品した後にご主人様にお渡ししますので、少し時間はかかると思います。

 ……今年も、メイド隊一同での作業になりますね」

 

 その山から持てるだけ自分達の両腕に抱え、それをシリアスに渡してため息をつく。

 

「シリアス、あなたはチョコの運搬です。

 落とさないように気をつけるんですよ」

「シェフィールドさんは?」

「私は他のメイド達に声をかけて手伝いを増やしに行きます」

 

 その指示を聞き二人の顔を交互に見る。

 自分がいない間に過度に密着した先輩とまた二人っきりにさせる。

 それに不安を持つが、今度は彼女も部屋を出るという。

 数秒かけてその言葉を信じ、静かに一礼した後に部屋を出ていった。

 

「……では、ご主人様のお仕置きはまた後日に行いますので」

 

 数秒とはいえ自らに不信感を与えた事に良しとは思わない。

 同じメイド隊として、仲良くとは言わないが仕事がスムーズに回る程度には関係を作っておかないといざという時に困るのは自分達だ。

 指揮官に仕えるメイドとして、いざという時に何時でも活躍が出来るように備えなければならない。

 それが、彼に見せられる自らの評価点なのだから。

 

「……お手柔らかにね」

 

 逃がすような視線を見て、シェフィールドは少しにやける。

 少しだけ挑戦的な事をした。

 彼ならば、他の物にこれ以上に迫られてそうなのに。

 こんな事でもすぐに意識を奪えてしまう。

 今だけ、かもしれないが。

 

「──では、失礼します」

 

 礼をする事なく、自らの唇に指を当てながらそう伝える。

 その時の彼の反応を見て、彼女は満足する。

 邪魔が入った事など許せる程には。

 

 耳すら真っ赤にさせて視線を釘付けにした自らの唇を最後まで魅せるようにしてシェフィールドもまた部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………疲れた」

 

 そんな言葉を残しつつ、ソファにぐったりと座りながら少年は呟いた。

 皿に残ったケーキをようやく口にし、彼もまたこの日の業務を終えたのだ。

 本来の仕事は……また後日回すこととなるのだろう。

 

「お疲れさまでした、ご主人様」

 

 そんな労いの言葉ともに、彼女はそっと紅茶を差し出す。

 テーブルに置かれたそれを見て、少年はそれを手にした。

 口に含んだ瞬間、先程まで残っていた甘ったるさが掻き消され、今度は甘みという感覚を潰すような苦味が胃を襲う。

 一口飲んで、それをそっとテーブルに戻しつつ、吐かないように気をつけながら必死に笑みを作る。

 

「……うん、苦いのが飲みたかったからありがたいよ」

「はい、甘い物のあとには苦味がいいと教えていただきましたから」

 

 誰に教えられたのだろうか。

 そして、この苦味は紅茶で出せるものだったのだろうか。

 そんな疑問を持ちつつも、もう疲れ切った少年には口にする元気がない。

 更には、今日も助けてくれた恩人に難癖付けることなど。

 

「……今日も疲れた」

 

 思い返して再び口にしてしまう。

 シェフィールドとのキス

 更には、ローンとシェフィールドの言い合い。

 自分が間に入り止めることが出着ればいいのだが、如何せん何を言っていいかもわからず黙ってしまう。

 何を言っても、火に油を注ぐ気がして黙ってしまう。

 

「……」

 

 そんな彼に何も言わずにシリアスは対面に座り静かに見守る。

 そんな彼女の姿が、ある意味では少年の癒やしでもある。

 

 誰かとぶつかることはあっても、自分を守ろうとしてくれる姿に。

 最後には自分の気持ちを優先してくれる彼女に。

 そして、逃げることしか出来ない情けない自分を誇らしいと言ってくれる。

 その言葉があるからこそ、彼女にそう言われて胸を張れる自分になりたいと思わさせてくれる。

 

 今はまだ、その言葉と期待が重くて仕方がないが。

 

 バレンタイン

 

 愛する者への気持をプレゼントとして渡すイベント。

 義理と言い感謝の気持をプレゼントとして渡すイベント。

 

 一人だけ、プレゼントと称して物ではなく言葉とキスを渡した少女もいたが……。

 

 今は片付けられたが、先程まで部屋には大量のプレゼントがあった。

 一握りが本命なのか、半分が本命なのか、一握りが義理なのか

 それは、渡した本人にしかわからない。

 受け取った者には、受け取るだけではわからない。

 

 本命と勘違いして舞い上がってはいけない。

 義理と思い込み肩をすかしてもいけない。

 

 ただ、貰ったものに貰った相手に相応しい態度と対応を。

 

 今年も、これで殆ど無事に終えることができた。

 

 安堵と共に落ちた日が照らす部屋を見回す。

 何時も通りの部屋が、何故だがとても心地良い。

 置かれた紅茶を無理やり一口含み、咳き込みつつそれを戻す。

 

 そして

 

「ご、ご主人様」

 

 明らかに夕日のせいではないとわかるぐらいに顔を真っ赤にそめたシリアスは真っ直ぐに指揮官を見つめた。

 

「なに?」

 

 力なく返答しつつ、その様子に少しだけ嫌な直感がくる。

 

「おの、お隣に座ってもよろしいでしょうか?」

「…………うん、いいよ」

 

 間を開けてからの返答。

 彼女はそんなこと気にしないが、少年は1人冷や汗をかく。

 大丈夫、大丈夫だから。

 そう言い聞かせつつ。

 

「1つ聞いていい?」

「はい。何でしょうか?」

「……シリアスも、あのケーキ作ったんだよね?」

「はい、シリアスも少しだけですがお手伝いさせて頂きました」

 

 それを聞いて安心した。

 ダイドーやシェフィールドのように一部のメイド隊は参加しなかったケーキ作り。

 参加しなかった彼女達は、個人的に指揮官へプレゼントを贈った艦船達だ。

 シリアスも参加した、それはつまり彼女からのプレゼントは今年はないということだから。

 

「ですが、これはメイドとしてではなく、秘書艦としてお世話になっている気持をお届けしたいと思い今年も作らさせて頂きました」

 

「……あ──ー……そっかー、今年も……作ったんだー……」

 

 顔は必死に隠すものの震えた声と視線がシリアスが大事そうに持つ小さな箱に注力される。

 

 シリアスの料理は余り美味しくはない。

 それは、本人も知っている。

 だからこそ、普段の彼の食事やデザートは他のメイド隊が用意している。

 料理に関わる仕事など、食事を運ぶか要望された際に紅茶を淹れるかぐらいだ。

 その紅茶も甘いのを求めれば奥に砂糖の塊が見えるような、苦いのにすれば本来楽しむはずの匂いや味が全て失っているような物が出てくる。

 そんな彼女が毎年送る手作りのチョコレートは、指揮官にとってバレンタインという日を地獄のようなイベントに変えさせるほどに。

 

 食べられないわけではない。

 一口咀嚼するだけでザラザラと砂糖の感触と甘さを口いっぱいに感じるのを耐えればいい。

 食べるだけなら問題ない。時間をかけてゆっくりと食べればいい。

 そう、時間があれば

 

「……では、ご主人様」

 

 一声かけて彼の横へと座り、箱から取り出したチョコを一口大に砕く。

 砕いたものを摘み、じっとそれを見たあとは大きく一呼吸入れて

 

「……あーん」

 

 羞恥と期待と共にそっと目の前に運ばれる指先。

 

 お腹がいっぱいだから食べられない

 口の中が既に甘ったるすぎてもう無理

 また今度貰うから仕舞っといて

 

 そんな弱音な言葉が次々に浮かぶが、とれも口にできないのはその視線があるから。

 せっかく作ったものだ。

 美味しいと言ってほしい、美味しく食べてもらいたい。

 バレンタインという『特別』な日の内に。

 そんな気持ちを汲み取れてしまうから。

 

「…………」

 

 何時もならば、そんな気持ちに流されて口を開ける。

 だが、今年はそうは行かない。

 胃が既に甘いのを拒否している。

 これ以上口にするなと脳に向かって強い拒否を。

 それを表すように視線を反らして逃げ出した。

 

「…………」

「ご主人様……」

 

 残念がる声と共に、そっと頬に手を添える。

 柔らかい片手1つで逃げた視線は強制的に戻された。

 逃げようとしたその顔は、悲しそうに瞳を揺らしつつ真っ直ぐに彼を見る。

 

「ご主人様

 確かに、ご主人様は先程まであのようなケーキを口にしたばかり。

 これ以上何かを口にする事は難しいかもしれません。

 シリアスもそう思っていましたが、ローン様のは受け取り、口にしているのを見てしまうと……

 シリアスの作ったチョコも、どうか召し上がって頂きたいと思っていました。

 あの人の時のように、シリアスが食べさせてあげたい──そう強く思ってしまいました。

 メイドとして、本来ならばご主人様に無理を強いるのはいけない事ですが……どうか、今日この時だけはシリアスの我儘を許して下さいませ。

 誇らしきご主人様」

 

 揺いだ瞳の奥に嫉妬のような気持ちを残して思いの丈をぶつける。

 ローンが既にやったのに、自分の番で断る事は許さない。

 そんな気持ちを隠さずに。

 

「……少しだけね」

「……えぇ、わかっております」

 

 他の艦船の名前を出され、彼女だけ特別なのかと責められては何も言えない。

 そう思いつつそっと口を開いて、舌先に置かれたチョコをくわえる。

 ザラザラとした気持ち悪さを感じさせるような感触から逃れようと必死に飲み込もうとしても、舌がそう動いてくれない。

 飲み込みやすいように必死に噛むことしか出来ない。

 それも、目の前の女性に合わせるように笑顔を浮かべて。

 

 ようやく飲み込むと、その指先は新しいチョコを出すか出さまいかと悩みようにチョコの周りを彷徨っていた。

 少しだけと言った自分が決めれることではない。

 だが、もう少しだけ……そんな気持ちを表すように。

 

「……もう少し貰おうかな」

 

 何時もお世話になってる艦船の困った顔に反射的に声が出る。

 後悔しかない。

 しかし、嬉しそうな彼女の顔を見るとこれでよかったと思えてくる。

 

 そっと運ばれる指先と共に、小さな声が聞こえてきた。

 

「シリアスがご主人様の傍にいる艦船。

 ご主人様の隣にいるモノ。

 シリアスだけが……シリアスだけの……

 ご主人様の汚れた所は、シリアスが綺麗にして差し上げますので、これからも思う存分皆と触れ合って下さいませ。

 シリアスだけの誇らしきご主人様」

 

自分から見た彼の『価値』を伝えながら指先を口へと運んでいった


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