「自分が守る海を見つめ指揮官は物思いにふけていた、と」
「自分が守る海を見つめ指揮官は物思いにふけていた、と」
からかうような声に顔だけ動かして彼女、シャングリラを見る。
クスクスと笑いながら口にした言葉を書いたのだろうか、手にしていたペンと本を仕舞った。
「そんなかっこよく見える?」
「どうやら、今すぐに帰りたいと顔に書いてあるみたいですね」
再び本とペンを取り出すと、シュッシュと横線を引いて新たにペンを走らせた。
そんな姿に溜息を漏らしつつ再び何もない海の先をぼーっと眺める。
小刻みに揺れる甲板上は、まるで俺の中から何もかもを吐き出させようとしているように感じる。
これだから、船は嫌いだ。
ただ、海域を守る指揮官なんて職にいる以上はこの揺れからは逃げ切ることは難しい。
「そんなにお辛いのなら、部屋で横になればよろしいのでは?
この辺りの索敵ももう終わりますので、その後で良ければ私が話し相手になりますけど」
「いや、船酔いには遠くを見てると言いって教えてくれた人がいるからこのままのんびりしとくよ。それに」
言葉を続けながらポケットから飴を取り出して1つ咥える。
「飴を舐めてるといいらしいしね」
「そうですか」
再びペンと本を取り出すと、彼女はまたもや書き始めた。
「苦手な乗り物にも仕事とあらば事前に準備をし、万全な状態で仕事に挑む指揮官であった、と」
「一々書かれるのは恥ずかしいな」
苦笑しながら彼女が本を仕舞うのを見ていると、シャングリラは済ました顔をする。
「あなたとこんな傍に居られるなんてまたとない機会。
こうしてあなたの事を、あなたが体験したことを、あなたが感じたことを、どんな些細な事でもこのノートに書き記す。
今は今迄会えていなかった事をお聞きして補填するいい機会なんです。
そして、目の前の動きを自分の目を通して自分の言葉で綴る最高の機会。
どんな細かな事でも私はあなたの事を書き記したい。
ですから、私が書くことに不満を言わないでください、指揮官」
「…………そっか」
目を輝かす彼女から視線を反らして再び海へと向ける。
別に彼女が苦手というわけではないけど、わざわざそのノートに書いてもらえるような立派な存在ではない。
誰かにそれを見せられたら恥ずかしすぎる。
ただ、彼女のノートは誰かに見せることはないと言う。
「これは私が楽しむ書物です。
指揮官の事を色々と書いて、あなたの事を触れるための私のコレクション。
楽しむのは私だけですから、どうか付き合ってくださいね」
「……約束だからね」
苦笑しながら念だけは押しておく。
彼女がどう俺の事を表現してるかはわからない。
一回読ませてもらおうと思ったけど、強く断られてから聞いてもいない。
どんな風に書かれているのか、とても気になる。
格好良く書かれていたら恥ずかしすぎるし、格好悪く書かれていたら……ありのままなのかなと落ち込むだろう。
「ふふふっ。
指揮官、早速ですが尋ねたいことが──」
「シャングリラ!!」
彼女が全てを言い切る前に少し怒ったような言葉が間に入る。
俺とシャングリラでその声の主へと視線を送ると、彼女サラトガは可愛らしく両頬を膨らませながら大きな足音を立てて近づいてきた。
「もう! 指揮官とのお喋りはお仕事が終わった後にしてって言ったでしょ!!」
「サラトガ先輩……その、これは」
「言い訳禁止!!」
先輩と呼ばれたサラトガは、その容姿こそシャングリラと比べてしまうと幼さを前面的に感じる。
いや、シャングリラが大人っぽく見えるのもあるが、サラトガが子供っぽく見えすぎるのだ。
そんな大人なシャングリラが、背丈だけでみたら子供に見えるサラトガに頭を下げる姿はとてもシュールに見えた。
「ごめんなさい、サラ先輩」
「もう! あと少しで報告のあった海域に着くんだから、調査が終わった後にしてよね」
「……はい」
見た目子供な少女に怒られてしゅんとするシャングリラ。
その異様な光景に頬が緩みかけたが、すぐに引き締まったのは俺もまたサラトガに指を指されたからだった。
「指揮官も、お仕事中の艦船捕まえて話しかけるのは調査が終わった後にしてよね!!」
「えっ、あっ、ご、ごめん」
話しかけた覚えも捕まえた覚えもなかったが、それを口にしたらますますシャングリラが怒られるだろう。
そう思い、頭を下げる。
「ごめん、暇してたからついつい話しかけちゃって……」
「気が緩みすぎよ、指揮官」
膨らんだ頬が少しだけ窄む。
少しだけ落ち着いてくれた様だ。
「指揮官と話せる機会だから嬉しいのはわかるけど、接敵前の空母の索敵はいち早く敵の位置を知る大事な役割なんだからね。
今だけは我慢してお仕事するように」
「わかりました」
再びサラトガ俺に頭を下げるシャングリラ。
サラトガに見えないようにありがとうございます、と口を動かした。
庇った事にたいしてだろうか。
これも彼女のノートに書かれるのだろうか……。
事実だけを淡々と書いてくれてる事を祈るばかりだ。
「索敵よろしくね、シャングリラ」
「わかりました」
力強い言葉を残してシャングリラはこの場から離れていく。
どうやら俺の予想は当たったらしい。
彼女の背中越しにノートに対して文字を綴る姿を見ながら祈りを吐きかけるように溜息をついた。
「む〜っ」
そんな俺の態度に対して唸り声が聞こえる。
せっかく縮まった両頬は再び膨らんできていた。
溜息禁止と言われたらどうしようか。
彼女達と接する度に漏らしてばかりだから、最近癖になってきているから困ってしまう。
幸せが逃げるから禁止、だなんて可愛らしい事を言い出しかねない相手故に身構えてしまう。
「サラトガちゃん、まだ怒ってるんだからね」
「な、なににかな?」
「こないだの演習の事!」
演習、と言われて色々と思い出して頭が痛くなる。
つい先日の出来事だが、忘れようと無意識に閉ざしていたのかもしれない。
無理矢理封じてた記憶の箱が飛び開けてくる。
「見に来るって言われてエンタープライズはとても喜んでたのに、いけないって言うし。
演習終わって間もないのに急に指揮官同行で海域の見回りなんて言うし……。
最近海に出ることなんてなかったのに、急にご機嫌取りみたいな事されてもサラトガちゃん許さないんだからね!!」
「演習にいけなかったのは上の人に急に呼び出されたからだし、この見回りも急な依頼で編成を組まなきゃいけなかったからだよ。
俺は悪くない、とは言わないけど少しはわかってほしいんだけどな」
実際無責任な事を言ったのは俺なのだから、悪い所はある。
彼女の言う通り、自分が戦う所を見ていてほしいとエンタープライズに言われたため、それが出来なかった事への埋め合わせとして今回はユニオン艦隊でこの依頼を受けた。
ご機嫌取りと言われれば、それまでだ。
「……そうだけど、わかってるけど」
頬もしぼみ困った顔を向けられる。
「でも、指揮官の言葉1つでみんな一喜一憂する事をわかってほしいの。
サラトガちゃんだって、指揮官に自分達があなたの為に頑張ってるって所を見てもらえて嬉しいよ。
だから、無責任な約束はしないでほしいの。
あと、この見回りもそう。
こないだの演習で散々な結果を残したすぐ後にこれだから、皆変に肩の力が入ってる。
シャングリラだって、普段なら無駄にお仕事中にお喋りなんてしないのに気が逸れてる。
今迄にないぐらい演習で負けちゃったから、皆落ち込んでる。
それなのに、急に指揮官を守って戦うなんて言われても困ってる娘達も多いんだよ」
「……ごめん」
配慮が足りない、そう言われているのだろう。
彼女も俺を攻める気はなかったのかもしれない。
俺の一言で慌てて言葉を重ねた。
「指揮官が私達の事を考えてくれてるのはわかってるよ。
私も、埋め合わせしてねって言っちゃったし。
でもね、演習であんな結果になるなんて思ってもいなかったの。
ユニオンの娘達も皆そう思ってる。
だから、落ち込んでる間はゆっくりさせてあげたいなって思ってたの。
本当はもっと早く言うべきだったんだけど、何人かは前向きになってたから辞めてなんて言えなかった……」
サラトガはユニオン艦船の中でも長い艦歴を誇る艦船だ。
だからこそ、他のユニオン艦の事を心配してくれている。
この見回りを辞めさせたら、躍起になる艦船達が更に落ち込み
かといって、この見回りで散々な結果になってしまったらどうしようと考えて落ち込む艦船達もいる。
多種多様な考え方を持ったグループだからこそ、判断は難しいのだろう。
まるで、本当の人の集まりのようだ。
……違う、人と同じような存在だこらこそこうなるんだ。
彼女達も、立派に考えを持って生きている。
普通の人と変わらない、変わらないから。
「……ユニオン艦船を要請する前にサラトガに相談しておけばよかったね。
急な依頼だったし、エンタープライズに早く埋め合わせをしようと思って考えなしに決めちゃったんだ。
ごめんね、次からは相談するようにするよ」
「……指揮官」
内心を隠すように頭を下げて顔を見られないようにする。
この間の演習を含めた騒ぎ、秘書艦を変える変えないという騒ぎでどうも艦船という存在にまた疑問を持つようになってきている。
意味のない疑問。
艦船という存在にどれだけ考えても、答なんてわかるはずがないのに。
前のように、全てから逃げて接した方が気が楽になるのに。
「謝らないでよ。
サラトガちゃんも、指揮官にこんな事言ったって困らせるだけってわかってるけど……。
でも、指揮官にはちゃんと私達の事わかってほしいの。
ユニオンの娘達は、皆指揮官の事大好きだからね。
だから、好きな人に優しくしてほしいし、甘やかしてほしいの。
サラトガちゃんも、ね」
視界に広がった甲板がサラトガの顔で埋まる。
急に出てきてびっくりして、体をあげようとしたが、首に回された腕のせいで思うように上がらない。
そのままぎゅっと抱き寄せられて、耳元で彼女は囁く。
「サラトガちゃんは指揮官が私達の事を考えながら頑張ってくれてるってわかってるからね。
わかってるから、指揮官の事怒る時もあるんだよ。
優しいだけじゃ、タメにならないんだから。
だけど、頑張ってくれてる子にはこうやって嬉しいイタズラしてあげるから!!
もっと頑張ったら、もっと喜ぶイタズラ考えてあげるからね!!」
そう言って俺の傍から離れると、見慣れたイタズラな笑みが映る。
辛気臭い話はお終い、そう言いたいのだろう。
頑張ってるのだろうか。
そんな言葉を頭に、苦笑する。
「そっか、楽しみにしとくよ」
「ふふふっ、イタズラっ娘なサラトガちゃんが一杯考えとくから、指揮官も私達の事を一杯考えてよね!!」
そう言って手を振りながらサラトガは駆け足で離れていく。
そんな背に向かって手を振返しながら、溜息が漏れた。
……本当に、禁止にされなくてよかった。
ふと、前方の様子が気になって目を細めて凝視する。
何もない青い海がただただ広がる。
このまま、何もない海が広がってましたで終わればどれだけ楽なんだろう。
このまま、全てを捨てて勝手に何処かへ行けたらどれだけ楽なんだろう。
叶わない思いを胸に、ポケットから再び飴を取り出して1つ咥える。
くどい甘さが、胸に残る不穏な影を忘れさせてくれる。
目を閉じて、自分の気持ちを口にする。
気持ち悪い
そんな弱音。
ただ、そんな呟きを聞いてる艦船が居たようだ。
心配そうに見つめる彼女が近づいてきた。
俺がこうして前線に出ない理由はいくつかある。
船酔いすることと、ここでは逃げ場がないことと……。
他にもあるけど、今の状態はこの2つだけで十分だろう。
自室に籠って休みたい、そんな気持ちを忘れるように飴を砕いて甘さを必死に感じておく。
心配そうに声をかけられた。
そんな言葉に俺はただ作りなれた苦笑をした。