「どうかしたのか? 指揮官」
彼女、クリーブランドの声に振り向きつつ俺は作りなれた笑顔を浮かべる。
「どうして? 大丈夫だよ」
と、言っては見たものの彼女には通用しない。
俺を見るその疑いきった視線は中々潜る事は出来ない。
とても頼りになる存在だけに、そのしっかりとした性格に怪しまれると上手く切り抜けられない。
「またそうやって無理してる」
その言葉で心臓に釘を差されたような気分になる。
無理、というのが何を指してるのかわからないまま俺の隣に立つ彼女を見守る。
何を言われたくないんだろう。
何で彼女に警戒してるんだろう。
やましい事なんてない。
そう言い切りたいけど、出来ない。
この逃げ場のない船で艦船に囲まれているのが嫌なんだろう?
なんて言われてしまったら、もう何も言えなくなるのだろう。
言われないことはわかっている。
それでも、自分の一番見透かされたくない気持ちを言われそうで辛くなる。
言ってもらったほうが、楽になるかもしれないけど。
「どうせまた船酔いしるんだろ」
「はははっ、バレた」
緊張感が一気に抜けて頬が緩む。
その顔を見てクリーブランドも笑った。
「今は私暇してるし、少しだけ相手してやるよ」
「ありがとう」
「お礼なんていいって。暇だから相手してほしいって気持ちもあるしな」
クリーブランドは俺の様子を伺うように視線を向ける。
自分から何かを話す気はないというサインなんだろうか。
少しだけ話題を考える時間をもらえた。
話を使用となると、わざわざ話題を考えておかないと、という事実に少しだけ自分が情けなくなる。
「クリーブランドは休憩中なの?」
暇という言葉から連想しての疑問を投げてみる。
「もうすぐ報告があった地点に着くから航空隊以外の艦船達は巡視を終え次第最後の羽休めをするようにってエンタープライズからの指示があったんだ」
「……そっか」
当然そんな話は聞いてない。
殆どエンタープライズに指揮を一任しているから。
彼女もまた、俺は居るだけでいいとお荷物発言をくれた。
いや、それは悲観的に捉えただけだろうけど。
きっと、彼女からしたら違うんだと思う。
わざわざ全く前線に立たない俺が口を挟まないように、なんて釘を刺すのではなく彼女自身が口にしていて俺が居るだけでいいという気持ちを改めて口にしただけ。
そう思いたい。
ますます自分が惨めに感じる。
名ばかりの指揮官だなんて自分が一番わかっているのに。
いざその現実を目の当たりにすると落ち込むのだから救いようがない。
そして、俺が口を挟まない方が上手くいくという現実に変わりはない。
ただ、これが俺の役割だ。
艦船達だけでも部隊を回せる。
1つの小隊として活躍出来るという事実を改めて報告すればいいだけなのだから。
それが俺の数少ない与えられたお仕事だ。
「ちゃんとしろよ!」
「いたっ!」
急に背中を叩かれる。
大して痛くなかったけど反射的に声が出てしまった。
それにクリーブランドはおろおろと反応してしまう。
「あっ、ごめん。力加減強かったか?」
「いや、大丈夫だよ。急だったから思わず言っただけ」
「そっか」
心配そうな視線に平気と伝える。
艦船である彼女達とは根本的に身体の作りが違う。
この背中の軽い痛みも、クリーブランドはきっと全力で手加減してくれたんだろう。
それぐらいしないと大怪我になる。
「……本当に痛いところはないか?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
そんな風に言っても一向に揺らんだ瞳が落ち着かない。
それを見て、少しだけ思い出したことがあった。
思い返して笑ってしまう。
「なんだよ! 人が心配してるのに」
「いや、前もこんなやり取りあったなって思って」
クリーブランドがこの母港に着任したのはかなり初期だ。
こうして俺がまだ前線に出ていた頃にももちろんいた。
そんな時のやり取り。
「いつも暇してるって言って来くれて、落ち込んでたらこうして背中を叩いて励ましてくれたよね」
「あなたの落ち込んでる所なんて見たくない。
見たくないから、私がこうやって励ましにくるだけ」
「始めは凄い痛かったけどね」
「あ、あの時はあんなに人が弱いって思ってなかったから……」
初めて背中を叩かれた時は、それこそ今のように立つことすら出来ない位に激痛が走っていた。
あの時も同じようにずっと心配してくれていた。
悪気なくやった事に一々口を挟むのも悪かったし、何よりも自分自身が艦船とどう向き合うか全くわからなかったから結局全て水に流したのは覚えてる。
艦船とどう向き合うか。
今でもわからないこの疑問をあの時も、今の俺も答えが見える気がしない。
でも、今はそんな考えで頭が埋まらない。
「……大丈夫だよ。
あの時みたいに倒れてないから」
「……指揮官が虐めてくる」
「はははっ、ごめんごめん」
久々に楽しく笑えた気がする。
少なくとも笑い声を出したのは久々だ。
友人のように接してくれる、姉のように接してくれるクリーブランド。
沢山の妹達に囲まれ世話を焼く彼女。
そんな彼女に心配かけないように、なんて気遣いじゃない。
純粋にこんな些細なやり取りが楽しかった。
友達同士でする様なやり取りが。
久々のような気がして。
そう思うと、クリーブランドには感謝しかない。
俺の笑顔を見て、彼女は拗ねた顔をしつつもその頬は確かに緩んでいた。
「最近さ」
ひとしきり笑った後、今度は彼女の方から口を開く。
緩んだ頬を緩ませたまま拗ねた顔は鳴りを潜めた。
そのまま感情を上手く掴め無い難しい顔をして海を見つめる。
俺もまたそれに合わせた。
「指揮官は忙しいって言って執務室に籠もりっぱなしだったから少し心配してたんだ。
中々あそこに行く用事も出来ないし、用事がないのに行ったら邪魔しちゃうと思ったし」
「……ごめんね」
「いいんだ。
私達のために頑張ってくれてるってのはわかってる。
わかってるけど……」
彼女はそこまで言って一旦止める。
そっと俺の肩にその小さな頭を乗せた。
「やっぱり寂しいんだ。
好きな人が傍に居るのに、少し行けば会えるのに会えないってとっても寂しい。
でも、妹達や他の艦船達もそう会えないのに私だけ我儘言って仕事の邪魔をするのもいけないし。
だけど会いたい。
そう思ったら、胸が凄い苦しいんだ」
「ごめんね。
でも、今回みたいに俺ももっと皆と会うようにするから。
寂しい思いをさせないように頑張るから」
「…………。
指揮官、そうやって私達のために頑張ってくれてるのは嬉しいけど無理しちゃ駄目だからね。
少しでも1人じゃ抱えきれないと思ったら私の所に来て。
あなたが感じた楽しいこと、悩んでることがあったら全部私に聞かせてちょうだい。
私の傍にいる時だけでも、あなたに落ち着いて欲しいの。
私がこうしてあなたの隣に居ると落ち着くみたいに。幸せを感じるみたいに。
あなたにも私と同じ気持ちになってほしい」
「ありがとう。頼りにしてるよ」
「うん、もっと頼っていいからね!」
ようやく海から視線が外れ。俺へと戻る。
嬉しそうな笑顔が見えた。
応える様に俺も笑う。
「ねぇ指揮官」
ただ、その笑顔はすぐに寂しそうな笑みへと変わる。
俺はただ首を傾げて言葉を待った。
「私ずっとあなたの傍に居られるんだよね」
「なんで?」
思ってもいない質問に思わず言葉を返してしまう。
クリーブランドも自分で何を口走っているのかわからないのか、顔を少し赤くして慌てる。
「い、いやさ!!
深い意味はないんだけど……
ただ、少しだけ不安になる時があるの。
指揮官はロイヤルメイドとよく一緒にいるけど、他の陣営とは中々会わないし……。
それでも、色んな陣営から新しい艦船達は着任してくるから。
私の事忘れられるんじゃないかって」
「大丈夫だよ。
クリーブランドの事を忘れる事なんて絶対にない。
他の艦船達も、増えてきたけど皆の事忘れないように頑張る。
ずっと皆一緒に居ようね」
ずっとなんて曖昧な重い言葉を使ってみる。
そんなの自分で決めていいことなんかじゃない。
権利なんてない。
上から指示があれば飛ばされるし、皆の処遇も変わるのに。
ただ、そんな事はないだろう。
俺が飛ばされることはないだろうし、何事もなく時が経つなら皆もこの母港で過ごすことになるのだろう。
どこの国も、意志のある兵器なんて持ちたがないから。
「……そうじゃないんだけどな」
「えっ?」
何かを彼女が呟いた。
言葉までは聞き取れなかった。
波の音でかき消されたその声を聞こうとしても、再び彼女は笑顔をうかべる。
「なんでもないよ。
あなたが私の傍に居てくれる。
お互いに支え合って生きてくれる。
困ったことがあったら愚痴を言い合って、嬉しいことがあったら一緒に笑う。
そんな風にこれからも過ごせるなら、今は幸せかな」
「……そっか」
気になるけどとても聞き出せる雰囲気ではない。
喉に刺さる思いだが口に出さないよう気をつける。
言いたがらないのならば仕方がないと思うしかない。
「お互いに支え合って頑張ろう指揮官。
辛いときも、楽しいときも。
2人で頑張って──」
「──ヒーローのサポートをするのはサポーターの仕事だからとっちゃ駄目ですよ!!」
クリーブランドが何かを言い切るよりも前に俺の後ろから大声が聞こえた。
それと同時に後ろから重い衝撃を受ける。
「だ、大丈夫!?」
バランスを崩して倒れかけた俺を支えるようにクリーブランドが抱きしめてくれた。
「あ、ありがとう」
「……こんな風に支えるって意味じゃなかったけど、まぁこれはこれでいっか」
呆れながら言っていたが、最後は再び笑いながら耳元で笑う彼女に俺も釣られる。
ただ、その光景に不満を覚えたのだろう。
俺を後ろから抱きしめる彼女は未だにその手を離さず、俺から離れようという意思がない。
それどころかより強さを増してくる。
温かく柔らかい感触も流石に辛くなってきた。
「……リノ、苦しいんだけど」
彼女、リノはその一言に顔を反らす。
「ヒーローの指揮官がヒロインのリノを蔑ろにした罰です!!」
ヒーローなんていうむず痒くなる役割を押し付けられつつ、更に押しつけられる彼女の身体。
どう外そうか考えるもすぐに止める。
眼の前で俺を抱きしめるように支えてくれたクリーブランドも未だに離れようとしない。
その現実が思考を変えた。
今にも泣き出しそうな声で悲しそうに後ろからくっつくリノ
嬉しそうに楽しそうな顔で俺を抱き寄せるクリーブランド
……逃げられないから船は嫌いだ
そう思いつつ、ため息混じりに思考を始める。
この2人はどうやったら俺を離してくれるのだろうか。
もう数話ぐらいで戦闘パートの予定です。
実際更新ペースがかなり落ちたのは戦闘描写を書き卓偉という気持ちもあります……
更新がかなり伸びそうだったり、書きたくないからとエタるぐらいならば演習の時のようにバッサリカットの方向で考えてますのでよろしくお願いします