病みつきKAN-SEN   作:勠b

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2話の最後の1000文字程が何故かカットされていました。
そのため、加筆、修正を先程加えました。
1話しにもあった指揮官が自室に戻った後の話です。まだ読まれてない方は是非ともそちらから先にご覧頂けたら幸いです。
以後ないように気をつけます。


「演習に参加……ですか?」

「演習に参加……ですか?」

 何時ものように執務室に訪れたシリアスに挨拶を早々に終わらせて伝えた俺の用件に、戸惑いながら反復して返す。

 既に机について仕事を始めている俺は、彼女の戸惑う姿を横目に書類を1枚1枚数秒掛けて仕分けていく。緊急性の高いものか、そうじゃないか。

 何時もはそんなの関係ない。ただ1枚1枚目の前に置いて片付けるやり方をしていたけど今日は違う。今度の演習に今日からの行動を考えると、とてもじゃないが全てを処理するのには時間が足りなさすぎる。

 後々苦しむのは俺だ。だから、後回しでいい。

 

「かしこまりました。誇らしきご主人様。

 このシリアス、貴方様の秘書艦として相応しい活躍をお見せできるよう努めます」

 嬉そうに微笑む姿を眺めてすぐに反らす。彼女は戦闘を好むというわけではないが、ここでソファに座って時間が経つのを待つよりも遥かに楽しみではあるのだろう。慣れない仕事をするよりも、手慣れた仕事の方を好むのだろう。

 最近は彼女の悲しい気な顔ばかり見てた気がする。だからか、今の嬉しそうな笑みがやけに心に染みる。

 いや、違う。

 今から言う俺の言葉でその笑みを消すことになる事を分かっているから染みるんだ。内心では辞めようという甘えが滲み出る。

 でも、言わなきゃいけない。

 このままでは、皆の不満にも繋がるから。

 昨日のように優しく接したい。でも、1人だけを優しく接するわけにはいかない。

 頑張っているのは、皆一緒なんだ。初めて着任したからといって特別視する訳にはいかない。そう、言い聞かせる。

 

 

「だから、一時的に秘書艦を変えようと思うんだ」

 

 書類を動かす音だけが聞こえる。その間隔は変えないよう意識する。目に入っても頭に入らない文字達を必死に頭に入れこもうとする。それだけに集中する。

 数枚の書類を動かした後、残り少ない机のスペースに向って強く手を叩きつけられたのが視界に入る。激しい音に思わずピクリと身体を震わせた。でも、手は止めないように気をつける。

 

「ご主人様!!」

「少しだけだよ。演習とはいえ久々の実戦なんだ。シリアスも準備はいるだろ?」

「そんなの必要ありません。

 私は何時でも誇らしきご主人様のご期待に添えれるよう用意してあります。

 ですから、秘書艦の変更は必要ありません」

「そっか、でも演習に向けて訓練とかするんでしょ?」

「誇らしきご主人様の傍を離れないと昨日申したばかりです。

 ですから、私は何があろうと離れません。

 ご主人様の秘書艦は私です。

 私だけの席です

 誇らしきご主人様の身も心も守るのは私の努め。私の生き甲斐。

 どうか、どうかシリアスから貴方様を取り上げないで下さいませ。

 誇らしき……ご主人様」

「…………」

 

 その必死な言葉にやっぱり俺の心は持っていかれる。何時しか手は止まってしまった。

 目の前に置かれた細い手を追うように徐々に顔を上げていく。

 あぁ、やっぱりキツイ。彼女の涙を見るのは。

 しかも今回は俺が泣かせてしまったのだから。

 ごめんね。内心で何度も彼女に思いをぶつける。

 

「演習が終わるまではベルファストに秘書艦をお願いするよ。彼女に仕事を手伝って貰って演習に参加出来る時間を作りたいんだ」

「それならば、私を秘書艦のままベルファストさんを手伝いとして派遣すればよろしいかと。

 先も申した通り、シリアスは何時でも戦闘に参加出来るよう準備を済ませています」

「ロイヤルの演習メンバーを見てないけど、きっとベルファストも入ってる。彼女を起点として作戦を考えてるかもしれない。だから、一方的にベルファストを借りるのは不満が出るでしょ?」

「私と彼女を交換するという事でしょうか……」

 書類を濡らさないようにそっと手の周りからずらしていく。

 

「そんなの……そんなの……」

「大丈夫だよ。前の指揮官みたいな事はしないから」

 シリアスを秘書艦から変えなかった理由。それは、俺が彼女をよく知っているからだ。昨晩寝ずに考えた答え。

 結局の所、私情なんだ。彼女をこれ以上傷つけさせたくないという我儘。

 そんな我儘な俺は自分で傷つけた彼女の頭を優しく撫でていく。深く抉られていた傷跡をこれ以上開かないように。

「演習が終わったらまたシリアスに秘書艦をお願いするから」

「……本当でしょうか?」

「うん、約束」

「前の指揮官は、約束を守ってくれませんでした」

 傷口が少し開いたように感じる

「シリアスの誇らしきご主人様は約束を破らないよ」

「……本当でしょうか?」

「信じてよ」

 

 なるべく優しく微笑みかける。

 本当に初めてあった時の同じだ。

 捨て犬のように泣きながら縋るような彼女とそれに微笑みかける俺。

 違うのは、傷つけたのは俺だという事だけ。

「…………」

「…………」

 何時に無く静かな執務室が日の光で照らされている。

 シリアスの事ばかり考えていてはいけない。そう思った。思っていたけど目をそらしていた。それがいけなかった。

 ベルファストもエンタープライズも。他の艦船達も。

 皆頑張っているって知っている。思っているつもりだ。

 それでも、それが伝わらないのは俺が行動に移していないから。ただそれだけ。

 それだけのためにシリアスを傷つけるような事を言われてしまう。

 

 だから、俺が悪い。

 俺は悪くてもいい。

 大切な彼女を傷つけられる所を見ていたくない。

 だったら、俺が傷つけて……。それでお終いにしよう。

 これで少しでも場が落ち着くことを祈るだけ。

 この執務室のように。嵐が過ぎた後のような静けさを望む。

 

「……誇らしきご主人様」

「うん?」

 懸命に、ただただ懸命に考えこんでいたシリアスの言葉は今までに無いぐらい重く感じた。

 目の前に楔のように打ち込まれていた手は俺が思っていたよりもあっけなく離れていく。そのままぶらりと力なく垂れ下がっていった。

 

「このシリアス、ご主人様に見限られたというわけではないのでしょうか?」

「ないよ。それは絶対にない」

「シリアスは、また秘書艦に戻れるのでしょうか?」

「次の紅茶は苦いのがいいな」

「……かしこまりました」

 ゆっくりと俺の前から2歩下がる。何時しか消えていた涙の変わりに見せた歪な笑みで軽い一礼を見せてくれた。

 

「シリアスは初めて貴方様と出遭った時から身も心もご主人様のモノ。

 たとえどれだけ傷つけられようと……傍にさえ居られれば満足する卑しいメイド。

 そのメイドに一時離れ、戦果を見せろと言うのであればお見せしましょう

 誇らしきご主人様の横に立つには誰か相応しいかということを

 それは、私しかいないということを」

「うん、期待してるよ」

「必ず期待に応えます。

 誇らしきご主人様との仲を引き裂こうとするモノ共をこのシリアスが直接黙らせろというだけの事。

 口で分からぬ艦船達に実力で示すという事。

 その任、確かに受け取りました」

 

 少し驚いた。

 口に出してはいなかったが、俺の考えを読まれたらしい。表現がかなり過激だけど……そこは急にこんな話をしたんだ、彼女も動揺していたからだろう。

 以心伝心、か。長く隣で歩んできてくれた彼女が俺の意図を読み解いてくれた事に思わず嬉しくて微笑んでしまう。

 何時に無く張り切った事を言ってくれる。やっぱり戦闘をメインとしたメイド隊だけあって久々の戦闘で血が踊るのだろう。

 彼女の戦闘面での実力はメイドとしての姿を見ていたら本人とは思えないほどの実力の高さを兼ね備えている。艦船達が持つ砲撃もそうだが、身の丈程にある大剣を振り回して戦場を舞う姿は初めて見たときは思わず釘付けになった。

 正直、彼女の戦う姿をまた見たいと思っていた自分もいる。だこらこそ、この提案を受け取ってくれた彼女には感謝しかない。

「ありがとう。シリアスの戦う姿を楽しみにしているよ」

 

 シリアスにはシリアスの得意な事がある。

 ベルファストもエンタープライズも戦闘面を高く評価していた。あの2人が認める程の実力を見せつけたら、きっと周りも納得してくれる。

 俺と共に戦って母艦をここまで大きくし、保ってきた優秀な艦船だと評価してくれる。

 少しでも好印象を与えれればそれでいい。時間を稼げる。

 その後はベルファストにお願いしてメイドとしてのスキルアップをしていけば……。戦闘でも秘書艦としても皆を認めさせればきっと、彼女を傷つけるような事を言う艦船達もいなくなる。

 シリアスが事務仕事を少しでも出来るようになれば俺も楽になるしね。

 そしたら、俺がもっと皆と接する時間を増やせる。

 そうすればきっと、シリアスを傷つけるような事をいう艦船達もいなくなる。

 

「俺も甘えすぎてたよ。シリアスが傍にいればいいと言っていたけど、それだけじゃ駄目なんだ。一緒に頑張って皆を見返そう」

「はい、誇らしきご主人様」

 満面の笑みで互いを見つめ返す。

 出遭った時とは違う。

 捨てられたシリアスと運がよかっただけの俺。

 そんな情けないコンビだった俺達は今となっては色んな経験をして成長したんだ。それを、皆に示したい。

 その上で、皆に分かって欲しい。

 シリアスは優秀な艦船だという事を。

 だから、彼女を罵倒するような事を言わないで欲しいと。

 互いに持つ共通の目的を確認し、2人で同時に頷き返した。出遭った時にはなかった自身に満ち溢れた瞳を見つめ合いながら。

 

 

 

 

 

「この庶民!! 何時まで私を待たせるのよ!!」

 ロイヤル陣営の寮。その奥にある一室は俺の自室の数倍は大きい部屋だ。そこの真ん中には、これまた高級そうな椅子に座りながら開幕怒声を放つ彼女、クイーン・エリザベスは指を指して出迎えてくれた。

 両隣には2人のメイド。現役メイド長のベルファストと前メイド長のニューカッスルが優雅に一礼をしながら出迎えてくれる。

 エリザベスは怒った声を出しているが、わりと何時もの事だ。むしろ嬉しく思ってくれているのだろう。組んだ足の片側は地に着かずにぶらぶらと楽しげに揺れていた。

「ごめんね、少し遅れたかな?」

「いえ、約束の時間通りですよ」

 ニューカッスルは暖かい笑みを浮かべながら答えてくれる。

「貴方様は時間に律儀な方。

 そんな貴方様が約束通りに来れたと言う事は、今日も母港は平穏だという証でしょうね」

 クスクスと笑う彼女を見ていると心が落ち着く。平穏といえば平穏だ。シリアスの悲しみも落ち着いて今は冷静に主の前で佇んでいたから。

 

「して、ご主人様が急に陛下に用事とは何事でしょうか?」

 ベルファストは不思議そうに尋ねつつもシリアスの顔を見つめると検討がいったのか、その顔は先日見た時のようにどこか勝ち誇っていた。

「そうよ、私は庶民と違って忙しいの。朝から急に会いたいなんて……別に、あなたが来たいなら用がなくても来たければ勝手に来ればいいのよ!!」

 それは忙しい人の発言だろうか? 苦笑で返しつつも何も言えない。

 エリザベスと最後に会ったのははロイヤル主催のお茶会の時。せめてイベントの時ぐらいは顔を出さなきゃと思って出ているが、それでも1月程前の話になる。

 最近はロイヤル陣営の話し会いの場にも出れず、書面で確認する事のほうが多いからか会う機会は大分少ない。

 彼女にもまた、寂しい思いをさせた。我儘な彼女が何時でも会いに来いと言うのだから余程の事なのだろう。

 

「エリザベスにお願いがあってきたんだ」

「何よ……。まぁいいわ。今の私は機嫌がいいの。聞いてあげないこともないわ」

「今度の演習なんだけどね」

 視線をシリアスに向ける。何も返される事なく俺の横から一歩前に出るとその場で傅く。

「陛下。次の演習にシリアスをお使い頂くようお願い申し上げます」

「シリアスが? あなたは秘書艦の仕事があるじゃない」

「秘書艦の仕事ばかりさせても窮屈だからさ、たまには他の艦船と交代してもらおうかなって」

 

 俺の言葉に一番に反応したのはベルファスト。その笑みを少し強くして俺を見つめる。隣前にいるエリザベスには見えないのだろう。少し考え込むと

「あらそう。なら、庶民の秘書艦は私でいいわね」

「……はっ?」

 急な決定に情けない声が漏れる。予想もしてなかった。女王様が庶民の秘書になるなんて言うことに。

 

「いいじゃない、私も暇してた所なの。

 これを機にあなたの秘書艦になって、女王の横に立つ男に相応しいように調教してあげるわ。

 喜びなさい庶民。

 このクイーン・エリザベス直々にあなたのことを鍛えてあげる!!」

 嬉しそうに指を指してこの場を置いてきぼりにした暴走女王様は言い放つ。相変わらず忙しかったり暇だったり大変な女王様を持つメイド長は着いて来ていたのだろう。「お言葉ですが」と遮ってくれた。

「陛下はロイヤルの主。

 女王が不在になるというのは許されません」

「何よ!? 

 私が秘書艦になりたいのを邪魔する気なの!!」

「秘書艦になれなくても、ご主人様は何時でも陛下の傍に来て下さいますよ」

 

 チラリと顔を覗かれたのを合図に数回顔を縦に振る。相変わらず味方にすると心強い。

「……うー、確かにやること一杯あるけど……」

「いけません、陛下は陛下としての役割と仕事を全うして下さいませ」

「……もうっ、わかったわよ!!」

 自分でも無理なことは薄々感づいていたのかもしれない。そう思える程に珍しく諦めがよかった。

 でも、我儘なエリザベス女王が秘書艦になってまで俺の傍に居たいなんて……寂しい思いをさせてるな。相変わらず反省する事しか出来ない。

「それで、秘書艦は誰にするのよ」

 

 投げやりなその振りを待っていたと言わんばかりに向けられる視線。その主が微笑みながら俺の腕に抱きついてきた。

「貴方様の秘書艦は私がお受け致しましょう」

 いつの間にか隣りにいたニューカッスルは嬉しそうな微笑みで俺の様子を伺っていた。

「それに、秘書というのは本来主のサポートをするもの。

 そこらの浅いカンレキよりも私のような経験あるモノが席を置いた方がよろしいかと。

 何より、私は古い艦船。

 周りの艦船達とはスペックが違いすぎて戦場では足を引っ張ってしまい情けなく思っていた所。

 貴方様の秘書艦として隣に立ち、貴方様だけのサポートをする方が私も気が楽になります。

 どうか貴方様のその深い心でこの老婆に心休まる居場所を下さいませ」

 

 老婆と自身を語るが見た目はそこら中を探しても中々見つからない美少女だ。長い髪を2つに分けて前髪は瞳に重ならない程度の長さにしたベルファストやシリアスとは違い控えめな色合いのメイド服に身を包んだ彼女は、老婆とは程遠い外見。そう、見だけの話なら。

 艦船達は元となる戦艦がいた。それをメンタルキューブによって復元して今の姿になる……らしい。余り詳しくは解明されてないから何とも言えない。

 少なくとも、彼女が自身を老婆と卑下するのはそれが理由なのだ。自らの元となった戦艦が周りよりも旧型だからスペックが低い。そういう意味合いでは確かに彼女は老婆だ。俺と背丈が変わらない美少女を老婆呼ばわりは抵抗あるけど。

 

「ニューカッスル、か」

 彼女はベルファストの前任のような人。以前のメイド長だ。メイドとしての能力はベルファストと遜色ない。

 彼女との違いはその親しみやすさだろう。

 ベルファストは的確な指示を下して仕切るのに対してニューカッスルは飴と鞭のような優しさを感じる。その魅力でメイド達は彼女の言葉に従っていた。今でこそメイド長としての席から下りてはいるが……確かに、ニューカッスルの方が秘書艦にした時にロイヤル陣営に影響は少ない。現役のメイド長を急に引っ張ってしまうのも気が引ける。

 ただ、俺は彼女が少しだけ苦手だ。

 エンタープライズもそうだけど、彼女も距離感が近い。現に俺の腕に絡みつくように腕を巻きつけて自らの身体を押し当ててくるのに、どう言えばいいかわからず凍ったように固まってしまっている。暖かい彼女の体温を感じる度に俺の体温を奪われているような気がしてならない。

 

「貴方様が求めるならば、私は何でもこなしましょう。

 愛しい愛しい貴方様のために」

 囁く言葉に苦笑いを浮かべる。ベルファストもシリアスも強く反応しないのはエリザベスの手前だからか、それとも恩がある先輩にモノを言えないからなのか。少なくとも俺を助けてくれる人は1人しかいない。そつと視線を向けるとやはり彼女はすぐに応えてくれた。

 

「ニューカッスルさん、ご主人様は過度なスキンシップを嫌がっています。お辞めください」

 黙って見ていたシリアスはやっぱり俺の期待に答えてくれる。

「あら、シリアス。

 スキンシップを嫌がる殿方などいませんよ。

 貴方様は緊張しているだけ。

 大丈夫です。

 私がくんずほぐれつ……徐々に慣れて行くように手解きしましょう。

 1から10まで

 この老婆が何でも教えて差し上げましょう」

 暖かな笑みは少し怖い。初めて見た時は魅力的に映ったが、今となっては蛇に睨まれているような気分になる。

 

「ニューカッスル、あなたは秘書艦にできないわ」

 ため息混じりに現状を見かねたエリザベスがようやくその重い口を開いた。

「第一、私の庶民を汚されたら溜まったものじゃないもの。ベル、あなたが秘書艦として庶民の動向を監視していなさい」

「かしこまりました。陛下」

 ベルと愛称で呼ばれたベルファストは一礼と共に返答する。こうなることをわかっていて見届けていたのだろうか……。

 まぁ、自分が秘書艦になるというのは想定していた気がする。自分で言っていた程なのだから。もっとも、俺も初めからベルファストにお願いする気だったけど。

 ニューカッスルも流石にエリザベスに指摘を受けて反省したのだろう。その一声で俺から離れると

「失礼しました。久々に貴方様に出会えて浮足立ってしまったようです」と謝罪をする。

「気にしてないよ」

 しっかりと反省の色を出すその顔を見ているとこれ以上咎める気にはなれなかった。彼女は優しい人だ。優しいからこそ、我慢をする。久々に会った俺についつい我慢の限界を超えて甘えたのだろう。

 甘えられてばかりの彼女にとって貴重な甘えられる側の人に会えたのだから。

 

「庶民、あなたは私達ロイヤルのモノなんだからね。

 汚されるのはロイヤル艦船でも嫌だけど……。

 それでも、他の陣営に取られるのはもっと嫌。

 だから、あなたの秘書艦は私の忠実なるメイドであるベルを送るわ

 ありがたく思いなさい!!」

「不束か者ですが、よろしくお願いします」

 ベルファストの余裕を感じる表情に納得行かなかったのだろう。シリアスは少し不機嫌そうに此方を見る。少しの間だけでいい。我慢してほしい。そう思って見つめ返す事しかできない。

 思いは届いたかはわからないが、確認する事も出来ないまま「さぁ」というエリザベスの一声で皆の視線が彼女に向いた。

 

「庶民もここに来たという事は暇なんでしょうから、折角だからロイヤル流のお持て成しをしなさい。ベル、ニューカッスル」

 その言葉の意味はすぐにわかる。お茶会を始めるという事。エリザベスの大好きな行事だ。正直、彼女の元に尋ねると最後は何時もこれだ。

 仕事は選別した。今日は何時もの半分程しかしなくていい。明日以降は大変だけど……

 それでも、今日は楽しもう。メイド達が俺が来たことを皆に伝えると同時にお茶会の準備に取り掛かる。

 部屋の主と2人で細やかな会話を楽しみながら久々に見る皆の顔とお持て成しに期待を寄せた。

 

 

 

 

 

 今日はそんなに疲れなかった。

 帰ってから机に座りエリザベス宛の書類を見直す。ベルファストとシリアスの交換は数日後から。それまでの間はシリアスをベルファストに付けて秘書艦としてのイロハを教えるという風に書いておいたが、実際は逆。メイドのイロハを教えに行ってもらう。

 この数日はやることが一杯だ。

 エリザベスのあの顔やニューカッスルのあの態度を見てやっぱり感じた。2人がロイヤル陣営というのもあるが、シリアスを傷つける事はなかった。

 やっぱり、俺が積極的に皆と関わらないと。

 そうすれば、彼女は傷つかずに済む。

 ……頑張ろう。

 ため息と共に事務机にまだ置いてある大量の書類を思い浮かべた。少しだけ処理したけど全ては無理だ。

 ……頑張ろう。

 皆の顔を思い浮かべながらもう一度自分を内心鼓舞した。


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