病みつきKAN-SEN   作:勠b

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「寝坊は感心しないわ、指揮官」

「寝坊は感心しないわ、指揮官」

 何時もより遅れて入った見慣れた部屋に最近見ていなかった顔が1人既にソファーに座りコーヒーを飲みながらの横目視線と合うと彼女、ティルピッツは淡々と俺に言う。

 一回部屋から離れ、仕事部屋である指揮官室を確認する。そうしたい程には珍しい客人が朝早くから来ている事に驚いていた。それ以外にも理由はあるが。

 

「今日は非番じゃなかったっけ?」

 艦船達にも休みが欲しいという要望が多々あった時に戦力も揃ったからと導入した休日制度。シフトのようなもので、決まった形はないが各陣営の長達が頭を悩ませて組み上がったのを確認する程度しか俺は触っていないが、それでも一通りは把握しているつもりだ。手帳に書かれている彼女の名前を見て口にする。

 感心した様に目を少し開けて驚く姿に、細やかな仕草とはいえ彼女が来たときと比べて変わった事を感じた。初めは北の寒さという彼女の艦歴を使った例えをして人との接触を拒む所があったが、今ではそんなことも鳴りを潜めてきており本来持っていたであろう彼女らしい明るさが出てきている。ここに来て良い方向に変わった艦歴として見ていると、頑張っているかいがあると思えて自画自賛のような嬉しさを感じていた。

 

「指揮官、そんな所に立っていないで。仕事をして頂戴」

「えっ? あぁ」

 催促されてようやく自分の世界から戻って来れた。そのまま現実にあるテーブルの山の前に立つ。すると、おかしな変化に気がついた。

「あれ? 仕分けされてる?」

 何時も饅頭達が早くからテーブルに溜まっている様々な書類を置いてくれている。取りに行く手間が省けて助かるのだが、饅頭達には余り複雑な事が出来ないのだろう。テーブルに置くと言われたらそのまま置くことしか出来無い。だから、朝一番の仕事はテーブルに広げられた書類を纏める事から始まる。

 饅頭自体よくわからない技術の結晶の様なマスコットのため深くは要求しない。むしろそれだけでもありがたいと思っている。

 そんなマスコット達はきっと今日も早くからテーブル上に書類を放っていたと思うのだが、それが既に山として出来上がっていたのに驚いた。

「ベルファストか?」

 一番してくれそうな彼女の名前が零れ出る。彼女が秘書艦として務めてもらうのももうすぐ先の事。少し早めにと秘書艦としての仕事に手を伸ばすのはメイドとして人に仕える事に慣れた彼女だったら頷ける。しかし、それは溜息と共に否定された。

 

「私よ。酷かったから整理しておいたの」

 コーヒーを一口含みつつ流れに、その何処か冷たさを感じる冷静な横顔で追い打ちをかける。

「部屋の汚れは心の汚れ。机の上だって汚れていては指揮官の心も汚れてしまうと思って簡単に片付けておいたの」

「そっか、ありがとう」

 手厳しい言葉に苦笑いを浮かべてしまう。

「ビスマルクには黙っといてね」

 人差し指を口元に立てて可愛らしくお願いしてみる。残念そうな瞳と共に再び溜息が返ってきた。

「饅頭達が置いただけでしょう? 姉さんも朝一番は片付けから始めるわ」

「知ってたんだ」

「えぇ、知ってたから姉さんには言わないから安心して」

 そんな一言に安心していると「それと、それ可愛くないから他の子に見せない方がいいと思う」とやはり追い打ちのように苛める彼女に苦笑い。その様子を見て優しく微笑む横顔を見ると、やっぱり嬉しくなった。

 

「いきなり仕事というのは精神的によくないわ。先ずはこれでも飲んで一息ついて」

 そう言うと対面に置かれていたカップを取って俺の前に差し出してくれた。本当はそこに座って顔を合わせて話したがってたのだろうか。悪いことをしてしまった。

「ごめん、ありがとう」

 受け取って軽く謝る。ブラックコーヒーのホットだったのだろうか。生温さを下で感じると彼女がどれだけここで待っていたのかが少し気になってしまう。ジッと観察するように視線を向けていたティルピッツに尋ねることにする。

 

「もしかして、結構待ってた? 急用かな?」

「いえ、そんな大した用はないわ」

 そっと首を横に振る彼女を見て一安心。最近母港を巻き込むようなトラブルこそないが、俺を巻き込んだトラブルが多くて気が滅入っていた所だ。

 天城が力を貸してくれるとはいえ、やはりトラブルというのは避けたいもの。もっとも、原因を辿れば俺の努力不足になるのだろうが。

 

「今日は貴方が鉄血に来ると聞いていたから、私が仕事の手伝いをと思って来たの」

「休みなのに?」

 勤勉な事を言う彼女に驚いてしまう。これでは休みにしている意味がない。

「わるいよ、ゆっくりしてて」

「休みの日に仕事をするのは指揮官も一緒。貴方が休む間もなく仕事をしているのに私が休むわけにはいかないわ」

 そんな心配と優しさを感じる言葉と表情にまたもや苦笑い。

 たしかに、俺も仕事が終わらなくて休みの日にここに来て仕事をする事はよくある。というか、最近そればかりだ。

 シリアスは秘書艦として俺の休日と合わせて貰っているが、そんな日も彼女はずっと一緒に居てくれていた。

 

 誇らしき指揮官様がお仕事をされているのに、シリアスはそれを放って休み事等出来ません

 

 そんな心優しい言葉を言ってくれて感謝しかない。それがソファーに姿勢良く座りながら何もせずに微笑む顔を向けて言うのが少し残念なポイントだが、彼女らしくて俺は好きだ。

「ん? でも……」

 一応俺が休みの日でも仕事をしている事は秘密にしている。ティルピッツのように責任感の強い人達がそれを知って休む事なく仕事をする事を避けるために。特に彼女ならば絶対に休まずに何かしらの事に手を付けるのは目に見えていた。

「私は指揮官の事は何でも知っているつもり。隠し事なんて通用しないわ」

 本当に何でも伝わってしまっているのか、頭の中の疑問を口にする前に見事に応えてくれた彼女。俺の事をよく見てくれているようで少し照れくさい。

 

「それと、明石から聞いたのだけれど、先日から秘書艦がいないと聞いたの」

 明石から聞いたのは何処までだろうか。秘書艦がベルファストになる話も、次の演習でMVPになった艦船が秘書艦になれる権利を得ることも全て天城が明石に言いふらすように指示を出すと言っていた。明石は母港の艦船全体で見ても最も顔が広い艦船だ。陣営に捕らわれず様々な艦船達と交流がある。そんな彼女の協力のおかげがこの話は3日も立たずに全体に周知される事となった。

 それからというと、秘書艦になりたいと言う艦船達がみんな頑張って訓練に励んでいる。いるのだが……

 

「はぁ」

「どうしたの、溜息なんかついて」

 思わず漏れた溜息に心配そうな視線をくれた。

「いや、ちょっとね」

 流石に話すわけにはいかないと誤魔化す。それに対して向けられたそれは怒りを込めたものへと変わった。

 話せるわけがない。あんな事。深く目を閉じて目の前の感情から逃げるも、思い返されたのはやはり、その逃げた感情。最も、その主は他の艦船なのだが。

 

 

 

 

 

 

「MVPで秘書艦ですか?」

 重桜での話し合いの翌日。執務室に行く前にロイヤル寮へ赴き目的の彼女、シリアスへと天城と決めた話をした。

 誰にもバレないようにと案内された物陰で彼女は真剣に俺の話を聞いて答える。

「……誇らしきご主人様の秘書艦として選ばれた身。それが情けや慈悲ではないと示したかったのでそれはかまいませんが」

 苦渋な表情を浮かばせながらも話には乗ってくれたようだ。

「ですが」

 俺の目を真っ直ぐ見ると、彼女は感情を感じ取れない表情をしていた。しかし、そこには確かに怒りを感じ取れた。

 

「なぜ、天城さんとそのような大事を決めたのでしょうか? 

 今はまだ秘書艦はシリアスのはず。

 誇らしきご主人様の命ならばこのシリアス、何時だろうと如何なる場所であろうと命じるままに戦果を勝ち取る所存です。

 ですが、天城さんが決めたとなるとシリアスは心配です。

 指揮官様は心優しく、懐が広いお方。

 だからこそ、そこにつけ込み悪さを考える方もいるかもしれません。

 天城さんが、ではありませんが……。

 シリアスは誇らしきご主人様の仕事を手伝う事こそ出来ませんが、少なくとも目先の敵を警戒し切り伏せる事は出来ます。

 ですので、シリアスのいない所でどうか、どうかこのような大事をもう決めないようにして下さい」

 

 息つく間もなく囃し立てられた言葉達を聞き、軽く頭を下げて謝罪をした。心配性な彼女らしくどうやら俺の勝手な行いを良しとはしていない様だ。

 言いたい事を言い終え、少しむすっとした彼女。しかし、今回はまだこの決め事に余裕を感じ取っていたのだろう。戦闘艦である彼女もまた、母港全体で見てもMVPを取る有力候補なのだから。

 それでも、怒らせてしまった事には変わりはない。俺は再び謝ると「頭を上げて下さい」と打って変わって優しい口調に変わる。

 

「指揮官様、貴方様がメイド風情に頭を下げる事などあってはいけません。

 もしも、もしもシリアスにした仕打ちに少しでも反省する所を感じたのならば、不躾なこの卑しいメイドと1つ約束をして頂けないでしょうか?」

「約束、か。いいよ。出来る事なら」

「あぁ、たかがメイドにも向けて頂けるその優しさは指揮官様の素晴らしい点の1つ。

 ですが、どうかシリアス以外に向けてはなりません。

 卑しいメイドは貴方様のその優しさを1人この身に当てて、悦に浸りたいと思ってしまいます。

 それこそが、指揮官様を楽にさせる方法であり、シリアスを満たす唯一の方法」

「それは……出来ないかな。皆に優しくしないと、またシリアスだけがって言われちゃうし」

「……そうですか、そうですよね」

 目線を地面へと移す。その顔がどうなっているかはわからないが、少なくとも良くは思っていないだろう。心配故に言ってくれた言葉を無下にしたのだから。

 

「いえ、それこそがシリアスの誇らしきご主人様。

 母港の艦船達皆を気にかける配慮、それに気づかずに私欲を願い出たシリアスがどれだけ卑しい存在か改めて気付かされました」

「そんなことないよ、シリアスは何時も俺の事を気にかけてくれる。ありがとう」

 深々と頭を下げる彼女。自分を守ってくれている存在にこんな事をさせる自分が情けなくなる。

 感謝の思いが少しでも届いたのだろうか、顔を上げると嬉しそうに微笑みながらそっと俺の頬へと手を当てた。

 

「あぁ、シリアスは不安です。

 天城さんの願いは通り、シリアスの願いが叶わない事に腹を立ててしまっています。

 このまま、このまま指揮官様はまた私を置いて行ってしまうのでしょうか」

「…………」

 見上げると映ったその不安気な瞳。俺の軽率な判断は何時も彼女を傷つけてしまう。

 寂しげな彼女の顔を見る度に自分が情けなく思ってしょうがない。

「大丈夫、俺は大丈夫だから」

 何度も同じ言葉を繰り返す。それだけでも変わると信じて。

 伝わったのだろうか、繰り返している内に彼女の顔から笑みが戻るとそっと口を開いた。

 

「では、シリアスとの約束は指揮官様が何をされたか、何を誰と話したかをシリアスに教えて頂くというのはどうしょうか? 

 毎朝シリアスの方から指揮官様の部屋へと伺いますので、前の日に何かあったかをシリアスに話して下さい」

「朝? 夜じゃなくていいの?」

「はい、指揮官様は仕事が多いですから夜はゆっくり休んでください。シリアスは朝、その日の用意をしながらでも構いませんので」

「そっか」

 考えてみる。何でも話すというのは抵抗を感じる様な気がしたが、思い返せば何時もシリアスに相談をしてばかりだ。別に今更気にする程でもないだろう。

「わかった、それぐらいなら大丈夫だよ」

「あぁ、ありがとうございます誇らしきご主人様。

 このシリアス、毎朝指揮官様の顔を見れると思うとそれだけで胸が満たされてしまいます」

 その大きな胸を強調するように腕で当てて喜ぶ姿に視線を反らす。大鳳にしろシリアスにしろ、無意識でそうやって挑発的な態度を取られるのは質が悪い。

「では、シリアスは本日もベルファストさんに給仕に関して学んでいきますので」

「うん、頑張って」

 また深々と礼をして去っていく彼女の背を見えなくなるまで手を振って送っていった。

 

 

 

 

 

 その約束からそんなに日は経っていないが、それでもその弊害は少し出てきている。毎朝自室に来た彼女を向かい入れるとベッドに腰掛けてどんな話でも真剣に耳を傾ける彼女。

 それ事態は別にいいのだが、ベッドの上で時折見せる妖艶な仕草が少し辛い。普段はあまり気にしていないが、メイド服なのに無駄に露出の多い服から嫌でも視界に入る、出る所がはっきりと出ている美人な彼女が愛用しているベッドの上で腰掛けて談笑しているという異質な光景に慣れないし、着替えをする時も「どうかシリアスの事は気になさらずに続けて下さい」と言い部屋から出ようとしない。流石に彼女の前で服を脱ぐ勇気はなく、俺は寂しくトイレで済まそうとしたが。もっとも、メイドである彼女が主人にそんな事させるわけにはいかず、結局着替えの間は外で待ってもらっている。

 それでも、自分の精神衛生上余り良くない状況にはなっている。

 

 ……あぁ、こんなの誰かに相談して広がったら余計に面倒な事になる。特にティルピッツやビスマルクなんかには。

 ビスマルクは特に自分が鉄血を率いているという強い責任感からだろう、自分の陣営はもちろん、他の陣営も俺の事も何か目についたらしっかりと注意をしてくれる皆の姉のような存在だ。そんな彼女に朝からシリアスが無意識に誘惑されて困ってるなんて知られたら……。

「大丈夫だよ、気にしないで」

「……そう。貴方がそう言うのならこれ以上言わないわ」

 念を押した言葉に引き下がるティルピッツ。その顔は納得とは程遠いものだが。それでも、一度言った以上何も言わないというのは彼女の真面目な性格からして信頼できる。

 

「とにかく、秘書艦がいないと聞いたから私が休みの今日ぐらいは指揮官の手伝いをと思ったのだけれど」

「……うーん」

 本当は断るべきなのだろう。彼女は今日は休みなのだから。ゆっくり休んで貰いたい。

 しかし、送られている真剣な眼差しをチラリと見る。視線が合っても眉1つ動かさない彼女の意志を変えるのは至難の業だ。意思が固く、そして強い。鉄血はそう言う艦船達が多い。彼女や姉なんかはまさにそうだ。

「わかった、お願いするよ」

 だったらいっそ手伝ってもらおう。それで気が済むというのならそれがいい。そう思う。

 少なくとも、嬉しそうに少しだけ口角を上げた彼女の顔を見るとこれが間違っているとは思わない。ティルピッツなら大鳳の時のような事は起きないだろうと思うから。

 

「私は何をやればいい? 指示をくれ指揮官。

 貴方の指示に私は全て従う。

 さぁ、何でも命じてくれ」

「そうだね、じゃあ……」

 お互いに飲み終えたカップをテーブルに置き綺麗に積まれた山を捲っていく。自分でも出来そうなものとそうでないものに分けられているようだ。やっぱり、何を言っても手伝いを辞める気はなかった様子。

 まともに休めていない俺を気遣ってくれる彼女の優しさが身に沁みる。

 あれ? そういえば、何でティルピッツは知っているんだろうか。皆に知られないように気をつけていたはずなのに。

 …………

 まぁ、俺の詰めが甘くて誰かに仕事をしているところを見られたのだろう。いけないな。気をつけよう。皆優しいから、心配をかけさせちゃう。

 仕分けされてる山の1つを彼女に渡しながら、改めて自分の気を引き締めた。

 

 

 

 

 

「指揮官様紅茶を……」

 扉を開け深々と礼をしかけたところで、彼女、ベルファストはティルピッツの顔を見てその動きを止めた。

 ティルピッツの手助けもあり予定よりも早く仕事が終わりそうで内心喜んでいた矢先に来た彼女の顔は今まさにトラブルが起きると物語るようないい笑顔だ。

 

「来客がいらしたとは。失礼しました。秘書艦としてきちんと把握をしなければいけなかったのに。このベルファスト、反省いたします」

 自分を秘書艦と強く強調して深く一礼を再開すると手にしたトレーから取り出した紅茶を俺のテーブルへとそっと置く。

「シリアスが淹れたモノです。以前とは違い格段に良くなりましたので報告と共に感想をと思いまして」

 同じメイド隊の成長が嬉しいのだろう。その表情に隠しきれていない。彼女のお墨付きならばと疑う事なく口に入れる。幾ら飲んでも飲み慣れなかった苦さや甘さが感じられない良くも悪くも普通の紅茶がそこにはあった。

 

「美味しいね、ありがとう」

 一口含んでテーブルに戻す。

 シリアスも苦手な事を懸命に取り組んで成長している。そう感じられる印象的な一杯だ。

「今は掃除を懸命に努めています。その一言がより彼女の励みになると思いますから、後でそのように伝えておきます」

 ベルファストも大変だったろうに。それでも、部下の成長が喜ばしいのか俺の感想を聞きよりその笑みを強くした。

 だが、そんな団らんとした雰囲気はすぐに壊れる。

 

「それで、ティルピッツ様は何の御用でしょうか?」

 半分以上は減った書類の山ばかり見て彼女の事に興味すら持たないティルピッツも流石に名を呼ばれてしまうとそのペンを止めざるをえない。

「指揮官の手伝いをやっていただけ」

「そうですか、それはありがとう御座います。

 では、ここからは私が変わりますのでティルピッツさんはどうか持ち場に戻ってください」

「いえ、今日は休みだから大丈夫よ。私が好きでやっているの」

「そうですか、ではゆっくりと休息を取ってください。

 働き詰めてしまってはお体が持ちません」

「そうね、壊れてしまう。

 大事な家族が休みもなく働いていると聞いたから手伝いに来たのよ」

 挑発的な言葉と共にベルファストを軽く睨む。戦場で見る時のような冷たい視線の迫力は、向けられていない俺の背中をも充分に冷やしてくれた。

 

「指揮官、ロイヤルメイドは優秀かもしれないけど、それは家事全般だけ。

 次の秘書艦は任せて。

 必ず鉄血の艦船をその席に入れてみせるわ」

 更に煽るような事を平然と口にするティルピッツは優しく俺に視線を変えた。ロイヤルの事を馬鹿にする。そんな事、彼女の前では禁句に決まってるだろうに。

 

「あら、鉄血は仲間意識が高いと聞いてましたが、陣営が違うというだけで母港の艦船達と手を取り合えない集団でしたか。

 あなたがそれでは、その姉も底が知れているのでしょうね」

 逆鱗に触れた一言に返すのは同じく逆鱗を踏み潰すような言葉。流石のティルピッツもこの言葉に細い目をさらに細めた。ベルファストはその笑みをより強くして続ける。

 

「それに、その家族が休みもなく働いているからといって指揮官様の仕事を手伝う道理はあるのでしょうか?」

「あるわ。

 指揮官は私達鉄血の大事な家族。

 そんな人が苦しんでいるというのなら、家族として私達は手を差し伸べ身を乗り出す。

 例えどんな荒波だろうと家族を救うためなら飛び込むのが鉄血の絆よ」

「そうですか。それは素晴らしい絆ですね。

 ですが、指揮官様を家族というのは違うと思いますが。

 指揮官様はあくまでも皆の指揮官。

 鉄血だけを贔屓する事なく平等に接して下さるお方です。

 その優しさに触れて自分達だけが特別だと誤認されるのはいいのですが、余り外では言わないほうがいいかと」

「周りにどう思われようと関係ない。

 指揮官は私達の家族であり、私達鉄血は指揮官の家族であり道具。

 ロイヤルメイドのように捨て身で働く人を放って置くようなモノは存在しない」

「…………」

 ベルファストは笑顔こそ崩さないが、近くで見ると唇を軽く噛んでいたのがわかった。

 ロイヤルの、といよりもシリアスの事を悪く言われているのだろう。ベルファストは自分の仲間を否定されている事に頭にきているようだ。

 

「……そのように見えてしまうような仕事振りで見られている様で申し訳ございません」

 そっと頭を下げてベルファストは謝罪をする。自分の部下の不出来さを。

 こういうことがすんなりと出来るから彼女はメイド長として慕われているのだろう。自分の部下のために、事が大きくなればロイヤルという名に傷がつく事を避けるために無関係な彼女が平気で頭を下げるのだなら。そんな姿を見せられると情けなくなる。

「悪いのは俺だよティルピッツ。俺がきちんとシリアスに教えられなかったから」

 合わせて頭を下げる。本当は俺が一番に頭を下げるべきだったのに。彼女に嫌な思いをさせてしまった。

 

「いえ、指揮官は悪くない。

 メイドといって自分達の役割を押し付ける彼女達が悪いのだから」

「そんな事ないよ。シリアスもベルファストも、他のメイド隊達だって頑張ってるんだから」

 精一杯のフォローを入れるも効かないのだろう。とても耳に届いている様には感じられない。

「指揮官、大丈夫よ。

 演習が終わればあなたの家族が傍でサポートするようになる。

 邪魔なモノを全部壊してでも、私達があなたを守るから」

 不吉な事を優しく言う彼女。邪魔なモノと言われ恐る恐るベルファストを見る。顔を上げた彼女のそれは、先程の笑みとは違い真剣なものに変わっていた。

 

「ティルピッツ様、そのような物騒な発言は感心致しません。

 この母校では陣営等関係なく皆仲間と言い指揮官様は常日頃務めていらっしゃいます。

 鉄血の方々は指揮官様の働きを存じ上げてないようですが……

 ここでは、陣営に囚われて他の陣営を叩くような事は控えるべきかと。

 そのような思想があるからこそ、あなた方のデータで作られた開発艦は物騒な物言いをして怖がられているのでしょうか」

 今度はベルファストが囃し立てる。初めはイラッとしていたティルピッツも開発艦、ローンの事を口に出されると明らかに目を逸らして逃げるように視線を何処かへやった。

「そうだよ、ティルピッツ。皆同じ仲間なんだから、演習だって訓練なんだから……」

「わかっているわ。

 そもそも実弾を使えないんだから、本当に壊せるなんて思っていない。

 物の例えが悪かったようね」

 ティルピッツも負けを認めたのだろう。頭こそ下げないが、被っていた帽子で目元を隠しながら「悪かったわ」と小さな声で謝罪した。さぁ、後は

 

「ベルファスト、今日はティルピッツが好きで手伝ってくれてるんだ。彼女の好意を無下にしたくないから、今日の所は2人で仕事するよ」

「……よろしいのでしょうか?」

「同じ仲間なんだ。誰か手伝ってくれても俺は嬉しいよ」

 彼女は不審がる様子で未だにティルピッツを見ていた。それでも、俺の冗談めいた口調で話すと少しづつ飲み込めていったのだろう。最終的には大きく息を履くと

「かしこまりました。では、ティルピッツ様の分の紅茶も至急お持ち致します」

「うん、お願い」

 ティルピッツに向けて一礼、扉前に俺に一礼をして彼女は退室する。

 そこまで大きな争いにこそならなかったが、それでも目の前で悔しそうにする彼女を取り残した状況に悩んでしまう。

 

「まぁ、その」

 懸命に言葉を探す。言いたい事は決まっている。問題は伝え方だ。傷ついている彼女をより傷つけないように伝える方法。

 針の音がやけに大きく聞こえる。数回鳴り響いた辺りで、とりあえず口を開くことにした。

「ありがとう、心配してくれて」

 彼女の視線が上がる。珍しい呆けた顔。姉も彼女のこんな事を見たのは少ないだろうな。そう思うと不思議と頬が緩んでしまう。

「嬉しいよ、まだ家族って呼んでくれてて」

「……家族の絆は永遠よ、指揮官。

 何があっても変わることも壊れることもない」

「そっか」

 先程と、何時もとも違うか細い声。

 そんな傷ついた彼女はゆっくりと近づくとその綺麗な細長い指で俺の片頬を優しく撫でる。グローブ越しにほんのりと伝わる冷たい体温が絆に飢えていたかつての彼女の手だと実感させられた。

 

「私が来る前からあなたは私達の家族だった。

 初めは受け入れられなかったけど、その優しさに触れて私の中の氷が溶けていくのを感じた。

 人と触れ合う楽しさ、喜び。

 忘れていた歓喜の心をあなたが取り戻させてくれた。

 ありがとう、指揮官」

 頬に当てられた手の先。その指の爪が首筋で立つ。グローブ越したから幸い痛くはないが、それでも不快感はある。最も、弱った彼女の前でそんな事を言って突き放すような勇気はない。

 

「指揮官、私は。

 いえ、私達はお礼をしたいの。

 離れ離れになった家族達を再び合わせてくれたお礼。

 新しい家族を迎えいれてくれたお礼。

 だから、私達はあなたに従う。

 この恩を返すために。

 そして、それがあなたに証明できる私の価値だから。

 その言葉一つで私は何でもやってみせる。

 邪魔な敵がいたら誰だろうと何だろうと排除する。

 傷ついたのならばその小さな背を包んで守ってあげる。

 私達、いえ、私はあなただけの道具としてずっと傍にいるわ。

 指揮官、あなたの傍を離れない。

 もう、あんな思いはしたくないから」

 縋るような感情が最後には漏れていた。心なしかその瞳も潤んでいるようにも感じる。彼女にも過去はある。重い、重い過去。

 俺も彼女も過去縛られているのだろう。深い傷を、治りようのない傷を負っているのだろう。

 それでも、ここで楽しく過ごせている。

 笑いながら、喜びを共感しながら。

 それができているのだ。

 

 彼女の手に触れながら、感謝の言葉を伝えた。道具としてではない、ティルピッツという人に向けて。

 その時の笑顔を見ると、本当に指揮官としてここに居る事に喜びを感じた。

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