大好きな艦船の1人なのでこの日に投稿できて嬉しいです
「ねぇ指揮官、私を抱きしめて」
鉄血寮に入ると早々に過激な歓迎の言葉と共に出迎えてくれた彼女、アドミラル・グラーフ・シュペーは小さな存在感を大きく出すように両手を開き今か今かと待ちわびた視線で俺を見上げて言った。
「はいはい」
人肌恋しいのか、顔を合わせたびに聞く願いに対してもはや特別何かを言う事はない。ただ優しくそっと彼女の背中に手を回す。
「……あたたかい」
くすぐったい吐息が肩にあたる。嬉しそうな横顔を長々と見ていると邪な気持ちが現れそうになるため極力見ないように努める。
「私の汚れた手じゃ抱きしめられないけど、こんな私の事もあなたは抱きしめてくれる。だから、もっと……」
目を細めてそう縋る彼女。自分で言う通りその手はぶらりと宙を舞っていた。
「大丈夫、綺麗な手だよ」
「あなたを汚したくないから、そんな事言っても私からは抱きしめないよ。変わりに、もっと抱きしめて」
言われるが求められるがままにそのまま抱き寄せる。この際背後から聞こえたため息は無視して。
シュペーは自分の腕を気にしている。
傍から見れば年相応の小さくて可愛らしい綺麗な腕。それでも、その腕は血と硝煙にまみれた汚れた腕と、何かを壊すための腕だと自分を卑下する。
そんな自分を象徴するように、戦場で立つ彼女の腕は禍々しい船装に包まれている。綺麗な腕等何処にもないと言わんばかりに。
自分を兵器だと語り、戦う事に意義を見出す彼女。見た目だけではとてもそんな重い思想を持っているなんてわからない。その小さな身では潰れてしまいそうな思いを持つ彼女。
母港に来てから時間が経ち少しずつだが戦場以外での繋がりや自分の楽しみを見出してきてはいるが、やはり何処か心配だ。
いつか壊れてしまいそうで。
そう思ってしまうと、ついつい彼女を甘やかしてしまう。
「あなたの暖かさが好き。
あなたの腕の中が私の居場所。
指揮官もっと、もっと……
もっと強く抱きしめて。
壊れるぐらいに強く。
あなたの腕の中にいると、私にはっきりと伝えて」
壊す気はないが、それでももう少しだけ強く抱きしめる。「むぅ」と不満の息が聞こえたが、これ以上くっつかれるのは精神的に少し辛い。口にこそ出せないが。
「相変わらず仲が良いわね」
後ろから今度はクスクスとした笑い声と共にティルピッツは優しく言う。
「うん、久々に会えたから嬉しい」
「そうね、指揮官ももっと来てほしいわ」
「……頑張ります」
前後に挟まれた視線から苦笑いで返す。
寂しい思いをさせていると感じさせるのは、何処に行ってもだな。
そんな風に自傷のような気持ちを抱いて直ぐの事、その優しい声が聞こえるまで全く気づかなかったが、彼女はシュペーごと俺を横から優しく抱き寄せてきた。
「ふふふっ、私も2人とハグしたいです〜」
そんな間延びした声と共にその豊満な胸に思いっきり俺達を力強く押し当てながら、彼女ローンは口元を緩ませながら言った。
「ロ、ローン!!」
柔らかい感触に気を取られたが、流石に不味いと思いシュペーから手を離して彼女から逃げようと腕を取る。
「むぅ、ローン邪魔しないでよ」
包容を邪魔されたからか、シュペーはシュペーで不機嫌そうに呟く。
「あらあら、いいじゃないですか。3人仲良く抱き合いっ子しましょ〜」
「はいぎゅ〜」という言葉と共によりその力は増していく。頭に当たる柔らかい感触は、ついに全体を包むぐらいに密着された。
「ローンも甘えん坊」
「ふふふっ、そうですよ。私も甘えん坊だから、仲良くハグしましょ〜」
「うん、わかった」
何をわかったかはわからないが、少なくとも現状に妥協したのだろう。ローンに向けていた視線を俺に変えると、再び求めるような視線と共に「もう少しだけ」と呟くシュペー。
「いや、流石に離して!!」
柔らかい感触から逃げるようにさっきから全力で引き離そうとするがピクリともしない。俺が弱いだけなのかそれとも……。
いや、考えるのは辞めておこう。
こういう時、助けになるのは再び聞こえたため息の主なのだろう。視線を向けると呆れた顔をしていた。
「ローン、指揮官も困ってるわ」
「えー、いいじゃないですか。ティルピッツさんも入りましょうよ」
「……私は」
顔をわざとらしく反らすが、視線はチラリと俺を見る。
「そうだな、少しだけ」
「ティルピッツ!!」
彼女にしては珍しい悪戯な笑みとともに、ローンと2人で挟み込むように抱きつく彼女。
真っ白な軍服を着た堅苦しい容姿だが、確かにそこには柔らかい物があった。
「指揮官、あなたが悪いのよ。
皆あなたに会いたがっているのに中々来てくれないから寂しがってる。
私もね。
偶にしか来ないのなら、その偶にで家族らしい思い出を私達に頂戴。
そうしないと、暖かさが消えてしまう」
切実な望みを語らうように呟く様に、皆黙ってしまう。
俺もまた、黙ってしまう。
「私、指揮官ともっと一緒にいたい」
「私も折角着任したんですから、指揮官と一緒にいたいですね」
シュペーとローンも同意すると、心なしかローンに絡まれた腕がより強くなった気がする。
「もっともっと、会ってくれないと私、寂しくて嫉妬で狂ってしまいそうだから___」
「何やってんのよあんた達」
そんな呟きを邪魔する声に呆れた声の主は、抱きつき合う(というか挟まれている)彼女を見ると血相を変える。
「ちょっと!! シュペーになにしてるのよ!!」
指を指して怒るやいなや彼女、ドイッチュラントは俺同様にサンドされていたシュペーを引っ張り出して救助する。
「ドイッチュラントさんも一緒にどうですか〜」
「いやよ!!」
「でも、指揮官もいるんですから」
「何でこんな下等生物に抱きつかなきゃいけないのよ!!」
怒りっぽい彼女らしく、ローンからの提案を尽く強く拒否をしていく。
俺は俺で意識がそれている間にこっそりと離れる事に成功した。
「指揮官、もう少し暖かさを感じたかったのだけど」
「……今度ね」
名残惜しそうに言うティルピッツには申し訳ないが断らさせてもらう。流石に疲れた。
「シュペー、大丈夫? 怪我はない?」
「姉ちゃん大丈夫だから。心配しすぎ」
姉と呼ばれたドイッチュラントは俺達に向けるそれとは違い、優しい瞳でシュペーを見回す。彼女は彼女でそんな過保護な姉にため息を吐きつつも何処か嬉しそうだった。
妹の無事もわかると、その優しさは何処へやら。俺達に厳しい視線を突きつける。
「何やってたのよこの下等生物!!」
どうやら俺にだけらしい。聞き慣れた下等生物呼びにはもう注意はしない。したところで買うのは反感だから。
「久々に来たからってハグをしてました」
「シュペーが抱きしめてほしいって言ってたのに、何でローンやティルピッツとも抱きつくのよ!!」
「いや、俺か抱きついてたわけじゃ……」
「言い訳無用!!」
「ご、ごめん」
問い詰めと共にだんだんと距離を近づけるドイッチュラント。ついにその差が無くなると大切な妹を蔑ろにしたと言わんばかりに怒った顔と歯ぎしりが聞こえてくる。
「ドイッチュラント、指揮官を怒らないでやってくれ。私達が悪いんだ」
「そうですよ、指揮官は悪くないです」
流石に可愛そうに見えてきたのか、ローンとティルピッツは部屋の隅にあった四人賭けのチーブルに腰掛けつつフォローを入れてくれた。最も彼女からしたらそれすらも気に食わないのだろうが。
「そうやって甘やかすから下僕が調子に乗るのよ」
とは言いつつも、流石にシュペーと共に挟まれていた俺に否はないとわかってはくれていたのだろう。シュペーの手を取り、2人で仲良く隣合わせにテーブルに腰掛けた。
残念な事にテーブルの席が埋まったため俺は適当に傍で立っていることにした。普段が殆ど座りっぱなしで仕事をしていただけに立ちっぱなしで過ごすというのが久しく感じる。
「それで、なんであんたがここにいるのよ。ビスマルクとの話し合いにはまだ時間があるでしょ」
「それ私も気になった。おかげでいっぱい過ごせるけど」
「早く来るなら早く来るで連絡しなさいよ。シュペーは非番なのに朝からここで待ってたんだから」
「ドイッチュラントも事あるごとに様子を見に来てたよ」
「うるさい」
仲良し姉妹の楽しそうな談笑をほほ笑みつつ見てしまう。言われたくないことを言ったシュペーの頭を軽く叩きつつ、ドイッチュラントは顔を軽く赤く染めた。
「まぁ、働きっぱなしの下僕を労るのも主の仕事だし、何よりも下等生物のくせに私達を放ってる事に文句を言いに来たのよ!!」
「ごめんごめん」
なんやかんや言いつつも、俺か来る事を喜んでいたのだろう。珍しく声を荒げで動揺するドイッチュラントの方ばかりを見る。
パンパンと自らの膝を叩いてジッと見てくるティルピッツとそれを楽しげに微笑んで見ているローンの事なんて見ない。
「たまたま私も非番だったから、指揮官の仕事を手伝ったのよ。そしたら、思ったより早く終わったから家族に会いに来てもらった」
俺の代わりに答えてくれたティルピッツ。頼むからジッと見つめ続けるのは辞めてほしい。
「へー、私達は忙しいのにあんたは暇で構ってほしいんだ」
「あっ、私もビスマルク様に呼ばれてるからそれまでお相手しますよ〜」
「…………」
どうやら仕事があるのはドイッチュラントだけらしい。悔しそうに俺の顔を見て来るのに気まずくなり反らしてしまう。
反らした先に手が伸びていた事につい知らず。
「わっ!?」
痺れを切らしたティルピッツはついには俺の腕を掴んで強引に自らの膝の上へと引っ張っていく。ただ、体制を崩した俺の足は地面に転がり頭だけが彼女の膝に案内されたのだが。
「ティルピッツ!!」
「指揮官、私ばかり構ってくれないのは寂しいわ。
仕事を手伝ったのだがら、少しぐらい見返りを頂戴。
少しだけ、もう少しだけ私の冷たい心に暖かさを頂戴」
そんな事を言いつつ俺の頭にそっと、以前の彼女を表すようなヒンヤリとした心地よい手がそっと優しく撫でられていく。
「……恥ずかしいんだけど」
「あら、次は私もしたいです」
「指揮官、私はしてほしい」
「下僕、特別に私を撫でることを許可するわ」
俺の気持ち等関係ないと言わんばかりに仲良く揃って上から言い合う皆。
どんな顔をしているのだろうか。下からではテーブルが邪魔で見えないけど。少なくとも、下から眺めるティルピッツの微笑みを見る限りでは仲良くやっているのだろう。
重桜の時は揃いも揃って一触即発な雰囲気だったが、ここは違う。皆仲良く居心地良い。暖かさを感じる。
余り見れてはいないが、それでも仲睦まじくやれてると感じると思わず俺の頬が緩んでいった。
時間というのは止まらない。
少なくとも、あの暖かな雰囲気を感じた建物に居るとは思えない程の張り詰めた空気が肌に触れる。
目の前の彼女が怒っているのは俺が遅れてしまったからか、それとも非番であるはずの妹を連れてきてしまったからか。
何れにせよ言えることは1つ。
久々にあった彼女はやはり、ここの指導者として凛とした振る舞いと共に弛んだ俺に厳しい一言を言い放った。
それはいい。それは俺が悪いから。
その後の遅れた訳を聞き、何を思ったのか自らの膝をポンポンと軽く叩く彼女に俺は、何を言うのが正解なのだろうか。