好きな人を幸せにする能力【一話完結】   作:月兎耳のべる

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おまたせしました。完結編です。

……違うんです話を聞いてください。
頑張って書いたら前編後編にもつれこんだんです。信じてください。
もう結末は書き終わってますので。(震え声)


Re:好きな人を幸せにする能力(前編)

 『好きな人を幸せにする能力』か。

 自分で言っておきながらなんて素敵で、そしてなんて残酷な能力なのだろう。

 

 命を賭けて誰かを幸せにすることは出来るのに。

 命を賭けた事は、誰にも伝えることは決して出来ないのだから。

 

 だけど、それを為そうとした○○の意志を無駄にしないために。

 そして自ら言い出したこの能力を本物にするために。 

 私はあの日を境に、色々な事を新たに覚えるようになった。

 

 辻褄があうような書類の偽造方法を覚えた。

 不自然にならない、行き先を誤魔化すスキルを覚えた。

 本心を隠して周りと合わせて会話をする手法を覚えた。

 狙った時に狙った態度を見せるような演技を覚えた。

 自分の心を押し隠し、偽りの心を見せる嘘のつき方を覚えた。

 

 以前の自分であれば行うことに抵抗のあったそれらの技術を、私はスポンジのように習得していった。

 目標を達成するためにはそれらの技術を駆使していかないといけなかったから。

 ……私の心が自分で思っていたよりも弱いから、そうせざるを得なかったとも言うが。

 

 だけどそんな騙しの技術を持ってしても、計画は徐々に綻びを見せてしまう。

 いくら細心の注意を払っても、いくら最大限の警戒を以ってしても。

 私と周りの認識のズレは容赦なく私の心を苛むのだ。

 

『○○さんが!? う、うーん……別地方に転属ですか。急ですね、でも○○さんならまあなんとかやってのけそう……』

 

『そっかそっか、何かと思ったら○○は転属か……あいつの腕なら地方でも頑張れそうだな、寂しいが』

 

『なぁ……○○さんが居なくなった理由知ってる?』

『あぁ、なんでも○○副長はディオルド隊長に振られた後ミスト隊長を振って、居づらくなったから挨拶もせずに逃げ出したとか……』

『繊細過ぎる……けどありえそうで笑える』

 

 最初はすぐにバレてしまうのではと怯える日々だった。

 だけど幸いな事に真実は勝手に立ち昇った噂が隠してくれた。

 それは目標を達成するという観点では助かるものではあったが……その一方で私はその事実を認識するたびに、心に痛みを覚えた。

 

 ――どうして誰も、もっと疑わないのか。誰ももっと惜しまないのか。

 

 皆の中での○○の比重がこんなにも軽いものだった事が何よりもショックで。

 あいつの死が軽んじられるような風評が流れることが、何よりも悔しかった。

 

 それでも私は○○の決意を無かったことに出来ず、毎日嘘を貫き通した。

 目標を達成するためには――ひいては、○○がこの場に居ない事が自然であるように振る舞うなら、何でもやった。

 何でも無い話に積極的に興じたし、どうでも良い用事に付き合う事にした。時には○○の離別を気にしていない事をアピールするために、共に○○を嘲った。そして私自身も○○は今遠くに居るのだと思い込もうとし続けた。

 

 しかしながら、ついた嘘の数だけ私の心は着実に疲弊していく。

 そんな疲弊すらも誤魔化して毎日を過ごしていった私だが……しばらくして異変を覚え始めた。

 

 それは、世界と私がズレているような感覚を覚え始めていった事。

 

 他の人と同じ行動をしているのに、私だけ別の事をしているような。

 他の人と同じ場所にいる筈なのに、私だけ一人になっているような。

 他の人と同じ構造をしている筈なのに、私以外が人間ではない別の何かのような。

 

 そんな感覚のズレは日増しに大きくなっていく。

 夜を超える度に少しずつ。朝を迎える度に少しずつ。

 世界から徐々に色が褪せていくように、世界から音の種類が一つずつ消えていくように。私の世界は壊れていった。

 

 世界を侵食していくズレが私の心に影響を及ぼすのは、そう遠くない話であった。

 疲弊を誤魔化す事は出来ても、心は何かを求め続け。やがて私は自然と世界に疑問を抱くようになった。

 

 

『よし、今日は飲もう! 飲んで食って騒ごう! 今まで会話出来なかった分全部会話させてくれよなミスト!』

 

 ――どうして、この人は○○が死んだ事も知らずに笑っていられるのだろう?

 

『うぅ、ミストちゃんが眩しい、可愛い……っ、ミストちゃん好き! ずっとずっと一緒にいようねミストちゃん!』

 

 ――どうして、この人は○○が死んだ事も知らずに楽しんでいられるのだろう?

 

 

『わ、分からないです……正直、こんなに好かれるなんて、初めての事で……』

 

 ――どうして、この人は○○が死んだ事も知らずに幸せそうにいられるのだろう?

 

 

 そのどれも簡単に答えを出せるのに。

 答えを導き出す度に私の心は誤作動を起こすから、一向に解くことができない。

 

 

 

『ご、ごめんなさい……っ、ミストちゃん急に話しかけて、ごめんなさいっ!』

『でも……でも! 大切な手紙だったんじゃ……?』

 

 どうして、この人は○○から貰った手紙を無くすような事をするのだろうか。

 ○○の大切な軌跡を辿る事すら、お前たちは許さないと言うのか。

 

『……あ~今、この場に○○がいればなぁ……』

『クリスト、大丈夫だぞ~~~っ!! あたしは今はクリストの事が一番大好きだからな! ラブだからな! 愛してるぞぅっ!』

 

 どうして、この人は○○に救われたと言うのに、のうのうと愛を語れるのか。

 ○○に救われていなかったら、この場でクリストに抱きつくことも出来ないのに。

 

『そんな中唐突に私達に言い寄られて混乱してるかもしれないし……仕方ないよ』

『そ、そうさミスト。仕方ないって! それに、あたしとしては別に焦ってないぞ? 第一、クリストが指揮してくれれば時間もかからないさ。きっと戦争なんてすぐに終わる、だから――』

 

 どうして、この人は○○が命を無くしたのにそんな悠長な事を言ってのけるのか。

 ○○はこんな覚悟もない恋を見届けたいがために、命を捨てたというのだろうか。

 

『何にせよ、疑い深い人事なのは間違いなかったけど、俺としちゃぁミストルティン隊長を振って、ディオルド隊長に振られたダブルパンチで逃げ出したって説を強く推しますがね!』

 

 どうして、この人は○○を慕っていたというのに、そんな惰弱な考えに結びつくのだろうか。

 ○○はお茶らけているように見えるが礼儀と礼節を忘れない、人徳のある存在だったというのに。

 

『ど、うして……』

『……うん。ありがとう。満足しました。そしてごめんなさいミストちゃん、勝手に部屋に入って……』

 

 どうして、この人は○○の願いを邪魔しようとするのだろうか。

 親友と謳いながらも私に直接疑問を呈する事も出来ないから、勝手に部屋に忍び込んだのか。

 無自覚のナイフで私を苦しめ続けたのに、これ以上私を傷つけたいというのか。

 

『どうして、どうして○○さんが死んだ事を、みんなに言わないの……! なんでそんな悲しい嘘をつくの!?』

 

 どうして、この人はそんな分かりきった事を聞くのだろうか。

 お前達が○○の死を理解しても、○○の意志を理解することが出来ないからだ。

 

『そう、じゃ、ないと……だって、○○さんが報われ、ない……ッ』

 

 他ならぬお前が○○を語るのか。お前は○○のなんだと言うのだ。

 ただの部外者風情が○○を語るな。○○を悲しむな。○○を憐れむな。○○を想うな。慈しむな。労うな。誇るな。笑うな。投影するな。慮るな。嘲るな。軽んじるな。軽蔑するな。蔑ろにするな。憎むな。恨むな。からかうな。疎んじるな。煙たがるな。嫌うな。反感を持つな。愛想をつかすな。同情するな。怒るな。否定するな。思い出にするな。過去にするな。

 

 ありとあらゆる負の感情を、そしてありとあらゆる正の感情すらも○○に向けるんじゃない。

 

 ○○の意志は、私だけが知っていればいい。

 お前たちはただ○○から与えられた幸せの中でのうのうと暮らしていけばいい。

 何も知らずに、何も考えずに、ただ幸せになる事だけ考えればいいんだ。

 

 ○○を語っていいのは私だけ、想っていいのは私だけ。

 ○○の意志を継いでいいのも私だけだ。だから――――

 

『だと、しても……っ、だとしても、ミストちゃんは……ミストちゃんはこのままでいいの……ッ!?』

 

 

 

 ――だから、私に向けるその不愉快な感情を、今すぐやめろッ!

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 見慣れた光景、見慣れた空間の中で私はまた目を覚ます。

 今日も私は仮面を被り、この色あせた世界を騙し続けないといけない。

 

 ……ミーナにバレて、そして私があのような醜態を晒した今も、『好きな人を幸せにする能力』は生きていると言えるのだろうか。

 もし生きているのであれば……いや、死んでいたとしても、私は尽力を続けなければならないだろう。例えどんな障害があろうと、誰が障害になろうとも……私はもう、迷わず引き金を引けるほどの覚悟を決めたのだから。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ねぇ○○。私は今日も頑張るわ。

 他ならぬ貴方が望んだ幸せだもの……必ず成し遂げてみせる。

 だから――お願いだから、遠くから私を見守っていてね。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 僕が最後の命令を下してから、程なくして戦闘が終了する……今日の戦闘も激しい物だった。

 なんだろう、最近の敵の攻勢は以前と比べて一段と激しくなっている気がする。

 

 それは向こう側が切羽詰まっているというべきか、それとも後が無くなってきているからというべきか。

 それにしても敵の攻め方は非常に単調だ。兎にも角にも突撃、突撃、突撃の繰り返し。低級モンスターのみならず、上級モンスターも我先にと本陣へ突撃してくる。

 当然こちらが敷いた策は気にしてすらいないので、面白いように罠に引っかかってくれるのは良い事だが……最近はその罠も物量で潰して来るほどだから困ってしまう。

 

 圧倒的すぎる物量は策を凌駕する。

 

 先日も、そして今回も罠が切れる寸前まで攻められた結果、物資や皆の疲弊度が目に見えて蓄積している。

 これはこれで確かに我々にとっては非常に嫌らしい策だとは言えるのだが……こうまでお粗末な攻撃を続けるのは解せないの一言だ。魔力で出来た紫結晶から生まれる敵モンスターと言えど、その数も有限の筈。正体不明の四天王、その二人目がただの突撃マニアであってしても、いたずらに犠牲を強いるメリットはないはずだと言うのに……。

 

「ん。チコリータ、見てきたよクリスト。敵部隊は全滅」

 

「お疲れ様チコリータ。今日もよくがんばってくれたね」

 

「チコリータ頑張った。ほめてほめて」

 

 チコリータは手が翼になっているハーピィ族の少女だ。

 彼女らハルピュィア部隊は直接的な戦闘能力こそないが、偵察と特殊な音波による長距離の情報伝達に優れている、僕らの軍の目そのものだと言っても良い。チコリータ達が居るお蔭でボクの立てる作戦もさらなる成功率を収める事が出来、今となっては無くてはならない存在だ。

 ボクは言われるがままにチコリータの巻き毛をくしゃくしゃと軽く撫でれば、チコリータは目を細めて喜んだ。

 

「……ねぇ、ところでチコリータ。キミの目から見て戦場で何か変な事はなかったかい?」

 

「変な事? ……みんな、突撃してくる。変」

 

「うん、いやそれは知ってるんだけどね……それ以外に変なのは?」

 

「変? ……うーん。変。変。へん。」

 

「ご、ごめん、難しい事言っちゃったね……! 大丈夫、ありがとう、チコリータもういいよ!」

 

 フクロウのように首を横に90度傾げるチコリータにボクは慌てて訂正する。

 チコリータは純粋で良い子だけど、多くの事は考えられないし、考えすぎると知恵熱を出してしまう。ほどほどに質問をしてあげないといけないのだ。

 

「うん。また頼ってクリスト。チコリータ待ってる……あ」

 

「その時はもちろん……ん?」

 

「チコリータ、知ってる。見たことあるゴブリン、また出た」

 

「見たことあるゴブリン……?」

 

 そりゃ、ゴブリンは珍しくもないし沢山いるだろうけど……。

 

「見たことあるゴブリン、見たことあるオーガ、見たことある、オーク。見たことあるハウンド。いっぱいいる。多分また、出てくる」

 

「ううん、そうか……ありがとうチコリータ。またよろしくね」

 

 多分これ以上聞いても分かる事は少ないだろうと思い、申し訳ないけどボクは彼女と別れる。

 見たことのある存在が、また出てくる……とはどういう事なのだろうか?

 確かに現状の敵部隊の内容は似たり寄ったりで変わりはないが……チコリータは、何が変だと言うのだろうか。頭を悩ませても、今すぐにその答えに辿り着けそうになかった。

 

 撃退はできたけど殲滅にはほど遠いのだ。

 また明日に備えて準備をしなければ……なんて考えていたとき、ふとボクの視界の片隅にとある人物が映った。

 

「……ミーナ、どうしたの? そんなに浮かない顔をして」

 

「えっ! う、ううん。何でもないよクリスト……」

 

 ……変、といえば最近のミーナもそうかもしれない。

 何があったか分からないけどミーナの元気は以前と比べて弱々しいし……そして、目に見えて僕に近寄らなくなった。

 態度もよそよそしいし、話があっても最低限だけ。

 何があったか聞いても元気なさそうに何でもない、とすぐに逃げてしまって埒があかないくらいだ。……ひょっとして僕が何か変な事してしまったんだろうか。

 

「ミーナ……本当にどうしたのさ? どこか体調が悪いとか……?」

 

「な、なんでもないよ……体調も万全だし、げ、元気だし! 本当に、本当に何でもないのクリスト……」

 

「ごめん、ボクにはそう思えないよミーナ。これでもミーナの幼馴染だし、何よりミーナは隠し事が苦手だって分かってるんだ。……ねぇ、本当にどうしたの? 何か、ボクに手伝えることはない?」

 

「……クリスト……」

 

「ボクはその……まだ、アリアとミーナどちらかを選ぶことも出来ていないけど、そういう恋愛を抜きにしたとしてもキミの事が大事だ。だから心配なんだ……キミがそうやって暗い顔をしていると、ボクまで悲しくなっちゃうよ」

 

「……」

 

「お願いだミーナ。ボクにもキミの悩みを共有させて欲しい。そして出来るなら一緒に解決したい、キミの力になりたいんだ」

 

 あの日、魔物の集団に襲われた僕らは二人きりになってしまった。

 家は焼き払われ、両親も友達も殺し尽くされ……ボク達の故郷は跡形も無くなってしまった。

 頼れる人も、想いを分かち合える人も……そして、家族とも呼べる人はミーナしかいなかった。だからこそ、そんな大切な人の助けになりたかった。

 

「……く、クリスト…………その、私はっ、その……実は――ひっ!?」

 

「!?」

 

 手を取って思いの丈を伝えればミーナは一瞬安堵の表情を見せたけど、すぐに顔を強張らせ、怯えた表情で手を払いのけられてしまう。

 そのいつもならありえない彼女の振る舞いに、ボクは驚愕を隠しきれなかった。

 

「あ、やっ……クリスト……ご、ごめんなさい」

 

「……ううん、こちらこそごめんミーナ。いきなり手を取って驚かせちゃったみたいで」

 

「こっちこそ……その、心配してくれてありがとうね! でも私、大丈夫だから! どうしても困ったらクリストも頼るからさ!」

 

「そう……? 分かった、ミーナ。どんな些細な事でも頼ってね」

 

「うん! そ、それじゃあ私は行くね!」

 

 そう言うとミーナは慌ただしくその場を去っていってしまった。

 

 ……振り払われた手は、少しだけ痛みを遺している。

 普段、物理的な痛みを得ることのない立場からか、そんな些細な刺激でもじんじんと響いてる気がする。

 

 ミーナは……ボクの事で何かがあったんだろうか。

 でも彼女のあの怯えた目は、どこか不自然だった。ボクに対する物というより、その視線の先にあるものに怯えていたような――

 

 振り返り、ミーナが見た風景を眺めても、そこにあるのは緩やかに撤退するボクらの軍だけ。

 手前からライアンハートさん、コリンさん、ミストルティンさんに、アンリエッタさんの部隊。

 数多の敵を打倒したせいか、みんな疲労の色を滲ませている。(その中でもミストさんは平然としているようにも思える。流石……)だけどその光景におかしな物は見られない。

 ミーナは一体何に怯えていたのだろうか。

 

 ボクは暗い気持ちを押し隠しながら、同じくその場からの撤退を急ぐ事にした。

 

 

 

 ――その途中、ミストさんと目があったけど、彼女はいつものように微笑んで小さく手を振ってくれるだけだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「キキ! ハンマ君のルーンが切れたから再エンチャよろしく!」

 

「帰りな」

 

「冷たいなー! なんだってあたしにだけそんな邪険にすんだよー!」

 

「あんたの注文は毎度毎度簡単に見せかけて死ぬほど面倒なんだよ、しっしっ」

 

 追い返そうとしても笑顔のままカウンターの上に装備を乗せ始める、素敵な雷神卿様に涙が出そうだ。

 礼儀も礼節も欠けてる脳筋のコイツに、一度くらい魔女の一撃を食らわしてやりたいくらいだが……こんな子でも我軍の筆頭戦士。こいつの不調は軍の不調と言っていい、邪険にすることは出来ないだろう。

 

「はぁ……分かったよ。ディオルド」

 

「いっつもどうもなばっちゃん!」

 

「帰りな」

 

「あーあーあー!! いつもありがとうキキお姉さま!」

 

 言っておくけど私はまだ256歳だよ! 全く……相変わらず重ったい武器だこと。オブシディアンで出来たこの武器を片手で振り回すなんて、本当馬鹿げた事をするね。

 無骨ながらも唯一にして無二の強力なこのウォーハンマー。本人は「ハンマ君」なんて名付けてたか……あーあーあーまた派手にエンチャントするもんだね。

 雷エンチャントの出力が強過ぎて折角刻んだ『軽量』と『修復』のルーンが台無しじゃあないか。

 

「馬鹿出力もいい加減にしな。折角のいい武器だってのに乱暴に扱い過ぎちゃ持たないだろうに」

 

「叩けば叩くほど、使えば使うほど味の出る良い武器だって言ったのはキキじゃねえかよー」

 

「限度があるんだよ限度が。オブシディアンと雷の相性が良いとは言え、許容以上の出力をねじこめばオブシディアンで出来ていない部分が先にバテちまう。戦闘の途中で取っ手なしで戦うつもりかい」

 

「一度やったことあるな! 柄の部分が崩壊して先端だけになって……いやーあの時はすっごい焦ったな~」

 

「柄とかアクセサリ全部なくしたいってんなら1分と経たずにやってやるけど」

 

「御免こうむる!」

 

 私が作業に入り始めたのは、ため息をもう2つか3つくらい吐いた後。

 オブシディアンは雷との親和性が強いのだが、対してそれ以外の属性との親和性はよろしくない。

 風属性の軽量化のルーンも、土属性の修復のルーンを刻むのにかなりの労力が必要だ。これが神経を使ってしまうんだよねぇ……。

 

「……」

 

「……なんだい、後はやっておくからさっさと下がりな。気が散るだろうに」

 

道具を取り揃えていざ作業に取り掛からんとしていたのに、迷惑な依頼者はまだその場に残り、こちらを覗き込んでいる。

 

「つれないなー。昔はもっと色々とお節介焼いてくれたってのに。それにしたってあんだけ軍は嫌だ、縛られるのは嫌だーって言ってたのに、よくうちの軍に入ってくれたよな」

 

「そんなデッカイ図体して、まだケツを引っ叩いて欲しいのかい。……ふん、今でも縛られるなんてまっぴら御免だけど、それにしたって魔軍は大きくなりすぎた。混沌は嫌いじゃないが、破滅は好きじゃあないんでね、ちょっくら手を貸してやらなくもないと思っただけさ」

 

「とか言って本当はあたしらが心配だったんだろ? そうだよなー? うりうり」

 

「まあねぇ、お前さんが勝手に野たれ死んでくれてれば余計な心配もしなくて済んだのにねぇ」

 

「ひっでー! ……ところでキキ、あたしにはやってくんないの?」

 

「? 何をだい」

 

「魔女の助言ってやつ」

 

「あぁ……」

 

 言うに事かいてそれを望んでいたのか。

 魔力を通した多色鉱石のペンでルーンを慎重に刻みながら、私は適当に返事をする。

 

「色々来た人にやってんだろー? あたしも久々に聞きたいんだけどさー」

 

「はいはい、じゃあ『キノコを拾い食いするとお腹を下す』。こんな感じでどうだい」

 

「キキ。あたしの腹は鋼鉄製だからその助言は的外れだぜ」

 

「そもそも拾い食いをするなバカタレ」

 

 そうして、顔も向けずに戦雷卿様のありがたくも他愛も無い話に生返事を続けていく。

 ここまで来て数十分。それでようやく1文字刻めた所。完成まであと2時間ほどだろう。

 ……だって言うのにアリアが未だにこの場を動こうとしないのはどういう了見なんだろうねぇ。まあこいつが求めている事は大体分かっているのだけどさ。

 

「――でさぁ、ついこないだ何かオグマの野郎が『姉御! うちのいけ好かねえクソ兄貴の野郎が幽霊になって襲ってきやがった!』なんて抜かす物だから、何寝ぼけた事言ってんだって……」

 

「ふぅん……弟の不出来さに嘆いて出てきたのかね。……それでだアリア、お前さんは本当は何を話したいんだ? 付き合ってやるからいい加減その戯言をやめな」

 

「ぅい……!? い、いや別にあたしは雑談を……」

 

「相も変わらず分かりやすいんだよ。『幾ら仲の良いキキだからって何かふざけた感じで切り出しちゃったし、言いたい事があるけど面と向かって切り出すのは恥ずかしいんだよな~、でも今誰かに無性にこの悩みの事を話したいし、でもでも……』なんて顔をして……」

 

「具体的過ぎるだろ! あたしそんな分かりやすい顔してたか!? 魔女か? 魔女の力なのか!?」

 

「突っ込む気も失せるね。大方クリストとの恋愛話か……あるいは、ミストか。ミーナの話かい」

 

 ほらまた分かりやすい顔をしている。

 本当に腹芸が出来ない子だね、いつまで経っても。

 

「……いや、まあ実のところそうだよ。目下の悩みはミストとミーナだ。……なんつーか、ちょっと前ぐらいからミストがおかしいような気がしてる。ただ、それは○○にフられた事が原因じゃねーかなって気もするんだけどさ」

 

「ふん」

 

「ただ、ミーナがな。……前はこー、クリストにくっつくとどこからともなく現れてベタベタしすぎです! なんて言って妨害して来たもんだけど、最近はそれすらもしてない、っつーか。クリストに近寄らなくなったっつーか」

 

「恋敵が退いたんだったら良い事じゃないか」

 

「障害があってこその恋だろ? 大体、恋敵であると同時に親友だ」

 

 恋のこの字すら知らないのに利いた風な口を利くもんだ。

 非難めいた視線を向けてやれば、最早悩みを零すのに夢中のディオルドはカウンターに頬杖をついてくだを巻き続けていた。

 

「……っつーか、なんだろ。いや、あたしとしては確かにクリストと早くくっつけるってんならそりゃ嬉しい。けど、前みたいにミーナとあたしで取り合って言い合うような関係がすっげー楽しかったんだよな。だから……」

 

「だから、願わくばどっちつかずの保留状態が続いて欲しいってかい」

 

 全く、なんたる我侭だろうねぇ。

 とは言え戦雷卿なんて持て囃されてるこいつも、腕っぷしだけ一丁前でも中身は子供そのもの。

 親族の情というものを体験したことがないアリアが真に欲しているのは恋人ではない可能性が高いだろうね。

 

 言ってしまえば欲しいのは対等な存在。

 

 そしてその対等は膂力でも、魔力でも、戦闘技術でもない。

 損得の勘定を設けず、精神的に頼って頼られる。そんな家族のような存在が欲しいと言った感じだ、そしてその分析はあながち間違いじゃあないだろう。

 

「まー……どっちつかずじゃなくて良いんだけどな、あたしとしてはクリストと結ばれるんならそれに越したことないし……だけど、親友としての絆も同じくらい大事だ」

 

「はいはい。それでアリアの事だ、そうなった原因くらい直接ミーナに聞きに行ったんだろう?」

 

「まーな。でもすぐにはぐらかされて終わっちまった。……何か悲しそうな、怖がってそうな感じがしたんだけど……クリストになにか言われたんだろうか」

 

「クリストにつきまとい過ぎだとか」

 

「あたしの方がつきまとってる自信あるってのに? それに、クリストならそんな突き放すような事言わないと想うんだけどな~……」

 

「……」

 

「なーキキ。こういう時どうすればいいと思う? 魔女の助言があるなら教えてくれよ」

 

「……また今度までに考えておこうかね」

 

「えー! ふざけた話じゃなくて真面目な話だぞ言っておくけど!」

 

「だからこそ真面目に考えるんじゃないか。また今度伝えてやるから少し時間をおくれ。この修理の時間と共にな」

 

 ……十中八九、その原因はミストにあると私は見ているけどね。

 あの子の秘密に触れろと焚き付けたのは、他ならぬ私。

 焚き付けた翌日からミーナに活気がなくなった事から自明であると言えよう。

 

 しかし……そうかいミーナ。あんたはミストの説得に失敗してしまったか。

 つまりそれは想像以上にミストの抱えた闇が広く、深かったという事。

 

 アリアにも皆にも○○の死を伝えない理由。

 そこにミストが抱える悲しみや怒りが内包されてるのは間違いないだろうが、皆に誤解されながら死を隠し通す覚悟というのは如何ほどのものか。そして、ミーナが触れた秘密というのは一体なんなのだろうか。

 

 ……私もヤキが回ったもんだね。内情を知りもせずにミーナに御高説だなんて……ほとほと呆れる。

 

「……どうやら、私も重い腰をあげる時が来たようだ」

 

「? ずっと前にギックリ腰になったろ、無理すんなよ」

 

 私はディオルドに間髪入れずにワライ薬をぶん投げ、あいつは難なくそれをキャッチしやがった。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「――以上が各部隊長からの報告だよ、クリスト。快勝だね!」

 

「うん。ありがとうミーナ。今日もどうにか勝利をおさめることが出来たね」

 

「全部クリストの指揮の賜物だよ、さしたる被害もなく出来る人なんて、そうそう出来た事じゃないもの」

 

「そんな事ないよ。それもこれも、みんなの力のお陰さ。ボクの拙い指揮でも各自で考えて実行してくれるから……それよりもミーナ。この後……」

 

「っ……ご、ごめんねクリスト。私はこの後ちょっと用事があるから」

 

「そっか……えっと、じゃ、じゃあその用事はいつ終わるの? その後でもいいから」

 

「ごめんね! ま、また後でね……!」

 

「あっ……」

 

 私は残念そうな顔をするクリストに胸を締め付けられる思いを覚えながらその場を後にする。

 本当は一緒に話したいけど……私にはそれは出来ない。出来や、しない。

 

 撤退の準備を進めている皆を尻目に、私は周りの目を気にしながら目的の場所へとそそくさと歩き進む。

 

 ……それにしても、今日も勝利を収めることが出来たな。

 そりゃ、あれだけ単調な突撃を繰り返す程度ならクリストの指揮やみんなの力があれば訳はないんだけど……やっぱり、疲労の色がみんな濃いのが気になる。

 今は勝利しているからこそ笑顔を見せているけど、それも何だか辛うじてって感じが拭えない。

 もしも少しでも失敗があったら、見せていた笑顔が全て裏返るような……そんな危うさが、ここ最近の私達の軍にはあった。

 

 とは言え連勝が続いているからこそ、みんな楽観的だ。

 やれ『やっぱり魔物だから策らしい策も打てないんじゃないか』とか『四天王は実はもういないんだろ』とか。『実は内部で争い合ってて指揮統制が無茶苦茶になってる』とか……そういう憶測が飛び交っているくらい。

 クリストは憶測だけで行動するのは失敗の元だと常日頃みんなに言っているけど、敵の狙いが見えてこないからか、そういった妄言を止める事も出来ていないのが現実。

 

 ただ、クリストは敵に何らかの狙いがあるのは間違いないと断定している。

 それは戦闘のたびに変な報告が続々と上がって来ているからだ。

 

 曰く、ただのゴブリンだと思ったら次の瞬間オークに変わっただの。

 曰く、何も居なかった場所からコボルト軍団が突如襲いかかってきただの。

 曰く、単純な物理攻撃が効かない敵軍団がいるだの……。

 

 全部ゴースト軍団の仕業だろう、とクリストは判断している。

 

 大量の戦死者が出ると、その場所にはゴーストが発生しやすくなると言われている。

 何度か私達の軍も対峙した事はあるけど、ゴースト軍団は身軽で、地形に左右されずに移動できて、物理攻撃が効きづらいという()()厄介な敵だ。

 それでも()()止まりなのは、ゴーストに触れる事が難しい一方で、ゴーストもまた私達に触れる事が出来ないから被害が出にくい事があげられる。

 まあ中には魔法を使って攻撃してくるゴーストもいるのだけど、その攻撃も生身の魔法使いに比べればかなり弱い。お化けが苦手な人には……まあかなり効くかもだけどね。(アンリエッタさんとかはかなり苦手らしい)

 

 今の所脅威になり難いから、クリストもあんまり心配とかはしてないみたいだけど……あ、あそこに居た。

 

「キキちゃん」

 

「おぉ悪いねぇミーナ。こんなところまで足労してもらってサ」

 

 ついた先は小さな岩場の一画。

 ちょうど岩陰にあたる場所で、転がっている手頃な岩の一つにキキちゃんは座っていた。

 その小さな体の半分はあろうかと思う長い煙管をくゆらせてる様子は、何だか背伸びして大人らしく見せているようにも見えて仕方がなかった。

 

「……キキちゃん、煙草は体に悪いよ?」

 

「老人の数少ない楽しみの一つでね、悪いのを知ってて吸ってんのさ」

 

「でもでも、絶対寿命縮まっちゃうよ……もっとキャンディとか、そういうのを咥えてた方がいいよ」

 

「この歳になると甘いのは受け付けなくてねぇ、第一魔女にキャンディは似合わないだろう?」

 

 キキちゃん可愛いんだし、そんな事ないと思うんだけどなぁ……なんて思いながらも、私は手持ち無沙汰気味にちらちらとキキちゃんを見る。

 要件はとくに聞いてないけれど、いつものキキちゃんの工房ではなく戦場で話をしたいだなんて、珍しいなんてものじゃない。とは言え……多分、要件は()()である確信は私の中にはあった。

 緊張を滲ませながら様子を伺うと、キキちゃんはたっぷりと煙を口から吐き出した後、まるで勿体つけるかのように切り出し始めた。

 

「そうそう、話だったね。……あぁ別に固くならなくたっていいさ、変な話はしたりしないよ。実のところ話ってのはここ最近の戦況の事でね」

 

 ……どうやら例の話ではなかったみたい。

 戦況の話ならそれこそクリストとするのが良いとは思うけど……ともあれ、私は自然と固くなった体を落ち着かせようとゆっくり呼吸をする。

 

「戦況……敵の狙いの話?」

 

「そうさ。とは言え、はっきりと狙いが分かっている訳じゃあないが……話はゴーストについてなんだがね」

 

「ゴースト……うん。目撃報告は受けてるよ、でも」

 

「『ゴーストには物理的な攻撃は行えない、よしんば魔法攻撃を使う奴がいても、その威力はたかが知れてる』だから、脅威になりえない……だろう?」

 

「……」

 

 私がこくりと頷き返すと、キキちゃんは再度煙管を咥えつつも、まるで生徒にするように私に説き始める。

 

「そもそもゴーストに物理的な攻撃が通らないのはどうしてか知ってるかいミーナ。それはゴーストが魂魄と魔力の霧の集合体だからだ。……そうだね、魂魄が人間で言う心臓。魔力の霧が体って感じかね。魔力も魂も目に見えても実体がないような物。だから霧に物理攻撃は通じないし、霧は物理的な攻撃を行えない」

 

 煙管からぷか、と浮いた煙が、何かの形を作ろうとして中空に拡散する。

 今の私にはそれが人魂のように見えた。

 

「ゴーストの魔法攻撃が弱いのもそこに原因がある。魔法の行使が魔力を使用するのは当然だが、あいつらゴーストにとって魔法の行使は自分の体そのものを削るのと同じだ、魔法を使えば使うだけゴーストは弱くなる。故に、あいつらの体を維持するためにも魔法威力を低くせざるを得ないのさ」

 

 それは……全然知らなかった。なんとなく魔法が苦手だから弱いんだ、としか思ってなかったから、紐解くような考えはどこか新鮮だ。……なんて、少なくない感嘆を覚えているとキキちゃんにジト目で見られているのに気付いた。

 

「戦争では時間なんてほとんどないのと一緒、だからあるがままを受け入れる必要があるのは理解しているがね……あんたは、いや、あんたらは周りの事に盲目すぎるよ。『どうして』『なぜ』を紐解かなければ、進歩なんていつまで経っても出来やしないってのに」

 

「う。……耳が痛いデス」

 

「……まあ、いいさ。でだ、じゃあここ最近のゴーストの大量発生は何が原因か分かるかい?」

 

「えっと――……私達が敵を大量に打ち倒して、死体が増えたから?」

 

「その通り。敵の無謀な突撃は存外、ゴーストを増やすためじゃあないかなと思っていてね」

 

「だとしたら……今後は魔法攻撃への警戒をしておけばいいという話?」

 

「そんな単純な話だったら、クリストの坊やはあんなに悩んでいない筈さ」

 

 確かにそうだ。クリストが天才軍師と謳われるのは伊達でも酔狂でもない。

 クリストは言っていた。戦場は足し算と引き算だと。

 奇跡や偶然に頼らず、徹底したプラスにするための準備とマイナス要素の排除が勝利へと導くと。そして、彼は宣言通りそれを実施してほとんど全ての戦場で勝利を収めている。

 ゴーストの大量発生の報告を聞いていれば、そんな考えすぐに思い至りそうなものだがそれをしていない。

 

 ではクリストは何を警戒しているのだろうか。

 

「……小耳に挟んだんだけどね。うちの部隊のとある奴が、出くわしたそうなんだよ」

 

「出くわした? ゴーストに?」

 

「いいや、()()()()()にね。それも物理攻撃の出来る死者の兵士とだ」

 

 ……!

 

「そいつの証言は聞けば聞くだけ頭がこんがらがりそうだったよ、十数年も前に死んだ兄が、生き返って自分めがけて襲ってきた、だなんてね。それも剣技の衰えもなく、それでいてこちらの物理攻撃は通らないと来た」

 

「で、でも……ゴーストは普通物理攻撃は!」

 

「そう、出来る訳がない。だっていうのに、そいつはしてきたって言うんだ……おかしな話だろう? だが、与太話だと一蹴にするには、あまりにもその証言は真に迫っていた」

 

 死んだ身内が生き返って襲いかかってきて……それでいて、こっちの攻撃が通らない?

 そんなの悪夢としか言いようがない。

 

「私はまだ調査を続ける。はっきりとした原因がそこにあるだろうからね……兎に角、ゴーストの大量発生と、その新手の死者には関連性があると考えた方がいいと、そう私は愚考するよ」

 

「あ、ありがとう……それで、ちなみに、その人はどうやってその、お兄さんを撃退したの? 証言があったって事は倒したんだよね?」

 

「……いいや、命からがら逃げたようだね。残念ながら」

 

「そんな……」

 

 極大の不安要素が増えた、この話はすぐにクリストには伝えないといけないだろう。

 もしもその新手の敵が大量に現れたとしたら、私達は過去に例を見ないほど苦戦をする羽目になる。よしんば、その敵が私達の軍を今まで支えてきた多くの戦士達だとしたら――!

 

 急ぎ踵を返そうとする私に、待ちな、とキキちゃんの声がかかった。

 

「まだお話は終わっていないさ」

 

「……そんな。だってこの話は早く、クリストに伝えないと」

 

「私としては今からする話も大事なものでね。……単刀直入に言うが、ミストと何があったんだい?」

 

「…………っ」

 

 途端に、私は()()()()()()()()()()()()全身に恐怖が走った。

 

「……相当強く脅されてしまったか。ミストが抱えてしまったものが相当重いのは間違いなさそうだね」

 

 あの時見た光景は、未だに私の瞼の裏に色濃く焼き付いている。

 ひょっとしたら時間が経った今の方が、より鮮明に、より恐怖を伴って私の心に傷として根付いている気がする。

 

「大丈夫さ。何のためにこの場所を選んだと思っている? お前さんが常日頃ミストに視られているのも承知の上さね……それに、他ならぬミーナを焚き付けたのは私なんだ。少しくらい、お前さんが背負ってしまったものを私にも背負わせてくれないかね」

 

「…………」

 

 それでも、私の不安は拭えない。

 あの日、あの時見たミストちゃんの目は、本気だった。

 親友に向ける物でもなく、友達に向けるものでもなく、知り合いに、味方に向けるものでもない。ただそこにある標的としか見なしていないような、無機質な目。きっと、あの事実を話してしまったら――私は……ッ。

 

「――○○が死んでいるのは、もう理解しているよ」

 

「っ!?」

 

「当然さ、私はそれを知っていてお前さんを焚き付けたんだからね」

 

 私は、その話を聞いて驚愕よりも先に怒りを覚えてしまう。

 『なんでその事を知っているのか』というよりも『知っているなら何故私を向かわせたのか』、という、現状の自分が抱える煩悶をぶつけたくなったからだ。

 だけど私は……その怒りが理不尽な物であると理解していた。だから、怒り散らさずに黙る事が出来た。

 

「……てっきり恨み言の一つでもあると思ったが……何にせよ。あれは私の失策だ。すまなかったね。たかだか数百年お前さんより年上ってだけで、理解もしてないのに何もかも分かったような事を言い放って……それでいて実際に解決しないなんて笑い話にもなりゃしない」

 

「……私がミストちゃんの親友だからこそ、事情を聞かせるつもりだったんですよね」

 

「そうさ。お前さんはミストの事で悩み、そしてミストは○○の死で悩んでいた。お互いが話し合い、そして理解が出来るのなら万事丸く収まる、そんな浅はかな事を考えていたもんでね」

 

 だけど結果としてそれは失敗してしまった。

 そう(のたま)うキキちゃんは、いつもより小さく見えてしまう。

 ……それは私のやり方が悪かっただけだ。キキちゃんは悪くない。今だからこそ、そう思える。

 

 抱えた物が判明して、初めて分かるミストちゃんが背負った(カルマ)

 

 それは一人で抱えるには余りにも重すぎて。

 きっと誰かが手を差し伸ばさなければ潰れてしまうだろう。

 

 ミストちゃんが抱える闇を取り払うには、そのキキちゃんの言うプロセスを通す必要がある。

 

「ミーナ。お前さんが口止めされているのは分かる。そして恐らくは口止めを破った代償が重いことも深く理解しているつもりだ。だけど……その代償を私が帳消しにしてみせると言ったら、どうだい? 語ることは出来るかい?」

 

「……っ、そ、れは」

 

「これは文字通りの老婆心でもない――心からのお願いだ。頼むよミーナ……ミストの為にも。そして他ならぬお前さんのためにも。勝手に重いものを背負わせてしまった、お詫びをさせておくれよ」

 

 気付けば岩の上で姿勢を正したキキちゃんは……私に真っ直ぐに頭を下げてきた。

 

 確かに……一番秘匿すべき肝心の秘密は既にキキちゃんが理解している。

 ミストちゃんに口止めされているのは、『○○さんの死』だけ……。なんて、屁理屈をこねて逃げ道は見つけられるけれども……早くこの悩みを伝えて、楽になりたいという気持ちもあるけど……! その上で私はそれを突っぱねるべきだと理性は言っている。本当に殺されてしまうという不安と、そしてまたも約束を破ってしまうのかという不安が私に簡単に決意を抱かせなかった。

 

 だけど――ううん、それでも……。

 

「………………」

 

「………………駄目かい。いや、虫の良すぎる提案だったね。ならば、あとは私に任せて」

 

「……キキちゃん」

 

「……?」

 

「むしろ私の方からお願い。話させて」

 

 キキちゃんはその言葉を聞いて、驚く様を見せてくれた。

 その様子が余りにも見たことがなくて、そして可愛らしくて……私は自然と笑みを浮かべていた。

 

「……こう言ってはなんだけど本当に良いのかいミーナ? 別に本当は嫌だっていうんなら」

 

「ううん。いいの……そもそも代わりに責任を負おうなんて考えないでキキちゃん。こうなったのは、そう、私の自業自得なんだから」

 

 キキちゃんが体をぴくり、と反応させたのが見えた。

 

「思えば罪深い事をミストちゃんに何回もしてきたんだなって今更になって思ってる。ホント、馬鹿だよね。とてもじゃないけど親友とは言えない、それこそ殺されたって文句は言えないくらいの事を何回繰り返してしまったんだろう」

 

 ……うん。間違いなくそう。

 私は、とんでもないことを仕出かしてしまっていた。

 

「……でもそれでも、勝手かもしれないけど……私はまだミストちゃんを親友だと思ってる」

 

 だけどやらかしたとしても、そうじゃなかったとしても関係ない。

 罪滅ぼしの為ではなく。ただ親友のために私は、骨を折らないといけない。

 

「虫が良すぎるのはこっちの方だよね。ミストちゃんの親友を名乗って、約束をあっさり破って……それでもまだ親友だって勝手に名乗って、挙句の果てに親友だっていうのに怖気づいて、一度は救うことを諦めちゃうなんて」

 

「それは――」

 

「仕方ない、だなんて言わないで。確かにミストちゃんは○○さんの事を隠していたよ。――でもその代わりにずっとずっと、一人で苦しんでた。それに気付いてあげられずに何が親友だろう」

 

 親友だというのなら、我先に気付いてあげなきゃいけなかった。

 親友だというのなら、我先に苦しみを理解してあげないといけなかった!

 親友だというのなら、我先に助けてあげないといけなかった!!

 

「助けられるならその結果嫌われてもいい! 助けられるなら結果殺されてもいい! だってクリストの事も好きだけど……私はミストちゃんの事も大好きだもん! ミストちゃんを苦しみから解放できるなら……幸せに出来るなら!」

 

 それこそ今までの押し留めていた不甲斐なさを、恐怖を力に転化して。

 両手を強く握りしめ、私は吠えたける――!

 

「例え私の命を捨てる事になったとしても、ううん。私程度の命で助けられるなら……私はそれでいい! そうじゃないと親友じゃないもん! 『ギブとテイクの向こう側にある関係』それが親友だってキキちゃんも言ってくれたでしょ? だったら――!」

 

 気付いたら息を荒げて、胸に手を押さえて、私は立ち尽くしていた。

 苦しいくらいに激しく、うるさいくらいに忙しなく脈動する心臓の音を感じながら、

 反応のなくなったキキちゃんを見て――そして、異変に気付いた。

 

 

「―――――」

 

 

 キキちゃんは岩の上で体を小さく丸め、大きな帽子を深く深く、それこそ顔を覆い尽くす程被って――耳を塞いでいたのだ。

 

 

 

「……どうしたの?」

 

「――――」

 

「ね、ねえ、キキちゃん……体調が悪いの?」

 

「――――」

 

「ねえったらキキちゃん、どうしてそんな格好……」

 

「――くに堪えないんだよ」

 

「え……?」

 

 

 

 

()()()()()()()()()()、お前さんのその、心からの叫びが」

 

 

 

 え?

 

 

「『私程度の命で』、か。さぞかし崇高な覚悟だね。いや、ご立派さ。感服するよ。拍手してやりたいよ。だけど所信表明を聞かせて貰った上ではっきりと言わせて貰えば――聞くに堪えない酷い内容だ」

 

「な、に?」

 

「そんな子鹿みたいに足を笑わせて、狂気を孕んだ目で、今にも泣き出しそうなくらい表情を歪ませて……大事そうに親友、親友って語った挙げ句の結論が自己犠牲をも厭わない覚悟かい。一体どういうつもりだい」

 

 なんで……なんで、なんでなんで。

 だって、私は親友のために、そうじゃないとミストちゃんが報われなくて。

 

「自虐的な発言。自罰的な思考。破滅に突き進むだけの未来を見ようともせず、媚びるように語ってまぁ……なんだいその顔は。もしかして手放しで褒めて欲しかったのかい? それとも慰めて欲しかったのかい? 誰がするもんか。気付いていないようだから言ってやるが、お前さんのその短絡的な結論の先には地獄しか待ち受けていないよ。それを承知の上で言ってるのかい?」

 

「で、も……そう、じゃないとミストちゃんが、だって……!」

 

 ミストちゃんは私を許してくれない。

 ミストちゃんの約束を違えたら、きっと私は撃たれる。

 でも、私は親友だから、親友だからミストちゃんのために命を捨ててもいいって思って、それで、ミストちゃんが幸せになるなら――!

 

「馬鹿が。大馬鹿共が。○○もミストもミーナも履き違えている。()()()()()()()()()()()()()ッ。あぁ腹立たしい……ッ、他者を救うために自分を犠牲にすることのどこが素晴らしいんだ、どこが崇高で、どこが尊いというんだッ、自分に酔って、周りを鑑みない独善的な自慰行為をして、どうして幸せが生まれると思うんだ……ッ!」

 

 その声は、決して大きくはない。

 けれども喉の奥から絞り出されるような声が私の耳に届く度に、

 私を繋ぎ止めていた、何かが、ぼろぼろと剥がれていくような気がした。

 

「例え犠牲の果てに一時の幸せが得られても、その先に待つのは周りの地獄だ。例えお前さんが自分を犠牲にしてミストを救ったとしたら、クリストはお前の死をどう思う? アリアはお前の死をどう思う? 隊のみんなはお前の死をどう思う? 全員が手放しで褒め称えて、誇らしげに思うだけで終わりか? 違うだろう。徹底的に悲しむさ、一生涯の心に残る傷として、お前を知る全員がこの先の人生苦しみ続ける……! それは救ったミストも例外じゃあないさ! いや、ミストはもっと苦しみ続けるだろうさ! どうしてそんな単純な事が思い当たらない!? ひょっとして簡単に命を捨てられる程お前さんにとって周りの者たちに価値がないのか、どうでも良いと思っているのかいッ!?」

 

 違う……違う、違う、違う……違う違う違う違う違うっ!!

 ミストちゃんが大事だ、ディオルドさんが大事だ、キキちゃんが大事、クリストが大事だ! そして、こんな暗殺者の私でも受け入れてくれるみんなが大事だ!

 だけど、私がミストちゃんを幸せにするには、もう賭けるものは一つしかなくて、そうじゃないと……ミストちゃんはずっと幸せになれなくてっ!

 

「あぁあぁそりゃそうさ、世の中は単純じゃない! 例え何気なく生きていても、例え一生懸命生きていたとしても一方を救うために一方が死を選ぶ選択肢を急に突きつけられるだろう! 大切な物を救うために、仕方なく自分の命をベットする日もあるかもしれないだろう! でも、だからといって、命を軽々しく天秤にかけていい理由になる訳がないッ!」

 

 

 

「――生きろよ! いいから生きろよッ! 恥知らずでも、外聞が悪くてもいい、汚くてもみっともなくても見苦しくてもいいから生きろよッ! 生きている限り周りを幸せにする道を、そして何より自分を幸せにする道を探してみせると言ってみせろよッ!」

 

 

 ――~~~~~ッ!!

 そ、んな都合のいいことっ、言わないでよ……!

 そんな道ある訳がない! 

 そんな道とっくに閉ざされちゃって……もうどうしようもないんだよ! 

 私に出来ることなんて、ほとんどないから……だから、もう、命を賭けるしか、なくてこうするしかなくてッ!

 

 私だってどうにかしようとしたっ!

 でも、どうしようもなくて、やれることは全部がんじがらめでっ!

 

 それでも私は……でも私は……!

 私は……ッ!

 ……わ、私は……。

 

 

「……わたしは――……っ、う、うぅ……~~~~…う、あぁぁ…っ」

 

「……腹立たしいよ、本当に。命を軽々しく賭けようとするお前さんが。そして無責任にも、まだ子供のお前さんにこんな重いものを抱えさせてしまった、私自身が腹立たしく……恥ずかしいよ」

 

 

 体が温かい何かに包まれる。

 気付けば(ひざまず)いていた私を、その小さく、温かな体が密着していた。

 じめじめとしている天候の中でも、その体温は不快ではなく……逆に、どこか心地が良かった。

 

 

「……頼むから死ぬだなんて軽々しく言ってくれないでおくれよ」

 

「多くの人と出会い、多くの人と親しみ、そして多くの人との別れを経験したこんな老いぼれのエゴに、付き合っておくれよ」

 

「か弱いと笑うがいいさ、脆弱だと蔑むがいいさ。それでも()()()()()()()()私は、一人一人との別れが、耐えられない程に辛い」

 

「死者は何もしてくれない。何かを為すのも、何かを償うのも、何かを幸せにするのも、全て生者だけなんだ。生きていなければ……何も為すことが出来ないんだ」

 

「勿論、為すにしても限界に辿り着くこともあるだろう。一人でやろうとして袋小路に追い詰められる事だってあるだろう」

 

 だから――、とキキちゃんはまるでお母さんがするように、背中を優しく撫でた後、こう言ってくれた。

 

 

「そうなったら大人を頼っておくれ。頼ってくれれば、お前さんが為したい事にどこまでも尽力するから。それこそ、お前さんが死ぬ必要がないようにね」

 

 

 私は止められない涙を流したまま、キキちゃんの体に抱きつき返していた。

 

 

 

「――お願いキキちゃん、私を……ミストちゃんを助けて」

 

 

 

 § § §

 

 

 

 歴史を感じる石床の廊下を、私はいつもより早足で歩き抜ける。

 今すぐに大声を上げて怒り散らしたいのを必死に心に押し留めて、目的の人物の元へ急ぐ。

 

 階段を降りる。兵舎から出る。訓練場を通り抜け、そして食堂の中へ。

 

 以前と打って変わって賑やかさや活気を失った食堂……そこに、目当ての人物はいた。

 

「……っ? み、ミストちゃん?」

 

「ミストルティンさん?」

 

 クリストとミーナは今日も仲良しこよしで食事を取っていた。

 クリストの表情がいつもより沈んでいるのは昨日の敗北が原因か。

 報告に上がった『リビングデッド』……こちらの物理攻撃は通らず、相手は物理攻撃をしてくるという新手のゴースト軍団にしてやられ、私達の連勝は初めて止まり……そして、少なくない被害が出た。

 

 重騎士のライアンハートが右腕切断の重症。

 そしてビーストテイマーのミルモが意識不明の重体。

 その他大小の被害が出て、私達の軍の士気は今までの好調が嘘だと思うくらいにがくっと下がっている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ミーナ。ちょっと話があるの、一緒に来てくれるかしら」

 

「えっ!? え、えっと……」

 

「一体どうしたんですかミストルティンさん……」

 

「ナイショの話よクリスト。……悪いけど、緊急なの。さっさと来てくれるかしら?」

 

 この場で問答無用で撃ち殺してやりたい衝動を抑えながらも、私はこの不出来な暗殺者に詰め寄る。

 ミーナは最初はキョロキョロとどこか落ち着き無く、誰かを探すようなそぶりと、怯えた表情を見せていたものの……観念したのかしっかりと頷いたので、私は二人きりになれる場所に向かおうと先導する。

 

 食堂を抜け、また訓練場を抜け、兵舎を通り過ぎ、私の部屋まで向かう。

 そしてミーナが部屋の扉を閉めたのと同時に――私は彼女の首根っこを掴んで壁に叩き付けた。

 

「――か、はっ!」

 

「ミーナ。ミーナミーナミーナ……っ、ねぇあんた、一体どういうつもりよ……!?」

 

「ど、ういうつもりって、ぐぅ……い、一体……何が」

 

「とぼけるつもり!? あんたがあれをやったんでしょう……っ、何? 私への仕返しのつもり!? よりによって何であれに手をかけたのよ!」

 

「わ、からないよっ、何で……何が、何があった、のっ…!? う、ぐ……っく、るし」

 

 思い切り押さえつけて私の手がミーナの首根っこに徐々に埋まっていく。

 気道が押さえられているのか、こひゅ、こひゅ、と不規則な呼吸音が口から漏れているのが聞こえる。だけど私は手心を加えるつもりもなく、ミーナをただ問い詰める。

 

「いいから、早く、教えなさい……ッ! ○○の銃を、一体、どこにやったのよ!?」

 

「――!? ……じゅ、ぅ…って、が、ふっ、ぎゅ……」

 

「あの場所を知っているのはあんたしか居ないでしょ!? 教えないと、このまま殺すわよ……ッ、命が惜しかったら早く、早く教えなさい……早くッ……!!」

 

 ギリギリ、と片手で首を締め、ミーナの抵抗をかいさずに本気で息の根を止めるつもりで私は続ける。言語にならない悶絶の声を聞きながらも、ミーナの顔色が変色していくのが見える。

 

 そして本気で意識が飛びそうになった瞬間、私はぱっと手を放して開放してやればミーナはその場に崩れ落ち、大きくえづきながら、必死に呼吸をしていた。

 

「げほっ! がはっ、ぐっ……し、らないっ……知らないよミストちゃん……私はっ、そんな事」

 

「じゃあどうして、どうして○○の銃が消えるのよ、私とあんたしかあの場所は知らない筈でしょ!? それとも……何? もしかしてあんた、他の誰かに言ったとか!? それで別の誰かが奪っていったとか言わないでしょうね!?」

 

 手早く懐から拳銃を取り出すと、私はそれをミーナへと向ける。

 だけどミーナはむせ返りながらも大きく首を振って否定し続けるだけ。

 

「げほっ……ほ、本当に知らないよ! よりによって○○さんのお墓にそんな事……絶対にしない! しないってば!」

 

「……」

 

「信じてよミストちゃんっ!」

 

「…………」

 

 しばらくお互いの目を睨みつけるように見つめ合い、部屋に静寂が降りる。

 ……確かに、()()()()ミーナがそんな事をするとはあまり思えないし、それをする意味がない。

 だけど、私はミーナのそんな反応の中に一つの違和感を覚えていた。

 

「……そう。そうよね。考えてみれば○○の銃を奪うメリット、あんたにはないものね。

 でも――他の人に言った事は、否定しないんだ」

 

 向けた拳銃の撃鉄を起こす。

 小気味いい金属の音が、部屋に響いた。 

 

「あれだけ脅してやったっていうのに……っ、ねぇ命が惜しくなくなっちゃった? 自暴自棄になっちゃったのっ? ()()()()監視してやっただけで、もうそれが堪えちゃったかしら!?」

 

「……っ」

 

「~~~~あぁもうッ、誰に言ったのよ、早く教えなさい。――早くッ!」

 

 かたかたと自分の指先が震える。

 あれだけ言ったのに約束を守らないなんて……っ、やっぱりあの時、撃ち殺しておけばよかった! なまじ元親友だから、だなんて手心を加えたりするからこんな事に……ッ!

 

「……い、言ったら、ミストちゃんはその人も……く、口封じをするの?」

 

「当たり前の事を言わせないで……っ! ○○の死がみんなにバレたらアリアは幸せになれないって言ったでしょ!? あいつの願いを無駄にするような存在は、一人でも十人でも、それが親友でも親族でも私は容赦しない……ッ、私はもう、覚悟しているの!」

 

 落ち着かない。落ち着くことができない。

 こいつがバラした相手によっては、今までの事が全て、無駄になってしまう。アリアが幸せでいられなくなってしまう……ッ。

 理性はここで殺るのは不味いと叫んでいるが、憤怒に支配されつつある体は引き金にかかった指に力を入れようとしてしまう。 

 

「今こんな事を言うのはあれだけど……、○○さんの事実を知ってるのは、私以外にもう一人だけ。だから――」

 

「だから安心しろって!? 安心なんて出来るものですかっ……いいから、早くそいつの事を教えなさいよッ!」

 

 よろよろと立ち上がったミーナに、私は警告をするかのように声を張り上げて照準を合わす。

 自らの額にはっきりと突きつけられた殺意を前に、ミーナはただ小さく体を震わせるばかりで――、

 

「ごめん、ミストちゃん」

 

 

 ――気付けば、私の手にあった拳銃が急に私の手元を離れて宙を舞っていた。

 

 

 それをやったのがミーナの足だと気付いた時には、私は第六感に従って横っ飛びに転がっていた。すると直前まで私が居た空間を小さな何かが過ぎ去っていった。

 

「……ッ!?」

 

「ミストちゃんが○○さんの死の前後で何を経験して、どれだけの思いを抱えることになったか分からないけど……ごめんね、私はこの場で死ぬつもりはないの」

 

 べ、と舌を出したミーナの口に載せられていた数本の針から、含み針を飛ばされたのだと初めて察した。

 直後、騒がしい金属音を立てて落ちた拳銃がミーナによって部屋の隅に蹴り飛ばされる。

 あの怯えていた様子はもうどこにもない、そして普段なら敵にしか見せない一流の暗殺者としての素顔を、ミーナは忌憚なく私に見せていた。

 

「自暴自棄になった訳じゃないし、ミストちゃんを破滅させるつもりもないの。ただミストちゃんと落ち着いて話をしたいだけ……勿論、殺すつもりはないよ」

 

「話……!? 私からは何も話すことはないわっ……! 安い同情を押し付けたいだけなら遠慮させてもらうわよ、そんな事、何の得にもならないもの……!」

 

 私も腰のナイフを引き抜いて油断なく相手を見定める。

 ミーナは『闇潜り』という二つ名がつけられるくらいには卓越した暗殺者だ。

 近接技術は間違いなく私以上……ッ、だけど!

 

「……あのときは本当にごめんね。理解しようともせずにただ子供みたいに喚いて、騒いで、自分の気持ちだけ押し付けて。だけど、あの時も今も私の気持ちは変わらない……ミストちゃんをただ救いたい。その一心なの。遅すぎるくらいだけど……今度こそミストちゃんの悲しみを理解したいの」

 

「余計なお世話だってあの時言ったわよね……ッ、○○の幸せが私の幸せよっ、だからもしも本気で救いたいって言うなら……○○の死を秘匿し続けなさい、永久に口を閉ざし続けなさいッ!」

 

 自然体のまま立ち尽くすミーナは動くことはないけれども、その袖の下に複数の暗器が仕込まれているのは分かっている。だけど死中に活を求める為にも、じり、と私の方から間合いを詰めていく。

 

「お願いミストちゃん。私の技術は、味方に……それも親友のミストちゃんには向けたくない」

 

「まだ勝手に親友だと思ってくれてるなんて光栄ね……! 私はもう、貴方の事はとっくに親友だとは思ってないって言うのに。あんたはただの、ただの嘘吐きの裏切り者よ……ッ!」

 

 辛そうに表情を歪ませるミーナを見ながら、私は狙いを定める。

 ……ナイフと体術でどうにかして気を逸らし、机の下に隠した拳銃を取って攻撃しかないだろう。少なくとも拳銃があれば、少しはミーナを倒す確率はあがる。

 

 

 そして、訪れるピリピリとした静寂。

 お互いの一挙一投足が引き金を引きかねない状態――均衡をどちらが先に崩すか、それこそ神のみぞ知る状態。

 

 

 そんな今にも崩れそうな均衡状態を崩したのは――

 

 

「がッ!?」

「……ッ!」

 

 

 ――私でもミーナでもない、第三者の存在だった。

 

 

『……焦ったよ。お前さんがミストに連れていかれたって聞いた時には、生きた心地がしなかったね』

 

「び、びっくりした……これ、もしかして使い魔さん? でも……ありがとうねキキちゃん。ミストちゃんを攻撃しなくて済んだよ」

 

 私の全身は言うことを聞かず、地面に倒れ込んだ後にびくびくと跳ね回る。

 これは毒物によるものではなく、電気系攻撃特有の麻痺の症状――っ、どうやら部屋の窓の外から直接攻撃を叩き込まれたようだ。

 

 ミーナはそんな私に近寄ると、動けない私の両手を後ろに回して、どこから取り出したかロープで縛りあげていく。そして、完全に身動きが取れなくなった所で件の使い魔が私の視界に入る。

 それは小さくも可愛らしいオウルだった。

 

『すまないねミスト、手荒な真似をして』

 

「……予想はしてたけど、もう一人の人物ってやっぱりあんただったのね。キキ」

 

『……親の仇のように睨まないでおくれ。私とてこんな事をするのは本意じゃない。そして先に言っておくが……○○の死の事実を知ったのは私が先、ミーナが後だ。更に言えばこの事実を知ってるのは私とミーナを除いて居ない。誓ってもいい』

 

「…………」

 

『だからミーナに辛く当たらないでおくれ。お前さんの秘密を最も知るのはミーナだろうが、その詳細を聞こうとしたらこの子は最後まで秘密を守ろうと拒んだ。私が無理強いをして聞いたのさ』

 

「違うよキキちゃん、私は自分の意志で教えたの。何よりミストちゃんを助けるために……力を合わせるために」

 

『……そうだったね。兎も角、私達はミストを助けたいと思っている』

 

 二人がまるで長年の親友かのように分かりあう様を見せつけてくるのが、腹立たしかった。

 助けたい、だなんて。今更言われても、もう遅いっていうのに。

 

『……なぁミスト、お前さんも分かってるだろう。このまま○○の死を秘匿し続ける事は難しいって事を。既に短期間のうちに二人にバレているんだ、如何に完璧に隠そうと些細なミス一つで疑惑を呼び、証拠が溢れ……そしてバレてしまう。お前さん、もしかしてその度に口封じしていくつもりかい?』

 

「……そうよ。それで○○の願いが叶うというのならば、私はどんな事でもするわ」

 

『○○の願い、か。アリアが幸せになること……だったかい? その幸せの条件は○○の死がアリアにバレない事だけではないだろう』

 

「うん……ディオルドさんがクリストと結ばれること……それが、○○さんの願いだよね」

 

「そこまで分かってるなら、私を助けるのに貴方達がずっと口を(つぐ)み続けるのが一番なのは分かる筈だけど?」

 

 動けない体のまま、せめて射殺すほどの目で睨みつけてやったが、相手に動揺の色は見られない。

 

『それも永久にだろう? そんな願いは聞いてられないね……第一、一人の死を隠すのにこれだけ憔悴しているお前さんが、もう一人を自分で殺めてしまったとしたら、お前さんの心は耐えられるのかい? 到底無理な話だろう』

 

「……、黙りなさい」

 

「……ごめん、ミストちゃん。私も……私もミストちゃんは耐えられないと思う。特に勘の良いディオルドさんは気付き始めてるよ、以前のミストちゃんと今のミストちゃんの違いに。だから多分……味方を殺めたら――」

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れッ! 勝手に、勝手に私の底を見限らないで!

 そんなの、やってみなきゃわからないじゃないの! 私は、○○の願いを成就させなきゃいけないの! だから……その程度の試練、私はッ!」

 

「……ミストちゃん」

 

『……○○め。あたしはお前さんを恨むよ、最期にどれだけ重い思いをミストに託したのやら。これじゃ、まるで呪いじゃないか』

 

 呪い……? 呪いだと!? 最後まで一途だった○○の想いを、言うに事欠いて呪いと言ったのか!? お前達は○○の思いの一欠片も知らないのに、触れたこともないのに、なんでそんな事が言える!? あいつに、そんな打算的な考えは何一つない! 純粋にアリアを愛していたから! そして私が彼を愛しているからただ継ごうしてるだけなのにッ! あぁぁぁああぁぁ……ッ!! 身動きが取れたら今すぐにでも撃ち殺してやるのにッ! どうして、どうして揃って私の邪魔をするのッ! お前達が余計な事をしなければ、絶対に○○は幸せになれたっていうのに! それを、こいつらがのうのうとっ……!!

 

『はぁ……今は、話をするのは難しそうだね。ところでミーナはどうしていきなりミストに連れていかれたんだい? 誰かの話づてから今回の件がバレた……って訳じゃあないよね』

 

「んっと……それが……○○さんのお墓が、前言ってた秘密の場所にあるんだけど……その墓標代わりにしていたのが○○さんの銃で。それが急に無くなってたっていうの。それで真っ先に私が疑われて……」

 

『銃を……? ――……! ……――ちっ、それは、かなり不味い状況だね』

 

「え……?」

 

 この場に来て初めて聞く魔女の焦りの声。

 しばらく独り言のようなものが聞こえてきたかと思えば、使い魔が急に私に話しかけてくる。

 

『ミスト、お前さんが私らを死ぬほど恨んでいるのは分かる。だけどね、予想以上に不味い事が起きているよ……それこそ、ディオルドの幸せどころか、私達の軍そのものが壊滅的な被害を受けかねない事態がね』

 

「……何よ、何が言いたいのよ」

 

『昨日の戦闘で遭遇したリビングデッド達、あいつらは死者を蘇らせて襲いかかる存在なのは聞いての通りだろう……報告で分かったのは、あいつらが持つ武器は全て実体がある。これが何を意味するか、分かるかい?』

 

「……ど、どういう事キキちゃん。一体何が起きようとして……」

 

 使い魔越しに聞こえる声にはいつもの飄々とした雰囲気はなく。

 そして私にはその言葉の先にある、最も聞きたくない理由に気付いてしまっていた。

 

 

『○○の銃が奪われたって事は……十中八九、蘇っているよ。こんな事態を招いた○○が私らの敵としてね』

 

 

 

 ――私の生きる世界は、更に壊れようとし始めていた。

 

 

 

 




キキの闇魔法『絶対に聞きたくないポーズ』と。
ミーナの舌をべー、ってするシーンが個人的にお気に入りです。

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