─ピッピッピッ
心電図モニタから無機質な鼓動が虚しく響く、無味乾燥とした真っ白な部屋。
少し前までは嫌だった消毒の匂いも、今はもうあまり気にならない。
嗄れた体に鞭打って、ベッドから上体を起こす。窓に視線を向けると、瑞々しい緑の隙間からは輝かしいと同時に忌々しい記憶を私に植えつけた校舎が薄汚く建っていた。
昨日の晩御飯はおろか、今朝何をやったのかすら碌に覚えていないのに、あの校舎を見るとあの時の記憶が今も鮮明に思い出される。
それは中学生2年生の春だった。
私はひどく退屈していた。周りと足並みをそろえて進められる授業は、人一倍優れた頭脳を持った私にとっては無間地獄のようで、とてもつまらなかったし学校に来る意味なんてあるのか甚だ疑問だった。1年生の時、それを一度口に出してみたら、クラスから孤立してしまった。なんでも弱者の陰口によると、調子に乗っててウザい、らしい。心底理解出来ない。
それに加えて双子の姉との関係にも軋轢が生じ始め、いよいよ独りになろうとしていた中学2年の春、クラス替えがあった。
別段それがあったからと言って、私の居心地の悪さは回復するわけじゃなかった。この一年で、私の噂は尾ひれをふんだんにつけて学年中に広まっていたから、クラスが変わったところで、私に向けられる視線は皆一様にして腫れ物に触れるかのようだった。
新しくなったクラスではまず自己紹介が行われた。こんなことをしたところで全員覚えられるわけないのに。完全に先生と生徒の自己満足にしか思えない。先生は生徒を好きにさせることで仕事をした気になれるし、生徒は自分を表現することに思春期特有の自己承認欲求が満たされる。勿論私は彼彼女らの言ったことを一語一句覚えられるけど。
閑話休題。
ともかく、クラスの人たちは嫌そうな顔をしておきながら、満更でもない顔で自分の趣味や好きなことを声高らかに言っていく。
その中で、一人だけ場違いなほどに暗い少女がいた。その子はボソボソと近くの席の人たちにしか聞こえないような、或いはその人達ですら聞き取るのが困難な程小さな声で自己紹介をした後、そそくさと座ってしまった。その時は只の根暗な子くらいの印象しか受けなかった。
しかし、私の番になり、名前を口にした瞬間、彼女は依然として暗い雰囲気を纏っていたが、その目だけはこの世のどんな星々や宝石にも敵わない輝きを内包して私を見ていた。
どうして彼女は私に反応したのか。その瞳の煌めきはなんなのか。その輝きを持っていながら、どうして彼女はあんなにも暗いのか。
彼女に対して一度抱いた疑問は、長い長い退屈の中にいた私にとってはとても魅力的で、例えるなら腹を空かせた犬の前に置かれた餌のようだった。そしてそれは靴の裏にへばりついたガムのように頭にこびりついていて、残りの時間、私は何も聞くことが出来なかった。
「ねぇ、君はどうして私を見てそんなに目をキラキラーってしてるの? ねぇなんで?」
好奇心を抑えることが出来ず─元から抑えるつもりもなかった─休み時間になった瞬間、彼女の元へ歩み寄って聞いてみた。
いつ思い返しても酷い聞き方だ。これでは質問というより尋問といったほうが正しいかもしれない。そう言えば私の裏表のない性格が時に人を傷つけると知って言葉を選ぶようになったのもこの彼女と出会ったからだった。
「あっ……えっと……確か、氷川さんだよね……。その……目がキラキラ? は分からないけど、私と同じ読みをする名前の人なのにこんなに綺麗なんて、ちょっと羨ましいなって……。私もそうなれたなぁって思ったの」
彼女は気まずそうに頰を掻きながらそう言って、アハハ、と苦笑いをした。
「なんで? どうして「そうなれない」なんて決めつけるの?
そもそも、あたしと君は同じ名前だけど違う人だから、君が羨ましいって思う理由がよく分からないんだよねー。
……それに、あたしは君もすっごく綺麗だと思うけどなー。特にその黒髪とか、るん! って感じするもん」
口早に私はそう言った。身を前に傾け、顔を近付ける。視界いっぱいに彼女の端正な顔や黒髪が広がったが、彼女との目は合わなかった。
「うん……確かに違う人っていうのは分かってるんだけどね、やっぱり何処かで比べちゃうの。綺麗って言ってくれたのは嬉しいけど、どんなに他人が綺麗って言ってくれても、最後は自分の中で完結しちゃうものだから、氷川さんを羨ましいって思うんだと思うよ」
まるで眩しいものを見るかのように彼女は目を逸らし続ける。
先程まで瞳に灯っていたハイライトは既に消えており、代わりに諦観や悲観が綯い交ぜになったなんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
それがなんだか面白くなかったので、私はこんなことを言った。
「ふーん、そう言うものなのかなぁ……。あっ、そうだ! 私は君のことをもっと知りたいし、君はあたしの事を綺麗だって、そうなりたいって思う。なら、友達になって一緒にいればその両方が出来ると思うんだけど、どうかな?」
殆ど無意識に手を差し出す。数秒、或いは数十秒。もしかしから数分以上だったかもしれない。長く感じられた待ち時間の末、私の手に久しく感じていなかった人の温もりが指先を通して脳髄へ伝わってきた。
目を合わせようと握られた手に向かっていた視線を彼女の顔へ移動させる。
その時彼女が浮かべていた笑顔は、一生涯私の網膜にこびりついていた。困ったような、嬉しいような、恥ずかしいような、色々な感情が1つに収まっていた、あの綺麗な笑顔を、私はただの一度たりとも忘れたりはしなかった。
そして私と彼女の日々は始まった。
「同じヒナでも貴女より落ち着きがあるし、少し見習ったらどう?」
─初めて彼女を自宅へ招いた時、たまたま居合わせたおねーちゃんから有難い言葉を頂戴し、拗ねた私をヒナは必死に慰めてくれた。それをキッカケに私達3人はよく遊ぶようになった。
「うう……恥ずかしいよ……」
「可愛いわよ、ヒナちゃん」
「今のヒナすごいるんってする!」
「そう……? それなら……嬉しい……かな」
─あまりファッションに興味が無かった彼女をあたしとおねーちゃんで着飾ったりした。彼女は最初は恥ずかしそうな表情をしていたが、あたし達が喜ぶ顔を見ていく内に綻んでいった。
他にもたくさんのことをした。天体観測や、プレゼント選び。あたしとおねーちゃんがギターを弾いて、ヒナが歌う3人だけのミニライブもやったし、勉強会も何度も開いた。その都度碌に勉強してないのに高得点を取るあたしを恨みがましく見てきた2人の目も今や輝かしい思い出の1つだ。
彼女は、軋んでいたおねーちゃんとの関係を修復してくれたし、今まであたしが分からなかったもの、知らなかったものをたくさん教えてくれた。
気づけば、あたしは彼女のことをいつも目で追っていた。いつも彼女のことを考えていた。
彼女が他の人と楽しそうに話す姿を見ると無性にモヤモヤした気持ちになった。彼女のことを想うと心が満たされた。
「それはいつか日菜が自分で分かる日が来るわ」
おねーちゃんはそう言ってあたしの頭を撫でてくれた。
自分の気持ちや彼女のことを考えていると、ふと、1つの考えが思い浮かんだ。
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「えっ? 私のやりたいこと?」
もうクラスのみんながいなくなり、あたしと彼女だけの放課後の教室。思い切ってあたしは聞いてみた。
「うん! 確か最初に会った時に、アタシみたいになりたいって言ってたよね。でもさー、最近あんまりそう言う事を言わないし、アタシやおねーちゃんと一緒に色々な事をしたり、色々なモノを貰ったけど、そっちから何かをやりたい。なんて聞いた事が無かったから、もしかして無理させちゃったりしたのかなーって」
思いついた考えを口にしながら、彼女の顔を覗き見る。西日が差す窓を背中に向けていて、彼女の顔がよく見えない。
「ううん、そんな事ないよ。日菜や紗夜といるのはすっごく楽しいし、こんな日々がずっと続けば良いのにっていつも思ってるから、気にしなくていいよ。……でも、やりたい事かぁ、強いて言うなら一つだけあるかな」
少し動いた彼女の顔に、一筋の茜が射した。照らされた彼女の顔は笑っているように見えた。
「えっ、なになに? 聞かせて聞かせてー?」
「えー、笑わない?」
「笑わない笑わない。だから教えてよー」
彼女元へ近づき、座っている彼女の後ろからもたれかかる。俗に言うあすなろ抱きという形だ。
困ったように笑った彼女は、鎖骨の間に置かれたあたしの手に自分の手を重ねて訥々と話し始めた。
「もう……本当だよね? ……私ね、アイドルになりたかったんだ。こうして女として生まれたんだもの、一度でもいいから、あんなキラキラした場所に立てたらいいなぁってずっと思ってたんだ」
それを聞いて、違和感は微塵も感じなかった。彼女はどこにでもいるような、読書家で、物静かで、アイドルに憧れる少女なのだ。
「えー! いいじゃん、アイドル! うん、絶対いいよ! 今からでも目指してみたら? アタシ、絶対おねーちゃんと応援するよ!」
そう言って、アイドルになった彼女を想像する。普段はモノクロを基調とした服を着る彼女が、派手な衣装を着て、幾万の人が待つステージに立って踊り歌っている。可愛らしいスカートを揺らす彼女は笑っていて、飛ぶ汗が星のように輝いていた。
アイドルになった彼女に、違和感は感じなかった。寧ろ、収まるところに収まったような気持ちがした。
「あはは……。もう諦めのついた夢だしいいよ。でも、ありがとうね、日菜」
虚しく響く笑い声をあげて、窓を見つめる。少し前かがみになって覗いた彼女の顔は、寂しげな朱に染まっていて、目の前の景色が二乗に滲んだ。
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「ねぇー、いきなりこんな所に呼び出してどうしたの?」
時は過ぎて、中学生でいられるのも最後になった年の秋、あたしは彼女に呼ばれた。夕暮れの光が届かない校舎裏に、彼女はいた。この頃はあたしを除いてほとんどの人が受験で忙してピリピリした雰囲気が充満させていて、彼女も例外ではなかった。
学年が上がって離れ離れになってしまった彼女が急に呼び出してなんだろうと、少しイライラした気持ちになって、強めの口調になってしまった。
「あっ……。ごめんね、日菜。少しだけ、ほんの少しだけ話したい事があったから呼んじゃったけど、もしかして迷惑だった……?」
「別に迷惑じゃないけどさー、そっちは大丈夫なの? 顔色悪いよ? 早めに帰って休んだ方がいいんじゃない?」
目の前の彼女は、校舎裏が日の届かない暗い場所だというのを差し引いても、暗い表情をしていて、誰が見ても大丈夫なんて言えるものではなかった。目に生気はほとんど感じられず、顔はすっかり痩せ細り白くなっていた。
「大丈夫だよ」
彼女はそう言うが、その声も弱々しくて聞くに耐えない。もう一度声をかけようと口を開いたら─彼女の顔が視界いっぱいに広がった。
徐々に認識されていく彼女の柔らかく重なる唇を意識すると、顔が熱くなって思考を邪魔する。上の空になっていたら、彼女は既に唇をあたしから離して、元の位置に立っていた。そして、相変わらず影の指した顔で、彼女は告白をした。
「ごめんね、日菜。もうこうするしかないって思ったの。──ねぇ知ってる? 日菜。私ね、会った時からずっと貴女の事が好きだったの。友達としてよりも愛する人として貴女の事を大好きだったの。……軽蔑するよね、友達にこんな感情を持つなんてさ。でも、もう我慢していられないの。──ねぇ日菜、私の手を取って。そうしたら、貴女がくれた私の大切なものの分私が貴女にイイコトをしてあげるから……」
─彼女は何を言っているの。
彼女は手を差し出す。あたしは何も考えられなかった。理性は彼女の言葉が溶かしてしまった。
─わからない分からないワカラナイ
ショートしてしまった頭は答えを出すことを拒絶している。彼女の気持ちも、あたしの気持ちも、何も分からない。この手を取ればイイノ? ……この手を取れば、彼女は幸せになれるのだろうか。
─でも、苦しそうな顔でそう言う君は本当にそれでシアワセなの?
熱に浮かされた脳を絞って、あたしは彼女の手を振り払った。
弾かれた手を彼女はまざまざと見ていた。そして、「ごめんね」と言ってすぐにその場を走り去ってしまった。
謝った彼女の顔は、とても悲しそうで、でも何処かで晴れやかだった。
あたしはその場でへたり込んでしまった。儚く映った彼女の顔があたしが立ち上がるのを邪魔していた。彼女との距離は、離れる一方だった。
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翌日、彼女は自宅のベランダで首吊り死体として発見された。殴られて倒れていた父によると、彼女の生活は惨めなものだった。
最愛の妻を不運にも無くした父は、その愛情を彼女へ向けた。彼女の顔に、身体に、妻の面影を重ねて、その愛情を吐き出した。
間違っていると知りながら、彼女は歪んだ愛情を受け止め続けた。
しかし、彼女は日菜たちに出会って、温かい場所を知った。
そこからの父との日々は地獄としか言い表せなかった。軋むベッドの音が、自分の大切なモノを侵す足音に聴こえてならなかった。
変わった娘の態度に父は気に入らなかったのか、交わる回数は増え、内容もエスカレートしていった。そしてついに彼女の大切なモノすらも侵略しようとしていた。彼女はそれを己の命と引き換えに守ったのだ。その後の彼女の父はあたしは知らない。興味もなかった。
そこまで思い出して、病室のタンスの中にしまわれた手紙を取ろうとしたが、年老いた身体ではそれは叶わなかった。いつかの日のように、望んだものは届かない。でも、あたしはその手紙を一度一句覚えている。
死んだ彼女が残した最後の手紙。何度も読み返しては涙で滲み、所々擦り切れてもう読めない、ノートを乱雑に千切ったボロボロの手紙。彼女が遺した、最期の言葉を、どうして忘れられようか。
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日菜へ
この手紙を読んでいる時にもう私はいないでしょう。ベタな始まりになってしまうけれど、ごめんね。
こうして手紙を書いたのは、改めて謝りたかったから。私ね、実は最初に会った時に日菜の事が嫌いだったの。いつも輝いてる日菜を見てると「どうして同じ名前の私はこんな目に遭わなきゃいけないの?」って凄い苦しかった。でもね、日菜や紗夜と一緒にいるうちに温かい場所を知れた。だから、どんな辛い事でも耐える事が出来た。
日菜は私から色々なモノをくれたって言ってくれたけど、本当に色々なモノを貰ったのは私なんだよ。昔は優しいあの人に好き勝手にされて、しょうがないって諦めていた私に、日菜は恋をくれた。あの人からの歪んだ愛以外の愛を知れた。アイドルに成りたいなんて、とっくに忘れてた夢も思い出させてくれた。呪うばかりの毎日を温かいまいに変えてくれた。それは全部私の人生で最高の宝物なんだよ。
最後の告白はね、本気だったんだよ。あの人に日菜を家に連れて来いって脅されて、日菜に家に来させない為に思いついた方法がこれしか無かった。だから、あの時私の手を弾いてくれてありがとう。だって、あの人の愛が日菜達を犯すのはどうしても耐えれなかった。
あの人に反抗したけど、殴られて、犯されて、無能な売女だと罵られて、そんなのはもう耐えられない。だってあの人は日菜も自分のものにすると言った。殺そうと思ったけど、殺しきれなかった。だから、私は死ぬ事にしたの。日菜達と共に生きる事が出来ないのが最期の心残りだけど、それだからこそ日菜達には悔いなく生きて欲しい。それが自分勝手に死ぬ愚かな私の最期のお願い。
さようなら、私の大好きな人。そして、ごめんなさい。
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この手紙を読んで、初めてあたしが彼女に抱いていた気持ちが恋だと知った。皮肉な現実を理解したその瞬間、自分が滑稽に見えて笑いたくなった。
─何が天才だ。その頭脳を持っておきながら、彼女の気持ちに応えることも、気分の気持ちを知ることも出来なかったくせして。笑わせる。今更分かったところで彼女はもういない。あたしのこの気持ちに応えてくれる人はもう遠くに行ってしまった。
もっと彼女と一緒にいたかった。あたしが悪戯して、おねーちゃんがそれを咎めて、彼女がそれを困ったような顔で、でも楽しそうに笑う。そんな日々が好きで仕方なくて、ずっと続くと信じて疑わなかった。
そうやって約束されない永遠を信じた結果がこのザマだ。やっと気付いたこの気持ちを伝えたかった。描いていた未来は音もなく崩れ落ちてしまった。
彼女の死を受け入れられず、部屋にこもっていた時、おねーちゃんは強引にあたしの部屋に入り込み、泣きっ面にビンタをかました。甲高い音が部屋に鳴り響いた。そして、おねーちゃんはあたしに語りかけた。
「いい加減にしなさい、日菜。貴女がいつまでも塞ぎ込んでいてどうするのよ! ……あの子が亡くなって悲しいのは分かるわ、私だってそうだもの。……けど、私達がいつまでもそうしていたら、あの子は浮かばないじゃない! それでもどうしたらいいか分からない? ……はぁ、──そうね、だったらあの子が生きた証を作ってみたらどうかしら?」
その言葉にどれだけ救われたことだろう。
─彼女の生きた証を作る
その言葉と彼女の手紙を糧に、あたしはひたすら残りの人生を燃やし続けた。
あの日から大分時間が過ぎたんだなと、年老いた身体を見て実感する。
高校生で、彼女の憧れていたアイドルになった。あたしの事情を知ってなお共に道を進んでくれた「Pastel*Palletes」のみんなには感謝しきれない。彼女たちと、音楽関係で知り合った多くの仲間と過ごした高校生活は、彼女と過ごした日々に負けないほど充実していた。海外の大学に行くと言った時も、メンバーのみんなは嫌味1つ言わずに最後まで応援してくれた。
それからの日々は、光陰矢の如しとはよく言ったもので、本当に光のように一瞬だった。
海外の大学で宇宙について学び、それをそのまま職にした。奇特な髪の色や人種、性別、生まれ持った性格などで揶揄われたり色々困難はあったが、おねーちゃんの言葉とあの手紙を支えに走り切った。
そうして、「宇宙開発の母」なんて呼ばれるようになった頃には、老いぼれた体で生まれ育った土地へ戻ってきていた。
そうして帰ってきた街で、かつての仲間たちと余生を過ごしていたが、その仲間もみんな先に旅立ってしまった。
─ホシノコドウに導かれて集まった5つの星々は、燃え尽きた今でも、人の心を照らし続けている。
─世界を跨いで活躍した彼女たちは、笑顔のパレードを行進し続けて、その意思を世界に託した。
─夕焼けに誓った幼馴染は、最後まで自分たちの居場所を守り続け、自らの色を歌い続けた。
─頂点に気高く狂い咲いた青薔薇は、枯れ果てた今も美しくその根を人の心に張っている。
─そして、欠け落ちた色彩も、その彩を劣らせることなく、人々の心のキャンパスを彩り続けた。
───────────────────
そしてあたしももうすぐ彼女たちの元へ行くのだろう。もう指一本動かす気力も瞼を開け続ける力も残っていない。
閉じたまぶたの裏に浮かぶのは、あたしは刻んだ彼女の生きた証。
何光年も先に位置する、やがて人類の新たな住処となる魁星、「ヒナボシ」。この名前の由来を知る者はもうすぐ誰もいなくなる。遠くへ行ってしまった彼女を模した、届かぬ星に手を伸ばしたもの。その完成の瞬間をこの眼に焼き付けることができたのだ。もうこの人生に後悔なんて存在しない。
視覚に次いで聴覚も消えてしまったようだ。耳障りだった電子の鼓動が聞こえない。看護師の気配もするが、閉じてしまった瞼を再び開けることはもう叶わないだろう。それに、目の前に広がる階段から目を背けたくはない。
この先に、誰かいるのだろう。おねーちゃんだろうか。Pastel*Palletesやバンドで知り合った皆だろうか。家族だろうか。それとも、君だろうか。
もし君に会えたら……いや、きっと君に会えるだろう。君に会ったらまず何をしようか。まずは一発出会い頭に殴って、先に逝った事を謝らせよう。そして彼女を許したあとは、今度はあたしが謝ろう。「今まで彼女の苦しみに気づいてあげられなくてごめん」と。その時は彼女に殴られようかな。やっぱり痛そうだからやめておこう。そしたら、彼女に持ってきた抱えられないほどの土産話でも話そう。おねーちゃんも交えて、3人で。それか君の後に出会った仲間たちと。それだと大所帯になってしまうか。特にあの金持ちのお嬢さまと星のカリスマははしゃぎ回るだろう。あたしに負けず劣らずの彼女たちの天真爛漫さには君もきっと手を焼くだろう。
─嗚呼、でもそれは、とってもるんってくるものだろう。
そこまで考えて、消えていく意識に身を委ねる。彼女とまた巡り会える事を信じて、あたしは階段を登った。
─そうして、あたしは意識を手放した。登り始めたはずの階段は、気づけばとうに登り切っていた。
目の前には、彼女がいた。あの頃のように、困った笑みを浮かべて、そっと手をあたしの方へ伸ばしている。大好きな彼女の、白くて、細くて、綺麗な手。あたしはその手を、今度はしっかりと握りしめる。やっと、やっと握れた彼女の手の感触を魂が喜んでいるように感じられる。
─やっと会えたね。今まで寂しかった? 今度はちゃんと一緒にいようね。言いたいことはまだまだあるけど、この手はもう絶対に離さないからね……あたしが大好きな人。