三体系のエントロピー   作:朝雲

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Appendix
蛇足 二重性


「恐らくですけど解離性障害みたいなものじゃないですかねぇ。とはいっても、今のところ貴女の症状は比較的軽微なものなので安心して下さい」

 

 目の前の白衣の医者は私の症状を書き連ねたカルテをざっと一通り見ると、その白髪交じりの頭を掻きながらそう私に告げた。

 

「解離性…障害ですか?」

 

「そうです。いわゆる世間で言うところの多重人格ってやつですね。白川さんの場合はかなり軽微なものではありますが、ややその兆候が見受けられます」

 

 医者は「いやーそれにしても珍しいですね。こんな症例」と言って、喜色を浮かべながら私のことを珍獣でも見つけたかのように、まじまじと見てきた。

 

「お話を聞く限り白川さんの場合は、その貴女の理想とする『白川由紀』としての淑女的な人格と『しらかわゆき』というアナタのベースである幼い人格が混じったような感じになっているのではないでしょうか」

 

 おそらく幼い時から『白川由紀』さんを演じすぎて、どちらが本来の人格か分からなくなってしまったのでしょう。どこか『白川由紀』でなければいけないという脅迫観念でもあったんですかね?まだ中学二年生なのに無理しすぎるものじゃありませんよ。

 

 医者はそう言うと微かに笑った。突飛な話ではあったが、なるほど。私がずっと感じていた違和感の正体はそれなのだろうか。

 

「では、元のワタシである『しらかわゆき』さんは今どうしてるのでしょうね」

 

「さぁ、私には分かりません。ただ大きなストレスや不安を感じると人格障害の方は人が変わってしまうと言われています。一説には解離性障害が発生する原因は、自分の居場所がないなどといった過度な不安からくるとも言われていますしね。もっとも、詳しいことはまだ研究途中なうえ、個人差があるようですが」

 

「そうですか。じゃあ、もし失恋とか大きなショックでも受けたら『白川由紀』じゃなくて『しらかわゆき』がひょこっと表の人格として出て来たりして」

 

「はは、失恋ですか。よほど恋に入れ込んでいれば、そんなこともあるかもしれませんね。もしそうなった場合には、一体どうなってしまうのか私には分かりませんが。『しらかわゆき』さんの方の人格は精神年齢が幼いので、もしかしたら激高して相手に危害を加えてしまうかもしれませんよ」

 

 なんたって、十歳児みたいなもんですからね。

 

 そう言うと、医者は持っていたペンをナイフに見立てて、一人で愛憎劇を繰り広げながらおちゃらけてみせた。

 

「おふざけが過ぎましたな。まあ、とりあえず定期的なカウンセリングをしつつ様子を見ましょうか。くれぐれも過度のストレスは避けるように心がけてくださいね」

 

 トントンとカルテを纏めると、もう話はお終いとばかりに医者は私の方から目を反らす。

 

「先生。もし意図しないタイミングで『しらかわゆき』が出てきた時はどうればいいのでしょうか」

 

 最後にこれだけは『白川由紀』として訊いておきたかった。

 

「うーん、その時は諦めて『白川由紀』さんを殺して下さい。だって、我々はアナタの元の人格である『しらかわゆき』さんに、今の貴女の人格を統合するお手伝いをしている訳ですからね」

 

 そう言って、口元にペンを当てながら口の悪い医者は笑った。

 

 

 

 

了 

 

 

 

 

 




【後書き】

まず、この悪文をここまで読んで下さった物好きな読者の皆様に深謝を申し上げます。

オリジナル作品としては本作が私の処女作です。そのため至らぬ点が多かったとは思いますが、そこは生暖かい目で見ていただければと思っています。

なるべく文章の推敲は重ねましたが、残念ながら文才もなければ、浅学な身ゆえ、誤字誤用等があるやもしれません。その際はそっと優しく教えて頂ければ幸です。

さて、この「三体系のエントロピー」という物語のメインテーマは実のところ、『ヤンデレ』でもなければ『物理学』でもありません。(もちろん大きなテーマではありますが)
私は残酷な「幼さ」と歪な「大人らしさ」の二重性をこの話のメインに書いたつもりです

ヤンデレヒロインというものはどこか精神的な「幼さ」を持っていると私は考えています。
相手の気持ちを省みない偏執的な愛。気に入らない恋敵を消したい気持ちを抑えられない自制心のなさ。さらには、自分の思い通りに行かないと暴走してしまう独善性など。
そのヤンデレ特有の精神は、子供の持つ無邪気な残酷さや偏狭さに似た幼稚性を帯びています。

しかし、それと同時に彼女等の言葉遣いや行動力は十分子供の域を脱しており、権謀術数といったような腹の探り合いをできるだけの「大人らしさ」というものを持っている。

その相反する二つの性質が「重ね合わせ状態」になったのがヤンデレであり、彼女らが「大人」か「子供」かは観測する条件(それは彼女らが育った環境や、主人公の選択など)により異なる結果を見せるのです。
いわば、ある時は回折という波動性を示し、ある時は光電効果という粒子性を示す光のような存在がヤンデレの本質ではないでしょうか。

そのため、本作のヒロインである糸川弥生は、数理的な思考ができる「大人」としての知性と、幼少期の家庭環境からくる、無償の愛に飢えた「幼さ」を併せ持つという設定です。

また、白川由紀はコンプレックスからくる屈折した二つの人格。即ち仮面である淑女的な『白川由紀』と横暴で愚鈍な子供である『しらかわゆき』を内に秘めています。(そのため由紀の口調はある時は丁寧語、ある時はタメ口と安定して書かないようにしました)

もっとも、私の文章や物語の構成が余りにも拙いので、全くもってこのテーマを読者の皆様に伝えられた気が致しませんが、少しでもその片鱗を感じていただけたのならば、望外の喜びであります。

とはいえ、作品の解釈は自由であるべきです。自分なりの解釈や印象があるのであれば、筆者の戯れ言を真に受けず、それを大切になさって下さい(そもそも暇つぶしのネット小説なので、筆者も余り深く考えて書いてはいません!ほぼその場のノリと雰囲気で書き上げました)

長々と御託を並べましたが、ヤンデレというジャンルの隆盛を祈念して。ここで筆を擱かせて頂きます。



※なお解離性障害については創作の都合上、実際の症状とは異なる箇所が多々ありますがご了承ください
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