人里のカフェにパンケーキを食べに来た咲夜と魔理沙。それが全然美味しくない。もう全然。店も最悪だった。そんなカフェに集まったのはただ自分の欲に従う者のみ!

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「胸くそ悪い」

 

 私の言葉に目の前に座っていた魔理沙が顔をしかめた。ちょうどお昼時で、仕事を終えた農夫たちが店内に雪崩れ込んでくる。薬局に流れていそうなちゃらついた音楽も店内の騒々しさに掻き消された。

 皿の上に乗ったパンケーキを銀色のフォークの先っぽで持ち上げ、ずるりと落とす。冷めて美味しくもない。私が作ったパンケーキの方が美味しい。甘すぎるし柔すぎる。こんなことならいつも通りメイドのふりをしとけば良かった。魔理沙がパンケーキ食べに行こうなんて言うから。

 

「糞とか言うのやめろよ。仮にもここは飲食店だ。砂利道に転がってる黒くて乾燥したやつが頭から離れねえ」

「仮にも?」

「……あぁ、仮にも、だ」

 

 私の機嫌を察して魔理沙は単語を一つ一つ区切って言った。昔見た洋画にこういう奴がいた。目をぐるりと回してね、ふざけた調子で左右に揺れるの。とんでもない奴。最低。大抵、そいつが喋った後、大統領とかプロジェクトのリーダーとかがキレるのよ。「胸くそ悪い、よ」一応間違いを正しておく。「そっちじゃない」

 

「ねぇ、仮に此処が飲食店だったとして? 私たち、何を食べに来たわけ? 冷えたパンケーキ? 何日前に洗った食器? 油の浮いた紅茶?」

 

 隣の客が口の端を片方上げて嫌な笑い方をする。摘まむようにして持っていたティーカップをそのままソーサーに戻して、私も、へ、と口の端を上げた。

 魔理沙は自分の頼んだエスプレッソを半分パンケーキの上に溢して、ソーサーごと私の方へ滑らせる。わざとっていうより、人差し指と親指だけじゃカップを支えきれなかったらしい。私も魔理沙のカップを少し押してから話に戻る。

 

「じゃあ咲夜は何を望んでんだよ」

 

 びちゃびちゃになったパンケーキは、最初からそうであったみたいに店に馴染んでいた。皿の上に最早何が乗っていようと、私たちは驚かない。

 

「魔理沙がカップをしっかりと持てること」

 

 手のひらを広げ、一本指を出す。

 

「パンケーキが温かくて甘すぎないこと」

「食器を洗うこと」

「紅茶に油を浮かせないこと」

「空になった皿をすぐ持っていくこと」

「煩い音楽を止めること」

「定食屋とカフェを一緒にしないこと」

「清潔にすること」

 

「おいおい」「それってどこの担当だよ。何度も説明させて担当が違いますので……とか言われたら面倒だろ」魔理沙が折り畳まれる私の指を止めた。「私は御免だぜ」私も御免だった。

 自分の食べかけパンケーキを眺めた。金も払いたくないけど店長を呼びたかった。説明する手間を省くために。これって最近話題のモンスタークレーマーってやつなのかしら。店員が近づいてくるのをジリジリ待った。しかし、待っているときに限って近づいてこない。黒白のウェイトレスがちらちらと見ては怪訝な顔をする。

 

「私ならもっと上手くやるわ」

「本業だろ」

「生憎カフェの店員はまだ」

「店長にしとけよ」

「ウェイトレスのこと。見ないふりくらい完璧にやってよ」

「あんまりじっと見ると爛れる」

 

 私たち二人の異様さは際立っていた。何しろ、二人ともメイドやウェイトレスのような格好をしていたし、不良店員が職場の愚痴を言っているように見えるかもしれない。コスプレして楽しいってわけでもないけど、魔理沙みたいに見た目から入るって分にはいい。私は本物のメイドだからどうだか。「いっそ本当に店員になっちまえばどうだ?」「ちょうどいい」

 客に遠巻きにされるのは構わないけど、店員にまで避けられたら注文すら出来ない。思わず貧乏揺すりを始めそうになったとき、男の怒鳴り声が響いた。蜂の電撃ネットワークのごとく店内がざわつく。

 私は先を越されたか、と一人気の抜けた気分になっていた。向かいの魔理沙もつまらなそうに頬杖をついている。男は勘定の場でむかむかしていた。その手に、フォークが握られているのを見つけ、あ、と前のめりになる。魔理沙も気づいたようで眠そうだった目が丸くこちらを見ていた。

 しかし、何故フォーク? 

 

「俺は強盗だ!!」

 

 なんて、出来すぎてるんだろう。

 名乗った強盗など初めて見た。私たちは、カフェか定食屋か分からないこの店内の全員は、しんと静まり返った。「金を出せ」

 ようやく脅される。「お前ら、動くなよ。動いたらこの店員を殺す」「喉をフォークで刺してやる」勘定をしていた店員が泣きそうな顔で金をかき集めていた。私はその間余計なことを考えていた。「金を出せ」そして「俺は強盗だ」がおそらく定型なのだ。これでは逆だ。新入社員じゃないのだから。

 

「魔理沙」

「喋るなよ」

「喋るなとは言われてないわ」

「ああそうかい」

「逆じゃない?」

「あん?」

「逆よね」「私たち」

 

 小さな声で話すと、魔理沙は嫌な顔をする。「逆だって?」ウェイトレスが職場の愚痴を言うにはまずウェイトレスにならなければならない。愚痴を言った後にウェイトレスになるなんて馬鹿げてる。けど、名乗ってから金を要求する強盗がいるくらいなのだから、案外普通なのかもしれない。そのことを魔理沙に話すと、案外普通の返事がきた。

 

「いつからウェイトレスになったんだ?」

「これからなるのよ」私はウィンクする。「これから、ね」

 

 強盗の男がこちらを睨んだ。私たちは微笑んで両手を上げる。丁度金が集め終わり、それほど咎められることもなく男が目を逸らす。

 額が思ったより少なかったのか、舌打ちする。当たり前だ。人里で強盗するなんて、いくら金があっても割に合わない。なんせ、大体捕まるんだから。「店長」魔理沙がにやにやと笑っていた。「捕まえてこいよ」

 男がフォークを店員に突き付けるのを忘れずに逃げようとする。私は時間を止め、男からフォークを奪った。それだけだ。

 

「あっ」

 

 間抜けな顔をして男は狼狽えた。その様子に先ほどまで弱気だった店員がみるみる元気になり、強靭な男になった。間抜けな悲鳴と野太い雄叫びに続いて、客たちはあっという間に二人のもとに押し寄せる。残りの客も立ち上がってまるで宴会をしているように野次が飛ぶ。

 私と魔理沙はその混乱に乗じて店の奥へと進んだ。

 

「ビギナーズラックね」

「棚からぼた餅だな」

 

 私たちは本当にラッキーだった。強盗の男は自分の欲求の為に強盗をするし、私たちは私たちの欲求の為に強盗を捕まえる手助けをする。win-winな関係だ。そのあとに勝ち負けが決まろうと、知ったことではない。

 スタッフオンリーの通路を抜け、厨房に入ると中は空だった。強盗の件で皆居なくなったのだ。呆気にとられていると、奥で「ひっ」と声がした。一人でナポリタンを食べている。私を無視したウェイトレスだった。「お取り込み中失礼」

 

「ほんとな」

「えーと」「こんにちは」

「季節の挨拶は間に合ってるぜ」

「ならあの強盗に倣うことにするわ」

 

 彼女はナポリタンをまくまくと口の中に押し込み、残りは調理台の上に置いた。他の料理も中途半端に食べかけられている。

 いまいち緊張感に欠けるが、彼女は顔が引きつって如何にもって感じがする。如何にも? 如何にも、強盗らしく。横暴で、自分勝手、そう、如何にも店長らしくね。

 

「私は店長よ!!」

「私はウェイトレスだ!!」ほら、ね。

 

「やっぱり逆じゃない」

 

 

 ○

 

 

 未だ盛り上がりを見せる乱闘騒ぎの奥で、私たち(三人)は黙々と料理を食べていた。それは農夫たちが注文したものだったが、ウェイトレスがほとんど手をつけてしまっていたし、冷めていたので棄てようにも三角コーナーでは収まりきらないし、食べることにした。幸い、パンケーキもあまり食べなかったのでよく食べた。あまり美味しくはない。

 

「思ったんだけど」

「なんでしょうか」ウェイトレス(本物)が恐々と言った。彼女の手にはしょうが焼き定食の皿があった。

 

「味つけ濃すぎない?」

「私も思った」すかさずウェイトレス(偽物)

「新人が作ったもので」

「その新人はあっち?」

「ええ、皆」

「貴方は行かなかったのね」

「お腹が空いて……」

 

 彼女は照れて笑った。動機がなんともしょうもなかった。魔理沙は脇目も振らずカレーを流し込んでいた。彼女がついてきたのは成り行きだったし、彼女自身は常識も私よりあるので今この場にいるのが可笑しい。きっと、彼女なりのセーフラインにいるのだ。まだ。これは犯罪じゃない。

 私も野菜ラーメンをすすった。野菜が乗っているからといって、ヘルシーなんて言えない。増える麺を置いて、野菜炒めを食べる。ちょっと生。

 結局、食べきれなかったものは三角コーナーに棄てた。増える麺も最期はあっけない。

 

「私たちの目的は美味しいパンケーキよ」

「この店の建て替えじゃないのか。物理的に」

「ま、それでもいいのだけど」

 

 魔理沙とウェイトレスの彼女に厨房と店内の掃除を命じ、私は食器類をすべて洗った。これでカップを人差し指と親指だけで持たなくちゃいけないなんてことはしばらくない。店内に溜まった食器も、持っていった。

 殴り合いの喧嘩には既に賭けの道具にされていて男たちがやんやと煩い。そのおかげでちゃらついた音楽は聞こえないが、私はお洒落なジャズの音楽に変えておく。メイドの私に誰も注意を払わず、そればかりか途中で料理の注文と催促も受けた。

 厨房に戻ると二人が掃除を終えていたので追加の洗い物を頼み、私はさっき受けた注文の料理を作る。野菜ラーメンだ。作ったことはなかったが、私の食べたものより美味しいのは当然だ。

 

「はい、3番テーブルに」

「私か?」

「ウェイトレスよ」

 

 ウェイトレス(本物)とウェイトレス(偽物)が顔を見合せ、じゃんけんの結果偽物の方が野菜ラーメンを持っていった。

 私は早速パンケーキ作りをする。手持ちぶさたのウェイトレスがしきりに厨房の奥の休憩室を気にした。私は顎で休憩するように指示した。「ありがとうございます」

 ウェイトレスは浮き足立って休憩室へ消えていく。

 

「そんなに疲れたのかしら」

 

 生地を混ぜ、フライパンで焼き上げる。この瞬間が幸せだ。紅茶も温度計でしっかり計りながらお湯を沸かすことで美味しくなる。

 鼻歌に調子が出てきて、本格的な歌唱に入ろうとしたところで、慌てた様子の魔理沙が戻ってきた。

 

「本物の店員たちが戻ってくるぞ!」

「あら、早かったわね」

「呑気にパンケーキ焼いてる場合じゃないんだよ」

「もうすぐ出来ますわ」

 

 仕方がないので紙皿に盛り付け、紅茶は水筒を拝借することにした。荷物をまとめた魔理沙が既に窓から脱出している。流石本業である。私もあとを追う。「そういやあいつは? あのウェイトレス」突然窓から出てきた私たちに好奇の視線が刺さる。「下手なこと言われたらヤバそうだ」

 

「ああ、それなら大丈夫よ」私の言葉に魔理沙が不安そうに眉を下げた。

 

 店から離れた所で、パンケーキと紅茶を頂くことにした。フォークとナイフを忘れたと思っていたが、ポケットからフォークが出てきたので驚いた。ナイフはいつも持っているがフォークは常備していないはずだ。

 

「それ、強盗の男が持ってたやつじゃないか」

「そうだわ」

「また助けられた」

 

 パンケーキは温かく、ほどよく甘い。紅茶も油なんて浮いてない。この上ない幸せだ。いつもの味が一番美味しい。「やっぱりあの店、最悪だった」

 

「定型だな」

「勝手に働いただけだけど」

「ならまたあの店に行ってパンケーキでも食おうぜ」

「趣味が悪いわ」

 

「ああ、そうだ。そういえば咲夜、なんでウェイトレスが何も言わないって分かるんだよ」

 

 魔理沙が私を睨む。

 

 

 ○

 

 

 時は少し戻る。ウェイトレスの彼女は休憩室から出ると、あまりの静けさに不思議に思った。そうだ、店長が居ない。それにあの金髪のウェイトレスもまだ戻ってきていない。彼女は二人を本物の店員とウェイトレスだと思っていた。訝しみ、厨房を進むと彼女は圧倒された。

 調理台には料理が敷き詰められるだけ敷き詰めてあった。どれも先ほど食べたものよりも余程美味しそうなものばかりだ。しかも、料理はさっき食べたものと全く同じものが並んでいた。咲夜が時間を止めて作ったものだった。彼女は腹を鳴らす。ぎゅううゅぐぐうぅ。まだまだ腹は空いている。

 

「料理はできてるか!?」

 

 突然外へ繋がる扉が開き、彼女は「ひっ」と短い悲鳴を上げる。黒白の制服の人間が大量に入ってくる。彼らは強盗騒ぎで職務放棄したウェイター達である。一人の男が彼女を見た。彼女はどくどくと心臓を鳴らす。男は何も言わない。

 厨房の奥に進み、並べられた料理に誰もが言葉を失くしていた。それから彼らは調理台の上の料理に圧倒されたように足を止めたが、すぐに料理を運び始めた。厨房は騒がしくなる。

 

「君」

「はっ、はい」

「他の料理人たちは何処に行ったか知ってるか?」

「さ、さぁ……皆目検討もつきません」

「そうか」

 

 ウェイトレスの彼女はにこにこと笑っていた。話しかけた男も作業に戻ったのに、彼女は何もしない。誰も注意を払わない。

 彼女は休憩室に戻った。「もごごごっ!」黒白の制服を脱ぎ、服を着替える。「んむううっふんっ」彼女には少し心残りがあったが、料理は全て持っていかれてしまったのでどうしようもない。「んんふへぇっ!」「ふんへ! ふへふぇー!」

 

「それじゃ」

「お世話になりました」

 

 休憩室には料理人たちが猿ぐつわをされて転がっていた。彼女は頭を丁寧に下げた。

 ウェイトレス(偽物)の彼女は休憩室の窓から出ていく。通行人の好奇の目に晒され、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。

 

 

 ○

 

 

 口の中にほどよい甘さが広がる。水筒のコップを五本の指でしっかり持った魔理沙に私は満足した。私は魔理沙の問いに答えてやる。

 

「だって、同業者ですから」

 

 世の中には二種類の人間しかいない。

 しかしそれは利用するか利用されるかの俗っぽい答えではなく、先に名乗って脅すか、先に脅して名乗るかの単純な違いなのである。

 なんて、出来すぎてるんだろう。




「あのカフェ潰れたらしいぜ」
「あら残念ね」
「趣味が悪いな」
「それはお互い様」

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