元ネタ:ゲマインシャフト(佐伯弥四郎著)
神父たちが活躍する漫画。トラブルメーカー・ラース・クーゲルと相棒のブラッドレー・ヒューズを中心に愉快な仲間たちが繰り広げる、バトルあり、コメディあり、ラブコメあり、のコメディ漫画。ヒロインは筋肉隆々のトムじいさん。

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ジョン=ゴトシャルクの受難

今日は法術のテストである。笛が鳴ったら同じ属性の術を発動させ、どちらの力が大きいのか、純粋に比べるものである。いわば瞬発力のテストだ。はやく詠唱し、魔力を変換し、そしてより大きな力を。

 

一番いいのは互いの術が反発しあい、やがて中和する、相殺するくらいの同格さ。あらかじめ二人組は決められている(一方があまりに大きいと打ち消されて、もう一方が被害を被るためだ)。実際はお互いにうまく力を同格に発揮するという、力の調整というひとつ上のランクの実技試験だった。のだが。

 

 

どっか───────ん!!

 

 

あたりは一時騒然とした。悲鳴と混乱とどよめき。シスターたちが駆け込み、吹っ飛ばされたかわいそうな赤い髪の少年は運ばれていく。ルークロフト様、とファンのシスターが悲鳴を上げた。みんな、思った。またお前かと。

 

ただ沈黙して、爆発と煙と延焼ののこる真中で立っているもう一方を見た。ちなみに赤い髪の少年は有名な家の三男で、優秀な兄2人と父を持つが、これをきっかけに優秀であるにもかかわらず魔力だけは劣っているのでは、とひがみ代わりに陰口をたたかれるちょっとしたトラウマが待っている。

 

 

「あーごめん事故」

 

 

てへ★とでもいいそうな、顔である。たったふた文字でかたずけてしまった金髪に緑の瞳の少年は、やっちゃったZEとばかりにあっけらかんとしている。この少年はラース・クーゲル。のちに教会の歩く人災とよばれる、法術・魔術(本来神父は使用が禁止されている)は一流だが、性格に難がありすぎるこの漫画の主人公である

 

 

 

「先生、あの」

 

 

 

第三者だった少年が、ちりとりとほうきかをかかえて現れた。彼は真っ先に、テストを担当している神父に申し出た。いつものことである。見たくもない中年男のぱんちらとぼうぼうにはえたすね毛が黒々とした法衣に隠される。

 

あわてて身なりを整えた試験官は、慈愛に満ちた目でぽん、と肩をたたいた。目をそらしていた見習の同級生たちは、がんばれ委員長、と関心半ばで見守っている。なぜならば、このクラスにおいて、いわゆる予定調和を保ってくれる最後の良心が、ほかならぬ彼、ジョン・ゴトシャルクなのである。

 

 

「ありがとう、ジョン君。さて、テストを続けないといけないから、他にも誰か」

 

 

いるかい?と見渡す試験管の点数をかせごうとみんな手をあげて、一時中断し、大掃除が始まってしまう。

 

 

「たしかシスターへリントンは休みだったかな?」

 

「あ、はい」

 

「すまないが、ラース君のテストもう一度やりたいから、やってくれるかい?」

 

「え、あの」

 

「頼むよ」

 

「はい」

 

 

有無を言わさぬ試験官に、わかりました、とジョンはうなずいた。がんばれ委員長、と同期候補生たちが密かに応援しているのも知らず、心ン中で密かに涙する。ああもう、また言えなかった。今日こそは言いたかったのに。いやです、帰っていいですかって。現実逃避が彼の悪癖であることは、あまり知られてはいない。

 

彼はとてもつつましやかな青年、と周囲に思われている。率先して物事に取り組むカリスマ性はないものの、それとなく意見をまとめてくれたり物事がうまくいくように取り計らってくれたり、リーダー格の人間にとっては一人はほしいと思う類の人間であると。

 

よって委員長とあだ名されているのも、学年が上がるたびに委員長が固定されているからである。彼はややイントネーションが標準語よりも平言、つまり抑揚をつける英語より日本語的なしゃべり方をするため、ほがらかなのんびりとした性質とも思われていた。

 

 

実際は、単に気の短いプライベートを大切にする類の人間である。めんどくさがりで、諦めが早く、即決で、その割にちゃんとそれなりの答えを持っているような人間である。法術や武芸だって教科書、指南以上はやらないし、求められる以上はしない。

 

やや周囲とかい離があることは自覚しているが、それを修正する意欲は皆無である。おそろしきは長年のささいな勘違いの積み重ねである。早く帰るためならば、なかなか決まらない金魚のえさがかりに手を挙げるような、自分から貧乏くじをひくような性質が、周囲には円滑に物事を進めるためならがんばる自己犠牲に傾倒した人間と思われるまでの長い道のりがあった。

 

それはさておき。

 

 

 

 

「早くやろうぜ、ゴトー」

 

 

にへら、とラースは笑う。うわうぜえなぐりてえ。残念ながら好きあらば己の鍛錬の成果(主にプロレス)を試したがる歩く災害に、喧嘩をふっかけてはいけない。どこかの診療所じゃあるまいしやめろよそのあだ名、とひそかにジョンは思いつつ、堂々と掃除をさぼろうとしているラースにジョンは持っている雑巾を絞らずにびしゃり、と握らせた。

 

 

「堂々とさぼらないでください、ラーゲルハンス島」

 

「どこの五臓六腑だよ!つか混ぜるな!」

 

 

はっ、しまった!つっこんだら負けだったのに!とラースは悔しそうにバケツで絞る。ジョンは知っている。どこの流れをくんでいるか察知されないように、ラースの組んでいる構成はひどく複雑であり、調節はまだラースの力量では及ばないことがある。

 

だからこうして盛大に技が暴発することがあるのだが、このひょうひょうとした少年はわざとかミスなのかすらさとされない演技を持っている。厄介なことに、彼の名乗るクーゲルとは本家は王都指折りの名家であり、それこそルークロフトと肩を並べるほどの貴族階級だ。

 

それを名乗るとはいえ、遠い縁戚とされている通り、ラースいわくつながっているのかも怪しい地方家系らしい。よって氏より育ちと揶揄されることがある。余計な火種を避けるためでもあるのだろう。残念ながら今回は素の暴発だろうが。

 

 

「めんどくさいことするくらいなら、教科書通りにすればいいんじゃないですか?」

 

「つまんないだろ?やっぱり法術つかうんなら、オレだけの技を!」

 

「だからラーゲルは料理が下手なんですね」

 

「なんでそんな笑顔で、知ってるんだよ?!ってか混ぜるなって!ラースでいいって言ってるだろ?」

 

「たしかにバナナ揚げようとして火柱立ったけど」

 

「なぜバナナをあげるという発想が。料理の典型なんですよね、下手な人の。アレンジは基礎を学んでからにしないとやけどしますよ」

 

「オレだから大丈夫」

 

「なんですかそのこの上なく不快な断定は」

 

「はいはい、教科書通り完璧な法術使えても、実践でやったら妨害されておわりだろ?ゴトー。対策されるぞ?」

 

「いいんですよ、神父になったら蔵書庫の番人になるので」

 

「・・・・・・まさかの本の虫!?」

 

「君たち、そろそろ試験を始めてもいいかな?」

 

 

「「あ」」

 

 

 

ちなみにルークロフトはこの日のけがが原因で試験を延期するはめになり、ジョンは再び駆り出されることになるのだが、また別の話である。思えばこれが神父という雑用として古今東西こきつかわれる上でラースと強制的に組まされるきっかけだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

バケツの水が、ちゃぷちゃぷちゃぷと音を立てては小さく波紋を繰り返す。物干し竿と化している彼の両腕には計10個並んでいる。なみなみと注がれているそれは、非力な彼がバケツに軽減の魔法、身体強化の魔法で自分をがっちがちに固めたことで、ようやく持つことができる重さだ。

ふらふらしながら慎重に慎重に進む。迷惑そうに横に道を譲ってくれるガラの悪い屈強な男たちは、おそらくここの警護の人間なのだろう。

 

後ろの方で揶揄する声が聞こえる。四十八九、彼のその珍妙な格好と行動、そして何よりもあまりにも場違いな彼の立場が原因だ。彼は密かに涙する。僕だって好きでこんなとこいるわけじゃないんだよ、畜生とつぶやいた言葉は心の中に仕舞われた。報復にバケツの一つでもぶん投げてやりたい気分だが、哀しいかなそんなことができれば固定化の魔法を使ってバケツを転がしているところだ。

 

同時進行で二つの魔法を継続させ続けるだけで一杯いっぱいな彼には、致命的なまでに魔力がない。彼にできることは無視をしてバケツを運ぶことだけだった。するとがちゃりとドアが開き、あわてて止まった彼は恰幅のいい女主人を認めて会釈した。挨拶も早々に、女主人は笑う。

 

「おい、兄さん。あのゴミの山なんとかしとくれよ?通れないじゃないか」

 

「あ、すいません。これ終わったらすぐに」

 

「頼んだよ。ところでその大量の水はなんだい?」

 

「水が欲しいって唸ってましたんで、ついでにもうすぐ仕事なのに寝られちゃ困るんでたたき起こそうかと」

 

あっちです、と用のある部屋を指すとああ、と女主人は納得してくれたらしい。女たちのきゃいきゃいきゃいという華やかな掛け声が聞こえてくる。営業は終わっている。打ち上げなのだ。営業に行かなくて本当によかったと彼は毎度ながら思う。

 

ハメを外したこの手の女性陣達の度胸はハンパない。魅惑的で目のやり場に困るような際どい衣装に身を包んだ彼女たちは、自分がいかに美しく見られるかを恐ろしいほど熟知し、武器にしてくるプロだ。しかも男の属性まで見ぬいてくるから困る。

 

あっという間に引きずり出されて酒が苦手だと言っているのに口車に乗せされたが最後、浴びるまで酒を飲まされ転がされる。別途料金の法外料金を請求されることは流石にないが、写真で知る前の酒盛りの痴態に首吊りをしたくなるのもいい思い出だ。きっと自分がいないところで焼き増しした写真を回して大笑いしているのだろう。恐ろしい人たちである。

 

「最初来た頃はどうなるんだろうと思っていたが、なかなかになじんでるよアンタの相方さん。どうだい?アンタもさ、見てくれはいいんだからそんなチンケな職なんてやめてここらでいっちょ」

 

「勘弁してください」

 

具体的にどういった意味合いで相方が馴染んでいるのかは知りたくもないし、聞きたくもないと先に制す。彼は土下座する勢いで頭を下げる。また聞かされた相方の現状に彼はめまいすら覚えた。なんで馴染んでるんですか、おかしいでしょう?客ならともかく、なんで営業で?量り売り?疑問は尽きないがおぞましいので止めにする。

 

流石に本番はないといいたいが、此処にくるときに何故か女用の化粧を頼んでくるという入れ込みよう、どこまで本気かわからなくなる。面白くないねえ、と肩をすくめた女主人はバケツの重さに震えている彼に気づいて引き止めてごめんよというと、引っ込んでしまった。大方賭け賭博にでも興じているのだろう。イケメンの男たちが見えた気がする。

 

 

ある任務の潜入のために雑用として住み込みで働き始めてから、彼はこの館を生活できる空間にしようと必死で掃除に明け暮れた。治安がいいのならば低賃金でもパートの人間が一人でも二人でもいそうだが、貧困層の一角にあるスラム街に軒を連ねる館のひとつ、そんなことを望むなら自分でやれと館の主人にはろくに相手にされなかった。

 

雑用か営業か、という究極の選択、二つ返事で彼は雑用を選んだわけである。きらびやかなお姉さま方に目がくらんだ相方は意気揚々と営業を選んだわけだが、どうなっているのやら考えるだけでもおぞましい。朝から晩まで屋敷のてっぺんにある雨水を溜め込んだ貯水タンクから水を汲み上げ、そしてどこぞの灰かぶりのように掃除に明け暮れる。

 

場所柄でてくるわでてくるわ触れるのもためらう使用済みのあれや、何に使うんだと首をかしげたくなるようなこれの山、山、山。時間は有限だと移転魔法の札を貼りつけてあるのは、ストリートチルドレン達の巣窟となっている不法投棄の山がある10km先の土地。陣をはって長ったらしい詠唱をしてようやくぽいっと捨てられる。上空から降り注ぐゴミ袋に誰かが圧死したとは聞かないから大丈夫だろう、たぶん。

 

誰かに剥がされていなけれればいいな、とぼんやり彼は思った。もともとその土地は名目上ここらあたりでも有名な富豪が立てた教会の私有地だったはずだが、いつだったか上層部がやらかした人造の獣人の大量脱走事件で起こった立てこもり事件以来、すっかりなかったものとされている。

 

おかげで近隣住民は教会にあまりいい感情を持っておらず、一般的な服を着て行くはめになり大いに慌てたものである。服に無頓着な彼は、クリーニングに洗濯中でいつも着ている上から下まで真っ黒な神父服以外着て行く服がないという悲惨な有様だったのだ。

 

給料日前の安月給、しかも地元ははるか西、実家からの送付は見込めない、上から下まで新調しろなど無茶苦茶だと相方に泣きついたはいいが、何のイジメか渡されたのは居候の人から貰ったけど汗臭いからいらないと押し付けられたというケサとかいう素材の東の方の国のよく分からない服だった。

 

着る方法が分からないと途方に暮れたが、相方のいい加減な指導のもと完成したのはどこかちぐはぐな格好で今に至っている。何故か自分を見る度に年配のご老人方が手をあわせてくるのだが、なぜなのだろうと思いつつ、すっかり着慣れた和装で彼は扉を叩いた。

 

 

女たちのなまめかしい声がする。酒の入った無駄に色気ある声がする。初日こそ無駄に緊張したものだが、アウトオブ眼中なのはわかりきっている。金を落とさない男など微塵も興味はない彼女たちにとっては、彼は雑用でしかないのだ。期待するだけ無駄だと悟った彼はためらいなくドアを開けた。

 

かぎすらかかっていない。面倒なので蹴飛ばした。振り返る女たちはみんな泥酔状態で狭い更衣室を囲んで大惨事と成っているが、一斉に振り返られて彼は苦笑した。タンバリンやらカスタネットやらもって好き勝手たたきまくっている彼女らは、なにやら聞いたことのないエスニックな曲にあわせて踊っている女を見て爆笑している。

 

なまめかしい美脚を揺らして笑っている。目を逸らすしかない彼だが、当然真正面で踊っている人影はさけようもない。彼は心の底からバケツの大量輸送を後悔した。緊張が溶け、魔法が切れてしまう。重さに耐えきれず彼は盛大に水をぶちまけた。二の句が継げない。びしょ濡れになった和装など頭からふっとんでしまう。あわあわとなった彼はたまらず絶叫した。

 

「何やってるんですか、ラースさんっ!!」

 

金髪に緑色の目をした顔だけ見ればイケメン、まごうことなき任務を遂行するうえでの不本意ながらの相棒。もとい問題児。マッパで踊っているのは相方だった。脳裏にしっかりと焼き付いてしまった惨劇。夢に出そうだ。

 

みんなの視線が一極集中する。ぎらぎらと女たちと相方の目が光った気がした。やばいまずい逃げなければラースの二の舞だ。吐き気を覚えつつもバケツを慌ててよけた彼は逃げようとびしょ濡れのまま走りだそうとしたが、のびる影に止められた。

 

「あーら、美しすぎてごめん遊ばせ!あまりの美貌に腰抜かしちゃったか?ジョニー子さんよ!」

 

「目え覚ましてくださいよーっ!つーか覚ましやがれおぞましい!ボクに近づくな!」

 

目が笑っていないラースがじりじりと近づいてくる。酔いが回っているらしくふらふらだ。

 

「美しく変貌を遂げたオレに何の不満があるんだ!刮目せよ!」

 

「勘弁してください!」

 

絶叫である。

 

なんとか逃げなくてはとジョニー子と呼ばれた彼は必死で考えた。彼の知るラースという人間は、あらゆる意味で規格外の人間だった。ラースは優秀な法術の使い手だ。しかも武芸の嗜みもある。しかもイケメンで、苗字だけなら名家。ぶっちゃけこの任務に彼はいらないほどの実力者だ。

完璧超人だが、たったひとつだけ欠点がある。それがある意味彼が相方とくまされた理由でもあるのだが、性格が難有りすぎるのだ。

 

破天荒な上に負けず嫌い、しかも短気。任務を遂行するためなら、合理的なことを優先させてしまう。神父でありながら規則で飯は食えるかの一言で、禁じられている魔術をところかまわず平気でぶっぱなす。任務を完遂するためなら、問答無用で建物をぶっ壊す。おふざけ半分で真面目に仕事をするのは報酬がたんまり貰える時だけだ。しかも最近はやたらとプロレスにハマっているのか、出会い頭に技を決められる機会も増えた気がする。

 

それに引換え、彼は外部から依頼された任務を遂行する神父としては、あまりにも特化しすぎているのだ。まず補助とされる魔法に特化しすぎていて、魔獣などを相手にする魔法が軒並み下手である。身体能力も高くないし、一応カタナはぶら下げているが、ないよりはマシ程度。

 

むしろラースと組まされると判明してから、死なないように必死こいて鍛錬しているという有様である。何よりも先天的な魔力がラースと比べて圧倒的に少ない。そもそも彼はこの仕事に向いていない。本来事務職志望で教会の門を叩いたはずの彼が何故いるのかといえば、それは些細な誤解から始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

彼はその日、教会の事務職に就職するための最終面接に望むはずだったのだが、就職試験の当日に、面接会場を間違えた。筆記試験と幾度もの面接で好感触を得たのが、気の緩みだったのかもしれない。すぐとなりの講堂だったにもかかわらず、あまりにも早くきすぎてしまったため、まだ案内看板すら出ていなかったのが原因だ。

 

「すいません、試験会場はここですか?」

 

「何をしておるのだね、大切な試験日に遅刻してくるとは!早く入りたまえ!」

 

「え?あ、すいません!」

 

おかしいな、まだ開始時刻まで2時間はあるのに、間違えたのかなと焦りながら彼は中に通された。受験票を探そうとカバンをあさる彼に、早くパートナーを見つけろと発破をかける試験官。ひっくり返る返事をしつつ、彼は走った。受験票すら渡せないなんて、これ以上怒らせたら落ちてしまうかもしれない。

 

ますます彼は焦る。まさか自分が知らない間に試験内容が変更されてしまったのだろうか。教会に勤める以上、最低でも治癒術は使えなければいけないと聞くし、膨大な資料を捌くならばちょっとした工夫があったほうが便利だ。彼の家系は地方ではそこそこ名の知られている家ではあるものの、所詮本部のあるこの街の貴族たちは知りもしないような末端だ。

 

コネなどあってないようなものである。くるりとあたりを見渡せば、やはりあれだけいた志願者達が20分の1位まで減っている。個人面接や膨大な受験者のいた筆記をすぎたあと、ここまで減るのかと戦慄しつつ、彼はいわれるまま後ろに並んだ。

 

知らない人ばかりだ、やはり自分の地方の知り合い達はみんな落ちてしまったのだろうか、と不安にかられる。がんばろう、と誓い合った知人たちとはここで会うまで何も言いっこ無しだとお互い勉強に集中してきたのだ。ここで落ちるわけには行かない、と必死で言い聞かせた彼は、不思議そうに自分を見てくる同年代の少年たちに混じり、声をかけやすそうな人影を見つけて、試験内容を聞いたのだった。

 

彼が紛れ込んだのは、同日行われていた各地方から集められた貴族や由緒ある名家、そして地方の子息が集う、神父養成学校の入学試験の初日。重役出勤、大物だな!と肩を叩いてきたのが、ラースだったのである。重役出勤の言葉に疑問を感じつつ、彼は試験内容を聞いた。

 

法術のテストであるとラースは言った。笛が鳴ったら同じ属性の術を発動させ、どちらの力が大きいのか、純粋に比べるものである。いわば瞬発力のテストだ。はやく詠唱し、魔力を変換し、そしてより大きな力を。一番いいのは互いの術が反発しあい、やがて中和する、相殺するくらいの同格さ。

 

一方があまりに大きいと打ち消されて、もう一方が被害を被るため、これから個人の力量を測るテストなのだと聞かされた彼は青ざめた。何ということだ。魔法も補助や移転といった小手先に特化して苦手が多すぎるし、武芸もからきしだから、一般人枠で受けたのに。

 

実際はお互いにうまく力を同格に発揮するという、力の調整というひとつ上のランクの実技試験だった。どういう事だろう。自分の家系は確かに魔術に長けている人材が多いが、自分の専門は特殊だからとあれだけ面接でも書類でも力説したのに。どうにもならない現実に打ちひしがれていた彼は、いきなり落ち込んでしまったのを不思議がるラースに気づかない。

 

「大丈夫か?朝腹減って風邪薬をコーヒーで飲んで体調崩した?」

 

「なんで効果増幅の禁じ手?」

 

「朝ジジイがやってた。おかげで朝からマギーさんのヒップアタックが炸裂してさ」

 

「……違うよ。ボク、苦手なんだ。法術」

 

「おいおい、大丈夫かよ?法術でも、基礎中の基礎だぜ?あ、もしかして武闘派?」

 

「見ての通りだよ。武術なんてからきしだし」

 

「あはは、冗談うまいな。遅刻しといて流石に何もできねえのに試験はねーよ!」

 

バッサリ切られて彼はますます青ざめる。無論ラースは各地にはびこる魔物たちをばっさばっさと切り捨てる神父としての条件を述べているに過ぎない。だがそんなこと知るはずもない彼は、自分が就職を希望していた所がいかに水準が高いところだったかを見せつけられ、帰ろうかなとすら思っていた。

 

「ラース=クーゲル!」

 

「ういーっす!さーて、重役サンには負けられないな!みよ!オレの勇姿!」

 

見てろよ!と笑ったラースが飛び出して行く。会場がざわめいた。クーゲル、という名を聞いて彼も思わず閉口する。クーゲル家といえば、数々の優秀な術者を輩出してきた、彼でも知っている名門中の名門ではないか。

 

とんでもない御曹司に声をかけてしまったと彼は気分が悪くてめまいすらしてきた。敬語じゃなくておもいっきりため口で話てしまった。どうしよう。一般人枠じゃないんだ、やっぱりここ。ぐるぐるとしていた彼は、どうやって切り抜けようかと必死こいて考えた。

 

「はい、ではせーのでいきますよ」

 

試験官にしては優しげな声が聞こえるが、耳に入らない。

そもそも法術の基礎は一応ならってはいるものの、それぞれの属性における魔力の変換がまずこなせないのに、瞬発力もクソもない。彼は急いで後ろの方にいる試験官に他の法術を使っていいかと訪ねる。

 

シスターはニッコリと笑って、落ち着いて自分の力を発揮すればいいのよ、とさとしてくれた。今から法術の威力を底上げする補助魔法でも重ねがけしておこう、と決意した彼はこっそり詠唱を始めた。周囲は緊張からか失敗しないように練習している少年少女でいっぱいだ。ドーピングともいえるが大丈夫だろう、たぶん。

 

枯渇寸前まで使う補助魔法。よし、これならいくらなんでもいけるだろう、と頭の中で組み立てた作戦に一安心。あ、そうだ。もし暴発して周りを巻き込んだら大変だ。クーゲル家なんて名門のご子息がいるんだ、傷つけたらおとりつぶしだ、と気づいて、周りに結界をはった。結界を永続するのも大変だから、と内側の魔力が逃げないよう反射する法術を使う。

 

ただでさえ絶対量が少ないのだ。練習で枯渇したら目も当てられない。彼は目を閉じて、詠唱を始めた。そのときである。爆音が響いた。ついで、ラースの絶叫も聞こえた。はっとした彼はあたりを見渡す。あたりは大変な騒ぎになっていた。

 

「あーごめん事故」

 

てへのあとに星マークでも付けていそうな、とでもいいそうな、顔である。たったふた文字でかたずけてしまった金髪に緑の瞳の少年は、やっちゃったZEとばかりにあっけらかんとしている。何故か真っ黒焦げに成っているラースだが、こほこほとせきをした後、大丈夫かね?と心配そうな神父に頷いた。

 

「すっげーな、さすがは重役出勤!」

 

どこか悔しそうな感じである。彼は真っ直ぐラースがこちらを見据えていることに気づいて、首をかしげた。周囲はざわめいているが、さっきまで集中していた彼はさっぱり状況が飲み込めない。彼は失念していたが、魔力回収用に周囲に張っていた結界は、内部に跳ね返すだけのハズであるが、本来はカウンター返しのものだ。

 

あまりにも攻撃面が不得手の弟子を心配した師匠が、徹底的に仕込んだのがとりあえず死なないための法術だった。

補助魔法で身体能力を補い、とりあえず頑丈に。相手の技をそのまま受け流してかえす、猫の手のようなあくまで防御に特化した術式。無論ラースの法術の威力は凄まじいが、重ねがけされた補助魔法は当然結界にも影響を及ぼす。魔法を重ねれば重ねるほど少ない魔力は枯渇し、しかも時間はかかるため実践性は極めて乏しいものだが。

 

そんなことは知らない受験生と試験官達は一様に彼を見て、ざわめく。

 

実はラース、調子に乗って特大の魔法をぶっぱなしたはいいが、方向を見失ってぶん投げてしまった先に彼がいたのである。そしたらカウンターでどん、というわけだ。彼は知る由もないが、どこの流れをくんでいるか察知されないように、ラースの組んでいる構成はひどく複雑であり、調節はまだラースの力量では及ばないことがある。だからこうして盛大に技が暴発することがあるのだが、このひょうひょうとした少年はわざとかミスなのかすらさとされない演技を持っている。

 

厄介なことに、彼の名乗るクーゲルとは本家は王都指折りの名家であり、それこそルークロフトと肩を並べるほどの貴族階級だ。それを名乗るとはいえ、遠い縁戚とされている通り、ラースいわくつながっているのかも怪しい地方家系らしい。よって氏より育ちと揶揄されることがある。余計な火種を避けるためでもあるのだろう。残念ながら今回は素の暴発だろうが。

 

試験官はごほんと咳をする。とりあえずラースにシャワーをするよう促し、退出させた試験官は、呆然としている彼を呼んだ。

 

「とりあえず、キミは最後にするとしよう。待っていたまえ」

 

「はあ……ありがとうございます」

 

ワケの分からないまま最後に独りですることになった彼は、一人黙々と中断していた一発ネタを仕込む作業に戻ったのだった。

 

 

1時間後。ラースは肝心の試験で再び暴発させ、あたりは一時騒然とした。悲鳴と混乱とどよめきが広がる。シスターたちが駆け込み、吹っ飛ばされたかわいそうな赤い髪の少年は運ばれていく。ルークロフト様、とファンのシスターが悲鳴を上げた。みんな、思った。またお前かと。

 

に赤い髪の少年は有名な家の三男で、優秀な兄2人と父を持つが、これをきっかけに優秀であるにもかかわらず魔力だけは劣っているのでは、とひがみ代わりに陰口をたたかれるちょっとしたトラウマが待っている。

 

結局彼は余り物としてラースと同時に試験を行うはめになり、そんなこんなで試験を通過してしまった。事務職の試験と勘違いしていると気づいたときには、もうすでにおそし。入学許可証がはいった書類をもらう列の中で自分の名前が無いことに試験監督者が気づいて名前を聞いた時だった。

 

結局、大喜びした実家の期待に背くことが出来ず、イヤイヤ養成学校に通うハメになった彼は、今の職に落ちついている。だが未だにラースは名門家の人間だと信じきっている彼は、頑なに敬語を崩さないで今に至っている。はじめに仲良くなったのがラースだったのが運のつき、気づいたら神父のパートナーとして勝手に書類を提出されてしまっていた。

 

必死に抗議したものの、ラースの暴走を止められる数少ない人間と知っている関係者は誰ひとりとして取消しの申請をおろしてくれない。そうしてずるずると時が過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

彼は首をふった。あの時の試験は状況が良かっただけだ。つまり、まともにやりあったら確実に勝ち目はない。彼は後退りしながら必死で頭を回す。

 

「さあお前も道連れとなるがいい!オレだけこんな悲劇に見舞われてたまるかっ!」

 

「酔ってないならやめて下さいってば!」

 

「お前のせいで覚めちまったんだよっ!どうせなら翌朝知らない天井の方がよかったわ!」

 

さあ脱げと威圧してくる。理不尽にもほどがある。オー人事が頭をかすめた。彼はありったけの声を上げて叫ぶ。近づかないよう刀を抜いて突きつけながら、背後で方陣を描く。

 

「カトリオーナさんにバラしますよ!報酬に目がくらんで娼館で営業してること!」

 

「な、ちょ、おまっ!卑怯だぞキャットだすなよっ!兄としての威厳が大暴落するだろうが!」

 

ラースがひるむ。しめたと彼は心のなかでガッツポーズする。カトリオーナ、通称キャットはラースの大切な大切な妹だ。ラースは超がつくほどのシスコンであり、近づいてくる男どもには影に隠れて容赦ない鉄槌や嫌がらせを食らわせる。

 

天然でマイペースな彼女は天然記念物的な存在であると自負するラースのことだ、今回の任務は相当黒歴史なのである。ゾンビ騒動から端を発した此の街の富豪のやっている闇事業を潰すためにきたはいいが、後出しで彼は富豪の怪しい取引現場は大抵ここなのだとラースに連れられて今に至っている。

 

そもそもこの任務は本部から派遣された神父たちがやるべき事で、一地方の彼らがやるべきことではない。またどこぞの目が線の双子から、そのゾンビを精製してしまう不死薬として売られている薬を持ってくるよういわれたのだろう。

 

つまり彼はラースのお小遣い稼ぎにこんなところにいるわけだが、ほっといたら最後、また始末書の山を作るはめになることを思えば、背に腹は代えられない。休暇くらい休ませて欲しいのだ。こっそりシスターヘリントンに惚れていることを弱みに、化粧の仕方を師事してくるよういわれたときには流石に切れたが、と嫌なことまで思い出してしまった彼は顔を振る。

 

行き先は娼館とにまにまされながら暴露されたときの彼女の引きようは忘れられない。死んだ、と彼は思った。白衣の天使だったのに。苦労してメアド手にいれたのに畜生。

彼はラースを睨む。背後では女たちが爆笑している。彼はようやく完成した方陣に思いっきり魔力を注ぎ込んだ。

 

 

「ふふふ、せっかく人が任務の時間だと知らせに来たのに、アンタって人は、アンタって人はっ!いくらボクでも我慢の限界ですよ、いい加減にしてください」

 

 

かっとヒカリが降り注ぐ。あ、と声を上げたラースは足元の見慣れた方陣に青ざめる。連日連夜ラース達は墓場をうろつきまわるゾンビたちをひたすら焼き払っていた。無論嫌だ嫌だとわめく彼を無理やり前線に巻き込んでカタナで切り落とさせていたラースだが、形がとどまり限り復活し続けるゾンビに次第にイライラして特大の火炎を叩き込んだのだ。

 

一気に火葬場とかした墓はゾンビを消滅させたはいいものの墓は全滅。この任務が終わり次第、墓の復元という墓石と場所を照合させるだけの作業が待っているわけだが、その時何度この方陣を見た?二度目になるが、彼は火炎はおろか攻撃とされる系統の魔法の精錬度も威力も軒並み低い。ゾンビに囲まれた時防衛する手段は皆無、むろん全力で逃げまわるわけだが、最終手段は移転魔法。何度この魔法でゾンビのど真ん中に飛ばされた?まさか。

 

「たぶん夜明け前までには終わると思うんで、頑張って全滅させてきてください。大丈夫、報酬はボクが先にいただいておきますので」

 

「あああっ、返せよオレの袖の下っ!」

 

「賄賂いう時点でアウトです。死んでください」

 

 

絶叫とともに消え去った相方。ほっとした彼は息をつくが、ふと周りをみて青ざめた。ラースがいなくなり、女御殿に男一人。しまった、と瞬時におかれた状況を思い出し、慌てて逃げようとするがドアを閉められる。猫なで声の女たちにぞっとする。あわあわと後退りするが、女たちが持つアルコール度がバカ高いビンの数々に追い詰められる。

 

ジョン・ゴトシャルクの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

ジョン=ゴトシャルク

 

ゴトシャルク家の次男坊。術書通りの法術と指南書および目付役どおりの武芸にたける典型的な優等生。応用できる技術はない器用貧乏。ついたあだ名は委員長。もしくはゴトー。神父を目指した理由は蔵書ナンバーワンの協会図書館で、思う存分本の虫になるため。だが養成学校で同期になったラース・クーゲルと知り合ったが最後、騒動を起こす歩く人災ラースの尻拭いや厄介払いの関係で、やたら演習で組まされることがおおくなり、あれよという間に、気づけばパートナーとして任務をこなす地方支部に回されてしまう。彼が引っ越してのち、ようやく平穏が訪れたはいいが、今度のパートナーはラースを目の敵にしているシスター・ウォーベックだったため、かわいそうに初任務では仲間と思われてぼこられ、いびられ、散々な目にあう。やがてラースを引き留める側で、むしろおなじ被害者のルークロフトと仲よしと判明してから、ちょっと待遇が良くなった。なぜなら彼女はルー様ファンである。今年に入ってから親族が13人も亡くなっており、喪服を脱げない日々が続いている。保健室の天使、シスターへリントンにホの字である。

 

 

 


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