アナザーに感染した鬼塚の幼馴染に憑依した話

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アナザーリンク

目が覚めたら知らない天井だった。驚いてあたりを見渡すと点滴の準備をしていた看護師と目が合った。

 

 

「鐘井さん、鐘井さん大丈夫ですか!?」

 

 

確かに俺は鐘井だけど、と言いかけた声はかすれて音にならない。長らく音を発していない喉は音の出し方を忘れてしまったようだ。彼女はあわてて水を差しだしてくる。促されるがまま喉を潤すと、ちょっとだけ音のようなものが出た。よかった、声が出ないわけじゃないらしい。

 

 

「失礼します」

 

 

白衣の男性、看護師、名札から大学病院の医者だとわかる。どうやら主治医のようだ。彼らは心底安心したように笑いかけた。ぼんやりとしているこちらをみて、無理もないという様子で彼らはどうしてここにいるのか説明し始めた。

 

 

「君はアナザーウィルスに感染したんだ」

 

 

まるで意味がわからんぞ状態である。なんで遊戯王VRAINSに出てくるキーワードが出てくるんだ?疑問符が飛んでいく鐘井はもっと詳しい説明を求める。彼らからもたらされるのは既知の情報ばかりだ。

 

デュエルモンスターズができるネットサービス、リンクヴレインズ。SOLテクノロジー社が提供しているこのサービスは、今、クラッカー集団であるハノイの騎士から標的とされており、ユーザーにむけて悪質なウィルスプログラムがばらまかれているという。

 

勝手にユーザーの精神をリンクヴレインズに拉致し、昏睡状態にするというプログラムだ。今でこそワクチンが生成され、被害者は次々と目が覚めているものの、手口はきわめて悪質。

 

彼らはリンクヴレインズを守るために日夜活躍しているPLAYMAKERというハッカーを執拗に探しており、そのあぶり出しのためにユーザーを感染させていたのだ。旧型デュエルディスクをもち、デュエルの腕があり、なおかつ若いデュエリスト。そしてハッカーであること。

 

ネットのアバターである。実際は男かもしれないし、女かもしれない。そのため旧型デュエルディスクを持っている強いデュエリストが最初は狙われたが、ハノイの騎士に入団した有象無象がそのあぶり出しという名目のために暴れ回ったため今リンクブレインズは無法地帯にある。もはやハッカーじゃなくても目についたデュエリストを片っ端からアナザーにしている状態だった。

 

 

「君は不幸にもその被害者となってしまったんだ。目が覚めてほんとうによかった」

 

 

旧型デュエルディスクを渡される。デッキは《星杯》デッキ。たしかに愛用しているデッキだが、待ってほしい。鐘井はOCG次元の決闘者であり、断じてリンクヴレインズのユーザーではない。おかしくないことは、この世界がアニメの世界だと自覚できる自分が証明してくれる。それを伝えようとしたが、動揺していると勘違いされたようで落ち着きなさいといわれてしまう。

 

 

「早く学校に行けるようにリハビリ頑張りましょうね」

 

「学校?俺、学校なんか…」

 

 

先生は肩をたたく。

 

 

「何もいわなくていい、今は体を治すことに専念しなさい。さいわい、この件に関してはSOLテクノロジー社から見舞金という形で治療費は出る。お金の心配はいらないよ」

 

「これ、お返ししますね。いつもはロッカーに入ってますから」

 

 

看護師に渡されたロッカーの鍵、中には鐘井の鞄がある。財布やスマホ、仕事用の手帳などいろいろ入っている。よかった、と鐘井は安堵した。自分の記憶違いじゃないという物的証拠がある。だが先生は険しい顔のままだ。鐘井は疑問を飛ばすしかない。

 

 

「たしかに君は大人びてる。でも大人というには少々無理があるんじゃないかな」

 

 

ますますわからなくて疑問がとんでいく。物的証拠があるのにかわいそうな子供を見る目になるのはなんでなのか、鐘井はわからなかった。精神病院などを紹介されるわけじゃないから、おかしくなっているというわけではないようだが。会社にどう言い訳しようと考えながらつないでみるが通じない、マンションの管理人などに連絡を入れても通じない。おかしいが積み重なり始めたころ、手を洗おうと鏡を見た鐘井は絶句した。

 

 

「ち、ちぢんでる」

 

 

どうみても10代後半だ。どういうことだ、まるで意味がわからんぞ!混乱しているとやたら騒がしい音がした。

 

 

「入るぞ!」

 

 

どっかで聞いたことがある声だった。走らないでください、静かにしてください、看護師の声がよく響く。がらがら、と乱暴に扉が開かれた。そこには鬼塚豪快がいた。でっけえ、とぽかんとしている鐘井に鬼塚はずかずかと近づいてくる。あとから息を切らせて走ってきたと思われる親友の君島マコトがあとから顔を出した。

 

 

「やっと見つけたぞ、祐樹!」

 

「お、鬼塚」

 

「なんでここにって顔書いてあるな。俺だってびっくりだ!まさかアナザーに感染して入院してるとは思わなかったぞ!今までどこほっつき歩いてたんだ!!」

 

「君まで被害者になってるなんて思わなかったよ。でも、よかった。ずっと探してたんだよ、みんな。帰ろう?」

 

「帰るって、どこに」

 

「どこって決まってるだろ、俺たちの家にだよ!!」

 

 

ぐい、と腕をひかれたところで、看護師たちがあわてて入ってきた。

 

 

「お待ちください、皆さん!落ち着いて!鐘井さんのお友達ですか?」

 

「友達?違うな、俺たちは家族だ」

 

「え」

 

「あ、えーっと、俺たち同じ児童養護施設の出身なんです。祐樹は5年前、突然出て行ったきりずっと行方不明だったんですよ」

 

「まあ、そうなんですか!それなら、よかった、引き取り手が見つかってよかったですね、鐘井さん」

 

「と、突然いわれてもなにがなんだか」

 

「さっきからどうしたんだよ、祐樹。みんな怒ってないよ、心配しなくていいって」

 

「……実は鐘井さん、アナザーから回復しても記憶が戻らないんですよ」

 

「え」

 

「でもさっき俺のこと鬼塚って!」

 

「そ、それはテレビをみたから…」

 

「ほんとか?」

 

 

こくこくうなずく。事実だからだ。なんだその設定。知らないぞそんなの。戸惑っている鐘井をみて、鬼塚と誠は顔を見合わせる。

 

 

「何も覚えてないのか?」

 

「どのあたりから?」

 

「目が覚める前のことは全然」

 

 

ここはもう嘘も方便というしかない。鐘井祐樹という同姓同名の別人と間違えているのかもしれないが、顔を合わせているのに違ったという反応が一切ない。むしろ5年もたっているのにすぐにこいつだと断言して看護師の制止がなければすぐにでも連れて帰ろうとしている鬼塚たちの反応からしてどう見ても別人説はなさそうだ。

 

 

「まじかよ」

 

「ってことは5年間のことはまるごと覚えてないってことか」

 

「アナザーによって記憶が混乱する例はあるんですが、ここまで長期にわたる記憶喪失は例がありません。もしかしたらと思って調べてみたのですが、どうやら鐘井さんはアナザーに感染させられた時、データストームに巻き込まれて滑落したようでして」

 

「ログアウトする時にデータに損傷が!?」

 

「はい、フラッシュバックの一種かと」

 

「そんな」

 

「大丈夫なのかよ、祐樹」

 

「だから覚えてねえってば」

 

「あ、そっか」

 

「記憶が戻る可能性は?」

 

「わかりません、ここまでひどい損傷は前例がありませんから……私たちも全力は尽くしますが今の段階ではどうとも」

 

「……しかたねえな。じゃあ、教えてやるよ。二度と忘れないようによく覚えとけ。俺は鬼塚豪快、おまえの幼なじみだ。リンクヴレインズで俺のデュエルを観戦してたってことはやっぱ心のどっかでは覚えてるんだろうな」

 

「僕は君島マコト。同じ児童養護施設の出身でさ、君が家出する前、一緒の部屋だったんだよ。今は施設を出て一人暮らししてるんだ」

 

「先生、祐樹がここに運び込まれたのはどういう状況で?」

 

 

先生の顔が険しくなる。そして、少し言いよどんだ。

 

 

「鐘井さん、ロッカーのものを見せてもかまいませんか?」

 

「え、あ、はあ」

 

 

鐘井は訳のわからないまま鍵を渡す。ロッカーから鞄が出され、いろいろと並べられていく私物。なんだか持ち物検査みたいで恥ずかしいが、どんどん鬼塚たちの顔が険しくなっていく。超怖い。何したんだよ、この世界の俺。まあまあ、今の祐樹は覚えてないんだし、とマコトがなだめる。

 

 

「祐樹、よかったら一緒に住まない?」

 

「え」

 

「えってなんだ、えって」

 

「いやだって、俺、金」

 

「やだなあ、そんなこと気にしないよ。みんなずっと心配してるんだ。チラシ配りとかずっとしてたんだよ、僕たち。思い出せないんだからそれでいいじゃない。大事なのはこれからだよ、豪快。違う?俺たちのこと覚えてなくても、祐樹は祐樹だろ」

 

「……そう、だな。それもそうか。ま、今度どっかいったらただじゃおかねえからな」

 

 

もしかして非合法の個人情報を取得して他人として生活していたとでも勘違いされたんだろうか、鐘井にとってはあの鞄こそが本来の自分なのだが。大事に鞄を抱える鐘井を見て鬼塚がため息をつくのがなんだかいたたまれなかった。

 

数日の検査入院のあと、鐘井は児童養護施設に戻った。先生たちには喜ばれ、子供たちにはじゃれつかれた。そして、マコトの住んでいる家に連れて行かれたのである。遊作が不法侵入したマンションそのものだった。

 

 

「ここの一番左の部屋だよ、狭いけど。不動産屋には話通してあるから心配しないでね」

 

「お、おう、ありがとう」

 

 

ここに来るまでに買ったたくさんの荷物を抱えて、二人は階段を上がった。

 

 

「いる人が家事しようか」

 

「お、おう」

 

「今日は祐樹の退院祝いってことで俺が作るから、待ってて」

 

「あ、ありがとう」

 

「たいしたもの作れないけどな、あんまり期待しないでよ」

 

「ごめん、ありがとう」

 

「緊張しなくてもいいって。今日からここが祐樹の家でもあるんだから」

 

「そう、だな、うん」

 

 

マコトはうれしそうに笑った。

 

 

「僕さ、うれしいんだ。祐樹もデュエルモンスターズ続けてるってわかって。その《星杯》施設出る前のやつでしょ?よく覚えてるよ」

 

 

どうやらこちらの世界の鐘井も《星杯》の愛用者だったようだ。

 

 

「出て行っちゃっても、《星杯》デッキだけは持って行ってた。今もこうして大事に持ってる。それが一番うれしいんだ。アナザーになったのだって、リンクヴレインズのアカウントっもってないとそもそも感染しないしね。デュエルモンスターズ大好きなのは変わらない。それは僕がよく知ってる祐樹だ。なにもかわらないよ、あんしんしていい」

 

「お、おう、ありがとう」

 

「それでさ、僕もデュエルモンスターズ始めたんだ。結構やるんだよ、僕。よかったらデュエルしない?」

 

「いいけど」

 

「やった、負けないからね」

 

 

鐘井は口元がほころぶのがわかった。

 

 

「俺に勝つなんざ10年はええってこと教えてやるよ」

 

 

デュエルにデッキ調整をしたら、もうすっかり深夜である。明日は学校だ、とマコトが寝静まってから、まだ眠れない鐘井はひとり隣の部屋でぼんやりとしていた。

 

 

(いつまでたっても夢から覚めねえ。どういうことだ?この体の持ち主はどこ行きやがった?)

 

「ますたー!」

 

 

びくっと肩が揺れる。知らない男の子が飛び出してきたのだ。

 

 

「よかった、よかったです、目が覚めたんですね!」

 

「……誰だっけ?」

 

 

首をかしげると、えええっと大げさに男の子は反応した。

 

 

「わ、忘れちゃったんですか!?ぼ、僕ですよ、僕!アウラム!!サイバース族のアウラム!」

 

「アウラム?」

 

 

鐘井は半透明な男の子に見覚えがあった。

 

 

「アウラムってあの《星杯》のアウラム?」

 

「び、びっくりしたあ、覚えてるじゃないですか!」

 

「精霊?」

 

 

ぴしっと男の子は凍り付いた。

 

 

「なんで精霊?」

 

「デュエルモンスターズの精霊じゃねーの?」

 

「ちが、ちがいますよぉっ!僕のことからかってるんですね!?僕はお化けでも精霊でもないです!AIです、えーあい!人工知能!自己学習能力がとても高い自我があるAI!!サイバース族はみんなそうだっていってるじゃないですかぁっ!!」

 

「自我があるAIって、イグニスじゃ?」

 

「あれ、僕、イグニス様の話をしましたっけ?」

 

「もしかして、サイバース世界はイグニスだけじゃなくて、サイバース族のやつらもいて、そいつらもAIなのか?」

 

「そうですよ!僕たち《星杯》の場合は僕だけがサイバース族なので、イグニス様には劣りますが一番知能があるんです。一族の代表という形になります。僕の場合は《星杯の剣士アウラム》というデータが自我を得た形になります!」

 

「デジモンかよ」

 

「デジモンってなんですか?」

 

「ようはコンピュータウィルスの一種ってことだろ?」

 

「ますたーを感染させた奴らと一緒にしないでください!たしかに僕たちは周りのプログラムに自我を持たせる効果があるって危険視する人たちもいますが、僕たちみたいに人間と友好的なサイバースもいるんです!」

 

「熱弁振るってくれてるとこ悪いんだけどさ、俺、鐘井祐樹じゃないぜ」

 

「え?な、なにいってるんですか、ますたー。ますたー、ここにいるじゃないですか」

 

「ログアウトしたら赤の他人の体とかどこのB級ホラー映画だよ」

 

「そんな……」

 

 

アウラムは今にも泣きそうな顔をする。

 

 

「やっと、やっと恩返しできると思ったのに」

 

「恩返しって?」

 

「イグニス様がサイバースを隠匿後、サイバース族はハノイにデータごと抹殺されてきました。僕の前の持ち主もハノイのせいでひどい目に遭って、僕たちを手放しました。サイバース族が入っているデッキってことで曰く付きになってしまって、僕たちはずっとさみしい思いをしてきたんです。まして、僕の存在がばれたら間違いなく狙われることになりますから。でもマスターは僕たちを選んでくれました。だから僕たち一生懸命頑張ってきたんです、マスターに褒められたくて。僕のことも受け入れてくれたから。あのショーケースの中でずっと僕たちデュエルできるみんながうらやましくてたまらなくて」

 

「…ちょっと待て、それどこの店だ?」

 

「××の××支店です」

 

「やっぱお前俺のデッキじゃねーか、精霊じゃねーか」

 

「だから違いますってば!」

 

「記憶がごっちゃになってるぞ、アウラム。お前を買ったのは事実だぜ、《星杯》デッキがすんごい安い値段で売られてたからさ。相性がよかったのか勝率高かったから愛用してたけど、俺はこの世界の人間じゃない」

 

「??ますたーのいってる意味がよくわからないです。僕が逃げ出したのは5年前ですよ、忘れちゃったんですか?ハッキングしてSOLテクノロジー社の研究を盗み見てたますたーの回線に僕が逃げ込んだんじゃないですか。それで、一緒に逃げてくれるってことになって、それで」

 

「おかしい、おかしい、買われた記憶があるのになんでネット回線がどうのって話になるんだ」

 

「………???」

 

「お前が落ち着けよ。最初の記憶は何だ?」

 

「ますたーが僕を買ってくれました。最初は代行天使と混ぜ混ぜしてて、今はそれにパーミッションの要素が加わりました」

 

「最近の記憶は?」

 

「ハノイの騎士にデュエルを挑まれて、ますたー、アナザーに感染しちゃって……僕たちのことかばってなにもいわなかったから、僕たちは助かったんですけど、うう」

 

「俺、いくつ?」

 

「え、××歳ですよね?大人向けのデュエル大会たくさんでてましたよね。……あれ、でもマスターは17じゃ?あれ??」

 

「もしかして、俺のデッキにいた精霊としてのアウラムと、こっちの世界のサイバースとしてのアウラムの記憶がごっちゃになってんじゃねーのか。精霊世界に本体はいて、こっちには分霊がたくさんいるって話だし、今のお前には2体分のアウラムの記憶が混じってんじゃねーのかな。あるいは本体から送られてきてんじゃねーか?必要な情報ってことで。落ち着いてよく考えてみろ。そして教えてくれ、俺、全然わかんねえ」

 

「は、はい、わかりました」

 

「……本来なら俺もこっちの世界の記憶がねえとおかしいって話だが、どうなってんだ?」

 

 

たっぷりとした沈黙が降りた。

 

 

「落ち着いたか、アウラム。こっちの世界の俺はなんで目を覚まさねえ?お前をかばうってことになって、施設を抜け出して、5年間何してたんだ?」

 

 

アウラムはようやく落ち着いたのか話してくれた。

 

 

「SOLテクノロジー社をハッキングして、サイバースとかについて調べてました」

 

「ほうほう」

 

「でも……アナザーの時にばれちゃって」

 

「ありゃ」

 

「それで……」

 

「未だに誘拐されたままってことか、なるほど。わかった、こっちの世界の俺を助け出せばいいんだな。なんで俺がログインしたかはわかんねえけど、なんとなく察したぜ」

 

「え、あ、い、いいんですか」

 

「たぶん、俺がここにいるのはこっちの世界のアウラムがお前通じて俺にヘルプを求めたってことだろ、たぶん」

 

「たぶん、そう、かなあ?」

 

「うし、そうなりゃ善は急げだ。今日から頑張ろうぜ、相棒」

 

 

アウラムはぱっと顔を輝かせた。

 

 

「よろしくお願いします、ますたー!」

 

 

 

 

 

 

まさか警察にまで怒られることになるとは思わなかった。

 

 

どうやらこちらの世界の鐘井は不正に取得した住民票を使い、夜間学校をに通いながら働いていたようだ。学歴はすでに高校卒業程度となっている。そして本来働いてはいけないアンダーグラウンドな世界で金を稼ぎながらサイバース族たちを秘密裏に保護していたようだ。

 

 

警察や自治体の処置により中学卒業程度となるよう5年間の学歴はそのままスライドさせてもらえるようになった。

 

 

デンシティでは高校まで学費が無償だと知った鐘井はマコトと同じデンシティハイスクールに季節外れの転校をすることになった。一応こちらは大学まで出て新社会人としてスタートした身だ。高校入学の試験は勉強すればなんとかなるのだ。

 

 

ただ時期的に中途半端すぎると二学期からの転校となった。

 

 

「なあ、マコト。俺、バイト探すわ」

 

「え、バイト?」

 

「ずっと世話になるわけにもいかないし」

 

「いや、ダメだよ」

 

「え」

 

「前科あるのに何言ってるのさ」

 

「は?」

 

「祐樹は二学期から高校生、今はまだ中卒なんだよ?どうやってアルバイトするのさ。まさかこの戸籍を使うつもり?これだよ、これ。よく潜り込めたね。検索しても出てこないあたりほんとは何してたか怪しいもんだけど」

 

 

ばしばしカバンを叩かれて鐘井は頬をかく。

 

 

「だから俺は」

 

「覚えてないんでしょ?」

 

「うぐ」

 

「履歴書がいらないバイトってあるのかな」

 

「さ、探してみるさ」

 

 

どんどん小声になっていく鐘井にマコトは呆れ顔だった。

 

 

「どうしてもっていうなら先生に手伝ってもらったら?」

 

「大丈夫だって」

 

「だからあてはないのになんでそんなに自信満々なんだよ、まさかこの履歴書使うつもり?ダメだって、先生に叱られただろ!」

 

「そういうなよ」

 

「ダメだって、豪快にいうよ?」

 

「それだけはやめてくれ」

 

「もー、豪快宥めるの大変だったんだからね?」

 

「ごめんて」

 

「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ」

 

「うう」

 

「アルバイト決まったらどこか教えてね、見に行くからさ」

 

「お母さんかよ、おまえ!」

 

「そうでもしないと許可降りないと思うよ」

 

「未成年の弊害いい」

 

「言っとくけど今まで大人として働いてた祐樹が悪いんだよ」

 

「だから違うんだってええ、誤解だ!」

 

「じゃあどこの会社でどこにあって、どうやって勤め始めたのか教えてよ」

 

「ぐあっ、んな無茶な」

 

「じゃあ諦めて」

 

「し、仕方ねえなあ。わかったよ!」

 

 

わあん、と大げさに泣き始めた鐘井を置いてマコトはいってきますと出て行ってしまう。さすがにずっと居候は嫌だ。皿を洗い、洗濯物を干し、履歴書片手にアルバイトを探し始めた。

 

 

「よし、これでなんとか」

 

 

施設の先生にも相談していけそうなところを吟味する。高校入学見込みならなんとかOKしてくれるところを見つけることができた。マコトが帰ってきたとき、どうだ、と面接で仕事の説明をしたいと電話で合格だと教えてもらえたところを並べた。

 

 

「先生が許可だしたら大丈夫じゃない?どこにいきたいの?」

 

「んー、清掃とかかな」

 

「SOLテクノロジー社の?すごいじゃない」

 

「あと一個くらいは欲しいな」

 

「大事なのは学校だからね、サボっちゃダメだよ」

 

「わかってるよ」

 

「アルバイトもいいけどさ、勉強忘れないでよ。特別処置だからって課題たくさん出てるんでしょ、祐樹。ちゃんと高校行けるように頑張ってよ、一緒に学校行きたいんだから」

 

「わかってるよ」

 

「わかってるなら今すぐやろう、僕も宿題するから」

 

「わからなかったらアドバイスよろしく!」

 

「自分で頑張って」

 

「えー」

 

 

鐘井はがっくりと肩をおとした。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、マコト。お前、友達にお礼いっとけよ」

 

「え?」

 

「たしか、藤木、藤木遊作だったかな。お前と同じ学校の制服をきてたから学校の友達だろ?お前がアナザーになったとき、救急車呼んでくれたのはそいつらしい」

 

「藤木遊作?」

 

 

マコトは不思議そうに首を傾げた。誰だっけ?

 

 

「ん、違うのか?」

 

「マコトって大会優勝したりしてんだろ?マコトは知らなくても藤木くんだっけ?そいつが知ってるとか?」

 

「あー、なるほど」

 

「僕部屋で寝てたのになあ」

 

「俺が来たときには空いてたぞ」

 

「うわ、僕鍵開けっ放しだったのかな」

 

「アナザーになると勝手にログインするんだろ?マコトどっかに出かけるつもりだったんじゃね?お腹すいてよくコンビニいくじゃねーか」

 

「あ、なるほど」

 

「どのみち鍵開けっ放しで出かけてたことになるな、気をつけろよ」

 

「うん、ごめん、気をつけるよ。今はただでさえ祐樹がいるのに」

 

「おいそれどういう意味だ」

 

 

鬼塚とマコトは笑った。そして、翌日、鐘井はホワイトボードにデカデカと漢字を書く。

 

 

「鐘井祐樹です。アナザーに感染したせいで転校が遅れました、よろしくお願いします」

 

 

ぺこりと頭を下げるとまばらな拍手がとぶ。まだまだアナザーから回復して間もないクラスメイトが多いのか、教室はガラガラである。

 

 

「それじゃあ鐘井は適当に席についてくれ。まずは連絡事項から始めるぞ」

 

 

ホームルームがはじまる。鐘井はとりあえず真正面の席に座って先生の話を聴き始めたのだった。

 

チャイムが鳴る。

 

 

「よお、転校生!俺は島直樹っていうんだ、よろしくな!」

 

「よろしく、島くん」

 

「あー、いいっていいって島で。君付けはなんだかむず痒いからな!」

 

「じゃあ俺も鐘井でいいぜ、よろしく」

 

「おうよ!」

 

 

鐘井が旧式デュエルディスクをしていることに気づいた島がにやにや笑う。早速話を振ってみると案の定乗ってくれた。

 

 

「よくぞ聞いてくれました!実はなー、こないだ発売されたばかりの最新式デュエルディスクなんぜ!リンクヴレインズにも優先的にログインできるし、いいぜ!もし欲しかったらデュエル部来いよ、今は休止中だけど再開したら部長にかけあってやるからさ」

 

「マジで?すげーなデュエル部」

 

「実はここだけの話、SOLテクノロジー社の財前ってやついただろ?こないだ失脚したやつ。うちのデュエル部に妹がいてさ、そのコネでもらえたんだ」

 

「そうなのか、へー」

 

「鐘井もリンクヴレインズやってる?」

 

「おう、やってるぜ」

 

「おー、まじか!ならフレンド申請していいか?デュエルしようぜ」

 

「おーけー、今から送るわ。アカウントID教えてくれよ」

 

 

鐘井が島から教えてもらった番号で検索をかける。

 

 

「……え、あ、え?」

 

 

思わず二度見する鐘井に島は嬉しそうだ。鐘井が反応したのはブレイブマックスのコメントがよろしくお願いしますというデフォルトのままであり隠す気が微塵もなかったからだ。ファントムに誘拐されたとき島直樹だとネットで個人情報を叫んでいたのにすごいメンタルである。

 

 

「ちょっと待て、島、なんだよこのアカウント。まさかほんとに?え?」

 

「ふっふー、気づいちゃったか!」

 

「あたりまえだろ、気づかないわけあるかよ!ブレイブマックスってあれだろ、ハノイに勝ったやつ!」

 

「そう、俺こそがplaymakerの意思を受け継ぐ予定の男、ブレイブマックスだぜ」

 

 

鐘井がファントムに誘拐されたときのことまでは知らないと踏んだ島はどこかほっとしている。嫌いになれないやつだなあと思いつつ、鐘井は話をつづける。

 

 

「おー、まじか!これは登録させてもらうぜ!なー、《サイバースウィザード》見せてくれよ」

 

「残念ながらそれはできないぜ。俺はまだplaymakerから認めてもらうために修行すべきだと考えてplaymakerに返したからな」

 

「え、あ、そうなのか。それなら仕方ねえな、でもすごいな島、playmakerと会ったことあるんだろ?いーなー」

 

「いいだろー!」

 

「よかったら教えてくれよ、色々!」

 

「いいぜ、なんでも聞けよ」

 

 

ウインクを飛ばす島に鐘井は頷いた。

 

 

「へー、《クローネ》ってのが鐘井のアカウントか?どういう意味?」

 

「《クローネ》は外国の通貨なんだけどさ、もとは王冠って意味があるんだよ。なんかかっこよくね?」

 

「なるほど、そういわれるとかっこいいな!」

 

「だろー?ブレイブマックスもなかなかだと思うぜ」

 

「さんきゅー鐘井!お前いいやつだな!それじゃついでに学校案内してやるよ。いこうぜ」

 

「まじで?助かるわー、ありがとうな島!」

 

 

島の手招きに従い鐘井は後に続いた。購買でご飯を調達し、道案内のあとは次の教室にきてご飯である。

 

 

「お、藤木じゃん。おーい藤木、隣いいか?」

 

 

ちら、とこちらが声をかける前にはすでに反応していた遊作である。さすがはリンクセンス、どうやら《星杯》デッキの《サイバース族》に反応しているようだ。すげーと思いつつ鐘井はこんにちは、と軽く笑った。

 

 

「島と転校生か。あいてるよ」

 

「藤木?」

 

「おう、うちのデュエル部の幽霊部員の藤木遊作だ」

 

「へー、そうなのか」

 

「俺は入るとは一言もいってないだろ」

 

「まーたそういうこといっちゃって。こいつ愛想ないけどいいやつなんだぜ?ほら、さっき話してた助けに来てくれた藤木ってこいつなんだよ」

 

「あー、あの!」

 

「なんの話をしてるんだ、あんたら」

 

「なにってこないだのアナザーのことだよ」

 

 

鐘井は呆れ顔の遊作をみた。

 

 

「藤木……遊作……なあ、もしかしてマコト……君島マコトがアナザーになったとき救急車呼んでくれた藤木ってもしかしてアンタか?」

 

 

ぴく、と遊作の眉が動いた。

 

 

「なんでそれを?」

 

「俺さ、マコトと豪快と同じ施設で育った幼馴染なんだよ。俺が先にアナザーに感染しちゃってさ、マコトんとこに引っ越す予定が数ヶ月もずれちゃったんだ。昨日も夜中まで片付けしてたら手伝いに来てくれてた豪快が教えてくれたんだ。マコトは知らないっていうしお礼いいたいのに困ってたんだよ。もしかしてと思ってさ」

 

 

鬼塚から外見情報とデンシティハイスクールの一年だという話まで聞いていたと言及すると遊作はあーと声をだす。ごまかしがきかないと思ったようだ。そこまで特定されて同姓同名の別人だとしらばっくれる理由はないはずだとでも考えたようだ。

 

 

「……なるほど」

 

 

遊作は一瞬迷ったのち、うなずいた。

 

 

「ああ、俺だよ」

 

「ほんとか!よかった、マコトほんとに感謝してるんだ、もちろん俺もだけど!ありがとう!」

 

「いや、俺は当然のことをしただけだ」

 

「気にするに決まってんだろ!マコトのやつ部屋の鍵もかけないでアナザーに感染しちまったみたいでさ、ほんとに藤木が気づいてくれなきゃ別の事件に巻き込まれてたかもしれないんだ。ほんとに命の恩人だろ!」

 

 

まくし立てる鐘井に遊作はどこかホッとしたようなら顔をする。ポーカーフェイスだがよく見ると考えていることがわりと顔にでるタイプのようである。

 

そりゃそうだ、マコトの家を監視してアナザーになるまで見守り、あわてて無理やりぶち破ったのだ。ドアや鍵あたりには跡が残っているのだ。警察に入られたら指紋あたりからアウトである。鐘井がフォローしたおかげでマコトたちは警察にアナザー以外に被害届を出す気はないのだ。

 

 

「マコト、デュエル大会に優勝したりしてるし、多分そこから知ったんだよな?マコトは藤木のこと知らないみたいだし」

 

「ああ、そんなところだ」

 

「やっぱり!マコトすごいよなー、そうだとは思ってたんだ。名が知られててよかった。なあ、藤木。よかったらマコトにあってもらえないか?あいつ、すげーお礼いいたがってんだよ」

 

「別にいいけど」

 

「じゃあいつ空いてる?」

 

「俺はいつでも」

 

「それじゃあ今日の放課後とかは?」

 

「いいよ」

 

「じゃあなんか奢らせてくれよ、食べたいものとかないか?」

 

「……じゃあ、いい店知ってるからあとで連絡する」

 

「おーけー、連絡先はこれな」

 

「わかった」

 

「いやー幸先いいな。友達できるしマコトの恩人あっさり見つかるしよかったぜ」

 

「なんだよなんだよ、二人で話し込んじゃって」

 

「聞いてくれよ、島!俺の幼馴染に君島マコトって隣のクラスの奴がいるんだけどさ」

 



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