今回は毛利家と大友家の話が多めです
出雲の要所、月山富田城を陥落させた尼子再興軍は基盤となる領土を確保することに成功。これにより出雲のほぼ全域を取り返し一度滅びた尼子家は尼子勝久を当主に再び再興したのだ。
毛利に従っていた出雲の豪族衆たちも再び尼子家に恭順の姿勢を見せたがその基盤は未だに不安定だった。短期間で幾度となく支配者が入れ替わったことで国内も混乱しており、勝久たちの最初の目的はこの混乱を鎮め国内を安定させることだった。
月山富田城での戦いから数日後、城内の執務室で書類の山に囲まれながら必死に政務に励む勝久と宗秀たちの姿があった。
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・出雲 月山富田城 執務室
「姫様、こちらの書状に目を通していただきたい。各郡からの訴訟状です」
「は、はい⋯!」
「勝久様、豪族衆の佐世衆、赤穴衆、三沢衆が再び尼子家に恭順するとの書状が届いています。お確かめください」
「は、はいッ!」
「勝久様、現在の出雲国内における石高生産量と財政管理の帳簿になります。お目通しをお願いしたいのですが⋯」
「わ、分かりましたッ!そ、そこにお願いします!」
次から次へと運ばれてくる政務に勝久は涙目になりながらてんてこ舞いになっていた。彼女の左右には宗秀と久綱もおり、同じく机にある書状の山と格闘していて大忙しだ。
「うぅ⋯覚悟はしていましたけど忙しすぎですよぉ⋯」
「⋯仕方ないさ、今の尼子家でまともに政務ができるのは俺たち三人と兵庫さんぐらいしかいないからなぁ」
「姫様⋯申し訳ありませぬ。文官たちの育成は進めておりますが、しばらくはこの体制で国内の統治を行うしかありません」
ちなみに兵庫助も同じく多忙で出雲国内の巡察に加えて各豪族衆たちの交渉のため今日も不在だ。
(今に始まったことじゃないが、今の尼子家は文官が少なすぎるんだよなぁ⋯)
大名として再び出雲に返り咲いた尼子家だがその実情はかなり不安定なものだった。宗秀の心配していたとおり新生尼子家は戦闘力なら毛利軍にも劣らぬものがあるが政務を行う文官が圧倒的に不足していたのだ。勝久と宗秀、久綱が必死に政務を回していることでなんとか体制を維持しているが少し揺さぶれば簡単に崩壊してしまうほど脆い状態だった。
「⋯だが、これを上手くやらないとあっという間に毛利家に潰される。毛利軍の本隊が九州から戻って来るまでなんとしても迎撃する準備を整えておかないとな」
「はい⋯!」
現在、尼子家は出雲の大半を支配下に治めたがそれ以上の勢力拡大は控え国内の安定と防衛に戦略を切り替えていた。鹿之助を始めとした諸将はこの勢いに乗って毛利家の本国・安芸へ侵攻するべきだと主張したがこれを静止したのが宗秀だった。
「でも本当によかったのですか?鹿之助の言うとおり今の毛利家の本国は守りが薄いはずです。攻め落とせば毛利家は大きく混乱すると思うのですが⋯」
「⋯いや、そう上手くいくとは思わない。仮に安芸を攻略できても誰が国を統治するんだ?出雲一国でも手一杯なのにさらに領土が増えたら管理が追いつかなくなるぞ」
「な、なるほど⋯」
「手薄とはいえ安芸には数千の精鋭部隊が残ってるし吉田郡山城は堅城だ。失敗した時の危険を考えたらそんな博打に出る必要はまったくない」
「うーむ⋯そこまで考えていなかったな。お主が我が軍にいてくれて本当に助かる」
「はい⋯!先の城攻めでも宗秀は見事な策を披露してくれました。あなたには助けてもらってばかりですね」
「あ〜⋯まあ、気にしないでくれ。とにかく出雲という基盤ができたおかげで状況はまだいい方だ。勝負はここからだぞ」
こうして勝久率いる尼子家は近い内に起こる毛利家との決戦に備えて国内の防衛の強化と安定に力を入れつつあった。
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・数日前 筑前 多々良浜毛利陣営
尼子再興軍による月山富田城陥落の数日前のこと。多々良浜にて戸次鑑連率いる大友軍と対陣していた両川姉妹だったが膠着状態の戦況に頭を悩ませていた。
これまで数十回にも及ぶ戦いが繰り広げられたが全ては小競り合い程度の規模でしかなく両軍共に大きな被害が出るような合戦はまだ起こっていなかった。
「さすがは戸次鑑連じゃ、配下の将兵は一糸乱れぬ上に強兵揃い⋯さらに隙がないけぇ」
「ああ、この多々良浜の地形がなければ我らの被害はさらに増えていただろう」
鑑連率いる軍勢は大友宗麟が推し進めていた南蛮貿易によって大量の鉄砲を手に入れており、これに九州兵の強さも加わって凄まじい戦闘力を誇っていたのだ。小早川隆景と吉川元春の両将が陣頭に立って将兵を鼓舞していたおかげでなんとか士気を保っていたが大友軍の激しい攻撃に毛利軍は徐々に疲弊を余儀なくされていた。
対する大友軍は総大将の戸次鑑連と吉弘鎮理を始めとした諸将の奮闘で踏み止まっていた。さらに宗麟がキリスト教政策の推進とキリシタンを保護していたことから筑前国内のキリシタン勢力も大友軍に味方したことでなんとか反大友勢力を食い止めていたのだ。
「困ったのう⋯大友軍は後退する様子はないようじゃ。かと言ってこちらから攻めるのは下策じゃからな」
「それにしても大友軍がこれほどの鉄砲を持っているとは予想外だった。長い対陣で兵たちの士気も下がっている⋯このまま膠着状態が続けば危険だ」
「あと数日でおやっさんの後詰めが筑前に到着するはずじゃ。これで戦況が変わればいいんじゃがな」
筑前での苦戦を受け両川姉妹を救援するために安芸本国から元就が精兵五千を率いて長門に進軍中でありこの援軍に期待していたが隆景は病床の元就を案じていた。
「⋯父上は大丈夫だろうか、援軍に来てくれるのは心強いがあの身体で戦は無理だ」
「ああ、これ以上おやっさんに無理をさせては本当に倒れてしまうけぇ。兄者に続いておやっさんまでも失ったら毛利家は終わりじゃ」
「⋯そうだな、なんとしてもこの戦に勝たなければ!」
そんな時、末弟の穂井田元清が真っ青な表情で陣に入って来た。彼の口からもたらされた情報は耳を疑うものだった。
「た、たた大変ですッ!!景様!姉上様!」
「元清?どうしたんじゃそんなに慌てて」
「⋯何かあったのか?」
「い、出雲にて尼子家の残党が挙兵ッ!月山富田城を急襲したとの報が届きました⋯!」
「なん⋯じゃと!?」
「何⋯!?」
それを聞いた両川姉妹は身体が凍りいていた。かつて隆景が恐れていた状況が最悪な形で実現してまったのだ。その情報は毛利家の忍者衆である世鬼衆からのものであり誤報や偽情報ではなく確かな情報だった。
「さらに周防にて大内家の遺児、大内輝弘が上陸し大内残党と共に挙兵!その数およそ約六千!吉敷郡、秋穂浦南岸より上陸し高嶺城に向かって進軍中です!」
毛利軍本隊を筑前に足止めしつつ手薄な背後の周防と出雲を襲わせ混乱させれば必ず毛利軍は撤退する⋯これが大友宗麟の起死回生の策だった。
しかし、出雲における尼子再興軍の挙兵は宗麟とって想定外の動きだったが大友家からすれば願ってもない事態であり、この尼子軍の動きに呼応して大内輝弘を若林水軍で長門に送り大内家の残党を蜂起させたのだ。もはや筑前攻略どころではなくなり両川姉妹率いる毛利本隊は退路を断たれるだけでなく毛利領内の支配体制を失う最大の危機に立たされたのだ。
聞いた話では大友宗麟はかつて起きた大友家の政争である「二階崩れの変」で大切な家族を失った過去から精神的に憔悴しておりまともに当主としての責務は果たせないとされていた。そんな家族想いで繊細な性格の宗麟が家臣を捨て駒にするような非情な策を用いてくるのは隆景もそして元就も予想外だった。
(まさか⋯大友宗麟がこのような策を用いるとは!)
「これは由々しき事態じゃ⋯!!このままでは我らは背後を断たれるばかりか筑前に孤立することになるけぇ!」
「⋯ああ、直ちに兵を撤退させなければ我らは全滅する」
「じ、じゃが⋯ここで撤退するのか!ようやく手に入れた博多を⋯筑前を捨てるのか!我らはこれまでなんのために戦ってきたんじゃ!」
「姉者、落ち着け!ここで判断を誤れば毛利家は滅亡だ。仮に出雲と周防を失えば毛利家の支配体制は大きく揺らぐ」
「景さま、姉上さま、父上さまから伝令です!"博多も立花山城も筑前戦線のすべてを放棄して九州より撤退せよ"とのこと!」
元就の決断は速かった。何より元春と隆景を失うことを恐れた元就は全軍撤退を厳命し九州での戦線のすべてを放棄することを決定したのだ。
「⋯分かった!聞いたとおりだ姉者。口惜しいがこの戦いは我らの負けだ、ここからはいかに被害を抑えて撤退するかを考えよう」
「⋯ぐぐ⋯む、無念じゃあ⋯!!」
(兄者⋯すまない。我らでは博多を得ることは叶わないようだ⋯)
もし隆元が生きていてくれたら⋯と内心思った隆景は涙を浮かべるがすぐにそれを拭い直ちに撤退の準備を開始した。こうして多大な労力と犠牲を出しながらも毛利軍は筑前攻略を諦め九州から退却を始めたのだった。
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・豊後 府内館 執務室
同じ頃、毛利家との戦いの渦中にある大友家の当主、大友宗麟は執務室にて重臣である吉岡長増からの報告を聞いていた。
「宗麟様、毛利軍が撤退を開始しました」
「⋯⋯そう」
「輝弘様は周防に上陸、高嶺城に向かって進軍しております」
「⋯⋯」
だが宗麟は顔を下に向けてうつむく。膠着状態で被害が増える一方だった戦況を見事に覆した宗麟の策だったが周防に向かわせた大内輝弘の存在が大きく関係していた。
(確かに毛利軍は撃退できたけど⋯私は⋯輝弘を⋯"弟"を捨て駒に⋯)
大内輝弘と宗麟は血縁関係ではなかったが毛利家による"防長経路"による侵攻作戦の途上に追い詰められ自害した実の弟である塩乙丸と同じく大切な人物だった。捨て駒であり生きて帰る可能性がほとんどないこの役目だったが輝弘本人の強い懇願により宗麟が折れる形で周防に向かったのだ。
「⋯心中お察し致します。しかし、毛利家を撃退するにはこの策しかありませんでした」
「⋯⋯分かってるよ。あのままでは両軍の犠牲は増え、戦いは止まらなかった」
「ただ尼子再興軍の動きは予想外でしたな、滅亡からまだ半年も経たぬ内にあれほどの兵を集めるとは」
当初は尼子家の再興を強く願う猛将・山中鹿之助と秘密裏に接触し出雲にて挙兵するよう説得するつもりだったのだが、尼子再興軍は遺児である勝久を擁立し軍備を整え出雲にて挙兵の機会を狙っていたのだ。その動きは毛利家はおろか大友家すらも予想外でありこの挙兵を好機と見て大内輝弘を周防へと出撃させたのだ。
「報告によれば尼子再興軍は破竹の勢いで出雲を奪回しつつ月山富田城に迫っているとのこと。もしかすると彼らは本当に出雲を尼子家を再興するかもしれません」
「⋯⋯」
「⋯望みは薄いですが、再興軍が月山富田城を落とし出雲を支配すれば輝弘様の援護も期待できるやもしれません」
だがそれは尼子再興軍が出雲を奪回できればの話であり、要所である月山富田城は難攻不落と名高い堅城だ。少ない兵でも陥落させるのはいくら猛将・山中鹿之助でも困難であると宗麟と長増は予想していたがその考えは数日後に起こる尼子家再興により覆されることになるなど思いもしなかった。
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・数日後
九州戦線からの全面撤退を決定した両川姉妹率いる毛利軍は奪い取った立花山城を放棄し豊前の小倉城に向かって後退を始めた。しかし、これを大友軍が黙って見ているはずもなく戸次鑑連による苛烈な追撃を受けることになり毛利軍は大きな被害を受け指揮していた小早川隆景も死を覚悟するほどの激しい攻勢だった。だが、長期戦によって大友軍の疲弊も激しく鑑連は立花山城を陥落させた後は進軍を停止させ、兵たちの休息と毛利軍の動きをうかがっていた。
そして、大友軍による激しい追撃から辛くも生き延びた小早川隆景と吉川元春だったがさらなる悲報に二人は動揺を隠せなかった。
「い、一大事ですッ!尼子勝久率いる尼子再興軍によって月山富田城が陥落したとのこと!」
「ば、馬鹿な⋯!?そんなことが⋯」
「し、信じられんけぇ!早すぎる⋯!」
なんと出雲の要所である月山富田城が尼子勝久によって落とされ出雲の大半は尼子家によって奪われたことが明らかになったのだ。敗走した城主の天野隆重によってその詳細は正確に毛利家に伝わっており尼子勝久率いる尼子軍は寡兵だが精兵揃いで頭の切れる将もおり侮れないとの情報が届いていた。
(まさか、寡兵といえあの月山富田城がこうも簡単に落とされるとは⋯!)
「くっ⋯恐らく山中鹿之助の仕業じゃな⋯!」
「⋯いや、山中鹿之助は確かに手強い相手だが特攻と猪突猛進するしか能がない将だ。それだけでは月山富田城を落とせるとは思えない」
「となると⋯奴らに軍師でもついとるんか?」
「おそらくな、報告によれば隆重の偽降伏を看破し逆にそれを利用して月山富田城を奪い取ったと聞いた。さらに尼子家が滅亡してまだ半年ほどの期間で数千の兵を集め我らの隙を完璧に突いた奇襲⋯尼子再興軍にはなかなかの知恵者がいるようだ」
少なくとも戦うことしか能がない山中鹿之助だけで数千の兵を集めることなど不可能であると隆景は予想していた。今回の作戦は新たに尼子家の当主として大名として名乗りをあげた尼子勝久が考えたのではと思っていた。
「こうなれば一刻の猶予もない、早く長門に戻らなければ⋯!」
「おう!まずは高嶺城を救援する。大内輝弘をしごうしたる!」
さらに数日後、毛利軍の将である乃美宗勝を殿に残し最後の九州戦線の拠点である門司城まで撤退した毛利軍は村上水軍の手助けにより九州から無事に撤収したのだ。その後、大友軍も追撃を再開し大友家に反旗を翻した勢力もほとんど鎮圧され毛利軍に奪われた豊前のそれぞれの要所を奪回し毛利軍の拠点は門司城を残して全て大友軍によって奪われてしまった。
毛利元就と両川姉妹が目標としていた博多の奪取の夢が断たれた瞬間だった。毛利家は天下を望まず自家と自領の繁栄の存続を重視するように方針を変えることになった。
大友軍を勝利に導いた戸次鑑連はこの戦いの後に立花山城を与えられさらに途絶えていた立花家の名跡を継ぎ"立花道雪"と名を変え、これに倣ってこの戦いで活躍したもう一人の猛将、吉弘鎮理も名を"高橋紹運"と名を改めたのだった。
次回は大内輝弘の乱です!
出雲を奪った尼子家は今後どう動いていくのか⋯
頑張って書くので気長に待っててください!