〝勝利〟は誰の手に 作:幻想の詩人
これの続きはない。きっとない。たぶんない。
『キミはだれ?』
懐かしい記憶だ。時間など意味はないと言えるボクとしても懐かしいと思える記憶だ。この世界で最初に名を訊かれたときの記憶。
愚かな総帥どもが封印され、暇を弄んでいたとき。気まぐれで〝七つの壁〟を越えた先にいたものに会ったときの記憶。
『我はナイアルラトホテプ。貴様はなんだ?』
『 』
あのとき奴は何と言ったのだったか。……もうどうでも良いか。千年前まではあの場所で暇を潰していたが、奴等と人間の闘争が〝約束〟によってなくなったとき出てしまった。
奴は何をしているのだろうか。……何も変わらないのだろうな。
「……くだらない」
感傷に浸るなどボクらしくもない。さあ、どうやって引っ掻き回そうか。つまらなくなったら、とか思ってた気がするけど、そんなことは知ったことじゃない。ボクのやりたいようにやることにしよう。
あれ、いま何時だろう? そろそろ起きたほうが良いかな。……誰だ? いま誰かが身体を勢い良く起こして……エマかな? ……やっぱりエマだった。
「……悪夢でも見たの?」
「……⁉」
そっとエマに近づいて声をかけたら驚かれちゃった。……そんな化物を見るような目で見ないで欲しいなー。
「ううん、違うよ」
違うねぇ……。それはそれで気になるけど、ボクに関係はないから訊く必要はないか。何かを決意したような表情。……誰も殺させないとでも決意したのかな?
「……そう」
納得したような表情を作ってエマから離れる。
朝の四時……うん、かなり早いね。どうしようか。……図書室でアル・アジフでも読んでようか。誰かにアル・アジフのことを訊かれても面倒だから魔術で誤魔化しておこう。
「……そろそろかな」
もうすぐ二時間は経つ。久しぶりにアル・アジフなんて読んだけど、暇潰しにはなるもんだね。
さて、食堂に向かおうか!
「……」
いつもと変わらない……いや少しだけ変わった光景。いつも通りを装っててもすぐわかるよ。エマ、ノーマン。ボクには手に取るようにキミらの変化がわかる。
いつもと同じようにご飯を食べ、いつもと同じようにテストを受け、いつもと同じように
「いつもと同じ自由時間……って訳でもないか」
ノーマンとエマが森の奥に行き会話をしているのを視ながら呟く。
ロープがあれば壁を登れるってほんとにキミら人間かい? 絶対人間の子供の身体能力じゃないんだけど。
いや、今更なんだけどさ。……頭はまだしも身体能力はおかしいよね。
さて、発信器の存在にあの二人はいつ気がつくのかな? 気づかなかったら敗北しちゃうよ? ……あー、でも、それはつまんないな。誰かを森の中で眠らせるか。そしたら仲の良い誰かがイザベラに泣きつくだろ。
……あぁ、
「■■■■■■■」
悪夢を見せないようにしないといけないのは面倒だな。隣にいた
「……これで終わり」
そう呟いたのと同時に鐘の音が聞こえてきた。もうそんな時間か。近くだから急がなくていいよね。
「みんないる?」
イザベラがそんなことを聞いてるけど……みんなはいないね。
「あれ? 二人足りない?」
あ、眼鏡かけてる女が気づいた。
「いないのはナイラと……」
「ママ──ッ」
よし、予想通りの展開になったな。眠らせたの隣にいた奴が泣きついた。……名前なんだっけ?
「マルク! 何かあったの?」
「どうしよう! 森でナイラとはぐれちゃった‼ いっぱい探したけど見つからないんだ‼」
あ、マルクって言うのか。覚えて……なくていいか。呼ぶことはないだろうし。
意識をそらす必要はもうないね。術を解除しておこう。
「もう日が暮れる…すぐに真っ暗だよ」
「……」
……お、イザベラがコンパクトを取り出した。宣戦布告……かな? 誰も逃がさないって訳だ。確かにそれで行動はだいぶ抑え込めるね。でもそれは悪手にもなりかねないよ? いや、ボクからしたら悪手だね。見せずに泳がせておけば良かったとボクは思うよ。行動なんて抑える必要ないだろうし。
いや、もっと言えば、抑えるだけならそれを見せる必要がない。すぐに行って拾ってくればそれだけでノーマンたちなら疑うだろうからね。確認する手段を知らない以上、もっと慎重に動くとボクは思うけどな。……まあ、酷評するほど悪手な訳でもないか。他に何かやれば積み重なって敗因になるとは思うけどね。例えば……壁の向こうを見せるとか? ……それは完全に敗因になるだろうからやらないか。崖を渡る手段なら何個かあるし、それに気づいてないイザベラじゃないでしょ。
「大丈夫よ。みんなここから動かないで。いいわね?」
探しに……いや回収しに行ったね。それじゃあエマたちの会話を盗み聞きしようっと。……何も言ってないや。悲しい。
……さて、これでエマもノーマンも発信器には気づくだろうし、これで気づかない奴が
「あ、ママ!」
「ナイラ!」
「疲れて眠っちゃったのね。ほらケガ一つないわ」
気持ち良さそうに寝てるなぁ。まあ眠らせたのボクだけど。
「よかったぁ…。ごめん…! ごめんねナイラ」
イザベラに泣きついたのが謝ってるけど……謝る必要あるかね。
「早すぎる…」
お、ノーマンの声。これは気づいたかな?
「ママはまるでナイラが何処にいるかわかっているみたいだった」
まるでじゃないんだよね。事実わかってたんだよノーマン。
「発信器…私たちの体のどこかに埋められているのかもしれない」
正解だよエマ。ちなみに場所は左耳なんだけど……教えないから自分で見つけてね。
「親でも同じ〝人間〟でもない…。ママは
愛情そのものは本物だと思うけどねぇ。それを教えちゃつまらないかな。
さて、少しだけエマたちの利になるように仕組んだから……今度はイザベラの利になるように仕組んでみるかな。とは言え、現状は特に何もないからどうしようか。もう一人くらい大人が増えたらやりやすいんだけども。
……増やす可能性はあるか。久しぶりに未来とかも観測して……いいや止めとこう。それをしたらつまらない。視るのは現在と過去だけにしないと。
☆☆☆☆☆
さて……みんなからボクに対する意識をそらしてサボるか! こういうときの為に魔術はあるんだ。……何か違うって声が聞こえた気がするけど気のせいだね。ボクがそうだと言うんだからそうに違いない。
ノーマンとエマはどうして成績順なのかに気づいた頃かな。ついでにイザベラがエマに揺さぶりをかける頃だろうか。
ノーマンに揺さぶりをかけてるかもしれないけど、エマのほうがわかりやすいからなぁ。これでバレたらそれはそれで面白いかな。
……そういえばレイってどうして奴等のことを知っているんだ? エマたちと同じように誰かの出荷を見たというのが一番可能性がある。……でもボクの知る限りそんなことはない。じゃあ二つ目の可能性である幼児期健忘が起きていなかった。それなら奴等を知ることも可能だろう。でも可能性はかなり低い。……だけど、ないとは言えないか。
……あ、鐘の音が聞こえてきたってことは夕食の時間か。術を解いて行かないと。あと違和感を消しておいて……よし細工終了。
……何か誰かに呆れられた気がする。魔術をこういったことに使ったって良いだろ! 楽をしようとするのは知性体の性なんだから!
「……いただきます」
うん、今日も美味しいな。……今日は誰が準備したんだろ。常に現在を視てる訳じゃないから知らないことは知らないんだよね。
エマとノーマンは何をするんだろうか。……壁を登らないと話にならないしロープでも用意するのかな。それとも先にレイを引き込む? 或いはもっと他の道具を用意するのかな。
「ごちそうさまでしたー」
……あ、いつの間にか食べ終わってた。まあいいや。
みんな元気だな~。いや元気なのは良いんだけどさ。
ボクはもう寝ようかな。起きてても面白味はないし。……何でか積極的にボクに近づいてくるのってエマくらいなんだよねぇ。
そんな嫌われるようなことはしてないんだけど、本能か何かでボクが危ないって思ってたりするのかな? だとしたら鋭いねって褒めてあげるんだけど。……ボクが何かやらかした記憶なんてないし、やっぱり本能的に避けられてると考えるべきなんだろうか。
これ以上は考えたところで意味はないか。明日は何をしよう。……エマたち次第かな。あ、イザベラがボクに揺さぶりをかけてくる可能性も充分あるのか。一応これでも最年長組の一人だから。
……うん! 愉しみになってきた! ……あ、テーブルクロスをロープにするんだ。まあ良いんじゃないかな。
──何て思ってたのが四日前の話。
今は食料庫の整理、予備リネンの点検、空き部屋の片付け……
「……」
あぁ、口角が吊り上がってるのがわかるよ。これは増えるね。大人が一人ほぼ確実に増える。……もしかしたら子供も補充されるのかな?
エマやノーマン、レイは気づいてるんだろうか。……あれはたぶん気づいてないね。どうでもいい仕事とか考えてそうだ。……少し考えればわかると思うけどね。まあボクからはノーヒント。でも、まあ……子供も補充されるなら、情報源が増えるんだから喜んでいいと思うよ。されなかったら……その増える大人が野心家であることを祈るしかないね。
「あー遊びてぇ~!!!」
いきなり男──名前なんだっけ? ちょっと前までは覚えてた気がするんだけどな──が騒ぎだした。正直うるさい。
「ねぇ、なんで俺らだけ!!? 何の罰ゲーム⁉ 何か悪い事した? 俺達!」
いや、こんな作業は年少組には無理でしょ。
「ドン。ちょっとこっち手貸して」
「えー」
……あ、そうだ。ドンって名前だ。なんで忘れてたんだろ。……まあいいか。ちょっと魔術で姿を隠してっと。
「……あれ? ナイアは?」
エマが早速ボクがいないことに気づいた。
「確かに……何処に行ったんだろう?」
何処にも行ってないよ、ノーマン。
「まあ、いいんじゃね? 話も出来る」
うん、構わず話をしてくれたまえよ、レイ。堂々と盗み聞きするからさ。
「やはり
まあ、そうだよね。発信器を何とかしないで脱走とか頭悪いとしか言えないし。
「でもどうやって……。あれから体中探したけど、埋められた
そりゃないだろうさ。超小型だし、ついでに言えばあったとしても左耳にあるから見れないし。
「服や靴にもね。──レイ」
「人間の科学技術の常識から考えれば、恐らく電波を使った発信器。でもそれには内部に電池が要る。消費も早い」
やっぱりレイの知識量は凄まじいな。
「ちょっと計算もしてみたけど、電池寿命が十年以上で、手術痕が残らないほど超小型。二○一五年当時じゃ多分
頭もいい。……でも、それだけに諦めが少し早いのは残念だな。エマに影響されて諦めが悪くなったら面白いんだけども。
「つまり?」
「仕組みを予想して、場所や壊し方を特定くゆのは困難ってこと。まして
あ、奴等のことを鬼って呼んでるのか。……ボクもそう呼ぼうかな。
「確かに……鬼独自の技術の可能性も。むしろその方が……」
「え……詰んでない?」
「詰んでる」
普通なら詰んでるね。
あ、エマが、だめじゃん! とでも思ってそうな顔をしてる。面白いなぁ。
「レントゲンとかあればな」
そんなんあったら便利だよね。絶対ないけど。
「──いや、仕組みじゃなくても予想は出来る。考えれば必ず
たぶん、発信器を何とかしてイザベラ一人を出し抜けば、とか思ってるね。別に口出しとかしないから良いけどさ。
「……」
あ、何か三人とも黙っちゃった。
「情報が足りなさすぎる…!」
「それな」
だろうね。そりゃ足りないだろうさ。……そろそろ隠れるの止めようか。
「……ねぇ、何の話をしているの?」
「──⁉」
あ、三人が振り向いてきた。いつの間に、なんて考えてそうな顔だね。
「……いつから聞いてたの?」
エマが聞いてくるけど、いつからねぇ……。なんて答えようか。よし、ここは……
「……最初からって言ったらどうする?」
あ、考え込んだ。別に何を考えててもいいけどさ。
「……冗談。情報が足りなさすぎる、しか聞いてない」
三人とも安心したような、してないような微妙な表情になったね。百面相ってヤツかな。見てて愉しいな。
「おーい、サボんなよ最年長~」
おっと時間切れ。ドンたちが戻ってきちゃった。
「ごめんごめん! さっさと終わらせよう!」
「あーコレまた明日も続くのかな~」
ドンが何か嘆いてるけど、たぶん今日で終わると思うよ? 教えないけど。
あ、エマたちにちょっと細工しとかないと。まだ直接関わろうとは思ってないんだ。……にしても結局ボクに揺さぶりをかけて来なかったな。
スパイがいると思うべきかな? ならレイがスパイと判断していいね。
エマとノーマンじゃないならレイしか最適なのはいない。他にいない可能性がない訳じゃないけど、それはスパイじゃなくてただの情報源だ。
……でもレイはイザベラの味方って訳でもないね。エマとノーマンの味方と言うべきかな? ……面白くなってきた。いいよ、こんな状況は大歓迎だ。誰が勝つのか愉しみだ。最後に勝つのはボクだと決まっているけどね。
明日が愉しみだよ。ボクの予想が合ってるといいなぁ。