当たり前のように来る異変に何となく解決していく霊夢。何も感じなくなり,人々に対して大切な何かを忘れかけていた。それを懸念したある人物は霊夢を死の世界に誘う。残された魔理沙たちは霊夢が復活するために奔走する。そんな彼女たちの物語。果たして霊夢の運命とは…

 この作品は主が学生時代に書いてから何年も経ったものを無理くり完成させたものです。前半部分は特に思い入れが深く,何回も読みなおしました。皆さんも黒幕を想像しながら読んでいただけると幸いにございます。

 6万字弱も書いたのは人生初になります。忌憚なくご意見感想お待ちしております。

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博麗霊夢の臨死体験

 辺りは一面銀世界,幻想郷は冬を迎えていた。そんな色のない世界の中,紅白色の巫女服を着た少女が神社でせっせと雪かきをしていた。そう,博麗霊夢である。彼女は幻想郷では知らないものはいないほどの有名人である。博麗の巫女として異変を解決し,そして報酬をもらって生活をしていた。しかし,実際のところ神社は賽銭で収入を得ることを基本にしなければならないものの,いつも見るのは空の賽銭箱,あるいは枯れ葉が入っているくらいであった。今日に限っては雪しか入っていない。博麗神社自体は有名ではあったものの,その神社には妖怪が常にはびこっているとか,妖怪に制圧されたなどと,人里の人間にとっては恐怖でしかない情報ばかりが飛び交っているため誰も賽銭を入れようとは思わなかったからである。

 

「いつもこうやって参拝客が来てもいいように雪かきしても,結局誰も来ないわね……」

 

 これが彼女の決まり文句となってどれほどの時が経ったかはわからない。だが彼女にはよく決まった来客がやってくる。それは……

 

「よう,霊夢。景気はどうだ?」

 

 霊夢と同い年くらいの金髪の少女,自称普通の魔法使いこと,霧雨魔理沙である。

 

「どこかの誰かさんがお賽銭を入れてくれればそれなりに潤ってくれると思うわ」

「そうか,香霖がここまで来てくれれば入れてくれるかもしれないな」

 

 まああいつなんかがこんなところまで出向くとは思わないがな,と後付けして魔理沙が笑う。香霖――霊夢と魔理沙の共通の知り合いの商人をしている半妖――は今の流れではどうしていきなり出てくるのか不思議なくらい,霊夢の期待する答えとは全く見当違いの言葉を吐くところから見ると,魔理沙という少女はなかなかのひねくれもののようである。だが,彼女らは仲が決して悪いわけではない。霊夢も魔理沙もお互いの気心は当然知っている。

 

「はぁ,私はそう言う意味で言っているわけではないのだけれどね……」

 

 魔理沙に期待した私が悪い,そういつものように霊夢は嘆息しつつ,彼女を招き入れるのだった。いつものように他愛のない会話をして退屈を紛らわす。異変があれば幻想郷内をどこへでも駆け巡る。それが彼女たちの日常となっていた。

 

 彼女の他にも来客はあった。口うるさい仙人や,最近従えた三妖精や,ごくまれに過去の異変に絡んできた妖怪,人間などが訪れるのだが,それでも魔理沙と比べるとはるかに少ない機会だった。(ただ,限られた機会の中でもそれなりに賽銭は稼げたようである)

 

 だが,今年に関しては異変解決という大きな仕事はなく,お賽銭の収入もない生活にもとうとう限界が訪れる。それはかなり極寒の日が長く続いた時のことである。

 

 その時霊夢は数日感まともな食事をしていなかった。釜には僅かな米と僅かな根菜が残されているのみだった。その理由として吹雪の日が続き買い物に出るのが困難なこと,そしてそれを買うためのお金もごくわずかだったこと。そして,部屋を温めるための墨や薪もあと数日で尽きてしまうところだった。

 

「うぅ……あまりにも寒すぎる……それにひもじい……」

 

 暖房の火力を最小限に抑え,布団にくるまってこの吹雪が止むのを必死でこらえる。しかし待てど暮らせど吹雪が止む気配はなく,霊夢はこう思うようになってきた。

 

「お願い,誰か助けてちょうだいよ……私は幻想郷の英雄なのよ……こんなところでくたばっていいはずがないの……」

 

 彼女は異変解決者として幻想郷で活躍していた。ゆえに幻想郷に対して無意識に愛着を持っているに違いなかった。だが,彼女は,その愛着が幻想郷の住民にはあまり向かなくなっていたのだった。因果応報か,当然その住民から気に掛けられることはないだろう。そこで彼女は考える。今助けになってくれる人物についてである。そして彼女は八雲紫の存在を思い出した。彼女は隙間妖怪(簡単に言えば能力のおかげで神出鬼没である)として知られている幻想郷で最も力を持っている妖怪の一人である。そして布団に寝たまま天井に向かって大きく叫んだ。

 

「紫―!もし聞いているのなら一食だけでもいいからご馳走して!!お願い!」

 

 とは言ったものの,返ってくるのは静寂のみである。彼女はあることに気付いてしまった。

 

「そっか……紫は冬眠中だっけ……」

 

 彼女――八雲紫――は一日の大半を寝て過ごす。それだけでなく,冬になると冬眠までする。ゆえに彼女も霊夢が困窮に悩まされていることを知らないのかもしれない。

 

「魔理沙…何か奢って…」

 

 霊夢は力なく呟く。だが魔理沙にそういうことを期待するのはお門違いであることはもちろん知っていた。霊夢は幻想郷の人や妖怪のことを今になってあれこれ考えてみた。皆と戦い,異変が解決されると憎たらしい程打ち解ける。だが自分が非常時の時に誰も来てくれないことを考慮すると,本当に信じることができる人,妖怪はいるのだろうかと疑心暗鬼に陥る。

 

(所詮,私は幻想郷にとって都合の良いただの人,か……)

 

やむなくして彼女にはそれを思考する力もなくなり,彼女はゆっくり,ゆっくりと意識を遠のかせていったのだった。それはまるで永い眠りの前触れであるかのように……。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 気がつくと霊夢は自分のいる場所がゆらゆらと揺れていることに気づく。どうやら何かに乗って水面を移動しているような感覚である。

 

「ここは……どこ……? さっきまで神社にいたような…」

 

 彼女は寝ぼけ眼をこすりつつ瞼を開く。

 

「おや,やっとお目覚めかい?」

 

 そこで彼女は誰かが自分に声をかけているのだと気づく。その声の主はよく知っている人物だった。 そう,死神である小野塚小町であったのだ。死神と言っても彼女は舟渡の仕事をしており,直接ターゲットの命を奪いに来ることはない。彼女は普段から仕事に対してはサボリ気味で,無縁塚で昼寝をしていたり幻想郷の飲み屋に早い時間から居座っていたりと,いろいろサボりの経歴を挙げるとキリがない。こんな時に彼女が働いている,霊夢を船に乗せて川を下っていたのだ。彼女にはまずそこが疑問だった。

 

「あれ,小町?仕事なんかしてどうかしたの?」

「あたいだって仕事はするさね。なに,上司の命令でお前さんを運んでいるだけさ」

「何?生きた人を運ぶことまであんたの仕事に入るの?」

 

 生憎私を運んでも仕事の足しにはならないわよと霊夢は強がってみたが,小町は一瞬間を空けてから語りだした。

 

「私は普段から霊を乗せる仕事をしているが,死人に口なしという言葉があるとおり一般的な霊は話しかけてきたりはしない。しかしなんでお前さんはそんなに話せるのかね…」

 

 小町はそれを言ったきり,以後霊夢の問いかけに答えることはなかった。いや,正しく言うなら,霊夢もその言葉に動揺したのか何も言うことはできなかったのだ。死神である小町のその言葉は,霊夢がもうそういう状態にあるということを暗示していたからだ。船はゆっくり川を進んでいく。ただの水の流れる音だけが,恐ろしく聞こえるくらいであった。少し心を落ち着けると,霊夢はつい意識のある最近の出来事を思い出してみる。だがろくな食事をすることもなく,寒い部屋にじっとしているだけ。そんな出来事しかなかったため,彼女は自分自身がまだ生きていると言える自信がなくなっていたのだ。霊夢はその時あたりの光景がようやく目に入ってきた。だが不思議と川を下っているはずなのに景色は変わらないのだ。それもまた自分の知っている世界の常識ではなかったので,彼女の不安を一層煽ることとなったのだ。しばらくして,ごうごうと水が流れる音のみがする中,船は静かに止まった。

 

「とにかく着いたよ。あとはここからまっすぐ私のボスのところに会ってきな」

 

 小町の声に感情はなく,ただ霊夢を送り出した。その霊夢も重々しく,その上司の待つ場所へただ向かった。

 

(今は行くしかないんだ…)

 

小町はその後ろ姿が小さくなっていくのを静かに見守っていたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 相当な寒波も過ぎ去り,冬の幻想郷に久々に太陽が照りつける。一面銀世界なので,反射する光がとても眩しく輝く。そんな中一人の少女が箒にまたがり神社の方角へ颯爽と飛んでいく。それも新雪を巻き上げ軽快に。どうやらこの道を慣れているようだ。

 

「久々にこんないい天気だから霊夢のところに行ってついでに茶菓子でももらっていくぜ」

 

 その人物は言わずも知れた霧雨魔理沙である。その声はとても弾んでいた。よっぽど楽しみなのだろう。彼女は鼻歌を口ずさみつつ風を切っていく。いつものように勝手に神社にあがり,そのまま霊夢に許可を得ずにあちこち探し回る。しかし人の気配がない。仕方なくわざと彼女に見つかるように音を立てて歩く。探す中でかすかに人がいるような気配に気づいた。どうやら真昼なのにまだ布団にこもっているようだ。魔理沙はいたずらっぽく声をかけた。

 

「よぉ,霊夢!元気か?いつまでも寝てると紫みたいになるぜ!」

 

 皮肉のこもったメッセージはたいてい同程度の皮肉のメッセージで返してくるのが今までの彼女らの挨拶だった。しかし,霊夢は布団に潜ったっきりで返事は返ってこない。しょうがないのでさっきよりも大きな声で話しかけた。

 

「おーい,霊夢―?聞こえてるかー?起きろー!」

 

それでも返答はない。彼女は霊夢にかかっている布団を思いっきりはがす。頭の中では「何よ魔理沙……,もうちょっとくらい寝かせて……」とか,「布団返せ……」とか言ってくるだろうと想像していた。しかし,予想を裏切り,霊夢は反応しなかった。

 

「霊……夢……?」

 

 魔理沙はまず霊夢から奪い取った布団を触って確認する。冬空を突っ切ってきた魔理沙の体は当然体温が奪われているため,布団の中に手を突っ込めば多少なりとも温まるはずだが,そのぬくもりがほとんどない。しかも,霊夢の顔は,血の気がほとんどなく,青白くなっていた。

 

(ドクン…ドクン…)

 

 身体はやめろとばかりに警告を発している。魔理沙は恐る恐る手を伸ばし彼女を触ってみる。だが,手がズキンと痛んだ。まるで外の雪を触っているような感触が,彼女を襲ったのだ。ぱっと手を放す彼女。理解が追い付かず一度長考し,こう叫んだ。

 

「これは異変に違いないぜ!私が解決してきてやる!」

 

 そういきり立って彼女は部屋を後にしようとした。しかし,彼女の威勢はよかったものの,普段の,今日の天気みたいな眩しい笑顔はどこにもなく,神社の出口へと一歩足を進めるたびにその速度は落ちていった。腕に力は入らず,足は鉛のように重くなっていく。勢いを完全に削がれた彼女は静かに戻り霊夢の枕元に座った。いや,崩れ落ちたと言ったほうが近いだろうか。

 

「おい…嘘だろ…なんかしゃべろよ…なぁ!おい!!」

 

 魔理沙は霊夢の肩を揺すって起こそうとする。今まで感じたことのないような恐怖で一瞬くらっと眩暈がしたものの,次の瞬間には口からは嘆きの声が,目からは悲しみの涙が霊夢に浴びせられる。だが,魔理沙は一瞬我に返った。ただ泣いているのは性に合わないし,きっと霊夢に笑われるに違いない。そう考えた彼女は必死に考える。

 

(いや…きっとまだ何か手立てがあるはずだ…,こんなところでくよくよしているわけにはいかねぇ!)

 

彼女は涙をさっと拭くと,覚悟を決め霊夢から目をそらす。もう振り返らない,こう心に誓い,「医者を呼んできてやる」と小さく呟き箒に跨り飛び去っていった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「…,ここか」

 

 霊夢は小町の言う通り道をまっすぐ進んでいた。目の前には立派な建物が建っていた。すごく不気味で入りたくはない。しかし正直なところ,彼女の思考はほとんど停止しかけていた。ここに来るまでいろいろなことを試した。例えば,今の状況から逃げ出すために空を飛ぶことを試みた。だが飛ぶことはできなかった。次に試したのはスペルカードの発動だ。だが,カードの効果は発揮されない。つまるところ,何を試してもほとんど無駄に近く,できることはとにかく小町のボスこと四季映姫に会うことしかないようだった。彼女はここ幻想郷担当の閻魔であり,死者を裁くために存在している。

 

(私が死んだかどうかもこれではっきりする…)

 

気持ちにモヤモヤを抱えたまま霊夢が建物に入ると,入り口に目的の彼女はいた。

 

「博麗霊夢…来ましたか」

 

映姫は静かに霊夢に話しかけた。彼女は幻想郷の住民の中でも比較的小柄である。ただその小さな体に似合わず霊夢でさえもそう簡単に気を抜けないような威圧感を放っていた。口を閉じていても唾が枯れるほどに。彼女の一言から察するに,もう霊夢来ることを知っていたかのようだ。霊夢は気押された。地獄の裁判所というただでさえおどろおどろしく,厳かな場所である以上に,彼女の風格がより一層重たい空気を作り出していた。だが今の状況を信じたくはない霊夢は,この雰囲気に屈しないためにも映姫に気取られないような口調で文句を言った。

 

「あんたねぇ…私もそんなに暇じゃないの,こたつでゴロゴロしてないといけないのよ。早く要件済ませてくれるかしら」

「裁判長に向かって一言目が『あんた』とは久方ぶりに手応えのある被告ですね,楽しみですよ」

 

 いきり立つ霊夢にも特に感情が交じることなく映姫は話した。さすがに地獄の裁判官とだけあってその程度で怯みを見せる様子は全くなかった。だが映姫の感情を排した言葉に霊夢は自然と火に油を注がれたように憤った。 

 

「はぁ?被告?地獄の裁判を受けるのは死人くらいなもんでしょ?説教ならわざわざこんなところでしなくても――」

「そう,あなたは死んだのです」

 

 力強い映姫のその時の一言が霊夢の言葉を遮った。心の隅でそんな予感はしていたが,事実をはっきり告げられるといくら霊夢が強がったところで意味もないのだ。先ほどまで燃え盛っていた炎が一気に風前の灯と化した。霊夢が完全に沈黙したのを見計らってそのまま映姫はある大きな扉の前に立った。

 

「これより裁判を行います,いいですね」

 

 映姫の無機質な言葉が投げかけられ,霊夢はそのまま部屋の中へと招き入れられた。それと同時に法廷の場には裁判の立会人や原告が入ってきた。霊夢はその状況に目まぐるしい状況についていけてなかったが,感じたことのない恐怖と戦いながら,口を開けたまま目の前の光景をただ茫然と見ていることしかできなかったのだ。

 

――

 

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 魔理沙は永遠亭に来ていた。彼女は室内であることも気にせず土足で駆け回る。

 

「な,あんたまた泥棒!?」

 

 声を上げたのは鈴仙・優曇華院・イナバ。紫色の長髪にアクセサリーのような兎の耳が特徴の妖怪兎である。彼女はここで月の医者の助手をしている。魔理沙は泥棒癖で有名なので,いつものことかと,鈴仙が魔理沙を排除せんとばかりにスペルカードをセットする。

 

「違う,それどころじゃない。医者は,永琳はどこだ!?」

 

 静寂が支配していたこの永遠亭に魔理沙の怒号が響き渡る。

 

「っ!? お,お師匠様ならこの先の部屋だけど…」

 

魔理沙の普段とは違う剣幕に鈴仙も押され素直に医者の居場所を答えた。魔理沙はそれを聞くと一目散にその場所へと向かって行った。魔理沙が口にした人物,八意永琳は月に住んでいたことのある幻想郷唯一の医者だ。その彼女のいる部屋に行くまで鈴仙は走りながら「何かあったの?」と尋ねてみるが,室内を所狭しと駆け巡る彼女にはその声は届かない。よっぽど急用なのだろう。魔理沙が部屋にたどり着くと永琳が驚いたように彼女を見つめた。永琳があっけにとられている刹那,いの一番に開口したのは魔理沙だった。

 

「すぐ博麗神社に来てくれ,頼む!」

 

 永琳は何か言いたげな表情を見せたが,魔理沙はそれを遮るかのように続けた。

 

「この通りだ…!」

 

この魔理沙が土下座をしてまで頼み込んだ。なんとか追いついた鈴仙はあまりのことに呆気に取られていた。永琳は魔理沙の様子を見て事態を重く受け止め,ただ無言で頷いた。そして鈴仙を見つめて告げた。

 

「優曇華,私は先に行くから必要な道具一式,まとめて持ってきて頂戴」

「は,はい!」

 

 永琳は鈴仙にそう言うと,彼女は我に返ったようで短く返事をした後,部屋を駆けだして行った。永琳もすぐさま簡易的に検査できる道具を整えた。

 

「準備できたわ,場所は?」

「博麗神社だ」

 

 博麗神社にいる人物は間違いなく一人に限られる。幻想郷の人間ではほぼ最強クラスの実力を持つだろう彼女でさえも何らかの疾病にかかったのだと推測できた。だがそれでもこんなに騒ぎ立てるほどなのだろうか。永琳はもっと質問をぶつけてみたが,魔理沙は「とにかく急いでくれ」と,それ以上何も語らなかった。口を噤みたいほどの何かがあるのだろう。永遠亭から出ると,竹林の中で無言のまま永琳は彼女の箒に乗ると,勢いよく2人を乗せた箒は空を素早く駆けて行った。風を切る音しかないこの状況は,事態が極めて重いことを意味していたのだと永琳が知るのはそう遅くはなかった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「――以上が被告の罪状である」

 

 霊夢の方は裁判が始まっていた。原告側の使者が霊夢の罪を告発した。主に彼女がしでかしたことは多くの妖怪を退治した点である。また異変であろうとなかろうと多くの妖怪にとって驚異になったことも指摘されている。

 

「被告,反論はありますか?」

「大アリよ!私は博麗の巫女,妖怪を退治するのが仕事だわ。それが罪になるんなら誰がこの仕事をするのよ!」

 

 使者と映姫に力強く反論する霊夢。映姫は「静粛に」と静かに述べた。霊夢はひと呼吸おくと,もう一度冷静になって弁明する。

 

「確かに私は妖怪をたくさん退治したわ。けれど幻想郷は人間と妖怪のバランスを保たなければそれ自体のシステムが崩壊してしまう。私はそういった妖怪の出過ぎた動きを止めるためのいわば抑止力なの。それは罪になるはずがない」

 

 映姫は彼女の弁明を聞き入れた上で問い返した。

 

「たとえ妖怪を意図せず襲い,けがを負わせ,あるいは殺してしまったとしても同じことが言えますか?」

「ええ,どんな形になったとしてもね。妖怪を倒すってのはそういうこともあるわ」

 

 使者はその霊夢の発言に横槍を入れた。

 

「意義あり,この者はただ読書をしていただけの妖怪まで手を出しています」

「…余計なことを…」

 

 霊夢は表情には出さずとも小声で呟いた。以前霖之助が営んでいる香霖堂という店の脇で読書をしていた鳥の妖怪を襲ってしまったことが今になって裏目に出る。

 

「被告,間違いはありませんね?」

「…,ええ,それは事実よ」

 

 霊夢は腹をくくって正直に答えた。どのみち映姫には嘘を見破る鏡があるため,霊夢には嘘を吐く必要が無いのだ。

 

 その後も霊夢は何かを思い出しては弁論してみるも,原告の使者にことごとく論破されなすすべもほとんど無くなった。

 

「被告,まだ述べ足りないことはありませんか?」

 

 映姫が問いかける。霊夢は残った最後の手段を使うことにした。だが,言葉がうまくまとまらない。

 

「まだある…,だけどうまく言葉がまとまらないの…。ほんの3分だけ,言葉をまとめるのに時間をちょうだい…!」

「意義あり,ただの時間稼ぎです。待つ必要はありません」

 

 すかさず霊夢の行動に横槍を入れる原告。ただ霊夢は脇目も振らず,ただ一心の想いで映姫を見つめていた。

 

「原告の意見を退けます。被告に3分の時間を与えます」

 

 霊夢は感謝の言葉を述べることはせずそのまま考え込んだ。今まで私と妖怪はどんな関係があったのだろう。確かに戦いあった。それも死闘に近いギリギリの物もあった。だが最終的に戦った後,彼女らと宴会を開いたりするほどで完全な敵同士というわけでもない。

 

(きっと…きっと何か現状打破できるかかわりがあるはずよ…)

 

 霊夢はこれ以上ないほど頭を目いっぱい使って言葉を考えるのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 

 魔理沙と永琳は博麗神社にたどり着いた。二人は霊夢が寝ている部屋にたどり着く。

 

「霊夢を見てくれ,頼む!」

 

 魔理沙がここまで必死に物を頼むということが珍しかったため,永琳も事の重大さを改めて認識した。彼女は覚悟を決め霊夢を診察する。

 

「……,……,……」

 

 無言のまま永琳は表情を変えずに診察する。一通り診察が終わると大きく息を吐き,魔理沙を無言で見つめた。

 

「おい,永琳,何とか言えよ…」

 

 焦る魔理沙とは対照的に,永琳は目を閉じて静かに言った。

 

「まだ優曇華がもっと細かい診察道具を持ってくると思うけど,事態は考え得る限りほぼ最悪の状態よ…。私は入り口で優曇華を待つわ,魔理沙はここをお願い」

 

 そう言って永琳は魔理沙に目もくれることなく退室した。いや,できなかった。魔理沙は返事をしなかった。彼女もまたできなかった。時間がどれほど経っただろう,茫然としていた魔理沙は動かなくなった親友を見やる。今無意識に小刻みに震えているのは,この貧乏神社が寒い場所だからという理由だけではなかった。だがまだ希望はあった。鈴仙が持ってくる道具でこの事態がただ単に嘘に覆るかもしれない可能性もあったからだ。彼女はわずかばかりの希望を待ち望んでいた。

 

 どのくらい時間が経っただろうか,先ほどまで驚くほどの晴天も,大雪が降りそうな曇天へと変わっていた。突如,稲光がした。だが雷ほど強くはない光だ。そのコンマ数秒後カシャリとシャッター音が鳴り響いた。魔理沙がその方向を向くと,烏天狗の妖怪の射命丸文がいた。彼女はご自慢のカメラに今の状況を収めるとこう言った。

 

「あやや,何かあるのかと気になって来てみれば…とんだ大スクープですね」

 

 烏天狗の社会は新聞の購買数を競っている。そこに属する彼女は幻想郷最速と言われるほどの持ち前の速さを活かし,自分の足でネタを探し,新聞を書き上げていくのだ。

 

「いや~,博麗の巫女が死んだと知ったら幻想郷は大混乱かもしれませんね」

 

 文は悪びれもせず言い放った。魔理沙はうつむいたまま何も答えようとはしない。

 

「じゃあ私はこれで失礼しま――」

 

 そこまで文が言いかけた瞬間極太のレーザーが彼女の顔付近を掠めた。魔理沙の十八番であるスペルカード,マスタースパークである。

 

「お前…生きて帰れると思うなよ…?」

 

 魔理沙は文を思い切りにらみつける。文はおおげさな振る舞いで振り返ると,ずいぶん余裕そうに答えた。

 

「あやや,いきなり攻撃ですか。ですがそうでなくては張り合いがありません…さぁ,手加減してあげるから本気でかかってきなさい」

 

 そう言うと文は魔理沙に追いつけるスピードで上空へと移動,魔理沙も箒に乗って上空へ移動し,弾幕の勝負が始まったのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「時間です,被告,何かまだ話すことはありますか?」

 

 映姫の質問に霊夢が苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

 

「……やっぱりもう何もないわ,私と妖怪はやっぱり敵同士で何もなかったのよ」

 

 彼女は3分という時間で必死に考えた。だが妖怪と戦ってきたという事実のみが彼女の頭を反芻していた。結局のところ手詰まりとなり,彼女には弁論するネタが無くなったのだ。原告はそれを見てニヤリと笑みを浮かべ,主張した。

 

「被告には酌むべきものは何もありません。地獄行きを求めます」

「なっ…!?」

 

 地獄,霊夢の頭にはその言葉が印象的に響いた。楽園の巫女には全く縁のない場所へ行くのはまっぴらごめんである。だが,ここでの罪人は地獄行きが多くいるのだ。だが万策尽きた彼女にはもう言い返す言葉も気力も無かったのだ。映姫は彼女を見て判決を下す前に説教をした。

 

「博麗霊夢,あなたの言い分はわかりました。ですが妖怪を襲った。身を守るためだった。だがこれは生きている人間の言い訳にしかならない。残念ながら死んだ人間が主張しても意味のないことです。またあなたは力の無き妖怪まで襲っている。戦う意思のないものにも攻撃している。力を持つものがこのような姿であると,争いが生まれるものです」

 

 映姫の言葉に霊夢は地獄行きを覚悟した。だがまだ判決は下らず,映姫はさらに説教を続けた。

 

「ですが,あなたの幻想郷の中での役割であった『妖怪退治』…,妖怪と人間のバランスを保つ役割を果たすためであったことは考慮に入れたいと思います。これは普通の人間にはできないことです」

 

映姫はそう言うと,双方を一瞥したあと即座に判決を下した。

 

「博麗霊夢…あなたは黒です。だが…私が述べる条件をクリアした場合は天に行けることでしょう」

「え…」

 

 霊夢は判決を聞き少しだけほっとした。ただその条件次第によっては手放しで喜べるものではないだろう。

 

「な…,そんな判決は…」

 

 原告側は文句を言いたそうに声を漏らす。

 

「私の判決に何か不服でも?」

「ッ!? な,何もございません…」

 

それは映姫の睨みにより阻まれた。彼女は微笑を浮かべ霊夢に近寄ると,その条件を彼女に話したのだった。

 

「え…,それだけ?」

「ええ,それだけです」

 

だがあまりに予想外の無いように拍子抜けしてしまった。

 

「これが今できるあなたの善行です。さあ,行きなさい」

 

 映姫に促され裁判所を出る。今までのおどろおどろしい空間でなく,白の多い華やかな部屋である。だが中央にはただの階段があった。果ては見えず,どこまでもどこまでも,天へ通じるような際限なく長い階段が,霊夢を出迎えた。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 激しい弾幕が飛び交う音がしんしんと降る雪の音にも負けず響き渡る。激しく衝突する弾幕。爆音が木霊する。だが次第によく聞こえるのはまるで突風が吹くかのような音ばかりである。そして突如台風のような強い風と轟音が鳴り響いたかと思うとそのままあたりが静寂を包んだ。たった数分のことであったが勝負に決着がついたようである。文は強烈な風を正面からモロに食らった魔理沙を見下ろす。雪がクッションとなり,ずぼっという音がした。その音でさえも,大量の雪の消音効果によってかき消された。

 

「腑抜けた魔法使いはどうあがいたところで,手を抜いている私にすら及びませんよ」

 

 文の言葉には感情が籠っていなかった。それこそ氷の刃を突きつけるかのごとく。彼女はゆっくり地上に降り立つ。そのまま雪上を歩いて魔理沙の顔の脇に立ち,見下ろす。魔理沙にはもう反撃する力も残っておらず,何もできない悔しさを隠すため,帽子を深くかぶり顔を覆った。溢れる涙を止めずにいられないのだろう。ただ,彼女の言葉だけはまだ強い意志を秘めていた。

 

「許せねぇ…お前だけは許せねぇ……」

「あやや,それはどうぞご自由に」

 

 文はわざとおどけて答えた。魔理沙はそれに構わず続ける。

 

「私の親友を辱めようったってそうは問屋が卸さねぇ…,あいつは…霊夢は…,見た感じはそうでもないが,実のあいつを知ればとてもいい奴なんだ」

 

 魔理沙が彼女の面目を保つため必死に文に訴える。ただ「死んだ」と伝えられてしまっただけでは彼女の価値を落とすことになると感じているようである。だが文はさらに冷徹な一言を魔理沙に浴びせた。

 

「私も彼女を追うこと十数年,だけどたった十数年ですよ。私にとっては薄っぺらい関係でした」

「お前…!」

「あなたは私を知ったつもりでいたでしょうが,人間と妖怪の間には相容れない壁があるのよ。それは常識も同じ。あなたのごくごく短い人生感を述べたところで千年もの長い時を生きた私に説教しようなんて浅ましいんですよ…それでは失礼します」

 

 文はそう言うと去っていった。すさまじい勢いで帰っていったため,彼女によって起こされた暴風が新雪を巻き上げた。それは今もしんしんと降っている雪と相まって魔理沙に降り積もっていく。だが彼女は寒いと思う余裕さえなかった。それよりも彼女は自分と霊夢の一緒に過ごした長い期間を否定されたような気持ちがしたのだ。それは雪よりも冷たく,そして重く圧し掛かる。悔しい。ただ,ただ悔しい。彼女にそのまま雪が積もっていく。時が経つにつれさらに降る雪は勢いを増しているようだ。まるで彼女の気持ちを代弁するかのように。積もる雪の重みを感じながら彼女は呟いた。

 

「はは…未熟だな…。お前がいないと思っただけでこんなに私って小さいんだなって思うとなっさけないや…」

 

 言葉にするだけで涙がにじむ。意識してなくても自然と嗚咽が漏れ,彼女はそのまま赤子のように泣きじゃくった。普段は寒いだけだと感じていた雪が,この時だけは彼女を優しく包み込むように,その慟哭を隠してくれたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 魔理沙が戦い,敗北した。未だに泣き続ける彼女の様子を見ていたのは神社にいた永琳と,飛び去って行ったと思われた文だった。永琳は鈴仙を待つ間神社にある道具をうまく使って狼煙を上げていた。博麗神社で煙が上がっていれば何事かと集まってくる人がいるかもしれない。文はそれを見て駆け付けたのだった。新聞記者の性なのか,彼女の受け売りである幻想郷最速の名は伊達ではない。だが来るのは誰でも良かったわけではない。永琳は文を呼びつける目的で計画立て,実行したのだ。これも「月の頭脳」と呼ばれた彼女には朝飯前といったところだろう。彼女の目的は二つ,そのうちの一つは文に一芝居打ってもらって,どうしても乗り越えられないもの,すなわち友人の死,を魔理沙に体験してもらうことだった。霊夢がこうなってしまった今,異変を解決するのは彼女が中心になると思われる。今後ろくに異変が解決されなければ,閉鎖社会である永遠亭に住む自分たちは不利に立つことが想定された。現状維持を望む彼女らはバランスが崩れることをよしとしない。そのための措置だったのだ。

 

「やっぱり魔理沙にはこの事態を受け止められなかったわね…」

 

 ただ永琳は魔理沙の性格からして,こうなるという結果は分かっていたようだ。(博麗神社に来るまで永琳は何が起きていて,これからどうするかの算段を立てていたというのもある)魔理沙はひねくれながらも,熱い気持ちを持っていることを永琳は知っていた。これも彼女の想定の範囲内であった。

 

「それを知っていて,私にこのような役回りをやれだなんて……さすがは『月の賢者』ですね」

「お世辞でもそう言ってくれると嬉しいわ」

「皮肉に聞こえなかったのならいいわ」

 

 にっこりと笑う永琳に文はため息を吐きながら答えた。お互い軽い舌戦を繰り広げるが,今はそんなことをしている場合じゃないと文が呟く。真面目な表情で彼女は永琳に診察結果を聞いた。もう鈴仙は到着していて,器具が揃った今,はっきりとした診断が出たのだ。

 

「栄養失調による衰弱死…いわゆる餓死よ…」

「そうですか…」

 

 結果を聞いて文はうつむく。彼女は先ほど口では薄っぺらい関係と宣っておきながら,幻想郷のネタとしてだけでなく,幻想郷の中で最も結びつきの強い人間の一人だと考えていた。人の寿命は50年,妖怪はその数倍,数十倍の世界だ。今までかかわってきた人間との別れなんて無数にある。馴れていると思っていたのに,辛いと思ってしまう自分を,彼女は歯がゆく感じていた。

 

「そんなあなたにもう一つお願いなんだけど――」

 

永琳はもう一つの願い,霊夢のことを幻想郷に伝えてもらうように頼んだ。幻想郷の人間と妖怪のバランスを保つため,新たな巫女となる人物を幻想郷全体で見繕ってもらう必要があるからだ。

 

「じゃあ,行ってきますね」

 

 飛び立とうとする文に永琳が制止し,一言添えた。

 

「大丈夫だとは思うけど,彼女の功績はしっかり書いてあげてね」

「善処しますよ,なんたって私はある意味彼女の番記者だったんですから」

 

 文はそう言うと,振り返ることなく飛び立った。その姿を見て彼女はふと微笑む。ようやく計画の一手が指されたのだ。種は蒔かれた。あとはその芽が生えるまでに布石を置かねばなるまい。そこで彼女は鈴仙に留守を頼む。

 

「優曇華,私は少し調べたいことがあるの,ここを任せてもいいかしら」

「はぁ…,どちらに向かうんですか?」

「白玉楼…何か霊夢についての手がかりがありそうな気がするの…」

「わかりました,道中お気をつけて…」

 

 鈴仙が頭を下げると永琳は飛び立ち白玉楼へと向かった。

 

(鈴仙…,あとは魔理沙のフォローをお願い……)

 

 師匠の意図に気付かない鈴仙は,とりあえず神社から姿を消している魔理沙を探しに辺りをうろつき始めたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 霊夢はただ階段を一歩ずつ登っていた。天へと通じる階段だ。飛ぶことはできず,ただ一歩ずつ踏みしめて登る。映姫が出した条件,それはこの階段を,口を開けることなく登り切るという至ってシンプルなものだ。霊夢は判決の後タカをくくって楽観していたが,実際動いていると疲れやのどの渇きを感じ,相当辛いことがわかる。もっとも疲れものどの渇きも死んだ身にとっては関係の無いことであった。この程度はまだ楽だった。悲しいことにも伊達に貧乏生活は長く,仮に彼女が生きていたとしても,なんとか耐えることができそうだった。しかしどのくらい歩いたか,華やかな景色は一向に変わらず,彼女の心を少しずつ砕いていった。

 

(長い…,全然先が見えないわ…体感だと30分くらいずっと歩き続けているのに何も景色が変わらない…これほど退屈なものはないわ…)

 

 風景が変わらないのも一種の地獄なのだろう。それからさらに歩くこと15分,景色が急に変わった。突然のことに身体が強張る。振り返ってみても先ほどの登ってきた階段はない。あたりを見回すと,部屋の中には立派な紅の装飾品が並んでいる。不思議にもそれは現世で見た建物と寸分違わぬ内装だった。

 

(ここは紅魔館……!?)

 

 なぜ死後の世界にこれが存在しているのか彼女にはわからなかった。彼女はそこである仮定を立ててみた。仮にこれが紅魔館であったとする。ならば彼女の知っているであろう人物がいるはずだ。彼女の勘の良さはとても便利なのだが,その時ばかりはその勘を呪わずにはいられなかった。その淡い仮定はすぐさま確固とした答えに達したからだ。予想通り,そこには一人の少女がいた。レミリア・スカーレット。この紅魔館の当主であり吸血鬼である彼女が紅茶をすすって霊夢を待ち受けていた。容貌は幼いが,その威圧感は全く見た目通りと言えないほどである。

 

「やぁ,霊夢。また私と闘り合おうだなんて,嬉しいわ」

 

 嬉しいと言いながらも表情を変えないレミリアに睨まれ,霊夢の背に冷たいものが走る。口を開けることが許されていない以上,会話をすることもまた然り。

 

「それとも,あまりの恐怖に声も出なくて?」

 

幼き吸血鬼はゆっくりティーカップを置くと,霊夢の反応を大層愉快そうに眺めていた。そして優雅にスペルカードをセットした。戦闘開始の合図だ。だが霊夢はスペル宣言をすることさえできない。この時ばかりは,彼女の勘でなくても誰しもが最悪な状況だと悟ってしまうほどだった。紅い幼き悪魔はスペルを宣言すると,燃えるような熱い弾幕が霊夢に情け容赦なく襲おうと向かってきたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「号外,号外だよー!幻想郷の一大事です!」

 

 記事を疾風迅雷のごとく作り上げた文は人里に出て号外を配っていた。道行く人々は一瞬驚くが,「そうか…」と漏らすばかりでそれ以上の関心を引き出せなかった。彼女は不思議に思い,十数人目の人物にどうして興味が薄いのかを訪ねてみることにした。

 

「ああ,霊夢さんは妖怪を退治しているのに,その神社は妖怪神社と評判だろ?それって妖怪とグルってことになるよな。そして,彼女の死を伝えに来たあんたも妖怪なんだろ」

 

文は短く「ええ,そうですね」とだけ答えた。

 

「まぁあんたの記事はちらほら目にするし,あんた自体もよくこの里に来るからそれなりに信用できるからな。まあこの際霊夢さんがどんなことをしたのか見てみることにするよ,はっはっは」

 

 彼はそう言って去っていった。文は道行く人々の同じような反応を見て悔しさを通り越して呆れていた。幻想郷の中の妖怪と人間のルールがなかった時代,無秩序に人々は妖怪の餌になっていて,人間が恐怖にさらされていた時期があった。だがそれが制定されてから人々は少しずつ妖怪の脅威を忘れているのかもしれない。事実この里には私を含め妖怪と対面しても驚く表情の一つも見せないのだ。だからと言って,妖怪とグルだからと決めつけて,霊夢の死に何も感じないということが,文にとって不思議でたまらなかった。妖怪である彼女にとって,無関心というのは一番恐ろしいことを人間よりも知っている。だからこそ彼女は霊夢のことを悼んでくれる人物を探すため新聞を配り続けた。

 

ひとしきり配ると,よく見知った顔を見かけた。東風谷早苗,妖怪の山に神社を構える守屋神社の風祝である。彼女は幻想郷に最近来たばかりでここの歴史には疎いが,その代わり幻想郷の住民が行くことのできない外界に住んでいたことがあるため,未知なる情報を聞きつけるため彼女とも交流が深いのだ。文は他の人と同じような口上で早苗に新聞を渡す。

 

「早苗さん,号外です!幻想郷に大変なことが起きているんです」

「なんでしょう…,霊夢さんが……,…………,…………」

 

 新聞を受け取った早苗は途中まで口に出すが,予想外のことのようで,口だけは動いているのに声が出てこなかった。だが彼女は一旦間を開けると強い口調努めて明るく言った。

 

「ふふっ,とうとうこんなあからさまな嘘を新聞に書き込むなんて,文さんの新聞もとうとう地に墜ちましたね,よっぽどネタがないんですか」

 

 文はこの言葉に一瞬驚いたが,ぽつりと「そうだったら良かったんですけどね」と呟いた。早苗は文のその腑に落ちない態度を見て苛立った。

 

「そうやって私を騙すつもりでしょう,そこでまたネタを作ってばらまく…あなたの魂胆は分かっています」

 

 早苗は必死に,まるで自分に言い聞かせるように嘘であることを強調していた。彼女がひとしきり言い終わると,顔を伏せた。そのまま立ち去ろうとする彼女に文は声をかけた。

 

「どちらに?」

「博麗神社です,あなたの嘘,証明しに行ってあげます」

 

 彼女はそう言うと神社の方へ,霊力を使って飛び立っていった。彼女から零れ落ちた滴が文の頬を撫でた。

 

「……,まだ幻想郷の人間も捨てたもんじゃないですね…」

 

 彼女は早苗の後姿を見ながら呟いた。自身の新聞は否定されたのだが,彼女の本心が願っていたことを早苗もまた思っていたので,少しだけ心が軽くなったのかもしれない。そんな気持ちを共有できる人を探すべく,雪が舞う中彼女は再び新聞を配り始めた。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 霊夢は仰向けになって倒れていた。傷だらけで全身から血が流れている。いくら弾幕を避けることに定評がある彼女でも,口を開けることのできない以上,スペル宣言での反撃も結界による防御もできなかった彼女には勝ち目と言うものはなかった。スペル攻撃の集中砲火に遭い,痛みで口をつい開けてしまいそうになる。口の中にはすでに鉄の味が広がっていた。吐血したくても彼女は断腸の思いでそれをこらえることしかできず,鼻に回ってそこから流れ出る。無様――その言葉が今の彼女にとってはふさわしい言葉なのだろう。実際に彼女もそう感じずにはいられないほどだった。わずかに動く頭を動かし周囲を確認する。間違いなく全身から致死量に相当する血が流れ出ているようだ。レミリアは床に流れ出た霊夢の血を舐めると,宙に浮きながら椅子に座るようなポーズととり,彼女を見下ろしていた。

 

「呆気ない,実に呆気ない幕切れね。あなたの血がこんなにまずいだなんて思わなかったわ」

 

 レミリアは冷たく言い放つ。これだけ血が流れ出ても,尋常じゃない痛みが彼女を襲っても,意識だけははっきりしていた。レミリアに言い返したい言葉もはっきり浮かぶ。だが彼女はどんなに悔しくても何も述べることができない。

 

「今宵は気分が久々に良かったから,たとえ万一にこの私に土をつけることがあったとしても許せたかもしれないのに,こんなぬるい勝負されるなんて心外だわ」

 

 彼女は言いたい放題に霊夢に言った。彼女は悔しさのあまり目を背けることしかできなかった。だがそれがさらにレミリアを失望させたのか,彼女は大きくため息を吐くと最後に一言霊夢に言った。

 

「本当に残念よ,あなたとの最後の弾幕勝負がこんなにつまらないなんて」

 

 弱弱しい言葉に驚き,霊夢が彼女を見ると今まで見たことのないような悲しい表情をしていた。霊夢の心が大きくぐらついた。すると瞬く間に先ほどまで紅魔館にいたはずなのにどこまでも続く階段に戻ってきていた。傷もすべて塞がっている。先ほどまでの痛みがまるで嘘のように消えていた。すぐそこにレミリアがいた痕跡もない。

 

(夢…? いや,そんなわけあるはずがない…)

 

 脳裏にはまだ先ほどの光景がはっきりと刻み込まれていた。思い返すのも躊躇われるくらい鮮烈に。想像するだけで気持ち悪くなり,吐き気を催す。彼女は考えることをやめ,再び階段を上り始めた。わずかばかりに周りの景色色あせていた。霊夢は何も気に留めていなかったがこれはまだ地獄の序章に過ぎなかったのだ……

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 早苗が博麗神社にたどり着き,霊夢と対面した。凍える寒さの中冷え切った手を霊夢の頬に添える。ぬくもりは何もない。飛びながら怖れていたことが本当になってしまった。ずっと文の狂言だと信じていたかったが,現実はあまりにも残酷だった。なんでもっと早く霊夢の危機に気付けなかったのだろう。彼女は悔恨の念に押しつぶされそうになった。頬を大粒の涙が零れ落ちた。

 

「おや,お客さんでしたか」

 

 早苗が声の方向に振り返るとそこには鈴仙と彼女の肩に担がれる形でボロボロになった魔理沙がいた。早苗は二人を見ると少しだけほっとしたのかさらにいっそう泣きじゃくる。きっとたった一人では抱えきれなかったのだろう。鈴仙は魔理沙を運び終え彼女を座らせると,その場に居づらかったのか,静かに退室していった。

 

「どうして…こんなことに…」

 

 早苗が涙で擦れたようなうめき声にも似た声を出す。魔理沙はボソッと呟く。

 

「なぁ,お前の奇跡,見せてくれよ」

「――え」

 

 一瞬何を言ったのかわからず早苗は魔理沙を見た。彼女は真っ赤な目で見つめていて,どんなことを言ったのかはそれで見当がついた。魔理沙は構わず話を続けた。

 

「お前の奇跡なら,霊夢だって生き返るかもしれないじゃないか」

「な,何を…そんなことができるんなら私だってそうしてますよ!!」

 

 早苗は泣きながら訴える。無論できるならとうにやっている。でも無理なものはどうやっても無理なのだ。

 

「お前言ってただろ,『幻想郷では常識に囚われてはいけない』って…」

「…………」

 

 早苗は答えられなかった。さすがにこればかりはいくら幻想郷でも覆すことのできない理に違いない。だが魔理沙はそんな答えを望んではおらずそのまま早苗に掴みかかった。

 

「霊夢を,霊夢を,なんとかしてくれよ~!」

「ちょっ…は,は…なして…」

「やめなさい,魔理沙!!」

 

 騒ぎに気付き,慌てて戻ってきた鈴仙が取り乱した魔理沙を抑え込む。魔理沙は身動きがとれなくなるとそのまま泣き崩れた。

 

「何よそれ…私だって…私だって…」

 

 早苗も同様に崩れ落ちる。鈴仙はこの場を収める最善の策が思いつかなかったが,まずは魔理沙の治療を先決することにした。一度早苗とも離せるためそのほうがお互いにとっても良いのだろう。鈴仙も当然ながら,生きている人間に対しての治療の術は永琳から指南されているので彼女にもたやすいことだ。

 

「ただでさえぼろぼろなんだから,今は私が治療をするわ。ここは人がじきに集まってくるだろうから,別室に行くわよ」

 

 崩れていた魔理沙を何とか引きずりつつ,部屋を後にした。その場に残された早苗はただ泣き続けるのみだった。

 

(普段はあんなにひねくれたことばかり言っているのに,いざってときはやっぱり…)

 

 鈴仙の中で普段からひねくれている魔理沙の株が少し上がる。次から次へとくるだろう来客者の中にも,意外とこういうタイプの妖怪も多いことだろう。今の魔理沙一人への対応さえつらいのに増えるとなればきっと手に負えなくなりそうな予感が否めない。彼女は早く師匠である永琳の帰りを願いつつ,嘆息しながら魔理沙の傷の処置を行うのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 霊夢を次に待ち受けていたのは白玉楼での庭師とその主人だった。主人の命を受けた庭師は二振りの獲物を構え,霊夢と対峙していた。霊夢は彼女の攻撃を自分の持っていたお祓い棒で防ぐ。霊力の籠った彼女のお祓い棒は金属をも跳ね返すことのできる優れものである。刀とお祓い棒がぶつかり合い,鈍い音が響き渡る。勝負は互角のように思われた。だが主人の一言が戦況を大きく変化させた。

 

「妖夢~,いつまでもこの調子じゃいけないわよ~」

 

その声の主は庭師――魂魄妖夢――を急かす。

 

「わかっています」

 

彼女がスペル宣言をすると,一振り毎の重みが一気に増した。それでいてかつ攻撃の手数の増えた庭師の攻撃には霊夢もなすすべがなくなっていった。重い一撃にお祓い棒が弾かれ,次に持っていた腕が切り落とされ,膝をつく彼女間もなくその首が刎ねられた。彼女の血飛沫を浴び深紅に染まった庭師を主人――西行寺幽々子――は納得の表情を浮かべこの光景を眺めていた。

 

「そうね,修羅を生きるものには情けは無用…,あなたもこれでもう半人前ではないわ」

「勿体無いお言葉です,ありがたくいただきます」

 

 庭師はその言葉を聞き恭しく頭を下げた。血をすすった妖刀が怪しく真紅に煌めきながら鞘に収まる。霊夢はその刎ねられた首が落ちるまでのその一部始終を見ることしかできなかった。彼女の首が地面に激しく激突する。衝撃で頭が激しく揺さぶられるその感覚で意識を手放してしまいそうになる。だが,それはほんの刹那の瞬間で,気が付くと光景は天へと続く階段に戻る。体には傷一つ無く,やはり先ほどの戦いが嘘のようだった。その前の紅魔館の時と同様の現象がまたしても起こったのだ。だがあまりの鮮明な自分の惨殺されるイメージが脳裏に焼き付き,またもや強烈な吐き気が彼女を襲った。だがどんなことがあろうとも口を開けることができない彼女は意地でも口を開けないようにした。文字通り死んでも開けない。幸いにもこのところ数日まともな食事をとっていなかったことが幸いし,無理やりこみ上げるものを飲み込みながら,その場にへたり込み心を落ち着かせようと試みる。

 

(まさかこんなことがずっと続くの…?そんなのは絶対に嫌!!だけど……)

 

 このままあきらめてさっさと地獄に堕ちれば楽なのかもしれない。ふと彼女は辺りが来た時ほど華やかでないことに気付いた。そして自分が通ってきた階段を振り返る。そこにはもう足場は無く,この世の物とは思えないような深く暗い色をした闇が漂っているだけだったのだ。あまりにも澱んだ光景である。

 

(もし仮にあの中に……,)

 

そう考えた瞬間,得も知れない恐怖が霊夢を襲った。言葉で形容し難いくらいに。だがいくらも死線を潜り抜けた彼女は努めて冷静になろうとした。

 

(私はどのみちそんなところには行かない…絶対にね…!)

 

 自分を言い聞かせるように呼吸を整えると,彼女はまだ微かに輝きが見える天だけを見据え意を決し,再び歩き出したのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 雪の舞う中,永琳は白玉楼へとたどり着いていた。ここには人の死を操ることのできる幽霊がいるのだ。もし仮にその妖怪が黒でなかったとしても,きっと手がかりがあるはずだ,彼女はそう踏んでいたのだ。

 

「おや,珍しいお客さんですね」

 

 白玉楼の庭師である魂魄妖夢が永琳に話しかけてきた。

 

「ええ,あなたの主人に用があってきたのよ」

「幽々子様に?なぜです?」

 

 妖夢の目がすっと細くなった。幽霊である幽々子は薬師の永琳に頼ることなど何もないはずだ。永琳は一方で表立って行動はしないものの幻想郷の実力者の内の一人。主人を謀ることもあるかもしれないと,そんな飛躍的な結論に達した。彼女は抜刀すると永琳に声を低くして告げた。

 

「お引き取りください…」

 

 突然のことで永琳も困惑する。ただ黙っているのも癪なので,何とか妖夢を宥め中に入れてもらえるよう説得をした。

 

「私は誤解されるようなものは何も持ってきてないわよ,弓も無いし」

「でもスペルカードは持っているでしょう?」

「非常事態だから話したいだけなんだけど…」

「そう言って我々を油断させる気ですね」

 

 永琳は全く引こうとしない妖夢に呆れた。だがこのままぐずぐずするわけにもいかないので状況を伝えることにした。

 

「じゃああなたに伝えるわ。心して聞いてちょうだい」

「なんです?」

「霊夢が死んだわ」

 

 永琳が簡潔に述べた。

 

「……? その程度の計略に私が掛かるとでも?」

 

だが妖夢にはピンと来なかったようである。そしていつでも攻撃を仕掛けられるよう構えた。結果として火に油を注ぐ形になってしまった。

 

(この子には話が通じないわね…,仕方ない,戦うとしますか…)

 

 永琳が諦めてスペルカードをセットする。

 

「やっとその気になりましたね,いざ勝――」

「妖夢,そこまでよ」

 

 戦闘を止めるよう指示したのは紛れもなく,彼女の主人である西行寺幽々子本人だった。妖夢は狼狽えた。

 

「ゆ,幽々子様,お下がりください。この者は幽々子様に害を成すかと――」

「何言ってるの妖夢,あなたは頭が固すぎるのよ。そんなだからいつまでも半人前なのよ」

「ぐっ…」

 

 妖夢はうつむく。半人前という言葉が彼女にぐさりと音を立てて刺さったようだ。

 

「うちの庭師がすみません,お話はなんでしょうか?」

 

幽々子は妖夢の非礼を代わりに詫びると,永琳にそのまま尋ねてきた。

 

「実は,霊夢が死んだのです」

「なるほど,やはり事実だったのですね」

「…!? ゆ,幽々子様,ご存じだったのですか!」

 

 幽々子の発言に妖夢がとても驚いていた。いずれにしてもにわかにも信じがたい話なのだろう。しかしほんの刹那,永琳はすうっと目を細め,幽々子を見た。

 

「何か知っているようですね」

 

 永琳が尋ねてみると幽々子は笑顔で答えた。

 

「ええ,ここにいると死者の声が聞こえますからね。とにかく,ここは雪がちらついています,中でお話をしましょう。妖夢,お茶の準備を」

「っ,はい!」

 

 永琳はそのまま白玉楼の中へと招かれていったのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 文と永琳が博麗神社を離れてから二時間くらい経ったのち,ここには人が少しずつ集まってきた。初めこそ里の人間がちらほら集まってきたが,徐々に幻想郷の彼女にゆかりのある妖怪が集まってきていると知れわたると,人間の弔問者はほとんど退散し,ほとんどが妖怪となっていた。文の仕事が相当速かったようだ。鈴仙は入り口にいて,弔問者を中へと誘導していて,魔理沙と霊夢の傍で彼らと対応していた。早苗は一旦守屋神社の二柱に事態を説明するため出払っていた。(大部分が妖怪ではあったが)弔問者の中で悲しみに暮れるものも少なくはなかったのだが,それ以上にもまして霊夢はなぜ死んだのかという質問が多く出た。医者の診察で最終的に栄養失調による餓死だと断定されたのだと魔理沙たちは伝えた。だが霊夢はそこまでやつれた感じはなく,弔問者が訝しがるのも無理はなかった。それを見て一言申す者がいた,幻想郷の七色の人形遣いことアリス・マーガトロイドだ。

 

「魔理沙,これは異変という可能性はないのかしら?」

「異変?」

「そう,誰かが霊夢を殺すという異変よ」

 

 異変と聞いて魔理沙は心のどこかで一瞬安心してしまった。ただ現実に戻ると,たとえ異変であったとして,これを解決したところで霊夢は返ってくるのだろうか。答えは限りなくノーに近い。

 

「ダメだ…想像してはみたけど霊夢は…」

 

 魔理沙は声にも張りはなくただ肩を落とす。どうやら相当精神的にきているようだ。アリスはため息をつく。今までの魔理沙であれば間違いなく勇んで解決しに行ったことだろう。だが,死という覆しようがない現実を突きつけられ,一歩を踏み出せないようだ。もちろんアリス自身だってこの件に関しては懐疑的だ。だが実行に移してくれる仲間――魔理沙――がいるなら力を間違いなく貸すに違いない。アリスは自分のためにも,魔理沙の後押しをしていた。するとちょうど鈴仙が戻ってきた。

 

「う~,寒い…お茶を…って期待したけどないのよね…」

 

 そとは大変寒く一旦休憩のために戻ってきたようだった。この部屋には暖を取るための器具はあり,部屋自体は暖かい。だが一休みのためのめぼしい飲食物はどこにもなかった。

 

「魔理沙,私と代わらない?」

 

 彼女は魔理沙に声をかけたが,目を合わすことも返事をすることもなかった。がっくりと肩を落とす鈴仙にアリスは尋ねてみた。

 

「鈴仙,魔理沙からの話だと永琳がここにいたみたいだけど,どこに行ったのかしら?」

「ええ,お師匠様は白玉楼へと向かったわ,あ,そういえば伝えてなかったわね」

「白玉楼…」

 

 鈴仙の話を聞いて魔理沙は呟いた。確かに幽々子には人の生死にかかわる能力を持っている。しかしなぜ彼女が関係するのか,彼女を問い詰めれば霊夢は生き返るのか。様々な考えが泡沫のように現れては消える。だが一つだけはっきりとわかったことがあった。

 

「やっぱ,私らしくねえよな…,動かなきゃ,足掻いてみなきゃわかんねえことってたくさんあるよな」

 

 彼女の眼には火ならぬ炎がともっていた。アリスはそれを見逃さず微笑を浮かべた。彼女はあえて魔理沙に質問をした。

 

「もしダメだったらどうする?」

「そんときゃそんときだ」

 

 ようやく魔理沙らしい姿に戻りアリスは安心し,「私も手伝うわ」と言った。

 

「なら善は急げだ,行くぞ!!」

 

 魔理沙は箒を持ち,部屋を後にしようとする。が,素早く振り返り鈴仙に言った。

 

「妖怪が増えてきているけど,お燐には気をつけろよ!火車だから霊夢が持っていかれちまうかもしれねえからな!」

 

「え,あ…」

 

 鈴仙が何も言い返せぬうちに彼女らは部屋から出て行った。一人取り残された鈴仙はしばし沈黙して考えたあとある結論に達した。

 

「わ,私まだ外に残んなきゃなの~!?」

 

 再び孤独で寒いだけの外作業が待っているとわかった彼女の情けない声が神社内で響いたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 永琳は白玉楼の一室に招かれていた。幽々子が永琳を座らせると,妖夢がせっせと茶菓子を用意する。

 

「お構いなく,そこまで長居するつもりはないですから」

「まあまあ,せっかくの来客なのよ,それにあなたはここには無縁なのだから少しくらいゆっくりしていきなさい」

 

 永琳は蓬莱人であり,死ぬことがない。よってここに来ることもないというのを幽々子はよく知っていた。

 

「先ほどはすみません,外は寒いのでこれを飲んで温まってください」

 

 妖夢は先ほどの非を詫び,永琳にお茶を出した。ありがとうと言って永琳はそれをわずかに口に流し込む。失われた体温がわずかばかりに上がるのを感じる。

 

「それで私に聞きたいことはなんですか?」

 

永琳は一呼吸を置き返事を返した。

 

「なぜ霊夢が死んだのを知っていたの?」

 

 永琳は単刀直入に尋ねた。相手はつかみどころのない人物であることを知っていたため,変に探り合いする必要はなかったからである。

 

「それはね,ここにいる霊が,霊夢が死んだって言ってたのよ」

 

「……,それだけ?」

「それだけよ~」

 

 唖然とする永琳に対し幽々子はあっけらかんと答えた。だが妖夢が間髪入れず話に入ってきた。

 

「そんな…,私も霊の言うことがわかりますが,誰もそんなことは言ってませんでした。一体どうやって…」

 

 永琳は妖夢の不思議そうな反応を逃さなかった。何かこの主人は隠しているだろうと疑ってみる。だが今は一歩踏み込んで聞いてみたところで最も得たい回答は得られないだろう。ましてや万が一戦いが勃発した場合,1対2の苦戦を強いられることになるだろう。どの道を行ったとしても得策ではないのは容易にわかることだ。ならば一旦下がったほうが良い。

 

「そうですか,ほかに情報がないなら私は戻ります。急がなければ身内の者が心配するので」

「あ,お茶のおかわりは――」

 

 永琳はお茶を出そうとする妖夢を制止し微笑むと,「この場所には本来来ちゃいけないところだからね」と皮肉にもとれる囁きをし,白玉楼から去っていった。実に速い決断と行動である。呆然とする妖夢はどうしていいかわからず幽々子に尋ねる。

 

「あの…,幽々子様。これは一体…」

「いいのよ,妖夢。あなたは珍しく完璧な役回りだったわ」

 

 幽々子は笑みを浮かべて妖夢に話しかけた。珍しくという言葉が胸に刺さりつつも,庭師として長いこと彼女と暮らしている妖夢にも,未だにその微笑から喜んでいるのか,何か企んでいるのか,その考えていることがわからない。

 

「?? どういうことですか?」

 

それを諭すかの如く幽々子はこう付け加えた。

 

「いずれ機が熟すわ。その時にあなたもきっとわかるでしょう」

 

 彼女はそう言って,永琳が帰っていったであろう方角を,目を細めて答えた。

 

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 小町は霊夢を運び終えた後は川岸でのんびりお酒を飲みながら転がっていた。いつもは一仕事終えた後の一杯が格別なはずなのだが,今日ばかりは酒もおいしく感じられなかった。酔いが回ることさえまるで感じない。

 

「……,まぁ仕事だからしょうがないけどさ,一体何があったってんだい…」

 

 彼女もまた霊夢のことを考えていた。彼女には人の寿命が見えるいわゆる「死神の眼」というのを持っている。霊夢の寿命も以前見たことがあった。だがこんな早く死期が訪れるはずはなかったのだ。その疑問が彼女の頭を支配した。さらについて言えば,その寿命さえも見えなかった。無論すでに死んでいて,そんなものは表示されないと思うかもしれない。だが生前の寿命=死去時の時間情報として,死後であっても見ることはできた。しかし霊夢の時はそれが何かにぼやかされているようで見えなかったのだ。それはなぜか。そう考えようとしたが,突如声をかけられはっと我に返った。

 

「小町…この時間に堂々とサボるとはなかなかですね…」

「っ!?え,映姫様,こんなところまでどうされたんです!?」

 

 彼女の上司である映姫がわざわざ三途の川の川岸までやってきていたのだ。いきなり現れたため彼女は変な声を出してしまった。映姫は慌てふためく彼女を見てため息を吐いた。

 

「いずれあなたには始末書を書いてもらいましょう…,今回のことと言い,過去のことと言い…」

「うへぇ…,勘弁してください…」

 

 土下座してまで謝る小町を見てくすっと笑う映姫。恐る恐るゆっくり小町が顔を上げると,映姫はすでに厳しい表情に戻っていた。彼女に告げた。

 

「小町,ついて来てくれるかしら?」

「へ…ど,どこへ?」

「私の部屋にです」

「ちょ…,いよいよもってあたいはクビかい!?」

「そう思う自覚があるならちゃんとできるはずです。だけど今はそれどころではないのです」

 

 映姫はそう言うと小町の返事を待たず歩き始めた。唖然とした小町は我に返ると駆けだしついていった。今まで映姫に直接呼びつけられた場合,たいていロクなことが起きない。もちろん自分で蒔いた種というのが大きな原因なのだが,今回そうでないということはどんなことが起きるのだろうか,彼女はそれが気がかりでならなかった。部屋にたどり着いた小町は,あるものを映姫から見せられた。鏡である。その中にはよく知っている人物が映っていた。

 

「これは…霊夢…?」

「そうです,刑を受けている彼女です」

 

 小町は霊夢の様子を眺め見た。幻想郷の猛者と次々と闘い,そしてほぼ抵抗できず惨殺される,そんな光景を。そんな光景を固唾を呑んで見守る彼女に映姫は質問をした。

 

「あなたはこれを見てどう思う?」

「別に何とも思わないですよ」

「それはなぜ?」

 

 さらに問いかける映姫。小町は困ったような表情を浮かべるが,彼女なりの言葉で返した。

 

「私はただの船頭です。地獄の裁きに関してあれこれ言える立場ではないですよ」

 

 彼女は一番無難な回答をした。どっちつかずの回答をして,映姫の質問から逃れたかった。だが彼女はさらに追撃をした。

 

「ただ単に私はあなたの意見を聞きたいだけ。船頭とか裁判官とか関係なくね」

「……,そうおっしゃるのならば……。まさにこれは地獄を延々と繰り返すだけかと。こんな刑をして霊夢に何を悔い改めさせるのか私は疑問に思います」

「成程……」

 

 小町は本音で答えたのかやや不満そうな表情をして答えた。しかし映姫は彼女の答えを聞くとふっと微笑んだ。小町はそれを見て頭に疑問符を浮かべていたが,映姫は言った。

 

「どうせあなたはこのまま戻っても仕事をさぼるだけでしょう。さぁ,霊夢がどうなるか続きを見ましょう。これがあなたの今できる最大の善行です」

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 永琳は白玉楼の中で話を聞き終え,博麗神社へ戻る途中だった。だが有力かどうかはさておき,なんかしらの情報を握っているということは間違いない。特に怪しいのは幽々子と話した時に,彼女は「白玉楼には霊が集まるから霊夢が死んだということは白玉楼内の霊の話でわかった」という旨の話をした。だがあくまでも本人談であり,永琳が自ら聞いたわけでもない。彼女の傍にいる妖夢でさえ知らないことだ。さらに言えば,意見の食い違いも気になった。そして決定的なのが幽々子の返事だ。霊夢が死んだ。そもそもその情報だって――――彼女がそう思案していると遠くからどこかで聞いたような声が聞こえた。

 

「お~い,永琳!」

「あら,魔理沙にアリスじゃない」

 

 白玉楼へ向かっている魔理沙,アリスは,博麗神社に戻る永琳とちょうど鉢合わせしたのだ。永琳が見たこの時の魔理沙は先ほどの涙と雪にまみれたただのか弱い少女ではなく,行動的な異変を解決する魔理沙に戻っていた。かつて永琳たちが起こした永夜異変を解決しに来た時のような余裕があり,自信に溢れているような表情だ。

 

(やはりあの新聞記者に発破をかけさせたのは正解だったわね)

 

 そしてそれをフォローしたのは間違いなくこの人形遣いなのであろう。永琳は内心ほくそ笑んだ。

 

「で,何かわかったのか?」

「さぁ,どうでしょうね」

 

 永琳はそっけなく答える。

 

「おい,ふざけてる暇はないんだ。あいつを救うためには時間が惜しいんだ!」

 

 魔理沙が語気を荒げて永琳に迫る。彼女の眼をじっと見た永琳はゆっくり,静かに言った。

 

「白玉楼の主は今回の件で何かを知っている。細部までは聞けなかったけど,手がかりになることを教えてくれたわ。まるでこっちを誘うかの如く,ね」

「誘う…か……」

「なら誘われてみましょうか」

 

 アリスの発言に誰も首を横には振らなかった。もう一度詳しく本人から聞き出す必要があるからだ。永琳は来た方向に向きなおすと二人を連れ再び先ほどまでいた白玉楼へと向かい始めた。

 

 彼女らがたどり着くとただでさえ霊気が漂い人気の感じられないところであったにも関わらず,誰も出てくる気配がなかった。

 

「手分けして探そう」

「ええ」

「わかったわ」

 

3人は白玉楼の中に入り探し回ったが,先ほどまで永琳を対応していた幽々子や妖夢の姿はどこにもなかった。魔理沙も普段であれば珍しい物を一つや二つ勝手に持って行ってしまうかもしれなかったのだが,この日ばかりはそんな邪な心も一切現れることなく二人を捜索し続けていた。3人は集まってあちこち調べまわった報告をしたがめぼしい情報を掴むことはできなかった。

 

「あの二人が行きそうな場所はないかしら?」

 

 永琳の問いに魔理沙が少しばかり考えてから答えた。

 

「あいつらがここにいないとしたら無縁塚あたりかな,ここから比較的近い場所にあるしな。よし,行くぜ!」

 

 魔理沙は自分で言うやいなや箒にまたがり,脇目も振らず飛んで向かっていた。アリスと永琳はお互いに見合うと微笑んで,先を行く魔理沙を追いかけ始めた。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 博麗神社では鈴仙がぐったりしていた。次から次へと来る客(主に妖怪だが)の特色があまりにも濃すぎるあまりである。魔理沙の予想通り火車である火焔猫燐が来た時は霊夢を持っていかれそうになるし,妖精たちは神社の中を勝手に物色し始めるし,何かと一人でこの場を預かるのはしんどかった。唯一の救いは早苗が戻ってきてくれたことだ。彼女にはまだ愚痴をこぼせたのだ。だがその彼女は外の案内役として配置されてしまった。ゆえに部屋の中にいたのは…,

 

「やっぱり寒い日は温かいお茶が一番だねぇ」

「お茶菓子があれば何よりだけど,ここにそんなめぼしいものはないからねぇ」

 

 そう,早苗が連れてきた二柱の神がのんびりとくつろいでいるからに他ならなかった。わざわざお茶は自分たちの神社から用意したらしい。その神々は幻想郷の外からやってきて,それゆえ独特の緊張感が部屋を支配していたのだ。二柱のおかげで神社内部を物色しようとする輩はいなくなった。これは良い。早苗が外にいるから自分は比較的暖かい室内で待機できる。これも良い。しかし妙に威圧感を放っている緊張感と変なまったり感がますます鈴仙の居心地を悪くした。だが相手が神様だから口出しをするのもおこがましい気持ちになり,唯一できること――神様と一緒に静かに茶をすする――をしていた。永遠亭は比較的閉鎖社会なので,あまり知らない人たちといるとどうも落ち着かないというのもある。

 

「あんたどう?もう一杯飲む?」

 

 二柱の内の容姿の幼い神――洩矢諏訪子――が空になった鈴仙の湯飲みを見て気を効かせた。

 

「い,いや。神様についでもらうなんて…」

「いーのいーの。こんな時じゃないとお茶なんてついであげないよ?」

 

 結局強引に次をつがれてしまった。元はおいしいお茶なのだが,馴れない人といる緊張感とどことなく喪失感に近い気持ちで味気の無いものとなっていたため,彼女にとっては次を飲む気にはなれなかったのだ。ため息を吐く鈴仙に諏訪子は声をかけた。

 

「どうしたの,そんなに霊夢が心配?」

 

 彼女は何事もなかったかのように話した。

 

「心配も何も,霊夢は…」

「まぁ,こんな状況を見たらだれでも死んでると思うのが普通だな」

 

 二柱のもう一人で諏訪子とは違ってとても風格のある迫力のある神――八坂神奈子――が言った。

 

「へ……,どういうことですか?」

 

 きょとんとした鈴仙に神奈子が解説した。

 

「今の霊夢は何らかの状態で魂がきれいに抜けているんだ。だが肉体はそれでも最小限度の動きは維持しているようだ。いわゆる仮死状態ってやつだな」

 

 予想もしない答えが返ってきて一瞬意味が分からなくなる鈴仙。少しだけ間をとってから返答をする。

 

「で,でもお師匠様が死んだとの診断を…」

「まぁこんな状態は自然現象ではありえない。何者かの仕業であることには間違いないね」

 

永琳の腕を知っている鈴仙はすぐさま反論をし掛けたが,諏訪子も神奈子の解説に乗っかって口を出した。

 

「じゃあその根源を何とかすれば,霊夢は息を吹き返すの?」

「そうかもしれないね」

 

 諏訪子はあっけらかんと言った。鈴仙を先ほどまで縛っていた何かが少しだけ吹っ切れる。アリスの言っていた異変の意味はどうやら合っているようだ。

 

「時間さえあれば何とかなるはずだ」

 

 神奈子はそう呟いた。

 

「時間…ですか」

 

 鈴仙は彼女に聞き返す。最もその発言者は,鈴仙のいる場所とは全く別の方向に視線を移していた。

 

「そうだな,そこの僧侶さん」

 

 神奈子が襖の方を眺め見ると,すっと襖が開き,慈悲のこもった表情を浮かべた女性が入ってきた。

 

「さすがは神様ですね。すっかり気付かれてましたか」

 

 命蓮寺の僧侶――聖白蓮――が微笑みながら言った。

 

「うちの早苗はどうした?」

「入り口でご挨拶を差し上げてから入りましたよ」

 

 もちろん穏便にねと白蓮が付け加えると神奈子はそうかと言って黙り込んでしまった。

 

「早苗ってば,そういうとこがお人よしすぎるんだよね…」

 

諏訪子も頭を抱えていた。鈴仙は二柱の反応がいまいち理解できなかった。白蓮は霊夢に向かって合掌をすると,簡単に念仏を唱え始める。一通り読経が終わると,鈴仙たちに向かってこう言った。

 

「葬式は明日行います。準備をお願いします」

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 魔理沙たちは無縁塚にたどり着いていた。ここは外界からの物が流れ着く場所でもあり,魔理沙もめぼしいものをここで見つけては自宅へと持ち帰るのだ。魔理沙の知る幻想郷で宝物を手に入れるための場所の一つでもある。だが今日の目的はその貴重な道具ではなく,白玉楼の主人とその庭師を探すことである。本当に二人がここにいればいいのだが,単なるあてずっぽうで来た感は拭えない。永琳は久方ぶりに見る夕日を見て今の時間を計算する。博麗神社から出て来てそれなりに時間が経過していることを確認すると魔理沙たちに話しかけた。

 

「ごめんなさい,ここからはあなたたちにお願いできるかしら」

「どうしてだ?まだまだ調べなきゃならんことはたくさんあるのに」

 

 魔理沙が口を尖らせて言った。

 

「ちょっと気になる事があってね。それに鈴仙のことも心配だし」

「ふ~ん,最後のはとってつけた感じみたいだけど,ね」

 

 アリスには永琳の言葉にわずかながら疑問を持った。永琳はアリスの言葉には返答をせず,そのまま「あとはお願いね」と言って去っていった。

 

「釣れない奴だな,少しでも人手は欲しいのに抜けやがって」

 

 魔理沙は毒づいた。確かに永琳には何か別の目的があるのかもしれない。ただそれは自分の提案――花映塚の探索――を否定されたような感じがして苛立ったのだ。ただアリスはその魔理沙の様子から考えを素早く読み取り,彼女を冷静になだめた。

 

「あら,そんなことはないわ。あの人は仮にも『月の頭脳』と呼ばれる賢者でしょ?きっと何か考えがあるんだわ。私たちには私たちでできることをしましょ」

 

 そう言って2人の行方を追う手がかりを探し始めると,魔理沙は反論するのを諦めたようで,ぶつぶつ文句を言いながらも作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 一方二人と別れた永琳は状況を今一度整理していた。と言うのも,白玉楼の二人が消えたのには相当な違和感があったからである。なぜ彼女らはわざわざ私にヒントとなるような言葉を残したのか,そしてわざわざ姿を隠したのか。あんなに早く行動を移すなんてことは,永琳がすぐさま戻るのをまるで見越していたかのように。だがもう賽は投げられた。射命丸文に情報を流してあるがゆえに,きっと幻想郷では霊夢にかかわる人,妖怪のほとんどが動いているだろう。その中で黒幕が動かないはずがない。それを見越して,『月の頭脳』である賢者の彼女はすでに布石を打っていた。

 

(せめて私の掌で踊っていればいいわ,黒幕は私の中で十中八九あの人なのだから…)

 

 全ては想定の範囲内だと彼女はふと笑うが,鈴仙のこともあるので急いで博麗神社へと戻っていた。だがその彼女をもってしても,イレギュラーは起こり得る。それほどまでにこの異変は幻想郷全体を巻き込んでいたのだ。だがイレギュラーにはイレギュラーをもって対応する。彼女はありとあらゆるケースを考えながら博麗神社へと向かっていた。誰が霊夢の所に来ているか鈴仙に尋ねるために。そして黒幕を突き止めるために…。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「申し訳ありません,神奈子様,諏訪子様…」

 

 博麗神社では,命蓮寺の住職が帰った後早苗は二柱に謝っていた。彼女らは謝る早苗に仕方ないとしか言わなかった。

 

「あの…,何が起きてるか全然わからないんですが…」

 

 鈴仙が話題についていけてなかったようなので,諏訪子が解説した。

 

「うんとね,さっきも言ったと思うんだけど,今の霊夢は生きているとも死んでいるともとれる状態なの。それは大丈夫だよね?」

「はい」

「それで,時間さえあればなんとかなるかもしれない。これもさっき言ったよね?」

「はい」

 

 ここまでの話は先ほども聞いていたのですんなり鈴仙に理解できた。諏訪子はその様子がわかると真剣味を少し増して説明していく。

 

「ここからは話していないのだけど,霊夢のように霊力が強い人間を放っておいたらどうなると思う?」

「う~ん…,妖怪に狙われる?」

「そう。だから妖怪の手に墜ちないように私たちがその間は守ってあげないといけないわけ。だけど問題はそれだけじゃなくてね」

 

 そこまで諏訪子が語った後,語り部は神奈子に取って代わった。

 

「もう霊夢が死んだという情報がこの幻想郷には流れている。それなら弔ってやらねばならん。しかし死んだ人間に葬式の一つも開いてやれないなんておかしい話になる。わかるか?」

「そんな…」

 

 鈴仙は師匠である永琳のことを考えた。情報をばらまいたのは文なのだが,その文に伝えるよう指示したのは彼女だった。まさか彼女に限って誤診をするなんて……,いや,それはあり得ないと考え直す。ましてや霊夢をみすみす本当に殺してしまいかねない状況を引き起こしてしまったのならなおさらだ。鈴仙はあれこれ考え頭が混乱しそうになったが,二柱は彼女の表情からその考えをすでに見抜いていた。

 

「もっともあんたの師匠が誤診をしたとも思ってないし,最終的に霊夢が死んでしまう道を作ってしまったとも考えていない」

「たぶん何か策があるんだよ。ただそれまでに何とかなるか,だね」

 

 割と事態は深刻な方なのだが,二柱はそこまで思い詰めてはいなかった。むしろ楽しんでいるようにも見えた。もっともこの状態に慌てていたのは早苗のほうだった。

 

「あ,あの,私はどうすれば…」

 

 鈴仙もどちらかというと不安な気持ちになっていたが,自分より落ち着かない早苗を見て逆に少しばかり冷静さを取り戻す。一方神奈子は早苗を安心させるためふと微笑んで言った。

 

「大丈夫だ。後は『月の頭脳』の敷いたレールにそのまま沿って行けばいい。下手に私たちが動くより事態が好転するだろうから」

「…っ,は,はい!そう信じるしか…ないですね!」

 

 その発言で早苗は幾分か明るさを取り戻した。そして急に思い出したかのように言った。

 

「しばらくすると夕飯時の時間ですね。霊夢さんもお腹を空かせてるでしょうし,ここの台所を借りて何か料理しましょう!」

 

 おいしいご飯の香りを嗅げば霊夢も元気になるかもしれない。早苗らしい発想ではあるが,おいしいご飯があれば誰も文句を言うものはいない。

 

「うん,いいんじゃないかな。だけどここは見事に食材を切らしてるから何か買ってこないといけないよ」

 

 諏訪子はそれはいいねとばかり返事をした。この神社に食材がないことはすでに確認済みらしい。ひょっとして食べ物をあさろうとしていたのだろうか。だがそんなことは,今はどうでもいい。これはチャンスだ。鈴仙はこの場に居続けるのは精神衛生上よろしくないと考え,夕飯買い物部隊を志願した。

 

「ならその役目は私がしますよ!」

「あー,大丈夫大丈夫。早苗に任せておけばいいさ。ね,早苗?」

「あ,はい。そうですね」

 

 だがその希望も諏訪子の一言で無残にも潰えてしまった。再び鈴仙は二柱に囲まれて落ち着かない雰囲気の中また茶をすすることになってしまった。

 

(お師匠様…,早く戻ってきて…)

 

しばらく彼女の憂鬱は続きそうである。外の雪はある程度収まり,わずかにちらついていた。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 もぐもぐもぐもぐ。スキマと呼ばれるある2つの地点を結びつける空間にて,一人で飲み食いをする白玉楼の主と頭を抱えている庭師がいた。二人は今スキマの中から,無縁塚にいる魔理沙とアリスを監視していた。

 

「ふふ,あの子たちも一生懸命ねぇ。そこに私がいるはずがないのに」

「幽々子様,少しペースを落としてください。私さっきから何度往復したと思ってるんですか…,運よく白玉楼で魔理沙たちと鉢合わせしなくてよかったです…」

 

 妖夢は肩を落とす。何度白玉楼につまみを取りに行ったことか。そして魔理沙たちと鉢合わせしそうになったことかと。その様子を体で表現してみるものの,残念ながら幽々子羊羹を食べながら話をほとんど聞き流していた。

 

「相変わらずですね,幽々子様」

 

 このスキマを作り出している妖怪の式神である九尾の八雲藍が立っていた。彼女自身はスキマを操ることはできないが,このスキマは彼女の主人が白玉楼と無縁塚をあらかじめつないでおいた物のようで,彼女は白玉楼の二人を誘導する役目を負っていた。この設置者はこうなることを見越しておいたらしい。九尾の妖怪だけあって実力はさることながら,それでも紫の友人である幽々子に対しては敬語で話す。

 

「人間観察をしながら食事なんて普段できるものじゃないでしょう? こんなサービスを受けられる今だから思う存分にやっておこうとね」

 

 団子を頬張りながら幽々子は藍に返答した。

 

「はは…幽々子様らしい……」

 

 藍は妖夢を見るとご愁傷様と言わんばかりの生暖かい目線を向ける。曲者の主人たちに仕える従者同士その気持ちがわかるようだ。それにしても,と彼女は話を切り出した。

 

「なぜ紫様はこんなことを?」

 

 八雲紫――藍の主人であり,このスキマを操る幻想郷の管理者とも呼べる妖怪――の意図は彼女にもはっきり伝わっていないようだ。彼女への命令はたった一つ。紫のスキマの中へ白玉楼の二人を匿うことだけだった。妖夢もそこでようやくこの一連の騒動の黒幕が紫なのだと気付いた。

 

「霊夢が死んだことと何か関係があるのでしょうか…」

「なんだと!? 霊夢が死んだ…!?」

 

逆に妖夢は藍の発言に驚いた。どうやら命令以外のことは何も知らされていなかったようだ。幽々子は今ちょうど食べていたお汁粉を飲み込むと,衝撃の事実を述べた。

 

「まぁ霊夢が死んだという話も紫に頼まれたものなんだけどね」

 

 それを聞き今度は妖夢が驚いた。

 

「え,幽々子様。そうなんですか!? 白玉楼の霊が言っていたというのは!?」

「私の作り話よ」

「そんなぁ…,私すっかり信じちゃいましたよ!?」

 

 妖夢が冗談は止してくださいとばかり大声で怒る。藍に至っては唖然とするあまり声も出ない。そんな妖夢に幽々子は手元にあった大福を食べ終わってから話を続ける。

 

「そうはいっても紫がそう言えと言ったことと同じことを別の人物も言っている…,つまり嘘とも言えないんじゃない?」

「う…,確かに…どっちなんですか…」

 

 妖夢の頭がこんがらがってくる。何が真実で何が嘘なのか全くわからなかった。幽々子はその様子を見てふと微笑んだ。

 

「ところで妖夢,人が生きているか死んでいるかを判断するためにはどうしたらいい?」

 

 突如幽々子は妖夢にクイズを出した。妖夢は腕を組んで少し考えてから答えた。

 

「う~んと,心音を聞くとかですか?」

「確かに一理あるな。それから瞳孔が開いたままとかいろんな条件がある」

 

 藍もそのクイズに割り込む。幽々子は「そうね」と言った後でこう付け加えた。

 

「だけどある人,そういうことの専門家がそのような状況的証拠を挙げずに死んでいるって言ったら,疑わずにはいられないわよね?」

 

 そういうことの専門家。その例えは妖夢の知っている限り一人しか幻想郷にいない。

 

「ある人…,まさかさっきの――」

 

 妖夢が答えに気付いたその瞬間だった。ぐぅ~という間抜けな音がスキマ内に響き渡る。

 

「残念,時間切れよ~。妖夢,次のお菓子用意してね」

「こ,答え合わせを…」

「だ~め,はい,行った行った!」

 

 腹の鳴った主に急かされて,妖夢は渋々と白玉楼へとつながる道へと戻っていった。残っていた藍は幽々子に尋ねた。

 

「なぜ『月の賢者』がそのような真似を?」

「あら,さすがに妖夢でもわかってしまうことはあなたにとってはとても簡単なことよね。少し考えればきっとわかるわよ」

 

 それは幽々子がすでに答えを出していて,自分で考えろということを意味しているのだろう。藍はしばし考えた後幽々子に背を向けて歩き出した。

 

「あら,命令にないことをすると大変なことになるんじゃなかったかしら」

 

 どうやら藍の今の動きだけで幽々子には考えが見抜かれてしまったらしい。彼女に動きを制されるが,藍は背を向けたまま返答した。

 

「出過ぎた真似は致しません。ご安心を」

 

 彼女はふっとスキマの闇に呑まれていった。残った幽々子はほくそ笑んだ。

 

「このあと誰がどのように動くのでしょうね…,早く続きが見たいわ! あ,でもその前におつまみも欲しいわね。あとで妖夢が戻って来たら頼むことにしましょう」

 

 従者たちの忙しさとは対照的に,冥界に暮らすお嬢様の楽しみは尽きない模様だった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 永琳は博麗神社に到着していた。偶然外を眺めていた鈴仙が永琳を招きに来た。そこで食事の準備ができていると知ると永琳は不思議に思った。わざわざここで食事をとる必要があるのかと。だがその答えはすぐ知ることになる。それは守屋神社の神々という強力なバックアップを得られるからである。さすがにこの状況をして酒を汲み交すことはなかったものの,食事をしつつ幻想郷での出来事を話し始めた。守屋神社の神々は幻想郷に来たばかりではあるが,閉鎖的な空間にいる永琳たちよりやはり知らないことを知っているほうが多かった。鈴仙も永琳が近くにいたため心なしか普段より気が抜けているようにも思えた。食事が一通り終え,早苗と鈴仙が食器を片づけに席を外すと,本題とばかり厳かな雰囲気が立ち込めた。

 

「ねぇ,賢者さん。霊夢のことなんだけど,霊夢が死んでいるっていうのはあんたの入れ知恵だよね?」

「…………」

 

 諏訪子の問いに対して永琳はただすっと目を細め次の言葉を待った。

 

「それについては大丈夫さ。私たちには見抜けたし,それはもう早苗にもあんたのとこの兎にも伝えてある。同じ神社同士お互い潰しあうわけでもないからねぇ,私たちは敵対する意味もない」

 

 神奈子も付け加えて話すと永琳は観念し話し始めた。

 

「さすがに神の眼は欺けませんか……。しかしその結果私の予定もかなり狂ってしまいました……」

「予定……?」

 

 諏訪子が問うと永琳はそのまま話を続けた。

 

「ええ。私が霊夢を見た時,彼女は何も抵抗した様子もなく,ただ衰弱しほぼ仮死状態にあったわけです。だが完全に死んだ状態でもなく,何かによってまだ命がつなぎ留められている状態だった。命を狙うための犯行であれば,わざわざそんな手の込んだことはしなくてもいいはずです。ですが彼女が死んだという情報をブンヤに流したことで幻想郷に一気に周知してもらう。そうすれば黒幕も霊夢の様子を覗いにくるはずと踏んだわけです。もっともそんな騒ぎが広まるわけだから人が集まりやすい日中に事は起こしにくい。相手が妖怪ならなおのこと夜に確認をしにくるでしょう。そこを見計らって…」

「やる,わけだね」

 

 諏訪子が楽しそうに言った。それに構わず永琳は話を続けた。

 

「だけど,それをやるには根本的な問題があってね」

「何?」

「この幻想郷にはどこからでも会話を聞き取れる人物がいるでしょう?」

「……,八雲紫か……!」

 

 神奈子の表情が強張る。

 

「そう。仮に彼女が黒幕だったとしたら,情報を掴むことすらできなくなる……」

「あっ……」

 

 二柱は肩を落とす。彼女らが見抜いてしまったことで,紫に罠を張っていることがばれてしまう恐れがあったのだ。

 

「ッ……,すまんな」

「いいのよ,まだ彼女が黒幕と決まったわけじゃない,それにいずれは気付かれると思っていました。私の方も霊夢がいくら巫女とはいえ,他の神社の神様にまで顔が広いとは思っていませんでしたので,しょうがないでしょう」

 

 申し訳なさそうに言う神奈子を永琳はフォローする。

 

「一つ聞かせてほしいんだけど,あなたは黒幕をどうするつもり?」

 

 諏訪子の問いに永琳は少し考えてから答えた。

 

「別にどうってことはないわ。ただ霊夢が巫女をしていれば幻想郷のパワーバランスはごくごく短いながらも安定する。私たちは閉鎖的な社会の者だからこそ,環境が急変してもらいたくはないのよ…」

 

 穢れ無き月世界から穢れにまみれた地上世界へと来て環境の変化に戸惑いながらも,遥かに永い時を過ごしてきた彼女だからこそ,平穏な日常がたとえほんの数十年であったとしても長く続いてほしいと願うのは当然なのかもしれない。二柱は頷き,そして言った。

 

「霊夢がいると信仰が集めるためのライバルになるから,こっちとしては霊夢がこのままの方がありがたいのかもしれないけどさ」

 

 諏訪子が神奈子に目配せしながら言う。

 

「早苗の話し相手がいなくなるのは忍びないからな,あんたのこと手伝うさ」

 

 神奈子がふっと笑うと永琳もつられて微笑んだのだった。すっかり打ち解けた賢者と二柱はどのように黒幕を捕まえるか話し始めた。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「なるほど…,こっちはこんなことを企んでいたのだな…」

 

 紫が非常時にと作ってあったスキマを伝って神社にこっそり現れた藍は,永琳たちの会話を盗み聞いていた。彼女の主人である紫から白玉楼の2人の警護の任を預かった彼女だが,その白玉楼の主人は自身の主人から霊夢が死んだことを伝えるようお願いをされていた。霊夢をそのような状態に追いやったのは紫であることにはほぼ黒と言っても過言ではない。ただ幽々子がほのめかしていたこと――そういうことの専門家がそう言った状況的証拠を挙げずに死んでいるって言ったこと――を思い出し,また永琳が黒幕を誘い込もうとしているのを聞き,自身の主人にとって不利益なことが起こるかも知れないと,彼女は計算していた。だが勝手な行動は許されないだけでなく,今彼女らに勝負を挑んでも,その戦力差は顕著である。彼女は一度スキマに戻った。スキマの入り組んだ道を通ると彼女はマヨヒガという場所にたどり着く。八雲一家が暮らしている場所である。彼女は屋内に入り紫の部屋へとたどり着くと,部屋の襖をノックする。

 

「紫様,紫様! 起きてらっしゃいますか?」

「んん~? な~に,藍~?」

 

彼女は大きめな声で尋ねると,気の抜けた返事が部屋の中からした。だが明らかにおかしい。彼女は冬眠をする妖怪で,この時期になるとしばらく声をかけても反応がないはずなのだ。だからあらかじめ藍は,主人が冬眠する前に命令を預かっていたはずなのだ。彼女の頭の片隅にそのような疑念を浮かべつつ,部屋の中に入った。

 

「何,藍。私は冬眠で忙しいのよ?」

 

 寝返りを打って紫は怪訝な表情で藍を見つめた。藍は「それは忙しいことなのか」と問いたいが,問題はそこではなく,藍は引き続き問い返した。

 

「紫様,博麗霊夢のことについてですが――」

「藍,私の命令は白玉楼の二人を守れと言ったのよ,博麗の巫女のことは後回しにして」

 

 紫は顔色を一つも変えることがなく言った。だが藍は食い下がった。

 

「それでも,霊夢は死んだという情報を幽々子様に言うように仕向けたのは紫様なんですね,寝るのに忙しいはずなのにどうしてそんなご冗談を?」

 

 藍の言葉を聞き紫は「ふうん」とばかり言って彼女の顔をじっくりと見た。それで藍は確信した。やはり霊夢の一件に自身の主人が関わっていることはほぼ間違いということに。

 

「なぜ霊夢をこんな状態にしたのです?」

「あら,私はもう犯人の扱い?藍もひどいわねぇ」

 

 いかにも胡散臭い口調でごまかす紫に藍は嘆息して続けた。

 

「私が思うに,彼女は幻想郷の人間と妖怪のバランスを保つために最もふさわしい人間かと……,彼女がほぼ死んだとも言える状態は明らかに幻想郷にとって不利益に違いないです」

 

 しかし紫は表情を全く変えず,反論した。

 

「そうかもしれないわね。でもあくまで幻想郷の管理者はあなたでないことを忘れてもらっては困りますわ」

 

 それは藍が推測するべき問題ではないことを意味している。これ以上は詮索するなと言わんばかりの主張である。逆に藍にとっては論点のすり替えだ。うやむやのまま終わるのは一番困ることになる。はっきり解決するためにも,彼女にはそれを言うだけの理由はあった。それは――

 

「今博麗神社には幻想郷の実力者の一部が揃って今回の黒幕を捕えようという話が上がっています。仮に紫様が黒幕だったとしたら,主人の安全を第一に考えるのが従者の務めだと思うのです。だからこそ,紫様の目的を聞かせてもらいたいのです」

 

 主人の警護という,この大義名分さえあれば,紫も納得すると藍は考えた。だがその予想は大きく裏切られることとなった。藍がそう言うと,紫はわずかばかり笑みを浮かべて言った。

 

「あなたには次の仕事をお願いするわ。それはこの件から身を引き,今現在博麗神社に集まっている人と一切の干渉を認めません」

「ッ!? 紫様!?」

 

 そう,紫の命じた司令は簡単に言えば戦力外通告も同然だった。藍は自分の発言に落ち度がなかったか,説明が足りなかったのかあれこれ考える。だが何も思い当たる節はない。慌てふためく藍を見て紫は優しく穏やかな声で話した。

 

「大丈夫,私はあなたより賢いからもっと先が見える。それに私は幻想郷の管理者。幻想郷の一部の実力者が集まっているらしいけど,あなたは私が後れを取るとでも思っているのかしら?」

「い,いや…滅相もございません…」

 

 慌てふためく藍を見て紫は初めて藍に心のこもった笑顔を見せた。

 

「ふふ,ならそれでよし。留守はお願いね」

 

 そう言うと彼女は空間を手ですうっと撫でるとスキマを作り,起き上がってあっという間にどこかへ去ってしまった。藍は主人には何が見えているのか全く見当もつかず,ただ茫然としつつ主人がいた空間を見つめることしかできなかった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 日が落ちてしばらくたつと,無縁塚は人魂の光でわずかばかりの光が漆黒の闇を淡く照らす。アリスと魔理沙は未だここで探索を続けていた。アリスはすでに十数回にも及ぶ中止命令を出したのだが,魔理沙はそれを一切聞く耳を持たなかった。

 

「魔理沙,いい加減にしなさい。もうここには手がかりはないのよ!」

「そんなわけない!ここに必ずあるはずなんだ!」

 

 アリスの語気が強くなる。しかしあくまで無心に探し続ければ答えは手に入るのだと魔理沙は引く気配を一考に示さない。

 

パァン!!

 

 乾いた音が鳴ったと同時に魔理沙が膝をつく。アリスの平手打ちが炸裂した。魔理沙はアリスをただ一点に睨みつけた。その眼は怒りの炎で燃えていた。アリスは身じろぎ一つせず,また表情も全く変えずにただ魔理沙を見つめた。

 

「何をするんだ」

 

 魔理沙が凄む。それでもアリスは動かない。

 

「答えろ」

 

 魔理沙がアリスの胸倉を掴む。渾身の力で。それでもアリスは動かない。

 

………………………

 

 しばし沈黙が両者に流れた。アリスはただ動かず,魔理沙を見つめた。

 

 すると怒りに燃えていた魔理沙がすっとアリスから手を離した。

 

「悪ぃ」

 

 小さくバツが悪そうに答える魔理沙にアリスはいいのよと返した。そう,ただ熱くなって探すだけでは無策に等しいのだ。ここにいる自分たちはともかくとして,博麗神社に残してきた仲間,そして霊夢をいつまでも待たせるわけにはいかなかった。

 

「戻るぞ」

 

 アリスは魔理沙の箒に乗りその場を後にする。あまりに勢いよく飛び立ったためアリスは魔理沙にしがみついた。

 

 でもそれは,まるで氷に抱きついたかのように魔理沙の体は冷え切っていた。

 

「馬鹿ね」

 

 アリスの呟きに魔理沙は答えなかった。

 

「自分を顧みず誰かのために動くだなんてね」

「悪いか?」

 

 魔理沙は少しだけムッとして答える。少しだけ間を空けてアリスは返した。

 

「別に,ただあなたのそういうところ,嫌いじゃないわ」

 

 先ほどよりもアリスは魔理沙を強く抱きしめた。魔理沙の冷え切った体にも優しさと温盛が感じられるように。お互いが温もりを感じたのも束の間,彼女らは戻るために全速力で飛び立った。

 

 二人はそのまま無言で飛行を続けていた最中。

 

「命蓮寺…ん…?」

 

 下を向いていた魔理沙が何かを見つける。アリスも同じように下を見下ろすと白蓮がせっせと何かを準備していた。

 

「葬式の準備かしら」

 

 眼前にはやや今の季節には似合わないような豪奢な花飾りが用意されている。見てアリスが呟いた。

 

「そうか…そういうことだったのか…」

 

 魔理沙は何か合点がいったようだ。

 

「全ての黒幕はこいつだぜきっと」

 

 少々早合点な気もするが,アリスもその意見には同意する部分があった。もともと命蓮寺は妖怪が多いのだが,葬式という形をとればごく自然な形で霊夢を管理下に置くことが可能だ。そして供養したと見せかけて霊夢の霊力を得ることができるだろう。一理ある。だがあの妖怪寺の妖怪たちが霊夢をあの状態にできるような能力を持っていただろうか。

 

 何かが解決されては新たな疑問が生まれる。だがひとまずは冷え切った魔理沙が倒れる前に博麗神社に戻ることが先決だ。

 

「まず戻って報告しましょ」

 

 二人はそのまま白蓮を監視せず,すぐさま博麗神社へと急行した。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

霊夢はまだ階段をひたすら登っていた。もう何時間,いや,何日分登ったかなんて覚えていない。ただ進むたびに澱んでいく景色だけが,階段を一歩一歩歩んできたという実感をもたらしていた。そして毎回のように繰り返し起こる自身が惨殺される瞬間を見てはこの階段の光景というループを永遠にただ繰り返していたのだ。御柱に潰され圧死,地獄の業火に包まれて焼死,荒波に飲まれ水死……。ありとあらゆる死を経験した彼女の心はある意味穏やかで起伏が無かった。それほど彼女の心はすでに絶望によって蝕まれていた。死ぬこととはなんだっただろうか。あれほど怖れていたのに,今ではその感覚に馴染んでしまったほどである。この後も楽園を求めるためにひたすら死という苦痛を受け続けるのだろうか。今この状態から口を閉じるという制約を破り,おとなしく地獄へ落ちようか。

 

(いや,今さら開けたところで何も変わらないだろう…)

 

わずかに残っていた思考が時折彼女の頭にふとよぎる。彼女は歩みを止め,ふと後ろを振り返る。彼女が歩いた部分はすでに底見えぬ闇と同化していて,堕ちたらそれこそ二度と出てくることはない地獄へと通じるのだとひしひしと感じた。彼女は今いる段に座り込み,足を意味もなくぶらぶらさせた。最初は足を下にぶらぶらさせるどころか,振り返るという行為だけでも恐怖だったのに,何も感じなくなりつつあるあたり彼女の憔悴状態は限界に達していた。

 

そういえば,と彼女はふと思った。お腹が減っているかもしれない。腹が満たされればこの絶望的な状況を少しは変えられるかもしれない。喉が渇いているのかもしれない。渇きが癒えれば少しは希望が見えるかもしれない。ふかふかの布団でゆっくり寝たい。精神状態が落ち着いてまた頑張れるかもしれない。

 

あれこれ今したいことを頭の中で思い描く。だがそれはただの気休めである。もちろんそれらができれば頑張れるかもしれない。でもこれはどんなに頑張ったところでどうあがいても自分は地獄行き決定なのだと半ば受け入れ始めていたのだ。振り返って階段のは手を見つめる。わずかに輝いていた果てももはや見えない。

 

(これが地獄…,自分がしたいと思うことが全くできないのね…)

 

 そういえば,自分が本当にしたいことってなんだったのだろうか。さっき思い出してみたのは生きるために必要なことだった。生きるためということを度外視した場合今の自分は何がしたいんだろう。

 

 死を何度も経験するあまりかえって死に対する恐怖はなくなった彼女は,もはや何を糧に浄土へ行くのかわからなくなった。

 

(いっそこの奈落に身を任せるのも私らしくていいかもしれないわ…)

 

 彼女は覚悟を決めるとそっと目を閉じ,何も考えないよう体の重心を前の方に傾ける。

 

(もう,何も怖れなくていいんだ……)

 

ふっと彼女の身体が浮いたかと思うやいなや,その身は底なしの闇へと沈んでいった……。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「あー,あったけぇ…」

 

 博麗神社に戻るとすぐさま炬燵に魔理沙はもぐりこんだ。無理もない。あれほど冷え切った空の下,半日過ごしていたのだ。常人だったら風邪をひいているだろう。(もっとも彼女は普通の魔法使いではあるが,常人かどうかは不明である。)

 

 早苗が鍋で煮込んだうどんを持ってくる。サンキューなと,短く返し,魔理沙は久々の食事にありついた。とても頑張ったからか,言葉に出ないくらい美味しかった。

 

 束の間の休息。それを突然妨げる爆音が鳴り響く。

 

(ズガガガーーーーーーン)

 

 何かが激しく炸裂し,神社の柱が共鳴する。

 

「なんだなんだ!?敵襲か!?」

 

 魔理沙はむせ返りながらあたりを見回した。音からするにおそらく外では弾幕が飛び交っているのだろう。だが魔理沙ほど驚いている人はいなかった。

 

「あ,それならご心配なく,神奈子様と諏訪子様が迎撃してくださるので」

 

 早苗がにっこり微笑みながら話す。

 

「成程…道理で…」

 

 道理で神社に入った途端嗅ぎなれない御馳走の匂いがしたと思った。神々が軽い宴会をし,今はその後の二次会といったところだろうか。

 

 ほっ,と大きく息を吐く魔理沙。彼女はだいぶリラックスしているようである。それもそのはず,魔理沙たちが神社に戻るやいなや,早苗から霊夢はまだ死んではいないと伝えられたからである。これでますます異変の可能性が強まり,自分でも解決できるのではないかという見方ができるようになったからである。無論永琳にも噛みついた。こんな誤診をするから大事になったじゃないかと。しかし永琳曰く,「私はあなたには死んだとは一言も言ってないけど」としらを切られてしまった。しかしそれが嘘であったとしても,そう望んでいた彼女にとっては,後に続く文句はどうでもよかったのだ。ゆえに普段以上に気が抜けているようだ。外が戦闘中であったとしても何も気にならなかった。

 

「ところで何か情報はつかめましたか?」

「不確定だけど,白蓮のところが怪しいわね…」

 

 早苗からアリスは鍋を受け取りながら質問に答えた。

 

 白蓮を疑う理由,それは自然な形で霊夢の力を取り込むことができる人物だからである。

 

「成程…そっちも目星をつけたのですね」

 

 魔理沙たちが戻ってきたという知らせを聞いて,休養を取っていた永琳が炬燵に入る。

 

「どうやらそっちも何か見つけたんだな」

「ええ,間違いなく八雲紫が絡んでるわ」

 

 永琳がそう推察するには理由がある。魔理沙たちが戻る前,永琳は二柱と話し合っていた。

 

 

 

 

 

「あいつの能力は空間に自由に行き来したり,攻撃を予測不可能な場所からしたりするイメージがあるんだけど…」

 

 実際に手合わせしたことのある諏訪子が話した。

 

「ええ,ですが実際彼女は境界を操る妖怪。どんな境界でも操れるなら霊夢の生と死の境界を曖昧にした…というのが私の見立てです」

「そんなことができるのか?」

「彼女の能力がそこまで及ぶのか不明ですが,現に霊夢はそのような状態になっているならそう考えることもできるでしょう」

 

 訝しがる神奈子に答える永琳。犯人を紫だと仮定すれば,そう説明せざるを得ない状況である。

 

「白玉楼の幽霊がやった可能性はないの?」

「あの幽霊は死を操ります。霊夢がまだ死んでいない以上白です。ただ,一度は会えたはずの二人に会えなくなった。ただスキマを使って匿われている状況を考えると,グルであることは間違いないでしょうね」

 

 それゆえ紫が怪しいという結論にまとまったのである。

 

「成程な…」

 

 魔理沙が神妙な顔つきで答える。

 

「でも肝心な動機はわかってるのかしら」

 

 アリスが尋ねると,永琳は力なく首を横に振った。

 

「もし八雲紫が犯人で白蓮が共犯だったら人と妖怪のバランスを保てるかもしれない。でも霊夢はまだ若い。そんな早くに代替わりをする必要はまったくないし,そのリスクを冒すメリットがまったくない」

 

 それでも,現状他の妖怪の能力を考えて,彼女らの損得を考えてみても怪しいのは他にいなかった。彼女らはお互いの情報を詰め合って,犯人の絞り込みにかかったのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「まさかこんなことになるなんてな,ご主人」

「ああ,まったくだね」

 

 時は少々遡る。命蓮寺という幻想郷に建った寺に住む,毘沙門天の代理人である虎の妖怪,虎丸星とその主人と行動を共にする鼠の妖怪のナズーリンが霊夢の件を話していた。彼女らは度々ある異変や,日常でも顔を会せることがあり,交流が全くないわけではなかった。信仰を獲得するうえで神社と寺はやや対立関係にあるが,霊夢自身の性格(あまり熱心な布教活動をしていない)が影響してか,全く悪いとは言えないほどだった。むしろある意味同業者として見ていたかもしれない。それゆえに,あまりの唐突な訃報に驚きを隠せずにいた。

 

「そういえば聖はいずこへ?」

「ああ,なんでも霊夢の葬式を行うとかで,その下準備のために博麗神社に向かいましたよ」

 

 ナズーリンの質問を星は答えた。だが彼女の質問はただ単に白蓮がどこに向かったのかという意味だけではなかった。訃報が入ったのが昼間である。それが晩御飯時を過ぎても未だに戻ってくる気配を見せない。単に葬式の準備ではそこまでかかるはずはないし,聖が一人で準備しているとも考えられなかった。なにより,その準備のためなら彼女らも借り出され,ほんの数時間で終わらせてしまうはずである。つまるところ,白蓮がこんな時間までどこをほっつき歩いているのか不安になっていた。もっとも彼女らは白蓮の身に関してはほとんど案じていなかった。妖怪に対して寛容な住職で,妖怪をほとんど敵に回すことが無いうえに,彼女もまた幻想郷の名だたる手練れの一人であったため,遅れをとるはずがないと二人は確信していたからだ。ただ唯一の不安があるとするならば,それは幻想郷のパワーバランスが崩れたことによる未曾有の異変の発生の可能性を憂いていた。いろいろ飛躍的な発想がよぎるため,精神的主柱である聖の帰宅を彼女らはただひたすら願っていた。

 

 そんな中戸が開く音がした。噂をすればその本人が帰宅したのだ。ただいまという声につられて,二人は玄関へと迎えに行った。

 

「遅かったですね,聖」

「ええ,話し合いが長引いてしまってね」

「ああ,葬式の手筈についてですね」

「あっ…,うん,まぁそんなとこよ」

 

 一瞬聖が動揺を見せたような感じがして,ナズーリンはそのしぐさにほんのわずかに違和感を覚えた。だが肝心の主人はそれに全く気付かず聖を労った。

 

「あまりの突然の出来事で正直私たちも混乱しています……,聖もさぞ疲れたのではないかと……」

「星,ありがとう。あなたたちには明日葬式の準備を早朝から行ってもらいます。朝は早いので,あなたたちにはもう休んでもらってもいいかしら?」

 

 今この場にはいない他のメンバーにも伝えておいてね,と聖は付け加えをし一人寝室へと向かった。

 

「良かった…,後のことは,私たちは聖に従えば何とかなりそうですね……」

「……,ええ,ご主人」

「それでは私たちも寝ましょう……」

「ああ,お休み,ご主人」

 

 それぞれ別の部屋に向かう二人。だがナズーリンは聖が言っていたセリフが妙に引っかかり,一人思案を巡らせていた。

 

(なぜ早朝に準備なんだ?夜が得意な妖怪を早々休めて早朝に活動だなんて…?そしてあの動揺ぶり…いや,それどころか霊夢の知らせが届くやいなや,博麗神社にまっすぐ向かったのはただ単に偶然なのか……?)

 

 あまりにも出来過ぎていて違和感しか残らない。だがこの真相を知ったところで自分にそこまで益があるとは思えない。ナズーリンは疑問をそっと胸の奥にしまい込み,床に着こうとした。

 

 

 

それからどれほど時間が経っただろうか。やはり考えこんだら寝付けなかったナズーリンは不思議な音を耳にした。

 

(ガサッ)

 

 何か大きなものを運んでいる音がする。そしてわずかばかりにお香の香りが遠くから流れてくるのを感じた。香り的に以前の葬式に使った香炉だろう。ネズミの嗅覚は犬並みであるため判別できるのだ。

 

(聖…,私たちに内緒で何をするつもりだ…?)

 

 間違いなく何かを隠している。しかしわざわざ何かをしているサインを出すだろうか。それとも敢えて知ったうえで関わるなということなのだろうか。

 

 ナズーリンはそっと傍で寝ている星を見る。穏やかな寝息を立てている主人を見る。自分が余計に考えすぎているようで何とも言えない気持ちになる。

 

「ナズーリン」

「ッ,主人…!?」

 

突然のことで驚きを隠せないナズーリンに声をかけたのは寝ていると思われていた星だった。

 

「今日は早く寝ましょう。明日は早いですからね」

 

 星はわずかに微笑むと,ナズーリンは小さく「ああ…」と返した。ナズーリンは少し安心して,静かに微睡に落ちていったのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 堕ちる,堕ちる,堕ちる。

 

希望はどこにも残っていない。

 

 堕ちる,堕ちる,堕ちる。

 

 多分空から突き落とされたような感覚なのだろう。

 

 堕ちる,堕ちる,堕ちる。

 

 でも,何も感じない。

 

 堕ちる,堕ちる,堕ちる。

 

 ただ,奈落の底へと沈むように。

 

 霊夢はただ自分が登り続けた階段を見ながら落ちる。

 

 落ちているはずなのに,時がゆっくり巡っているかのようで,落ちる速度をまるで感じない。

 

 瞳に残っていた涙の粒が階段のほうへ登っていくように見えた。

 

 (ん…,涙……?)

 

 自分は泣いている?

 

 もはや霊夢には感情そのものが失せていた。

 

 もう苦しむ必要はない。

 

 諦めたからこそ救われたのだと一種の安堵に似たものを感じながら,

 

 霊夢は

 

 堕ちる,堕ちる,堕ちる,

 

 何も見えない闇のほうへ振り返ったところで意味もない。

 

 堕ちた先の地獄の棘に貫かれようが,

 

 堕ちた先の地面に叩きつけられようが,

 

 堕ちた先の溶岩に身を焦がされようが

 

 何も関係ない

 

 ただ彼女は

 

 堕ちる,堕ちる,堕ちる……

 

 

 

 

 

「ッ……」

 

 小町は映姫と一緒に霊夢が堕ちる様を,固唾を呑んで見守っていた。地獄へ堕ちる霊をたくさん見てきた。それでも今回ほど感情が芽生えたことはあっただろうか。

 

「映姫様」

「何かしら」

 

 意図せず上司の名を呼んだことに小町は自分でも驚いていた。次の言葉が続かない。映姫はただ,小町の表情から察して言葉を紡いだ。

 

「彼女に同情でもしたのかしら」

「……」

 

 誰もが平等に寿命を迎え,平等に裁かれる。たかがその裁かれた結果の一例ではあるまいか。だが,小町にはどうしてもそのように受け取れるような心境ではなかった。

 

「わ,私は……」

 

 何とか言葉を続けようと試みる。

 

「私は別に,判決を不服とは思いません」

「あなたが死神だから?」

「ええ,だってこれは……」

 

 そう,

 

 だってそれは,

 

 彼女自身が受け入れた裁きであり,それは絶対なのだ。

 

 小町はそう,言いたくても言葉がこれ以上は出なかった。

 

「そう,これが受け入れられないのね」

 

 何も言い返せない自分が腹立たしい。自分は人間に情が移ったのか。そうであるならば死神として恥ずべきことである。だが,どんなに思考を巡らせても自分を納得させる答えが見つからない。そうなった場合現実から目を背けるのが今は妥当かもしれない。小町は背を向け歩き出そうとした瞬間,

 

「待ちなさい」

 

 たった一言,何も感情も感じられないような一言が映姫の口から聞こえた。小町は背を向けたまま俯く。静寂がそのまま流れた。一拍,二拍,いや,どれほど間を取っただろうか。映姫が語り掛けた。

 

「あなたが今できる善行は,目を背けることなのですか」

 

 小町は考えた。少しばかり気にかけた相手がこんな状況では自分も辛い。だがきっと霊夢が一番辛いのだろう。そんなのはわかっている。わかっているからこそ,感情が板挟みになるからさらに辛い。でも背けてはいけないんだ。彼女がそれを受け入れたなら,それを見届けなければそれこそずっと後悔するだろう。

 

「映姫様……」

 

 小町は映姫のほうへと向き直す。表情を見る余裕は自分にもなかったが,それでも覚悟を決め,もう一度霊夢の現在の状況を示す鏡を覗き見た。

 

 映姫は小町の行動を静かに見届けると,小町の隣に静かに来た。

 

「親しかった彼女を最後まで見届けなさい。それがあなたにできる善行です」

 

 その声は小町にとって心なしかわずかにか細く,震えているように聞こえた気がしたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 丑三つ時となった今,博麗神社は静寂が包み込んでいた。その中闇に乗じて動くものがいた。その者はわずかばかり微笑みながら,霊夢に近づき頬を撫でた。

 

「……,まだ終わってないようね。でもそろそろあなたの体は限界の状態よ?早く戻ってきなさいな」

 

 頬を撫でながら彼女に言う。まるで母が我が子に対してする仕草のようだった。

 

「動かないで」

 

 突如静寂が破られそのものに向けて永琳は弓矢を引き絞りながら言った。それと同時に部屋の明かりが付けられ,魔理沙,アリス,早苗,鈴仙,神奈子,諏訪子が一室になだれ込んできてその者を取り囲んだ。各々が臨戦態勢をとる中,その者――八雲紫――は敵意がないことを示すため両手を挙げた。

 

「やっぱりお前が絡んでいたか,紫。早く霊夢を元に戻せ!」

 

 魔理沙が口調を荒げて言った。再び静寂が戻る。一同に緊張が走るが,紫はただくすっと笑った。

 

「何がおかしいんだ!?」

「魔理沙,少し落ち着きなさい」

 

 魔理沙の口調が荒くなるのをアリスがなだめる。

 

「そうよ,ここはお師匠様に任せて」

 

 鈴仙はそれに続くように言って永琳の方をちらと見る。あくまで彼女の作戦で動いている以上好き勝手に動くことはできない。魔理沙が辛抱するのを確認すると永琳は紫に質問をした。

 

「さっきの発言の意味を教えてくれるかしら」

 

 まだ終わってはいない,紫が先ほど言った言葉だが,それの意味を永琳は問うた。紫は以前余裕を見せて答えた。

 

「答えなければ?」

「てめえ,上等だ,いつでもいいんだぜ!」

 

 魔理沙がいつでもいけるとばかり八卦炉を紫に向けた。

 

「魔理沙,ここでそれをぶっ放したら霊夢や私たち含め神社ごとただじゃ済まなくなるわよ」

 

 アリスが呆れながら相方をなだめにかかる。そう言いつつも彼女もすでに上海人形を展開し,いつでも対応できるようにはしていた。各人が冷静を装いながらも,黒幕には容赦しない姿勢を見せていた。その黒幕は周囲の状況を察したのか,ふうと一息吐き,告げた。

 

「あなたたちに私は倒せない。ましてや『月の頭脳』と言われるあなたの作戦で動いている以上は,ね」

「ッ…」

 

 永琳は一瞬奥歯をギリッと鳴らせた。

 

「お師匠様,それはどういうことなのでしょう?」

 

 一瞬の表情の変化を見逃さなかった鈴仙が不安になって彼女に尋ねた。彼女はただ沈黙した,がその答えは別の人物によって導き出された。先ほど彼女と話をしていた諏訪子からである。

 

「『月の頭脳』は閉鎖的な社会の者だからこそ,環境が急変してもらいたくはない,そう言っていたわね。仮に幻想郷の管理者を倒した場合,幻想郷そのものに影響を与えかねないから…」

 

 そこまで言うと,諏訪子と神奈子は攻撃態勢を解除した。幻想郷という現代にない世界を求めてやってきた彼女らもどちらかと言えば永琳側の主張を賛成する側であるからだ。魔理沙は冗談だろとばかりに彼女らに噛みついた。

 

「おいおい,ここまで来て臆病風に吹かれたんじゃないだろうな!いくら何でも,こいつが霊夢を何とかして生き返らせない限り,私は戦うぜ!」

 

 彼女は依然八卦炉を紫に向けたまま言った。それでも二柱が構えを解いたことで,早苗も動揺し,永琳も弓矢を下ろしてから鈴仙の戦闘態勢も解除されていた。残ったアリスだけは人形を展開させつつも様子を見守っている。しばし沈黙が続いた後,その黒幕が沈黙を破った。

 

「確かに霊夢が今こうなっているのは私がやったこと。だけどもう賽は投げられた。彼女が目を覚ますかどうかは彼女自身に課せられた問題なの。だから私にも,あなたたちにもどうしようもないことなの」

「ふざけんな……ッ!!」

 

 自分の身勝手な都合で親友が命の危機に瀕している,そんな勝手なことは許されたものではない。魔理沙が怒りの臨界点に達するのには想像は難くなかった。

 

「マスタースパー――」

「ごめん,魔理沙」

「うッ,あ,何をすんだ,アリス…ッ!?」

 

怒りの勢いのままスペルカードを宣言しようとする魔理沙を,アリスは上海人形を操作する魔法の糸で絡めとり彼女の動きを封じた。彼女は紫ではなく魔理沙が暴走しかねないのを見越していたために臨戦態勢をとっていたのだ。

 

「聡明なお友達を持って良かったわね,魔理沙」

 

 紫は魔理沙の方へ向き直って微笑みながら言った。火に油を注ぐような形になると思いきや,彼女の怒りはアリスの方に向かっていた。

 

「おい,なんで止めんだよ! こいつをなんとかしないと――」

「紫を倒して何か好転する確証はあるの? 万一流れ弾が霊夢に当たったら取り返しがつかないことになるかもしれないのよ!?」

 

 アリスは普段話さないような極めて強い口調で魔理沙を制した。彼女の剣幕に押されてか,魔理沙は口を噤んだ。

 

 誰も動かないのを確認すると,紫はゆっくり振り返って空間を指でなぞる。

 

「では,ごきげんよう。霊夢が元気になるといいね」

 

 他人事のように言いこの場を去ろうとする紫を見て永琳は咄嗟に質問をした。

 

「霊夢は,今何をしているの?」

 

紫に何かできることがあるわけではないが,せめてでも何か情報を得たかったのだ。彼女は背を向けたまましばし考えてから答えた。

 

「そうね…,強いて言えば彼女の適性検査と言ったところかしらね」

「適性検査?」

「ええ,人間と妖怪のバランスを保つのにふさわしい人材であるか,ね」

「もし,霊夢にその適正がなかったら…?」

 

 アリスは恐る恐る質問をした。紫は目を閉じて言った。

 

「新しい巫女を見繕うだけですわ」

 

 それは誰しもが望んでない結果を暗示していた。空気が重々しくなる。紫はそんな一同の様子を見ながらも,最後にこう言った。

 

「もしあなたたちが霊夢を心から助けたいと思うのであれば,できるだけ多くの人が集まっている時に声援を送ってあげて。私から言えることはそれまでよ」

 

 そう言い残し,彼女は自ら作り出したスキマに潜り込み去っていった。最後に残した彼女の言葉が何度も頭を反芻したのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

だいぶ夜が更け,数時間ほどで日が昇る頃になった。紫がこの場を去りしばらくして一同はこの後どうすればいいか考え始めた。霊夢の復活は,彼女自身の力でなければあり得ない,そう紫が言い残した言葉から考えるに,今この場にいる者たちが今できることは霊夢の身を他の妖怪から守ることである。幻想郷の中でもかなり強い部類に入るメンバーが揃っているが,仮に下級妖怪がなだれ込んできた場合を想定すると,仮に持久戦になった場合不安が残る。ましてや霊夢と交友があったとはいえ,強い妖怪が襲いに来たとしたら間違いなく最悪の事態になる可能性さえあった。

 

膨大な霊力を持つ霊夢の力が欲しくない妖怪はいないと思われる。だが知っている妖怪の中でそれに該当する者がいるなら誰がいるか。その話題になると魔理沙は一目散に火焔猫燐の名を挙げた。火車である彼女は先ほど未遂も犯したくらいである。他のメンバーもそれぞれ思い当たりそうな節を挙げてみる。だが仮想敵が増えすぎて,その敵に有効な具体策をとれそうになかった。なぜなら…

 

「式は後半日だからね…」

 

 アリスがぼそっと言ったことがすべてを物語っている。自分たちに時間が無いように,幻想郷に多くいる妖怪たちにも霊夢を襲う時間は無いのである。魔理沙たちは今を守り切らなければならないのだ。だがそれについて考えることに待ったをかけた者がいた。永琳だ。

 

「そういえば式は何時から始まるのかしら?」

「あの僧侶は何も言ってなかったな…」

 

 神奈子がその質問に答えた。永琳は続ける。

 

「いくら天狗の新聞で情報が即座に流れたとはいえ,あれほど早くに葬式が決まるなんてね,ましてやただ式をやるという漠然とした情報しかない…」

「さすがにそれはただ単に決め忘れただけでは…? それに葬式なんて比較的早く決めるものだと……」

 

 鈴仙が永琳の考えを早読みでないかと指摘した。

 

「そうだとしても,霊夢のことを考えると慎重にならざるを得ないのはわかるかしら? 葬式のことは管理者である紫が何らかの介入を入れてきてもおかしくはない」

 

 葬式を時間も指定せず行うだろうか。さらに言えば永琳が文に書かせた情報によって葬式が行われるというのは紫にとってみても想定外だろう。葬式が済めば通例その翌日は火葬だ。霊夢は本当に死んでしまうだろう。現段階では紫と白蓮がグルでなければ,白蓮が大義名分を得て霊夢にアクションを起こすことが目に見えている。そう,グルでなければ。

 

「ってことを永琳は言いたいのかな?」

 

 諏訪子が推測する。

 

「断定はできないけどね,最悪それも想定に入れて明日…じゃない,今日の葬式で準備しておく必要はあるわね」

 

 夜が白み始める。運命のタイムリミットまで残すところはほんの僅かではあったが,式に備えて各人順番に霊夢の警護を行ったり,仮眠をとったりしたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 夜が明けた朝,博麗神社に集まっていたメンバーは命蓮寺を監視する者,霊夢を警護するものに分かれて行動することになった。監視役には魔理沙,アリスが任された。早苗が持たせてくれたおにぎりを頬張りながら魔理沙は,命蓮寺サイドが何か目立った行動をとらないか注視をしていた。本来ならば魔理沙はこういった行動に向いていないのかもしれない。感受性の強い彼女は隠密な行動をしなければならないときも強行突破を辞さないことがある。それを踏まえてのアリスがサポートに入ることで彼女の行動力を最大限に発揮しようとしている。これもやはり月の賢者の作戦なのだろう。

 

「なあ,アリス」

「何かしら」

「お前も気づいているとは思うが――」

 

 そう,命蓮寺を監視する二人の視線の先には,2人の妖怪が構えていた。向こう側も同様にこちらに気付いているようである。

 

「それでもこちらに来る様子は一切ないわね」

 

 つまるところ,寺院の前に構える妖怪は見張り。中で何かを行っているのは明白である。これでは正直ただの睨み合いではあるが,数的な分はこちらにあった。

 

「そのためにお前は来ていたからな」

 

 魔理沙はアリスのすらっと伸びた指を見やる。彼女は魔法の糸で操る人形たちを展開し,多面的に監視していた。

 

 だがいくら監視を続けても何も動いてくる気配が見られない。アリス自身は睡眠を必要としない魔法使いではあるが,それでもずっと策をめぐらし続ける緊張状態が長く続いている。寒さも相まって疲労の色は隠せない。

 

 無論「普通の魔法使い」こと魔理沙はそれ以上に堪えている。本人は「武者震いだ」と平然と語るが,彼女を知るアリスにはただの強がりにしか見えないほどである。ゆえに,持久戦となった場合にこちらが不利なのは明白だった。

 

 

 

 

「流石だね,ご主人」

 

 寺の前で警護に当たっていたナズーリンが呟く。前日から早めに休息をとっていた彼女と星は対面している監視者がくる前から訪問者を予知して待機していたのだ。

 

「何か嫌な予感がしたものですから」

 

淡々と話す星。今思えば,白蓮の「明日の準備」とはこのことだったのだとナズーリンは気付いた。命蓮寺の二人は向こう側で監視している者たちに感づかれまいとするために,気づいているという雰囲気を隠そうと振舞っていた。

 

「もう一つ,気づいていることがあるかい?」

「ええ,複数の視線を感じます…,あそこにいる者の他に,ね」

 

 二人は,生気こそ感じないものの,意図してこちらを見張っている気配をひしひしと感じていた。姿こそ確認できないものの,推測するに,今日の葬式の妨害を目論む者であることは明白であろう。ただそれでも,襲撃をしてこない理由がこちらにはわからないこと,防衛に専念する以上ただ牽制していればよいのだ。持久戦になることを想定し早めに休養をとって正解だった。改めてナズーリンは主人の先見の明を感心していた。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

白銀の博麗神社に柔らかい朝日が差し込む。しかし上空の雲の流れを見るにもうすぐにでも天気は崩れてしまうだろう。永琳は霊夢の傍にいた。空を見上げながら今日起こるであろうことを憂いていた。首謀者を割り出すために「霊夢死亡」と伝えさせたことが,今となっては仇になっていた。妖怪同士を牽制させ合っただけでなく,紫をおびき寄せたという一定の収穫はあったが,現状打破するものではなく,現に時間に追いつめられてしまっている。命蓮寺一行が来たらどうするか。選択肢の中の一つに「戦って追い返す」という方法がある。極めて最悪な手段である。自分たちが幻想郷の英雄を独り占めにしようという濡れ衣を被ることになるだろう。かといって,素直に受け渡すだろうか。いや,何か鎌をかけて情報の一つや二つを得たいところである。

 

そのための判断材料が欲しくて先刻魔理沙とアリスを密偵として送り出した。

 

(こんなことなら河童の通信技術を借りてくればよかった)

 

 今さら思ったところでもう遅い。今はただじっと待とう。そう思い外を眺め見た。日が昇ってからは襲撃の回数はぐっと減った。それでも神々や鈴仙は哨戒に当たっている。このまま何もなければ,と思った瞬間であった。

 

「来たわ」

 

 現れたのは諏訪子。短い言葉ながらも,状況を語るには十分だった。

 

「早苗!狼煙を上げて」

 

 永琳と一緒に神社内に待機していた早苗はすぐさま狼煙の準備に取り掛かった。

 

(魔理沙たちが少しでも情報を持ってきてくれていれば…)

 

 状況は後手に回ってしまった。一度目を閉じ,そっと呼吸をしてみる。

 

(まだ策はある…大丈夫…)

 

 外を見ると石段を登ってきた白蓮が姿を現した。どうやらお供が二人ばかりいるようである。月の賢者といえども,この状況にわずかに武者震いをするのを諏訪子は静かに見守っていたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 時はわずかに遡る。両者が睨み合いを続けてかなりの長い時間が経った。天候はひっきりなしに変わる。雨こそないものの冷たい風が吹きすさび,時には視界をも遮る暴風雪に見舞われた。妖怪でもそこそこ堪える状況の中,魔理沙には目に見えるほど限界が近づいていた。

 

「これ以上は無理ね…。こちらの情報収集も2人が見張っているだけで肝心な白蓮は中で何かを準備している…って報告だけでも十分だと思うわ」

 

 実際こんな情報が永琳に有用となるだろうか。だが,何とか言って魔理沙が帰るよう仕向けなければいけない状況だった。

 

「そんな情報じゃ足りない…,何を企んでいるのかはっきりするまではこの任に就いた意味が無いんだ…」

 

 魔理沙はどうにもこうにも動く気配はない。アリスは彼女の頑固さに嘆息する。

 

「あいつが死なない様に,私はできることをするんだ…」

「馬鹿ね,あなたが死んだら何も意味ないでしょうに」

「でもよ…」

 

 そう言っていると魔理沙の目によく見慣れた少女が映った。紅白のよく見慣れた大切な友人が。

 

「霊……夢……?」

 

 魔理沙はアリスの手をゆっくりほどくと,静かに立ち上がる。唖然とした表情のまま。アリスも魔理沙の挙動に驚いて彼女の視線の方向を見やる。

 

「……っ!?」

 

 喉に声が詰まる。確かに白い世界の中に紅白の巫女がそこに立っていたのだ。

 

「霊夢っ!」

 

 魔理沙が勢いよく駆け出す。勢いよく蹴上げた雪がアリスの顔にかかった。アリスの思考が一瞬ばかり途切れた。次に魔理沙を止めようと声をかけた時には,もう彼女は声が届く距離の外までに駆け出していた。

 

 遠くにいた霊夢はただはにかんでそのままゆっくりと飛んでいく。ここから離れた博麗神社からも遠ざかる方向に。そう,この瞬間はっきりと罠だということに気付く。命蓮寺の中には変化の術を使う妖怪がいる。通常の判断ができる者なら今さらこんな術に引っかかることなんてない。それでも魔理沙の憔悴状態を見るに,計略をかけることは容易と考えたのだろう。

 

 次のわずかな瞬間でアリスは天秤にかけた。命蓮寺が罠を使ってまで何か企んでいること,それから魔理沙を助けること,この二つを。彼女は唾を一飲みすると小さくなっていく魔理沙の方を見やり追尾した。

 

 

 

 

「なるほど…,あの二人だったのか…」

 

 小さくなっていくも,目視でようやく確認できた2人を見つめて話す星。だがこれで合点がいった。わざわざ監視する者を追い払うまでに何かを進めようとしているのだ,白蓮は。

 

(ならば,それに乗ってみようじゃないか)

「あら?」

 

 するとタイミングよく白蓮は現れた。

 

「博麗神社に向かいましょう」

 

 二人の声が同時に重なる。お互いに少し驚きながらも,白蓮は慈愛の笑みを浮かべる。「ええ」と小さく白蓮は言うと,3人は博麗神社へと歩みを進めたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

「この度はご足労ありがとうございました」

「ええ,これも私の務めですから」

 

 永琳は霊夢を間に挟み,白蓮と向かい合っていた。永琳は「白蓮と話したい」からと,他の人には出払ってもらっていた。

 

「お迎えのものをそちらに送ったのですが,手違いがあったようで申し訳ありませんね」

 

 先制攻撃をしたのは永琳。

 

「ええ,こちらこそすみません。こちらが時間を決めなかったばかりに入れ違いになってしまったそうで」

「なるほど,時間を決めなかったことは気付いてらしたんですね」

 

 永琳はその一言を逃さず追撃した。白蓮は何も気にすることなく続けた。

 

「ええ,時間を決めてしまえばその前に狙われてしまうでしょう?それゆえの対応です」

「なるほど…,こちらは何も決まってなかったがゆえに夜間に襲撃がありましてね…」

「あら…,それは失礼しました」

 

 白蓮は深く頭を下げた。

 

「それでもこちらは準備を妨害されることなくできたのでその点も感謝してます」

 

 にこやかに返す白蓮。あの白玉楼の幽霊のように真意が掴めぬ対応だ。永琳は続けた。

 

「そのような物をお持ちになったということは,そのようなおつもりで来たのでしょう?」

 

 永琳は従者の二人が持ってきた棺に目を落として言った。白蓮は「ええ,そうでございます」と以前笑顔を保ったまま答えた。「実は…」と白蓮は少しばかり不安そうな表情を浮かべた。

 

「霊夢を運ぶには私たちだけでは少し不安なのです。移送するまであなたたちに,警護をお願いしたいのです」

 

 永琳はある程度この申し出を予想していた。一緒に行動していれば自分たちの潔白になるからである。さらに言えば,油断しているところを消すこともできるだろう。何より偵察に出した魔理沙たちが以前帰ってくる気配がない以上,そういう可能性も捨てきれないのである。

 

「もちろん私たちはこの件についてサポートさせてもらいます。ここにいる私たちがいれば何も問題ないですからご安心ください」

 

 5人いればよほどのことが無い限り後れを取ることもないだろう。だが少し予想に反して白蓮は喜んだ。永琳にとっては少し鼻につくものではあったが,まだこちら側の本心はばらすまいと笑顔を崩さず会釈をする。

 

 従者の二人が部屋に入ってくると,霊夢を棺に入れ,一同は命蓮寺を目指し歩いたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 地獄の底に落ちた霊夢だった何かを映姫と小町は見つめていた。かれこれ1時間以上は見たのではないだろうか。先ほどまでの感情もすっかり峠を通り越していた。ずっと立ちっぱなしで腰が痛くなるのを小町は感じていた。ただ映姫は依然として姿勢も一切崩さず直立不動で眺めている。小町は映姫の顔を恐る恐る覗き込む。その表情は暗くはなく,瞬き一つ無くただ霊夢を見据えていた。小町ははっと気づいた。

 

「映姫様…,まさか本当の裁判は…」

 

 小町が言いかけると,映姫の口元がわずかばかりに緩んだ。

 

「映姫様…あたいもこのまま残っていてもいいですか?」

「あら,それはサボるということかしら?」

 

 小町が慌てると映姫はふふっと声を漏らして笑った。

 

「今度は少しばかり長いものです。あなたもあなたなりにこれが白か黒か判断してみなさい」

 

 映姫は微笑んでそう言ったのも束の間,再び真剣な眼差しで霊夢だったものを見つめ始めた。

 

(そんなこと言われてもなぁ…)

 

 頭を掻きながら,小町も再び眼差しを向ける。先ほどと何も変わらないこの光景。鏡を何度も見返すとごくごく小さな輝きが見えた。目を凝らさなければ見逃してしまうようなこの光に小町は見入ってしまった。

 

「それは霊夢の記憶ですよ」

「記憶…」

 

 小町の反応に気付き,映姫は表情を変えず告げた。

 

「これを見て,『彼女』が何を思うのか…,全てが判ります…」

 

 二人は固唾を呑み,事の顛末を見守っていたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 読経の声だけが寺社の中に響いている。霊夢は正面に安置され,その正面には白蓮がいる。建物後方の出入り口近辺には命蓮寺に属する妖怪が警護に当たっていた。博麗神社の面々は今回霊夢を守っていたものとして最前列に座ることができた。だが,肝心の式が始まっても一向に魔理沙とアリスは帰ってこない。単調な経が一同の雑念を払いつつも,それは水泡のように現れては消え,落ち着かない。永琳は嵌められたと感じていた。確かにこの位置ならば白蓮をいくらでも阻止することはできるはずだ。しかし最前列にいるために周りの様子を伺うことができない。対応に一歩遅れる。

 

 あれこれ考えている中で隣の神々はというと,対照的に冷静だった。慌てている様子の永琳に気づき,神奈子はまぁまぁとばかりジェスチャーを送ってきた。式の最前列にいる以上相談することもままならない。

 

 永琳の杞憂をよそに,式は淡々と進み,焼香が始まった。各人が順に立ち上がっては,香に念を込めて香炉に乗せる。

 

(魔理沙がいれば…)

 

 そう永琳たちが思ったのは無理もない。魔理沙を欠いた状態で,博麗神社の面々で唯一,早苗だけが人間だった。本当に死んだわけではないが,この精神状態では仮の葬式であったとしてもまるで本物のような感じ方になるのだろう。彼女は顔をくしゃくしゃにしながらもそれでも気を張って,焼香をすると崩れるように席にもたれかかった。鈴仙はそっと背中をさすっている。

 

(白蓮…,こちらを動揺させてその隙に霊夢を我が物としようとしているのかしら…)

 

 早苗が崩れれば確かに神々の動きはわずかに鈍るかもしれない。こちらの戦力を落とすことが狙いなのだろうか。

 

 しかし腑に落ちないことがある。こちらの戦力を削ぎ落としたいならば防衛にも手を回すべきだろう。しかし眼前には白蓮しかいない。依然として彼女らのお仲間は遠い後方で様子を見守っているだけだ。ただ刻一刻と時が流れていく。

 

 幸か不幸か焼香は無事に済んで説法が始まる。話に入る瞬間に永琳は後方を見やった。幻想郷の名だたる妖怪たちがいるにもかかわらず,不思議と何かをしてくるといった気配がない。いや,これは嵐の前触れなのだろうか。

 

 説法は白蓮がかつて人間だった時に妖怪のために妖力を得たことが自らの封印につながってしまったことや,魔界で過ごしたことなど,彼女の体験がもとになっていた話だった。話に没頭していくうちに少し早苗も落ち着いたようだ。一通り白蓮は話し終えるとこう言った。

 

「それでは故人の火葬へと移らせていただきます」

「「なっ…!?」」

 

 白蓮の柔和ながらも奥底にうすら見える感情に会場内一同に動揺が走ったのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

(ここはどこだろう)

 

ふと目覚める。意識はなおも朦朧として本当に覚醒したのかどうかはわからない。試しに体を動かしてみる。しかし妙な違和感があった。

 

(私の手はどこ?)

 

 腕を動かそうとも何も触れる気配がない,それどころか自分の指が動いている感覚さえない。

 

(足は……)

 

 腕と同じく感覚はない。立っているのか座っているのか,はたまた寝そべっているのかもわからない。そういえばなぜこんなことになっているのだろう。一生懸命に思い返してみる。そうだ,高いところから落ちたんだった。しかしあれほど高いところからものすごい勢いで落ちたのになぜ痛みもないのだろう。落下している感覚もない。かといって,背中が地面についているわけでもなさそうだ。そこまで考えようやく彼女は一つの答えに辿り着いた。

 

(そうか……,私は……地獄の底に……)

 

 口を開けてはいけないという約束をしていたような気がした。でも今はもう関係ないだろう。ずっと閉じていた口をようやく開けようとする。しかしやはり口があいているのかどうかはわからない。

 

(誰かいない?)

 

 声も出ない。

 

そして何も聞こえない。

 

感じるのはただただ孤独。

 

静寂がただ包んでいるかのようで,

 

いや,静寂という言葉を超えた感覚である。

 

何かを探そうとあたりを見回す。

 

 目の前に広がるのは闇なのだろか。

 

 何も見えない。

 

 私がただ見えてないだけかもしれない。

 

 それとも本当に何もないのだろうか。

 

目をこすろうとする。

 

無論どちらも感覚が無いゆえに,こすれる感触もなく,結局何も見えない。

 

 そもそも目を開いているのだろうか。

 

 選択の余地はもうどこにもない。

 

(何もかも諦めよう。全部終わったんだ…)

 

 次第に意識もまるで無になっていくかのようにここで朽ち果てるのだろう。このまま記憶もどこかに霧散するのだろう。悠久のような時が過ぎていく。記憶…キオク…?無が少しずつ彼女を蝕み,彼女自身が何者かあやふやになってくる。何か楽になったようで,わずかばかりに心地よい。

 

 次第に時の巡りも感じなくなった。心地よさや苦しさなどもうどうでもいいくらいになってきた。感情そのものまでもが無になってしまうくらいに。

 

 記憶がすべて霧散しようとするや,何かの光景が鮮明に映った。それはとある紅の少女である。

 

(誰だろう……?)

 

そういえばと彼女は先ほどの自分がしていたことを少しだけ思い出した。階段を登って行った中で最初に合った少女だ。だが彼女は敵意を示さず,ただ優雅に紅茶を啜っている。そして彼女は誰かに時折優しく,いたずらっぽく話しかけている。その目線の先は…

 

(私…なのか?)

 

 そう思った瞬間また別の少女が映る。うっすら記憶に残る私の首を刎ねたあの少女は,ただにこやかに私に話しかけている。数々の惨殺をしてきた殺戮者たちの本当の姿が次々とスクリーンに映し出された。時には戦うシーンもあった。しかし,ルールを尊重し,お互いの誇りを賭けて戦う美しい決闘。そして終わった後に彼女らと酌み交わした宴の数々。

 

(さっきまでの感覚とは違う……)

 

 不思議な気持ちに戸惑いを覚えながらも最後に映し出されたのは,

 

「よっ,霊夢,遊びに来たぜ」

 

 れいむ?

 

 そう,誰かのことを霊夢と呼ぶ人の姿が強く脳裏に焼き付いた。

 

(れいむ,れいむ,れいむ……)

 

 ただの3語の言葉が反芻する。

 

(霊夢……)

 

言葉が意味を成す。そうだ,私は博麗霊夢,幻想郷の楽園の巫女として異変解決をしてきた人物。それを支えてくれたのは紛れもなく幻想郷の妖怪もそうではあったが,一番は唯一無二の親友だった。

 

(会い…たい…)

 

(会い…たい…)

 

「会い…たい…」

 

 ふと自分の声が聞こえることに驚く。そして何かが頬を撫でるのを感じた。無数に浴びたドロドロした血とは違う,すうっと流れる清らかな何かが。戸惑いをなだめ,また声を絞り出して願ってみる。

 

「会い…たい…!」

 

 その声に呼応するかのように何かが彼女の体の中心から輝き始めた。

 

 とても小さいが,ダイヤモンドのような煌めきを放ち,太陽のような熱を帯びた光が。黒一色だった世界にぽつんと紅白色の輝きが生まれた。彼女はただ一心不乱に願い続けた。

 

(会って,そして……)

 

 力強く虚空に叫んだ。

 

「感謝するんだ!!」

 

 何もなかった空間から力強い声が響きわたる。刹那,自らの体から強い光が勢いよく飛びあがり,虚無の闇を切り裂いた。無と同化していた体がはっきりと実体をもった。その次の瞬間――

 

「うああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 突然体が凄まじい勢いで浮き上がっていくような感覚を覚え,ただただ叫んだ。薄れゆく意識の中,痛いほどに真っ白な,穢れ無き輝きだけが,瞼を閉じていても感じられるほどに彼女の眼に焼き付いたのだった。

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 通例,亡くなった人がいる場合,その二日目には葬式,そして三日目に告別式,火葬という手順である。だが今回は三日目の手順を二日目にやってしまおうかという暴挙であったのだ。早苗はこの発言で相当焦ってしまった。

 

「このタイミングで火葬だと?あまりにも早すぎるんじゃないか?」

 

 神奈子が白蓮に述べる。後方にいた弔問の人や妖怪からもそのような意見が次々に出された。後方に構えていた命蓮寺の警備していた妖怪は彼らの声を止めようとするものの,うまくいかなかった。白蓮は目配せすると警備の者はすっと持ち場に戻った。白蓮は場が落ち着くのを待つとこう言った。

 

「この幻想郷の地では彼女みたいな力を持つものを狙うものが後を絶たない。ゆえに今回の措置なのです。彼女は誰の者にもならない。幻想郷が均衡を保つにはこれが最善なのです」

 

 彼女の発言に誰しもが口を噤んだ。きっと心当たりが各人にあるのだろう。白蓮は誰も反論が無いことを再度確認すると,

 

「それでは火葬の準備をいたしますので皆さんは退席してください」

 

と述べた。

 

「ちょっと待ってください!」

 

 突如会場に声が響いた。それは白蓮の近くにいた早苗であった。早苗は声を震わせながら言った。神奈子たちは慌てて止めようとするも,その静止は間に合わず,早苗は続けた。

 

「霊夢さんは…殺させやしません!彼女は…実は生きているんです!」

「早苗!」

 

 諏訪子の一言に彼女ははっとしたが,時すでに遅し。突然の発言に場内は大いにざわめきだした。諏訪子は「あ~う~」と頭を抱えていた。この発言もとはここにいる永琳によるもの。然るに,

 

「お前ら騙してたんだな!」

「よくもまぁ抜け駆けしてくれたね!」

 

一気に寺院の中は怒号で満ち溢れた。博麗神社の面々にも動揺が走った。黒幕を探すための嘘と繕ったところで火に油を注ぐのは目に見えている。

 

妖怪の一部が暴徒化しスペルを構える。警護部隊が必死に食い止めようとする。永琳たちも様子を伺いつつ防御態勢をとったその時であった。

 

「恋色マスタースパークっ!!」

 

 突如花が飾られていた正面から轟音が,極太のレーザーが暴徒を掠めた。爆音とも溶解音ともとれる音が鳴り響いた。寺院の壁には大きな穴が開いている。

 

「おっと,これ以上動いたら撃つぜ」

 

 声の主は言わずもがな,ずっと姿をくらましていた魔理沙だった。

 

「まぁ動かなくても,そのまま連れていくけどね」

 

 同じく物陰からアリスが出てきた。すでに暴徒化した下級妖怪を人形につけた魔法の糸で絡めとっていた。

 

「魔理沙…あとは任せたわ」

 

 アリスはそう言い残し,警備の者と妖怪を連れ出した。寺院はシーンと静まり返る。マスタースパークで空いた穴から外の暴風が聞こえるくらいだ。魔理沙はそれに負けないよう大きな声を出して言った。

 

「なぁ皆!霊夢にはどうなってほしい?」

 

 魔理沙の質問の意図が分からず誰も反応できない。魔理沙は続けた。

 

「確かに死んでしまったら妖怪にとっては火葬という手段が一番誰も損をしないだろう。だけど,霊夢はまだ生きている。なぁ,ここにいる皆は霊夢に死んでほしいのか?」

 

 魔理沙の呼応に真っ先に反応したのは文だった。

 

「妖怪と人間の生きる時間はあまりに異なっています。人間の一生が妖怪の刹那ほどにね。それでも私たち妖怪も,ここにいる人間も彼女のおかげでこうして平穏に暮らしている。違いますか?」

 

 あの文が霊夢を評価してくれたことに,魔理沙は少し嬉しくなった。彼女を皮切りに「霊夢が生きているなら」という声が大きくなってきた。魔理沙はそれを見るとにっと笑って早苗の方を向いた。

 

「早苗…,私はお前の奇跡を見てみたい」

「で,でも…」

「大丈夫,死人を生き返らせろってわけじゃねぇ。それに皆で祈れば,きっとあいつは帰ってくる!」

 

 躊躇う早苗を魔理沙は肩をコツンと叩いた。早苗は振り返る。寺院にいる人や妖怪たちの優しい視線を感じた。

 

「よし…!」

 

 早苗は覚悟を決めると霊夢の正面に立った。

 

「皆で祈れば霊夢さんは復活するなんて嘘みたいな話…,だけど,この幻想郷では常識に囚われてはいけない…!霊夢さん…」

 

 早苗は手を組み,ただ霊夢のことを想った。戦ったことも,食事をしたことも,会話をしたことも,すべてひっくるめて。早苗だけじゃない,ここにいる皆が霊夢と過ごした日々を,そして感謝を各々は祈っていた。

 

「霊夢さん…」

 

 皆の祈りが届いたのか刹那の煌めきが起こった。無垢な光がすっと霊夢を包んだ。

 

「ん…あれ…?ここは…?」

 

 気の抜けたような声。だがそれを聞いて歓声が起こる。

 

「な…何よ…!?え――」

「全く心配かけさせやがって!」

 

 ゆっくり起き上がった霊夢は,魔理沙に勢いよく飛びつかれ,霊夢は再び棺桶の中に勢いよく倒された。

 

「ちょ…っ,苦しい…!」

「私たちの苦しみを味わうがいい!」

「わかったから離してー!」

 

 二人のやり取りに周囲からは笑いが零れた。たったそれだけだが,この上ない結果が彼女らにもたらされたのだった。

 

 

――

 

――――

 

――――――――

 

 葬式の必要が無くなり,霊夢は魔理沙やアリス,早苗と一緒に博麗神社への帰路にあった。永琳たちは「これからリハビリが必要になったら面倒見てあげるわ」と言い残し,帰っていった。神奈子たちも一足先に早苗を残して去っていった。きっと早苗とこの時間を共有しろということなのだろう。

 

道中で霊夢はふと思う。長らく仮死状態で寝込んでいたためか,一歩を踏み出すごとに節々が痛む。それでも霊夢にとっては心地よいものに感じられた。それになんだか気持ちが晴れやかになっていた。

 

「うぅ~,霊夢ぅ~」

「っ!?お前調子乗るなよ!」

 

 早苗が魔理沙の真似をしてからかっている。魔理沙も怒って早苗を叩くが,その姿は楽しそうだった。魔理沙が私のために尽力してくれたということはアリスから話を聞いてあった。だからこうして二人が笑い合えていることはそれまでの苦労の裏返しなのだろう。

 

「ねえ,霊夢」

 

 アリスがふと声をかける。

 

「紫が言っていたの。あなたは試練を受けていると。実際に何があったの?」

「……」

 

 少し考え込む。先ほどまで見ていた夢のようなもの。ところどころ曖昧になってしまっている部分もあるが,ほとんどは気分を害すような悪夢に近い何かだったのは間違いない。ただはっきりと思い出せることがあった。それは…,

 

「感謝…」

「えっ?」

「私,忘れてたことがあったんだ。幻想郷の中で私はヒロインになった気持ちだった。私一人の力で成し遂げたんだと。でもそうじゃない。私を支えていてくれた人々がいたから私はそうなることができた。それを思い出せたから,今もまたこうしてここに帰って来られたのかもしれないの」

 

 真面目に話す霊夢に少し前を歩いていた魔理沙や早苗も真剣な様子で振り返っていた。

 

「お前…,別に何ともないのか?いつもなら『紫許さない!』とか言って怒りそうなのに」

 

 魔理沙は少しいたずらっぽく言ったが,霊夢は特に意にせず答えた。

 

「確かにそうかもしれないけど…,でも」

「「でも…?」」

 

 霊夢は一拍置くとくすっと笑って言った。

 

「内緒よ」

 

 そう言って身体中が痛いながらも勢いよく飛翔した。

 

「逃がさないぜ!」

「追いつけるものならどうぞ」

「ちょっと待ってくださいー!」

「やれやれ…霊夢は霊夢ってことね…」

 

 勢いよく四人は飛び立った。どこまでも,どこまでも。

 

 

 

 

 彼らが飛んでいくのを見守っていた永琳と鈴仙は,少し先を歩いていた神奈子,諏訪子に出くわした。どうやらこの二柱も彼女らを見守っていたらしい。二柱が気づくと,永琳たちは軽く会釈をした。そしてすぐ疑問をぶつけた。

 

「あの時魔理沙たちが隠れていたことにあなたたちは気付いていたのね」

「まぁ,な」

 

 神奈子は短く返す。

 

「言ってくれればいいのに」

 

 永琳は嘆息した。

 

「でもそれが白蓮の狙いだったんだよ」

 

 諏訪子が付け足す。永琳がこちら側の頭脳を担っていた。そして永琳に白蓮は,自分が黒幕だと偽装しようとしていた。魔理沙たちを敢えて攫わせたことで。こっちが睨み合っている間に別のところで悪さをしようと企んでいる妖怪もいるかもしれない。それを見越して,後方に人員をたくさん割いていたというわけである。

 

「最後の最後にしてやられたわ…」

「でも大半はあんたがうまくやってくれたからさ」

 

 お互いが労い合う。

 

「今日は気分がいいから宴会をと考えていたんだ,どうだ?」

「それはいいわね,うちの姫様もせっかくなのでお邪魔しましょう」

「そこの兎ももう緊張しなくていいからね」

「緊張してたのばれてたんですか!」

 

 一同が当たり前だろとツッコミを入れた。こうして彼女らの二日間の苦労は宴により酒の肴と変わったそうな。めでたしめでたし。

 

 

 

 

(後日談)

 

 霊夢の行く末を見守っていた映姫と小町は大きく一息を吐いていた。霊夢が裁きを受け,認められたことが小町にとってはとても嬉しいことだった。余韻に浸っている中,映姫は突然呼びつけた。

 

「小町」

「は,はい!?」

「あなたの今日のお務めはいいことにするわ。後は好きにして頂戴」

「あ,ありがとうございます!」

 

 上司の粋な心遣いに小町は感謝した。さらに映姫は付け足した。

 

「守屋神社で宴会を開いているそうよ。くれぐれも飲みすぎないように」

「ぜ,善処します…」

 

 そういうと小町はそそくさと後にした。映姫は小町が去ったのを確認すると,何もない方向に向かってこう言った。

 

「いらっしゃっているのでしょう?八雲紫」

「流石は地獄の閻魔様ですわ」

 

 空間が突然裂けると,スキマから紫が現れた。

 

「見事なお手並みでした。これも閻魔様だからこそ,ですわね」

 

 紫がやたら恭しく話しかけてくるので,映姫は胡散臭く思った。

 

「久方ぶりに黒幕を演じられた気分はいかがですか」

 

 紫の一言に映姫はすっと目を細めた。

 

「お機嫌を損ねないで欲しいですわ。これでも私が濡れ衣を被ってあげたんですからね」

 

 紫が映姫を煽る。そう,今回事を計画したのは映姫だったのである。幻想郷はたびたび異変が起こる。それを解決に導くものが本当に相応しい人かどうかの審判を下すためであったのだ。審判を下せる者は幻想郷に彼女をおいて他にはいなかったのだ。

 

「それでも利害関係はあなたと一致したじゃないですか」

 

 かく言う紫も実際に霊夢の生と死の境界を弄った実行犯でもある。映姫は静かながらも怒気を殺して紫を睨んでいた。

 

「まぁまぁ,そんな怖い顔をなさらず。お互い計画がうまくいったのですから,盃を交わしませんか」

 

 紫はスキマから酒と盃を取り出すと,映姫は仕方なく受け取った。お互いにお酒をつぎ合うと,こう言った。

 

「「幻想郷に,乾杯」」

 

 

 

 




 ここまで読んでいただきましてありがとうございました。この作品は作者が幼き日に見た「天国の階段」?という作品をオマージュしたものです。それはあるテレビ番組(タイトル忘れました)が,アニメのついた投稿作品だったと思います。(2000年初期だと思われます)

 主人公は家族のいる男性。だが運悪く事故で亡くなってしまう。彼は「口を開けずにこの階段を登り切れれば天国に行けるだろう」という旨の話をもらう。この辺りが曖昧ですが,誰かのために声を発したがために彼は階段から奈落の底へと落とされる。

 しかしながら,自分のためではなく,他人のために尽くせることから彼は,葬式の最中生き返り,家族から歓迎をされたというお話でした。

 今回は遠い昔の記憶を掘り起こしながら,独自にアレンジを加えさせてもらいました。もし,この作品の詳細がわかる方がおりましたら教えていただけると助かります。

 さて,今回の作品は「霊夢は感情が薄いから感謝を忘れないでほしいなぁ」と思って書きました。それは霊夢だけではなく,私も,そして読者の皆様にも大事なことだと思います。

 物語の序盤は面白いくらい簡単に書くことができました。でもどんどんキャラクターの思考が絡み合っていき,書ききるまでになんと6年かかっております。(何もしなかった時を入れて)

 作家の方々はすごいなぁと思いながら書きました。質問感想にはしっかり拝読させてもらってからお答えしようと思っております。重ね重ね,ここまでありがとうございました。

 それでは。

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