ただ守り通すだけの物語   作:寝る練る錬るね

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※今話は4/4に修正を加えました。年月などが以前と異なっております。ご了承ください。



どうも。作者です。皆様の期待が重過ぎて、若干胃痛気味の作者です。

あの、ほんと。ありがとう、ございます。こんなに人気出るとは思っていなくて、その。いつも応援してくださる皆様のおかげです(限界オタク化)感想、評価、誤字報告ありがとうございました。


さて!地味なのはここまで!作者のいつものハイテンション始めていきましょう!

本話を含め残り2話となりました!ここまでこれたのも、皆々様のお陰です!ちなみに、この話が最長の15000文字になっております!読む覚悟のない方は時間のあるときにお読みください!





第9話 防衛

 王様が、行ってしまう。

 

 

『我は暫く旅に出る。人の死はあまりに早く、生命の死というものは、如何ともし難い。この定めを変えなければ、(オレ)は一生、死に怯えて生きることになるだろう。そんな生き方を、(オレ)は望まない』

 

 愚かだ。

 

『……そう。なら、僕は……』

 

 愚かだ。

 

『僕は、王様の戻る場所を守り続ける。何があっても、何が起こっても、王様が帰ってくるまでこの故郷は変わらず残す。残してみせるよ』

 

 僕は、なんて愚かなんだろう。何故、こんな見栄を張ってしまったんだ。

 

『五年だ。五年で、必ず戻ってくる』

 

 あぁ、どうして、僕は……

 

『……そう。じゃあ、行ってらっしゃい。きっと、帰ってきてね。友達はみんな、王様のことを待ってるんだから』

 

 この時、王様に言わなかったのだろう。

 

 

 

 

 

『その時は、きっと──』

 

 

 

 

 寂しい、行かないで、と。

 

 

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「……なぁに?ようやく、目が覚めたのかしら?」

 

 目を開けた先は、冥界だった。初めてきた時は怯えて何もできなかったけれど、最早見慣れた(・・・・)景色に、アンヘルは静かにため息を漏らした。

 

 そして目の前で呆れた声を上げているのは、冥界の女主人……

 

「……エレシュキガル様。つまり僕は、また死んだのですね」

 

「死んだのですね、じゃありません!私はあれほど忠告したのだわ!このままじゃ過労死するからとっとと休めって!」

 

 確かめるように呟くと、エレシュキガルは途端にぷりぷりと怒りだす。目に映える金髪は、アンヘルのかける心労からか少し色艶が悪くなっていた。

 

「休みなら取りましたよ。……三ヶ月前に」

 

「人界って、冥界よりブラックなのだわ……しかもその休暇、結局急ぎの用とかでなくなってたじゃない!お仕事はギャグじゃないのよ!」

 

 この際、何故エレシュキガルがわざわざそんなことを見ていたのかとか、そんな野暮やツッコミをアンヘルがすることはなかった。話す言葉は、ひとつだけ。

 

「エレシュキガル様、僕を帰してください。今日中に終わらせなきゃいけない仕事がまだあるんです」

 

 傲岸不遜にも、そう申し出る。冥界の女主人は、幾度となく聞いたその言葉に、怒りを通り越してまた呆れかえってしまった。

 

「……あ!の!ね!ここがどこだかわかっているのかしら!?冥界よ!死者の行き着く最後の都!そこにいる貴方は、既に死人も同然なのよ!?」

 

「死人でもなんでもいいです。早く、僕を帰してください」

 

 アンヘルは学習していた。エレシュキガルは攻めに弱い。冷血漢ぶってこそいるが、その実神情にあふれた(じん)物。人に物事を頼まれると、断りきれない損な(・・)性格の持ち主であることを。

 

「早く。早くしてくださいさぁ早く早く!」

 

 急かす。とにかく急かす。相手の思考がまとまらないうちに、冥界からの脱出を確約させる。それがアンヘルの身につけた、対エレシュキガル用の交渉術だった。

 

「……あなた、本気で言ってるの?」

 

「……どういうことですか」

 

 いつもなら大慌てのエレシュキガルが、今日に限って冷静にアンヘルを覗き込んでいる。慮るような、恐れるような、そんな目だ。

 

「……本当に理解してる?あなた、この五年(・・・・)で……七回も死んでいるのよ?」

 

「……異常性は、理解してるつもりです」

 

 冥界へは、幾度となく訪れた。体力に限界を感じた時、それでもまだ仕事をしていれば、金縛りぐらいの頻度で来ることになる。最初は一年に一度だったが、ここにきて、ペースがさらに上がってきている。

 

「あと…………違いますよ、エレシュキガル様。四年と、三ヶ月です。そこは、譲れません」

 

「……あぁ、そうだったっけ。あの馬鹿、いつになったら帰ってくるのかしら」

 

「あと半年とその半分です。五年。そう約束しましたから」

 

 頰に手を当て、やれやれと首を振るエレシュキガル。彼女も、自分に比べても苦労人だろうと、なんとなくそう思った。

 

 

 

「……まぁいいわ。あと九ヶ月ね。……そういう契約(・・)だもの。九ヶ月過ぎてまだ過労死してくるようなら、今度こそ籠の中に入れてあげるわ」

 

「……キシャルと同じ牢獄は、遠慮願いますよ」

 

 数年前なら言わなかっただろう皮肉を吐くと、エレシュキガルが眉間に皺を寄せながらも大きく手を振るった。その瞬間、アンヘルの意識が暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アンヘル、様?」

 

 もう一度目を開くと、心配そうにこちらを覗き込む文官と目があった。あたりが明るいことから、夜まで眠らずにいられたことに安堵する。

 

 ……契約。一度アンヘルが過労死した時に講じた、一つの策。アンヘルがこの五年間過労死したとき、人界へと送り届けることを約束。対価は、エレシュキガル曰く『イケ魂』であるアンヘルが何らかの理由で死んだ場合、輪廻に戻らずエレシュキガルに尽くすこと。つまるところ、死後の生を丸々売り払ったことになる。

 

「……ごめん、死んでた。今、何時?」

 

「ちょうど、十三時の鐘がなったぐらいです。倒れられたのが八時の鐘が鳴る前ですから、五時間ほど休まれていた計算になります」

 

「……そう。じゃあ、仕事に戻るよ。今年はただでさえ不作なんだ。このままじゃ、国民がみんな飢えることになる……」

 

 寝台から上体を起こし、無理矢理執務室へと足を運ぶ。慌てた文官に止められたが、生憎と一度死んだのだ。魔神の体は、もう数週間くらい持つことだろう。無視して執務室の机へ腰掛けた。

 

「……アンヘル君。もう、体調はいいんですか?」

 

「……あぁ、シドゥリさんですか。ええ、大丈夫ですよ。五時間ほど死んだら、元に戻りました」

 

 アンヘルが困ったように笑うと、シドゥリは悲しそうに目を伏せる。エルキドゥの時もそうだったが、アンヘルの笑いは、途轍もなく儚げだった。

 

「アンヘル君。本当に、無茶をしないでください。ギルガメッシュ王が帰ってくるまで、あとほんの一年です。そんなに、根を詰めなくても……」

 

まだ一年(・・・・)、ですよ。王様が不死の方法を探してきても、国民がみんな死んでたら意味がない。……ここで、こんなところで、人を死なせるわけにはいかないんですよ……」

 

 言葉の重みは、凄まじかった。この四年間で、ウルクの死者数はさらに激減した。今までは一年に百人は死んでいたのに、今では月に一人死ぬのが珍しいほどに。衛生などの重要性を見出し、国の制度改革をしていったアンヘルの実績ではあった。

 

 しかし最近では、周辺国がなにかとウルクに戦争をふっかけ始めた。関税の強化、自称自衛隊の強化など、明らかにウルクを貶めようとしている。

 

 もともと、フンババを倒したあたりで嫌な空気は漂っていた。なにせ、広大な森林の資源をウルクという小国が独占しているのだ。他にも貨幣制度など、優れた技術が盛りだくさん。交渉してもらおうというより、手っ取り早く侵略したいのが実情だろう。

 

 それが今まで行われなかったのは、一重にギルガメッシュという一大戦力がいたからだ。周辺国は英雄王に恐れをなし、長らくウルクに不義理を働くことはなかった。

 

 だが最近になって、周辺国はキナ臭い。どうにもどこかの筋から、ギルガメッシュの不在がバレたようなのだ。

 

「……王が不在の王国。頭がないなら、狙わない理由はありません。ここ一年が、きっと正念場です」

 

「……そうですね。あと……一年」

 

 今から四年と少し前。ギルガメッシュはエルキドゥの死を以って恐れた。『死』の存在を。故に求めた。『不死』となる方法を。そして旅に出たのだ。ウルクを五年間、アンヘルに任せて。

 

 王のいない国の中枢で、不安げに雲行きを見守る二人の姿があった。しかし、どれだけ憂いたとしても。運命というものは、時に残酷に道を閉ざす。アンヘルは世界の残酷さを、その身を以て知ることになる。

 

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 三ヶ月が、経過した。それまでの四年と三ヶ月とは、確実に濃度が違う三ヶ月が。

 

 ウルクでは、大きく分けて二つの問題に直面していた。まずは、ウルク自体の国力低下だ。

 

 これに関しては、国内での不作、外国から全く物が入ってこなくなったことが原因となる。不作の原因は、傲慢ではあれど腐っても都市神であるイシュタルの不在。エルキドゥが死んでからは、めっきりその姿を見せなくなってしまった。その不作は国で多少どうにかできても、外国に関しては全く別問題だ。何故そんなことになったのか。

 

 ……無論、ウルクの周辺国が敵に回ったことが原因だ。これが、二つ目の問題。周辺国のいくつかではない。周辺国が、全て、それも連合を組んで、ウルクに戦争を持ちかけた。こちらがいくら拒否しようと、擁護する国などあるわけがない。開幕の火蓋が切って落とされたのは、当然の流れと言えた。

 

 敵の軍隊が押し寄せ、それをウルク軍で対応するためにアンヘルが軍師の立場を担い始めたのが二ヶ月前。本格的に戦争が始まったのはその半月後だ。

 

 戦況は……当然ながら、ウルクの圧倒的不利だった。

 

 ウルクは土地柄として、湾に面しただけのほぼ内陸国であることが挙げられる。……つまり、国土の外側は一方向を除いて全て外国。四方八方敵まみれ、というわけだ。どれだけアンヘルが敵の思考を読んで高度な戦略を練っても、被害はどうしても出る。

 

 そして、各国がこちらに被害を与えるのを最優先させ、自国を省みなくなったところでほぼ敗北が確定した。ジリジリとこちらが疲弊させられ、物量差が明らかになっていく。

 

 どれほど文官が優秀だろうが、無いものはないし、無から有を生み出せるわけでもない。次第に戦力の差は浮き彫りになり、身動きが取れなくなっていく。最後に……トドメ(チェックメイト)

 

「……まさか、まだあんな大量の兵を隠し持っていただなんて」

 

 それは、ウルク軍を遠方から来た敵連合軍一万の対策に派遣したときのこと。そちらに集中させていた間諜を、ほんの、ほんの気まぐれで、数人だけ別国へと向かわせた。

 

 ……結果、最悪の知らせが届いた。一万人の兵隊を囮に、本命の十万の軍隊が、ウルクへと向かってくる、と。

 

 抱え込む兵が3桁。その上、派遣したせいでほとんど兵がいないウルクに対して、過剰戦力もいいところだ。軍隊が拠点にしていた国が、敵の中でも懐柔に成功していた国家だったことが、油断を誘った。

 

 実際問題、完全にお手上げだ。騎兵歩兵に投石兵。それだけ人数がいれば、どれだけ策を練っても万が一にも勝ち筋は存在しない。

 

 故に……

 

「……準備は、できた」

 

 アンヘルは、一人。戦場となるだろう平原で、敵を待ち構えていた。

 

 避難やら住民への説明やらに追われる文官達。しかし、戦闘力と呼べるものは、もう国内になかった。だから、アンヘルが名乗り出たのだ。自分がやれるだけやってみる、と。

 

 

 当然、猛反対を喰らった。

『トップがいなくなってどうするんだ』とか。

『誰がこの国を動かすんだ』とか。

『シドゥリさんが泣きますよ』とか。

『草葉の陰で英雄王が泣いていますよ』とか。

 

 前半二つは国が滅ぼされたら意味がないことを盾に説き伏せた。後半二つは、アンヘルがシドゥリとしっかり話をして、決着をつけた。最後に泣かせてしまったのは、心残りだ。あと、ギルガメッシュを勝手に殺した人は縛りあげの刑を喰らった。きっと、緊張した場を和ませようとしてくれたのだろう。どれだけの危機が迫っていても、楽しむ心を忘れないのがウルク民らしかった。

 

「……僕が、任されたんだ。自分で、背負ったんだ。やれるとこまで、やってやる」

 

 時間がない中、できる限りの罠は仕掛けた。やり残したことは、多分ない。

 

 そして……敵が……見えてきた。整然とはしないものの、無数の足音が此方まで聞こえてくる。ウルクに向かう軍勢。総数九万飛んで八千余。対するは── 一人。

 

「来た、か。んー……もうちょっと、待って欲しいんだけどなぁ……」

 

 覚悟が、足りない。フンババの時やグガランナの時とは違う。あまりにも多く、あまりにも広大な人の波。

 

 立つ。構える。震える足は叱咤して、震える手で無理やりに盾を握った。心臓は激しく唸り声を上げ、目の前がぼんやりと揺れる。怖い。怖い。怖い。

 

 アンヘルにとっては、身内を除けば初めての対人戦。掛け値無しに十万倍の戦力差。先日まで指揮を取っていたとは言え、そこは行っても安全地で戦場とは程遠い。明らかに初めての難易度を超えていた。

 

「……でも、約束したからね。必ず守るって」

 

 約束の刻限まで、あと半年と少し。兵はみな負傷し、国内は飢えることこそ無いものの貧しい。それでも、王抜きで五年近くまで持ちこたえてみせたのだ。

 

 ここで無駄にする訳にはいかない。ここで国を開け渡せば、今までの苦労が水の泡になることは目に見えていたから。国を任されておきながら、その国を敗戦国などにすればあの王に顔向けなどできようはずもない。

 

王様の故郷(この国)は、汚させない」

 

 目の前には、人の海。大凡見果てぬ人の塊。向こうも焦れてきたのだろう、最大規模の戦力だった。

 

 数の暴力とはよく言ったもので、ウルクを取り囲んでもまだ余りありそうな戦力が、余計に足を竦ませる。勝鬨のような雄叫びが鼓膜をビリビリと震えさせた。

 

 進軍を続ける隊が、ピタリとある一点で止まった。気がついたのだろう。ウルクを守る人員がアンヘル一人しかいない事に。

 

 伝わってくる感情は、嘲り、憐憫、同情、怒り。舐められていると思ったらしい。当然だ。軍隊の前に一人だけが立つ光景など、誰だって目を疑う。

 

 ほんの少しだけ、敵軍の糸を捻る。ちょっとだけ興奮させて、ちょっとだけ挑発に乗りやすいように。これぐらいなら、十万人相手でも何度か分ければできてしまう。

 

 息を思い切り吸う。ゆっくりと吐く。それを何度も繰り返して気持ちを落ち着かせる。降伏勧告なんてされれば従ってしまいそうだったから、何か言われるよりも先に……喧嘩を売らなければならない。

 

 

 

 思い浮かべるのは最強の王。いつも傲岸不遜に笑っていた、あの黄金の鎧の王。

 

雑種風情が(・・・・・)!」

 

「その無いに等しい頭でも、頭数だけは揃えてきたか!滑稽!実に滑稽だ!頭は無いのに頭数は揃っている!こんな謎かけ、他に無いとは思わぬか!?」

 

 大声を張り上げた。全力で虚勢を張った。文句なしの侮辱だ。数瞬、沈黙が流れる。反応は、すぐにやってきた。

 

「ウォォォァァアア!!」「舐めてんじゃねぇぞ!!」「ふざけやがって!!」「ぶっ殺してやる!!」「ガキ一人で何が出来んだ!」

 

 怒号、恐喝、殺人予告、etc(エトセトラ)etc(エトセトラ).戦争で昂ぶっている兵士相手に挑発すれば、こうなることは目に見えていた。これで、少しは『ウルク防衛戦』というよりは『一対十万』という形になっただろうか。

 

 アンヘルにとって今一番困ることは、己を完全に無視されてウルクへ向かわれる事だ。どれだけ策を用意しようが、十万の大軍が一度に都市へ攻め込めばどうしようもない。だからこそ、己にヘイトを集める必要があった。無論、己を奮い立たせるという意味も含んでいるが、概ね両方好調だ。

 

 頭は冷静に、心は熱く。(エルキドゥ)に習ったように、(エルキドゥ)に倣ったようにするだけだ。

 

「笑止!(ボク)はアンヘル!ウルク随一の忠臣!ギルガメッシュ王に仕えるものである!この道通りたくば、我が屍を超えていけ!」

 

 

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「とは、言ったものの……真正面から戦うだなんて言ってないよね。……精神接続・完了(セット)!」

 

 あのケバ女神(イシュタル)と同じ台詞。癪だが、この言葉が一番口に馴染む。そして、見えた敵兵の意図()をいくつか握る。それを思いっきり歪めてやれば……

 

「ぎゃぁぁぁぁぁあ!!」

「何をやってる!?俺は味か……止めッ!あぁぁ!!」

 

 あっという間に同士討ちが始まった。簡単すぎて怖いぐらいだ。そして、浮き足立った先頭陣を、ここ五年で身に付けたルーン魔術で爆破する。爆破と燃焼、治癒しかできない付け焼き刃もいいところだが、その威力は折り紙付き。地雷のように埋まっていたルーンは、奥の方でぶっ放したからか、予想より多く100人ぐらいを肉塊にして宙へと放った。

 

 続けざまに、後方の支援部隊を炎のルーンで燃やす。希望は薄いが、補給を絶つことで撤退を促す算段だった。巻き込まれた十数人の衛生兵が、覚悟もできずに灰と化した。

 

「……ぉぇっ……」

 

 吐き気。やはり、アンヘルは戦場に出るのに向いていないと自覚する。

 

 伝わってくるのだ。敵兵だろうとなんだろうと、殺されたくない、死にたくないという意図()が。心を鬼にしてそれを無視し、さらに爆破範囲の広いルーンで人を殺していく。

 

 例え知りたくないと心が拒否しても、叫びのようなその強い感情は、無理矢理でもアンヘルに一つの事実を突きつけてくる。

 

(目を、逸らすな。僕が、殺している)

 

 相手は血も涙もない侵略者だ。少しでも慈悲を残せば、逆にこちらが滅ぼされる可能性だってある。だというのに。敵から伝わってくる感情は、ウルク民となんら変わらない。

 

 生きたいと願う者、家族を思う者、友を思う者、恋人を思う者。ウルク民と同じで皆一様に、歴史があり、思想があり、感情があった。ならば……

 

(なんで、僕らは殺し合っているんだろう……)

 

 これだけの敵を無傷で追い返す方法など、アンヘルは持っていない。持っていない……けれど、持っていない無力さが、今となってはエルキドゥの時と同じぐらい恨めしい。

 

 軍の中心に生まれた爆炎で、再び五十と少しの命を空へ散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 命の価値は、今この時、紙切れのように軽かった。爆破させれば、糸を歪めれば、簡単に人は死んでいく。もう、殺した数は数えていなかった。

 

 歩兵は爆破した。投石兵は投石機ごと念入りに燃やした。騎兵は馬を暴走させて潰した。

 

 殺して、殺して。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して──

 

 

 とうとう、仕掛けていたルーンと魔力が、底をついた。

 

精神接続・完了(セット)……」

 

 いい加減、敵もこちらの能力に感づいていた。敵を操れば、その敵が十人体制で包囲され、捕縛される。糸を操るのにも人数制限があることも、この数十分でバレてしまったようだ。

 

 アンヘルは傑物だが、智将ではない。采配には限界があり、思いつく策も、もう、あらかた使い尽くした。

 

 人の波は、それでも進んでくる。アンヘルを殺すために、ウルクを侵害するために。あたり一帯の血の海を渡って、アンヘルへと向かってくる。

 

「……やり残したことは、もうないか」

 

 おそらく、隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)を使えばまだやれる事はある。試したことはないが、敵兵を押し潰して殺すなんてこともできるかもしれない。

 

 けれどもう、そんなことはどうでもよかった。水晶のように透明な愛盾を()で汚すことは、なんとなく、違うような気がしたから。

 

 それに、そんなことをすれば自らが滅ぶような。そんな確信めいた予感が、アンヘルにはあった。それでも、試す度胸があれば良かったが。

 

(結局、国より自分を優先、か)

 

 最後まで、自分勝手なものだ。

 

 それでも……自分から死に行くことぐらいは、できる。助かる確率は0でも、ウルクを襲う人員を限りなく減らせば、無理な進軍ではなく撤退を行う可能性だってある。

 

 

「……行くぞッ!」

 

 未だ先も見えない人の群れへと、アンヘルは愛盾を手に身を投げ出した。

 

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 戦闘開始から一時間が経過していた。

 

「ぐぅぅっっ……おらぁぁあっ!」

 

 構えられた盾に、剣が、槍が、槌が、振り下ろされる。それらの衝撃をある程度体術で逃し、仕返しとして身の丈程の盾を振り回す。それは重量のある単純な質量爆弾となり、周囲にいた十数名を吹き飛ばした。吹き飛ばした兵士はまた別の兵士に激突し、ドミノ状に隊列が崩れる。

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

 崩れたところに追撃する形で盾の追突。味方と盾に押しつぶされた何人かが嫌な音を立てて崩れ落ちる。

 

 が、足りない。まるで海からスプーンで水を掬い上げたかのように、瞬く間にその穴を別の兵士が埋める。何度も、何度も、何度も。繰り返し盾で守り、盾で弾き飛ばし、その分新しい兵士に全方位から攻め立てられた。

 

 対一の技能などほぼ参照されない、無慈悲な団体戦。蹂躙と戦闘の狭間を綱渡りしているようなもので、アンヘルの普段やっていた強敵と一対一という状況とは全く異なっていた。

 

 息つく暇もない猛攻が何度も、何度も、手を替え品を替え繰り返される。時には槍で距離をとられ、時には弓で射られ、そして時には魔術で焼き焦がされさえした。

 

 本来の目的、ウルクへ侵攻させないことはある程度の意図()の操作と元々のヘイト集め、そして魔力が回復した端から使うルーンでなんとか達成できているものの、多勢に無勢も良いところ。時間の問題であることは明白だった。

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 一瞬、ほんの一瞬。敵のフェイクに引っかかった。普段なら意にも介さないような雑な代物。しかし、長い戦闘時間と切れかけた魔力がアンヘルの集中力を奪っていた。振り翳した盾が込められた力の行き先を失い、空気だけを押し出した。

 

 

 

 ──そしてその一瞬は、集団戦争時であまりにも大きすぎる隙となる。

 

「ヅッッ……!ぁああ゛あ゛あ゛!!」

 

 まず、足が槍で貫かれた。じわり、と血が漏れ、痛みでほんの少し硬直してしまう。瞬間、抵抗が無くなったのを理解したのだろう、背後から大量の鋭利な金属が殺到する。

 

 悲鳴じみた雄叫びで迫る鈍色の束を振り払ったが、弾ききれずに数本が腕に突き刺さった。あまりの痛みで、体が燃えているような錯覚を覚える。

 

「ッッせぇ……ああああッ!」

 

 一閃。ジクジクと痛む足と腕を無視して、周囲の人間を薙ぎ払う。何十度、何百度かもわからない行動に、頭がおかしくなりそうだった。

 

 ……それでも。

 

 ──もしも、エルキドゥなら。

 ──ギルガメッシュなら。

 

 

 

「……せぁぁあああッ!!」

 

 絶叫して、新たに来た軍団を迎え討つ。

 

 ……が。周辺を赤く染めるほどの血を流し、足に思うように力の入らない一撃は、集団戦争において鈍重が過ぎた。決着の瞬間は、突然に訪れる。

 

「ッッ……!」

 

 ずぶり、と。嫌な感覚が腹部に走る。初めは1つだったそれは、次第に2つ、3つと増え、焼け付くような熱を持ってアンヘルを襲った。

 

 剣が刺さった、と気がつくのにどれだけの時間を要したか。気がつけば身体に突き立つ金属は十を超えていた。生きているのが奇跡。それでも盾を支えに立つアンヘルを、敵の剣は無慈悲に貫く。

 

「……ぁ……」

 

 弱々しく漏れた声が悲鳴だったのか、アンヘルにはもうわからなかった。残ったのは、延々と漏れ続ける血液と、意識を留まらせる痛みだけ。

 

 全身の力が抜け、後ろにふらりと倒れたが、貫通した剣や槍がつかえて途中で止まった。

 

 その姿は、天の者が地上に縫い付けられる厳かな処刑が如き神秘性を持って、最後の時まで敵兵の足を遅らせた。

 

 

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「チッ……ガキが。手間取らせやがって……。おい!損害はどの程度だ?」

 

「死者は、三万と少し。負傷兵は軽症の者を合わせて二万を超えるものであるかと……」

 

「壊滅、か……たった一人で、やってくれたな。まさかこんな秘密兵器を隠し持ってるたぁ……流石、英雄王ゆかりの地といったところか。雁首揃えて来た甲斐もあったってもんだ。全く……こんな魔境に踏み入って、ガキまで殺して、お上の方は何やりたいんだか……」

 

 声が、遠く聞こえる。ぼんやりとした意識の中でそれだけ考えた。微睡み、と呼ぶにはいささか平和に欠けていて、身体中は痛みやら熱やらで生きているのが不思議なくらいだった。それでも思考は嫌に冷静で、己に死が迫っているのがよく分かった。

 

(ぁ……痛いな……それに……凄く、眠い……)

 

 踏ん張ろうにも、身体は言うことを聞かない。ルーンで回復しようにも手遅れだ。それに、魔力ももう尽きた。

 

(……王様……約束、守れないや……)

 

 横目に見れば、敵軍は被害の確認をしつつもウルクへの侵攻の準備を進めていた。もしかしたら撤退するのではないかと淡い希望を抱いたが、アンヘル以外に戦力がいないのはバレているようだった。この調子では、数時間もすれば進軍が再開されるだろう。

 

(ごめんね、クリフィ。最後まで、君の力は使いこなせなかったよ……)

 

 愛盾は、幾多の戦闘で汚れこそ付いていたものの、それでも輝かしく地面に突き立っていた。この盾の能力を、アンヘルはまだ完全に使い切れていなかった。きっとアンヘル以外の誰かに使われて、いずれ十全に使いこなされるのだろう。

 

(大口を叩いてこれか……情け、ないなぁ……)

 

 思考も纏まらなくなってきた。身体から出る血液と、変化し続ける体温だけが感覚に残る。意識は靄がかかって、目を開けていられない。肉人形(ホムンクルス)でも腹に穴が開けば死ねるのだろうか。なんて悠長に考えた。

 

(凄く、冷たい……冷たい……冷たいよ……)

 

 剣の突き刺さった腹部は熱いのに、身体は芯まで冷え切っている。血液が脈動すると共に、体温が漏れ出ていく。

 

 

 もう、自分が何を考えているのかすら分からなかった。スローモーションになった世界で、感情が次々と浮かんでくる。その中で最後に口から漏れたのは……

 

「死に、たく、なぃなぁ……」

 

 この五年で枯らしたはずの涙を垂れ流しながら、アンヘルは意識を暗転させた。

 

 

 

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 ──気がつけば、そこは宇宙だった。

 

 ふわり、ふわりと、はっきりしない意識で、星の海を揺蕩う。

 

(何、してたんだっけ……?)

 

 考えている間にも、身体は深く、深く。宇宙の奥へと落ちていく。飲み込まれるような勢いに逆らうこともせず、少年は諦めたように流されていた。

 

(……どうでも、いいか)

 

 酷く、疲れている。喉の奥が焼け付くように何かを叫ぼうとしていたが、そんなこともどうでもよかった。今はただ、泥のように眠っていたい。このまま、意識と共に命が呑まれてしまったとしても───

 

 

『……?』

 

 誰かが、少年の名前を呼んだ気がした。微睡みながらも、ぼんやりと意識が引き戻される。

 

 ……。

 

 呼ばれている、誰かに。

 

 声が、背後から聞こえた気がしたから。少年はゆっくりと後ろを振り向いた。

 

 はたして、そこには何もなかった。ただ、無限に広がる暗闇と星があるだけ。

 

『……あれ?』

 

 顔を戻すと、そこに広がっていたのは宇宙ではなかった。いつの間にか立っていて、地面はフカフカの絨毯が敷かれている。

 

 その中央。眩しい純金で出来たベッドで、誰かが寝息を立てていた。白金の髪をもつ、幼稚な子供。

 

『……これ……僕?』

 

 自分が、自分を見下ろしていた。あまりに矛盾した状況だったが、しかし否定のしようもなく、少年本人から見ても、目の前の子供は自分だった。心なしか、今の自分より幼げに見える。

 

(あぁ、そうか。これは──)

 

「何故、何故!この高貴たる(オレ)の寝室に、出自も分からぬ雑種(ざっしゅ)如きが紛れておるのだ?」

 

 自分が、初めて王様と会った日だ。

 

「どうしたの、ギル。そんな声を荒立たせて……ん?」

 

 続けて入ってきたのは、翡翠色の髪を靡かせた親友、エルキドゥ。確かこの時、自分はもう起きていて、二人ともそれに気がついていたんだったか。そして、エルキドゥに脅されながらも、文官となる運びになった。

 

 

 再び、場面が切り替わる。今度は夜。執務室で、いつものように……けれど今ほど自分を追い詰めず、自分が仕事をしていた。

 

「こんばんは。いや、この時間だとそろそろおはよう、かな?こんな時間までやってるとは、勤勉も甚だしいね」

 

 そう。そして、深読みしたエルキドゥが自分に間者疑惑をかけ、殺されかけたのだ。あそこで大号泣してしまったのは恥も恥だったが、結果的にそれで助かったので良かった。

 

 

 次々と、場面が変化していく。

 

 大広間での戦い。クリフィと初めて会ったのもこの時。王様が乖離剣を抜いた時は死んだと思ったけれど、相棒のおかげで、なんとか防ぎきることができたのだった。

 

 冥界での冒険。意識はほとんど無かったけど、改めて見ると最初から宝具を全力で放つのは容赦がなさすぎるだろう。……自分が人外だと知ったのは、この後だった。

 

 香柏の森でのフンババ討伐。王様がここで怒ってくれたことが、自分を対等に見てくれたみたいで少し嬉しくて。二人の足手まといじゃなく、仲間として戦えたのが何より嬉しかった。

 

 他にも、グガランナを一方的に制圧したり。王様とエルキドゥの人気が上がりすぎたせいで国中の男がクーデターを起こしかねなかったから、自分も含めて三人で女装したこともあった。

 

 どれも大切で、懐かしい思い出だ。

 

 そして──場所は、病室へ移る。

 

 

「これが最後のお願いだ、────。頼む。ギルを、ひとりにしないであげて。例え僕の価値がそれで失われたとしても。……人は、一人じゃ生きられない」

 

「いいさ。最後の最後に、わがままを言ってくれて、嬉しかった。エルキドゥ、君は僕の、最ッッッ高の親友だ」

 

 

 

『お前の友達が一人だけなんて、そんな寂しいことは、二度と言うな!!ここにいるみんな、お前の友達だッッ!!』

 

 この時は、嬉しかった。エルキドゥの願いが叶ったのもそうだったけど、自分の思いが誰かに届いたという事実が、これ以上なく嬉しかった。そして、国民全員が、王様の友達になったのだ。

 

 次は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブツリ、と。

 

 テレビの電源が切れるかのように、目の前が真っ暗になった。先ほどまで聞こえていた歓声も、喧騒も、何一つ、聞こえない。ただただ穏やか静寂は、先の光景を見ていた少年に現実を見せるには、十分なものだった。

 

『そっ……か。僕、死んで……』

 

 先ほどまで見えていたのは、噂に聞く走馬灯。全て無価値な幻で、無意味な理想だったのだ。

 

 都合のいい現実は、終わった。成長していけば、夢ばかり見ていることは否定される。ウルクがそうして衰退していったように。────としての理想物語は、ここで幕を閉じたのだ。

 

(……あれ……おかしい、な)

 

 思い出せない。何度思い返しても、それだけが、思い出せない。

 

 

 

「……僕の名前って……何だっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ひぐっ…ああぁぁぁ!』

 

 誰かが、泣いていた。

 

『王様、エルゥゥ!』

 

 少年だった。弱かった頃の。幼くて、無力な。

 

 まだ、戦いどころか政治すらしていなかった自分。

 

『お父さん……!おかあさぁぁん!』

 

 何も持たなくて。歴史も、家族も、他の人が当たり前に持っているものを、一つとして持っていなくて。他の人が持っていないものを、自分だけが持っていた。

 

『こんなの……あんまりだよ!』

 

 いつか嘆いたその言葉が、自然と口から漏れて。

 

『たす…けて…』

 

 何をするでもなく、停止した。その場に崩れ落ちて、えんえんと泣きじゃくる。

 

『誰か…助けてよッ!』

 

 

 懇願の悲鳴は、どこにも届かず潰えて。光は、差さない。

 

『うぐっ、ぐす……あぁぁ!!』

 

 

 無意味。無価値。目の前の軌跡は、そう表現する他ない。

 

 名前すら思い出せないその少年の人生は、何の役にも立たなかった。ただ、目に見えない何かをなぞって。

 

 何もできずに、何も変えられずに。

 

 結局、何かをするでもなく、ただただ、終わったのだった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『違うだろ』

 

 声が、降ってきた。暗闇の中で(うずくま)ってしまった少年を、眩しく、暖かな光が照らす。

 

『名前が重要なんじゃない。それまでに積み上げてきた、歴史が大切なんだ』

 

『……だれ?』

 

 射してきた光に縋るように、少年は歩き始める。何故歩けるのかなんて。そんなことは考えもしなかった。ただただ、光のある方へ。頭に響く声を頼りに、歩き続ける。

 

『君の夢は、理想論だったのかもしれない。都合のいい現実擬きだったのかもしれない。でも……それが無価値なんてことは、絶対に無いんだ』

 

 ……落ち着く声だった。優しい声だった。ずっと昔に、こんな声を聴いたことがある気がして。

 

 ひたひたと、暗い闇を掻き分けるように、ただ、ずっと待ち望んでいた、光の射す方へと。

 

『理想論に絆されて君がしてきたことは、確かに現実だ。そしてそれが及ぼした影響は、決して夢や幻なんかじゃない。救われた人は、きっと何人だっている』

 

 ──少年は、感謝されたことがあった。ウルクの住民を助けた時。相談に乗った時。人の仕事を代わった時。或いは……友の願いを、叶えた時。

 

 決まって、感謝されたのだ。『ありがとう』と。何気ない、優しい言葉をかけてもらった。

 

『それが証だ。君は人を……友を助け、共に道を歩んできた。その君の生き方が、死んだからなんて理由で邪魔されていいはずがない』

 

 思い出したかのように体の底から湧き上がったささやかな熱が、少年の胸にストンと落ち着いた。暗闇で凍えた手の、足の、体の氷が、融けていく錯覚を覚える。

 

『君に救われた人は、必ずいる。その生が無価値になるなんてことは、絶対無い!』

 

 地を踏みしめるように歩いていたのは、いつしか疾走に変わって。何もない白い道を、がむしゃらに走り始めていた。

 

 光のある方へ。声の聞こえる方へ。……友の、いる方へ。どれだけ足が疲れても、走り続けた。眩しい光が、目一杯になるまで。

 

 

『だから!君の、大切なものを!君自身を、守り通すために!』

 

 

 

 手が、引かれた。

 

 手によってではない。無機質で、無骨で、冷たくて……優しい、その感触。懐かしい音が、妙に響いて。シャラシャラと、鈴のような音色がフラッシュバックする。

 

 

 

 

 風に靡く緑色の髪。陶器のような白磁の肌。そして……(しろがね)のように、美しく輝く天の鎖。

 

 

「エルッッッッ!!」

 

 

「さぁ、立ってくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───アンヘル!

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 ……体が、軽かった。

 

「……まだ」

 

 痛くて。熱くて。苦しくて。それでも体は、なぜか十全に動く気がした。

 

 すぐそこで休憩していた敵兵達が、信じられないというような目でアンヘルを見る。当然だ。つい先程刺し殺した相手が、確実に致命傷を負っている相手が、まだ起き上がろうとしているのだから。

 

「……まだ、死ねない……!!」

 

 手には数本の短剣と細剣。足には多数の槍。そして胴には、十数本もの大剣を突き刺されながら。それでも、アンヘルは地面を踏みしめた。

 

(何を、楽になろうとしていた……!)

 

 ここでアンヘルが死ねば、敵兵は間違いなくウルクの民を殺す。虐げる。防衛の手段をなくしたウルクは為すすべなく、敵国に滅ぼされるだろう。

 

 もし、そうなれば……

 

「誰が……王様と一緒にいられるっていうんだ……!」

 

 友のために生きる。それは、人のために生きた親友に()った、アンヘルの定めた生き方。

 

 アンヘルは、託されたのだ。エルキドゥに『ギルガメッシュを一人にしないでくれ』と。そして、ウルクの民が殺されれば、ギルガメッシュが友と呼んだ人間は、全員世界からいなくなることになる。

 

「死に際の約束が守れなくて、何が親友だ!」

 

 吼えたてる。獣のように。自分を奮い立て、心を強く保つ為に。……自らの立てた誓いを、守り通す為に。

 

「僕は、アンヘルッッ!!偉大なる原初の魔神、始まりの子にして、聖杯の巫女の血を引くもの!そして──」

 

 家臣……ではない。思い出せ。

 

 己が行動を。

 

 

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『そして、僕の名前だって……』

 

 最後の一ページに、でかでかと『アンヘル』の名を書く。これで、『英雄王のお友達希望者一覧』は完成した。

 

『ここにある!』

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 己が本音を。

 

 あの時声に出さなかった、出せなかった思いを。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 あぁ、どうして、僕は……

 

『……そう。じゃあ、行ってらっしゃい。きっと、帰ってきてね。友達はみんな、王様のことを待ってるんだから』

 

 この時、王様に言わなかったのだろう。

 

 

 

 

 

『その時は、きっと──』

 

 

 

 寂しい、行かないで、と。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 今、吐き出せ──

 

 

 

「神々に造られし天の鎖、英雄王ギルガメッシュ、二人の友達!!そして一人じゃ寂しくて何もできない、惨めで弱い子供(ガキ)の名前だ!!」

 

 

 

 自棄(やけ)っぱちで決まらない叫びと共に、側にあった隔絶すべき絶望壁(愛盾)を引き抜く。敵が唖然としている隙に、その包囲を突っ切って……ウルクの方へと。

 

 

「なっ!?に、逃げるぞ!捕らえて殺せっっ!!」

 

 敵将の声で意識が戻ったのか、周囲の兵が一斉にこちらを向いた。手に持った得物で、こちらを殺そうと殺到する。

 

「……天の鎖(エルキドゥ)!!」

 

 ギラついたその眼球共を、槍のような鎖が一斉に貫いた。周囲の生き物という生き物を串刺しにして、悲鳴の嵐と鮮血の雨を巻き起こす。戦場に芽生えた金と銀が、幻想的な美しさを放つ。

 

「まだ武器を隠し持って……!」

 

「武器じゃない!これは、僕の友達だ!!」

 

 そう。アンヘルは、受け取っていた。エルキドゥが死ぬその間際。病室で、エルキドゥの半身を。何故、今の今まで忘れていたのだろうか──

 

 鎖に気を取られた兵を盾で吹き飛ばし、貫き、払いのける。止まらない。体に友を纏ったアンヘルは、何をしても止まらなかった。

 

 これだけの惨状を作り出したアンヘル達に恐怖した兵が、一人、また一人と、ウルクへの道を開けていく。その間を、全速力で駆け抜けた。

 

「それで……逃げる?違うね!」

 

 兵の群れから抜け出したアンヘルは、勢いざまに盾を大量のビットへ分解する。本来……否、今まではバリアを張る為だけに使ってきた機能。だが、アンヘルには愛盾の使い方が、もう手に取るようにわかっていた。

 

「宝具ッ……展、開!隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)!!」

 

 空彼方へと散っていったビットたちが、透明な壁を作り始める。ドーム状に展開されたそれは、物の見事に七万の兵士達を世界から隔絶させた。

 

 未だ状況を把握できていない兵たちに、また敵将が指示を飛ばしている。どうやら、バリアを突破するつもりのようだ。それぞれが武器を構え、張られた壁へと武器を打ち付けている。

 

 

 

「あとは……落ち着く、だけ」

 

 すぅぅっと、息を吐いて。大きく吐く。傷の痛みを鋭敏に感じるが、それを無視して心を穏やかに保つ。

 

 敵兵は、未だ壁を破れていない。当然だ。あのフンババが力を込めて、漸く一枚破壊できたバリア。人がいくら群がっても、まさか数万人の力がそのまま伝わるわけでもない。二、三分は、これを破ることはできないだろう。

 

(──力を、貸してね)

 

 天の鎖に。あるいは隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)に。呼びかけるようにして、遂に。

 

 その詠唱は、始まった。

 

 

──蕩け、彷徨い、放浪し

 

 

 これは、人を傷つける技ではない。しかし、人を守る技でもない。

 

 

 

 人を───

 

 

総てを、無垢なる泡沫へ

 

 

 無垢へと戻してしまう、禁忌だ。

 

 

 ずっと、考えていた。どうすれば、争わなくて済むのか、と。

 

 アンヘルの優れた頭脳は、結果として、最低最悪で、簡潔な解答を齎した。

 

 

 

 隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)の能力。それは、恐るべき硬度のバリアを複数展開することによる空間支配……ではない。正確には、それだけではない。

 

 孤独な者(アイソラレータ)は、傍観者故に、全ての心を見透かしている。全ての心を、掌握している。故にこそ、その想いの総てを統合することができた。

 

 つまり、隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)の真の能力は、アンヘルの言うところの(イト)を、共鳴させることにある。バリア(領域)内の意図(イト)を集め、一つにする。要するに、大量の人間を思いのままに操り、洗脳するための宝具なのだ。

 

 この盾の前持ち主は、この盾で総てを見た。総てを見て……人という生き物の醜さに、絶望した。そうして捨てられた盾は、人の心を蕩けさせ、神代を彷徨い、世界を放浪し、結果として、英雄王の蔵の中へと落ち着いた。……一人の無垢な少年に、出会うまでは。

 

(嗚呼、この人達の心は……穢れている)

 

 (イト)の出ている心。毛糸玉と形容してもいいそれは、人それぞれに色が有った。それは本来個性と呼ばれるものであり、感情と呼ばれるものであり、人が生きていく上で培っていくものである。

 

 それを─

 

此れなるは力の原初

 

 ()()()()()()()()()

 

清濁呑み込む堕落の世界

 

 

 どんな人の在り方も。どんな人の思いも。総てを穢れとして見たて、無垢な代物に変えてしまう。それこそが……アンヘルと隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)の行き着いた、最後の切り札。

 

 

穢れし心は、帰還せよ!

 

 

 総てを、儚い泡沫へと。崩れやすくも、美しい。あの微睡みの中へ。

 

 体は、もう限界など超えていた。目を閉じればもう起き上がれない自信があるし、体の傷はもうどうしようもないほど開ききっている。生きているのが、不思議な程に。

 

 

 

 

 ───あぁ、そうだ。もし、名前をつけるとするなら。

 

 あの名前を、借りるとしよう。

 

煌々と輝く、始まり(開闢)の星。

 

 

星の息吹を束ねた、究極の一撃。

 

 憧れでしかなかった、あの名前。

 

(あぁ、それが、いいな──)

 

 弱虫の強がりだけど。それでも、いいなら。

 

 アンヘルは、その名を口にする。

 

 

原初帰還/(エヌマ・)

 

 

 

 

 

 

 

 ねぇ、王様。僕、頑張ったよ。

 

 頑張った。頑張ったから──

 

 

 

 

 

 

無垢の泡沫(エリシュ)ッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 ──きっと、帰ってきてね。

 

 

 

 その日、ウルク近くの平原。後に『始まりの地』と呼ばれる場所で、淡く、優しい光が弾けた。その瞬きを感じ取ったのは──

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「…………?」

 

 

 奇しくも、ギルガメッシュ一人のみであった。




アンヘル
シールダー キャスター バーサーカー(New)
サーヴァントにクラス適正が追加されました

第ニ宝具
 原初帰還/無垢の泡沫(エヌマ・エリシュ)
 * ランク:EX
 * 種別:結界/対結界宝具
 * レンジ:0〜999
 * 最大捕捉:70000


宝具、隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)の真名開帳と共に生まれる絶対的な防御。どちらかといえば宝具名ではなく、技名に近い。

マシュのいまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)が守りを固める宝具であるならば、こちらはその対極。いかに敵の力を削ぎ、受ける損害を減らすかに重きを置いた宝具である。

魔神の能力と隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)の能力を共鳴により最大限に引き出し、自身の心象結界をバリアの範囲内にいる相手にのみ再現。この影響を受けたものは、アンヘルの起源『原初』と『無垢』の影響を受け、心象や感情といったものを一時的に「穢れを知らなかった時代」のものに戻される。よくて数日廃人、悪ければ精神年齢が赤子で一生固定になる。要するに当たっても死なない無差別起源弾。

魔力による抵抗によってある程度の緩和は可能であるが、完全な抵抗は不可能。敵が心象結界などを発動していた場合、発動者を対象にとっていれば、その心象すら無へ還して強制的に解除させることができる。

結界宝具や英霊に対しては無類の強さを誇るが、パッシブ系の宝具や『アンヘルが宝具を使う前に発動されている宝具』には滅法弱く、ギルガメッシュのような発動する必要のない宝具を連打してくる相手にも太刀打ちできない。

次回予告


『私は、あなたを許せない。けれど、これが彼の望みですから』
『あ、れ?おぅ……さ、ま。おか……ぇり』
『なぜだ!?なぜなぜなぜなぜ、何故ッ!?』
『こら…泣くな…』
『…みんな、友達だから、な』

最終話 親友

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