正直言いたいことは有り余ってますが、それは野暮ってものでしょう!
しめて13000字です!どうぞ!
この身体の半分は作り物で。人でなしで。
こんなことを願うことすら、罪なのかもしれないけれど。
それでも、もし。こんな僕にも、願うことが許されるのだとしたら。
愛おしく小さなこの世界に。
眩しいほど暖かくて。
穏やかな安らぎに溢れた優しさが。
どうか──
永遠に、満ち足りていますように───
ギルガメッシュの苛立ちは、頂点に達しかけていた。五年という年月をかけ、しかし史実よりも何倍も早く手に入れた、不死となる草。
黄金の理想都市こそ見つからなかったものの、願望が叶わんとするその寸前。横から狡猾な蛇に奪われてしまったのだから。
そして、不死の草を蛇に奪われながらもどこか納得していた英雄王は、仕方なく故郷へと戻ることになった。
実のところ、彼は半分諦めていた。いくらアンヘルがオーバースペックといえど、国の管理を丸々行うのは至難の技だ。極め付けに、王がいないと来た。代用の王を立てようと、その
渋々。渋々ながらも、諦めてはいたのだ。五年間自分がいない状態でウルクを守るなど、とてつもない無謀であると。例え他の国に都を移していようと、仕方がないと。
そんな英雄王が、故郷に戻って見た光景。概ね予想通り、あるいは……史実通り。
荒廃し、廃墟となったウルク市街──
「……ほう。童、やるではないか」
自身が出立してから何も変化のない……人々は平和に暮らし、通りは賑わい、見回りが巡回する……正常なウルクであった。多少なり構造は変わっているが、なるほど。アンヘルのウルクを保たせてみせると言う言葉に偽りは無かったわけだと感嘆する。
きっと、いくつもの無茶をしてきたのだろう。ギルガメッシュは自身の予想が外れたことに心底驚いていた。
「全く!これが嬉しい誤算というものだ!これは
……む?」
久々の故郷を見回ったギルガメッシュはあることに気が付いた。長年ここで育ってきたギルガメッシュならではの、些細な違和感。ほんの少しの引っ掛かり。
『民の目が死んでいる』
大人のほとんどが目を伏せ、確かに通りも賑わってこそいるが、どこか義務的。では暗示の類にかかっているか、と言えばそういった兆候も無い。子供の目は明るいことから圧政や独裁の類にも見えず、平和だと言うのに雰囲気は葬式の時よりも酷かった。
「……王……?」
ふと、己を呼ぶ声にギルガメッシュが反応する。そこにはシドゥリ、と呼ばれていた女性。数年が経ち、妖艶な雰囲気を醸し出す美女となった彼女が、信じられないという表情でこちらを覗き込んでいた。
「ん、貴様は確か祭祀長の……。あぁそうだ。王の帰還である!」
「……」
高らかに宣言する。ここが己の領土であると、己がこの地の王だと。
変わらないと考えていた、理解したつもりだった。千里眼で確認するまでもなく、当然の常識である。
だからこそ、分からなかった。目の前のシドゥリが絶句している意味も、国民の目が全てこちらを向いている訳も。
とある騎士が如く言うなれば『王は人の心が分からない』。文字通り、英雄王は分からなかった。数年間の状況を知らなかった事実は、あまりにも大きすぎたことを。
「……は?」
ギルガメッシュは、何をされたのかわからなかった。目の前の人物がそんな短慮ではないと知っていたから。そんなことをする人間ではないと知っていたから。……知った気に、なっていたから。
「ふざけないで下さいッッ!」
静寂に響き渡る音と、振り抜かれた手。そして自身の頰の熱を以ってして、ようやくギルガメッシュは理解した。目の前の女性が、シドゥリが、自らの頬を張ったことを。目の前の彼女は、見たこともないぐらい息を荒げて。らしくもなく、激昂していて。
「どうしてですか!?どうして、どうしてッッ!!
わからない。ギルガメッシュには、何もわからない。ただ呆然と、立ち尽くすだけ。目の前でシドゥリが泣き崩れている意味も、騒ぎを聞きつけた周囲の国民が、彼女を心配しながら当然だと頷いている意味も。すべてに、理解が追いつかない。まるで、何も知らない異国へ迷い込んでしまったかのような錯覚。
「何、を?」
反撃など、思いつきもしなかった。シドゥリと暴力という、あまりにもかけ離れた二つのものが混在している目の前の状況が、ただただ信じられなかった。
「……シドゥリさん。あんたの気持ちは、あたしらにもよくわかる。だが……」
均衡した状況を破ったのは、一人の老婆だった。そう、確か……花屋を営んでいるとかで、
「……そう、ですよね……」
「なんだ?何を、言っている……?」
いや、そもそも。そもそも、だ。この状況はおかしい。このあたりに、人だかりができている。それも数十ではない、数百人単位の群衆。そんなものがあるなら、
「…………おい、童は?奴は……アンヘルは、どうした?」
ギルガメッシュの思考は、最悪の結論を導き出そうとしていた。見当たらない彼。泣き崩れるシドゥリ。自身を取り巻く市民の目。全ては、そう考えれば辻褄があう。あってしまう。
そしてギルガメッシュの優秀な頭脳は、無情にも正解をはじき出す。
「……」
沈黙。それこそが、答えに他ならなかった。誰も、何も言わない。ただ悲しそうに、目を伏せるだけ。
「……何が、何があった!?シドゥリ!」
其れは英雄王にあってはならない激情だった。激昂したところで、何も変わらない。そう知っていても、ギルガメッシュは声を荒げざるを得ない。
アンヘルが。あの純朴な少年が、どうなったのか。その疑問だけが、狂ったように頭を回り続ける。
「……続きは、王城で。……アンヘル
その声に、どれほどの苦悩と逡巡が込められていたか。絞り出すようにして発された声が、王城へと続く道を塞ぐ市民を退けた。
立ち上がった彼女の表情は、黒いヴェールで覆われていたからか。ギルガメッシュは、またもわからなかった。
王城は、極めて静かだった。あれだけ指示を飛ばしていた少年の姿は見当たらず、目に隈を作った文官達がひそひそとこちらを覗き見ている。五年前にあった居心地の良さは、嘘のように消えてしまっていた。
「……これだけ、言わせていただけますか」
階段を登る道中、シドゥリが初めて口を開いた。何か言おうと口を動かそうとしたが、思うように動かなかった。仕方なく、無言で続きを促す。
「私は、あなたを許せない」
キッと。穏やかな表情の似合っていた彼女に、そう睨みつけられる。眉間のシワは、長年そうしてきたかのように板についていた。
「正直、帰って来ていただかない方が、私には良かったかもしれません。…………けれど、これが彼の望みですから。それだけは、覚えておいてください」
階段が終わり、最上階のとある一室の前で彼女はそう念押しした。ギルガメッシュには、選択肢などない。ただ、目の前の扉の先の光景が知りたかった。
ギルガメッシュが頷くと、シドゥリは迷う表情を見せながらも、扉を開いた。ゆっくり、ゆっくりと。
その時間は、永遠。扉の先から漏れた光はあまりに遅く、しかし時間は、ただ平等に過ぎていく。一瞬の永劫。その先に、広がっていた光景は───
「……は……?」
思い出す。忘れもしない、五年前。デジャヴと言ってもいい。風が吹き、友の髪を揺らす、あの病室。その情景に、目の前の光景は酷似していた。
簡素な、部屋だった。あるのは、机、窓。そして、壁際に置かれた寝台。
のろのろと、寝台へと向かう。そこに眠る彼が、いないことを祈って。都合よく、誰もいない布団であることを思い描いて。
「……ぁぁ……」
そこで、眠っていたのは、目を、閉じていたのは。
「……アン、ヘル?」
紛れもなく、五年前に笑顔で送り出してくれた、あの少年。自分を一人にしないよう、国中を駆け回った、あの少年。共に旅をし、共に笑い、共に冒険し、時には自らを叱った、あの少年。五年前と容姿も、身長も、ほとんど変わっていない。
見間違えもしない、白金の髪。この辺りでは珍しく美しい髪は、命を失ったかのように、傷んで、霞んでいて。弱い呼吸は、彼の命がもう尽きかけていることを、示しているかのようで。
「……おい、起きろ」
問いかけに、返答は無い。ただ、あまりにも重すぎる沈黙が流れ続ける。
「アンヘル、起きろ」
今度は、名前を呼んで。滅多に呼ばなかった、彼の名前を呼べば、きっと、いつものように起きると信じて。
……返答は、無い。
「……頼む、起きてくれ」
また、何気ない声が聴きたかった。軽やかで凛とした、風を思わせる声を聴きたかった。
「頼む……!アンヘル……!」
どれだけ跪いて懇願しようと、アンヘルは一向に起きる気配がなかった。死んでいると言われた方が納得がいくほどに、無反応。人形のような彼の姿が、いっそ皮肉なほどに。
「起きて、起きてくれッッ!!」
返答が、まるでなかった。
「…………何が、あった」
疫病ではない。傷ではない。そんなものであれば、惜しみなく宝物庫の薬を全てぶちまけよう。
神や人の呪いではない。そんなものであれば、イシュタルだろうと今すぐ呪いを解かせに飛べただろう。
違う。全ての可能性を、ギルガメッシュは否定していた。一目見ればわかる。何度だって、何度だって見たことがある。超人だろうと、神との混血だろうと、誰にでも待つ結末。人が人であるがゆえに、生命が生命であるがゆえに、逃れられぬ因果。
そしてそれは…………ギルガメッシュが、超越しようとして、唯一できなかったものでもあった。
「……ギルガメッシュ様、あなたは今があの日からどれだけの時間が経ったか、ご存知ですか」
シドゥリの口が開かれるまで、しばらくの時間を要した。悔しさ、憐憫、怒りなど、さまざまな感情が、入り混じった声だった。
「……五年。そういう
「……いいえ。正確には五年と、
この時代に、カレンダーや時計などという便利なものはない。ただ昼と夜を過ごし、一日を数える。ゆえに、ズレも当然、発生する。五年という長い年月。そして、各地を旅したギルガメッシュであるからこその
結果として、ギルガメッシュは約束の期限を破っていた。たった三十数日。五年という年月に比べれば、あまりに短い月日。
それは、他国にとって十分すぎる時間だった。
「ウルクは、十万という軍勢を前にして、一時滅亡の危機に至りました。しかしアンヘル様は、辛くも。辛くも、撤退させるという形でウルクを守りきったのです。半年のうち
ギルガメッシュは、思い出す。四ヶ月ほど前に、遠い場所で魔力を感じたことを。そして、
「……まさ、か」
「……この数ヶ月の間に、ウルクは襲撃を何度も受けました。抱える兵が3桁の私たちにとって圧倒的な数の差で、彼らは向かってきたのです」
そして、彼らは学んでいた。アンヘルの宝具は脅威でこそあれど、
「アンヘル様の宝具は『停滞』に特化していました。しかし言わせれば。せいぜいが、数十人が使い物にならなくなる程度。痛みもなければ、恐怖もない。数日がたてば、大半の兵士は元に戻りました。……そして、無理な進軍は、続けられて……」
さらに、アンヘルの宝具の『連続で効果を発揮しにくい』という特性が災いする。あくまで精神を崩壊させるのではなく、無垢に還すという効果を発揮するアンヘルの宝具では、どうやっても同じ効果を発揮させ続けることはできない。進軍の間隔は次第に十日、五日、三日と、どんどんと縮まっていき……
その度に、アンヘルが出張った。宝具を発動し、兵の足並みを遅らせ、国を……守り続けた。
全ては、約束のために。既に破られた、相手のいない、空虚な約束のために。彼は、その身を削り続けた。
「ま、待て……そんな、そんなことをすれば……」
かなりの遠距離にいたギルガメッシュが感知できるほど、濃密な魔力を使う宝具。そんなものを短期間に何度も使用して、無事で済むわけが、ない。
「……初めは、嗅覚と味覚でした。次は四肢がほとんど動かせなくなって、次は目が見えなくなりました。耳もほとんど聞こえなくなり、血を吐くようになりました。そして……」
そして、最後に命を削った。自分が明日を生きる力を、全て魔力に回して。未来という可能性を犠牲にしてまで、アンヘルはウルクという国を、命がけで守り続けた。
「……もう、三日も目覚めていません。呼吸も弱くなり、医者曰く、生きているのが奇跡、と」
……納得は、していた。アンヘルの性格は、ギルガメッシュがよく知っている。その状況になれば、先の行動をするだろうということを。兵が一人死んで敵を止めるより、自分が傷ついて敵を止める方を選ぶだろうと。そういう男だと、知っていた、はずなのに。
「……」
もう、声が出なかった。唖然として、深く、深く眠るアンヘルを前に立ち尽くす。
どう、償えというのか。約束を違えたどころか、私利私欲の目的すら果たせなかった王と、自分の命を使い尽くし、叶わないと知った約束を最後まで守り通した臣下。
宝物庫などで、足りるわけもない。どれほど輝く黄金だろうと、目の前で眠る少年の価値とは程遠い。どれほど美しい宝石だろうと、少年の喪われたものの代わりにすらならない。
「……あああ」
漏れ出たのは、慟哭。
「あああああああああ!!!」
頭を抱え、涙を流し、狂ったように叫びながら、絶望する。
何が『英雄王』だろうか。友の一人も守れずに、何が英雄か。死にゆく子供を見守ることしかできないのが、英雄なのか。子供に国を守らせて、結局やってきたことは全て彼の身を削っただけ。
決して。決して、防げないはずがなかった。ギルガメッシュが慢心せずに千里眼を使っていれば。否。そんなことをせずとも、少しでもアンヘルがウルクを無理やりにでも守る可能性に思考を割いていれば。エルキドゥの時のように、防げない道理はなかった。……なかった、はずなのに。
今ならば、理解できる。シドゥリが自分に手をあげた意味も、市民の目が冷たかったことも。
今の今まで何もしてこなかった無能の王が、約束も破り、突然我が物顔で権利を主張し始めたのだ。
さぞ滑稽だったろう。さぞ憤慨しただろう。暴動が起きなかったのが、奇跡にも思える。だれも悔しさに涙しなかったのが、驚異とも思える。
ギルガメッシュは、ただ悔い続ける。『暴君』と呼ばれたのが相応しいように、悶え苦しみ、泣き喚いた。
しかし、暴れ狂うギルガメッシュの涙。その一滴、たった一滴が。
確かに、アンヘルの身体に落ちた。
嗄れた声で。まるで、聞き覚えがなかったから。どこか、懐かしかったから。聴こえないはずの、声だったから。
「……ぁ……」
その声を認識するまでに、数秒かかった。
「……アン、ヘル?」
アンヘルの口が、開いていた。目も、虚ろで焦点こそ合っていないが、開いている。漏れ出す空気が、何かの音を作っていた。
「……アンヘルっ!?」
「アンヘル君!?」
「……ぉぅ、さま……?」
覗き込んだ顔に、ペタリと片腕が触れた。触れれば折れてしまいそうな白磁の腕が、耳から、輪郭を辿って、髪へ。ゆっくりと、確かめるように動く。
長い、永い沈黙の末。アンヘルの口が、安心したように、ほろりと緩んだ。
「……おぅ、さま……だ……」
「……あぁ、そうだ!戻ってきたぞ、アンヘル!」
もう、二度と聴けないかと思った声。暖かな手の温度に、ほんの少し、ほんの少しだけ、安らぎを得た。伸ばされた手を強く握りしめて、必死に呼びかける。
……しかし、歓喜の熱は、意外にもすぐ冷めた。
「…………ッ……!」
アンヘルの目が、ギルガメッシュを捉えていないと気がついたから。
真紅の目は、色を朧げに曇らせて、そこに何も写していなかった。合うはずの焦点は合わず、瞳孔は動くことがない。その目がこちらを捉えることはなく、眼球は居場所を探すかのように動き回っていた。
即ち、アンヘルが視覚を失ったことの、証明。
「……すまない……
再び、後悔の海に沈む。もっと早くに帰ることができていれば。そうでなくとも、不死の草を油断せず持ち帰ることができれば。遠方の魔力を注視していれば。どれかをすれば、彼は救えたはずだったのに。
「……おう、さま……」
非難の声を、受け止めるつもりだった。どれだけ口汚く罵ろうと、アンヘルにはその資格がある。ギルガメッシュには反論する資格がない。どれほどの仕打ちだろうと、ギルガメッシュは重く受け入れただろう。
「……おか……ぇり」
『おかえり』と。乾いた口から紡がれたのは、その一言だけだった。何事もなかったかのように、心から自分の帰還を喜ぶかのように、アンヘルはギルガメッシュの帰りを祝った。
……その事実が、さらにギルガメッシュの心を乱す。
「……やめよ。……
あの日から、五年が過ぎてしまった瞬間。いや、或いは、国を放置してでも旅に出たあの日から。ギルガメッシュは、そんな甘言を受け取る資格を無くしていた。ましてや何かを持ち帰ることもできずむざむざと国に帰ってきた王に、どうして受け取る権利があるだろうか。
…そんなギルガメッシュの頭を。
アンヘルが、優しく撫でた。
「……ね、王……様。僕さ、旅が失敗するの、わかってた」
途方に暮れた、子供のような声だった。
「……なん、だと?」
「……死ぬのはね、凄く、怖いの。暗くて、寂しいんだ。……でもね、『死なない』のは、『生きてない』のと、一緒なんだ」
死と生は表裏一体。死ぬから、生きていられる。生きるという始まりがあるからこそ、死という終焉が存在する。不死といえば聞こえはいいが、それはつまり『死んでいない』だけ。命という輝きは、その日々が限りあるものだからこそ、美しいのだ。
「……だから。不死、なんて。……都合の良くて、残酷なものは……きっと……無いんだよ」
人は……否。人に限らず、生命というものは、弱い。痛みは感じるし、病に罹れば苦しい。体の器官を失えば死ぬし、身体がいくら死なずとも、精神はいずれ壊れる。体が生きていようと、そんなものが生と呼べるものか。
例えギルガメッシュが不死となる草を持って帰ったところで、きっと、アンヘルはそれを受け取らなかっただろう。
……それでも、ギルガメッシュの旅をアンヘルが止めなかったのは──
「僕、実は……さ。王様に……忘れて、欲しかったんだ。エルキドゥのことを」
エルキドゥの葬儀。あの時、アンヘルのとった行動はエルキドゥの願いを叶える行為でもあったが、同時に、エルキドゥの死から目を離してもらいたいが為でもあった。
エルキドゥが死んだことよりも大きい衝撃を与え、死の悲しみを軽減させる。そうすることによって、ギルガメッシュの心の安寧を保つ。……あまりにも杜撰で適当で、アンヘルらしくない策。
「……あのまま、旅に出なかったら、王様は……壊れちゃうんじゃないかって。……何か、行動させてあげないと、ダメだと思っちゃった」
だから、見送った。エルキドゥの死の悲しみを、少しでも薄れさせるために。長く苦しい旅で、ギルガメッシュの心が癒えることを願って。……そんなことが、絶対にないと、心のどこかでわかっていながら。
「……でも、違った。……王様が、忘れられるわけ……なかった。だって、エルが、死んだから、始めた旅……なんだもん」
それに、アンヘルは知っていた。その目標が、絶対に達成される訳がないと。そして結果的にギルガメッシュを傷つけるだけだと、簡単に気がつけたはずなのだ。
「……だから。……王様。気にすること、無いんだよ。これは、馬鹿な僕に……身の程を、弁えなかった…馬鹿な子供に対する……当然の…罰なんだ。……きっと、これも……運命なんだよ」
……まるで、己の死を悟ったかのように。アンヘルは、優しく、そう語りかけた。
「……そうだ、王様。最後に……」
「……やめろ」
聴きたくなかった。
「……ねぇ……」
「……やめてくれ!」
そんな言葉が、聴きたいわけではなかった。
「……駄目、だよ。そんな……」
「……頼むから!」
何が聴きたいかなんて、わからない。しかし、ギルガメッシュが聴きたかったのは、そんな……
「そんなことを、言うな……!……そんな、そんな……今わの際のようなことを、言わないでくれ……!」
「……王、様」
最後なんて、言わないで欲しかった。今までのようになんて、贅沢は言わない。
ただ、生きてさえくれれば。声をかけてさえくれたなら、ギルガメッシュはどんな対価だって払った。どんな試練だって乗り越えた。
「……手間が、かかる王様だなぁ……」
困ったように呟き、ギルガメッシュの涙を指で拭い。顔の向きを、少しだけ横にズラした。
「……いるん……ですよね、シドゥリさん」
目は、見えないはずだが。しかし、顔の向きは入り口で立っているシドゥリを捉えていた。
「……アンヘル、君……」
「……あぁ。……嬉しい、な。……まだ、『君』と……呼んで、くれる……なんて…………」
そういうと、少しだけ安心したように微笑んで。涙ぐむシドゥリに、申し訳無さそうに続けた。
「……どうやら、王様は二人じゃ無いと素直になれない、みたいで。すみませんが、二人きりにさせていただけませんか」
「……それ、は」
とてもすまなさそうに、明確に。アンヘルは、最期のひと時をギルガメッシュと二人で過ごすことを選んだ。
「……シドゥリさん。あの時……僕をエルのところまで、送り出してくれて…ありがとう……ございました。……多分……あれが、なかったら……僕はずっと、後悔…することになっていたと思います」
「……そん、な。……こんな、タイミングで…………卑怯、ですよ……!」
五年。その時が無情にも過ぎ去った日。シドゥリがその場にいないギルガメッシュへ激怒した際、アンヘルはシドゥリを宥めた。『あの王様だからきっとうっかりだよ。いつかは、きっと戻ってくる』と。
その言葉は、アンヘルがボロボロになって戦場から帰ってくる時も変わらなかった。いつしか、親しみは同情に変わって。シドゥリは、アンヘルに敬称をつけるようになっていた。
そして、シドゥリは滅多に感情を表に出さなくなった。誰より、一日中起きていたアンヘルが、一番悲しんでいたのを知っていたから。
その感情が、堪らず目からあふれ出した。五年。止まり続けた五年という月日の感情が、今、動きはじめて、決壊しようとしていた。
「……いいえ。そうでは、ありませんね」
それでも、涙は、拭った。今彼が求めているものは、自分ではないと知っているから。ここで泣き崩れても、彼が困るだけだと、わかっているから。
「……ずっと、歳の離れた、弟のようだと、思っていました。どうか、アンヘル君の満足いく結果に、して下さいね」
「……おとう、と」
これが、最後の挨拶になるだろうと、シドゥリは直感的に察した。だから、後悔のないように。いつも感じていた気持ちを、思いの丈を、言葉にして口から漏らした。
「……そう、ですね。僕も、お姉ちゃんがいたら、こんな感じ……だったんでしょうか。……いや。きっと、シドゥリさんは……ずっと、僕のお姉ちゃん、だったんだね……」
アンヘルも、気持ちは同じだった。思えば、ウルクの中でもアンヘルの過労を怒るのは彼女だけだ。何をしても『あの子だから』で済まされてきたアンヘルにとって、文官の中でも最も親しみを持てる存在。……姉のように、感じていたのかもしれない。
アンヘルは、卑怯だ。きっと、そう言えば彼女が縛られてしまうことを知っていた。……嗚呼、それでも。
気持ちをそのまま口に出すのが、一番の気がした。
「……シドゥリ……お姉ちゃん。今まで、ありがとう。王様のこと、お願い、するね」
「…………ッ!!」
返事は、紡がれない。一言でも喋れば、泣き出してしまいそうだったから。
逃げるように部屋を飛び出して、扉を閉める。取っ手を戻して、体を部屋の外壁に預けた、その瞬間。
「……うぐっ……うっ……」
嗚咽が、堪えるようにして洩れた。必死に堪えていた涙が、頬を伝って消えていく。
酒場の娘から、祭祀長にまでなって。泣いたのは、初めてだった。
「うっ……ぁぁ……」
ただただ、溢すように泣く。
わんわんと、赤子のように泣きたかった。涙を扉に擦り付けて、縋るように泣きたかった。
でも、それは彼の最後の願いの、妨げになるから。
「……うぁぁぁ……!」
静かに、静かに。シドゥリは、涙を零し続ける。
吐息のような泣き声と嗚咽が、廊下へ静かに響いた。
「……泣かせちゃっ……た。……最後の、最後まで……さ」
部屋が、静かだ。外の世界も時が止まったかのように、音を発しようとしない。まるで、アンヘルとギルガメッシュの会話を、待ち望んでいるかのように。
「……王、……様。いった、よ」
次は、お前の番だと。ギルガメッシュは、宣告されたような気持ちになった。……いや、実際、宣告されているのだ。ギルガメッシュも薄々わかっている。アンヘルは、もう数分も生きられない、と。言葉を発しているのが、最後の力を、本当に振り絞っているのだと。
……だが。
「……やめてくれ」
認めたくなかった。どうしても。
「そんな、寂しいことを言わないでくれ」
この言葉を交わすのが、最後だと。これを言えば、アンヘルが死ぬと、直感的にわかっていたから。
「……違う……でしょ」
しかし、アンヘルは応じない。
「……どんなわがままでもいい」
叶えられは、しないけれど。
「喚き散らしてくれてもいい」
同情してあげられは、しないけれど。
「だから…………僕に、君のホントウノキモチを、聴かせて」
この会話が、最後になろうとも。
ギルガメッシュの心の声を、聴いておきたかった。
アンヘルが知るのではない、ギルガメッシュの語る、心の底からの願い。
それを聴かなければ、何も始まらず……
そして、終わらないのだから。
アンヘルの目が、ゆっくりと、閉じようとしていた。
遂に、限界だ。その時が、来ようとしている。
伸ばされている手の力が抜け、意識に蜃気楼のようなモヤがかかって。
鼓動が弱まり、呼吸の音が、小さくなる。
「……嫌だ」
込められた思いは、如何程か。
先程のものとは、全く別のものであったことは確かだ。
「……アンヘル!」
名前を、呼ぶ。
「なぁ、に」
とても、か弱い声で。今にも、絶えてしまいそうで。
「死な、ないでくれ……!!」
握る手に、力がこもった。細い、枝のような腕が、折れることはない。
ただ、その手から、急激に温もりが失われていく。
「……アンヘル?」
「……」
返事は無い。目が、閉じきっていた。
「……何故、だ」
そして───
「何故だ!?」
嘆き。
「何故、何故!何故!何故!何故!何故!何故ッ!我が友は、皆
ギルガメッシュは、半神半人。その寿命は、人からすればあまりに長く。どれだけの人がいようと、その人生は、ギルガメッシュの一生に遠く及ばない。
ギルガメッシュは、その人生を、遠い傍観席から、ゆっくり眺めるだけ。不死を探す旅に出た理由も、或いは──
「……頼むッ!アンヘル!!」
願望。決して叶うことのない、無意味な希望。
「……
泣きながら、懇願する。返事は、ない。
「
必死に、呼びかける。
それでも、手の中の温もりは、急速に喪われていく。掻き集めても、掻き集めても。虚しく、大気へと溶けて。
「一人は、もうたくさんだ!寂しくて、寒いっ!!孤独で、一人は……もう…………こりごりだ!!」
何度も、知った。孤独の辛さは、五年間、何度も味わった。
「だから……
死ぬなッッ!!アンヘル!!」
「…………やっと、聴こ……えた」
「……アン、ヘル?」
目は、開いていなかった。
ただ、出鱈目に出されたであろう手が、ギルガメッシュの目に浮かぶ涙を、優しく拭っていて。
「やっと、言えたんだね、
満面の笑みを、浮かべていた。
これ以上ないと言うような、
「……もう、大丈夫。……正直に……気持ちが言えれば。相手に、伝えられたら。……君は、一人じゃ、なくなる……」
もう思い残すことはない、というような。心の底から、安堵したような。見ているこちらが、安心するような笑みだったから。
「……ね、笑って……?
「……ッ!!」
何も……言えなく、なってしまう。
目から、大粒の涙が流れていた。流れ落ちる涙は、止まらず。何か、胸いっぱいにこみ上げたものを言葉にしなければいけないのに。唇が、これっぽっちも動かなかった。
「……こ、ら。……泣くな、よ。……こっちまで、泣きたく、なっちゃうだろ……?」
アンヘルの目尻にも、涙。なんとか、笑いの表情を崩さずに、笑いながら泣くなんて、器用な真似事。
「……いい、や」
ギルガメッシュは、最後まで、気遣われている。笑って、綺麗に。アンヘルが死んだという傷を残さないようにしているのだと。ようやく、気づいた。
故に──
「泣け。アンヘル」
「……ぇ……?」
せめて、綺麗な終わりをなんて。そんなことを、許すわけにはいかなかった。
「王の……最後の命令だ。思う存分……貴様の、思いを宣え。その生きた証を、この
傷を、遺してもらわないと、困る。一生消えないような、大きくて、深い傷を。
「……正、気?」
「……狂気、かもな」
いつだって、この少年を、思い出せるように。
「……ばか。最後の、最後で……台無しに、して、くれやがって、さ」
「……フン。童の……分際で、この
この少年が、自分のために生きてくれていたと。自分に、尽くしてくれたと。そう、いつの日も、思えるように。
「……死にたく、ない」
執着。生への、望み。
「……あぁ」
手が、再び伸ばされる。離さないよう、しっかりと、握る。もう、随分冷たい。
「死にたく、ないよ!僕…もっと、もっと、もっと…!友達と、一緒にいたい……!一緒にいたいよ……!王、様ぁ……」
彼が、ずっと隠し通していた、心からの思い。五年間、ずっと言えなかったのだろう。縋りたくて、よがりたくて、求めていて。それでも表さなかった、その気持ち。
「……そうだな。…
泣いた子供を、慰めるようにして。ギルガメッシュは、アンヘルを抱擁した。きつく、きつく。あまりに軽いその少年を、確かめるように。
「その怨みで、いずれ、冥界から蘇れ。そして、
「……ぁ……」
恨んでなど、いないだろう。きっと、アンヘルが言いたかったのは、そういうことではないと、理解している。
これは、押し付けだ。最後までわがままな英雄王の、臣下にそう思っていて欲しかったという、願望。生へと縛りつけるための、鎖。
「──そう、だね」
何か、叶えられただろうか。
「……待ってて、王様」
この少年のために、最後の最後で。少年の何かを、楽にすることが、ギルガメッシュにできたのだろうか。
「……絶対、許さないから」
優しい、優しい。紅い瞳を持った、無垢な子供一人に。国を守り通した、大英雄に。何かが、できたのだろうか?
「ずっと、ずっと待っててね」
そこに、涙があった。笑顔が、あった。
美しくは、無かったかもしれない。清々しくは、無かったかもしれない。
しかし──
それは、確かに幸せな…
最高の、ハッピーエンドだった。
どれだけ、泣いただろうか。
どれだけ、死体を抱きしめていただろうか。
「……なんだ。貴様も、いたのではないか」
己を叩いた鎖を見て、少しさっぱりとした笑みを浮かべる。
宝物庫を開けば黄金の波紋へ飛び込んだその鎖は、間違いなく友のもので。
「……む?」
ふと、
「…………戯けめ。こんなものまで、用意してあるとは…」
それは、ペンダント。いつしか、少年が配っていたもの。間違いなく純金で作られた、ギルガメッシュのための友の証だった。
何も言わずに、それを首から下げて。廊下へ繋がる扉を、開いた。
「……もう、よいのですね」
「……あぁ」
それ以上の会話は、必要なかった。少し早い足で廊下を過ぎ、階段へと向かう。祭祀長は、静かにその隣へと付き添った。
「……どうするおつもりですか」
「決まっておろう。王の執務よ。
王様と。最後まで、そう呼んでくれていた少年がいた。彼を迎えるならば、自分が王でなくてなんとするのか。
「民は、反対するでしょう」
「わかっている。それでも、やるしかあるまい」
どれだけ反対されようと、暴力には訴えまい。どれだけ悲しまれようと、共に嘆き、共に進もう。
一通り、やるべき仕事に目を通す。まるで、いつ引き継ぎがなされてもいいように整理された資料に、思わず笑みが溢れた。これなら、何とかなるだろう。
「……みんな、友達だから、な」
噛み締めるように、言い聞かせるように口に出して。玉座に、着いた。
五年ぶりの感覚。五年ぶりの景色だ。妙に、馴染む。
周囲から、ざわめきが起こり始める。時折、怒号が聞こえるのは気のせいではないだろう。
「聴け!
胸にある金の首飾りが、夕日を写して、美しく光った。
「これより、本日の仕事を始める!」
彼の口調に、自分の口調が似ているとは思わなかった。彼らしいことが、できる気もしない。しかし──
「きりきり働け!我が友よ!」
──不思議と、自分が失敗する未来は見えなかった。
これは、ある少年の物語。
貧しい民を、全ては救わなかった。
幾多の戦場を、駆け抜けなかった。
戦果といえば、ほんの僅か。一つの国の人々を、救っただけ。
それでも──
──彼は間違いなく、英雄であったのだ。
これは、物語。
ある少年が、ただ一つの国を、命を賭して守り通した。
ただ、それだけの、物語だった。
本日十時更新のアンヘル君のプロフィールを公開し、本当の完結とさせていただきます。アンケートへのご協力、よろしくお願い致します。
アンヘルとの絆レベルは?
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絆0(公開ステータスが制限されます)
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絆3 (宝具のステータスが制限されます)
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絆5(絆礼装以外のステータスが解放)
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絆10(すべてのステータスが解放)