* ランク:EX
* 種別:対人宝具
* レンジ:──
* 最大捕捉──
本作主人公、アンヘルの宝具。その盾は見るものを魅了する美しさを持ち、何物をも通さない硬さを誇る。ただし攻撃に移る場合はビットとかなく普通に盾の形状で殴る。愛称はクリフィ。
神代の神秘が集まったビット式の盾で宙に浮くため、主に資料置きや懐刀扱いなど、アンヘルによって便利な日用品扱いされている。
ちなみに、当作品ではエレちゃんは最初からツンデレモードです。だってガルラ霊モードって可愛くないんだもん。
私は、とことん運命に弄ばれる。聖杯戦争に参加するその数日前からそう感じた。結果から述べると、殺されかけたのだ。それも自身が召喚したサーヴァントに。
召喚した途端、有無を言わず私に攻撃。令呪を使う暇もなく、私は眩しい光に包まれ、その命を終える───
暫く経って、私は来るべき痛みが来ずに目を開いた。そこには地に倒れ伏し、明らかに消滅寸前となったサーヴァントの姿と、謎の子供が立っていた。
彼は『原初』を名乗った。全ての始まりで、全ての根源である、と。
助けられた自分の状況も忘れて、頭の残念な子なんだな、なんて思った。なんとなく目下にある頭を撫でたら、彼は顔を真っ赤にして怒って。あぁ、凄い力を持っていても年相応なんだな、とも思った。
怖くはなかった。何にせよ、私の生命はそのうち絶えるから。アインツベルンの聖杯としての役割を果たして死ぬか。はたまたマスター失格になったことを本家に知られて死ぬか。どちらにせよ死ぬのだから、恐怖というものはなかったと言える。
しかし、思いの他そこからは順風満帆な生活が私を巻き込む。何せ、その子供は正真正銘の最強。サーヴァントなんて目ではない力の持ち主だったのだから。
マスターとしての権利を失った私を、彼は幾度と無く助けてくれた。ある時は私の魔術だけで戦う術を教えてくれて、またある時は彼自身がサーヴァントとなり、孤独な私を支えてくれることもあった。
満たされていた。幸せだった。拠点もない、メイドもいない、殆ど逃亡に近い生活。美味しいご飯もなくて、暖かいベッドもない。それでも、彼が少し微笑んでくれるだけで、世界の美しさを教えてくれるだけで、それだけで私は幸せだった。
だからこそ、欲した。私は、欲してしまった。人間というものを。
『私』は聖杯戦争を続けていくにつれ壊れていった。聖杯の器として造られた私は、サーヴァントを倒せば倒すほど、人間から遠ざかっていく。味覚がなくなって、触覚がなくなって、たまに意識が飛んだ。
怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖─
暖かさは、私へ幸福と共に死の恐怖を刻みつけていった。消えたくない。死にたくない。まだ彼と共にありたい。──生きていたい。
だから私は、逃げ出した。恐れたのだ。私の事を人間だと思っている彼に、私の醜い本性が、今となっては汚らわしいとさえ思える絡繰の体が知られることを。
当てもなく逃げた。果てもなく逃れた。その結果、行き着いた先で。私は再び、命を落としかけた。
サーヴァントに狙われた。そう思い当たった瞬間にはもう遅く、眼前には死が迫っている。
後悔した。こんな風に死ぬぐらいなら、せめて彼に頼ってから死ぬべきだった。雪の城の奥深くへ引きこもって、僅かな可能性でも生存を勝ち取るべきだったと。
そして、鉄の鏃が私の視界いっぱいに広がって──
『大丈夫、かな?』
私はまた、命を救われた。少年に、彼に、愛しい人に、命を。当たり前のように敵のサーヴァントを倒して、彼は私に手を差し伸べてくれた。
その日の夜は、長かった。全てを語った。生まれて三年の全生を、思い当たる端から全て。そして求めた。救済を。聖杯の器である私が、聖杯でもなんでもない彼に願った。『普通の人になりたい』と。
『うん、いいよ』
そして、翌日。私は聖杯戦争の勝者となり、
「……酷い夢だ」
目が醒める。夢を見ていた。ここに来てからいつも見る、ホムンクルスと原初の少年の話だ。あまりに単調で、夢物語にしろ英雄譚にしろ面白味がなさすぎる。だというに、何故か酷く満たされた気持ちになる。虚しい気分になる。恐らく、自分はこの顛末を知っている。酷く救われないこの話を知っている。報われたこの展開を知っている。これは──
「……やめよ。頭痛が悪化しそうだ」
パチリと大きく瞬きをして目を覚まし、寝台からゆっくり降りる。少し汗ばんだ体も、井戸で水を浴びれば頭ごとスッキリした。
濡れた体を布巾で拭い、棚から士官服を出して身に纏う。いい加減慣れた手順で朝食を済ませ、国に貸してもらった家を出た。余所者だからか王城への道のりは遠いが、元々
「やぁ、花屋のおばあちゃん。調子はどう?」
「あぁ、アンヘルちゃんじゃないか。おかげで最近はなかなか良いよ。こんな老いぼれじゃ手が足りなくなるぐらいにね。アンヘルちゃんも買ってくかい?」
「うーん……僕は渡す相手いないし、やめとくよ。困ったことがあったらまた言ってね。国民の損失は国の損失なんだから」
「お、アンヘル君じゃないか!こないだは相談に乗ってもらって悪かったな!お陰で果物が甘くなったって、お客さんがお礼を言いに来るほどになった!何か買うか?おまけしとくぜ!」
「久しぶり、八百屋のおじさん。でも残念、今日も泊まりの仕事になりそうだから買うのはまた今度かな。その時はまたよろしくね!」
様々な人に声をかけ、或いは声をかけられながら商店街を通って通勤する。出会って数日は子供一人で訝しげに見られたものの、
溶け込む要因となったのは、アンヘルがウルクに仮導入した『貨幣制度』だ。
ウルクの物流は今まで全て物々交換。しかしそれではあまりにも非効率が過ぎると、王との話し合いの末に作成されたのが『ウルク貨幣』。今はまだ試験導入で、金貨、銀貨、銅貨の三種類しかないものだが、物流の滞りが消え、概ね好評のようだった。
新制度……それも貨幣制度のような大幅な改革には当然問題もついて回る。例えば物価の相場がわからなかったり、貨幣の種類による価値の認識が曖昧であったり。そんな時に問題の解決に当たったのがアンヘルだったのだ。
アンヘルからしてみれば自分の蒔いた種を拾っただけだったが、正確かつ親身な回答は住民達に異常な童の存在を知らしめるには十二分。気がつけば街の住人と化していたわけである。
朝ながら賑やかな商店街を抜けて、城下町のそのまた中心。開きっぱなしの王門の番に手早く敬礼しつつ、王城へ駆けていく。
「あ、おはようアンヘル君。今日の業務はいつからだっけ」
「おはよう、クシュティアさん。九つの鐘がなった後だから、もうちょっと後だね」
「おう、アンヘル!今日の仕事は何だ?」
「あ、ディナルドフ。ちょうど良かった。仕事が始まるのはまだなんだけど、手早くやって欲しい仕事が……」
王城に着いた途端、文官からの挨拶と質問責めが始まる。それを一つ一つ丁寧に解消して、漸く業務開始を示す鐘が鳴る。
軽快な金属音が鳴り終わると共に、先ほどまで騒がしかった場が静まり返った。世間話を繰り返していた文官も、忙しなく動いていた業者も、皆一様に静かにアンヘルの方を見据えている。
始まるのは、アンヘルが来てから恒例となった朝会のようなものだ。日替わりで文官に朝の挨拶をさせ、部署が違っても顔合わせを可能とさせる。今日はたまたまアンヘルが当番だったわけだ。
「さて!今日の仕事を始めます!頑張った人には沢山お給金貰えるようにしたから、どんどん仕事しましょうね!」
アンヘルがウルクに来て一年。さまざまな改革を齎した少年は、国のほぼ中核として日常を謳歌していた。
「では、毎度恒例。王様に朝の挨拶をしていただきましょう!」
「……その、アンヘル君。非常に言いづらいんですが……」
「ん、どうしましたシドゥリさん?」
「……ギルガメッシュ王は今朝、エルキドゥと共に冥界へ旅立たれました」
「」
少年の胃痛は今後も悪化の一途を辿ることを、ここに記しておく。
暫くして。冥界。
「何これ!?何これぇぇぇ!」
とある少年が何かに追いかけられていた。手に持った盾を全く活用しない、全力逃避行である。誰であろう、我らがアンヘルさんだ。
そして追いかけているのは、巨大な赤い猪。人一人は簡単に飲み込めそうに裂けた口から、獲物を見つけたからか荒い息を噴き出している。
「猪!?なんで冥界に!?てか、あの門罠だったの!?いいじゃん健康的で!健康食の何が悪い!」
若干ズレた文句を叫びながら、必死に猪から逃れようとするアンヘル。盾を使おうにも大凡盾で受け止められる質量ではない。突進してくる猪を左右に躱すだけで精一杯だ。
原因は冥界に来てから何度か通った大きな門。通る度に問題を提示され、それに答えなければ何故か通れない。渋々問題に答えているとこの現状になった。ちなみに問題は『健康食と偏った美味しいもの』の二択である。
「デモ、オニク、タベタイ」
そしてあろうことか、この猪、喋るのだ。まるでメタボなおっさんの言い訳が如く、憎悪に満ち溢れた声で肉の正当性を主張してくる。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!「でも、お肉食べたい」って何!?アヴェンジャー!?なにそれ!?王様ァァァ!エルゥゥゥゥ!!」
何故こんなことになったのか。それもこれもとある金星の女神が原因である。
『あら、いつものガキじゃない。冥界?いいじゃない。私も丁度行きたかったのよ。は?業務が滞る?知らないわよそんなの。いいからとっとと行きなさい』
一方的にそう言い切った馬鹿女神は、あれよあれよとアンヘルを空へ拉致し、彼を冥界の入り口から地下へIC○CA代わりに突っこんだわけである。いい子の皆様はIC○CAを改札に突っ込んではいけない。
「
当のイシュタルといえば、アンヘルを放って仕事は終わった、と何処かに行ってしまった。
ここ一年で外交問題を起こしまくって仕事を倍増させてくれた馬鹿女神に復讐を誓いつつも、
「あった!!」
アンヘルが見つけたのはちょっとした竪穴。盾を抱えたアンヘルがギリギリ入れるか入れないかというサイズで、巨大猪から逃れるには丁度いい。迷う暇もなく、全力でその竪穴に身を投げる。
衝撃。そして間も無く激突音が耳に届いた。どうやらかなり奥行きのある空間だったらしく、猪が入り口に激突した音がぐわんと響く。
「オニクゥゥゥ!!」
「鳴き声までそれなのね……そんなにお肉食べたいならソイビーンズでも探せば?大地の肉らしいよ、アレ」
皮肉を投げかけつつ、アンヘルは辺りをキョロキョロと見回す。明かりがないからか、辺りは酷く暗い。完全な闇とはいかないが、視界に入るものは何も無かった。それは即ち、逃げ場がなくなったということを示していて……
「……あれ?もしかしてこれ、詰んだ?」
たらり、と冷や汗が流れた。
入り口では、猪が未だ鼻息を荒げてアンヘルを探している。鼻がピッタリと入り口にハマって抜けないのかもしれないが、どちらにせよ逃げ道がないのに変わりはない。
幸いにも完全な壁というわけでもなさそうで、手探りで行けば進めないこともなさそうだが……
「……え、この先行くの?無理……」
ビビっているわけではない。別に暗闇にビビってないが、一寸先が崖でない可能性も否定できない。盾を杖代わりに進むにしろ、先が見えないと言うのは動物の潜在的恐怖を煽る。いや、ビビってはない。
「クリフィ、明かりとか灯せたりしない?火とかでも良いんだけど……」
思わず愛武器に話しかけてみるも、返答があるはずもなく、というか盾が光やら火を発せるわけもなく。声は虚しくこだました。
「……あのケバ女神いつか殺す!」
八つ当たり気味に殺気立ちながらも、何も出来ずに座り込む。意気込んだはいいものの、これと言って出来ることもなく、猪の鳴き声に耳を傾けながら途方に暮れ、壁に背を預けた。
「あら、侵入者なのだわ?」
冥界中央。死の女主人が鎮座する発熱神殿、メスラムタエアにギルガメッシュは滞在していた。神殿と言っても、冥界に美しいものなどあるはずもなく、単なる平野なのだが。
というのも、冥界を野暮用(酔っ払って楽器を冥界に落とした)で訪ねてみたら『冥界にいる限りはエレシュキガルに逆らえない』という法で何もできなくなり、結局エルキドゥに助けてもらう羽目になったのだ。
懇切丁寧で礼儀正しいエルキドゥにエレシュキガルは心を打たれ、なんとか現世に帰ろうとした……矢先、エレシュキガルが冥界での異物を捉えた。
「む、どうしたエレシュキガル。また
「そっちはちょっと前に追い払ったのだけど……ナニコレ、子供?……あーあー、冥界獅子に追いかけられてるじゃない」
「……獅子、なんだね。あの見た目で」
スクリーンのように移されたそこには、巨大な赤い猪に追いかけられる少年の姿が映っていた。猪の全体を写しているため少年は小さいシルエットだったが、ぼんやりと映る白金の髪は、ギルガメッシュとエルキドゥにとって馴染みの深いものである。
「ほう、何かと思えば、あの童ではないか。まさか、こんなところまで仕事を急かしに来るとは」
「知り合い?なら早めに迎えにいって欲しいのだわ。あそこは何かと主要な施設があって………………………あっ」
すぽり、と。映像の中でアンヘルが洞窟らしきものに突っ込んだ。次いで、猪の鼻がもともとそうなるべきでもあるかのように、みっちりと洞窟の入り口を蓋する。
沈黙。三人の……主にエレシュキガルとエルキドゥはアイコンタクトをしきりに交わす。そしてエレシュキガルの目は口よりも雄弁に今の状況を語っていた。
ここで、アンヘルの紹介をしておこう。
数々の試練(殆ど身内によるもの)を乗り越え、宝具というものすら入手したアンヘル。何も武勇を示したわけではないが、そこに至るまでの豪運は眼を見張るものがある。
だからこそ、と言うべきか。そこまでの道で運を使い果たしたのであろう、彼は極度のトラブル体質と化していた。
例えば道を歩いていれば仕事が勝手に舞い込んできたり、偶にウルクが滅び兼ねない事故の指揮を取らされたり、とにかく災厄という災厄をその身に集める。
そんなアンヘルの幸運は、驚くことなかれ。ランサー以下である。
そしてエレシュキガルの目は語っていた。アンヘルが突っ込んだアレは、ぶっちゃけ超重要施設であることを。
「ふ、フハハハハハ!!流石だ童!自らトラブルに!それも全力で身を投じるとは!なんと!なんと!なんという道化の鑑であろうかッ……!愉悦!
「言ってる場合かッ!?アレが何かは途中で話すから、あそこまで走って行くのだわ!なるべく全力でね!」
その場で文字通り笑い転げるギルガメッシュを横目に、エルキドゥとエレシュキガルは件の場所へ向け走り出した。
とはいえ、走る、といえども神と神造人間。車程度軽く突き放す速度で移動していく。それでも冥界は広大。目的地まで数十分はかかる。
「エレシュキガル様。貴女様は冥界の権限を全て持たれていると伺いました。であれば、あの場所への部分転移ができませんか?」
「勿論、冥界内は私の体内も同じ!私一人でよければ、転移ぐらいできるわ。ただし、あの場所じゃなかったらね!あそこは本当に危険な場所だから、私とは切り離してあるの。もしネルガルの時みたく私の権能が奪われかけても、あそこだけは支配が解けないようにね!」
「よりにもよってそんなところに……一体、どのような施設なので?」
友人の悪運に心底から呆れつつも、エレシュキガルを以ってして危険と言わせる施設の用途を問う。
「……冥界にも様々な魂が来るわ。例外的だけど、人間だけじゃなく、超魂の格の高い獣や精霊、悪霊なんかも流れてくるのだけれど。偶にいるのよ、厄介なお客様がね」
「……まさか」
続く言葉を聞き、いつもの事とはいえど、あまりにも運の無い友人に、今度こそエルキドゥは頭を抱えたのだった。
「……ん?」
アンヘルが洞窟に閉じ込められて、どれほど時間が経ったろうか。数秒か、数時間か。ふと、遠くに灯りが見えた気がした。
「……誰かいるの?」
そんなことはあり得ない。此処は冥界なのだから。
ならば前方の光は何か。ゆらゆらと揺らめき、青く光る穏やかな光は、一体なんだというのか。
まるで焔のような光は、二つ、三つ、と増殖していく。終いには百を超え、視界いっぱいが青一色に染まる。
揺らめく炎の増殖は止まるところを知らず。その炎は遂にアンヘルの眼前に迫って。
(あ、これマズ──)
意識が消える最後に見えたのは、青の光で照らされた洞窟の内部。黒の格子で囲われたそこは、間違えようがないほど、封印の成された牢屋であった。
「……まさか」
「そう。偶に冥界へ落ちてくる、悪意ある高位精霊とか、かなり知名度が高い悪神とか。魂の質が高い害ある物を収容しているのがあそこよ。アレらに拘束もない状態で暴れられたら、流石の私も無事じゃ済まないわ。勿論、拘束自体はしてあるし、神性は冥界では反転するから何事もないとは思うけれど……」
けれども、エレシュキガルは続ける。アンヘルのような清廉な子供は悪いものの依り代になりやすいのだ、と。
(いや、運悪っ)
エルキドゥは冷静にツッコんだ。広大な冥界の中で、冥界に入らないであろう子供にしか影響のない場所にわざわざ逃げ込むとかもう神に呪われているとしか思えない。今度お祓いか何かしてやろう、とエルキドゥは切実に思った。
「……エレシュキガル様。戦闘の準備をしておいたほうがよろしいかと」
「え、なんでよ?別にまだ可能性ってだけで、何もされてないことだって……」
「
エルキドゥはそう言い切った。彼は信頼していた。彼の友人がこんなところで終わるはずがないと。
いや、それは別にアンヘルが大丈夫だという確信ではなく。寧ろ全く対極に位置する信頼。
『アンヘルが運の悪い場所に入る程度の運の悪さなはずがない』『寧ろこの程度で問題が起きなければ後で槍が降ってきてもおかしくない』という、悲しいかな。アンヘルの不運に裏打ちされた信頼であった。
「彼はそういう星の元に生まれているのです。そのあたりを歩けば転びますし、仕事をしていれば新たな仕事が舞い込みますし、寝て起きれば、たまに身体の一部が機能不全を起こしています。だから彼が乗っ取られないなんてあり得ません。絶対に、最も厄介な状況になること間違いなしと言っても過言ではないでしょう」
「何それ怖い」
思わず素で返すエレシュキガル。流石の冥界の女神も憐れまざるを得なかった。何より恐ろしいのは、エルキドゥが本気で、一ミリの疑いもなくそう信じていることだ。
そして突如、耳ごと大気を震わせるような爆発音が、盛大に冥界へ響いた。
「な、何事!?」
「あ〜……なるほど。そう来る?」
若干遠い目をしながらエルキドゥが見つめる先には、巨大な魔力反応が迫っていた。まだ100mほど離れているはずだが、圧力がひしひしと伝わってくる。ついでに猪が飛んできた。
あまりにも強い魔力は光となって冥界を照らす。エルキドゥが見覚えのある魔力の源から、同じく見覚えのあるプラチナブロンドの髪と、透明な盾がぬるりと姿を現した。
『嗚呼……この身体はよく馴染むわぁ。娑婆の空気はやっぱり美味い。まぁ、冥界ですけど』
邪悪な表情を携えた少年は、艶やかな色気とあどけなさを兼ね備えてエルキドゥとエレシュキガルの前に立った。その隙のない佇まいから、とんでもなく高位の生命体であることが伺える。エルキドゥの予想は寸分違わず当たったわけだ。
『おんやぁ?そこにおられるはエレシュキガル様じゃないか。相も変わらず冥界の引きこもりご苦労様ですねぇ』
エコーの掛かったようなぐぐもった声が、冥界の主人の名を口にする。あまりにも相手を小馬鹿にした憎たらしい口調は酷く特徴的で、エレシュキガルはアンヘルに寄生した生命の名を即座に言い当てる。
「……アンタ、キシャルね」
『ハイハァイ、その通り!ラハムとラフムが一子。キシャルですよぉ!』
原初の母神。ティアマトの子の子にあたる神。地母神とも看做される神が、二人の目の前に立っていた。その覇気はなるほど。神として相応しいものだった。
「キシャル殿。大変不躾なのですが、その体を返していただけませんか?僕の友人のもので……」
神の名を聞き及んだエルキドゥが、丁寧な言葉遣いでキシャルに語りかける。すると、酷く驚いた口調で返答がある。
『あらぁ!ずいぶんと美少年ね!でもダメ。この子の体、すっごく使い心地が良いの。この子自身は気がついてないようだけれど、とんでもない力もあるみたいだし、ねぇ?』
妖艶にそう微笑んだキシャルは、盾を地面に突き立てる。瞬間、キシャルの背後から莫大な光……否、それらは光などではなく、膨大な量のガルラ霊だ。
その群れが、一斉にエルキドゥ達へと襲いかかる。
しかし、ガルラ霊は冥界の住民も同じ。冥界の主人たるエレシュキガルの支配が通じない訳もなく、制御しようとするが……
「なっ!?私の制御が効かない!?たかがガルラ霊程度に!?」
ガルラ霊達が一切止まる気配はなく、ひたすらにエレシュキガルを襲おうとする。エルキドゥやキシャルへと向かう気配はなく、キシャルの支配下にあることは明確であった。
「アンタ!なんのつもり!?こんのっ!」
『冥界にも飽きたからねぇ……いい加減、天界に戻って、お祖父様の復讐をしてもいいかなぁって。都合よくその為の力も手に入った訳だし、アンタにはそろそろ死んでもらうわ。あ、美少年君はそのままでいいわよぉ』
じとりと耳に残る声でそう微笑むと、さらにエレシュキガルを襲う霊を増加させる。冥界での命令権の一切を失ったエレシュキガルが、その群れで見えなくなる。ただでさえ捌くので精一杯だったガルラ霊がさらに追加されることは、それ即ち、エレシュキガルの敗北を意味している。
『フフフフッ!たまらない、たまらない!この力!この感覚!この子、どれだけの力を秘めているというの!?あぁ、いい!いいわ!これならあの忌々しい神々ごと、天界に死を……』
圧倒的な力を手にした女神から、恍惚の溜息が漏れる。踊るように狂喜し、力に酔いながらこれから先の未来へと思いを募らせた。
しかし、恍惚の余韻は長くは続かない。
『……え?』
突然、天から黄金が降りそそいだ。それらは実体を持たない筈のガルラ霊を容易に貫き、押しつぶし、切り裂いて消滅させていく。
さらに、霊に揉みくちゃにされていた筈のエレシュキガルは見当たらない。消滅した霊の隙間から見えたのは、単なる土くれの壁だった。
「フン。どうなっているかと様子を見にくれば……これで借りは返したぞ、エレシュキガル」
「はぁ!?貴方、私を巻き添えにしただけでしょう!?彼が助けてくれなきゃ私が同じ目にあっていたのだわ!」
「……一度助けてもらっていたからね」
天の箱舟『ヴィマーナ』。王の財宝の中に収められた、とある宝具の原点。空を進む金の船が、冥界上空に浮かんでいた。
『……仕留め損ねたのねぇ。ざんねぇん』
少し気怠げにそう呟いたキシャルは、地面に刺さったアンヘルの宝具を抜き取る。どうやら宝具も十全に使いこなしているらしく、盾から分裂したビットがヴィマーナの方向を捉えていた。
『ま、いいわぁ。この力さえあれば、あなたたちなんて瞬殺できちゃうんですから。私たちを裏切ったのよ。当然の報いだわ』
「……」
ギルガメッシュは何も言わない。ただ哀しそうに、まるで憐れむように、アンヘルに寄生したキシャルを眺めるのみだった。そして、それはエルキドゥもまた等しく、キシャルを哀しそうに見つめている。
両者共動かず、冥界に沈黙が訪れた。
『……気に入らないわ』
動いたのは、キシャルが先だった。五十を超えるビットが八方から天の箱舟を囲い、今か今かと指示を待つ。
『その目。マルドゥクと同じ目。お前も私を憐れむというの?』
返答は無かった。ギルガメッシュはただ、小動物が泣き喚くのを見物しているかのように静謐を保つ。その態度が、更にキシャルを苛立たせた。
『何よ!何か言いなさい!さもないと』
言葉は、繋がらなかった。先ほどのガルラ霊を突き刺した極光。それを圧倒的に超える閃光が、キシャルの顔を掠った。光が直撃した背後の爆風が、どれほどの威力を秘めていたかを彼女に知らしめる。
「……その童は
キシャルは気がついた。ギルガメッシュは決してキシャルを憐れんでいるわけではない。キシャルに寄生されたアンヘルをこそ憐れんでいるのだと。
キシャルを睨みつける背後、黄金の波紋こそ英雄王の激情。その砲門の全てが、キシャルを捉えていた。
「その不敬は万死に値する!疾く死の淵へと送り返してやろう!」
『ハン!やってみなさいな!けど忘れないようにね!この身体は元の坊やの物。私の死はこの坊やの死を意味するわ!』
「ならば!死にたくなるまで殺すまでよ!」
冥界で今、黄金の財宝と透き通った盾が織りなす、盛大な戦争が始まろうとしていた。
「……きゅう……」
「フン、他愛もない。そら、エレシュキガルよ。それがキシャルの魂だ。今度こそ逃さぬよう、しっかりと封印しておけ」
「……えぇ……」
戦争は終了した。勿論、ギルガメッシュの圧勝である。ギルガメッシュの腕には目を回して気絶したアンヘルが干物のように抱えられている。
「え、もっとこう、なんかないのかしら!?最後の一撃をこの子の精神か何かが堰き止めて、好感度が上がるようなイベント!?」
「?何を言っている?ほぼ無名の地母神一柱。それも人に乗り移った不完全な状態で、この
「こ、怖いのだわ……完全にこの子殺すつもりでやってたわ……」
そう。そしてあろうことか、一切の思考の余地なく、ギルガメッシュとエルキドゥは宝具をアンヘルにノーモーションでぶっ放したのである。葛藤とか全く見せず、ほんの数秒で常人なら塵になりかねない攻撃をしてのけたのだ。
「ま、まぁ、アンヘルなら耐えるって信じてたから。……多分」
「……
「…………苦労してるのね、この子も」
曖昧な二人の回答に、エレシュキガルはボロ雑巾と化したアンヘルへの同情が止まらない。もしまた冥界に来たら優しくしてあげよう、と心から誓った。
「まぁ、よいわ。丁度良いみやげ話もできた。ウルクへと帰るとしよう」
「そうだね。では、このあたりで」
そうして、アンヘルの冥界騒動は、あろうことか王とその友が臣下を一人ボコボコにするという形で幕を閉じた。
その後、乗っ取られている間の記憶を取り戻したアンヘルから、二人が一日折檻されたのは言うまでもないことだった。
アンヘル ステータス
筋力C- 魔力B
耐久A++ 幸運 らんさー
敏捷D 宝具EX
インドクリアしましたけど、キャプテン可愛すぎでは?友人は半狂乱してましたね。まぁ、作者的には奈々様ボイスの景虎さんナンバーワンですが。