ただ守り通すだけの物語   作:寝る練る錬るね

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※今話と次話に若干fakeとの矛盾が発生していますが、ある程度の原作の原作(ギルガメシュ叙事詩)を優先した結果なので見逃して……ください……


第6話 激昂

 

 

彼女は逃げた。アインツベルンからも、聖杯戦争からも、己以外の全てを置いて。

 

 最後に行き着いた先は、イラクのあたりだったろうか。彼女は追手が来ないかどうかを酷く恐れて、暫く外に出ようとしなかった。

 

 けれど、数ヶ月もすれば己達は住民として人々に受け入れられていた。翻訳機能のある魔術礼装をつけているから、言語には困らなかったし、何かに困らせるつもりもなかった。

 

 順風満帆な日々だった。彼女と己は愛し合い、高め合い、時に下らないことで喧嘩をすることもあったが、それも楽しい記憶として刻み付けることができた。

 

 そんな中、彼女と己の間に子供ができた。ホムンクルスと魔神の混血だ。

 

 調べてみると、ホムンクルスである彼女は酷く妊娠しやすいように設計されていたようだった。恐らくは多種族との子をサンプリングする為だったのだろうが、本当のところは『そういうのはわからない方がロマンあるの!』という彼女の一言で気にしないことにした。

 

 ともかく、まさか子供が出来るとは思っていなかったので、病院で二人して狂喜乱舞したのを覚えている。

 

 そこからは、八兆年間で知りもしなかったことの応酬だった。彼女の悪阻だったり、まりっじぶるぅ?などに悩まされ、生まれて初めて睡眠時間を削って考えることになった。

 

 次第に彼女のお腹は大きくなり、自分が父親となることに恐怖を覚えたりもした。そんな己を、彼女は優しく抱きしめてくれたのだったか。

 

 そして運命の日。あの日ほど一秒が長く感じた日はなかった。病室の前での三時間は、八兆年に勝るとも劣らない長さだった。赤ん坊の産声が聞こえた時は、生まれて初めて嬉しくて涙を流した。

 

『あぁ、なんて、可愛い男の子。貴方と同じぐらい、愛おしい』

 

『名前は、決めてあるのかい?』

 

『ええ。(フィール)から解放された、私たちの愛おしい子供。私を枷から解き放ってくれた天使の子。だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使(アンヘル)。貴方の名前は、アンヘルと言うのよ』

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「はいそこ!その仕事は王様に回しといて!君たちは別にやることあるんだから!」

 

 思い出した。

 

「そこの君は過労気味だ。二日だけ休暇をあげるから、しっかり休んできな。ほら、帰った帰った!」

 

 思い出した。思い出した。全て思い出した。自分が何者であるのか、何者であったのか。何を以って生まれてきたのか、その全てを。

 

「こらぁぁ!まぁた面倒事起こして!そんなに元気があるなら国境付近で一生遠征でもしてくるか!?」

 

 エルキドゥの言っていたことは当たっていた。アンヘルは徐々に思い出していたのだ。『夢』という形で、自らの起源(ルーツ)を。

 

 あれは夢ではなかった。全て繋がっていた。全て本物だった。紛れも無い、歴史であったのだ。

 

 ……この事は話せない。絶対に、誰にも話すわけにはいかない。例え王様でも、あの事実(・・・・)を知れば取り乱す。だから、アンヘルは知りつつも隠し通さねばならない。記憶を取り戻したことで、一体何を見たのかを。

 

 

 

 ……とまぁ、深刻そうに述べてはみたけれど。

 

 

 

「王様ァ!!仕事しろぉぉぉ!」

 

「戯け!今日は見逃せぬ喜劇があるのだ!なんでも遠方から遥々やってきたそうではないか!国務など貴様に任せる!」

 

「だぁぁぁぁ!王が国務すっぽかして演劇にかまけるとか正気!?いいからとっととこの書類片付けてろ!劇に行きたいなら今日の仕事終わらせてから行って!!」

 

 アンヘルの日常はあまり変化していなかった。いつも通り国務を回して、誰も叱咤しないギルガメッシュを急かす。変わり映えはしないものの、変わらない日々だ。…表面上は。

 

 ……けれど、一つだけ。ほんの一つだけ、大きく変わったことがあった。

 

 それは──

 

 

 

(チッ……隙を見てそこらの雑種に任せるか……それまで我慢だ、我!)

 

「逃げ出して他の文官に任せたりしたら明日からの仕事量五倍にすっからね!」

 

「」

 

 人の感情らしきものを、読み取れるようになったことだろうか。

 

 

 

「あ、いまエルに頼ろうとしたから、あと半刻でこの書類の山片付けないと今日の仕事倍にしまーす」

 

 ギルガメッシュの実に狡猾で緻密に組み上げられた下らない考えを読みながら、カウントダウンを開始した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 人の感情らしきものが読み取れるようになったのは、つい最近。キシャルとかいう神に体を乗っ取られてからである。

 

 キシャルに操られている間も、アンヘルの意識だけはあった。そして、彼女がガルラ霊を操る時に使っていたモヤモヤしたもの。自分の中にある「それ」を意識した瞬間に、世界はその在り方を変えた。

 

 世界は、沢山のイト()の集まり。この一言に尽きる。そのイト(意図)に触れてみると、流れ込んでくるのだ。人の感情、感傷、思考、その全てが、手に取ったかのように理解できる。解読できる。知覚できる。

 

 触れるイト(人数)が多ければ多いほど伝わってくる感情は薄く、距離が近ければ近いほどより鮮明に感情が伝わってくる。ほぼゼロ距離ともなれば、相手の思考を読むことすら可能だった。

 

 そして最も恐ろしいところは、このイトの性質で──

 

 

 

「……べ!わ……べ!……童!童よ!話を聞かんか!」

 

「わぁ!……な、何!?」

 

 突然、至近距離で罵声を浴びせられて思考が止まる。ハッとなって辺りを見渡してみると、長い時間物思いに耽ってしまったのか、心配そうにこちらを覗き込むエルキドゥと、額にシワを寄せながらこちらを睨むギルガメッシュと目があった。

 

「ご、ごめんごめん!全然聞いてなかったや……で、何だっけ?」

 

「…………フン。まぁいい。貴様の働きに免じて二度言ってやる。三度はないぞ?」

 

「ギル、ギル。十回ぐらい言わないと採算取れないよ」

 

 ギルガメッシュの格好をつけて放った一言が横から顔を出したエルキドゥのマジレスによって粉砕される。流石天の鎖。空気読めてない。

 

「……まぁ、それは置いておいて、だな。再三言うぞ。森の番人、フンババを殺しに行くことにした」

 

「へぇ、ふん、ふん…………ふん?ふ、ふ、フンババァァ!?」

 

 森の番人、フンババ。もしくは(別名)フワワ。ウルク近くの『香柏の森』という杉の森を守護する化け物で、声は洪水、口は火、息は死、とか揶揄される、ヤベー奴の筆頭。なんでも、神の一柱や二柱程度なら余裕で倒してしまうのだとか。

 

「……ふ、ふぅん。今までの無茶苦茶に比べればマシ?なのかなぁ……?一応訊いとくけど、なんで?」

 

 業務をサボるつもりだろうかと、イトを手繰るため身構えた。が、どうやら違ったらしい。ギルガメッシュは酷く真面目な顔を作った。

 

「……貴様が知らんわけがなかろう。愚問だ、答えぬ」

 

「むむぅ……」

 

 アンヘルもギルガメッシュとはそれなりに長い付き合いになるので、声色とか表情を見ればイトに触れずとも、ある程度の感情はわかる。そして今の答えぬ、は多分照れ隠しだろうと当たりをつけた。

 

「……木材、だよね……あと、土地かな」

 

 ウルクで最近起こっている問題。それは、木材の価格上昇である。

 

 木材の用途は多岐に渡る。建材や薪であったり、アンヘルのように装飾品に加工したりだとか、需要は多い。がしかし、ウルクは最近になってあまりにも発展しすぎた。人口もそれに伴って増加したため、現在の木材の量では供給が追いついていない。土地もまた然りだ。

 

 新しい流通ルートを手に入れようにも、香柏の森以外に木が生えている範囲は絞られている。そんなところは、とっくに他国に占領された。必然、木が必要であればあの森へと入るしかないのだ。

 

「そこまでわかっているのであれば、わざわざ口にせずとも良かろうよ。何、これも王の責務というものだ。苦ではない」

 

 悠然と言い切ったギルガメッシュを前に『さてはサボるつもりだな、テメェ』などとは、口が裂けても言えなさそうな雰囲気になってしまった。

 

「……わかった。とりあえず、王様がいない間の仕事は極力減らしとくね。外出届けも出しておくから、何日ぐらい開けるか訊いても……」

 

「は?何をふざけたことを言っている。童、貴様も行くのだぞ?」

 

「…………は?」

 

 言っていることを理解するのに、数秒を要した。暫くの沈黙。そして、頭が内容を理解した途端、全身から嫌な汗が吹き出る。同時に、その場からの逃走を試みた。

 

 が、無駄。アンヘルの全力疾走はそれ以上の速度で飛来した金の船を以って追い抜かれた。つい先日、冥界で使用された『ヴィマーナ』がアンヘルを引きずる形で攫っていく。

 

「戯け!この(オレ)から逃げられるとでも思うたか!」

 

「思わないけども!!てか、え、ちょっ、ムリムリムリ!待ってって!フンババって、あのフンババでしょ!?『誰かに目を向けたとき、それは死を意味する』とかいう!!やだよ!というか、ここ最近王様が仕事さぼってたから僕がいないと政治回らないんだけど!!」

 

 苦肉の策として仕事を盾にするも、知ったことではないとヴィマーナはどんどん上昇し、落ちれば無事で済まない高度まで達してしまった。そんな中でもアンヘルはぶら下げられているので、仕方なくぶら下がった状態から船の上へ這い上がる。……いつかの宙吊りが思い出され、少しばかり下半身がムズムズするような。

 

「あ、あのねぇ!もし落ちたらどうするつもりだったの!?エルも何か言ってよ!」

 

「ん?まぁ、落ちてもアンヘルなら大丈夫だろう?多分」

 

「多分で殺しかけやがったよこいつ……」

 

 ぶつくさと文句をたれても、降ろされる気配はない。このまま下ろされなければ、ソロモンレベル 化物狩り(高難易度)に巻き込まれるハメになるだろう。

 

 

 

 

(……逃 げ ね ば)

 

「ぼ、僕クリフィ持ってきてないからさ。ほら、流石に武器も持って行かずに行くのはアレでしょう?」

 

「戯け。(オレ)相手に隠し通せるとでも思ったか。貴様が宝具の遠隔操作に成功したことなど聞き及んでいる。シドゥリめに散々自慢していたであろう。今すぐ呼びよせねば本当に丸腰で挑むことになるぞ?」

 

 ……別に、ギルガメッシュの脅しに屈したわけではないが、流石に帰れなければ化物狩りの難易度が更に上昇しそうなので、仕方なくビットの応用で宝具を呼び寄せる。暫くすれば、ウルクの方角から棘の状態の隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)が飛来し、いつもの盾の形に戻った。

 

「……ほ、ほら!僕なんか行ったら真っ先に狙われるから!王様達の足手まといになっちゃうかもよ!?」

 

「一応、神達にお願いしておいたから。急に機嫌を損ねたりしない限りは守ってくれるってさ」

 

 苦し紛れの言い訳もエルキドゥに論破される。まぁ、神が守ってくれるなら安心…………とはならない。

 

 普段駄女神(イシュタル)を見ているからわかるが、神というものは気まぐれが過ぎる。ちょっと片方に肩入れして、強くなったらもう片方を圧倒的に強化するとかザラで、正直場を引っ掻き回されるぐらいならいない方がありがたいぐらいの存在。見てきた中でまともな神はエレシュキガル程度だ。

 

 そんな神に『守ってあげるよ、気まぐれだけど(意訳)』と言われてもまっっったく信用ならない。それも相手は神すら殺す相手なのだ。いつ掌を返されるものだか。突然『爆発オチなんてサイテー!』みたいな展開になっても文句は言えない。

 

「えぇと……あとは……」

 

 言い訳を考えている間に、ヴィマーナはどんどんと愛しのウルクから遠ざかっていく。もう徒歩で戻ることは不可能だろう。

 

 何より、ギルガメッシュとエルキドゥのイト(意図)が告げていた。ウルクに帰るのはフンババを殺した後だと。

 

「つ、疲れるし!」

 

「諦めなよアンヘル。ギルもここまで来て帰るわけないし。言い訳も雑になってきてるしさ……」

 

「うっさい!ウルクの神々なんか信用できないんだよぉぉぉ!」

 

 アンヘルの悲痛な叫びが、誰にも拾われることなく草原に響く。しかし、アンヘルは気がつかなかった。苦笑いしているエルキドゥとは対称的に、ギルガメッシュの表情は堅く引き締められていることに。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「うぅっ……もうやだぁ……おうち帰る……」

 

 ギルガメッシュは、酷く落ち着いた様子で嘘泣きへと帰宅作戦を移行したアンヘルを観察していた。

 

 最初は間抜けな子供だと思っていたものが、気がつけば自分の国を維持する為に必要不可欠になっていた。あんなナリで、割と家臣としての忠義は厚かったりするのが、よくわからないところだ。

 

 ほんの少し視点をずらして見れば、かけがえの無い悪友がオロオロと戸惑っている。彼も随分と変わった。

 

 最初は毛むくじゃらの大男だった癖に、気がつけば色白の美人になっていて。アンヘル()との関わりを通して『感情を隠す』ことを覚えたあたりで、もうエルキドゥのことを作り物だと見なす者は居なくなった。今では『王様とエルキドゥ、どちらに人間の血が通っているのかわからない』と言われるほどに。人情の溢れる性質になった。

 

 そしてこの二人が、自分の中で大きな存在になっているのをギルガメッシュは感じていた。ギルガメッシュの身体能力に付き合えるのはエルキドゥ程度であるし、ギルガメッシュを全力で叱りつけるのも、肝の据わっているアンヘル程度の物だ。つい数年前まで、自分は常に一人なのだ、と孤独を感じていたのが嘘のようで。時の流れというものは、完璧と呼ばれたギルガメッシュにも読めないものだと、改めて実感させられる。

 

 なればこそ、だ。

 

「童よ」

 

「……なにさ。帰してくれる気になったわけ?」

 

「何か、(オレ)達に隠していることがあるな?」

 

 ジト目でギルガメッシュを睨みつける小心者を。働きすぎる苦労人の苦悩を。見て見ぬ振りをするわけにもいかないだろう。

 

「……なんのこと」

 

 反応は覿面だった。先程までふて腐れていた顔が一気に不機嫌なものへ切り替わり、剣呑な雰囲気を放ち始める。

 

 入ってくるな、踏み入ってくるな。というアンヘルの心理防衛線。そのイト(・・)が目の前にあるのを、ギルガメッシュは確認して……

 

 

 

 

 

 

全力で踏み入った。

 

 

「ほう、ここ数日でクマが濃くなっているが。それは気のせいだと?いつもとは違い、まるで透視かのように仕事を回していたこと。叱る時、常に怒号を浴びせていたこと。いつもは仕事に集中する貴様に考え事が多くなったこと。ここ最近起こったこれら全て、ただの偶然であり、(オレ)の勘違いだと申すか?」

 

 口を開けば、出るわ出るわ。ここ数日、アンヘルの奇妙な行動や態度、体調の変化がつらつらと並べ立てられる。

 

「……勘違いでしょ。勘違いで、偶然だよ、そんなもの。それに、別にそんなこと。王様に関係ないじゃんか」

 

「否、大いに関係があるとも」

 

 アンヘルの言い訳のような一言を、ギルガメッシュは即座に否定する。アンヘルの秘密はギルガメッシュにとってただごとではない。何故なら……

 

「何故なら、(オレ)が知りたいと、そう欲したからだ」

 

 ギルガメッシュは英雄王。遍く全ての財を掻き集め、その宝物庫に収めた男。で、あるならば。臣下の秘密の一つや二つ収めきれないで、何が英雄王か。

 

 ギルガメッシュ自身の、知りたいという単純な欲求。それだけが、アンヘルの秘密を求めるほぼ全ての理由であった。

 

「……なにそれ。滅茶苦茶じゃん」

 

「ああ、滅茶苦茶だとも。だからどうした!疾く話すといい。貴様の話を、この英雄王ギルガメッシュが欲している。それ以外に、それ以上に、その口を開かぬ理由はあるか?」

 

「……傲慢だね」

 

「ハン!王が驕らずなんとする!貴様は(オレ)の思うがまま、その口を動かせば良い」

 

「……」

 

 返答は、なかった。エルキドゥも、アンヘルの方をただ見つめるだけで。いつの間にか静止していた黄金の船の上に、暫くの沈黙が流れる、

 

 

 

「僕、さ。人間じゃ、なかったんだ」

 

 沈黙を破ったのは、そんな一言。迷いに迷って、迷い尽くして、結局途方に暮れるしかなかった、幼い子供の嘆きだった。

 

「母親がホムンクルスで、父親がエルの言う通り魔神(ジン)。それも原初の魔神(ジン)とかいう、この星が生まれる前からいる凄いモノだったらしいよ」

 

「らしい、というと?」

 

「……ウルクに来てから、ずっと夢を見てきたんだ。薄々気がついてたけど、今日、夢の中に僕がでてきてやっと確信した。その夢は、全部僕の親の話だったんだって。僕が生まれた理由を、僕の記憶が無い意味を、教える為の」

 

 ぽつり、ぽつりと。断片的に話されていく真実。人造人間(ホムンクルス)魔神(ジン)のハーフ。エルキドゥが見抜けなかったのも無理はない。魔神はともかく、ホムンクルスは人間を模して作られた人工の人間。それはつまるところ、神を模して人工的に、神工的に作られた彼自身の完全劣化(・・・・)。この時代にあってはならない、退廃した文明であるのだから。

 

「待て、ホムンクルス……だと?ならば童、貴様はまさか……」

 

 ギルガメッシュの予想を理解しているのだろう。アンヘルはコクリと頷き、ついに決定的な事実を口にした。

 

「はい、王様。僕は未来から来ました。今から大凡五千年後のこの世界から。 『聖杯』という、無限の願望器によって」

 

 そして─と、続ける。

 

「この世界は、五千年後に滅びます。だから僕は、この時代へ飛ばされた。滅ぶことのない、安息の時代に」

 

 いつもは爛々と輝くアンヘルの赤い目が、酷く濁った赤褐色へと変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戯け!そんなことはどうでもいい!」

 

「えっ、あっ、ハイ」

 

(オレ)が知りたいのは五千年後の未来のことではない。貴様が何を感じ、何を隠し、何に苦悩しているか、だ。なにが世界は滅ぶだ。そんなもの、(オレ)の知ったことではないわ!」

 

 ぽかーん。形容するなら、そんな言葉が相応しい。拍子抜けしたような、肩透かしを食らった間抜けな顔だった。

 

 たっぷり十秒ほど呆気にとられたアンヘルは、再びその顔を辛そうに歪めて、けれど嬉しそうに口元を緩める。

 

「……なぁんだ。心配しちゃって、損しちゃった」

 

 そして、語られる。断片的な真実ではない。世界消滅の危惧でもない。ごちゃごちゃにかき混ぜられた、アンヘルという心の感じたままが。

 

「……僕は、みんなと変わらないと思ってた。この一年、ウルクで過ごして、みんなと言葉が同じで、みんなと同じことができて、ちょっと仕事ができるだけの、変な血が混ざっただけの、人間だと思ってた」

 

 けれど、違った。アンヘルは人外の子。とてつもない力を秘めた魔神(ジン)の血と、人類最高峰のホムンクルスの子だった。そう、ホムンクルス(人間擬き)の。

 

「思わなかった。思いたくなかった。でも……思うしかなくなった。僕は周りとは違うんだって。仕事ができるのは個性じゃなくて異常で。人より頑丈なのは偶然じゃなく当然で。僕は人間じゃないんだってことを。悍ましい、からくり仕掛けの肉人形だってことを」

 

 そうして、アンヘルは周りとの違いを認識せざるを得なくなった。人間とホムンクルス(人間擬き)の間とにある大きすぎる隔たり。その谷を、視認せずに、黙認せずにはいられなかった。

 

 自分が異常だと感じながらの日常は、アンヘルから安寧を奪う。夜に眠れず隈は増えたし、自らの異常さが際立つ仕事は苛立つことが増えた。

 

 それでも、アンヘルは日常を望んだ。境界線を無理矢理に無視して、平常を装った。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──致命的なモノが目覚めた。

 

「冥界騒動の後、世界の見え方が変わった。人間の感情とか、心が全部イト()みたいに見えるようになったんだ。生き物全部にこのイト()はあったし、イト(意図)に触るとその人の考えていることがわかった。……でも、それだけじゃない」

 

 が、その力はほんの一端。ほんの一部でしかない。この力の本質は、もっと別。一年前、アンヘルは隔絶すべき絶望壁(クリフ・アイソラレータ)に触れて記憶を読み解いた。その後、アンヘルは──

 

 恐ろしい推測だった。試しはしない。もし試して成功したら、自分が人間などではない恐ろしいナニカであると証明してしまうようなものだったから。

 

 けれど、確信があった。必ず出来る。出来ないわけがない。もともと、この力はそのためにあるのだと、心のどこかで理解していた。

 

 アンヘルの口元が、カタカタと震える。うまく言葉を紡ぐのに少々の時間を要して、アンヘルは、自分の推論を遂に語った。

 

「多分、僕は、イト(意図)を……歪められる。前に、タローマティがやっていたガルラ霊の洗脳。僕はきっと、人間相手でも同じことができる。いや、もしかしたらもう、していたのかもしれない……」

 

 これが、アンヘルの恐れていたことだった。もし(・・)無意識のうち(・・・・・・)にウルクの国民を洗脳していたら(・・・・・・・・・・・・・・・)。洗脳しないでも、自分に好感を寄せるように操っていたのだとしたら。アンヘルがこの一年積み重ねてきた友情は、全て嘘で塗りたくられた幻想へと成り下がる。

 

 ただでさえ、自身が異端であると自覚していたアンヘルにとってこの話(イトの世界)は致命的だった。一年間で積み上げてきた大切なモノが、他でもない自分自身によって否定される可能性。発狂しなかったのが不思議なほど、アンヘルの心は軋み始めていた。

 

「初めは、気のせいだって思うことにしてた。でも、心から自分に友好的な人を見る度に、もしかしたら洗脳してしまっているんじゃないかって、ずっと、ずっと、それだけが頭をよぎって……!」

 

 感情が見えるからこその、純情に対する恐怖。涙を流しながらも、アンヘルは語る。泣き言、恨み言。ギルガメッシュやエルキドゥへ伝えたところで、何も解決しないとわかっているはずなのに。それでも涙はとどまるところを知らず、こころの悲鳴もまた止められなかった。

 

どうして!どうして僕だけみんなと違うの!?どうしてみんな、僕とは違うの!?どうして僕は、人の心が読めるの!?なんで……ッ!なんでッ!!

 

 特別、仕事ができなくてもよかった。物語のような戦いができなくともよかった。ただそこに、優しい日常さえあれば。心温まる世界さえ広がっていれば。アンヘルにはそれで十分だった。しかしその理想は、他ならぬアンヘルによって破綻する。肉人形と魔人の混血。おぞましい人を模したナニカ。そのケダモノが、己が望みを打ち砕く。

 

 

こんなの、あんまりだよ……こんなことなら!こんなに辛いなら!

 

………………人なんて、知りたくなかった……暖かさなんて、知りたく、なかった……

 

 八つ当たりだとはわかっている。今更悔いたところで、アンヘルが変わることはできない。暖かさを忘れるには、アンヘルはあの国に長居しすぎた。どうわめこうと運命が変わらないことは、救いの無い未来(・・・・・・・)を見たアンヘルが一番知っているのだから。

 

 

 もう、アンヘルが口を開くことは無かった。ただ全てを吐き出し、泣き疲れて、意識も朦朧としている。ヴィマーナ(財宝)の上に涙がいくつも流れたが、ギルガメッシュが咎めることはなかった。その黄金の眼差しは、ただ冷たく、アンヘルを見据えていた。

 

 

「……それで?不幸自慢は終わったか?雑種(・・)

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 エルキドゥは、アンヘルの話に対して何も言わない。彼には人の感情がわからないから。神々によって作られた機械だから。こういう時に何も言わないのが正解だと理解している。

 

 だからこそ、彼は驚いた。アンヘルの話を聞いて、思わず反論したくなった(・・・・・・・・・・・)ことに。

 

 そして、その行動を反映するかのように。

 

この……ッ!痴れ者がッ!

 

 

 ギルガメッシュがアンヘルの顔面を全力で叩いたことも、酷く驚いた。

 

 

そんなッ!ことも!判らぬのか貴様は!その優秀な頭脳はどうした!?(オレ)を叱りつけた、その胆力はどうした!?

 

 続けて二発、三発と。盾を持っているのに無抵抗なアンヘルを、上から何度も引っ叩く。その度に痛々しい音が空に響き、同じようにアンヘルの呻き声が重なる。

 

 最愛の親友が、最高の友を怒号と共に叩き続ける。ギルガメッシュが怒っている。自分の考えの及びしれぬ何かに、ギルガメッシュは鬼の形相で激怒している。

 

 わからない。機械のエルキドゥには、何もわからない。

 

「ちょっ、ギル!やり過ぎだ!どうしたの急に!?」

 

「止めるな!この愚か者には解らせねばならぬ!この(オレ)の臣下ともあろうものが!その程度のこともわからぬとはッ!」

 

 エルキドゥが止めようとも、ギルガメッシュの手は止まらない。ひたすらアンヘルのことを責め、既にボロボロのアンヘルを更に痛めつけている。

 

「尋ねた(オレ)が間抜けであった!どうやら(オレ)は、貴様を過大評価し過ぎていたようだ!アンヘル(・・・・)!」

 

「……!」

 

 初めて。ギルガメッシュがアンヘルの名前をそのまま口にした。常に人を『貴様』や『お前』で呼ぶギルガメッシュが、初めて。

 

何故だ!何故そのようなことで苦悩した!何故そのようなことを問いにした!わかるはずだ!わかったはずだ!貴様ならば、わかったはずだ!なにより!(オレ)が認めた貴様は、そんな脆弱者では、無かっただろうがッ!

 

 気がつけば平手から拳となっていた手が、アンヘルをヴィマーナの端まで吹き飛ばす。アンヘルが咄嗟に操作したのか、それとも持ち手の危機に反応したのか、彼の宝具が壁となって落下を防いだ。

 

 わからなかった。エルキドゥは、親友が何に怒っていたのか、全く以ってわからなかった。……わからなかった、ハズなのに。

 

 確実に言える。ギルガメッシュは間違っていない、と。

 

……この、大馬鹿者めが……

 

 ギルガメッシュの右手は、赤く腫れていた。彼が今まで武具を持ったことはあっても、殴った経験はない。酷く不快な感触が、ギルガメッシュの右腕に残る。

 

 酷い有様だった。顔は憤怒と憐憫に彩られ、呼吸も息遣いが聞こえるほどに荒い。右手がジクジクと痛み、それを必死に左手で抑えている。

 

「……もう、いいだろう?」

 

「……あぁ。そして、どうやら彼奴(あやつ)もお出ましのようだ」

 

 言われて、エルキドゥは気がつく。正確には、彼の気配探知が正確に稼働する。

 

 地が、揺れていた。地震?そんなものではない。これは、ただの足音だ。それがあまりにも巨大すぎて、地響きのような音を立てていたのだ。

 

 そう、空中とはいえ、ヴィマーナは香柏の森の上にいた。ならば、そこは()のテリトリー。大声で喧嘩などしようものなら、それを聞きつけて来るのは必然。

 

 

 ……死が、形を成してやって来る。

 

 

「……これが、フンババ。原初の穢れ、か。美麗とは言い難い見た目だ」

 

 色は白。油ぎった肌。まるで目のないヒキガエルのように醜悪で、口は悍ましいと表現するのが適当なほど裂けている。

 

 口からは瘴気のようなものが漏れ出し、大地を揺るがす足が威嚇をするように震えていた。

 

「ねぇ、ギル。これは……撤退だ。こっちは万全の状態じゃない。奴は危険だ。一時期でも一緒にいた僕が知っている」

 

「……逃げられまいよ。奴は森に入った者を何としてでも殺す。ならば、戦うしかあるまい」

 

 覚悟を決め、二人はフンババの前へと降り立つ。気絶したアンヘルを乗せたヴィマーナを上空へと飛ばし、なんとか安全を確保した。

 

「……生き残れるかは、半々、だな」

 

 普段は口にしないであろう弱音が、ギルガメッシュの口から漏れた。奇しくもその台詞は、歴史に残る戦いの開始する合図となった。

 




ギル「おい、話せよ」
アンヘル「こういうことなんだ」
ギル「ふざけんな(顔面ビンタ)」

側から見たらすごく理不尽。

ちなみに、気がつかれた方がいるかもしれませんがフンババのモデルはムンビです。ちょうどよかったので。

次回から
シリアス「本気出します」
更新速度「本気出します」
…多分!


さて、アンケートですが、この後のフンババ戦を描写するかしないかになります。する場合、次回の更新速度は少々低下します。しかし、アンヘル君の活躍が観れるかもしれません。しない場合、更新速度が本気出します。アンヘル君の活躍は見れないかもしれません。

どちらもプロットは作成してあるのですが、共に没にするには惜しいクオリティでして、いっそのこと読者様の意向に沿わさせていただこうかな、と思った次第です。優柔不断な作者に変わって、是非是非、ご投票をお願い致します。
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