追い詰められた者は、生き延びたいと強く願う
生を渇望する
崖っぷちに追い込まれた岩谷尚文もまた、声高く咆哮する
そして天空からの来訪者は
神か、悪魔か、スーパーピンチか
環境は岩谷、性格はエマージーな感じです。
メルロマルク城、玉座の間。
暴行、強姦の罪で呼び出された岩谷尚文は、みっともなく泣き叫び自分の無罪を主張する。
そのあまりの悲壮的な状況に“もしかして本当にやっていないのではないのか?”と周囲の人間が疑問を抱くが、それと同時に床に倒れ伏し静かに泣き始めた被害者を見て考えを改める。
盾の勇者、岩谷尚文は重罪人だと。
「何故ですか!?僕は…僕は何もしていません!!」
必死に訴える岩谷の言葉に誰も反応をしない。
むしろその言葉が反省していないと見られ、怒りを露にしていた国王がさらに激昂する。
岩谷は宿に帰った後、被害者と言われる彼女…マインと酒を飲み、気付いたら部屋で寝ていたと主張するが全く取り合ってもらえない。
しかも起きたら昨日買った装備はおろか、所持金全て盗まれていたと国王に訴えかけた時、岩谷は1つの可能性に気付いた。
もしかしたら…今、被害者と言い張ってる彼女が全ての元凶なのでは……と。
恐る恐る…彼女の顔を見た時、それは確信に変わった。
何故なら彼女が、岩谷にしか見えないような角度で…笑みを漏らしていたのだから。
「ッ!は、嵌められたんです!!僕はやっていない!!全てマインさんの嘘です!!信じてください!!」
必死になってアピールするが、それに対して彼女の名前を出したのが不味かったのだろう。
被害者を加害者にしてまでも言い逃れをする最低な人間…そんな視線が岩谷に注がれ…
「黙れ外道ッ!!我が国民に暴行をした挙げ句被害者に責任を擦り付ける等言語道断ッ!!貴様が勇者でなければ極刑にしている所だッ!!!」
国王から、死刑を言い渡された。
静寂…それが最初の異変だった。
顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き、無罪を主張するあの男…岩谷に国王が“極刑にしている所だ”と言った瞬間に、それが起こった。
急に表情が固まり、“極…刑?”“こ、殺される…?僕が……?”と呟いき、自問する岩谷。
そして自らの立場、“崖…っぷち……”と自答した途端だった。
「嫌だぁぁッ!!死にたくないッ!!僕はッ!僕は何もしてないのにィィィッッ!!!」
先程の倍以上の号泣と雄叫び。
国王の話をしっかり聞いていれば死刑にはしないと分かるだろうが、精神的にギリギリだったんだろう。
死刑にされると思い込み暴れて逃げようとするも、鎧を着た兵士達に取り押さえられる。
「大人しくしろッ!!それでも勇者を名乗る者かッ!!」
「ピンチだ…!!デンジャラスだ…!!誰か…誰か助けてェェェッッ!!」
急に鳴り響く、危険を知らせるエラー音。
玉座の間を響き渡るこの嫌な予感しかしない音。
それが岩谷の盾から発せられている事に気付いた時、三人の勇者が即座に武器を構えた。
取り押さえている兵士もすぐさま岩谷から離れ、兵士全員が武器を構え岩谷に刃を向ける。
《──限定条件が満たされました。アルター能力“SPC”を解放します──》
エラー音が止まり、機械音声で流れた条件解放。
勇者の武器は全て何かしらの条件で変化する能力が備わっているのは勇者達と国王は知っていた。
だが盾の装備の条件解放、“SPC”という言葉は誰も知らない。
そんな周囲の状況とは関係無く、岩谷の盾がみるみる変形していく。
腕に着いていた盾が小さくなっていき、そしてそれは盾ではなく……腕時計へと姿を変えた。
岩谷の助けを呼ぶ声に呼応するかのように変わっていく盾の姿。
それと同時に、岩谷の頭に流れこむ“SPC”の情報。
「こ、これは……」
「やむおえない!その男を処分しろッ!!」
SPCの情報に驚愕する岩谷。
それを隙と見たのか、国王の命令により剣を向けていた兵士達が岩谷に向かって斬りかかる。
そう、斬りかかったのだが……その刃が岩谷に届く事は無かった。
何故ならその刃が岩谷に当たる寸前、破壊音と共に虹色の粒子へと変貌したからだ。
困惑する兵士達を見ながら、岩谷はこの力を理解する。
理解した上で、岩谷はこの力…アルター能力を声高く叫んだ。
「助けてッ!僕の…スーパーピンチクラッシャァァァ!!!」
岩谷の叫びと共に削れていく玉座の床や壁と、兵士達の鎧や武器。
虹色の粒子へと変換されたソレは岩谷の背後へと集められていき……岩谷の六倍以上ある大きさのロボットに姿を変えた。
「な、なんだ…なんだこれはッ!!?」
国王が酷く狼狽するのも無理はない。
この国にロボットなど存在せず、
そんな巨大な物体を盾の勇者が召喚したのだから。
「すごい…これが、僕の力……」
「おい!コイツは…コレは何だ!!答えろッ!!」
天木が呆然と立っている岩谷に剣を向ける。
そもそも、三人がプレイしたゲームの中では盾の勇者にこんなスキルは存在していなかった。
剣や鎧、壁や地面を崩壊させる力…それだけでもレアスキル並の能力なのに、巨大なロボットを呼び出す特殊能力。
今すぐにでも斬りかかりたいが、まずは岩谷から情報を聞き出さねばならない。
その3人の考えが伝わったのか、岩谷が余裕の笑みを浮かべ3人に視線を向ける。
「…能力の限定条件は“私が絶望的なピンチに陥る事”」
先程の阿鼻叫喚が嘘のように、勝ち誇った姿で胸を張る岩谷。
「マインさん、ありがとうございます。貴女のお陰で私はこの力を手に入れる事ができました」
呼ばれたマインはビクッと身体を振るわすが、その様子を気にもかけずに岩谷は国王に視線を向ける。
「国王。今すぐに私の罪を撤回し、その玉座から降りてください」
「な、何を言う!犯罪者の言葉なぞに…」
「パワードライフル」
一言。
その言葉に呼応するかのように
「ヒッ…!!」
国王の真横スレスレを通過し、背後の壁に巨大な穴を空ける。
「先程は私の窮地でしたが…今はどちらがピンチだと思いますか?」
笑みを浮かべながら国王に向けての攻撃。
それを見た勇者三人の行動は速かった。
川澄が岩谷に向けて矢を放つ。
それを防ぐため盾で防御を取った隙を突くように天木が
呆気なく壊すことができた事に疑問が浮かんだ三人だが、まだこの世界に来たばかりの自分達の状況と岩谷の
そこから導き出した結論に、3人は笑みを浮かべた。
「…なるほど。盾の勇者を倒すチュートリアルか」
「身内が裏切り第一戦のボスになる…面白い発想だ」
「見掛け倒しの図体からして経験値はさほど貰えそうにありませんね」
ライフルの威力はともかく、あまりにも脆く崩れた紙装甲に、三人はこれが初戦のボス…そう認識した。
だからこそまだレベルがそこまで上がってない自分達の攻撃も、こんなでかい相手に通じる。
ならばこのまま畳み掛け盾の勇者を倒そうと、3人は武器を握り締める。
その決意に気付いたのか、この三人を称賛するかのような拍手を岩谷が送る。
「容赦無い攻撃、素晴らしい判断です」
「お前の頼みの綱は壊された…大人しくするなら楽に殺してやるよ」
余裕をもった動作で槍を振りかぶり、岩谷に切っ先を向ける。
頼みの
「知らないのですか?スーパーピンチクラッシャーは危機に陥る程強くなる」
「それでこそ私だけの…ヒーローなのです!」
斬られた腕と壊された顔が、先程と同じように地面や壁が破壊音と共に分解され、新しく精製されていく。
「…厄介だな」
「倒しても生き返る相手…となると」
「盾の犯罪者を倒すしかないな」
これを繰り返されたらたまったものではないと、勇者三人はロボットよりも岩谷を倒すため武器を構える。
「貴方達の行為は全て徒労に終わります……いでよ!大いなる翼、ピンチバァァァドッ!!!」
国王は今、戦慄していた。
数十年前は“杖の勇者”として名を馳せていたメルロマルクの王。
魔法と智謀は世界中探しても超える者はいないと言われた策略家であり、だからこそメルロマルクの女王に気に入られ婿養子として国王の座に着いた。
今まで幾多の魔物や獣人、亜人と戦った国王だが……コレはその想定をはるかに凌駕する物だった。
確かに盾の勇者は剣や鎧、壁や床を破壊して巨大ロボットを造り上げた。
だが、誰がこんな事を予想できただろうか。
岩谷が腕時計となった盾に向け何事かを叫んだ瞬間に起きた事。
破壊音とともに、メルロマルク城の半分が消失する事など。
国王も、勇者も兵士も茫然とし…空を飛ぶ巨大な機械鳥に目を奪われる。
だが岩谷の行動はコレで終わるわけが無かった。
「超!ピンチ合体ッ!!」
巨大な機械工鳥が空中で輝き、
それに合わせたかのように
「グレート、ピンチ…クラッシャァァァッッ!!!」
空中で合体した
国王や勇者が必死に呼び止めるも、そもそもこんな規格外な敵を相手に戦った事が無いのだ。
国王すら恐怖で顔をひきつらせているのだからその言葉に説得力は無く、全ての兵士達は逃げ出していき…残ったのは三人の勇者と国王のみとなった。
「さあ…今度は貴方達にピンチを贈呈しましょう!」
「ゆ、勇者達よ!!あの悪魔を倒せば金貨も装備も工面してやる!!は、は、早くこの者を倒すのだァッ!!」
国王の叫びに三人の勇者が震える手を抑え、武器を構える。
チュートリアルと考えすぐに倒せると思った相手。
しかし圧倒的な大きさと圧力を見せる
コレは、自分達で倒せる相手じゃないと。
「…樹、あの高さに届くか?」
「無理ですね」
「……じゃあさっきと同じ戦法で行くか」
弓矢で視界を遮り剣と槍で崩す。
言うだけならば簡単だし実績もある。
だが、相手が悪かった。
「デンジャー・ハザァァァドッ!!」
先程のパワードライフルとは比較にならない威力に勇者達は近付く事すらできない。
「ぐおっ…!?」
「なッ…!!」
「ガハッ!!」
「そんな…そんな馬鹿な!!?」
3人の勇者が防御に徹しているにも関わらずダメージを喰らい、吹っ飛ばされないようにするのが精一杯な状況。
これを見て国王は絶望な表情を更に濃くする。
「よぉし!トドメだぁッ!!」
それを好機と見た岩谷が
その瞬間、
「ラストチャンス…ソーーードッッ!!」
空へと舞い上がった機械鳥は
勝利を確信する岩谷…
デンジャー・ハザードを受けた勇者達と国王はその勝ち誇る岩谷を視界に映し……唯一の勝機を見た。
トドメを刺すために空へと飛び上がった
つまり今、岩谷を守る物は…何もない。
「い、今だッ!!」
国王の号令、ほぼそれと同時に三人は飛び出していた。
今持てる全身全霊の一撃を弓に、剣に、槍に。
それぞれの勇者がその武器で仕留めようと…ありったけを岩谷にぶつけた。
「な……」
「え…」
「…は?」
「貴方達が言ったんですよ…“盾の勇者は、序盤こそ強い”と」
三人の同時だった。
正面左右の三方向同時攻撃、それも全身全霊の一撃。
それを余裕の笑みを浮かべながら、盾から発していた薄紫の壁により全て防ぎきったのだ。
「さすがピンチガード…盾の能力で強化されてるからでしょうか?物凄い硬さだ」
「て、テメェェェ!!!」
挑発的な表情に北村がぶちギレるが、もう何もかもが遅かった。
「な、な、なぁぁぁぁ!!?」
「逆転!閃光カットォォォォォ!!!」
誰が上げたか分からない断末魔すら斬り裂き、
その後の話である。
メルロマルク城を崩壊させた岩谷は、斥候として潜入していたシルトヴェルトの兵士に誘われ国を出ることを決めた。
だがその前にメルロマルクで奴隷として捕らえられている獣人や亜人達を解放し国へ連れて行った事により、シルトヴェルトで伝説以上の崇拝対象として永遠にその名前を刻む事となった。
そして…厄災の波が来る度、またどこかで岩谷の絶叫がこだまする。
「助けてぇぇ!!!僕の……スーパーピンチクラッシャァァァァァァ!!!!」
……盾要素がピンチガードしかありませんが、どうかお許しください。