吸血鬼の女の子と、『保存食』になった男の子の話。

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他サイトの企画で書いた作品です。

感想をいただければ幸いです。


トーキョーヴァンパネルラ

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『曇りなき 心の月を 先だてて 浮世の闇を 照らしてぞ行く』

 

月照

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16歳になった俺はただ田舎におさまるのが嫌で、果てしない夢を追いかけようとしてこの大都会、東京に1人で上ってきた。

その頃は、自分なら1人でもきっと上手くいくいくだろうと、どこから湧いてきたのかも分からない自信とやる気に包まれていた。

 

だが、そんな自信も、巨大なビルに圧倒され、満員電車に押し潰されそうになり続け、来る日も来る日もバイト先で先輩に罵声を浴びせられる中で削られて、無くなっていく。

 

"社会"を間近で見るうちに、自分まで代替可能な部品になっていくような気がして怖かったのだ。

 

そして・・・今日もまたこのモノトーンな街で変わり映えのない作業を終え、帰路についていた。

 

帰路にはいつも薄暗い路地裏を選ぶ。理由は単純。誰もここを通らないからだ。

 

このビルに囲まれた路地裏はこの都会を体現するように殺風景で、何度通っても俺は好きにはなれなかった。でも、こんな夜に人が誰も通らない場所なんてここくらいしか無い。そして、その静けさは確かに自分の気を少しだけ晴らしてくれるのだ。

 

まぁ、同時に陰鬱とした単調さが俺を苛立たせるのだけれど。

 

つまるところどこに行っても結局はマイナスだ。この路地裏も、この都会も。色が無い、どうしようもなく単調なのだ。

 

 

 

__だからだろうか。

 

 

 

色の無い路地裏に、真っ赤な華が咲いていた時に、あまりにもそれが美しく感じられて・・・・・・思わず足を止めてしまった。

 

 

 

ビルの壁一面に赤く広がる血も。

 

 

 

生気を失って壁にもたれかかる死体も。

 

 

 

 

そして何よりも、その血を浴びて赤く染まり、満月の光で妖しく照らされる少女が。

 

 

 

俺にはひどく色鮮やかに見えてたまらなかった。

 

 

 

 

少女の視線がこちらに向けられる。少女は少し驚いた様子でこちらを見つめていた。

「え、うそ。見られた・・・?」

口元からは、人間とは思えないほどに尖った牙が白く輝いていた。

 

「どうしよう、お腹すいて無いしなぁ・・・」彼女は何かを考える素振りを見せながら、ぶつぶつ呟いていた。

 

そんな異様な光景の中で、俺は逃げ出そうとしなかった。殺されてしまうかもしれない。だが、それでも彼女の白い髪から、赤い瞳から、そして、一挙一動から目が離せなかった。

 

要はそれほどまでに彼女に惹かれており・・・完全に『一目惚れ』というやつだったのだ。彼女の事以外を考えられなかった。

 

 

「・・・・好きだ」気づけば俺は口を開いていた。

「お前が好きだ。」衝動からだろう。抑えようとすることなど、今は考えられなかった。

 

少女は一瞬目を見開いて固まると、すぐに頬を赤くした。

「え、えええええ!!!???」

 

 

もう一度続けて俺が「好きだ」と言おうとする前に、頬に強い衝撃が走り、そのまま意識が途絶えたのであった。

 

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「・・・ぅん・・・??ここ、は・・・!?」

 

朝日を受けて目が覚める。知らない場所だ。反射的に起き上がろうとするも、身体が動かなかった。

驚いて自分の身体を見ると、全身が延長コードで縛られていたのだ。何でだ!?

 

「・・・目が覚めた?」

声のする方に顔を向けると、少女が気まずそうな表情でこっちを見ていた。

でも、さっきと見た目が違う?白かった髪も黒くなってるし、瞳が赤いわけでもないし・・・・・

 

待てよ。というか、こいつは・・・。

 

 

「浦戸、だよな?」

 

「・・・・・・はぁ、やっぱりヒカルくんだよね・・・」

 

浦戸美夜(うらどみよ)、俺の高校のクラスメイトは、右手にナイフを持ちながら、乾いた笑みを浮かべていた。

 

「昨日のこと、覚えてる・・・よね?」冷や汗をかきながら、浦戸が念を押すように問いかける。

 

昨日のこと。浦戸が異形と化して人を殺していたこと。俺が偶然それを見かけてしまったこと。浦戸の妖艶さに惹かれたこと___

 

「なんで赤くなってるのよ・・・まぁいいわ。で、覚えてるの?ねえ。」

 

「うん、ま、まぁ。」迫力を帯びた問いかけにあっさりと答えてしまう。

 

俺がそう答えると、浦戸は「あぁぁ・・・やっぱり・・・」と頭を抱えた。

 

 

「浦戸って・・・あれか?吸血鬼みたいなものなのか?」俺はおそるおそる問いかける。

 

吸血鬼。鋭利な牙が特徴的で、人の血を食料とする怪物。その他、コウモリになるとか、鏡に映らないとか、様々な伝説がある。

 

昨日見た彼女の姿は、吸血鬼そのものだった。

 

 

「多分、その認識で合ってる。

なるのは満月の夜だけだけど・・・ 1ヶ月に1回・・・頑張って2ヶ月に1回は人を食べないと生きられないし、事実これまでにいっぱい食べてるから吸血鬼と変わらないと思うわ。」

 

にわかに信じ難い話だが、実際に俺は見ているし、昨日は確かに満月の夜でもあった。浦戸美夜は吸血鬼である、ということに間違いはないのだろう。

 

 

「じゃあ、俺も食べられるのか?」

 

彼女を見上げながら俺は言う。

延長コードで縛られ動けない身体だし、この距離だと抵抗も出来ないまま殺されてしまうだろう。

 

「そこをずーーーっと迷ってたんだけどね。」浦戸は片手でナイフを弄びながら言う。

 

「あなたを生かしてあげるわ。

 

さっきも言った通り、吸血鬼なのは満月の夜だけ。

あの日に一人食べたし、私はもうお腹いっぱい。

かといってあの現場は君に見られちゃったから放っては置けないし・・・でも殺して学校がお通夜ムードになるのも嫌なんだよね。

 

だから、さ。ヒカルくん。君は『保存食』だ。」黒目だけれど、昨日みたいな妖しい目をして、彼女は笑う。

 

「保存食?」

 

「そう。保存食だから、どうしても人を隠れて食べられなくなった時に食べる。

ヒカルくん、東北から引っ越してきて一人暮らしでしょ?折角だし、ウチに住ませてあげる。一緒に住んで、一緒に学校に行こう。

 

ほら、喜びなよ。私のことが『好き』なんでしょ?」

浦戸が楽しそうに言う。

 

確かに、俺はあの時浦戸に惹かれて、好きだと叫んでしまったな・・・

浦戸がこの姿になっても未だに胸の高鳴りは止まらないから、きっと好きなのは変わらないんだと思う。まったく、自分のことながら、一目惚れは恐ろしい。

 

 

「・・・ちなみに、拒否権は?」

 

「何のために縛ってると思ってるのさ。断ったらしょうが無いから殺すよ」

 

「だよな。はぁ・・・」

 

自分に向けられたナイフにため息をつく。

 

こうして、意中の相手との思わぬ形での同棲生活が始まったのであった。

 

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『君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後ぞ 澄み渡るべき』

 

岡田以蔵

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「吸血鬼ってかっこいいな。」

 

「何、突然。」

 

「いや、この間の変身とか凄かったし・・・」

 

 

時間が経つのも早いもので、浦戸と住むようになってから1度目の満月の夜が過ぎた。

今月は、俺は食われなかった。

 

満月の夜、浦戸が窓のカーテンを開けて月の光を浴びると、浦戸の髪の色が次第に黒から白に変わっていって牙も伸びていく様は、とても美しかったなぁ。

そして、そのまま「行ってくる」と言ってフードを被って家を出て、二時間ほどして、「美味しかったー。」と笑顔で帰ってきた時には、別の服を着ていた。服に付いた血を隠す為だろうか?

 

この前浦戸に人間がどんな味がするのかを聞いてみたら、彼女は少し考えた後に、「林檎に蜂蜜をかけたような味」と答えた。自分の身体に、そんな味がするのか・・・③

 

俺は相変わらず彼女に惹かれている。相変わらず、家では延長コードで縛られているし、いつ食べられるかわからない生活だけれど・・・それでも今、他愛のない話を出来るくらいには話せるようになった。

 

「ゲームとかに出てくるモンスターの中でも、だいたい吸血鬼って大ボスくらいの位置にあると思うし、他のモンスターとかでもだいたい血を吸ったら倒せそうな気がするな。」

 

「あぁ、そういう。

ヒカルくんもそういうのをカッコイイと思う感じ、男の子だねぇ。

そうね。吸血鬼になるっていっても、身体能力がちょっと上がって、牙が生えるくらいのものだからなあ。血が流れてて、肉弾戦が通じるモンスターとかなら勝てるんじゃないの?

鎧とかつけられるとさすがに噛む場所が無いからお手上げだけど」

 

「血が流れてて、肉弾戦が通じる相手か・・・」

 

「うん。だからアレは絶対無理、倒せない。」

 

「アレ?」

 

「スライム」 浦戸がちょっと悔しそうに言うものだから、俺は思わず笑ってしまった。

 

「最強のモンスターなのに、スライムが倒せないってちょっと可愛いな。スライムが最強のモンスターなんじゃないか?」

 

「可愛い言うな!食べるぞ!

はぁ、そもそも私をモンスターに例えないで欲しいんだけど・・・。」

 

「違うの?」ちょっと悪戯っぽく言ってみる。

 

「違うよ。」浦戸はため息をつくと、続けて言う。

「RPGの世界のモンスターはモンスター同士の軍とか国家があって、その秩序の中で人間を襲って生きてるでしょ?

私は違う。人間しかいない世界で、1人違う種族に生まれ、人間の秩序のもと生きないといけなかったから。」

 

「・・・ごめん。」あんまり悲しそうに言うものだから、素直に謝った。

「1人なのか。てっきり親とかが吸血鬼だったとか、そういうものだと思ってた。」

 

「うーん、お父様とお母様は物心ついた時にはいなかったから分からないのよね。

・・・でも、多分人間だったんじゃないかなと思うわ。」

 

「どうして?」

 

「私に物心がついてないから。ホラ、小さい頃って何でもかんでも口に入れちゃうでしょう?だから私は、きっと『食べ物が目の前にあったからつい。』みたいな感じで食べちゃったと思うの。

ヒカルくんも、お皿の上に林檎が食べられる状態で置いてあったら食べるでしょ。」

 

「林檎って・・・。仮にも親にその例えを使うのか。」

 

「親"でも"よ。

私にとっては、人間は食べ物でしかない。だから物心がついていても、いつかは食べていたんじゃない。

いい?あなたたちの価値観と私の価値観を一緒にしないで。人間の価値基準で動いたとしても、私は死んじゃう。そんなのは嫌だから。

 

私は『生きるために人を食べなくちゃならない』。」

 

『生きるために』という言葉にひどく重みと隔絶を感じた。目の前の彼女とはそもそも種族が違うのだということを意識させられ、胸が苦しくなった。

 

「じゃあ、浦戸はずっと1人だったのか?」

 

「いや、お母様とお父様が死んでからは、私はおじい様に引き取られたから・・・しばらくはおじい様に育てられたわ。もう亡くなったけど。

あ、そうそう。この家もおじい様が建てたの。えっとね・・・」

 

浦戸は俺を縛る延長コードを外すと、「ついて来て」と言って俺の手を引っ張った。

 

「良いのか?延長コードを外して。逃げるかもしれないぞ?」

 

「逃がさないし、別に無くてもヒカルくんは逃げないでしょ。ほら、さっきから手を繋がれて脈が凄いよ。可愛い。」

 

「うっ、可愛いって言うなよ」

 

「お返し。」2人で笑った。

 

そうやって言い合っている間に、地下にある1つの部屋にたどり着いた。

 

「入口が壊れてる?」

 

「私が昔壊したの。さ、入って。」

 

招き入れられて中に入る。そこにあったのは、鉄格子が無理矢理こじ開けられたような跡の残る牢屋だった。

 

「これは・・・」思わず息を呑む。

 

「おじい様はね、私の事が怖かったんだと思う。

そりゃあしょうがないよね。自分の愛しい息子とその妻が年端のいかない子供にむごたらしく殺されたのに、ソレを自分が引き取らなきゃいけないなんて。」浦戸は昔を懐かしむように語り出す。

 

「だから私はここに入れられて育てられたの。懐かしいなぁ。昔は満月の夜によく暴走しちゃったから、牢屋もボロボロになっちゃって。途中で手錠で壁に繋がれたなー。

 

・・・それでも、おじい様は私を殺さなかったの、生かしてくれた。

おじい様はお医者さんでね。血液パックを毎月提供してくれたんだ。

 

そりゃあ私のことは怖かったんだろうけど、それでも血液の提供を私の生きる術として与えてくれたんだよ。

祖父としてなんとかして孫である私を『人間』として生かそうとしてくれたんだなーって思うよ。だから、私はおじい様には感謝してる。

 

まぁ、おじい様が亡くなってからは、私も家のお手伝いさんとかに『バケモノ』として憎まれて、殺されかけたけど・・・。当然血液も貰えなかったし。

何ヶ月も何も食べてないと人を見ると抑えられなくなって暴走しちゃうんだよね。だからその時の勢いで牢屋まで壊しちゃって・・・屋敷の人みんな食べちゃったよ。

 

・・・と、まあそんなことがあって、私は今こうやって生きてるのでした。めでたしめでたし。」

 

「暴走・・・なんというか、壮大な話だな。今まで生きてこれたのが凄いよ」

 

「私は生きるためならなんでもやるから。殺人も食事として数え切れない程してるし、君たちの言う所の大量殺人鬼・・・いや、人間ですらないから害獣かな?

だから、人間基準での"良い話"では決して無いけどね。

 

 

さて、私の生い立ちについては話したし、次はヒカルくんのことを聞かせてよ。」

 

「え、俺!?」まさか話を俺に振ってくるとは思ってなかったので、若干慌てる。

「俺の生い立ちなんて、そんな面白いことも無いぞ?」

 

「そうかな?でも私だけ喋ってヒカルくんが喋らないのもなんかズルいしなー。

んー、じゃあね、例えば、ヒカルくんはなんで東京に来たの?」

 

「ま、それならいいか・・・」

 

俺は東京に出た理由とか、それからの自分の失敗とかを浦戸に喋った。

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

「あはははは!!!何それおかしい、謎の満ち溢れる自信で東京に来たって、ほんとに何それ。しかもすぐ折れちゃうとか、ふふふ・・・はははは!!!」

 

「もっともだけど・・・そんなに笑うことないだろ!」

 

「ははは、ごめんごめん。でもさ、そんなに生き急いでまで社会的に大成功したいの?何でそんなに頑張るんだろーなーって思って。」

 

「何ていうか、生きてるなら、何か大きなことをしたいだろ。」

 

「んー?」浦戸が首を傾げる。

 

 

「人類の歴史って長いよな。何万年とか。

その中で今生きてるだけでも人類は70億人もいて、しかも俺らは80年くらいしか生きられない訳で。

何万年もの中で生きて死んだ人間を、俺たちは何人知ってる?せいぜい何兆人のうちの100人くらいだろ。殆どの人は何も残せずに、知られずに死んで、誰からも認識される事が出来なくなる。

それなら、生きていても死んでるのと一緒なんじゃないかって思ってしまうんだ。

 

俺はそれが怖いから。自分が生きてたって未来に伝えたいし、でもそれは無理だと思うから、せめて自分の中でも生きてるって実感が欲しい。あとは、生きてるんだから、誰かのために何かしたい。

 

つまるところ、生きた証を残したいんだよ。」

 

 

「ほえー。やっぱり、私にはよく分からないな。人間の中で偉人になりたいとかそういう感覚も無いし、私は私でオンリーワンだしなあ。」本当にわからない、といったように欠伸をしながら浦戸が言う。

 

 

___人間の価値観と吸血鬼の価値観は違うんじゃないか。

 

 

俺はそう言おうとしたが、やめた。

 

「あっ!でも、生きている人間と死んでる人間の違いは分かるよ。」

浦戸はふと思いついた風に言うと、

 

「えいっ!」と俺の腕に噛み付いてきた。

 

「えっ、何だよ、痛い痛い!!」突然のことに驚き、慌てて振り放す。

腕には歯の跡がくっきりと付き、噛まれた所から少しだけ血が出ていた。

 

「何すんだよ!」と怒ると、浦戸は血が出ている俺の腕を触って呟く。「あったかい。」

 

「え?」

 

浦戸は腕から手を離して、指に着いた俺の血をちょっと舐めると、こう続けた。

「人間の生きている血ってね、あったかくて、ぬるぬるしてて、おまけに、味があって美味しいの。

逆に死んでからちょっとすると、冷たくてあんまり味がなくなっちゃう。証拠が残ってバレるのは嫌だから残さず食べるけどね。」

 

「それ言うために腕噛んだのか・・・」

 

「いいじゃない、保存食なんだし。いるんだよね、たまに。生きてるはずなのに、冷たくて味がしない人。芯が冷えてるのかな?そういう人は、私も生きてるのか死んでるのかわからないなって思う。食べるし死ぬんだけど。

 

だからね・・・私が何を言いたいかというと、ヒカルくんは生きてるって言えるんじゃない?あったかいし、美味しかったし。」

 

「んー? そう・・・なのか?これで本当に言えてるのか?」

 

「それは知らない。所詮モンスターなので?人間の事なんてわかりませーん。

ふぁあ・・・眠くなってきたし、私はそろそろ寝るね。」そうして浦戸は駆け足で寝室に向かって行ったが、途中で「あ、」と何かを思い出したように振り返る。

 

「君は私の保存食なんだから、私に食べられる前に冷たい、味のない奴にならないでね。絶対」

 

 

俺は笑うと、「ハイハイ、わかったよ」とだけ返して、走り去る彼女を見送った。もう延長コードで縛られなくて良いのか・・・安心した。

 

 

『味のある血』という言葉が、頭の中にくびりついて離れなかった。

 

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『月も見て 我はこの世を かしく哉』

 

加賀千代女

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ベッドの中。ヒカルくんに昔の事を喋ったせいか、色んなことが頭の中に浮かんでくる。

 

『院長、なんでアイツを生かそうとするんですか、あんなの人の皮を被っただけのバケモノですよ!?』

 

『ヒッ・・・!!来るな、この人殺し!』

 

あぁそうだよ、うるさい。全部事実だし、悪いとも思ってないよ。こちとら生きるためにやってんだからさ。

 

おじい様が私を人間として生かそうと頑張ってくれたのを知ってたから、私も人間として学校に通った。でも、"私"が友達を作れる訳がないよね。そもそも種族が違うんだから、人間の価値観もわからないし。

 

ありのままの私じゃ受け入れられないのを知ってたから、学校ではどこにでも居そうな女の子の仮面を被った。

 

当たり障りの無い対応と距離感をもって、何人か話せる友達も出来た。あの子達は、私の本性を知ったらどうするだろう。逃げるだろうな、拒絶するだろうなぁ。まあ、それが当たり前だと思うし、責める気もないよ。当たり前。普通。皆生きたいし、自分が大切なんだよ。私もそうだから。

 

 

だから、さ。

 

 

『好きです』

 

『可愛いな』

 

なんて。ヒカルくんはおかしいよ。

私のありのままを知って、そんな言葉が最初に出てくるんだよ?

自分がいつ殺されてもおかしくない状況なのに、よく捕食者と普通に話なんてするよなぁ。

ヒカルくんは「生きてるうちに何かしたい」って言ってたけど、それなら真っ先に私から逃げるべきじゃない?本当に、わけわかんない。

 

 

はぁ・・・ヒカルくんのせいで、私も、不思議な感覚だ。胸の奥がギューッとなるような、何なんだろう。これ・・・。

 

「ヒカルくんの血、美味しかったな・・・。」

 

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『露と落ち 露と消えにし わが身かな なにはのことも夢のまた夢』

 

豊臣秀吉

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こんな生活が始まって、5回目の満月の日になる。なんだかんだ、俺もまだ生きている。

 

こうして俺が生きられるほどに浦戸が狩り?を続けられるのは、やっぱりあの路地裏の存在があるからなんだろうなと思う。

あそこは人がほとんど通らないうえに、薄暗いから、彼女が"獲物"を誘い込んで食べるのには、絶好の場所だ。

 

あの時も。きっと、俺がもう少し通る時間が早かったら浦戸に食われてたんだろうなーと思いながら、スマホの電源をつけ、現在時刻を確認する。

『P.M.21:45』

浦戸はいつも20時に家を出て、だいたい22時に帰ってくるから・・・そろそろだろうか?

 

そして俺の考え通りに10分程して彼女は帰ってきた。

美味しいものを食べた後の幸福そうな表情と、なぜか複雑そうな表情を混ぜたような面持ちで。

 

「どうした?何かあったのか?」と聞くと、浦戸は「あー、えっとね、その・・・」としばらく言い淀み、ついにこう言った。

 

「あそこの路地裏、通れなくなるんだって。」

 

「え・・?何て?」予想外の発言に、思わず聞き返す。

 

「路地裏、私が使ってるとこ。通れなくなるって。聞こえた話だけどね。

来週くらいからあそこにあったビルが取り壊されるのか新しくなるのか何かで、あそこの道が広くなるらしいの。だからしばらくあそこは通れないし、通れるようになっても人通りが良くなっちゃうみたい」

 

「あぁ成程・・・それだと本当にずっと使えないな。どうするんだ?」

 

「そうだね、とりあえずは人通りが少なそうな所をこの1ヶ月で探すけど・・・もし見つからなかったら、保存食を使わないといけないと思う。」

 

 

あぁ、そうか。ついにか。

 

「わかった。」

 

「まぁ短くても1ヶ月は時間に猶予はあるから・・・やり残した事とかある?」

 

「そりゃあいっぱいあるよ。将来色々やりたいから東京に来たんだし。でも、それは1ヶ月では出来ないしなぁ・・・

1ヶ月で自分が出来ること。1ヶ月で自分が残せるものか・・・」

 

そうやって考える俺を浦戸は怪訝そうに見つめる。「ねえ、前から思ってたけどさ。」

 

「ん?」

 

「余命宣告をされたのに、やけに素直だよね?ヒカルくんは、死ぬのが怖くないの?」

 

「そりゃあ怖いよ。だって死ぬんだぞ?

でも、俺が死ぬことで浦戸が少し生き延びられるなら・・・誰かのために生きたってことで俺の生きた意味になるかなとは思うから。あとは、まぁここに住んでる時点でいつか死ぬのは分かってたし。」

 

「・・・そっか。」浦戸が少し顔を赤くする。

 

「遺書を残すか・・・?いや、そもそもどこに置いておくんだ。

親に送るにしても『吸血鬼の保存食として食われて死にました』なんて説明できるわけがないし、

『自殺』って嘘をついて悲しませるよりは『行方不明』の方がまだ希望を残せていいだろうし・・・」

 

「それならポエムとか書いといた方がいいんじゃない?家に飾ってあげるよ」冗談っぽく言う。

 

 

「ポエムはやっぱりちょっと抵抗あるな・・・ん、いや。ありかもしれない」

 

「え?本気で?」

 

俺の予想外の一言に浦戸は目を丸くさせる。確かに俺もポエムは書きたくない。死ぬ時まで自分を飾るのは嫌な感じがしたからだ。ただ、自分の人生を淡々と長く綴るのも味気ない気がするから。なら、そうだな・・・

 

「辞世の句ってどうかな。」

 

 

◆◆◆

 

 

『辞世の句ってどうかな。』

 

『辞世の句って、アレ?この世に別れを告げる歌みたいなの』

 

『それ。なんか長々と綴るのも味気ない気がするかなと思ってさ。』

 

『ふぅん』

 

なんて。

 

あれから、2週間くらい経った。

まぁわかってたけど、あの路地裏以外に人通りが少なくて人を食べてもバレなさそうな所は見つからない。

うーん、来月からは私も厳しいかなぁ。1ヶ月や2ヶ月ならまだ耐えられるけど、それが続くようなら私も死んじゃうからなぁ。

 

やっぱり、ヒカルくんを食べなきゃいけない、か。

 

ヒカルくんはあれからずーっと辞世の句を考えてる。もう死ぬから、って財布の中身を全部使って俳句の本を買った。行動力というか、なんというか・・・・・・

 

前にヒカルくんが言ってた『生きているうちに死んでも残るような何かをしたい』ってさ、結局周りの為なのか自分の為なのかで全然意味が違うんだよね。

 

『周りの為』、つまりは、周りに価値を認めて欲しい、とか自分の価値を見いだして欲しい、とかだと自分が本来持つはずの価値基準を他人に委ねてるわけだし、そういう人はきっと自分で価値の判断が出来ないから、満ち足りることが無い。どんどん上を、もっと上をって追求していって、いつまで経っても幸せになれないんじゃないかなーって思う。まぁ、そもそも人間の社会がこうなっちゃってる気もするけど・・・

 

逆に、『自分のため』にちゃんと自分で価値を判断出来れば、そこそこで満足できるでしょ。

 

学校で見てきた人間は圧倒的に前者が多かった。勉強でしか他者が自分を見てくれないから勉強頑張って良い大学に行くんだとか言ってた人とか、可愛く見られたい。いいねが欲しい。って過剰にSNSをやる女子とか・・・・・・正直に言ってバカらしい。一生欲求が満ち足りる筈もないし、人生の最後くらいに「不幸せな人生だった」なんて嘆くんだろうなって思うよ。

幸せ、不幸せなんて自分の見方次第なんだから。

 

そう。だから私はそのヒカルくんの言葉を聞いた時に、(あぁ、君も他者評価のために生きてるんだ)なんて思って退屈だった。

けど、他者評価が行動の源になってるなら自分の命まで使うわけがないじゃない。自己献身はそんな範疇を明らかに超えてるし、そもそも、何かを犠牲にする決断なんて、自分で何が大事か分かってないと出来ない。

 

だから、意味がわからないんだ。ヒカルくんは命が大事じゃないの?死ぬのが嫌なんじゃないの?

それとも、私のことが、そんなに・・・?

 

(・・・・・・・・・!!!)

 

ハッとした。今まで胸の中にあったぎゅっとした気持ちが、分かったような・・・・・・そんな気がした。

 

 

そんな時だった。

 

 

「よし、出来た! 」

さっきまでペン片手に本を睨んでいたヒカルくんが声をあげた。

 

 

「出来たの?ちょっと見せてよ。」

 

「あ、待て!まだ心の準備が」

 

慌てるヒカルくんから句の書かれた紙を奪う。えーと、どれどれ・・・?

 

 

『ぬばたまの 夜に焦がれた 我が命

やみよを照らす 光であれたら』

 

 

「ぬばたまって何?」

 

私が聞くと、ヒカルくんは照れくさそうにしながら、

 

 

「なんて言えばいいかな・・・和歌で、『夜』にかかる枕詞なんだけど」

 

 

枕詞。ある語の前に置いて語調を整えたり、情緒を添える言葉のこと。強調、ともとれるか。

 

「・・・ふーん。」

 

そう言ってもう一度歌を見る。

 

 

『ぬばたまの夜』『や"みよ"』『光』__ははっ、笑っちゃうよ。自分の辞世の句で"それ"やるかな?本当に・・・

 

「何笑ってんだ?そんなに変だったか?」

 

「いいや?いい歌だと思うよ?私は」

 

 

ニヤニヤしながら言う。当然嘘だ。変だよ、おかしいよ。

 

 

でも、君のそういうところに、私は____

 

 

「ねえヒカルくん。・・・私のこと、好き?」

 

「そりゃあそうだろ。吸血鬼でも食べられても、お前が好きだ」

 

「・・・そっか♪」

 

 

今はまだ抑えておこう。

この、胸の中の__甘酸っぱい気持ちを。

 

 

 

あぁ、やっぱり、私は・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

・・・

 

「あれから1ヶ月経ったけど・・・食べる場所見つけたのか?」

 

「私を誰だと思ってるのさ。見つけるに決まってるでしょ?」

 

「まじか!あー、折角カッコつけて辞世の句まで書いたのにな」

 

「・・・ふふ、食べられないんだから良かったじゃん。アレはアレで飾らせてもらうけど。」

 

「おいやめろよ、恥ずかしいだろ。」

 

「だーめ。」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

・・・

 

「・・・ただいま。」

 

「あ、おかえり。今日は早いんだな。

ここから近いのか?見つけた場所って。」

 

「まぁね。いやー、本当にいい場所見つけ・・・あっ」

 

「!!」倒れかけた浦戸をすぐに支える。

 

「あ、ありがと・・・」浦戸がこちらから目を逸らして言う。

 

「"また"か?最近よくふらつくけど・・・風邪か何かか?」

 

「みたいだね。ごめん、今日は早く寝るよ・・・」浦戸が寝室に向かう。またふらつくのが心配だから着いて行こうとすると、「大丈夫だから」と止められた。

 

 

吸血鬼でも、風邪ひくんだな・・・・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

・・・

 

寝室のドアを開ける。

 

「浦戸、大丈夫か?学校からのプリント置いとくぞ」

 

「あー・・・ありがと。大丈夫。風邪だからすぐに治るよ」

 

「本当か?」

 

「うん。だからもう出てっていいよ。1人でゆっくり休みたいし・・・。」

 

「え?でもさ」

 

「いいから」

 

「でも・・・」

 

「いいから!!!!」

 

「・・・・・・わかった。」

 

部屋から出て、ドアを閉めた。

 

「・・・・・・。」

 

少量の違和感とともに。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

・・・

 

寝室のドアを開ける。

 

「浦戸、入るぞ。」

 

「・・・ヒカルくん?そのセリフは普通ドア開ける前に言うものだからね。もう・・・」

 

「あぁ、ごめん。ちょっと聞きたいことがあってさ」

 

「・・・なに?ちょっとしんどいから、手短に頼むよ。」目をこちらに向けないまま、浦戸が呟くように言う。顔は青白く少し痩せた様に感じる。

 

「今日は満月だけどさ。その体調で行くのか?」

 

「そりゃー、行くでしょ。どんな状況でも食べないと。」

 

「そうか。"どんな状況でも"、か。

なら、これはどんな状況だ?」

 

「・・・どういうこと?」

 

「なぁ、浦戸。4ヶ月前にお前が新しく見つけたって言った場所、どこだ?家の近くを探してみたけど、そんな場所はなかったぞ」

 

「言う必要ある?関係ないじゃない。」

 

「いやさ、あるだろ・・・じゃあ次の質問。俺を執拗に部屋から追い出そうとする理由。何故だ?」

 

「・・・それも、関係ないでしょ。もういいでしょ。出てって!じゃないと__」

 

「じゃないと、食うのか?俺を。それならそうしてくれ、さっさと食べてくれ!」

 

 

だってさ、お前・・・・・・

 

 

 

「場所を見つけたなんて、嘘だろ。」

 

 

「・・・そ、そんな訳ないじゃない!私だって食べたら死ぬんだし、それに・・・ホラ!そんな嘘つくんなら、真っ先にヒカルくんを食べてるでしょ。」

 

「俺もそうだと思った

。そう信じたかった!俺も食べられてないから、きっとどこか俺の見つけられなかった場所で食べてるんだと思ったよっ!!!

 

__浦戸が、俺を食べたくないから食べないなんて、するはずがないって、思ったよ・・・・・・」

 

「何が、言いたいの」

 

「なぁ浦戸。さっきも聞いたけど、何で俺の方から目を逸らすんだ?最近・・・先月も、先々月もそうだったよな。」

 

「そ、それは・・・」

 

「前に言ってたよな。『頑張れば2ヶ月までなら人を食べなくても死なない』って。丁度浦戸が体調を崩したのも2ヶ月前くらいだよな。

 

こうも言ってたよな。『長い間人を食べなくて暴走しかけた』って。

 

浦戸が嘘をついてるなら、もう"4ヶ月も何も食べてない"ってことだろ・・・!!!人間を・・・俺を見たら本能を抑えられずに暴走して俺を食べるかもしれないからって。だから、こうやって__」

 

「ち、違う・・・!!私は・・・・・・」声の震えが、悲痛な表情が、全て真実だと告げていた。

 

「浦戸、分かるだろ。このままだとお前は死ぬ。だから・・・俺を!食べてくれよ・・・!!!」

 

俺が死んだとしても、お前の苦しむ姿なんて見たくないから・・・と俺は叫んだ。

 

 

___お互い、長い沈黙が続く。

 

しばらくして、浦戸が口を開く。

 

 

「話す・・・話すから。

扉越しでもいい?多分、そろそろ、我慢出来なくなる。」

 

「・・・わかった。」

俺は寝室から出て、扉にもたれかかる。

 

「じゃあ・・・話すね。

少しして、浦戸も・・・逆側の扉にもたれかかったようで、声が近くに伝わってきた。それでも、今にも消えそうな、弱々しい声だ。

 

「まず・・・・・・うん。ヒカルくんの言う通りだよ。結局都合のいい場所なんて見つからなかった。でも・・・でもね?保存食のはずのヒカルくんのことを食べられなかったんだ。

だってさ___

 

ヒカルくんのこと、好きになっちゃったんだもん。

 

はは・・・おかしいって?そんなの分かってるよ。私は吸血鬼で、ヒカルくんは人間なんだ。結ばれるわけもない。

おかしいよ。好きになったからって、自分が死んでも君を食べたくないなんて・・・まるで"君みたいな"事を私が考えるなんて。

おかしいよ。君は。こんな私の事を、好きでいてくれるなんて・・・・・・。

 

だから、私も好きになっちゃうんだよ・・・」

 

 

扉の向こうで浦戸がすすり泣くのを、驚いて何も言えずに聞いていた。

 

だが、続いた言葉でさらに驚かされる。

 

「・・・私はね。多分今日か明日には死ぬと思う。」

 

 

「・・・っ!??」

 

「自分の身体の事だからね。『そろそろだな』って分かるの。

・・・死ぬのは怖いなぁ。なんてさ、人の命をたくさん奪って来た身が言えるのかは分からないけど、それでも怖いよ。そもそも奪わなかったら私はここまで生きてないしさ・・・・・・。

しかも結局、心に嘘ついてヒカルくんを食べたって、場所を見つけられなかったら1,2ヶ月しか生き延びられなかったっていうね。

 

ねぇ、私は・・・どうすれば良かったのかな?

 

この世界にたった1人こんな身で生まれてしまってさ。生きることも許されない、こうやって好きな人とも結ばれない、私の生って何だったんだろうね。

 

人魚姫みたいに声を犠牲にして人間になれたら・・・あぁ、でもあれも泡になって消えちゃうんだ。」

 

「浦戸・・・・・・・・・」

 

「くや、しいなぁ・・・。人間に生まれたら、違ったのかな・・・」

 

『どうすれば良かったのか?』その問いには、答えられなかった。いや、答えたとしても、きっと気休めにもなれない。だって、彼女の立場に立てるのは、彼女だけなのだから・・・・・・・・・

 

 

でも、死に行く彼女の為に__『好きな人のために』何かしたいと、また思ってしまった。

俺は酷く無力で不器用だ。誰かのために何かをしたいと思っても、涙を流す彼女を安心させる事も出来ない。自分が犠牲になる解決策しか思い浮かばない。

 

それでも、助けたいから。自己満足でも何でもいい。それでも・・・ッッ!!!

 

 

「ちょっと行ってくる」

 

「え・・・?ヒカルくん・・・・・・!?」

 

「人通りの少ない場所を探してくるんだ。好きな奴が死ぬ瞬間までのうのうと待ってられるかよ・・・!!!」

 

「ちょ・・・・・・・・・待って・・・ヒカル、くん・・・っ!!!!!」

 

 

そう言い残して急いで俺は外に出る。猶予は無い、急いで見つけないと。浦戸を、生かすために・・・。

 

________________

 

『願はくは 花のもとにて 春死なむ その如月の 望月のころ』

 

西行

______

 

 

 

「ここは・・・ダメだ、人通りは確かに少ないけど、道が広すぎる。」

 

 

「ここなら・・・あぁクソ!監視カメラがある。」

 

 

外に出てどのくらいだろうか。もうとっくに日も落ちて・・・それでもまだ俺は東京の街を駆け巡って都合のいい場所を探していた。が、夜でも至る所が電気で照らされ、どこに行っても人が居る・・・まるで『今まであの路地裏があったのが、浦戸が今まで生きてこられたのが奇跡だ、諦めろ』と言われているかのように。

 

認められる訳がない、認めたらダメだ、そんな不条理・・・

 

「もうすぐ、夜中か・・・浦戸はまだ・・・早く、見つけないと。」

 

 

そう決意してすぐの事だった。

あまりにも暗く先程まで見落としていた道に気づいたのだ。

 

細すぎず、広すぎない、監視カメラもないし、十分薄暗い、これなら、見つからない・・・・・・いける!!!!!

 

喜びと驚き、高まる興奮を混じえて、ひとまずスマホの電源をつけて時計を確認する。時間は予想通り夜中に近い、『午後11時11分』で____

 

 

 

 

「・・・・・・!!!???」

 

 

浦戸の、大量の不在着信が届いていた。

 

 

あまりの衝撃に声を出してしまう。

何故電話を?無事なのか?それとも・・・・・・

あぁぁ、今すぐに携帯の画面から今すぐこの手を、身体を出してでも、すぐに浦戸の所に行って安否を確かめたい。

 

携帯の着信履歴を見る。それまで連続で届いていた電話は、ある時刻で止まっていて、最後に届いたメールには、

 

 

 

 

『おねがいだからそばにいて』

 

 

 

 

と、短く書かれていた。

 

 

___あぁ、そうだ。そうに決まってる。

 

俺が逆の立場なら、それを要求しただろう!!!!!!

 

 

『死ぬ間際くらい、好きな人のそばにいたい』って・・・っ!!!!!!!!!

 

 

何が『自己満足でもいい』だ!その結果がこれだろう・・・っ!!

 

 

あぁ、本当に、自分は・・・本当に、無力で、不器用だ。

 

 

大声で泣き叫んでから、急いで"家"に戻った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

・・・

 

 

 

もう冷たくなって動けない"其れ"の前に、ひたすら子供のように涙を流して自問自答する。

 

どうすれば良かった? ___ただ、側にいてやれば良かったのだ。

 

 

 

どうすれば良かった?___ただ、側にいてやれば___違う!!!

 

 

『彼女を生かすためには』どうすれば良かったんだ・・・・・・

 

 

その答えを見つけられないまま、その答えに囚われたまま、『保存食』は温かさを失って、腐っていく____

 

 

________________

 

 

『ぬばたまの 孤独の夜に 降る光

 

後の御世には あなたのそばで』

 

______

 

 




読んでくださりありがとうございました。

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