シリウス・ブラックの親戚さん。
ハリー世代。

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吾輩はアル・ブラックである

満天の星空の下、父は星々を指さして笑っていた。

 

夏の大三角形。頂点から時計回りにベガ、デネブ、アルタイル。

数ある星の中でも一際輝く一等星。

その三つをつなげての三角形。

 

父の言葉を信じるなら、俺の名前はアルタイルからとったから、アルになったらしい。

 

『見てごらん』

 

光のない平原で父は宙を指す。

俺はビニールシートに胡坐をかいて、持参したコーンスープで暖を取っていた。

俺の意識は空に瞬く星々よりも、目の前の湯気を放つ黄色い液体に夢中だった。

 

『アルは星に興味はないかな?』

 

苦笑した父。

ないわけではない。でも、正直どこの星がどれとか覚えるのが面倒くさかった。

星座の形を聞いても、こじつけとしか思えない。

 

『この宙には、人の知らない星がいっぱいある。母さんもきっとどこかにいるだろう』

 

父は慈しむように宙を見上げる。

その目はきっと母を探している。けれど見つからない。

母の面影がこの広い宇宙のどこかにあると信じて、父は探し続けていた。その顔を見て、それを徒労だと笑うことはできなかった。

 

『アル。母さんは魔法使いだった』

 

父の戯言だ。口癖のような物で、ことあるごとに言っていた。

 

『母さんはわたしに世界を見せてくれた。私が知っているよりもはるかにこの世界は大きく、美しかった』

 

コーンスープの輝きとこの宙とでどっちが美しいか。

腹の音がゴングと鳴って、もはや勝負は眼に見えていた。悲しいかな。外面の美しさは内に秘める美味しさには敵わない。

 

『いつかきっと、お前もこの世界の美しさを知る。誰かが教えてくれる』

 

父はずっと上を見ていた。

星々の輝きに目を奪われている父。

黄色いコーンに目を奪われている俺。

やっぱり俺たちは親子だった。

 

『アル。愛しているぞ』

 

初めて聞いた父の声音に、俺は思わず見上げていた。

いつの間にか、父は俺のことを見ていた。

 

コーンスープを啜って宙を見る。

黒い世界に煌めく星々。

地平線を見れば、わずかに民家の明かりが見える。

車道を作るアスファルト。ジュースの缶や塵ゴミが落ちている。

 

俺は思う。

あれから何年たっても分からないでいる。

 

この世界は、美しいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アル。アル」

 

身体を揺さぶられた。

夢の世界は終わりを告げていた。

意識はとっくに目が覚めている。

 

もう少しこの心地の良い世界を旅したいと、俺は起きることを拒否した。

しかし呼び続けられる言葉と、激しさを増す揺さぶりに二度寝は叶わない。

観念して起きる。

 

「アル!」

 

「起きてるよ……」

 

のっそりと起き上がったら、デコの広いマルフォイがいつもの取り巻きを従えて傲岸不遜に立っている。

 

「ふん……」

 

やっと起きたかと鼻息一つで伝えてくるのだから、このマルフォイとか言う奴はすげえと思った。

 

「んー……」

 

首を回してゆっくりと背筋を伸ばす。

ボキボキと小気味良い音が聞えた。

この年で骨なるのか……。やっべ。

 

「行くぞ。我らがスリザリンの華々しき凱旋だ」

 

誇らしげな顔で、胸を反らして、マントを翻す。

やっべえ。天狗だ。天狗がいる。天狗がおるぞっ。

 

マルフォイのいつもの2割増しの天狗っぷりには理由がある。

今学期、寮対抗杯はスリザリンが勝った。何か知らんが途中まで接戦を繰り広げていたグリフィンが勝手に落ちた。

だからこそ、マルフォイはこれほどまでに鼻高々だ。憎きグリフィンドールの鼻を明かしてやったと。

 

だが悲しきかな。おれだけが知っていることがある。

今年の優勝はグリフィンドールです。

なんかね。賢者の石でどうこうあるんだってさ。悲しいよね。

 

「はははっ。あのポッターの悔し顔が目に浮かぶ!」

 

心の声が漏れるマルフォイ。

小悪党風味の憎めない奴だ。

おれはおまえの茫然とした顔が今から楽しみで仕方がない。

しかと見せてくれ。間抜け顔を。

 

「行くぞアルっ! 我らがスリザリン、勝利の凱旋。僕の後に続けっ!」

 

先頭を歩き出したマルフォイ。

クラップやゴイルが後ろに着き従っている。

このまま広間まで行くのか。

 

おれは少し離れたところでこっそり入場したかったが、ノットとザビニに両腕を拘束されてマルフォイの横に立たされた。

これではまるで見せものと言うものだ。

 

見世物にされながら長い階段を下り、大広間へとやってきた。

大広間は学期最後の宴を目前にほとんどすべての生徒が集まっている。賑やかだった。

中でもスリザリン生のとびっきりの笑顔が胸に苦しい。

ハッフルパフやレイブンクロー、グリフィンドールの通夜のような雰囲気は見ていて辛くなる。

これがのちのち引っくり返る事を考えたら何だか楽しくなった。

 

長テーブルの上に立って広間を見わたす。

噂のポッター嬢が学年一の才媛の隣でこれまた苦虫かみつぶしたような顔をしていた。

俺が見ていることに気づいたポッターは、とびっきりの憎悪の視線を向けてくる。

おれ、お前と話したこともないやん? スリザリンだからってその眼はやめてくれへんか?

 

「なんだアル。なんかやるのか?」

 

「あん?」

 

おれが立っていたことで芸が始まると思ったらしいスリザリン生たち。

わんやわんやと騒がれるまま、杖から鳩を出したり皿を消失させたり、守護霊もどきを飛び出させたり。

なんかこれマグルなら芸人で生きていけそうだよね。いよいよ食べるのに困ったらそうするか。

 

将来のことを考え、多種多様な魔法を披露していたら周囲が突然静かになった。

視線を巡らせると、ダンブルドア校長が職員テーブルで立ち上がっている。

しかもただ立っているわけじゃない。なんとまあ、ダンブルドアはあの豪華な校長専用椅子の上に立っていた。

その視線は俺に向けられている。キラキラと輝くブルーの瞳は悪戯心に溢れている。

これはおれも受けて立たねばと椅子の上にゴイルを組み伏せてその上に立つ。これで目線は等等になった。

 

にっこり微笑んだダンブルドアは、おもむろに杖を取り出して、椅子の身長を伸ばした。

ぐんっと伸びるダンブルドア。全てを見下ろすダンブルドア。

 

おれはそんな魔法は知らないので、これはもう敵わんとその場に正座する。

ダンブルドアは柔和な顔そのままに広間を見わたした。

誰もがダンブルドアを見上げている。首が痛くなる。

 

「今年も、この日がやってきた」

 

厳かな台詞が広間に響き渡る。

喋るなら降りなさいとマクゴナガルの言葉は誰の耳にも聞こえていないようだ。ダンブルドアに聞こえていないのはちょっとおかしい。

 

「始まりがあれば、終わりがある。一年生にとっては初めての一年が、最上級生にとっては最後の一年じゃ。みな、楽しい一年だったじゃろうか」

 

前置きが済み「さて」と雰囲気が変わった。

 

「今年度の寮対抗杯知っての通り、現時点でスリザリンが優勢じゃ」

 

これこの通りと、大広間の垂れ幕は全てスリザリン色の緑だ。

描かれているマークはスリザリンを象徴する蛇。

あれバジリスクじゃねえだろうな。

 

スリザリン生たちがわーっと騒ぐ。

俺たちの優勝だと、まだ中身の入っていないゴブレットを掲げている者すらいた。

特等席に居るおれからその様子がよく見えた。

 

「しかし、今学期はまだ終わっておらぬ。土壇場の点数も勘定に入れねばならんのう」

 

ダンブルドアのその一言で一転静寂が訪れる。

おやおや、なんか来るぞと俺は持ってきた饅頭を頬張った。

 

「まずは、ロナルド・ウィーズリ―。近年まれに見るすばらしいチェスの一戦じゃった。熟達した駒捌き、己の身を顧みぬ勝利への執念。その実力と勇気を評して、グリフィンドールに50点」

 

ざわっと僅かに場が動いた。

なんかいきなり意味不明な理由で50点追加された。

 

しかし点数はたったの50点だ。スリザリンとグリフィンドールの点差は150点。

そんな端数くれてやるよとスリザリンには冷笑すら浮かんでいる。

 

「次に、ハーマイオニー・グレンジャー。絶望的な状況で焦りや恐怖に打ち勝ち、卓越した頭脳を見せつけた。見事謎を解き、勝利への架け橋となった。50点」

 

今度の騒ぎはさっきより大きい。スリザリンの間には動揺が浮かんでいる。

まだ50点。まだ大丈夫。まだいける。信じたい。信じさせて神様。

 

「続いて、ハリエット・ポッター」

 

その名前が広間に響いたとき、水を打った様な静寂が広間を包んだ。

誰もがダンブルドアの言葉を待っている。

 

「誘惑に打ち勝つ類まれな精神力。死をも恐れぬ卓絶した勇気。悪の魔法使いの企みを打ち破り、生還した。50点」

 

150点の点差は埋まった。

スリザリン生は言葉もなく口を半開きにしている。

他の寮の生徒たちの中には、嬉しさのあまりぴょんぴょんと跳びはねている奴も居た。

お前ら順位変わんねえだろ。そんなにスリザリンが憎いか。

 

「悪と対峙するばかりが勇気ではない」

 

ダンブルドアの言葉に、また生徒たちは耳を澄ませた。

 

「親類縁者、友人。親しき者が道を誤った時にそれを指摘し、止めることにも勇気はいる。巨悪に立ち向かうことと同等の勇気が」

 

誰のことを言っているのか、大多数の者にはわかるまい。

おれもぶっちゃけわかんない。

唯一、それを知るのはやはり先ほどの三人と当事者だけだ。

 

「ネビル・ロングボトム。道を誤った友を止めるために奮い立たせたその勇気は、先の三人のものに勝るとも劣らぬ。その勇気を称え、10点を授けよう」

 

合せて160点。

直前までダントツ一位のスリザリンはグリフィンドールに抜かれ二位になった。

マルフォイの茫然自失の顔は、見るも無残だった。

口は全開きとなって瞳孔が開いている。

パクパクと口を動かし周りに助けを求めている。誰かに否定してほしいらしい。

しかし周りのやつらも同じ感じだった。

 

悲しいなあ悲しいなあ。

頑張ったのにね、おれたち。

極力汚い手は使わず真っ向勝負で勝ったのに。

クディッチのダーティプレイの天罰だろうか。

来年からは遠慮しなくていいのかな。やるときはやれと言うことだろうか。

いやはや、いやはや。ままならん。

 

世の理不尽を嘆いていると、ふと気づく。下のゴイルに限界が迫っているようだ。

プルプルと震える体は何も対抗杯で負けたばかりじゃないだろう。

いつまでも四つん這いで椅子になっていたからだ。

もうちょい頑張れと饅頭を食わせたら、レベルが上がったのか震えが収まった。

あと10分は戦えそうだ。

 

ぎゃーぎゃーと発狂にも思える大歓声を上から見下ろす。

グリフィンドールばかりじゃなく、ハッフルパフもレイブンクローも一丸となって喜んでいた。

スリザリンは嫌われ者。悼ましい。

 

中でも、唯一俺より目線が上に居るダンブルドア。

見れば、ダンブルドアは俺にキラキラと子供みたいな目を向けていた。

面白そうなおもちゃを前にした子供みたいな眼だ。

なんだ?

 

思っている間に、ダンブルドアは大きく息を吸い、今日一番の大声を出した。

 

「――――最後に」

 

四度、広間は静まり返る。

騒いでいた連中からは、まだポイントアップする奴がいるのかとワクワクした雰囲気が感じられた。

反対に、スリザリンからはもういい加減にしろと死体蹴りされる被害者の雰囲気が出ている。

 

「アル・ブラック」

 

誰しもの想像を裏切って、呼ばれたのは俺だった。

 

「一年生とは思えぬ高度な魔法を使い、宴の前に自寮の生徒を盛り上げた。そのエンターテイナーの精神に10点を与える」

 

視線を感じる。

広間中の全生徒が俺を見ていた。

 

「さて、わしの勘違いでなければ、広間の装飾が半分足らぬようじゃ」

 

自体を受け止められているのは一人だけ。

それ以外は現実を受け止めきれない。静寂がいつまでも続く気がする。どういうことなの?

 

ダンブルドアが杖を振るうと、緑一色だった垂れ幕が半分赤く染まる。

グリフィンの獅子とスリザリンの蛇が同じ垂れ幕の中で睨みあっている。

あれは対峙してるのか融和してるのか。今日のこれで間違いなく禍根は残るだろうけど。

 

相変わらずしーんと静まりかえる広間の中、俺は自分の椅子に向けて変化術を放ち、ダンブルドアのように嵩を伸ばした。

ダンブルドアよりも高く、誰の手も届かない天井近くまで伸びる。

余りの高さに、ブルブルとゴイルが震えている。動くなよと言い含めておく。

 

突如にょきにょき伸びた俺をみんなが見ていた。

寮の区別なく、それどころか教師陣すら見ている。ダンブルドアには見てほしくない。

 

喉を杖で小突く。強く突き過ぎて咳が零れた。ごほごほと咽る声が広間に響いている。拡声魔法は使えてる。

 

「おれのおかげで引き分けだぜ。感謝しろよお前ら」

 

涙目で咽ながらそれだけ言った。喉いてえ。

 

直後、静寂を突き破って轟くスリザリンの大歓声は、それ以外のありとあらゆる音を掻き消すほど大きなものだった。

声が下から突き上げてくる。まるでバズーカのような衝撃だった。

ゴイルは耐えられなかった。俺は落ちた。

 




試しに書いたのが残ってた。
これ一話のみ。


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