魔剣英雄伝 作:アッシュ
英雄。
数多の悲劇と困難を踏破し、歴史に名を遺す偉業を成し遂げた者。
人々を襲う強大な力を持つ魔物から街を救い、魔物を生み出すダンジョンの破壊。
人の世を魔の者から救済する人類の救世主。
子供たちはそんな英雄達に憧れて、命知らずの冒険者を目指す。
富と名声を求め、夢に胸を膨らませた彼等は15歳の成人となった翌日に武器を片手に村を出る。
このように、冒険に飛び出す若者達の姿は珍しくない。
冒険に出る彼等は、自身が歴史に名を遺した英雄たちの様になれると信じて疑わない。
現代の若者らしい実に浅はかで、無鉄砲な姿だ。
え?俺はどうなのかって?
行くわけないじゃん。
俺は無謀にも冒険者になろうと旅立つ若者を村人達と見送り、今日も畑を耕す。
★
「このおバカぁぁあああああッ!!」
「なにッ!?なんなのッ!?」
鍬を取に自宅へ戻った瞬間に響き渡る、母の咆哮。
村の若者が旅立つ日は、『お前も冒険者になりなさい』と小言を言って来る母だったが、今日は一段と激しい。
便秘かな?
「カムイ」
「な、なんだよ?」
ずいっと顔を寄せて、俺の瞳を睨み付ける。
自分の母親が目の前に現れて、思わず身を反らせた。
「去年、村を旅立ったダン君を覚えているかな?」
「あ、ああ。お隣さんで年も近かったし、よく遊んでいたから覚えているよ」
「あの子、一週間くらい前に冒険者ランクがCランクになったらしいの。
お隣さんはダン君が送ってくれる仕送りが増えて、明後日には畑を耕す為に牛を商人から購入するみたいなのよ。
カムイもダン君みたいになりたいと思わないの?こんなド辺境の村で畑を耕すのではなくて、冒険の旅に出たいと思わないの?
思うわよね?普通は思うわよね?思わないわけがないわよねっ?」
母の口調に再び熱が籠る。
誰かが旅立つ度に繰り返されたやり取りに、俺はため息をつく。
「俺には、才能がないから思わねえよ」
「何言ってんのよ。冒険の旅に出ない為の言い訳に作った無駄に広い畑を世話しているじゃない。
その、無駄に凄い体力を冒険に使って、冒険の旅に出なさいな。
アンタと同年代の子はみんな冒険に出たのよ?悔しくないの?」
ここぞとばかりに母は、冒険者になる為に旅立った同年代の村人たちの話をする。
俺はげんなりと渋い顔をした。
母が話した事は、事実だ。
畑しかない、このド辺境の村は気候に恵まれ、大地も健康。
凶作もなければ魔物の出現や事件も起きない平和な村で、特産物もなければ観光名所もない。
故に、成人したら何の憂いもなく早々に冒険に旅立つのは、この村の常識となっており、今年で17になった俺の同年代となる少年少女はもうこの村には居ない。
全員が冒険の旅に出たのだ。
「あのな。もう、嫌ってほど言ったと思うが、俺は死にたくないの。
この村で野菜を作って平穏無事に、天寿を全うしたいんだよ」
そう。当たり前の話だが、冒険には危険が付き物だ。
ちょっとしたミスで手足を失ったり、簡単に命を失う。
大金を掛ければ、魔法使いに手足の欠損を直してもらえるらしいが、そんな事が可能なのは才能溢れる上位冒険者のみ。
たった一年で駆け出し卒業クラスと呼ばれるCランクとなった俺の幼馴染であるダンがいい例だ。
それ以外は夢に破れて村に帰って来たり、クエストの最中に命を落とす。
最悪なのは無知な村人が悪い人間に嵌められ、都市で生き地獄を味わい悲惨な末路をたどる事だ。
俺よりも年上で、英雄になれるかも知れないと期待されていた村一番の力持ちであった男でさえも、今や片腕となり果て死人の様な表情をしながら村での生活を送っている。
この村には、そんな死人の様な村人が少数であるが存在している。
以上の理由から、自分が弱くて才能がない事を知っている俺は冒険者にある事を早々に諦めた。
日々数えきれない死者を出す冒険やダンジョンに夢を求めた時点で、才能ある《選ばれし者》以外は終わっているのだ。
ああ、素晴らしきかな安定した生活が送れるド辺境ライフ。
「……アンタみたいな、根性なしに期待した私がバカだったよ」
酷い言い草であるが仕方がない。
若者が夢を追い求めて危険な冒険に出るのは、この世界の常識なのだから……。
暖かな春の昼下がり。
俺は今日も剣を取らずに、鍬を手に取って畑仕事に青春を捧げるのだった。
しかし、それも明後日には終わる。
明日の昼。俺は村に定期的にやって来る商人の馬車に乗せてもらい都市に行くのだ。
そして、都市で敵的に開催される合コンに親に内緒でコツコツと溜めたヘソクリで参加する!!
おっぱいの大きな嫁さんをゲットして、この村に凱旋した俺はおっぱいの大きなお嫁さんにパフパフしてもらいながら、究極のスローライフを送るのだ!!
★
日が暮れる頃、持て余した熱いパトスを吐き出すように畑仕事を終えた俺は、自宅前にある村の広場で村人が酒や食事を持って集まっているのを見かけた。
広場に灯りを付け、年末の夜に行われる祭り以外で騒いでいる村人達の姿を見るのは珍しい光景だ。
「何やってんだ……アレ?」
当然。今日は年末に行われる祭りの日ではない。
一体全体、何が原因で村人達はこんな宴会を始めているのだろうか?
楽しそうに騒いでいる彼らの視線を辿ると、そこには二人の男が居た。
片方は初老を迎えた我が村の村長で、もう片方は顔にある大きな切り傷の様な古傷が目立つ、筋骨隆々で冒険者風の恰好をした黒い髪をした男。
村長が都市にある冒険者ギルドに何かを依頼したのだろうか?
「ねえ見て、あの人でしょ、Sランク冒険者の《ドラゴンスレイヤー》って」
「なんでも村長の知り合いだって言う話じゃない?Sランクの冒険者なんて初めて見たよ」
「都市で買い物をしている時に吟遊詩人の歌で聞いたことがある。
十年前にたった一人で隣国を襲った龍の首を一撃で斬り飛ばしたらしんだ。
すごいよなぁ……貫禄あるし、俺も彼みたいな冒険者になりたかったよ」
「ハードボイルドで、凄まじく強い。憧れるよなぁ」
村長と話す冒険者の男を村人たちは尊敬と憧れの瞳を向けていた。
なるほど、この宴会はSランクの冒険者がやって来たからか……。
確かに世界でたった数人しか認定されていないSランク冒険者がやって来たら、これぐらいの騒ぎにはなるだろう。
村長の知り合いという事には驚きはしたが、冒険にまるで興味のない俺はSランク冒険者を一瞥すると、自宅に帰ろうと振り返る。
「あっ!ちょっとカムイ、アンタせっかくだから冒険者さんと話をして来なさい。
もしかしたら冒険の荷物持ちにしてもらえるかもしれないわよ」
が、母に腕を掴まれた俺は家に帰る事は出来なかった。
酒が入っている上機嫌な母は、俺を引き釣りながら冒険者の方へと強引に進む。
くそっ、まだ諦めていなかったのか!!
その熱と諦めの悪さをどこか別の所へと向ければ、どんな事でも大成するに違いない。
周りに助けを求めても、既に出来上がった村人は大爆笑。
俺を助ける者は誰も居ない。
マジで勘弁してほしい。
相手はSランク冒険者で初対面の人である事を考慮して顔には出さないが、本当に嫌だ。
「《ドラゴンスレイヤー》さん!ソロで活躍されているんですよね?
荷物持ちとしてウチのバカ息子を弟子入りさせてもらえませんか?
日頃から農作業しているので体力はそれなりに」
「やめろよっ!いくら温厚な俺でも、これ以上は親だろうとグーで殴るぞ!!」
母にこれ以上は喋らせねぇ!!と、母の腕を振りほどいた俺は自宅に向かって駆け出した。
★
「な、ないぃぃいいいいいい!?」
翌日、俺が都市で合コンに参加する為に溜めたヘソクリがなくなっていた。
ヘソクリのある自室を隅から隅まで捜索するが見当たる気配はない。
一体どうなっているんだ!?
「ちょっと、朝からうるさいよっ!!何を騒いでいるの!?」
「そうだぞ。父さんは自警団の仕事でヘロヘロなんだ。
休日くらいはゆっくりさせてくれ」
そこに、騒ぎを聞きつけた両親が登場。
自警団で毎日働いている父さんには申し訳ないが、これは非常事態なので許してもらいたい。
って、それよりもだ。
目の前には元冒険者の平団員とはいえ、自警団の一員である父がいる。
ここは、ヘソクリを盗んだ犯人を捜す協力をしてもらおう。
「父さんっ!!俺のヘソクリが無くなっているんだ!!
もしかしたら泥棒が入ったのかもしれないぞ!!」
「なにっ!?よし、全力で探すぞ!!
報酬は三割なっ!!」
「高すぎるぞっ!!一割っ!!」
やる気にみなぎる父親と値段交渉を始めた俺達。
そんな父子に呆れた母は俺達の頭を叩いてこう言った。
「あの十万ゼニーの入ったヘソクリなら、アンタの弟子入りを約束に《ドラゴンスレイヤー》さんに昨日あげたよ」
「ふざっけんなぁぁぁぁあああああ!!」
母親から聞かされた衝撃の一言に、俺は泣きながら家を飛び出した。
確か、冒険者は村長の知り合いと言っていた。
ならば、村長の家に行けばまだ間に合うはず!!
俺は幸せなスローライフへの切符を取り戻す為に農業で鍛えた足腰の筋肉を発揮させ、村長の家へと押し掛けた。
「《ドラゴンスレイヤー》は何処だぁぁぁぁぁああああ!!!!」
「な、なんだ!?強盗か!!?」
「何処だぁぁぁあああ!!!」
玄関から出て来た村長の胸倉を掴み、冒険者の居場所を問いただす。
後で謝るから冒険者を出せぇぇぇええええっ!!!
「お、落ち着けっ!!《ドラゴンスレイヤー》は旅に出たっ!!」
「た、た、旅ぃぃぃぃいいいい!!」
村長の家の前で人目を気にする事なく発狂する俺。
あのクソ野郎、俺の金を持ち逃げしやがったぁぁぁぁぁああああっ!!!
なんて野郎だ、直ぐに探し出してぶっ殺してやる!!
「ま、まてっ!!《ドラゴンスレイヤー》からお前に渡すように頼まれたものがあるっ!!
だから、そんな血走った目で行こうとするなっ!!」
自宅の
村長を無視して、殺害方法と死体の処理を考えた所で気になる言葉が耳に飛び込んで来た。
「……ん?渡すもの?」
「そうだっ!!だから落ち着けっ!!今から取って来るからっ!!」
俺が大人しくなると、村長はすぐに家の中へと引っ込んでいった。
なるほど。どうやら《ドラゴンスレイヤー》さんは初めから俺を弟子にするつもりはないようだ。
そうだよな。常識的に考えてみたら、宴会であった見知らぬ母親から十万を渡され 息子を弟子にして欲しいと言われたら断るよな。
おそらく、押しに強い母にお金を無理矢理に渡された《ドラゴンスレイヤー》さんは,村長に返金の伝言とお金を託して旅立ったに違いない。
よかった、よかった。
これで無事に合コンに参加する事が出来そうだ。
ホッと一息ついた所で東方の島国で有名な刀と呼ばれる剣を持った村長が姿を現した。
あれ?俺のヘソクリが入った封筒は?
俺の十万ゼニーは??
「ほら。アイツがお前に託した剣と、手記だ」
「は?」
一瞬、村長が言っている事が理解できなかった俺は数秒程呆気にとられ、彼が言ったことを理解した瞬間に怒りが再び燃え上がった。
やっぱり、今から追いかけてぶっ殺してやるっ!!!
「だから、落ち着け!!何が気に入らないんだ!?この剣は魔剣なんだぞ!?」
村長宅から体を反転させて、ダッシュしようとした所で足が急停止した。
魔剣……だって?
魔剣。
それは、魔法の力が込められた究極の武器。
ダンジョンの最奥で安置されていたり、最高クラスの鍛冶師がドラゴンなどの高位の魔物を素材とした剣。
最低ランクの物でも数千万ゼニーと言われ、魔剣が持ち主と認めなければ上位クラスの冒険者であっても扱う事の出来ない選ばれし者の武器。
そんな武器を、俺に託すだって?
《ドラゴンスレイヤー》は一体何を考えて居るんだ?
そんな俺の疑問に答えるかのように。村長は語り出した。
「アイツはもう、冒険者を辞めるつもりらしんだ。
この村に立ち寄ったのも、隠居生活を送る為の家探しの為なんだよ。
都市にある自宅も引き払ったらしいし、この魔剣も処分に困っていたらしんだ」
なるほど、確かに冒険者という仕事は長く続けることは難しい。
年齢的にも無理は出来なくなるし、不規則で定期的な収入もない。
《ドラゴンスレイヤー》の年齢では、将来が不安になっても不思議ではないな。
しかし……数千万の魔剣を売れば楽な余生が送れるのでは?
もしくは貴族のボンボンに渡っても、ガラスケースの中に保管されるだけだろうし、悪人にわたったら危険だと判断して売れなかったのか?
「そんな時にだ。冒険者志望で中々踏ん切りの付かない青年が居ると聞いたアイツは『自分は教えるのが苦手だから』と、この魔剣を置いて行ったのさ。
十万ゼニーで魔剣が手に入ったんだ。
せっかくだし、冒険者になったらどうだ?お前の母さんも安心するぞ」
正直、疑問は尽きず。村長が何かを言っているが、まあいい。
よし、この魔剣は《ドラゴンスレイヤー》さんの代わりに都市で売って金に換えよう。
Sランク冒険者が使っていたと言えば、欲しがる奴は沢山出てくるはずだ。
「騒がせて悪かったな村長。
この魔剣は確かに受け取ったよ」
「おう!立派な冒険者になれよ!!」
《ドラゴンスレイヤー》のネームバリューで、値段を釣り上げてやろうと決意した俺の姿を見て、激励してくれる村長。
何やら勘違いをしている様子であるが、俺は村長の勘違いをそのままにして自宅へと戻った。
バレたら妨害される可能性がデカいからな、お詫びに高級ワインでも土産にして渡せば許してくれるだろう。
こうして、とんでもない臨時収入を得た俺はウキウキ気分で都市へと旅立った。