魔剣英雄伝   作:アッシュ

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3話 冒険者

 馬車の中で大騒ぎをした数分後。

 街の中に入った馬車が目的地の停留所にたどり着いた。

 馬車が完全に停車した事を確認した俺は魔剣を片手に御者台に座る商人のおっさんの元へと駆け出した。

  

 「ありがとう、おっちゃん!!

 俺、教会に行っているよ!!おつりはいらないかーーーー!!!」

 

 「お、おい!!……って、丁度じゃねぇか」

 

 送ってもらった料金を押し付けるように支払いを済ませた俺は、魔剣を持って街の教会へと向かって全速力で走った。

 自分で何とか出来ないのならば、教会に何とかしてもらえばいいのだ。

 村にある木造建築の家々とは違いレンガで作られた立派な家々を駆け抜け、勢いをそのままに教会の中へと突入した。

 

 「助けてください!!」

 

 「え!?どうなされました!?怪我……はないから、病気ですか?

 それとも別の方が……」

 

 「待っていてください!!すぐに司教様を呼んできます!!」 

 

 教会内には二人の神父とシスターが居た。

 シスターは俺の登場に慌てふためき、俺の怪我の確認や病気の質問を行い、神父は奥にいる司教を呼びに走り出した。

 教会は神の教えや懺悔を聞いてくれるだけではなく、呪いの解呪やポーションなどの薬剤で治らない病気や怪我の治療を行っている。

 恐らく、俺の様子を見て緊急の患者がやって来たと思ったのだろう。

 病気と怪我ではないが、本当に緊急事態なので司教が来るまでは黙っている事にした。

 

 ★

 

 アルムス教。

 

 邪神を屠った戦神を崇拝しており、国教とされている一番メジャーな宗教だ。

 若者が冒険に出る事を推奨し、魔物を一匹でも多く倒して人類を救済する事を信仰としている。

 ようするに。魔物を多く倒すと徳が溜まり、天国へ行けるよ、と言う教えだ。

 俺からすればろくでもない教えなのだが、その組織力と神父達の実力は本物。

 聖職者の全員が冒険者資格を持っており、実戦で培った武力と治癒魔法は折り紙付きだ。

 ―――故に。

 

 「なにか御用かな?迷える子羊よ」

 

 教会の奥の部屋から顔面に多くの傷を持ち、スキンヘッドの強面司教様が出てきても不思議ではない。

 聖職者とは思えない程の凶悪な顔と普通なら余裕があるはずの修道服がノースリーブに改造されて、胸元がパツパツになるほどの異常な筋肉をしていても普通だと信じるんだ!! 

 けっして、ご職業は世紀末覇者ですか?などと、口にしてはならない。

 

 俺は床を見つめ、プルプルと震えながらゆっくりと魔剣を差し出した。

 

 「こ、この魔剣に迷える魂が憑りついているんです。

 どうか、祓って頂けないでしょうか?」

 

 「ふむ……なるほど。相当な年月を経た事により、魔剣との結びつきが強くなったのでしょうな。

 これほどの物を見るのは初めてすよ」 

 

 ハードボイルドな男前ボイスで魔剣を鑑定しているであろう司教。

 は、はやく終わってくれぇ……。

 

 蛇に睨まれたカエルの様な気持ちで硬直していると。

 

 「内包する魔力から見て、魔剣も最上位の素材で出来ているのも原因の一つでしょうな。

 頼むなら教皇様か枢機卿クラスの方になり、解呪するには少なくとも一億ゼニーのお布施が必要ですな」

 

 「い、一億ゼニーっ!?」

 

 途方もない金額を聞いて、驚き。

 真剣な表情で凶悪さを増した司教の顔面に思わず飛び退いた。

 

 「驚くのも無理はありませんな。

 しかし、解呪にはそれほどの強い奇跡が必要となるのです」

 

 いや、一億以上に、俺が一番驚いたのは貴方の凶器のような顔面です。

 もちろん、口が裂けても言わないがな。

 

 「で、どうなさいますか?必要であれば教会本部に連絡をしますが……」

 

 「失礼しました――――――っ!!!」

 

 俺はニコリと笑った恐ろしい顔面兵器から、脱兎の如く逃げ出した。 

 

 教会から飛び出し、辺りが暗くなった事を確認した俺は予約していた安宿へと向かった。

 トボトボと宿の近くまで歩くと、若い男女が何人も楽しそうにイチャイチャと談笑している姿が目に入る。 

 

 もしかしたら俺が参加する予定だった合コンの会場が近いのかもしれない。

 ああ……母が金をドラゴンスレイヤーに渡して居なければ、今頃は……。

 見ていると雰囲気をぶち壊したくなる。だが、紳士な俺は路上に唾を吐くだけに留め、彼等から逃げる様にその場を離れようと足を進めた。

 ―――しかし。

 

 「あれ?カムイじゃん」

 

 背後から投げかけられた、懐かしい声に足は止まる。

 振り向くと、そこには去年村を出て冒険者となった青年。ダンの姿があった。 

 

 「懐かしいなぁ。元気してたか?」 

 

 だが、昔とは違って腰には立派な剣と革鎧を装備しており、顔つきも勇ましいモノへと変貌していた。

 まさに、前衛職をしているザ・冒険者な姿である。

 

 「ああ、まぁな。お前はこの一年でランクアップしたそうじゃん。

 おめでとう」

 

 「ありがとう。でも、ギルドの人たちの期待が重くてね。

 裏切らないように必死だよ」

 

 「へ、へぇ……」

 

 困った表情を浮かべながらも、どこか嬉しそうに話すダンに顔が引き攣りそうになる。

 お、落ち着け、俺は年上なんだ。たとえ『カムイ兄さん』と呼んでいた少年から呼び捨てにされ、気安い態度で話しかけられても我慢できる男だ。

 そうやって、自分に言い聞かせながら、表情筋を歪ませないように努力する。 

 

 「そうだ、仲間が近くに居るんだ。カムイにも紹介するよ。

 おーいっ!!」

 

 「そ、そうか?でも、そろそろ俺は宿に……」

 

 このままではいけないと、宿屋に逃亡しようと試みるが、ダンは聞いて居ない。

 それどころか、彼の手招きによって数名の冒険者達が近寄って来た。

 状況がますます酷くなっていく。

 

 「どうしたのダン?」

 

 「この人だぁれ?ダンちゃんの知り合い?」

 

 「村人?いや、服は貧弱ですが珍しい剣を持っているので駆け出しの冒険者でしょうか?」

 

 現れたのはトンガリ帽子と杖を持った魔法使いの少女に盗賊の恰好をした少女と錫杖を持ったシスター。

 全員が故郷の村に居たらならば、お嫁さんになって欲しいと引く手数多の可愛さだ。

 

 なんだこれ……?

 

「どうだい?僕のパーティは」

 

 なんだ、このハーレムとしか呼べないパーティーは?

 おい、どうして彼女達の肩に手を乗せる?

 

 疑問の表情を浮かべる俺に向かって、ニヤリと笑うダン。

 

 ……ああ、なるほどね。

 自分のハーレムパーティーを自慢したいわけなんですね?

 

 「あ、ああ、遠距離の魔法使いに斥候の盗賊と前衛の剣士。

 そして、回復役のシスター。 中々にいい構成だと思うよ?」

 

 あえて少女たちの容姿には触れず、笑顔を顔に貼り付けた俺は嫉妬の心を隠しながら、ダンのパーティーを褒めた。

 大丈夫だ、よく見れば彼女達は全員が貧乳であり、俺の性癖からはアウトコースだ。

 おっぱいが育っていなければ、まだ我慢できるさ……。

 それに、ダンが彼女達の肩に手を乗せているのは仲間だからに違いない。

 

 「ありがとう。あと、これは家族には内緒にして欲しいんだけど……」

 

 「ん?」

 

 大丈夫、俺は我慢できる大人。

 

 目の前の若造が何を言おうとも……。

 

 「彼女たちは僕の恋人なんだ」

 

 ★ 

 

 激しい金属音が草原の上で鳴り響く。

 歯を食いしばり、ガロウの言葉に従って剣をひたすら振るい続ける。

 

 「まだまだぁ!!」

 

 殺す気で放った俺の斬撃はいとも容易く、ガロウの剣に大きく弾かれて地面に転がされる。

 

 「オラどうした、これで転がるのは何千回目だ?」

 

 必死な俺に対し、楽しそうに剣を振るうガロウ。

 夢で再開した彼は、何事もなかったかのように接してくれて、前回よりも丁寧に教えてくれる。

 前回だったら、転んでも激しい追撃が来ていた。

 意外といい奴なのかもしれない。 

 

 ちなみに、ダンと別れた後の事はあまり覚えていない。

 ダン達に用事があるからと、その場から走り出し。予約していた宿屋にチェックインした俺は、夢の中でガロウとひたすら魔剣を振るった。

 もはや、俺をこんな目に合わせる原因となった遊び人のおっさんは後回しだ。

 今の俺は奴を見返す為に剣を振るってやる!!冒険者になって奴に負けないハーレムを作って見返してやる!!

 

 「やれやれ。動機は不純だが、ようやく剣に迷いがなくなったか……。

 じゃあ、そろそろ教えてやるよ《雷鳴流》の技を……」

 

 俺は誇り高い決意を胸にフラフラと立ち上がり、ガロウに向かって上段で斬りかかった。

 振り下ろされた俺の魔剣がガロウに届こうとした瞬間。

 鞘に魔剣を収めたガロウの斬撃は今までとは比べ物にならない……。

 そう、光のような速さで俺の首を一瞬で空に飛ばしたのだった。

 

 「っ!?」

 

 夢から覚めた俺は、思わず自身の首を手で押さえた。

 

 「つ、繋がってる……」

 

 勿論夢の中の出来事であるが、確認せずには居られなかった俺は自分の首が繋がっている事に安堵する。

 

 「……アレは一体なんだったんだ?」

 

 凄まじく早い斬撃を受けた事は理解出来た。

 だが、あの速度はさすがに人間を辞めているぞ。

 アレか?筋肉か?筋肉を鍛えれば人間は皆、あんな怪物じみた事が出来るのか?

 

 俺は宿の店主がチェックアウトの時間を知らせるまで、人体の神秘について考察するのだった。

 

 ★

 

 冒険者ギルド。

 

 街の中心部にそびえ立つ、レンガ造りの大きな建物に掲げられた看板を見つめる俺。

 ここが、冒険者に仕事の紹介と、その活動を情報提供などで支援してくれる。

 かつて、人類史に名を遺した英雄達が情報交換をしていた酒場が始まりだという組織だ。

 

 魔物が出現しやすい土地や、強大な力を持つ魔物によって作られたダンジョンの近くにある街や王都に存在する。

 冒険者登録には特別な資格や履歴書の類はいらず、僅かな登録料を支払えばいい。

 

 俺はあれだけ嫌がっていた冒険者となる為に、ギルドの中へと入る。

 

 どことなく薄暗いギルド内は役所のようなエリアと大衆酒場のエリアで二分され、それぞれのエリアでは武装した冒険者が談笑してたり、受付で仕事を探したりと好き勝手に過ごして居た。

 まだ午前中という事もあって、酒場のエリアに居る冒険者は少ないが、受付の方は冒険者達が長蛇の列を作っている。

 

 俺は列の最後尾に並び、周りに居る冒険者達を観察する。

 

 弓を携え、動きやすそうな革鎧を身に着けたエルフ。

 ワンドと呼ばれる魔法の杖を持つ魔法使い。

 斧を肩に乗せて豪快に笑うドワーフ。

 人種しかいないド辺境の村では見る事が出来ない種族の人達に興奮する。

 

 「はい、本日はどのなされましたか?」

 

 「え?あ、はい」

 

 キョロキョロと辺りを見渡していたら、いつの間にか俺の番がやってきたらしい。

 ついさっきまで田舎者丸出しな行動をしていた俺に、柔らかな笑顔を向けてくれる受付のお姉さん。

 清潔感あふれる制服に包まれた大きなおっぱいが実に素晴らしい。

 もし、彼女が合コンに参加していたら、俺は真っ先に話しかけているだろう。

 

 「えっと、冒険者になりたいんですが……」

 

 「わかりました。では、こちらの申込書に名前と生年月日の記入をお願いします。

 代筆は必要ですか?」

 

 「大丈夫です。自分で書けます」

 

 「では、分からない箇所ががあったら、聞いてください」

 

 受付のお姉さんから渡される冒険者になる為の登録用紙。

 記入事項が実にシンプルである。

 俺は、ペンを片手にスラスラと文字を綴り、書き上げた登録用紙をお姉さんに差し出した。

 まさか、こんな形で母の願望を叶えてしまうとは……。

 

 「はい、結構です。では、登録料である千五百ゼニーを頂きます」

 

 俺は生唾を飲み、薄い財布からなけなしの金を出す。

 これで俺の財布は空に近い。

 売り払う予定だった魔剣の金を当てにしていたので、帰る為の馬車代もなければ、今日の宿代もない。

 ダンの事がなくても、俺は金を稼ぐ為に冒険者にならなくてはならないのだ。

 

 「そして、これが冒険者の証である小板(プレート)になります」

 

 お姉さんに渡されたのは裏面には記入した個人情報。

 表には駆け出しのランクである《D》が小板に刻まれていた。

 

 「もしもの時には身元を照合する為に使用しますので、なくさないようにしてください」

 

 にこやかな表情をガラリと変えて、真剣な表情で言い含めるお姉さん。

 冒険者という危険な職業に就くのだ。当然、自分の外見がひどい状態で見つかった際に必要となって来るのは理解している。

 だが、そうなる確率を下げる方法はいくらでも存在する。

 

 俺は受付のお姉さんから小板を受け取った。

 

 見てろよ、ダン!!俺は安全に冒険者ランクを上げて貴様を見返してやる!!

 

 さぁ、俺の冒険者生活の始まりだ!!

 

 

 


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