鬼殺し 作:からくりから
って思ったけど今更だな……
それからもフラフラとしていれば、鬼殺隊に入ってからあっという間に半年が経った。
最初の内は随分と色々あったような気もするが、しかしここ数ヶ月と言えば特段代わり映えしたことも無かったと言えるだろう。
来る日も来る日も鬼を殺す、ただそれだけだ。
強いて変わったことを言うのであれば、階級が上がったということくらいだろうか。
なんと一番下の癸から一気に何段も飛ばして上から四つ目の丁である。
は? いきなり上がりすぎなのでは? と思ったがまぁこんなものなのかもな、と思い直す。
鬼殺隊の頂点だという"柱"になる条件でさえ、鬼を五十匹討伐する、というものがあるのだ。
正直ちょっと緩いな、とすら思うがしかし、それは鬼殺隊の隊士の死亡率がどれだけ高いのかを物語っている。
俺でさえ半年で五十は優に殺しているのだ、となれば鬼殺隊の隊士のほとんどは半年も生き残れない、ということに他ならない。
隊士になるための試験ですら三人しか生き残らなかった(飽くまで俺の場合は、であるが)のにこの死亡率だ、鬼に対して人が、どれだけ無力なのかがよく分かる。
故に生き残れたやつはちょっと甘めでも上に上げてやろう、ということなのだろう。
誰も彼もが鬼への恨み辛みで戦える訳ではないし、そもそも殺し合いなんて下手すれば余裕でトラウマとなりかねない。
要するにモチベーションの維持というのは必須である、ということだ。
それをこの鬼殺隊の偉い人というのは良く分かっているのだろう、かく言う俺も、そのお陰で懐に困ることは無かった。
え、お前そんなに使うことある? と思うかもしれないがこれが意外と使う。
一定の場所に住んでおらず、あちこちフラフラしている為、街では基本宿屋を使うし、仕事柄頻繁に衣服を買うことになるのだ。
怪我なら直せばいいが、あんまりにも酷い破け方をした服は直すより買った方が早い、という訳である。
まぁそんなこんなで最近と言えば、鬼を相手にするときと平常時での切替も上手くできるようになったし、一般的なところの順風満帆な日々を送っていた。
いやまぁ、殺し合いを日常的にしている以上、順風満帆とか言って良いのかと言われれば返答に悩むところではあるのだが。
それでも俺は現状にそれなりに満足している、という訳だ。
そんなことを考えながらザクザクと、木漏れ日が良く落ちて来る森の中を踏みしめるように進んでいく。
何故そんなところを、と言われれば当然、次の任務地がここから更に北にある街だからである。
別にこの森を通らなくても良かったのだが、しかし今回は少し事情があってこうしていた。
というのも、いつもはどこそこの街へいけ! だったりこのような噂がある! 調べろ! と言ったような雑な指令しか出さない鴉が、珍しく通る道まで指定してきたのだ。
流石に従わない訳にもいくまい、そう思った結果がこれである。
特段不満は無いがしかし、この森一日で通り抜けられるような森じゃあない。
わざわざ近場の街で地図まで買ったが、メチャクチャ広いのだ。
ただでさえ此処までたどり着くのに半日使っているというのに、その上後数時間も歩いたら野宿の準備をしなくてはならない。
師匠の下にいた頃は山の中で一晩二晩明かすなんてことは平気でやっていたから特に問題はないが、あまり気は進まない。
普通に疲れが落ち切らないのだ。
宿屋等と違い、森は密閉されなさすぎている、故にどれだけ力を抜こうと思っても無意識的に緊張してしまう。
それは決して悪いことではないが、しかし安心できないというのは結構しんどいものだ。
……まぁ、文句を言っても仕方がないのだが。
気を抜けば軽く愚痴を零してしまいそうな口を閉じながら黙々と歩けば夜はあっという間にやってきた。
森の中、ということも相まって暗くなるのが早い。
この状況で進んでも、何かあった時の対処が遅れるな、と思い足を止め、適当に焚き火を焚いてから木に背中を預けて非常食を食む。
雑だが何だかんだこれが一番楽で良い。
なにせ後は寝るだけで良いのだ、深く休めない分長く休もうという魂胆である。
その他のことはもう、明日街に着いてからでいい。
そう思ってそっと眼を閉じれば不意に、足音が耳朶を打つ。
瞬間刀を握る、若干遠のいていた意識を引っ掴み、集中を下へ下へと落とす。
鬼であるか否かは取り敢えず置いといて、音が聞こえる前から気づけなかった、ということに冷や汗を流した。
今の今まで俺は一瞬たりとも警戒を緩めていなかった、その上で、音がしっかりと聞こえるまで存在を把握できなかったのである。
間違いなく獣ではないし、また低級の鬼でもないと察する。
というか鬼の気配は結構分かりやすいものだ、となれば、人?
まぁ何にせよ只者じゃあないな、と何時でも抜けるようにした瞬間、視界が黒に染まった。
──!?
夜の闇ではない、ほのかな暖かさを感じて、目隠しされたことに気付き汗が背中を流れていく。
嘘だろ……と内心そうつぶやく。
今、限界まで警戒していたにも関わらず背後を取られ、視界を隠されるこの瞬間まで気付けなかった。
その衝撃に身を動かせない、否、そうでなくとも動かすことは出来なかっただろう。
そこまで考えたところで、何をビビっているんだ、と思った。
同時に意識を静かに研ぎ澄まし、呼吸を整える。
深く、深く己の中に潜るように息をして、柄を握り込み──そして「だーれだっ」という女性的な声が鼓膜を揺らした。
瞬間、これまでの思考が全て無駄だったということに気付く。
次いでそのあまりにも聞き覚えのある、ちょっとだけ懐かしい声に呆れたような笑みが零れ、それを自覚しながら口を開いた。
「あんまり人を驚かせるような真似はよせ、真菰」
そう言えばせいかーい! 良くできましたっ、なんて声と同時に視界が開けていって、若干の眩しさを感じながら振り向いた。
そうすればそこにいたのは、やはりといいうかなんというか、取り敢えず予想通り、狐の面が特徴的な女の子……つまり真菰であった。
こんな悪戯をしてくるような娘だっただろうか、ふとそう思ったがいや、意外とこういうやつだったな、と思い直す。
藤襲山の時もじゃあご飯作るね、とか言って正体不明の謎の草とかを食わせてきたような奴だ(これについて彼女は食べれるって知ってるものしか渡してないよー、と最終日にバラして笑っていたが)。
むしろこの程度じゃまだ何か狙っているのでは? と思って良いまであるくらいだ。
そう思って少し警戒すれば彼女はもう何もしないよぅ、と口をすぼめる。
まぁ普通に信用ならないがこのままでは話も進まない、仕方ないな、とため息を吐いてから、何でここに? と聞けば彼女は勿論、任務だよーと言った。
目的地はここから更に北の街なんだってさ、珍しく鴉さんが道まで指定するから驚いちゃった、と。
……え?
どうやら、俺と真菰にくだされた任務は同一のものらしい。
二人で話し合った結果、その結論に辿り着いた俺達は一先ず二人で行動することとなった。
特段別行動する理由もしない理由も無かったからである。
それに二人でいる方が何かと不便が無くていい。
例えば野宿する際も警戒しながら浅い眠りにつかなくても良いということである。
そんなこんなで二人で協力しあっていれば北の街にはあっさりと着いた。
第一印象で、人が多いな、と思う。
それだけ大きな街なのだ、鬼も隠れ安くていいだろうな、と思いサクサクと人の間をすり抜けるように歩いていく。
鴉の案内は既に無くなっていたが、俺は取り敢えず宿を取りたかったのだ。
安くていい宿は直ぐに部屋が埋まるのだ……故になるべく早く取りたい……
そう思っていれば不意にクンッと軽い力で裾を引っ張られた。
何? と思えば真菰が少しだけムスッとした顔をしながら伸ばしきった手で俺のことを掴んでいた。
……何? 数秒前に思ったことを繰り返すように口に出せば彼女はその小さな口を開いて短く「歩くの、早い」と言う。
それに一瞬ポカンとして、それから済まない、と反射的に口にした。
すっかり単独行動が板についてしまっていたな、と頭をかいてから隣に並ぶ。
そうすれば彼女は満足げに「よろしい」と言ってからゆっくり歩き出す。
それに合わせるように歩幅を調節していれば、不意に肩に手を置かれて「待たれよ」と声をかけらた。
考えるより先に振り向けばそこには一人の男が立っていた。
灰色の髪に黒いまなざし、その立ち振る舞いにはまるで隙はなく、刀か何かを入れているような長い荷物を背負っている。
それを見て、ふぅ、と息を吐いてから全身の緊張感を解かした。
聞かずともわかる、彼も鬼殺隊だ。
そのことを言葉以上に、身に纏った制服が物語っていた。
故に一瞬強めた力を抜けば、彼はそなた等もこの街の鬼を狩りに来たのであろう? と口にした。
その言葉に、一度真菰と顔を見合わせて、それから肯定すれば彼は更に言葉を重ねて言った。
であれば話さなければならないことがある、こちらに着いてこい、と。
木立の中で、男は己を獅童道真と名乗り、それから自分は今より七日前にここへと辿り着いた、と言う。
七日前──随分先だな、そう思えば彼は弱弱しく笑い、自分は既に鬼とも戦った、と告げてから更に言葉を続けた。
今より五日前、自分を含め、この街に集まった三十の隊士により討伐作戦が開始された。
空には半月が薄く輝き、何故かと言われれば言葉にし難いが、それでも気味の悪い夜のことだった。
標的の鬼の情報は無かったが、それでもその鬼の配下が少なくとも二十以上の鬼はいるということだけは分かっていた。
鬼は基本的に群れないが当然例外は存在する、とはいえここまで大規模なのは聞いたことが無いと聞いたが。
故に自分たちは気を抜くことも、慢心することも無く討伐に挑み──そして、自分以外の隊士は、全滅した。
鬼の数はこちらの想定を大きく上回っていた、二十や三十なんて規模ではない、軽く百はいた。
だが、それでも自分たちは折れることは無かった。
自分たち鬼殺隊は皆基本的に単独行動だ、故に確かな連携は取れなかったがそれでも皆が一定以上の実力者だ。
退いてはならぬと誰かが叫び、皆がそれに同調して刃を強く振るった。
……今思えば、恐らくそれが良くなかったのであろう。
自分たちは熱に浮かされたように、斬って、斬って、斬って、斬って、斬り続け、徐々に、そして静かに数を減らしていった。
濁流のように溢れてくるその鬼共のほとんどを蹴散らした時にそこに立っていた隊士はたったの四人。
当然、自分含め全員が虫の息だった。
血と汗と疲労感、そして負傷によって視界は霞み、身体はあまりにも重い。
首魁に辿り着く前に、自分たちは満身創痍にまで追い込まれてしまったのだ。
一旦退却すべきだと、そう思ったがしかし、ここで仕留めなければという思いを持つ自分がいたのも確かだった。
味方の恨みを晴らすべきだと、そう強く思い、しかしそれは味方の怒声によって消し飛ばされた。
逃げろ、と先輩にあたるその人は言い、濃い闇の先から現れたそいつに向かって刀を構えた。
そいつは真っ青な長い髪を、足元まで伸ばした妙齢の女性のような鬼だった。
一瞬だけ目を奪われて、そして遅れて焦がされるような恐怖が心を縛り付けて足を止めさせる。
しかしそれを振り払うように、他の二人が自分を見てから刀をグッと握りしめて言った。
生き残り、情報を持ち帰れ、と。
その言葉にハッとして、そして自分は、無様に逃げた。
荒い呼吸をそのままに、背中越しに聞こえてくる剣戟と悲鳴、肉が裂け、潰される音を聞きながら、それでも逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げた。
そうして自分は藤の花紋の家に逃げ込み、この四日間傷を癒すことに専念した。
あの鬼を必ず、滅するために。
そしてそうするには自分だけでは足りないということは分かっていた。
流石にそこを見誤りはしない、君たちのことを待っていられたのがその証拠だ。
だから、頼む、と言った後に獅童はもう一度、大きく息を吸い込み言った。
自分に、力を貸してくれ、と
いやまぁ、俺達も任務で来ている以上断るなんて選択肢はないのだが、それでも俺は彼の言葉に勿論、と頷いた。
それに続けるように、真菰が一緒に頑張りましょうね、と言えば、彼は助かるよ、と小さく零した。
それじゃあ一先ず情報を整理しましょうか、と真菰は笑って口を開く。
それに頼む、と返せば彼女は任されました、と紙と筆──ではない、何だそれ?
思わず口に出せば彼女はあれ、見たことない? 鉛筆だよーと言ってからサラサラと紙に文字を書いていく。
えぇ……何それめちゃ便利じゃん……すげぇ……
そう思い呆けていれば彼女は田舎者だなぁ、と言って笑い、獅童に質問しながらも手早く今の話の要点だけ書きあげた。
敵情報
壱、鬼の本拠地はここから数刻で着く山(通称:薄天山)
弐、鬼は複数いたが、現在はその数を大幅に減らしている。
参、それらを纏め上げていた事から首魁の鬼は相当強力な力を持っている。
肆、首魁の鬼の能力は不明、だが恐らくは他の鬼を従えさせることのできる力がある。
味方情報
壱、戦力は私たち三人のみ。
弐、呼吸はそれぞれ炎、水、雷。
こんなところかなぁ、と彼女は言い、まぁそんなもんだろ、と返事をする。
情報の整理と言っても書き上げてしまえばこんなものだ。
ぶっちゃけ大して役には立たない。
これで仲間がもっと多ければそれも違っただろうが、生憎真菰が書いた通り俺たちは三人しかいなかった。
と言っても全員が共通の理解をできたのは大きい。
ちょっとした理解の食い違いのせいで最後の最後に台無しになる、なんてことになったら目も当てられないし、そういったことはままあることだ。
そう考えていれば、獅童が最低限の役割分担だけでもするべきだろうな、と言った。
その言葉に、そうだな、と肯定する。
特別、相手の戦い方を知らずとも呼吸さえ分かればある程度の戦闘の仕方というのは分かる。
例えば俺であれば炎の呼吸、故に攻めの色が濃く、避ける、守るより攻め続けるような戦い方をする人が多くなる。
それに比べて水の呼吸は非常に柔軟で、どのような敵、どのような状況でも上手く対応できる、言ってしまえば臨機応変な戦い方ができる人が多い。
そして雷の呼吸はその二つとも似通らない。
雷の呼吸の基本は居合にある、要するにこの呼吸の使い手は滅茶苦茶早い──という面ばかり目立ちがちだが、実のところこの呼吸の本質は速さにはない。
居合というのはそもそも如何にして近間から接近してくる短刀使いを相手に普通の刀で対抗するか、という問題に対する一つの回答だ。
であれば猶更速さなのでは、と思うかもしれないが、それは違う……というよりは少しずれている。
居合という回答の本質はその気迫──つまり間合いの近い敵の戦意を気迫だけで折る、というところにある。
だから雷の呼吸の使い手というのは、相手を怯ませた上で一撃決殺を主とした戦い方をする者が多い。
これらを基に考えれば、基本的に真菰と獅童が雑魚を相手して即全滅させる。
その間、階級が一番上の俺が親玉を相手取り、雑魚を殺した後は俺と真菰で隙を作りあげ、その瞬間獅童が討ち取る、という形で良いのではないだろうか。
相手の鬼も逃げたやつがいたということくらいは覚えているだろう。
それをアピールした上で、未だ負傷しているが無理して出てきている為、あまり役に立たない、とでも思わせておけば油断も誘いやすい。
どうだ、と聞けば獅童はそれで自分は構わないと言い、真菰は本当、鬼を前にした時以外は意外と理知的だよね、と笑った。
いや喧しいわ。
先日歩いていた森とは違い、酷く鬱蒼としていて、日の光が入らない山中を突き進む。
正直山の森ごと焼き払おうかとも考えたが、現実的ではなかった上に、森を焼き払うとか普通に一般市民の注目を集めてしまう以上、あきらめざるを得なかった。
突拍子の無いことを考えるものだな、と獅童に驚かれたのが記憶に新しい。
因みに真菰は阿呆か、と言わんばかりの顔でため息を吐いていた。
こちらは割と本気だったのだがまぁ、仕方ない。
そう割り切り、地を踏みしめ前へと進む。
森の中は鬼の放つ雰囲気……邪気とでも言うべきもので満たされていた。
と言ってもそのほとんどは既に討伐されたのだろう、故に過剰なまでの警戒はしない。
いつも通り、呼吸を身体に馴染ませ集中を奥底へと落とし込んでいく。
空気の揺れを肌で感じ取る、どれだけ小さな息遣いも聞き逃すことなく、慎重に、しかし迅速に足を運ぶ。
その状態をどれだけ継続しただろうか。
ヒリつくような邪気を肌が感じ取る、次いで鼓膜が空気の揺れを拾い上げ、瞬間踏み込んだ。
炎の呼吸──壱ノ型:不知火
姿を現したそれに向かって焔が宙へと舞い、軌跡を残す。
それに沿うように一つの頸が呆気なく跳ねて跳び、それでももう一歩踏み込もうとして──雷光が、瞬いた。
爆風で草葉が舞い上がる、それに少しだけ遅れて上から頭が三つ、落ちてきた。
──速い、な。
散々薀蓄を垂れ流しておいてアレだが、正直想像を絶する速さだ。
あれで普通の人間を名乗るとか嘘だろ……そう思っていれば真菰がまだ! と叫んだ。
一瞬緩みかけた気を入れ直す、同時、複数の鬼が影の中から飛び出してきた。
目算で九匹といったところだろうか、随分と多いな、と舌打ちしてから刀を振るう。
走る雷が取りこぼした頸を跳ね飛ばし、その俺たち二人を支えるよに水流が地を這い空を舞い──しかし、それでも鬼は次々とその姿を現した。
雑魚鬼ばかりであったがしかし、数が多すぎる。
どうなってんだ、と獅童に叫ぶが彼も困惑したように分からない、と悲鳴のような声を上げて刀を振るう。
その様子を見て、俺たちを嵌めたという訳ではなさそうだとは思うが、だとしたらこの状況は何なんだ、と奥歯を噛み締めた。
斬っても斬っても次が湧いてくる、それこそ、獅童の口から聞いた数日前の戦いのように。
鬼を増やした、ということはないだろう。
まさか鬼の親玉の場所が分かっておいて、俺たちを派遣するなんてことはありえない。
となれば──ここの首魁の、血鬼術か?
そう考えるとすれば、その効果は何だ、そう頭を回しながら目の前の鬼を斬る。
今更この程度の鬼に苦戦することはなかった、ただ作業のように斬り倒し、先へと進む。
鬼が増えてきたということは少なくとも首魁にも近づいてきているということだろう、そう願望にも近い確信を抱きながら、只管鬼を斬り続けていれば、声が、聞こえた。
戦いの最中でありながら、しかし刹那の間でも耳を奪われてしまうような美しい旋律を奏でる声。
それを自覚した瞬間舌を噛んで抜けそうになった気を入れる。
作ってしまった隙を狙って振るわれた腕を斬り飛ばしてから頸を飛ばし、それから更に地を蹴った。
炎が散る、動きを停めた獅童と真菰の前にいた鬼の腕を斬り上げれば二人がハッとしたように目を見開き、遅れながらも刀を振った。
雷光が弾け、水流がうねる。
それだけで眼前の鬼の頸は呆気なく斬り落とされたが、しかし状況に反するように酷く穏やかな笑い声と共に、そいつは姿を現した。
暗い影の中にありながら、しかし薄っすらと光を発しいているようにも見える女性の鬼が、ゆっくりと口を開く。
「あら、またお客様なのね? でもごめんなさい、この山は今出入り禁止なの……」
冷や汗が、そっと流れ落ちた。