弱くても勝てません、強くなりましょう   作:枝豆%

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 夏の大会。

 それは高校球児にとって、甲子園へと繋がる白熱の大会であり。最上級生の引退のかかった大会。

 

 西東京では『稲実』『市大三』『青道』の三強と言われている。

 しかし、現時点では三強とは呼べず。稲実が頭一つ抜けており、次に市大三、更に下がって青道。

 これが現時点での西東京の考察だ。

 

 だが、今年の夏は荒れに荒れた。

 

 

 

 そんな、荒れた夏に行くまでに経緯を語ろうとしよう。

 後に高校野球の星となったあの選手の話を。

 

 

 

 

 

 △△→△、

 

 

 

 

 

「あー。今年から顧問としてお前らの面倒を見ることになった【轟雷蔵】だ、お前ら俺を甲子園へ連れてけ」

 

 

 凄いところに来てしまった。

 それがこの学校、薬師高校にきて初めて思ったとこだった。

 

 小学校と中学校、どちらも野球を続けていたがレギュラーになれたことは無く。公式戦に出たい! そう思って弱小のこの学校を選んだのに。新しい顧問の先生は、見るからにダメ人間だしビックマウスだしで気を取られていた。

 

 俺の楽しく緩い高校野球像がそうそうに打ち砕かれた。

 

「なんかすげぇー監督だな」

 

 呆気に取られていると隣から声をかけられた。

 実は彼、同じクラスメイトである真田俊平である。

 

「なんか凄いところに来ちゃったね」

「だな、変なおっさんだがオモしれぇ」

 

 

 なんかこの人もちょっとおかしいぞ。

 

「とりあえずちゃっちゃと練習始めようぜ。っとその前に1年生の挨拶からか」

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 始まって2ヶ月、3年の先輩達は日に日に辞めていった。

 今まで温くて甘い野球をやっていた3年生達は、監督と折り合いがつかなかったのか、受験を理由に辞めていった。

 元々弱小なのに、3年生が全員やめたことや2年生が何人か減ったことにより公式試合の定員である20人を少し下回り、薬師高校の部員数は18人となった。

 

 

「おいおい、また辞めたのかよ。このままだと試合できねぇぞ」

 

 そう小言を漏らすが、その責任の一端は監督である。

 厳しすぎる練習を始めたからこのような結果がでた。

 

 正直夏の公式戦が終わったら俺も辞めようか検討中だ。

 

 

 何故なら俺は基本外野手なのに……。

 

 

「監督?」

「なんだクズ?」

「クズちゃうわ、樟葉(クズハ)です」

 

 そんなことより。と吐き捨て。

 

「なんで俺、ピッチャーの練習してんすか?」

 

 そう、今まで肩がいいという理由から外野しかさせてもらったことが無いのだが、高校に入って初めてさせられた練習はマウンドでの投げ込みだった。

 

 極端な話、ウチみたいに弱小では投手が不足するから早いうちに育てておきたいのだとか。

 そこで選ばれたのが、真田と俺。

 

 真田は中学から投手をしていたらしいのだが、俺は全くの初心者。

 高校に入ってそうそう二番手が確定した瞬間である。

 

「バッカお前、俺が見込んだからに決まってんだろ」

「前にも聞きましたよ、でも球が速い以外に俺って取り柄ないっすよ。コントロールもそこまで良くないし」

 

「バカかお前、速さってのはそれだけで大きな武器なんだよ。投手としての投げ方も知らずに、肩だけで投げてる初心者が140km近く投げてたら指導者としてはほっとけねぇーんだよ」

 

「いや、でもピッチャーってコントロールいるじゃないですか?」

「コントロールなんて、あとから付いてくるもんだ。そこは努力しろ、いいか? コントロールはどうにでも出来るが、球速だけは生まれ持ったもんが必要だ、そしてそれをお前は持ってる」

 

 それは樟葉にとっての初めての感覚だった。

 誰かに期待される、誰かに指示してもらえる。

 

 それが思っていたよりも気持ちのいいことだったことに。

 

 

「時に樟葉よ、お前投げる時になんか意識してることあんのか?」

「え? ……あー、ありますよ。回転数っす」

 

「ほー、誰かに教えて貰ったのか?」

 

「いえ、なんかノック見てたら思いつきました。たまに外野ノックってすっげー伸びる打球とドライブの打球があるじゃないですか? だから回転意識して投げたら、返球のボールがいつもより伸びたんで……そっからすかね、なんか不味かったですか?」

 

 

「なるほどねー……いや、なんでもねぇ。それはお前の持ち味だからな、逃がすんじゃねぇぞ」

「うす」

 

 

 それから監督指導が終わり、薬師の……というか今年からの信条のバッティング練習に参加した。

 中学までと違い、高校は硬球なのでしっかり芯で打たないと手が凄く痛い。

 

「真田、お前無茶苦茶バッティングセンスあるな」

「お前には負けるよ。ってかなんでこんなに上手いのに無名だったんだ?」

 

「買い被りすぎだ、贔屓目に見ても俺の評価はそこそこだよ」

 

「天然も才能ってか? 激アツじゃねぇか」

「じゃ、俺も打ってくるわ」

 

 

 そういって打席に立つ樟葉。

 それを尻目に真田は呟く。

 

「軟球から硬球って、普通飛距離落ちると思うんだけどなぁ。もしかして軟球から硬球打ちでやってたのか? それなら無名ってのも納得できるが……軟球を硬球打ちって、どんだけ天然なんだよ」

 

 快音を鳴らしながら樟葉はフェン直を何本も打った。

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 入学してはや3ヶ月。

 球児たちの最も暑い夏が始まった。

 

 その名も、選手権大会西東京予選。

 

 これで勝ち上がり、優勝した各都道府県最強達が集うのが甲子園だ。

 

 

「よーしお前ら、とりあえず初戦は突破してくれよ」

 

 監督のいつもの声で選手達は奮い立つ。

 2年生も含めて、野球をこれだけ努力して迎える公式戦は今まで無かっただろう。

 不思議と緊張しているのに、何故か落ち着いている。

 

 心が熱く体が冷たい。

 

 幸いと言っていいのか、ここに3年生は居ないのでそれが逆に気持ちを楽にさせているのだろう。

 

 引退。

 

 夏が終わる。

 

 それは足を泥のように絡め取ってしまう。

 もう後がないとわかれば、それは途端に襲ってくる何かがあるのだ。

 

 

「このチームの肝は樟葉と真田だ。今日は樟葉から投げることになったが、俺は使えるものはなんでも使う主義だ。もしかしたら山内、お前が投げることだってあるんだ、準備だけは怠るなよ」

 

「それは流石にないでしょ」

 

 ボソッと真田が俺に呟くが、そんなこと俺に言わないでくれ。

 てか初めての公式戦が、夏の大舞台で初めてのピッチャーってそれなんて罰ゲームだよ。

 

「お前さ、マウンド立つ時なんか考えてないの?」

 

 真田にそれを聞くが、藁にもすがる思いなので期待はしてない。

 どうせ、この天然ちゃんは訳の分からないことを言い出すだろう。

 

「そんなのマウンド立ってねぇから分からねぇよ」

「ですよねー」

 

 ほらな、予想の斜め上を行きやがる。

 

「今日の相手はあんま強くねぇからな、コールドで頼むぜお前ら」

 

 コールドって。

 ヤバイ、無縁すぎて何点取ればコールドか知らない!!! 

 

「樟葉、さっさとアップ行ってこい」

「うす」

 

 まだ太陽が登り切っていないこの時間。

 少し小さい球場の外周を走る。

 

 初戦だからというのもあるが、勝ち進まなければ良い球場で試合は出来ない。まぁホームランが入りやすいからいいんだけど。

 

 

 

 そんなこんながあり、始まった夏大。

 

 

 初めて踏んだ球場の黒土は、訳もなくテンションが上がる。

 学校では「汗臭ーい」とかいって文句を言っているクラスのヤツらも応援に来てくれている。スタンドには名も知らない3年生と元部員の3年生。

 おい! いいのか? 受験なんだろ?? 

 

 

 まぁいいや。とりあえず、そんなこんなで始まった訳なんだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストライク!!! バッターアウト!!」

 

 

 案外、ピッチャーの才能あったのかも。

 

 

 球速は早い方だと自負していたが、ここまでクルクルと三振取れるものだとは思っていなかった。

 もう三回になるのに、未だにノーヒット。

 

 やべぇ、ピッチャー楽しいかも。

 

 2年の先輩の指示通りにミットに撃ち込む。

 スピードとコントロールは監督のおかげでみるみると伸びていき、今はMAXで150kmもでている。

 凄くない!? 150だぜ!? ノゴローくんの高校時代に追いついたぞ。

 

 ジャイロじゃないけど。

 監督に聞いたら「お前には必要ねぇよ」って言われた。

 なんだよそれ! 俺を主人公にしてくれよメン。

 

 コントロールの方はギリギリ四分割が出来るくらいだ。

 インハイとアウトハイ、インローとアウトローの四つはなんとか出来るが、正直コースは甘い。

 なんとか凌げてるが、この人たち弱小らしいしな……。強豪とかになったらバカスカ打たれるんだろうな。

 

 守備の方は未だに無失点。

 

 

 

「樟葉、お前マジで才能マンだったのかよ」

「よせ。今の俺なら本気にしちまうぞ」

 

 几帳面代表の平畠にそう言われた。

 

「何だか今ならなんでも出来るぜ!! ホームラン打ってくるわ」

 

 平畠にそういってネクストバッターサークルへ向かう。

 

 

「今日の樟葉ってなんか違くね?」

「あー。試合だからじゃないの?」

「さぁ、でもなんかあれだな。なんかやってくれそうな気がする」

「なにおまえ本当にホームラン打ってくると思ってんの?」

「いやー流石にそれはないでしょ。でもノーヒットノーランはやってくれそうな気もしないではないですね」

 

 

 

 ──ガキーーーン!!!

 

 

 

((((フラグ回収早ぇよ))))

 

 

「うぇーい凄くない!? 公式戦で初めてヒット打ったと思ったらホームランだった!!」

 

 

 

 

 

「うるせぇ! 樟葉(クズ)調子乗んな」

「早く打たせろ! 守ってて暇なんだよ!!」

「はしゃぐなクズ」

「黙れクズ」

「喚くなクズ」

「口開くなクズ」

 

 

「辛辣!!? てか最後の阿部お前覚えとけよ」

 

 意外と樟葉はムードメーカー的な存在でもあるのだ。

 罵声に傷ついていないとは言わないが……。

 

「なんだよもぉ! もう怒ったからな!! バットに掠らせもさせないからな。暇すぎて転んで死ねお前ら! 特に阿部」

 

「酷っ!?」

 

 

 

 

 こうして監督の言っていた通り、5回コールドで圧勝した。

 そしてこの時に今の部員達は知ってしまったのだろう、死ぬ気で努力して、そして手に入れた勝利は。心の底から嬉しいものだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 △→△、! △

 

 

 

 

 

 

 

 轟雷蔵は崖っぷちだった。

 社会人野球を引退して無職になり、嫁には逃げられる。

 

 借金は借りなかったが、ほとんど貯金もつきかけていた。

 そして藁にもすがる思いで紹介された職業は、まさかの高校野球の監督。

 

 自分の息子が来年になればこの高校に入ってくるので、来年から本格的に全国を狙おう。そんな気持ちで顧問を引き受けた。

 

 だが、そこには光り輝く拾い物がいた。

 

 一人はピッチャーとして抜群の才能を持っていた。育てればウチのエースになれて更に全国でも通用するような投手になれると。

 

 

 だが、もう一人の方が凄かった。

 スペックが高すぎる。正直普通の高校生では有り得ないような身体能力を持っている。正直野球よりも陸上の方が複数種目でオリンピックに出られるのでは? と言うくらいのスペックの高さだった。

 

 まず、足が早い。

 これはどのスポーツでも大きなアドバンテージとなるだろう、チームでももちろん一番だったし、学年……いや確か学校でも一番だった筈だ。

 そして筋力、細身のくせして良い筋肉してやがる。

 速筋よりも遅筋の方に偏ってる感じだ、それは冬場で変えられる。

 背筋も柔らかく強い、肩甲骨も前で肘がつくくらい柔らかい。足も180度開く。

 

 たしか体力テスト、全国でトップだったような……。

 

 

 まだ野球は上手くないが、ポテンシャルは誰よりも高い。

 

 その程度の認識だった。

 大物になるのは、2年の秋から3年の夏だと。

 

 だが、違った。

 

 

 

 

 雷蔵は見たのだ。

 

 天賦の才を。

 

 

 

 それは樟葉がマウンドで球速を測定している時。

 薬師では人が足りないため、全員投手になる可能性がある。だから球速を測ったのだ。

 

 

 1番早かったのはギリギリ真田。そして次に樟葉だった。

 

 だが明らかにおかしい。

 

 

 キャッチャーが全く樟葉のボールを取れないのだ。

 初めは変なフォームだからだと思い気にとめなかったが、三球ほど見た時に違和感を覚えた。

 

 

 ──この球、浮いてねぇか? 

 

 野手投げで138kmもでる左腕。

 これだけでも磨けば輝きそうなのに……まさか。

 

 

「おい樟葉、もう一球投げてみろ」

 

「了解っす」

 

 雷蔵はキャッチャーの方からボールを観察することにする。

 

 ぎこちなく力の伝わらないフォームだが、球に力はなんとか伝わっている。

 

 

 ──パス……

 

 やはりミットの芯ではキャッチ出来なかった。

 

 

 そう、確かに雷蔵の考えは間違っていなかったのだ。

 確かに……。

 

 

「おいおいマジかよ、才能マンがいるぞここに」

 

 磨けば夏までに140前半までいける。ポテンシャルに期待すれば140後半も期待できるか? 

 だが、球速よりもこいつには武器がある。

 

 浮く(ホップ)する球。

 

 強烈な回転をかければ、ボールは重力で下がらない。むしろ風を切るので上がるのだ。

 

 そして回転数が多いということは、それだけ球が重い。現にキャッチャーはたった数球なのに痛そうにしている。

 

 

 もしかしたら来年まで待たなくても、こいつの成長しだいで一年目から狙えるんじゃねぇか? 

 

 

 全国

 

 

 

 

 

 

 

 ー△→△→

 

 

 

 

 

 

 相手選手を見ながらボーっとしている樟葉に真田は声をかけた。

 

「何してんだ? ノーヒットノーランの今日の立役者様は」

「……いや、なんて言うか夏大って負けたチームは泣いてるイメージがあったからさ……なんて言うかあのチーム、むしろ楽しそうにしてるからさ、本当に引退するのかな……って」

 

「それは違ぇな」

 

 

 俺達の会話に監督が入ってきた。

 

「涙ってのは流すもんじゃない、流れるものなんだ。言い方はキツイが、アイツらは流すべきじゃない。

 涙を流していいのは、必死に野球をやってきたやつらだけだ。そいつら以外は許されねぇ。負けて楽しそうに笑ってるってことは、結局アイツらは遊びの延長だったんだろう。

 なんで高校野球だけ、高体連じゃなく高野連が存在するか分かるか? 贔屓かもしれないが、野球はそこいらのスポーツとは違うんだよ。

 頭丸めて、必死にバット振って。そういう奴らを見るのが見ている観客に感動を与える」

 

 

「野球ってのはしんどいスポーツだ、だがそれでも勝った時は楽しいだろ?? 負けんじゃねぇぞ、俺を全国に連れて行って給料も上げといてくれ。

 茶番はおしまい、さっさと荷物積んで帰るぞ」

 

 

 負けて笑っている彼らを見て、何故か恥ずかしくなった。こんなのに勝ってあんなに喜んでたのか……と。

 だが、一勝は一勝だ。

 

 

「あのおっさん、偶に重みのあること言うよな」

 

「だな」

 

 

 久しぶりに天然ちゃんと意見があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




樟葉(くずは)誠(まこと)

身長181cm
体重72㎏

左投左打


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