弱くても勝てません、強くなりましょう   作:枝豆%

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前回よくよく考えれば4球しか進んでなかった件について


※東の高校通算本塁打は指摘により変更しました。




 ワンアウト三塁。

 

 それはほぼ高確率で得点が入る状況。

 これ以上ないという程のセオリー通りの形だ。

 

 スクイズを決めるもよし。外野の定位置までフライを飛ばせば樟葉なら帰ってこられる。先程の2番三年の山内のように叩きつけるバッティングをするも良し。

 

 何より4番に控えている真田に回せば、必ずやってくれる。

 

『三番、バッター、米原くん』

 アナウンスされてから米原はどちらかと言えば真面目なやつで、きっちりと仕事は決めるタイプの男だ。

 だから樟葉はスクイズの可能性が頭にあった。

 

 確かに薬師はバントをしないチームだが、それは出来ないのではなく。わざわざワンアウトをやるくらいなら勢いで押し通せ、という監督の性格の滲み出たチームスタイルなのだ。

 だが、相手は強豪。

 

 絶対的なエースがいて、ロースコアのゲームになるならまだしも。青道のように乱打戦となり得るチームならスクイズなど目先の一点よりも勢いに乗せるヒッティングの方がいいのではないか……。

 

「くっそー難しいぜ。初回から悩ませんなよな」

 

 監督の雷蔵が愚痴を漏らす。

 試合は始まったばかり、ここは無理してでもスクイズを決めて先取点をとるか。それとも一か八かのヒッティングに任せるか。

 

 次の真田のことを考えるとかなり安心はできる。

 だが、それは安心出来る気がすると言うだけで。絶対打ってくれるという確信ではない。

 たかが高校生にそこまで期待を乗せてはいけない。

 

 

 非常に悩んだ挙句、雷蔵が出した答えは。

 

 

 

 

『待て』

 

 

 一球様子をみろ、だった。

 勿論ただ突っ立っている訳ではなく、樟葉はわざと常に動き投手の視界の端で注意を引きバッターの米原は投手のリリースのタイミングでスクイズの振りをする。

 

 一応それはボールとなり、ノーストライク・ワンボールとなった。

 

 追い詰めているのは薬師なのだが、打者の米原は内心穏やかではなかった。

 今年の薬師高校は、3年や2年生の脱落で春の大会は見送ったのだ。

 故に一年の米原からすれば、高校初の大会。

 しかも、相手は有名な青道。

 

 そんなチームから先制点のチャンスで打席が回ってきたのだ。

 これは緊張するなという方が無理がある。

 

 バットを構え直し、気合を入れ直す。

 

 

 

 

「シャァァアア!!!!」

 

 自分に自分で喝を入れる。

 米原は真面目なやつだから緊張や期待を無駄に背負い込んでしまう。

 

 自分に負けないように、自分に押しつぶされないように。

 

 米原はバットを少し短く持ち、握り直す。

 

 

 

 △〇◎◽︎→

 

 

 

 

 それからは予想外の展開だった。

 

 既に丹波は3番バッターに13球も投げている。

 異様な粘りをみせた。

 そしてその粘りは、会場全体を湧かせる。

 

 数年前に流行ったカット打法ではなく、あくまで米原は打ちにいっての打ち損じ。

 ここまで使ってこなかった丹波のカーブに反応できているだけ、褒められた行動だろう。

 

 そして、非常に長い打席を制したのは。

 

 

 

「ボール! フォア」

 

 米原だった。

 体全身で喜びを表現して、高校生らしくダッシュをする。

 

 御幸は堪らずタイムを主審に伝えてから丹波の元へと駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──この瞬間、樟葉と米原は目を合わせ二人ともヘルメットを触る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいかお前ら、青道の正捕手はピッチャーに声をかけることが多い。しかもピンチでのフォアボールは十中八九タイムを取ると見て間違いない。

 そこでだ、ルールに則った小狡い点のとり方をお前達に教えてやろう」

 

 雷蔵は前日に選手全員には伝えておいた。

 ケースがケースなので、もしかして程度にしか捉えていなかった戦術がまさか初回から使える時が来たなんて。

 

「いいか、合図はヘルメットを触れ。絶対に悟られないように、そしてキャッチャーが走ったとしても必ず追いつけないタイミングで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴー!!」

 

 三塁のランナーコーチが樟葉に掛け声を出す。

 

 

「──!! ッのガキが!!」

 

 遅れて東が気付く。

 デッドボールは打者が一塁につき、主審がプレイをかけるまではプレーを続行しては行けない。強制的にタイムがかかるのだ。それはコールドスプレーや治療やらのため打者に近寄ることが出来るための措置だ。

 

 

 しかし、フォアボールは?? 

 

 フォアボールはプレーは続行している。

 気の緩んだキャッチャーや緩んだ返球をする隙をつき、二塁へと到達するのは高校野球ではさほど珍しくない。

 

 しかし、それは今回のようなキャッチャーがタイムを取った時は事態が変わる。

 打者が一塁ベースを踏んだタイミングでタイムをかけられるのだ。

 キャッチャーなどの野手はそういったタイムを取ることで、試合を一時的に止められる。

 

 

 

 

 そう、打者が一塁ベースを踏んでいたら(・・・・・・)

 

 

 そう、打者は全力疾走したが未だにベースを踏んでいない。

 

 現に御幸はタイムの主審に要求したが、一度も「タイム」とは発していない。

 だから今はプレーが続行して、かつホームベースが空いているのだ。こんな絶好の隙を逃す選手はいない。

 

 

 重量級のサードと、俊足の樟葉。

 

 先にホームベースへと到達するのは誰が見ても明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ォォォオオオオオオオ!!!!! 

 

 

 

 割れんばかりの歓声が響く。

 樟葉は薬師のベンチとスタンドに向かってガッツポーズをする。

 

 

 場の雰囲気、勢い、流れ。

 

 

 それは一気に青道から薬師へと流れ。観客に『もしや』を植え付けることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 △、!!!!! 〇

 

 

 

 試合は進み6回となっていた。

 スコアは1ー0で薬師がリードしている。

 

 今まで乱打戦をしていた両校とは思えないほどの投手戦。

 未だにピッチャーは交代せず、丹波と樟葉の我慢比べが続いていた。

 

 青道高校が波に乗れていないのは、ズバリ結城と東が原因だろう。

 

 

 いや、二人に限ってでは無い。

 この試合、青道はヒットがまだ四本しかでていない。

 

 しかもそれは重要な場面での連打ではない。

 青道は持ち前の打力を出し切れていなかった。

 

 

「らァッ!」

 

 背番号8がマウンドで吠える。

 150の速球と130後半のスローボール。たった二種類の、しかもストレートだけでここまで抑えられるというのは薬師の選手も予想外だったのだ。

 

 しかし当然といえば当然だ、横や縦や斜めの変化は何回も見てきたことがあるだろう。だが、上へのホップする球なんて全国の高校球児を探しても探すだけ無駄になるだろう。

 

 

 勇ましい。

 誰もがそう思っただろう。

 

 今日の樟葉は絶好調。

 

 

 あの青道打線を完全に打ち取っている。

 

 

 6回、7回、そして8回と抑え。四球からでたランナーを真田がタイムリーで返し2ー0に突き放した。

 

 会場は完全に薬師一色。

 誰もが大物食いを目の前で見たい。そういうのが見て取れる。

 

 

 

 9回の表、先頭バッターとして打席に入ったのは2番小湊だった。

 

(ある意味一番嫌な先頭バッターだな)

 

 足が早い倉持も厄介だが、やはり自分が何をするべきかを自分で理解してかつそれを実行できるバッターは本当の意味ではなかなか居ない。しかし小湊はそれが出来るバッターだ。

 

 青道は継投を使ったが、薬師は樟葉をこのまま完投させるつもりだ。

 夏は特有の暑さや直射日光で選手達の体力を奪う。そしてそれはゲーム中、一番ボールを持っている時間の長い投手にとって一番当てはまる事例だ。

 

 如何に身体能力が並外れて体力お化けだったとしても……。

 

 必ず底はくる。

 

「ボール! フォア」

 

 

 

「……ふぅー」

 

 一度帽子を取って汗を拭う。

 一度水でも補給したいところだが、ここからは今日一番の山場が来るだろう。

 ノーアウトからの青道クリーンナップ。

 

 

 まず三番の結城が打席に立った。

 今日三タコの男には見えないほど体中からのオーラで威圧してくる。

 

「いいね。捩じ伏せる」

 

「必ず打つ」

 

 両者共に一歩も引かない。

 既に三打席も同じボールを見たので、上がり具合も掴めている。

 

 しかし長打やホームランは狙わない。

 あくまで叩きつける打球で野手の間を通す。

 

 結城の打撃思考はそういう結論に至っていた。

 何故なら自分で決めたとしても、あと一点足りない。

 

 それなら後ろの4番(あの人)に任せた方がいい。

 何故なら結城の打撃は、東には未だに劣るのだから。

 

 第一球、際どい内角のボールを見逃しワンストライク。

 あの球はここ一番で出した樟葉を褒めるべきだろう、結城としても初球から叩く球では無いと思い手を出さなかった。

 

 

 続いて二球目。

 さっきの球とは違い、少し高めに浮いた甘い球。

 

 コンパクトなスイングでボールを捉え、金属の快音を鳴らす。

 打球は鋭く、そして早く内野手のいないフェアゾーンに落ちる。

 

 そしてそれは一番打たれたとした時面倒な場所だった。

 

 

 サードのライン際。

 右バッターならばさほど珍しくない打球だが、何もこのタイミングで打たなくても。

 

 

 小湊は三塁へと到達し、結城は二塁まで走り切った。

 打球が早すぎたことが悔やまれる。もし普通のサード線の打球なら小湊はホームへと帰ってこられただろう。

 

 

 打席に立つのは青道打線を最強の男。

 プロからも注目されるその長打力、高校通算本塁打42本の東。

 

 

 一発打てば逆転、ヒットが出れば同点。

 この最大のスリルを樟葉は怖くもあり、そして楽しくもある。

 

 

 変な気持ちだ。

 チームの命運を分けることタイミングで……夏の暑さに頭がやられたのかもしれない。

 

 でも、それでも心臓は高鳴る。

 スリル、それが今の樟葉にとっては楽しくて仕方ない。

 

 

「いいね。ノッてきた」

 

 

 

 

 

 

 △、! ♡*-*

 

 

 真田なら「激アツ」とか言っていたんだろう。

 確かに失点のピンチは怖い、しかも夏の大一番。

 

 だが、今なら不思議と気持ちが分かる。

 確かにここでしか味わえないスリルは感じ取れる。

 

 ここで樟葉はセットポジションをやめ、プレートを両足で踏む。

 

「ワインドアップ!?」

 

 これには青道だけでなく薬師も驚いた。

 ランナーも詰まっている、ホームスティールもしたければすればいい。

 出来るものなら。

 

 

 

 全力で樟葉はアウトコースに投げた。

 途端息を呑む。

 

 

 

 

 ──154km

 

 

 本日最速、そして樟葉の自己ベストが更新された瞬間でもあった。

 

 

 

(クッソ速いのぉ)

 

 東は内心愚痴を漏らす。

 今日一番をここで持ってくるタフさには、素直に賞賛を送る。

 

 しかし夏は譲れない。

 

 拍手を送ろう、賞賛も送ろう、褒めたたえあおう。

 

 だが、それでも。

 

 

 

「夏だけは負けられんのや」

 

 東は気を再度引きしめて打席で構える。

 何度目かわからない予想外には体が慣れてきた。

 

 いくら早くても速球とスローボールの二種ならもう見切った。

 微妙な成長や抜け球だと考えても対応出来る。

 

 いくらストレートが特殊だからといって。それ一本では限界があるのだ。

 

 

 目の慣れ。

 それが野球において一番怖い。

 

 

 ワインドアップからの2球目。

 今度は東のインコースへと速球を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガキーン

 

 

 

 

 完全に芯で捉えた打球。

 これは入った。

 

 しかし、その打球は風の影響を受けファールとなった。

 

 

 追い込んだが、正直後がない。

 ストレートだけでの限界だ。

 

 東にはもう見切られている。浮き上がる特殊なストレートを。

 

 

 △〇◎! 

 

 

 

 

 

「真田って何個変化球持ってんの?」

 

 ブルペンで割と素朴な疑問を真田へと投げた。

 

「変化かー。俺はカットボールとシュートだか今のところ」

「へー俺が覚えるとしたら何がいいと思う?」

 

「そりゃ人によりけりだろ。お前みたいに三振が取りたい投手は下の変化はいるよな、逆に打たせてとるならムービング系」

 

 

 そっかー。と言いながら考える。

 真田は打たせてとる系だからカットボールとシュートか……。

 

 

 なら俺は? 

 

 珍しい上への変化のようなストレートを持っていて、どちらかと言うと三振を取りたいピッチャー。

 

「じゃあフォークかな」

「握力は?」

「72」

 

「ゴリラかよ」

「うっせ」

 

「フォークは俺もよくわかんねぇからな、抜く感覚は正直わからん。あ、でもカーブなら教えられるぜ」

 

「カーブも投げれんのか……器用なやつだなー」

「そんな大層なものじゃねぇよ。キャッチボールとかで阿部とかがたまにやってるだろ?」

 

「え? 阿部もカーブ投げれんの!?」

「だからそんな大層なもんじゃねぇーって、よく言うだろ『小便カーブ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♡*’♡’♡’? *'’

 

 

 1球外せ。

 キャッチャーからの指令に首を振る。

 本能的にここで逃げたら負ける……。

 

 そう思ったのだ。

 

 なら、外にストレートを。

 それも首を振る、東程のバッターなら流し打ちで柵越も有り得るから外に逃げても意味は無い。

 

 なら、内にストレート? 

 それにも首を横に振る、今渾身のインコースをファールだったものの客席まで運ばれたのだ。続けて内は自殺行為になる。

 

 なら────。

 やっと首を縦に振った。

 

 

 

 縫い目を確認してストレートとは違う持ち方をする。

 ワインドアップでバレないようにだけ……。

 

 

 ここまで本当に一度も使って来なかった、言わば切り札。

 取っておき中の取っておき。

 

 最後の際まで取っておいた。というか使わないでいた持ち玉に数えるには余りにショボイ球。

 

 

 

 ──切り札と呼ぶには余りに格好のつかない代物。

 

 

 

 

 

 

 投げた瞬間、タイミングがずらされた。

 東は今回も間違いなくストレートで来ると踏んでいたからだ。150を超えるストレートはボールを見てから足を下ろすだけでは間に合わない。

 それに投手はストレートしか持ち球がないとデータで出ている。

 チームメイトを信頼しているからこそ、思いっきり足を上げ狙いに行ける。

 

 今日は一安打と情けない成績。

 ここで二点に抑えた丹波達のために逆転してあげなければ。

 

 

 バットは既にヘッドの位置が下がっている。

 ギリギリ打つ体制を崩していないのは、並外れた体幹と下半身のおかげだ。

 完全にタイミングを外された東は、途端に当てに行くバッティングに切り替える。なんならカットでもいいとさえ思っている。

 

 初めて見る軌道のカーブ。

 しかしそれは野手のキャッチボールでも投げられるようなボールだった。

 

(クソっ、全然曲がってこん)

 

 頭と体に染み付いているから中途半端なスイングで東はボールを芯で捉えてしまった。

 

 

 ──パン!! 

 

 

 打球はライナー性の当たりで、ノーバウンドでピッチャーにキャッチされた。

 

 一球前の豪快な打球とは似ても似つかない弱々しいライナー。

 

 

 

 

 

 4番を打ち取ることに成功し、そのまま五番六番を打ち取り。薬師は強豪、青道高校から勝利をもぎ取った。

 

 




最初の得点の仕方ですが、一塁ベースを踏まないとかなりの高確率で一塁審から「踏んで」って言われるので気を付けましょう。




切り札『小便カーブ』
パワプロで例えるなら『!?』って出るくらい打たれるボール。たまたま変化を一度も使ってこなかった今回に限って切り札に成り上がった。

薬師の練習で投げた時には、九割でヒットを打たれボコボコにされて、ちょっと涙目になってたという苦い記憶がある。

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