「ずっと待ってたんだよね。ハッキリさせようじゃんか。どっちが上か解らせてやるよ」
△!!! 〇◎△
秋の大会。
キャプテンのくじ運は最悪に悪かった。
何せ今年の西東京の覇者である稲実が初戦の相手なのだから。
恐らく現時点で西東京では頭一つ出て最強だ。
甲子園で暴れていた成宮は間違いなく1年生エースとなっているだろう。
「どちみち甲子園にいくには全部倒すんだ、遅かれ早かれ当たる。今日も勝つ気でいく」
雷蔵はそう言いながら球場に入っていった。
続いて薬師の面々も入っていく。
しかし、薬師の面々の気は重い。
先発は調子のいい真田で、樟葉は四番センター。さすがに真田でも稲実打線を無失点は難しいだろう。
そして一番の懸念と言えば……。
「──成宮鳴」
同じ1年生にして甲子園を経験した猛者。
甲子園は各都道府県最強が集う場所だ、言い方を変えれば稲実レベルがゴロゴロいるような場所である。
そこで活躍してみせた。
それに薬師と稲実が戦うのは、もう一つ意味がある。
△! 〇◎!!!
「ウチ相手に二番手なんて気に入らなかったけど……案外やるじゃん」
そう漏らしたのは稲実の1年生エース、成宮鳴だった。
薬師の先発、真田に対して不満を持っていたが存外やれる。
現に稲実は未だに一得点しか上げられていない。高校野球において一点は時に重いものだが、ひっくり返せない得点ではない。
1ー0
四回まで終わって、得点はこれだけしか動いていない。
それは対策や研究を樟葉に絞っていたとはいえ、十分に真田も渡り合える……という事だ。
背につける番号は10。
1はセンターで温存中。
「やるじゃん……でも。一点あれば充分なんだよね」
この世代最強の左腕に最も近いとされる【都のプリンス】成宮鳴はマウンドから薬師を見下ろす。
「ちょっと温存しすぎたんじゃない?」
この回も三者凡退の完璧なピッチングを見せつけ、試合は折り返しの五回を終えた。
〇◎!!! 〇◎
「アレで同期か……バケモンだな」
樟葉はふと言葉を漏らす。
何人かはそれをガン見して「お前が言うなクズ」とでも言いたげな目をしている……。
しかし、成宮は凄い。
名を轟かせる位なのだから構えてはいたのものの、だからどうしたと言われるように易々と三振を築き上げる。
速球には樟葉のお陰で目が慣れているが、スライダーがどうにも打ち返せない。
速球に変化球が加わるとどういうことになるのか……それを身をもって体験しているところだった。
「樟葉、お前からだぞ」
消耗している真田の為にも点を取ってやりたいが、それが簡単な相手ではないのは打席に経てば分かる。
「はぁ────────────」
バットを持って肺にある空気を全て吐くように吐き出す。
意味不明な行動にベンチは樟葉を見て固まる。
「何や──」
ってんだよ。そう言おうとした時樟葉は打席へと向かった。
たまにこういった行為で緊張を解く選手はいるが、緊張とは無縁のようなこいつがする訳が無い。
もう半年近く一緒にいれば何となくわかる。
意味不明な行動や、性格が急に変わる瞬間……。
──樟葉は化ける。
打席へと向かうその背中は、お調子ものであり、ムードメーカーであり。そしてチームの主軸として恥じない男の背中だった。
〇◎△! 〇◎〇
エース対エース。
西東京……いや、この世代No.1に最も近い投手の対決。
本当ならば観客は投げ合いが見たくて来ていたのだが、これはこれで一興。
会場は超満員。
スタンドは埋まっており、外野の芝生にも人が流れている。
誰しもが見たかった注目の投手戦。
それは実現できなかったが、それでもこの二人の対決には唆られる。
一打席目はセンター前ヒット、二打席目はセカンドライナー。
両者共に完全ではない結果に納得出来ていない。
白黒はっきりつける。
故に成宮は、この打席原田に三振をとるつもりだと宣言している。
そして樟葉は、必ず点をとる。そう真田に宣言している。
どちらも譲れないものがある。
それが勝負というものだ。
注目の第一球は、アウトローギリギリのストレートだった。
「ットライーク!!!!」
主審の声が耳に響く。
(あれは初球から行く程じゃない)
そう思い、構え直した。
もちろん焦りはある、未だに点は取れておらず攻略の糸口すら見えていない。
ランナーを三塁に送るだけでも至難の技だ。
「やっぱバケモンじゃん」
異名を付けられる選手っていうのは総じて異物だ。
天才の領域には凡人はどれだけ手を伸ばしても届かない。
──だが……
打席でバットを構える男も、その類に含まれる男。
打てぬ道理はない。
──カキーン!!!!
長らく出せなかった快音。
投手成宮の頭上を超えるライナー性のあたり。
本来ならセンターライナーで終わっていただろう。
だが、天才は常識の一歩先のことを実現させる。
センターのカルロスは見たことの無い打球に戸惑いを隠せないでいた。
その1つは打球の速さである。
ライナー性のあたりと言えど、外野まで飛べば失速しキャッチボール程度の速さに減速するのだが……。
(伸びすぎだろッ!!)
それはノックの打球のように、全くブレることの無いバックスピンが掛かっており失速することなく上昇する。
カルロスは走るのを辞め、ボールを見上げる。
それは何かを悟ったからだった。
『は、入った──!!!!』
四番としての仕事をこれ以上となく果たす。
同点ソロホームラン。
やっとの思いで追いついた薬師高校。
続いて成宮は調子を崩すかと思われたが、後続のバッターから三振を奪い取り薬師は乗り切れずに守備へとついた。
そして真田はファーストミットを付けて守備へとついた。
観客やもしかしたら選手達でさえ、この対戦を見たかったのではないのだろうか。
怪物1年生と騒がれた二人。
『選手の交代をお知らせ致します。ピッチャーの真田くんがファースト、ファーストの平畠くんがセンター、センターの樟葉くんがピッチャー。
三番ファースト真田くん、8番センター平畠くん、四番ピッチャー樟葉くん』
? _?? &♡&_──→→&-……@#
「やべぇ、横から見ただけでブルったぜ」
カルロスがそう零す。
本来ならもっと点数を稼ぐと言えたのに、それを許さないほどのピッチング。
投球練習の間だけで球筋を見切らなければいけない先頭打者のカルロスにとっては、焦りがでてくる。
このピッチャーから得点できるのか……と。
成宮を普段から見ているカルロスからしても、樟葉のストレートはそれだけ優秀だった。
「まぁ、タダではやられねぇよ」
この秋で初登板の樟葉、注目の一球。
かなり洗礼されたフォームに観客は酔いしれる。
どこか野手投げらしさがあった投手だったが、今は誰が見ても投手として恥じることの無い淀みのないフォーム。
よく言えば基本に忠実な投げ方である。
体を上手く使い、放たれた一球。
風を切る音がベンチからでも聞こえる異常さ。
それは圧倒的回転量と圧倒的球速の2つがあってこその所業。
カルロスは手が出せない。
「なんだよコレ」
それはまるで何か別の生き物のような……。
もっとそれはおぞましく、そして輝いて見える。
続いて第二球。
速度は初球と比べるとやや落ちるものの、回転に力を注ぎ込んだため大幅に浮き上がる。
もちろん初球で上への変化を打てる訳もなく空振り。
(上への変化とか初めて見たぜ……だがこいつは直球しかない。上から叩けば球数を投げさせられる)
先頭打者が三球で終わってはいけない。そんな当たり前のことをカルロスは考えて長打を捨てた。バットを少し短く持つ。
そして第三球。
タイミングは完璧に近いほど合わせることが出来た、上へと上がることを想定してダウンスイングで捕まえようとする。
ヒットにならなくとも、間違いなくバットには当たるように……。
だが……。
(沈ッ!!!)
体はスイングと共に開いてしまい、まるでタイミングが外れ三振を取られたバッターのような姿になった。
(は? いま落ちた? だがストレートの軌道だった筈だ、初速から速度が落ちなかったが……なんだ今の球?)
三球で仕留められたことよりも、カルロスは今の球種について考えていた。
(意味わかんねぇ。確かにこれはバケモンだ)
(鳴と同等? ここに一種類でも変化が加われば……鳴、良かったな。振り返ればライバルがそこに居るぞ。こいつの刃は、お前に届く)
同点ソロホームラン。
三球三振。
やや稲実寄りだった球場は、薬師一色と変わった。
??「ああ、だいぶ遅い。回転にパワー使ったからな」