悲しいなぁ……
side一夏
「一夏!!」「一夏さん!!」
「……!箒にセシリア……!無事だったんだな!」
クラス代表戦中に起きた襲撃事件、その最中に起きた悲劇を見てしまった鈴と俺は、他の生徒と接触することで余計な情報が錯綜しないよう、共に寮監室に軟禁されていた。
それは箒やセシリア達も同様らしく、2人は教師達に押し込まれるようにして部屋へとやって来た。
他の専用機持ち達も違う部屋に押し込められているらしく、今回の件の重大さというものを改めて感じることとなった。
もちろん、重大さという観点におけば自分達以上に痛感している人間も他にいないだろうが……
「私は上級生の先輩方と校舎の方に出現した敵機の対処に当たっていましたの。先輩方の力もあって何とか無力化には成功したのですが、増援には間に合いませんでした。申し訳ありません……」
「私は山田先生と連携して生徒の避難誘導を手伝っていた。それ故に全体の状態はある程度掴んでいたつもりだったが……一夏よ、何が起きた?死者は出ていないのではなかったのか?」
(……流石に箒にはバレる、か。)
なるべく感情を表に出さないようにしていたのだが、箒にはお見通しだったのか彼女は心配げな顔をしてこちらを見ていた。
俺の反応と現状から見ても彼女は大方の事情を予測してはいるのだろう。
……そもそも感情を隠すなんて器用な真似が自分にできるはずもないので、こうなるのも当然と言うべきか。
俺自身、先程まで握り締めた拳から零れ落ちる血液を鈴に指摘されるまで気付かないくらいには、無意識に冷静さを失っていたのだ。
多少落ち着いたとは言え心の中は大いに乱れている。
「確かに死者は出てないけど、それも"今の所は"って話よ。大多数の生徒は無事だったけど、怪我人は確かに出てる。」
「……つまり、私達が聞いているよりも事態は深刻だということか。」
「生徒を預かっている性質上、余計なことは言えないでしょう?IS学園自体の信頼性が疑われるから。……まあ、完全にシステムを乗っ取られた時点で信頼性もへったくれも無いんだけどね。」
つまりはそういうことだ。
最初に聞いた時には自分も納得できなかったが、教師陣の苦労を考えると何も言えなかった。それほどに彼等も憔悴しきっていた。
「……一夏さん?それよりもお母様は、お母様はどこにいらっしゃいますの?ここに来るまでにも見当たらなかったのですが……織斑先生のお手伝いをなさっているのですか?」
セシリアが核心を突いた。
思わず身体に力が込み上げるが、俺の手を握る鈴がそれ以上を許さない。
……情けない、こんな非常時にあっても自分は誰かに助けられているのだ。
もう一度心に鞭を入れ、あの光景を思い起こしながら2人に目線を向ければ、セシリアも今の自分の言葉で何かを察したのか、目端に涙を溜めていた。
(……クソッ!)
俺には真実を伝える義務がある。
少なくとも、彼女を慕っていたこの2人には彼女の身に何が起きて、今どんな状態にいるのかということを伝える必要性がある。
『今回のことは誰の責任でもなければ敵以外の誰を責めることもできない』
鈴には何度もそう言われたが、それでも目の前で散っていった彼女を見ていることしかできなかった自分に責任が無いと思うことはできない。
だからせめて、この役割は俺がしたい。
この残酷な事実を伝える役割を、守られることしかできなかった俺が引き受けたいと思った。
……鈴だって同じことを思っているだろうということから目を逸らしてでも。
「綾崎さんは今……学園の治療室で緊急手術を受けている最中だ。」
俺達がその異変に気付いたのは、無人機と発覚した敵ISを鈴とのコンビネーションによって無力化した直後だった。
幸いにも敵のレーザー兵器は早い段階で潰していたために問題はなかったのだが、それでも敵の基礎性能の高さもあってかなりのエネルギーと時間、そして思考を費やすこととなり、最終的には鈴が投げ飛ばした瓦礫の裏に隠れて接近し、衝撃砲のサポートを受けながら強引に斬りに行くことで勝利を勝ち取ったのだが……
勝利の余韻に浸りながら冷静に周囲を見渡した時に、異常にアリーナの損傷が激しいことに気付いたのが最初のきっかけだった。
「おりむー!!あやのんが!!あやのんが!!」
アリーナから逃げ遅れた生徒達の中にいた布仏さん、おかしな名前を付けることに定評のある彼女が指し示した名前に俺達はハッとした。
布仏さんが叫んだ名前に俺が驚愕していると、その間も冷静に事態を見極めようとしていた鈴がハイパーセンサーによって2つの機影を発見していた。
鈴の言葉に釣られて自身もその方向へと視線を向けると、専用IS"恋涙"をその身に纏った綾崎さんが強烈な発光を伴って佇む一体の巨大なISから、逃げる様に上空へと身を翻す光景が目に映った。
『メテオクイーン・サラマンドラ』
いつの日にか聞いた覚えのある女の声。
けれどそんなことに構っていられるのも束の間、文字通りに世界が真っ赤に染まった。
たった一機のISに撃つにはオーバーキルが過ぎるあり得ない広範囲殲滅兵器、それがその悍ましい程の赤の正体だった。
背後から響く鈴と布仏さん達の悲鳴と叫び、通信から千冬姉の声も聞こえてきていたが、そんな中でも俺は何が起きたのか理解することすらもできず、理解することを頭も心も拒んでいた。
目の前で起きた光景があまりにも現実離れし過ぎていて、あまりにも受け入れることに難があり過ぎて、脳が自然とその動きを停止していた。
10秒にも満たないその時間の間、布仏さんは引き止める友人達を振り解いて建物の影から飛び出し、鈴は行く手を阻むアリーナのシールドを必死に破壊しようと努力していたが、俺はただ呆然としていることしかできなかったのを覚えている。
赤く塗り潰された空が普段の色を取り戻した時、そこに残っていたのは血と火傷に塗れた、以前の美しかった容姿をほとんど残していない彼女の姿。
薄桃色と薄水色の淡い色彩を帯びていた彼女のISも黒色に変色しながら溶解しており、最早身体もISも機能しているとは言い難い状態だった。
本来ならば一定のダメージを受ければISは自動的に解除されるはずだが、それさえされることなく残り続けていたのは驚異的な熱量によって絶対防御を含めた根幹のシステムから破壊され尽くしていたからだろう。
それでも彼女の身を守り続けたのはIS自身の意思とでも言うべきか……
無防備に落下してくる彼女を敵機が確保し、アリーナの壁に横たわらせた状態で何かを噴射していたが、当然俺はこの時動くことなどできていない。
完全に魂が抜けていた俺が自分を取り戻したのは鈴が涙を浮かべながら殴ってきた時だった。
『いつまで呆けてんの!あんたならシールド壊せるんでしょ!?自分に出来ることすらしないで寝惚けてんじゃないわよ!!』
その言葉にようやく自分を取り戻した俺は、残りのエネルギーを使用して零落白夜を一瞬だけ発動させることでシールドに穴を開ける。
同時にエネルギー枯渇によって白式は待機形態に戻ったが、鈴の甲龍を追ってフラフラの身体に鞭を打ちながら彼女の元へと向かった。
……酷い怪我、としか言いようがなかった。
全身に皮膚が爛れるほどの大火傷を負い、特に両手は指先から手首にかけて大部分が炭化してしまっているほどの重症。
溶けたISと皮膚が同化しており、ISを取り外そうとすれば皮膚ごと引き剥がしてしまう様な有様。
呼吸は浅く、辛うじて生きていることは確認できたが、それすら今直ぐに止まってしまってもおかしくないほどに微弱なもので。
光の消えた瞳は何も認識できていないのか微動たりともしない。
……記憶の中にある美しく優しかった彼女と重ねようとすればするほどに、どうしようもない喪失感が胸を走った。
「っ!!千冬さん!!怪我人が1人、今直ぐ治療が必要よ!!救急車なんかじゃ間に合わない!!……学園の地下!?医者は!?……分かりました!直ぐに運びます!手配の方は任せますから!」
「リンリン!開かない扉は壊していいって許可貰ってきたから急いで!あっちの扉なら人が少ないはず!」
「よくやったわ!あんたは他の生徒達をお願い!!……死ぬんじゃないわよ、綾崎!!」
……結局、そんな惨状を前にしても俺は何もすることができなかった。
親しい友人が瀕死の状態で居るにも関わらず冷静に上官に判断を求めた鈴に、ここへ向かって走ってくる間にもこの状態を予測して手筈を整えていた布仏さん。
2人は1秒足りとも時間を無駄にすることなく、的確な判断をしていた。
(俺は、何も考えずにただ突っ立ってただけだ。時間を無駄にして、思考することもしないで、見ていただけの愚か者。もし2人がこの場に居なかったら、俺は彼女を……!)
死なせてしまっていたかもしれない。
……いや、今も死の淵に彼女はいるのだから、その考えすら間違っている。
あの時、俺が呆けていたせいでシールドを破壊するのが遅れてしまい、あの一瞬の遅れのせいで彼女は助からないかもしれない。
地下の緊急治療室に彼女を送り届けてから追い出される様にして鈴もこの部屋に送り届けられた。
彼女の今の状態を知っている人間は恐らく姉以外には存在しない、しかしその肝心の姉に対しても連絡はつかない。
恐怖と不安に押し潰されそうになる。
俺達の加勢に入ろうとした瞬間に突如現れた敵有人機。
驚異的な性能を持ったそんな相手に対し、彼女は時間を稼ぎながら逃げられない生徒達に被害が及ばない様に立ち回っていたそうだ。
もしそんな性能の敵の有人機がこちらに加勢しに来ていたらと考えると寒気が走るし、全滅していたのは間違いないだろう。
(……やっぱり、守られちまった。)
そうなることは予想していた、いつかこうなる日が来ることは分かっていた。
けれどそれでも、想像していたよりもずっと早く来たその日に実際に感じる無力感は思っていたよりもずっと凄まじかった。
一連の説明を終えてセシリアと箒の方へと目を向けると、2人は思っていたよりも大きな取り乱し方はしていなかった。
ただ俯き、拳を握って自分の心を抑え込むだけ。きっと数週間前までの2人なら大きく怒りや悲しみを表に出していただろう。
……恐らく、2人が今感じている感情は自分と同じものだ。自分にもっと力があれば何か変わっていたのではないかという酷い後悔。
誰よりも優しかった彼女が誰よりも傷付いてしまったという残酷な結果への悲しみ。
特に俺と箒は彼女が抱える悲しい現状の一端についてを千冬姉から聞かされていただけに、より一層その思いは強かった。
なぜ彼女1人がここまでのことを背負わされなければならないのか、と。
「……幸い学園には最新の医療設備が揃ってるし、医師免許持ってる教員が何人か居たから直ぐに対応ができたわ。乙女コーポレーションからも最新のナノマシンが届くって千冬さんが言ってたし、問題は無いはずよ。」
「そうか……凰、お前がいなければと考えると私は恐ろしくて仕方がない。的確な処置を行ってくれたこと、本当に感謝する。」
「わたくしからも……ありがとうございました鈴音さん……」
「お礼なんて言わないで、私だって綾崎に助けられたクチだもの。あの子には……ママには、死んで欲しくない。」
その言葉に何かを察したのか暗かった表情を少しだけ綻ばせる箒とセシリア。俺はその輪に入ることはできない、3人とは多分、彼女の捉え方が違うから。
母を知らない俺では、彼女を母として見ることができないから。
(もう、1秒たりとも時間を無駄にはできない。本当に彼女を守りたいと思っているのなら、今までの様にただ呆けている時間を作ることは絶対に許されない。)
もっと強くならないと。
もっともっと賢くならないと。
口先だけの覚悟を並べる時間はもう終わった
俺はもう覚悟を決めなければならない
全てを守れるだけの力を得るために、自分を捨てるだけの意思と決意を
今はこうして全員が心から悲しんで心配していますけど、性別がバレた瞬間にどんな反応をするのか考えると心が踊りますね。
特にいっちー。
【26.変わる心と変わらない想い】