IS - 女装男子をお母さんに -   作:ねをんゆう

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このくらいの歳の子が一番闇に落としやすいってお婆ちゃんが言ってました。


38.チカラ

sideシャルル・デュノア

 

綾崎さんが誘拐をされたあの一件から1週間ほど、僕の周りの環境は大きく変化していた。

 

まず、一夏に対して僕の性別がバレてしまった。

しかしそんな僕に対して、彼は驚愕はしたものの、直ぐに思い出すようにして生徒手帳を取り出してまず最初に僕を助けるための提案をしてくれた。

 

『シャルル。もしお前が本当に助けて欲しいのなら、俺はどれだけでも協力する。……けど、助けを求めてくれないなら、俺はお前に何もしない。今の俺には無闇矢鱈に困ってる人間に手を貸す余裕なんて無いからだ。』

 

『……お前は、どうしたい?』

 

そう言った一夏の目は、けれど決して僕を見捨てるような目ではなく、決断を迫るような力のこもったものだった。

 

確かに今の一夏は必死だ。

綾崎さんが誘拐されてからというものの、自身のトレーニングに当てる時間が大幅に増え、部屋に帰ってきてもISの映像資料ばかりを見ている。

1秒たりとも無駄にはしないようなそんな姿勢を見ていれば、誰にだってそれは分かる。

 

だからそんな一夏に迷惑をかけてはならないと、一度は差し出されたその手を掴むのを拒もうとした。けれど……

 

『……助けて、助けてよ一夏。僕はもうこれ以上、君達を裏切りたく無い……!君たちの本当の仲間になりたい……!』

 

自然と口から出たものは、そんな言葉だった。

 

『……ああ、任せろシャルル。綾崎さんの代わりになんてなれないけど、俺は俺なりにお前のことを守ってやる。』

 

そう言い切って何処か満足そうに笑う一夏は、これまで見てきたどんな男の人よりもカッコよくて、トクンと心臓の跳ねたあの瞬間を、きっと僕は一生忘れることは無いと思う。

 

結局その後に事情を説明しに職員室を訪ねた僕と一夏だったが、疲労した顔はしていても妙に落ち着いていた織斑先生によって、想像していたよりもすんなりと僕の学園在留は認められた。

 

『……まあ、お前の件に関して事前に対応を聞かされていたからな。まさか一夏を連れて来るところまで的中するとは思わなかったが。』

 

ハァ、と頭を手で押さえながらいくつかの書類を手渡して後は任せろと僕達は追い払われる。

 

つい先日までは綾崎さんが誘拐された事もあって酷く取り乱していたのにも関わらず、何があったのか、ある日からずっとこんな感じだ。

織斑先生からは取り敢えず『誘拐犯に対して綾崎さんの無事は約束させた』ということは聞いていたが、僕としてはそれだけでここまで落ち着いていられる理由が分からない。

同様にその話を聞いていた一夏達も納得できていない様子だったし、ラウラさんに至っては凄い形相で先生を睨み付けていた。

 

どこかピリピリとした雰囲気のある今の関係だが、相手との力量差を嫌という程思い知ってしまった現状で自分にできることなど無いことを痛感してしまったために、誰もが各々に自身の鍛錬に打ち込んでいる。

 

誰もが一心不乱に各々の方法で力を付けている中、こうして自分1人だけ何処か緊張感に足りないのは、本当は大して綾崎さんのことを大切に思っていなかったのではないかと自己嫌悪をしてしまう。

 

けれど心の何処かで皆が心配をし過ぎなのではないかと思ってしまう自分もいる。

 

彼女は守られる側の人間ではなく、きっと守る側の人間だ。

あれだけの重傷を負って満足に体を動かせない状況であっても、全ての事柄が彼女を中心に回っていた。いや、むしろ全ての事柄を無意識に自分に惹きつけて、それでもその全てをあまりにも綺麗に纏め上げた。

 

彼女が居なくなった今これだけ僕たちの関係がピリついているのは、きっと彼女が僕たちの中心になり過ぎていたからだ。

そんな彼女に流されたまま全ての解決を彼女に委ねてしまっていた僕達の怠慢もあるだろうけど、それは今は置いておく。

 

……だが、だからこそ、彼女ならば何処にいても、それこそ僕達の努力や心配など関係なく笑って帰ってきてしまうのではないかと思ってしまうのだ。

 

よくない考え方だとは思う。

それでも、彼女にそれほどの影響力があるのは確かなのだ。

 

「……やめやめ、こんな事を考えても仕方ない。今は織斑先生の言葉を信じて力をつける事くらいしか僕達に出来ることなんてないんだから。」

 

敵の居場所すらわからない現状では取り戻しに行く事すらできないのだ。

それよりも一般の生徒には綾崎さんは外部の病院に居ることになっているのだから、余計な噂が広まらない様に残り数日に迫った学年別タッグトーナメントを盛り上げる必要がある。

仮にも自分はまだフランス代表候補生だ、そこで無様な醜態を晒すわけにはいかない。

 

「……どんな理由でも、今は力がいる。だったら今やるべき事は、もう決まってるじゃないか。」

 

自分がこれ以上どれくらい強くなれるのかは分からない。だが、自分の今の実力では間違いなく足りない。やるしかないのだ。

 

 

sideラウラ

 

分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。

何もかもが分からない。

どうして教官はあれほど悠長なのか、なぜ此の期に及んで篠ノ之束を信じられるのか、なぜ自分は何もできなかったのか、なぜ自分には力が無かったのか、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、自分はあそこで立ち止まった……!!

 

考えれば考えるほどに心が黒く染められていく。思考を怒りに支配されていく。

自分は軍人だと、他者を守る存在であると、兵器を使うに相応しい人間であると、それを誇って他者を見下していたのはどこのどいつだ!!

 

機体の性能差?

悔しいがあいつの言う通りだ、そんなものは何の言い訳にもならない。あいつは私のシュヴァルツェア・レーゲンに遥かに劣る性能の機体を使ってあの女を押さえ込んだ。

 

中国の候補生"凰鈴音"に頼み込み、あの一戦の映像を断片ではあるが見ることが出来た。

 

……感嘆の一言だった。

 

恐ろしい程の速度で迫る全ての攻撃を、単純な技術と発想だけで捌き切る。多種多様で、それでいて正確で、洗練された一撃一撃を、先読みをしているかの如く的確に、機体の性能差故に生じる力の差を技術だけで相殺し、攻められるままである状況にも関わらず、一歩足りとも逃げ腰を見せない。

 

あれこそが、あれこそが自分にあるべき姿ではないのか。

きっと綾崎ならば、あの立場にあったとしても絶対に引くことは無かっただろう。絶望と諦観にさらされて、足を止める事など無かっただろう。

 

……私はどうしたらいい?どうすればああなれる……?

 

力だ、力が足りない。

あの女も言っていた、私には力が足りない。

 

だからと言って、これ以上どうしたら強くなれる。

 

一度たりとも鍛錬を怠った事はない。

ただ只管に教官の強さを目指して努力を続けてきた。そこに一片の妥協も怠りもなかった筈だ。

 

そんな自分がほんの僅かな時間でこれ以上強くなる……?こんな学生用の設備しかない中で……?

 

そんなことは不可能に決まっている……!!

ここに至るまでに私がどれほど血の滲むような鍛錬をしてきたと思っている!教官の力を借りなければゴミの様に死んでいた自分だ、才能が無いのは分かっている!織斑一夏を一目見れば分かった、分かっていた、あいつには才能がある!あれほどの才能があればという嫉妬も無意識のうちにあって、それで奴に強く当たっていたという事も今なら分かる!

 

どうすれば、どうすればいい……!!

私はあいつを救う為に、どうすればいい!!

 

どんなことをしてもいい、どんな手段でもいい……!

 

私に力をよこせ……!

 

私に力を与えろ……!

 

なんでもいい、なんにでも頼ってやる。

 

どんなことだってやってやる!

 

だから、だから……!!

 

 

 

 

私に綾崎を……助けさせろ……!!

 

 




あぁ^〜

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