「……手紙、というのは……こういう感じでいいのだろうか……」
ある朝、やはりいつものように職員室の机の上で千冬は頭を抱えていた。
生まれて初めて書いた誰かへの感謝の手紙。
書けば書くほどあまりに自分らしくなくて、読み返せば読み返すほど小っ恥ずかしくなって、あまりにも恥ずかしいものだから一々破り捨てて羞恥に悶え苦しむ。
そうしたことを6時間ほど繰り返した結果、完成したのがなんの面白みもない封筒に入ったこの質素な手紙だった。
「……書くのも苦しかったが、手渡すのも死ぬほど苦しいではないのだろうか、これは。どんな顔をして渡せばいいのだ?何と言って渡せばいいのだ?手紙を書くのと違って失敗ができないのだから、やらかしたらこれまで以上に死にたくなるぞ私は。」
もうこうなってしまったら彼の靴箱や机の中に入れてしまおうか、だなんてヘタレた発想が出てきてしまうが……いやまてよ、と。
それでは仲直り出来ないではないか、と。
せっかくの機会なのだからこれを生かさずどうするのだ、と。
そもそも最近は仕事が忙しいからと言い訳をしてあまり話していないのだが、流石にそろそろバレるだろうという危機感はあった。
だが、何故だか最近は会う度に温かい目でニッコリとされる理由が、まさか一夏や箒が奈桜に彼女の企みをバラしているからだということは夢にも思っていない千冬である。
もちろん彼等とて好きでバラしたわけではない、奈桜が悲しまない様にと思って代わりに弁解したのだ。つまり千冬が悪い。
そんなことも知らず、とりあえずとばかりに彼女は書いた手紙を鞄にしまい込む。今すぐ渡しに行くという積極性などもちろん無かった。
しかしこの手紙を渡すタイミングはそれこそ例のリハビリに付き合っている最中でも構わないのだが、できればもっと早く渡して仲を戻したいという欲はある。
この手紙を渡すキッカケになるような、しかし同時に今すぐにでも実行できるような簡単かつ大切なイベント……そんな都合の良過ぎるものを千冬は本気で探していた。
悩むこと30分。
もちろん思い付きなどしなかった。
「……とりあえず、顔だけでも見に行くか。話の流れによっては渡せる機会も生まれるかもしれないしな……」
半ば脳死に近い考えではあったが、何も行動を起こさないよりはマシ……確かにそれはその通りではあったが、彼女はどうにも運まで悪いらしく、今日この日のこの時間、奈桜は外出をしており部屋には居なかった。
どこにも居なかった、一夏も箒も鈴音もセシリアもシャルロットもラウラも居なかった。
遂に外出をする際に自分に声すら掛けられなくなったという事実に対し、真耶に話しかけられるまで千冬は本気で落ち込んでいた。
『一夏くん。今週の日曜日なのですが、よければ買い物にでもいきませんか?』
『え……?』
始まりはそんな何気ない一言だった。
『か、か、か、買い物……!?俺と?綾崎さんが!?』
『ええ、偶にはそういう機会があってもいいと思うんです。色々と迷惑もかけてしまいましたし、お詫びも兼ねて食事代くらいは出しますよ?』
『い、いや!それはいい!……け、けど!俺でいいなら是非付き合わせてくれ!』
『ふふ、とても嬉しいです。ありがとうございます、一夏くん。』
首をこてんと傾げて笑うそんな彼女に、一夏は自分の顔に熱が上っていくのが分かった。
思い返せば、
綺麗な女性なら周りにたくさん居た。
可愛らしい女性もそれなりに居た。
けれど優しい女性は少なかった。
そしてもっと言ってしまえば、その全てが揃っている女性というのは記憶の中にどころか、その存在すら信じていなかった。
(ま、ま、ま、まさか!まさか!?これは、デートのお誘いってやつなのか……!?そうなのか弾!そうなんだよな弾!?これがお前の言ってた恋人になる前の2人が距離を縮める為にするデートってやつなんだよな!?)
きっと究極の唐変木として有名な彼が弾のくだらない言葉を思い出せたのも、ただの買い物をデートとして認識できたことも、その要因が大きかったのだろう。
ただし……
(や、やべぇよ!俺デートなんか誘われたこともねぇぞ!?普通の私服じゃダメだよな!?ってかデートなんだから男がリードするんだよな!?どうすんだ俺!?どうすればいいんだ!?ほ、箒に相談するか!?鈴の方がいいか!?い、いや、やっぱりここは弾に!!)
その心の中を誰かに読まれてしまえば確実にぶっ殺される様なことを思ってしまっているところを考えると、やはりこの男が唐変木であることに変わりはないらしい。
そうして日曜日。
約束通り校門の前で、けれど約束とは違い時間の30分前に。
彼にしては珍しく通販で取り寄せた有名ファッション雑誌の表紙を飾った洋服を着て、弾に言われた様に髪型まで意識して。
もうどこの誰からどう見てもやる気満々な格好で、彼はそこに立っていた。
「い、いいんだよな?これで本当に。き、気合い入れすぎだったりしないか?い、いやでも、もう今更どうしようもないんだから後悔しても……」
「あら、一夏くん早いですね。」
「っ!!あ、綾崎しゃんっ!?」
「?ええ。おはようございます、一夏くん。」
あまりの驚愕で滑舌が回らなくなった一夏、彼はてっきりもう10分くらいは自身の心を落ち着ける猶予があると思っていたのだ。
だが、考えてみて欲しい。
彼女は他でもない綾崎奈桜だ。
例え一夏があまりの緊張で30分前に集合場所に集まってしまったとしても、彼女はデフォルトで集合場所に30分前に集まるような人間だ。
彼女からすれば当然のことであり、困り笑顔でこてんと首を傾げて挨拶をするそんな様子がますます一夏を追い詰めている事も彼女は知らない。
「あ、ああ!いや、その、さ!まだ30分前なのに早いなぁと思ってさ!」
「私、集合場所には30分前には居たくなっちゃう性分なんです。……それよりも、今日の一夏くんはなんだかカッコいいですね。いつもよりも男の子って感じがします。」
「ほ、ほんとか!?良かったぁ、ちょっと気合い入れすぎたかと思って……」
「そんなことはありません、自分をよく見せるために努力をすることは素晴らしいことです。その服も髪型も、とってもお似合いですよ?」
(よっし……!よっし……!!!)
心の中でガッツポーズを決めた一夏はそれはもう浮かれていた。
彼女に男らしいと言われたのだ(そこまでは言っていない)、嬉しくないはずがない。
それまで自分のファッションに自信を持てておらず、なんだか落ち着かない気分に浸っていた彼はその瞬間にやっと冷静さを取り戻した。
冷静になった頭でそういえばと視線を目の前の彼女に向けてみると、何故今まで気付かなかったのか……彼女もまた私服ではないか。
所謂シャツワンピというのか、真っ白なそれの下に青地のジーンズというシンプルながらも女性らしさと清楚感を併せ持つそんな服装に、彼女の容姿と黒髪が合わされば最早最強と言えた。
『似合っている』
『綺麗』
『可愛い』
『美しい』
『女性らしい』
そんな考えればいくらでも思いつく様な世辞すら言う事ができず、一夏は完全に目の前の彼女に目を奪われてしまっていた。
一方で突然動きを止めてこちらをマジマジと見つめてくる一夏に不思議な顔をして見つめ返している奈桜は、今日も今日とて車椅子。
……そう、車椅子。
よくよく考えれば誰にでも分かることであったのだ。
彼女がそんな状態で出掛けようとするならば、その保護者達も黙っていないということを……
「なに見惚れてんのよ、このバカ一夏。」
自然と前屈みになって奈桜に顔を近づけていた一夏の脳天に、ズガンと小さな手提げ鞄が振り下ろされた。
「いってぇっ!?な、なにすん……って鈴!?セシリア!?箒まで!?なんでここに!?」
背後に立っていたのは少し怒った様に腕を組む鈴音とセシリアと箒だった。3人ともいつもの制服ではなく私服で、その姿はまるで彼女達もこれから出掛けるような……
「なぜと言われましても……私も鈴さんも箒さんもお母様にお誘い頂いたからですわ。臨海学校の準備の為に買い物に、と。」
「え……?え?え?」
彼は心の底から冷えを感じ始めた、
「……は?なに?あんたまさか、ママと2人っきりでデートでも出来ると思ってたわけ?」
「いや、でも、だってそれは……」
「はぁ、少し考えればそんなことは有り得ないと分かるだろう。母さんはまだ万全では無いのだから、少人数での外出など許可できん。」
「当たり前ですわ。そもそも以前の事を考えるに、外出するという事自体反対したいくらいなのですから。」
「ま、専用機持ちがこれだけいるならって感じよね。普通の暴漢相手なら箒とラウラだけで事足りるし、交渉事ならセシリアとシャルがやってくれるでしょ。完璧な布陣よね。」
「……鈴さんは何をするんですの?」
「オールラウンドにそこそこに?」
「それは流石に雑が過ぎるだろう……まあ別にいいが。」
「あ……あー……あー、あー、あー……」
いつのまにか一夏は真っ白になっていた。
もうこの世から消えて無くなってしまいたくなっていた。
これだけ気合を入れてきたにも関わらず、全部自分の勘違い。しかもデートだと思ってやる気を出していた所を彼女達に見られてしまい、先程は褒められて満更でもなかったものの、彼は今すぐ噴水にでも飛び込んで全部無かったことにしたいくらいに恥ずかしかった。
……とは言うものの、これはいつもの逆パターンというものでもある。
例えば箒が一夏を昼食に誘った時には、勝手に他大勢を呼んできたりした。
例えば鈴が彼をデートに誘った時には、買い物は大勢の方が楽しいと何の断りもなく弾を連れてきたこともあった。
例えばセシリアがお茶会に誘ってもシャルロットを引っ張り込んできたこともあったし、
彼の前科は数えればキリがない。
その度に何度彼女達が落胆させられてきたことか……それを考えてしまうと彼に対して同情しているものなどこの場には誰一人としていなかったし、むしろ内心で『ざまあみろ』と『いつもの私達の気持ちが分かったか』と思っていた。
彼のあまりの唐変木さを知っているものならば、そんな彼女達を責めることなどできないだろう。
口に出して責めたり気合の入り様を弄ったりしないだけ、むしろ良心的だとも言える。
「それじゃあママ、早く行きましょ。余計な話してたから電車の時間が微妙なの、先に行ってるラウラとシャルを待たせるのも悪いしね。」
「は、はあ……あの、鈴ちゃん?一夏くんはどうかしたんでしょうか?」
「ママは気にしなくてもいいから。女心を弄んだツケが回って来ただけ、これで少しは自分の行いを反省してくれるといいんだけどね。」
うんうんと同様に頷く箒とセシリア、しかし彼女達3人の思いも虚しく、一夏の中では特に何か考えが変わるということもなく、『もっと話聞いとけばよかったなぁ……』程度の反省で終わってしまった。
織斑一夏は相変わらず織斑一夏であった。
イッチーはそうでなくっちゃ!
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
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箒と負けない花嫁修行
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セシリアと優雅にティータイム
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マドカとドキドキお泊り会
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千冬の奮闘恩返し