IS - 女装男子をお母さんに -   作:ねをんゆう

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千冬のポンコツと奈桜の小悪魔がベストマッチするとトリガー無しでもハザードが発生するって万丈が言ってました。


56.千冬先生の恩返し奮闘戦線 - 千冬先生の御乱心 -

 

「ふふ、まさか千冬さんまで来るとは思っていませんでした。千冬さんも水着探しですか?」

 

「あ、ああ。まあそんなところ、だな。」

 

「でもビックリしましたよ?いきなり一夏くんに拳骨するんですから。もう少し一夏くんにも優しくしてあげてくださいね?」

 

「あ、ああ……すまない……」

 

自販機の横のベンチで小さく縮こまっているこの小さな女性が世界に名だたるブリュンヒルデであると誰が分かるだろうか。

それどころか1人の生徒を相手にこれほどモジモジとしている者がその担任たる教師であるということすら周囲の人間には分からないだろう。

 

そしてそんな2人の様子を柱の影に隠れて見ている生徒6人+教師1人の集団は、きっと周囲の人間から見れば怪しさしか感じられない不審な集団としか見えていないに違いない。

 

如何にも警備員を呼ばれそうで呼びにくい、そんな奇妙な空間がそこには生まれていた。

 

「……なあ鈴、頭いってぇからタンコブの上に顎乗せるのやめてくれないか?」

 

「ママにあんなことさせといて、今更あんたに発言する権利があるとでも思ってんの?殴られないだけでも感謝しなさい。」

 

「最低ですわね、一夏さん。」

 

「最低だよ、一夏……」

 

「一夏貴様、帰ったら覚えていろ。」

 

「まあ帰る時には骨しか残っていないがな。」

 

「え?なに?俺もしかしてまだ殺されるの?流石に虐待が過ぎないか?」

 

「もう、皆さん暴力はダメですよ。それよりちゃんとあの2人に集中して下さい。今いいところなんですから。」

 

「いや、それもどうなんだよ先生……」

 

こんな風に呑気な言葉を交わしているが、一夏の頭の上には少し離れてみると形の違いが軽く分かるくらいにはポッコリと大きなタンコブがあり、それだけを見ると割と人体的にはシリアスな光景だ。

そんなシリアスを作り出した本人は先程までの怒りなど遥か昔の話のように身を小さくして俯いているのだが……

 

「な、なあ綾崎……?」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

「その、色々とすまなかったな。お前には不甲斐ないところばかりを見せた。」

 

「不甲斐ない……ですか……?」

 

「ああ、一時的な保護者とは言え、私はお前をもっと支えなければいけなかったはずだった。だが気付けば私の方がお前に依存し、むしろ支えられていた。これでは私は子を導く教師どころか、大人として失格だ。」

 

自分が情けない人間であるということはこの数日で嫌というほど思い知った。自分が自分で思っていたよりも大人になり切れていないということも知った。

そうしてこれまで少しも奈桜を支えてやれなかったことを後悔して謝罪をするも、口からは反省ばかりが言葉になって。

決意とは矛盾して、まるで慰めて欲しいと言わんばかりの自分の言動に気付いてしまえば千冬の自己嫌悪は更に強まった。

 

……それでも、そんな千冬の葛藤も関係なく奈桜は笑う。まるでそんな彼女の悪感情ごと全て受け入れてしまうかのように。

 

「そうですか?私は依存が一概に悪いことだとは思いませんよ。少なくとも、千冬さんが私に依存してくれていただなんて、それを聞けただけで私はとても嬉しいです。」

 

「……あまり甘やかしてくれるな。私はお前に頼られたい、お前に甘えられたいんだ。今のままの自分ではダメだと分かっているし、本気で変わりたいとも思っている。」

 

「う〜ん、私としては今の千冬さんの方が好きなんですけどね。尽くし甲斐があるというか、尽くしていて楽しいというか。」

 

「うぐっ……お、お前はまたそうやって人の決意を簡単に……」

 

「えへへ」

 

悪戯な笑みを浮かべてそう言う奈桜は、けれど直ぐにその表情をとろける様な愛おしげなものに変え、迎い入れるように千冬に向けて両手を広げた。

困惑する千冬、けれどその行動の意味はなんとなく分かる。

 

「だから、ぜ〜んぶ諦めて、ぜ〜んぶ受け入れて、私にい〜っぱい甘やかされちゃうのをオススメしますよ?千冬さんが望むなら私、たぁっくさん甘々のトロトロにしちゃいますから♪」

 

あまりに甘美な蟻地獄が千冬に牙を向いた。

 

「ぐっ!?そ、その手には乗らんぞ!わ、私は必ずお前をこの手で甘やかしてみせる!!この決意は変わらん!!」

 

「ふふ、強情なんですから。いいですよ?それなら私は千冬さんがもう2度とそんなこと考えられなくなっちゃうくらい甘やかしちゃうだけですし♪」

 

「お、お前は堕落を誘う悪魔か……」

 

「家事もお仕事も、ぜ〜んぶ私がしてあげますよ?食事も私が食べさせてあげますし、お着替えだって私がしてあげます♪毎日『大好きですよ〜』って囁きながら寝かし付けてあげますし、眠れない日はぎゅーって抱きしめて、眠れるまで背中をぽんぽんってしちゃいます♪千冬さんは本当に何もせず、ただただ毎日私に身を任せて甘えてくれるだけでいいんですよ?そうしてくれれば私は、それに応えて、求められた以上に甘やかしであげます♪どうですか?そんな生活もいいものだと思いませんか?」

 

「お、おお、お前は私を甘やかしで廃人にする気か!?」

 

「えへへ。でも、千冬さんだって本音を言えばそんな生活に少しくらい興味あるんですよね♪」

 

「うっ……そ、れは……」

 

「ふふ、もしよければ一日だけの体験も可能ですよ?」

 

「……………………………………………………………い、いや、やはり遠慮させてもらおう。2度と戻ってこれなくなりそうな気がした。」

 

「あらら、それは残念です♪」

 

奈桜がどこまで本気で言っているのかは分からないが、本当にそこまでやってしまい、本当にそこまで自分が落とされてしまう可能性があるために千冬は少しも笑えなかった。

その証拠に奈桜のその提案を聞いた瞬間に、あれほど硬く定めた決意が揺らいでしまい、そんな甘過ぎる生活のイメージが頭をよぎってゾクゾクとしてしまったのだから、目の前の人間に自分がどれほど弱いのかは嫌でも分かる。

 

きっと奈桜ならば自分がどれほど堕落しようとも見限ることなく受け入れてくれるだろう。そんな確信があることが、むしろ自身の意地とプライドを軟化させてしまい、危うく本当に誘惑に溺れそうになってしまう。

 

 

千冬は頭を振って脳にこびり付いた先ほどの言葉と想像を無理矢理引き剥がし、ガサリと一通の手紙を手に取った。

自分が生まれて初めて誰かのために書いた嘘偽りの無い本音の感謝の手紙……こうして手に持っただけでも羞恥が込み上げるが、今はそれに助けられた。

これさえあれば自分はあの甘やかしにも耐えることができる。込み上げる羞恥心によってなんとか上書きすることができる。

 

渡す勇気はいまだに出ていないが、とりあえずこれを持っていれさえすればなんとかなる。奈桜にバレさえしなければ自分はまだ攻勢に出られる、千冬はそう信じていた。

 

……それなのに、

 

「……あれ?千冬さん、その手紙はなんですか?」

 

「っ!?」

 

5秒でバレた。

 

「えっと……それは所謂"ラブレター"とかですか?ふふ、学園には千冬さんのファンがたくさん居ますからね。千冬さんはかっこいいですし、同性であってもそういう手紙を渡したくなる人も当然居ますよね。」

 

「え……あ、いや!こ、これはそういうのではなくてだな……!」

 

「あれ?でもそれなら学校に置いてきてもいいですし……あ、もしかしてここに来る途中に学園外のファンの方に頂いた、とかでしょうか。会えるかどうかも分からないのに手紙を書いて来るだなんて、相当熱心な方なんですね。」

 

「ち、ちがう!この手紙は本当にそんな、そういうのではなく……!」

 

「もう、そんなこと言いながら千冬さんもその手紙を大事そうに抱えていらっしゃいますし、私もちょっと気になっちゃいますよ?

ふふ、もしかしてお相手の方は千冬さんの好みの殿方だったりしたんですかね♪」

 

「そ、れは……」

 

その言葉に、千冬はなぜかギュッと胸が締め付けられる様な感覚を得た。

 

理由なんてこれっぽっちも分からないが、その言葉に自分がどうして嫌な気持ちになったのか皆目検討もつかないが、それでも心の中に何かモヤモヤとしたものが生まれてしまったことだけは事実だった。

 

上手く言葉に表すことができないが、今のこの不思議な勘違いをされている状況が、千冬はどうしても嫌だった。

 

……その勘違いを、どうしても目の前の人間にだけはして欲しくないと思ってしまった。

 

「………っ!あ、綾崎!」

 

「ひゃっ!?……え、えっと、千冬さん……?」

 

それまで俯き縮こまっていた千冬が突然顔を上げて両手を掴んできたことに、奈桜は大きく困惑した。

彼女が大事にしていると思われるその(推定)ラブレターをわざわざ自分の両手に握らせ、さらにその上から強く彼女は握り締める。

 

いつになく強い眼力でキッと両目を見つめられてしまい、奈桜は珍しく頰を紅潮させて目線を逸らした。

チラチラと千冬の顔を見てみるが、彼女は変わらず自分を見つめており、その眼には今は自分しか映っていないということが嫌でも分かってしまう。

 

先程までとは正反対の状態となっていた。

今は身を縮こめて俯いているのは奈桜の方だ。

それでも千冬は畳み掛ける。

勢いに任せて、見た目とは裏腹に完全に冷静さを失った頭で畳み掛ける。

彼女はその場の勢いで色々とやらかしてしまう人間であったからだ。

 

「この手紙は他者から受け取ったラブレターなどでは決してない!」

 

「え?え?……で、でも……」

 

「そもそも!この手紙には私とお前以外の人間は誰1人として関与していない!いや、関与することすら許しはしない!ましてや他の男などと!!そんなものでは断じてない!!」

 

「そ、そうなんですか……?それなら、その、それって……」

 

 

 

「この手紙は!

 

私が!この私が!!

 

お前だけを思って書いたものだ!!

 

お前に、お前だけに渡すために!

 

一晩中寝ずに頭を悩ませ!

 

一晩中お前のことだけを考え!

 

お前にだけ読んで欲しいと!

 

お前以外の何者にも読ませたくないと!

 

そう思いながら書いたものだ!

 

ああそうだ!そういうことだ!

 

言うなればこれは!

 

私が!

 

お前に向けて書いた!

 

お前だけを想って書いた!

 

ラブレターだ!!」

 

 

 

「え、えぇぇえぇぇえぇぇ!?!?!」

 

 

 

千冬はグルグルと焦点の合わない目で、

顔を真っ赤に蒸気させて、

その場の勢いに任せてしまって、

 

滅茶苦茶なことを言った。




ヤケクソでホームランを打つ女……これはブリュンヒルデ。

次の日常パートについて(1)

  • 一夏+αと買い物デート
  • 箒と負けない花嫁修行
  • セシリアと優雅にティータイム
  • マドカとドキドキお泊り会
  • 千冬の奮闘恩返し

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