……元気、です……?
た、多分元気です……
IS-女装男子はお母さん-19
バシッ
軽くも重いそんな音がその小さな部屋の中に響き渡った。
彼女達が普段している行いを考えれば、たかが平手打ち1つ軽いものだ。
だが、その意味はあまりにも重い。
込められた思い一つ違えば、時には拳で殴られるよりも平手で打たれた時の方が痛いのだ。
「織斑先生……」
「……私はこれでもお前のことをそれなりに理解できていると自負している。恐らく、今回のことさえも一つ残らず無駄なことなど無かったのだろう。私から見れば愚策と思える様な行いでも、お前が考えたのならば間違いなく最善手だったに違いない。」
「………」
千冬のその言葉に、束は何も答えない。
ただ変わらず微笑を浮かべているだけだ。
「故に、私はこの1発でお前を許す。お前が以前とは違い、間違いなく他者と協力し、他者の命を尊重しようとしていると知っているからだ。
昔のお前ならばあれほどの敵が相手ならば、命の1つ2つ程度は必要経費とも言うような策を立てていたに違いない。お前が誰1人として命を落とすことのないよう努力していたことを、他ならぬ私が認めてやらない訳にはいかない。」
「………本当はもう少し被害が少なく済む予定だったんだよね。あはは、確かに1度は撤退させるつもりだったけど、なーくんのは本当に保険のつもりだったんだよ。」
「天下の天災も見誤った、ということか。」
「うん、まさかそれぞれがあんなにも相性の悪い敵と当たるとは思わなかった。……あーあ、今回は結構本気で頑張って準備したのに、自信無くしそう。結局なーくんに助けられて、これじゃあ何も変わってないじゃん。」
そう言って頭を抱えてしゃがみこんだ束は、珍しく本気で落ち込んでいるようだった。
そんな様子に千冬はやはり怒るに怒れない。
ナターシャの言葉にあったように、今回の作戦に関しては様々な組織と調整して行われている。
その間に挟まれながらも最善を尽くす努力をしなければならない苦悩を、千冬は誰よりも知っている。
どんな心情の変化からなのか、元々深刻な程にコミュニケーション能力が欠如していた親友がそれをやっていたというのだ。
それを知ってしまえば、もう何も言えなくなってしまっても仕方がない。
だが千冬は聞きたいことならば山ほどあるのだ、話のネタには困ることなく、落ち込んでいる束に容赦なく投げ込む。
「束、綾崎が使ったアレはなんだ?おそらく一時的な強化システムの様なものだろうが、私でも見たことの無い代物だった。」
「あー……あれは第5世代ISの限核兵器ってやつだよ。」
「第5っ……!?篠ノ之の紅椿とて第4世代だと聞いていたが?」
「前にもちーちゃんは見たことある筈だよ。ほら、あのオーちゃんが乗ってた蜘蛛型のやつ。」
「っ、あの凄まじい威力の兵器か……!」
「『Meteo Queen Salamandra(炎姫竜の流星)』……ISのコアに直接干渉して、大量のエネルギーを供給、蓄積。その全てを熱エネルギーに変換した後、胸部砲塔内で圧縮し、対象に向けて放出する。理論上の最高火力なら今日の7体くらいなら纏めて焼き払える計算になるね。」
「………それと似たものが、綾崎の機体にも装備されているということか?」
「なーくんのはまた違うけど、コアに干渉して無理矢理エネルギーを引き出すって所までは同じかな。」
よいしょ、と立ち直った束はスクリーンにある画面を映し出す。
それは先日見た、あのVRシミュレーションの中で出てきた綾崎直人という少年の姿。
「簡単に言えばなーくんの機体に載っている限核兵器『Disaster Of Iron(鉄災)』はね、ほんの少しだけ回収できた、ある期間の"綾崎直人"って少年の人格データを、一時的になーくんの表層に投影するシステムなんだよ。」
「なっ!?」
「勿論機体の強化だってしてる、あの赤い粒子がそれね。けど、やっぱり一番効果が大きいのはそのシステム。あれを使っている間はなーくんが本来の実力で戦える。サポートにしか回れないなーくんが、主役になって戦うことができる。」
「だがそんなことをすれば!!」
「投影された人格に上書きされてしまう可能性がある、でしょ?けど、私だってなーくんの事は大切に思ってるんだよ?最善は尽くしてるよ。……まあ、それでも例外が多いのがなーくんだから、なるべく使用は控えるつもりだったんだけどね。」
以前自らが作ったナノマシンで異常が発生した過去のある奈桜に対して、束はどうしても自信を持って断言することができない。
医学を学び、地球で一番詳しいと断言している彼女でさえ暫くは眼を覚まさないだろう程度のことしか分からないのだ。
他の誰にも分かるはずがない。
「……当然、次の作戦に綾崎を投入するつもりは無いのだろうな?」
「当たり前じゃん、束さんもそこまで鬼じゃないよ。そもそもいつ起きるかも分かんないんだし……まあ他の子には全員出てもらうけどね。」
「いや待て!ラウラと一夏は重症、オルコットと凰は呼吸を止められ失神したのだぞ!?やはり鬼だろうお前は!!」
「ん〜、でも別に私が行けって言わなくても行きそうだしさぁ。だってほら、あの子達なーくんのこと慕ってるじゃん?
なーくんが自分達を助ける為に無茶をして、未だに意識を取り戻さない。しかもなーくんのお陰で相手は大ダメージを受けている。自分はボコボコにされて足手纏いにしかならなかった。
これだけ揃ってたらあの子達、足を引きずってでもリベンジに行くでしょ?」
「それは……そうだが……」
その光景が容易に想像できてしまった。
あれはプライドの高く、そして前向きで熱意のある人間の集まりだ。しかもこの数ヶ月で奈桜の影響を強く受け、より気高く、そして誠実で、正義感まで生まれ始めている。
確実に全員で意見を揃えてリベンジに行く。
勝つ為ならば束にとんでもない要求だって平気でするだろう。
許可を出さなければ無断で行くかもしれない。
「………束、時間はあとどれくらいある?」
「幸い、なーくんから受けたダメージが大き過ぎて5体ともその場で停止して自己修復中だからね。一番被害の少ない弓型が周囲を警戒してるけど、こちらから仕掛けない限り12時間は大丈夫。……ただ、敵のダメージを残したままにしたいなら4時間が限度かな。」
「4時間か……全員の機体の調整にはどれくらいかかる?」
「それなら1時間もいらない。
けど、ちーちゃんの機体だけは無理だね。これはもうオーバーホールしないとどうにもならないから。」
「………すまん。」
「気にしなくていいよ、元々ヤンチャな子だから。ちょっと挑発されると直ぐに反応して機体に無茶させるんだよね。面白いからすり替えて私の所で確保してたんだけどさ。」
「まあ、確かに面白い奴だったよ。私の期待に十二分に答えてくれた。暮桜がなければそれを専用機にしてもいいくらいには気に入っている。」
「だってさ。よかったね、ちーちゃんに気に入られてるぜ?やったじゃん、おバカ。」
束の言葉にキラキラと光を放って答えるISコア。こんなにも堂々と反応を示すコアを、千冬も真耶も見たことが無かった。
そして、そんなコアに我が子のように語りかける束もまた見慣れなくて……
千冬は一度笑みをこぼすと、直ぐに顔を引き締めて束に向かい合う。それを見た束もまた、微笑のまま千冬に向き合った。
ここから先は、嘘は許されない。
「束……最後にいくつか聞かせて欲しい。お前の目的はなんだ?」
「アレに打ち勝つことかな、地球を守ることって言ってもいいよ。」
「それを成してどうする、お前は何を目指している?」
「簡単で安全な、誰にでもできる宇宙旅行の実現だよ。この目標はさ、オトちゃんとオーちゃんに作ってもらったんだ。」
「では、そもそもアレはなんだ?なぜ私達を襲ってくる。」
「さあ?ロクに意思疎通もできないんだから私にだって分かんないよ。ただ、宇宙を目指す束さんにとっては心から邪魔な存在ってことは間違いないね。」
「……そうか。ならば最後に、」
「綾崎直人とは、なんだ?」
「………」
それまでスラスラと答えていた束が、これだけには即答しなかった。
目線を横にズラし、答えに悩む。
その人並外れた人外の頭脳を持ってなお、今の千冬に答えるに適したものが見つからない。
「……その子については色んな見方があるけど、多分ちーちゃんが聞きたいのは鉄涙に乗ってる彼についてかな。」
「それ以外に何があるというのだ。」
「ん〜……例えば、なーくんが他者を支援するという形の自己犠牲で救済を行うのなら、ちーちゃんの知りたい彼はね、自身が誰よりも強くなるっていう形の自己犠牲で救済を行おうとしたんだよ。自分が誰よりも強くなれば全てを救うことができるって、彼はそう本気で信じてた。」
「………傲慢だな。」
「そうだね。けど、彼はその為だけに本当に全てを捨てて努力したんだよ。
なーくんも彼も、2人とも根本は同じ。やり方が違っただけの純粋な子達。」
「……その綾崎直人は、どうなったんだ?」
「そこまでは教えてあげない。これ以上が知りたいのなら、もっとなーくんのことを理解してあげないとね。普段のなーくんとの会話さえ平常心で出来ない今のちーちゃんに教えても、これ以上は取り乱すだけだろうからね。」
「……ほんとうに、お前はいつからそんな風に他者の心を見通す様になったんだ。」
「元々束さんは天才だから、こんなことちょっとコツ掴めば楽勝だよ。」
「天才故の欠落まで才能で埋めるな、凡人が泣くしかなくなるだろう。」
「必要に駆られてだよ、必要なくなればこんな面倒なもの直ぐにでも手放したいくらいだし。」
「それには反対だな、お前には是非その人間性を染み付くまで保持していて欲しいものだ。」
え〜、と心底嫌そうな顔をして拒否する束だが、千冬は分かっている。
何年もの間、束とは違いこの素晴らしくも厄介なそれと向き合い続けてきた千冬には…、この人間性というものは一度芽生えてしまえばなかなかに忘れることは難しいということが分かっていた。
「それで、オルコットと凰はもう大丈夫なのか?」
「それをラウラさんが仰いますの……?」
「あんたの方が明らかに重傷だったでしょうが」
「……まあ、皆多かれ少なかれ怪我をしてるのは間違いないよ。」
「もっと言えば一夏が一番重傷だ、私が油断したばかりに……」
「お母様もそうですわ。私達が不甲斐ないばかりに、また負担を押し付けてしまいました……」
「「「「「はぁ……」」」」」
箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラの5人は各々に包帯を巻いたりもしながらも小さな部屋で反省会を開いていた。
各々の怪我は束の協力もあって大きな問題なく治療されたが、心のダメージはあまりにも大きい。
先の戦闘、彼等は全くと言っていいほどに活躍することが出来なかった。
相手が相当に強いということは事前に聞いていたことではあるが、それでも手も足も出ず、結局以前と同様に奈桜に負担を押し付ける結果となってしまい、またもや無茶をした奈桜は意識を失い血濡れになって帰ってきた。
強くなりたいと願い、強くなるために努力し、それなりに強くなれた気でいた。
いや、事実として彼等は一般的な代表候補生と比べてもかなり高水準の力量を会得した。
それでも、敵わなかった。
相性が悪かったのは事実だ、機体の問題だというのもまた事実だろう。
しかし、今彼等の目の前にあるのはそんな過程ではなく結果のみ。
彼等はまたもや自身の力の無さに悔やんでいた。
「悩んでいても仕方あるまい、現状を整理するぞ。
7体いる敵は教官と母上がそれぞれ1体ずつ撃破し、残りは5体となっている。それぞれ、大鎌型、槍型、剣型、大楯型、弓形と呼称する。敵勢力は現在ダメージを修復する為に停滞中、しかし全体的に格段に能力が落ちているのは間違いない。」
「織斑先生もママも、あんなの7体も相手にして健闘し過ぎでしょ……改めて力の差を実感させられるわね。」
「とは言え……教官の機体は大破、母上は重症の上、現在もまだ目を覚ましていない。篠ノ之束曰く、意識回復には時間がかかるそうだ。次の戦闘に2人の参加は不可能だろう。」
「一夏はどうなのかな?篠ノ之博士にナノマシン打ち込まれてたけど……」
「怪我の方は問題ない。目覚めるかどうかは分からないが、姉さん曰く"ギリギリ間に合うかどうか"だそうだ。普段ならあの状態での参加など認めんが、今の戦力を考えるとな……」
「参加させざるを得んだろうな。まあ、奴はあれでも根性のある男だ。多少無理をしてでも無理矢理ついてくるだろう。」
「……悔やんでも仕方ないとは言え、怪我人を戦場に出さざるを得ないなんて。やはり自分の力の無さが嫌になりますわ。」
「あ、あはは、僕と箒以外はみんな怪我人なんだけどね。」
傷は大抵治っているとは言え、皆体力的にも精神的にもボロボロの状態……なぜお前が一夏の心配をする側にいるのか、と内心ツッコミを入れるシャルロット。
ここにいる女性達は今やそこらの男には負けないくらいの男気を持っていた。
「こちらはナターシャ・ファイルスと一夏と我々を含めた7人、敵は5体か……」
「ナターシャさんが1体引き受けたとしても、前みたいなペアで対処は数が合わないわね。」
「とは言え、我々では1対1など現実的ではない。さて、どうしたものか……」
敵は強い。
相手によっては箒が1人で対処できる相手もいるかもしれないが、数を合わせるのならもう1人同じように個人で対処しなければならない。
個人でそこまでの戦闘力を持っている者はここには居ないのだ。
千冬から通信できた目標時間まであと2時間を切っている、余裕はない。
「それなら、私が2体相手にすれば問題ないでしょう?」
「っ!ナターシャさん!?」
頭を悩ませている5人の元へとやってきたのは、戦場から戻ってきてからずっと何処かへ行っていたナターシャ。
彼女は福音の待機形態である小さなベルを弄びながら彼女達の側に腰を下ろした。
「貴女も2体以上アレを相手できるということですか……?」
「借機体の千冬に出来て私に出来ない筈がないじゃない。……とは言え、相手次第では難しいかもしれないわね。あの大鎌と翼型、あの2体だけは貴女達に引き受けて欲しい。他の組み合わせならなんとかなる筈よ。」
「ふむ、そこを踏まえて振り分けを考えるとすると……」
ラウラは皆の顔を見渡す。
彼等の頭には既に敵のデータは入っている。
故に、己と相性の良い相手は各々分かっている筈だからだ。
「大鎌型はわたくしと鈴さんに任せてくださいな」
「ま、そうなるわね。あれは遠距離からボコボコにするのがセオリーでしょ。」
「……大丈夫か?恐らくだが、大鎌型と弓形は奴等の中でもレベルが1つ違うぞ?」
「私とセシリアの連携、それとビットと衝撃砲を使えばマルチタスクだろうがなんだろうが問題ないわ。そうでしょう、セシリア?」
「当然、次こそは絶対に勝ってみせますわ」
セシリアと鈴は言うまでもなくこの作戦の要だ。一番勝つ確率の高い彼等が、より強い敵を相手にして、より短時間で勝つ。これこそが彼等に求められている役割だ。
2人はそれを自覚して、だからこそ先の戦闘での悔しさは他の誰よりも強かった。もしあの時、自分達が勝てていたら、戦況はもっとこちらに有利に運んでいたのは間違いないのだから。
「ふむ……それでは私は翼型だな。一夏が来れるかは分からないが、あの速度に対応できるのは恐らく私だけだろう。1人ででも時間稼ぎくらいはするさ。」
次に手を挙げたのは箒だった。
大鎌型には手数の違いと自分の埒外での攻撃によって一夏を攻撃され冷静さを失ったが、彼女とて最新鋭の機体を持ちながら何の貢献もできなかったことを悔やんでいた。
例え1人ででも敵を打倒する。
彼女は強力な力を得たことによって、その責任があるのだと考えている。
自分の不注意によって一夏に怪我をさせたが、そもそももしあの場に居たのが奈桜や千冬だったならば同様の結果にはならなかった筈だ。だからこそ、今度こそ一夏を守り抜いてみせると心に誓っていた。
「それじゃあ私は剣型と弓形を相手にするわね、大楯型は任せてもいいかしら?」
「……いいのか?その2体はどちらも一撃必殺型だろう。対して、大楯型は教官曰く最も実力が無く、大きなダメージを負っていると聞いている。こちらを相手にした方が楽ではないのか?」
「確かにその方が楽なのは間違いないわ。けれど、私と福音では大楯型にダメージが与えられないのよ。その点、貴女達のAICと盾殺しなら最速で大楯型を潰すことができる。この作戦で最も大事なことは、如何に早く敵の数を減らすか……でしょう?」
「……分かった。その役割、責任を持って引き受けさせてもらう。」
「ええ、お願いね♪」
そうして、大まかな流れは決まった。
後は如何にその精度を上げていくか……
「……後は、最悪の場合のことも考えておくべきだな」
彼等はもう油断はしない。
次の戦闘で、必ず勝ちを掴み取る。
そのために出来ることを、何一つ惜しむことなく6人は積み上げていくのだった。
出来るなら5人全員を活躍させたいですよね。
次の日常パートについて(1)
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一夏+αと買い物デート
-
箒と負けない花嫁修行
-
セシリアと優雅にティータイム
-
マドカとドキドキお泊り会
-
千冬の奮闘恩返し