神様代行始めました ~癒しと成長の奇跡で世界を救え!~   作:ズック

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思いつきの見切り発車。
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1. 通りすがりの神様代行さ

 

目の前には真っ赤な世界に佇む少女。その手には赤黒いペンキのような液体を滴らせたナイフをもっている。周りには恐怖の表情を浮かべて絶命した男たちが転がっており、みんな首から真っ赤な液体を垂れ流して地面を汚している。

 ああ、どうしてこうなったのだろうかと嘆いてみても、その言葉は誰に聞かれるでもなく空へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

*******************

 

 

 

 

 

 

 

 ――神。

 

 ――それはあらゆる生命を生み出した上位者。

 

 ――それはあらゆる生命の祝福者。

 

 ――それはあらゆる生命の行く先を見守る者。

 

 ――神を称えよ。神を崇めよ。神を畏れよ。

 

 ――神は天に、地に、人の隣におわすもの。

 

 ――祈りなさい。神はそれに応えるでしょう。

 

 ――信じなさい。神はすべてを愛するでしょう。

 

 

「まあそんな神様は過労で倒れちゃったんだけどねっ☆」

 

 

 目の前でにこやかに笑う少女。花が咲くように笑う、なんて言葉が似合う笑顔だとは思うけれども言っていることはさっぱり笑えない。というかここはどこで、この美少女は誰だろうか。ついでにいえば自分の姿もあやふやである。俺は誰だ。

 

「私の名前はグロウス。生命とその成長を象徴とする神よ。そしてここは私の部屋! ちょっと汚いけどあんまり気にしちゃダメよ!」

 

 見回してみるとなるほど確かに。今まで気付かなかったがペットボトルらしきものや酒瓶らしきものが転がっていたりする。しかし神のプライベートルームがこんなにだらしないことでよいのだろうか。

 

「さてここに神様が倒れてしまって停滞した世界があるわ。あなたにやってもらいたいのはこの世界を歩きまわって神の力を土地に戻すこと。そして倒れた神に代わって私の名前を広めることよ!」

「それは宗教戦争待ったなしでは……?」

「そこはこう、あなたの知恵と発想と勇気でどうにかして!」

 

 さらっと無茶を言いなさるなこの女神は。今の心境はさながら「なにか面白いことやってよ」と言われた気分である。現実はもっとひどかった。

 

「といわけで、はいっ」

 

 女神が掛け声とともに手を翻すと今まで不明瞭だった自分の体が実体を持ち始めた。それどころかなにか強い力が体の内側からあふれ出てくるような感覚さえある。

 

「私の力の一部を分け与えたから癒しや成長に関することはたいてい出来るわよ」

「たいていのこと……?」

「そりゃもうあなたが考え付くことのだいたい? あっ、死者の蘇生はさすがに無理よ?」

 

 まあ、さすがにそんな力を貰っても持て余すだけである。というか俺がやることは決定事項なのか。

 いまから断ってやろうか。そんな事を思うが口にはしなかった。

 

「これからあなたが行く世界では亜人、獣人と呼ばれるあなたとは姿形が似ているけどどこか違う知的生命体や他にも色々いるわ。その子たちは人とは違う価値観を持っていることもあるし、友好的とも限らない」

「つまり?」

「そこをなんとか乗り越えて私の布教とついでに世界を歩き回ってね! 大丈夫! 死ななければ嫌でも生き残れるわ! なんなら死んだら私が生き返らせるから!」

「ああ……、捕まったら一生拷問とかされるタイプの能力……」

「……頑張ってね!」

 

 目を逸らすんじゃあない。こっちを向け。

 

「はい、じゃあとりあえず人がいそうなところへレッツゴー!」

 

 女神がいつのまにか天井から垂れさがっているロープを握りしめていて、それを勢いよく引っ張った。

 ガコン、と床から音が聞こえたと思った瞬間にはもう俺の体は浮遊感に包まれて、真っ暗闇へと落ちていった。

 

 

 

*******************

 

 

 

 意識が戻ったときには街の中で佇んでいた。目の前には石造りの建物と、往来を行く人々。次いで街の喧騒が耳から入ってくるのを認識し、最後にしっかりと大地を踏みしめている感覚を覚えた。

 あまりの唐突さについていけずボケっとしていると、果物のようなものを乗せた籠を抱えた女性がこちらを怪訝な眼で見ながら目の前を通り過ぎていく。

 

(あーあー、マイクテスマイクテス。大丈夫? 聞こえる?)

(その声は女神……様?)

(うんうん、ちゃんと聞こえてるわね。様をつけるのをためらった理由は聞かないでおいてあげましょう。私ったら寛大ね、褒め称えて1時間に1回お祈りしなさいよ?)

(それで、俺はどうすればいいんですか)

(えーっと右前方にある路地に入って道なりに進んで。なんか弱々しいのがいるっぽいからそいつを助けちゃいましょう)

 

 女神の言うとおりに路地へと入り進んでいく。

 街の印象としては思ってた以上に綺麗である、ということ。もちろん建物の影になって薄暗かったり多少のゴミやホコリっぽさ、浮浪者の姿はちらほらあるが、逆にいえばそれくらいである。

 こういう路地裏ではそこらで血で血を洗うストリートファイトをしていたり、物盗りがわんさか現れるようなものだと思っていたのだが杞憂だったようだ。

 

「うわ本当にいた……」

(女神レーダーに狂いはなかったようね!)

 

 鼻高々に得意げな表情をしている女神の顔がありありと頭に浮かぶが、たぶん褒めると際限なくつけ上がるタイプだと思うので虫を払うように手を振って頭の中から追い出す。

 半信半疑だったのだが女神が示した場所にははたして、本当に人がいた。ボロ布で体と頭を隠すようにしているが布が小さいせいで隠し切れていない。

 目の前でしゃがみこみ顔を覗き込んで、ようやくボロ布の主が瞳をこちらに向けた。

 薄汚れてくすんだ黒髪。何も見ていないうつろな赤い瞳。あらぬ方向に曲がった腕。整っていたであろう、青黒く腫れた顔付き。……気が滅入る。

 

「……?」

「あー、通りすがりの神様代行さ」

 

 適当に挨拶をし、パッと見ても服代わりのボロ布から見えている折れ曲がった左腕をどうにかしたい。

 とりあえずこの腕を治してみよう。えいや、と自分でも気の抜けたと感じる掛け声とともに手をかざす。すると手から淡い白い光が放たれて少女の体に吸い込まれ、みるみるうちに折れ曲がった腕がゴキリメキリと音を立てて元に戻っていく。普通にグロい。が、しっかりと治るのを確認する。

 

(本当に治った……)

(え、半信半疑だったの!?)

 

 だってそりゃあまあ。力があるような感覚はあるけれどもどうしたらいいかわからなかったし。

 さて次は顔である。腫れあがって痛々しい顔など見てても楽しくないので早急に治してしまおう。と、気付く。最初は胡散臭い人間を見るような、それでいて無関心みたいな視線をこっちに向けているのだと思っていたが、これは――。

 

「眼、見えないのか」

「……」

 

 少女が小さく頷いた。じゃあ眼も治してしまおう。ゆっくり、優しく撫でるように少女の頬に手を当てて先程のように治れと念じる。

 

「温かい……? 明るい……?」

「お、治ったか。あと悪そうなところはないかね」

 

 先天性の病気か、顔の怪我の影響かは分からないが、失明も治せるようだ。さすが女神のお墨付きの癒しの力。医者いらずどころか医者殺しである。

 少女は光の戻った眼でキョロキョロとあたりを見回し、最後にこちらを見つめて首を傾げる。

 

「神様?」

「いいや、さっきも言ったけど神様代行。生命と成長の女神グロウスをよろしくな」

「……聞いたことがない、です。女神様はアシオン様しか知らないです」

 

(知名度0だとしたらやっぱこれ侵略なのでは?)

(細かいことを気にしてると禿げるわよ)

 

 絶対に細かいことではないんだけれども、たとえやっていることが宗教侵略であろうと今の自分にはこの女神に従う他ないので追及はやめておこう。見限られて能力を強制返還されて「じゃあバイバイ」などということになったらどうしようもない。

 

「さて、そんな知られてないグロウス様の名前を広げるために君の力を借りたいんだ。一緒に来てくれないかな」

「……グロウス様は知らないけれど、あなたの傍に居られるのであれば、こんな私でよければどこへだって付いて行きます」

「……んんん?」

 

 なんということでしょう。少女の声も表情も熱っぽく、こちらを見る目はまるで長い時を経て再開した恋人に向けるそれのようだ。気のせいだよね?

 いや、そうか。俺は直接神様本人を見ているから信じられるけど、そうでもなくただ奇跡を受けただけなら奇跡を行使した目の前の男が信仰の対象になるか。

 ……もう俺が神様でよくない?

 

(よくないっ!!!!!!)

(冗談です)

 

 現状ほかに選択肢がないから神様代行をしているのであってそれ以上にめんどくさそうな神様なんてなれるとしてもなりたくはない。

 

「えっと、私の名前はルーナです。その、よろしければ神様のお名前を……」

「だから神様じゃないって……。うん? 名前? 俺の?」

 

 はて、名前。ネーム。物や個人を特定するための言葉。自身にもあるはずのそれがうんうんと唸って悩んでみても一向に思い出せない。

 それどころかいたであろう家族の名前はもちろん顔すら思い出せない。根幹となる自身のことを思い出すことができないあなたはそれに恐怖を感じ、正気度チェックです。などと変なことは思い出せるのだが。

 

(神様ー。俺の名前知ってる?)

(え、知らないけど?)

 

 そうかそうか。思い出せないし、知ってる人もいないとなればどうしようもないな。

 

「うん、じゃあグロウス様から取ってロウで」

「はい、ロウ様」

(え、いや私の名前から取るのはちょっと……。ああー、まあいいかぁ)

 

 様付けで呼ばれるのは少し気恥ずかしいが、相手が美少女だから役得である。女神が何か言っていたが上手く聞き取れなかったし、そのあとなにも言ってこないのでどうでもいいことなのだろう。

 はてさて、それでこれからどうしたものかと悩んでいると、どこからか複数の足音が聞こえてくる。

 

「おん? 昨日さんざん殴ったと思ったんだが、足らなかったか?」

 

 路地の奥からぬっと大柄な男が歩いてくる。その後ろには6人。服や装飾品が他より良さ気な一番前にいる男がリーダーだろう。

 しかし今この男は殴ったと言ったか。つまりルーナの怪我はこいつらのせいか。

 胸にもやっとしたものが湧き上がるがチンピラリーダーがこちらにナイフを突き付けるのを見て立ち止ってしまった。

 7人相手だ。逃げるしかない、が。ルーナは傷を治したばかりでどこまで走れるかはわからないし、相手も黙って逃がしてくれるような雰囲気ではない。

 

「ロウ様。復讐ってどう思います? 悪いことだと思いますか?」

 

 最悪を想像している横からルーナの声が聞こえる。

 それは今しなければいけない質問だろうか。とはいえ聞かれたからには自分なりに答えよう。

 

「善悪は関係ないかな。当人が納得できるかどうかじゃない? それよりどうやって逃げるかルーナも……」

「なるほど。では――」

「なにをくっちゃべってんのか知らねえが逃がすとでもおぐぇっ」

 

 ぐるりと。今の今までこちらを威圧していたリーダーらしき男の頭が逆さに折れ曲がった。男が前に倒れると、いつの間に移動したのかさっきまで隣にいたはずのルーナが現れる。

 ルーナが男の手からこぼれ落ちたナイフを悠々と拾い上げるのを誰も動けず見ているだけだ。

 

「ええ、私自身の納得のために。皆殺しです」

「お、あ、あ、アニキィイイイイいぎっ!?」

「うるさいですよ」

 

 少し離れた位置にいたヒョロヒョロの男が叫び声をあげ、瞬きした直後にはその首にナイフを突き立てられて絶命していた。

 残りの5人も似たようなもので仲間がやられるのを見て声をあげ恐怖し、まるでワープするかのように瞬間移動するルーナによって首にナイフを突き立てられて殺されていった。

 

「ロウ様、ごめんなさいお待たせしました」

 

 血溜まりに佇むルーナが身に纏うボロ布には返り血の一滴すらついていない。

 というかこれだけの力があるなら出会った時のようにボロボロになることはないんじゃないか。

 

(ふふふ、あなたの疑問にお答えしてあげましょう! あなたが使える2つ目の力、成長の奇跡!)

(成長?)

(対象の才能、能力を潜在的なものも含めて呼び起こし、引き上げる奇跡よ。その子はきっと暗殺者の才能みたいなものがあったんでしょうね)

 

 さっき怪我を治したときに成長の奇跡を一緒にルーナへ使ってしまっていたのだろう。それがたまたまルーナが持っていた才能を呼び起こし、ルーナを本職も真っ青な暗殺者へと仕立てあげてしまった、と。

 

(なんというか、字面だけ見るとド外道の所業そのものでは?)

(細かいことは気にしないのよ! 結果的にあなたもその子も救われてるんだから)

 

 女神の言うことも一理ある。なにせルーナが何かしらの戦う才能を持っていなければ今そこで倒れているのは俺たちだっただろう。

 目の前で不安げな顔をしている、自分の肩ほどまでしかない少女の頭を撫でてみる。手を差し出したあたりでルーナの体がビクリと震えたが、少し頭を撫でればこの通り。ふんわり笑顔に早変わりである。

 

「……すっきりした?」 

「はい。あ……」

「ん?」

 

 ルーナの頭を撫でていたらフード代わりになっていたボロ布が外れて頭髪が見えるようになり、そこにあるはずのない耳を発見した。いわゆる獣耳、というやつだ。何の動物だかわからないが可愛らしいのでよしとしよう。

 ルーナは慌ててボロ布を頭にかぶりこちらの様子を窺うように見つめてくる。

 

「……犬? 猫?」

「狐、だそうです。でも黒い狐なんて普通じゃないって」

 

 あまり良い思い出がないのだろう。ルーナは見るからに気落ちしてしまっている。

 先程よりも少し強めに乱暴に頭を撫でまわす。どのくらいの時間そうしていたかわからないが、手を離したときには少なくとも表面上は笑ってくれた。

 

「とりあえずここから逃げるか」

 

 行く当てなんてないけれど、とりあえずこのむせかえるほどの血の臭いから逃げ出したい。

 ルーナと一緒に路地から逃げようと走り出すが、ふと、あの男たちを埋葬しないとまずいかと思い足を止めて死体を振り返って見る。

 

「どうしました?」

「……いや、なんでもない」

 

 結局、胸の前で小さく十字を切るだけでそこからは立ち止りもせずに走った。

 

 




――チンピラのナイフ
 チンピラが持っていた刃渡り20センチメートルほどのナイフ。こまめに手入れしていたのかよく切れる。

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