神様代行始めました ~癒しと成長の奇跡で世界を救え!~ 作:ズック
青い空。白い砂浜。打ち寄せる波。照りつける太陽。寂れた漁村。いつもの格好の俺たち。
海である。
「むなしい……」
砂浜に座り込み水平線にちらほらと浮かぶ小舟をじっと見つめているが、波の音と遠くから人の声が聞こえるくらいでただただむなしい。
「まさか海水浴の習慣がないとはな……」
「海にも魔物がいると言われれば当然ですね」
隣に座ったアルが頷きながら応えた。
そう、海水浴というものがないのだ。つまり水着もない。なんのための海だよ。干上がれ。
馬車の御者からこの話を聞いたときには「こんな場所に用はない、俺は帰らせてもらう!」などと息巻いていたがその乗って来た馬車はメンテナンスと商談である程度滞在するらしく、それならばと他の馬車を探してみても他に馬車など滅多に来ないと教えられ。仕方ないので観光のつもりで村を回ってみてもなにがあるわけでもなく。いや、衝撃的なものはあった、というかいたのだが……。
そんなこんなで浅瀬でちゃぷちゃぷと水遊びをしている少し薄着になったルーナを見るくらいしかやることがなかった。可愛い。
「
「……まあ旅の途中で1日か2日くらい寄るだけならいいかもしれないがなあ」
「ロウの故郷はもっと都会でしたか?」
「そうだなあ……」
ここは暮らすには少し退屈だろう。あまりにもなにもない。だけれども地元のように一月に一回の頻度でドンパチしてくれとは言わないが――。
ズキリ、と頭が痛んだ。どうにも昔のことを思い出そうとすると頭痛がおきる。
「暇してんのか?」
突然の声に振り向く。魚がこちらを見下ろしていた。
――いや、違う。魚に人の手足が生えた生物がいた。竿を3本と籠を持っている。
「竿なら貸せるぞ?」
「なるほど、釣りですか。ロウ、どうでしょうか」
「……そうだな、ルーナ呼んでくるよ」
そう言って立ち上がり、少し離れたところで振り返り、声をかけてきた人物を観察してみる。
魚である。ついでに言えば恐らくサンマである。それ以外に言いようがない見た目をしている。魚のような顔つきをしているとか、魚の特徴を残した人型などではなく、魚丸々一尾に取って付けたような手足で二足歩行しているのである。
まるで子供の落書きのような姿で、これをデザインしたやつはもっとバランスとか考えなかったのかと問い詰めたい。
「……なんというかアンバランスですよね、色々と」
ルーナが呟く言葉に頷く。
アルは物怖じしないというか、村であの姿を初めて見たときも特別な反応もなくそういうものとして受け入れていた。
「失礼、名乗るのを忘れていました。こちらはロウとルーナ、私がアルです」
「名前か。んじゃあツリザオとでも呼んでくれ」
「ツリザオ……ですか?」
「そ。これだ」
歩きながら手に持っていた木製の竿を少し掲げて言う。
「名前ってのが必要になるのはこうしてニンゲンどもと話すような時だけなんさ。だから必要になったら身近にあるもんの名前を借りるんだ」
「ほう」
「不便じゃない、んですよね」
「そうだなあ。ずっとこうしてきたからなあ」
名前が要らないというのはどういう生活をしていればそうなるんだろうか。興味は尽きないが岩場に到着した。ツリザオは適当な石をどけ、その下に隠れていた虫を捕まえて器用に針へと付けていく。
「ところで、ツリザオさんのような魚人……? も魚を食べるんですね」
「そらそうさ。海にいる魚だって自分より小さい魚食ってるんだから」
虫のついた竿をこちらに手渡した後、ツリザオが海に糸を垂らしひょいと竿を上げると糸の先に魚が吊られてその体をピチピチと揺らしている。早い。
そうしてしばらく釣りをしているとツリザオさんが沖の方を見ていることに気がついた。何かあるのかと視線を移すと小舟が一隻ぽつんと海に漂っている。
「誰かが大きく手を振っていますね。流されてしまったのでしょうか」
「ルーナはそこまで見えるのか。舟と、なにかが動いてるのまではわかるけどそれも割とぎりぎりなんだが」
「ふむ、私の眼でも恐らく2人乗っている、くらいまでですね。どんな人が乗っているとかはわかりますか?」
「……ツリザオさんのような人ではないです。普通の人」
「ああ、可哀想になあ」
ツリザオさんが小さく呟いた。流されてしまって可哀想にということだろうか。それにしてはなんというか……。
どうしたものかと悩んでいると小舟を中心に海面がゆっくりと盛り上がっていく。
「なんだ、ありゃ……。あの舟、巻き込まれるんじゃないか?」
「気にせんでいい。ありゃ海神様だ」
「いや、気にしなくてもいいって言ったって……」
あのままだと転覆して、魔物がいる海に投げ出されてしまうだろう。生きたまま食われるのを見ていろとでもいうのか。
「ルーナ、アル! 小舟でもなんでも借りて助けにーー」
「いえ、行きます!」
アルの声がするや否や、大きな水音が聞こえた。まさか飛び込んだのかと思ったら海の上を大きな
ありがたいのだが、なんというかあいつは何でもありな気がしてきた。
「ああいや、呆けている場合じゃない」
「んだ。俺は村へ戻るぞ。こっちへ来る波を止めなきゃなんねえ」
ツリザオは手早く魚が入った籠と竿を片付けて小走りで村へと引き返していく。
ルーナと2人でツリザオの後を追うが、ふとルーナが足を止めたので立ち止まって呼びかける。
「ルーナ?」
「ロウ様、あれ……」
ルーナが指差す方、沖の小舟があったあたりを見ると海面の盛り上がりはすでに臨界を超えて、山ほどもある巨体がその姿を現していた。